説明

抗癌性物質

【課題】飽和脂肪酸を用いて、安全で、長期間投与・摂取可能で、浮遊癌細胞(例えば、白血病細胞)に対しても付着癌細胞(例えば、膵臓癌細胞、大腸癌細胞、胃癌細胞等)に対しても広く抗癌活性を有する抗癌性物質、およびこれを含む医薬製剤および食品を提供する。
【解決手段】炭素原子数8〜20、好ましくは10〜18、の飽和脂肪酸(例えばラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸、等)を有効成分として含む抗癌性物質、および該抗癌性物質を含む医薬製剤および食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は飽和脂肪酸を含む抗癌性物質に関する。本発明は特に、医薬品として投与することができるだけでなく、種々の形態、例えば、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)やいわゆる健康食品(いずれも飲料を含む)、または飼料として飲食物の形で与えることも可能である。さらには、口中に一時的に含むものの、そのほとんどを口中より吐き出す形態、例えば、歯磨き剤、洗口剤、チューインガム、うがい剤などの形で与えることも、あるいは鼻から吸引させる吸入剤の形で与えることも可能である。
【背景技術】
【0002】
古くから、担子菌類は食用としてのみならず、和漢薬や民間薬などとして用いられており、それらの免疫賦活活性、抗アレルギー作用、コレステロール低下作用、さらには癌、脳卒中、心臓病などの疾病予防や改善効果など、多彩な生理活性が高く評価されて、一部は医薬品、健康食品あるいは化粧品などの分野で広く利用されている。例えば、抗癌剤として有用なクレスチンはカワラタケから得られており、同様に、シイタケからはレンチナン、スエヒロタケからはシゾフィランが精製されている。
【0003】
一方、脂溶性物質においては、n−3系とn−6系の多価不飽和脂肪酸の摂取バランスや、微量に含まれている特異構造を持つ不飽和脂肪酸の生理活性も注目されている。なかでも共役ジエン構造をもつリノール酸(共役リノール酸)が発癌抑制物質であることがHaらにより報告(非特許文献1参照)されて以来、不飽和脂肪酸に関する数多くの研究がなされており、例えば特開平5−279252号公報(特許文献1)ではケトール型不飽和脂肪酸を有効成分とする抗腫瘍剤が記載され、特開平5−155777号公報(特許文献2)では深海魚の肝臓抽出物の不飽和脂肪酸からなる抗癌性物質が記載されている。
【0004】
【非特許文献1】Ha YL, Grimm NK and Pariza MW, Anticarcinogens from fried ground beef: heat-altered derivatives of linoleic acid, "Carcinogenesis",1987, 12, p.1881-1887
【特許文献1】特開平5−279252号公報
【特許文献2】特開平5−155777号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
我が国における全癌死亡者数は、総死亡者数に対して男性で34.1%、女性で26.7%(2000年)と、最も死亡者数の多い疾病となっている。今後、高齢化社会を迎えるにあたり、その予防および治療は重要な課題となっている。そこで、上記従来の背景技術に鑑み、担子菌類から副作用の少ない抗癌物質を見出し、新しい医薬品の開発や機能性食品の素材として用いることを目的として鋭意研究を重ねた結果、担子菌類から精製した脂溶性画分に抗癌活性があることがわかった。さらに、分析を進めたところ、脂溶性画分中にラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸等の飽和脂肪酸が含まれ、驚くべきことに、これら飽和脂肪酸が抗癌活性物質になっていることを突き止め、これら飽和脂肪酸が癌の治療剤あるいは予防剤として有効であるという新規知見を見出した。
【0006】
上述のように、これまで不飽和脂肪酸に関する抗癌性作用について知られている。しかし、特定の炭素原子数を有する飽和脂肪酸に優れた抗癌活性を有することについては、本発明者らが知る限りにおいて、これまで全く報告されておらず、抗癌性と飽和脂肪酸との関連性を示唆するような報告も一切なされていない。
【0007】
すなわち本発明の課題は、特定の炭素原子数を有する飽和脂肪酸を利用した抗癌性物質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は炭素原子数8〜20、特には炭素原子数10〜18、の飽和脂肪酸を有効成分として含む抗癌性物質に関する。
【0009】
上記において、飽和脂肪酸はラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸の中から選ばれる1種または2種以上であるものが好ましい。
【0010】
また本発明は、担子菌類の脂溶性画分由来のものである、上記抗癌性物質に関する。
【0011】
また本発明は、前記脂溶性画分は、担子菌類に有機溶媒を加えて撹拌抽出した後、遠心分離して上清を得る工程を1〜複数回行うことにより得られるものである、上記抗癌性物質に関する。ここで、上記有機溶媒はクロロホルムとメタノールの混合溶媒、あるいはクロロホルムとメタノールと水の混合溶媒が好ましい。
【0012】
また本発明は、前記工程により得られた上清を濃縮乾固した後、極性の低い溶媒で抽出し、これを0℃以下の温度で放置した後、析出物を遠心分離して沈殿物を得る工程を1〜複数回行うことにより得られるものである、上記抗癌性物質に関する。ここで、上記極性の低い溶媒としてはヘキサンが好ましい。
【0013】
また本発明は、担子菌類がハラタケ目(Agaricales)キシメジ科(Tricholamataceae)に属する菌類である、上記抗癌性物質に関する。
【0014】
また本発明は、担子菌類の菌糸体、培養物(Broth)または子実体(胞子を含む)を用いる、上記抗癌性物質に関する。
【0015】
また本発明は、上記抗癌性物質を含む医薬製剤に関する。
【0016】
また本発明は、上記抗癌性物質を含む食品に関する。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、安全で、安定的に大量供給が可能な抗癌性物質が提供される。本発明の抗癌性物質は、白血病細胞等の浮遊癌細胞に対しても、膵臓癌細胞、大腸癌細胞、胃癌細胞等の付着癌細胞に対しても、抗癌活性を有し、薬剤および食品に好適に適用される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の抗癌性物質は、炭素原子数8〜20、好ましくは10〜18の飽和脂肪酸を有効成分として含む。該飽和脂肪酸として、中でもラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸の中から選ばれる1種または2種以上が特に好ましい。
【0019】
本発明で用いる飽和脂肪酸は、化学的に合成された市販品を用いてもよく、あるいは天然物由来のものを用いてもよい。天然物由来のものとしては、担子菌類の脂溶性画分由来のものが好ましい。担子菌類としては、ハラタケ目(Agaricales)キシメジ科(Tricholamataceae)に属する菌類が好ましく用いられ、例えば、シイタケ属(Lentinula)、シメジ属(Lyophyllum)、キシメジ属(Tricholoma)等に属する菌類が挙げられる。具体的には、シイタケ(Lentinula edodes)、ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)、マツタケ(Tricholoma matsutake)等が挙げられる。ただしこれら例示に限定されるものでない。
【0020】
本発明に用いられる担子菌類は、菌糸体、培養物(Broth)、子実体のいずれの形態のものも用いることができ、生でも乾燥したものでもよい。本発明において子実体には胞子も含むものとする。これら菌糸体、培養物(Broth)、子実体の各抽出物も用いることができる。
【0021】
本発明で用いられ得る担子菌類の菌糸体としては、例えば、培養により得られる菌糸体(すなわち培養菌糸体)と培地との混合物から適当な除去手段(例えば、濾過)により培地を除去しただけの状態で使用することもできるし、あるいは、培地を除去した後の菌糸体から適当な除去手段(例えば、凍結乾燥)により水分を除去した菌糸体乾燥物の状態で使用することもでき、さらには前記菌糸体乾燥物を粉砕した菌糸体乾燥物粉末の状態で使用することもできる。
【0022】
本発明で用いられ得る担子菌類の培養物(Broth)としては、例えば、培養により得られる菌糸体(すなわち培養菌糸体)と培地との混合物の状態で使用することもできるし、あるいは、前記混合物から適当な除去手段(例えば、凍結乾燥)により水分を除去した培養物(Broth)乾燥物の状態で使用することもでき、さらには前記培養物(Broth)乾燥物を粉砕した培養物(Broth)乾燥物粉末の状態で使用することもできる。
【0023】
上記培養工程は、特に限定されるものでなく、一般に担子菌類を培養する方法を任意に用いることができるが、例えば、担子菌類(「担子菌I」)を固形培地または液体培地で培養または保存して担子菌IIを得る工程、前記担子菌IIを静置液体培養して担子菌IIIを得る工程、前記担子菌IIIを振盪培養して担子菌IVを得る工程、前記担子菌IVを100L未満の小型培養装置を用いて、培養液中に通気を行わない攪拌培養して担子菌Vを得る工程、前記担子菌Vを100L以上の中型・大型培養装置を用いて深部攪拌培養して担子菌VIを得る工程、前記担子菌VIを100L以上の中型・大型培養装置を用いて深部攪拌培養して担子菌VIIを得る工程、および前記担子菌VIIを100L以上の中型・大型培養装置を用いて深部撹拌培養して担子菌VIIIを得る工程、からなる培養方法等が、担子菌の生理活性を損なうことなく大量生産できるという点から好適に用いられる。なお、担子菌としてマツタケ(Tricholoma matsutake)を用いた場合の培養工程について、国際公開第2004/038009号パンフレットに記載されている。他の担子菌類においても、上記文献に記載の培養工程を参照して適宜適用することができる。
【0024】
深部攪拌培養から得られた担子菌の菌糸体の分離・回収は、常法によって行うことができる。例えば、フィルタープレスなどによる濾過、遠心分離などである。
【0025】
得られた菌糸体は、例えば蒸留水により充分に洗浄してから、脂溶性画分抽出に供するのが好ましい。また抽出効率が向上するように、破砕物または粉体の状態に加工するのが好ましい。
本発明に用いられ得る担子菌類の子実体としては、例えば、子実体をそのままで、または子実体を破砕した状態で使用することもできるし、あるいは、子実体から適当な除去手段(例えば、凍結乾燥)により水分を除去した子実体乾燥物の状態で使用することもでき、さらには、前記子実体乾燥物を粉砕した子実体乾燥物粉末の状態で使用することもできる。
【0026】
本発明に用いられ得る担子菌類の脂溶性画分は、例えば培養により得られる担子菌類の菌糸体(すなわち培養菌糸体)、培養物(Broth)、または子実体に、まず、適当な有機溶媒を加えて撹拌抽出した後、遠心分離して上清を得る。上記有機溶媒としては、アセトン、エーテル、ヘキサン、ベンゼン、クロロホルム、低級アルコール、等が挙げられ、これらに水を混合して用いてもよい。これら有機溶媒は単独で、あるいは2種以上を混合してもよい。上記有機溶媒として、クロロホルムとメタノールの混合溶媒、あるいはクロロホルムとメタノールと水の混合溶媒が好ましく用いられる。これら混合溶媒の割合は、特に限定されるものでないが、クロロホルム:メタノール:水=1〜10:1〜10:0〜1(質量比)とするのが好ましい。撹拌抽出は20〜30℃で、10〜60分程度行うのが好ましい。
【0027】
そして、上記撹拌抽出した後、遠心分離して上清を得る工程を、1回ないし所望により複数回行って、得られた上清を回収する。この回収した上清は、必要に応じて、さらに濃縮乾固した後、有機溶媒(例えば、ヘキサン等の極性の低い溶媒)で抽出し、これを−20〜−80℃程度の低温でインキュベートした後、析出物を遠心分離して、沈殿物を得てもよい。必要に応じてこの作業を複数回繰り返すこともできる。これにより得られる活性成分の純度を向上させることができる。ただし上記例示の方法に限定されるものでない。
【0028】
得られた脂溶性画分は、そのまま、あるいは所望によりさらに精製して、本発明の抗癌性物質に用いる。精製はカラムクロマトグラフィ、薄層クロマトグラフィ(TLC)等の手段により行うことができる。ただしこれに限定されるものでない。
【0029】
脂溶性画分に含まれる抗癌活性を有する物質が飽和脂肪酸であることはGC/MS解析等によって確認することができる。具体的には実施例において詳述する。
【0030】
本発明抗癌性物質は、有効成分である飽和脂肪酸を、単独で、あるいは所望により薬剤学的に許容し得る担体とともに、ヒトや動物に投与することができる。
【0031】
本発明において抗癌性とは、動物やヒトなどにおいて、癌の発生を未然に防止すること、あるいは癌に罹患した場合においてはその治癒効果を有することを意味する。いわゆる前癌症状といわれるような症状において、前癌状態が癌化することを遅延・抑制する効果も含む。したがって、本発明の抗癌性物質を含む医薬製剤および食品の投与・摂取時期は、特に限定されるものではないが、日常的に継続投与・摂取することが好ましい。
【0032】
本発明における抗癌効果は、癌の種類を問うものではなく、白血病細胞等の浮遊癌細胞や、膵臓癌細胞、大腸癌細胞、食堂・胃癌細胞、肺癌細胞、乳癌細胞、前立腺癌細胞、肝癌細胞等の付着癌細胞に対して広く奏効し得る。
【0033】
本発明の抗癌性物質を含む医薬製剤および食品の投与・摂取剤型としては特に限定されるものでなく、例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エキス剤、若しくは丸剤等の経口剤、または注射剤、外用液剤、軟膏剤、座剤、局所投与のクリーム、点眼薬などの非経口剤を挙げることができる。
【0034】
経口剤は、例えば、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、澱粉、コーンスターチ、白糖、乳糖、ぶどう糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、デキストリン、ポリビニルピロリドン、結晶セルロース、大豆レシチン、ショ糖、脂肪酸エステル、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール、ケイ酸マグネシウム、無水ケイ酸、または合成ケイ酸アルミニウムなどの賦形剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、希釈剤、保存剤、着色剤、香料、矯味剤、安定化剤、保湿剤、防腐剤、または酸化防止剤等を用いて、常法により製造することができる。
【0035】
非経口投与方法としては、注射(皮下、静脈内など)または直腸投与等が例示される。なかでも注射剤が最も好適に用いられる。
【0036】
例えば、注射剤の調製においては、有効成分の他に生理食塩水若しくはリンゲル液等の水溶性溶剤、植物油若しくは脂肪酸エステル等の非水溶性溶剤、ブドウ糖若しくは塩化ナトリウム等の等張化剤、溶解補助剤、安定化剤、防腐剤、懸濁化剤、または乳化剤などを任意に用いることができる。
【0037】
また、抗癌性物質を含む医薬製剤および食品は、徐放性ポリマーなどを用いた徐放性製剤の手法を用いて投与してもよい。例えば、抗癌性物質を含む医薬製剤および食品をエチレンビニル酢酸ポリマーのペレットに取り込ませて、このペレットを治療または予防すべき組織中に外科的に移植することができる。
【0038】
本発明の抗癌性物質を含む医薬製剤および食品は、これに限定されるものではないが、飽和脂肪酸量として0.1〜99.9質量%、好ましくは0.5〜80質量%の割合で含有することができる。
【0039】
本発明の抗癌性物質を含む医薬製剤および食品を用いる場合の投与・摂取量は、被投与者の年齢、性別、体重、または投与・摂取方法などに応じて適宜決定することができ、経口的にまた非経口的に投与・摂取することが可能である。
【0040】
また、投与・摂取形態も医薬品に限定されるものではなく、種々の形態、例えば、保険機能食品(特定保険用食品、栄養機能食品)やいわゆる健康食品(いずれも飲料を含む)、または飼料として飲食物の形で与えることも可能である。さらには、口中に一時的に含むものの、そのほとんどを口中より吐き出す形態、例えば、歯磨き剤、洗口剤、チューインガム、うがい剤などの形で与えることも、あるいは鼻から吸引させる吸入剤の形で与えることも可能である。例えば、有効成分である飽和脂肪酸を、添加剤(食品添加剤など)として、所望の食品(飲料を含む)、飼料、歯磨剤、洗口剤、チューインガム、またはうがい剤等に添加することができる。
【0041】
なお、上記において、特定保険用食品は、その食品が持つ健康機能の表示が認められる食品(食品ごとに厚生労働省の許可を必要とする)をいい、栄養機能食品は栄養成分の機能を明記できる食品(厚生労働省が作成した規格基準を満たす必要あり)をいい、いわゆる健康食品とは上記保険機能食品以外の食品一般を広く意味するもので、健康補助食品等を含むものである。
【実施例】
【0042】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例によってなんら限定されるものでない。
【0043】
(実施例1)
[出発材料の調製]
マツタケ(Tricholoma matsutake)子実体、シイタケ(Lentinula edodes)子実体、ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)子実体、およびマツタケ(T. matsutake)菌糸体を用いた。
【0044】
マツタケ子実体、シイタケ子実体はデパート・食品売り場から購入し、ホンシメジ子実体は通信販売で購入し、それぞれ凍結乾燥の後、微粉砕し、これを密封容器に入れ、実験に使用するまで、−80℃のフリーザー中で保存した。マツタケ菌糸体はCM6271株(FERM BP−7304株)の菌糸体(凍結乾燥したもの)を用いた。
【0045】
なおマツタケFERM BP−7304株は、本出願人によって新規菌株として従前に出願され(国際公開第02/30440号パンフレット)、独立行政法人産業技術総合研究所((旧)工業技術院生命工学研究所)に平成12年9月14日に寄託されている。このマツタケFERM BP−7304株は、京都府亀岡市で採取したマツタケCM6271株から子実体組織を切り出し、試験管内で培養することにより菌糸体継代株を得たものであり、株式会社クレハ 生物医学研究所で維持している。
【0046】
上記マツタケ菌糸体および上記各子実体の凍結乾燥物各10gに150mLのクロロホルム:メタノール:水(2:1:0.1)を加え、室温で6時間撹拌抽出した後、遠心分離(15000rpm、20分間)して上清を回収し、脂溶性画分を回収した。この上清をエバポレーターで濃縮乾固後、ヘキサン抽出を行い、抽出液を−80℃でインキュベートした。得られた析出物を遠心分離して回収し、再度50℃でヘキサン抽出して、−80℃でインキュベートした。その後、析出物を遠心分離し、沈殿を得て50℃で再ヘキサン抽出後、エバポレーターで濃縮乾固し脂溶性画分とした。脂溶性画分はそれぞれ約100mg得られた。これら脂溶性画分を評価サンプルとした。
【0047】
[評価に用いた癌細胞の種類]
株式会社クレハ・生物医学研究所にて継代・維持している下記の癌細胞を用いた。浮遊癌細胞として、ヒト白血病細胞株(HL−60、U−937、H−69)を用いた。固着癌細胞として、ヒト膵臓癌細胞株(ASPC−1、MIAPACA−2、SW1990、PK−45−P、PK−59、KLM−1、BxPC−3)、ヒト大腸癌細胞株(SW480)、およびヒト胃癌細胞株(TMK−1)を用いた。
【0048】
(実施例2)
[抗癌活性評価]
上記各癌細胞を96ウェルプレートに1×104/ウェルずつ播種し、37℃、5%CO2雰囲気で24時間培養した。その後、上記実施例1で得た各評価サンプル(=脂溶性画分)を10μL/ウェルずつ添加した。なお評価サンプルはジメチルスルホキシド(DMSO)で希釈して用いた(DMSOの最終濃度は1質量%)。評価サンプルの濃度は15、30、62.5、125、250、500μg/mLとした。それから48時間培養後、MTT試薬を50μL加え、さらに4時間培養を続けた。培養終了後、上清を捨て、細胞を回収して200μLのDMSOを加えて細胞を溶解し、570nm(リファレンス650nm)でOD(光学密度)を測定した。
【0049】
抗癌活性はネガティブコントロールとして用いたPBS(DMSOで希釈。濃度15、30、62.5、125、250、500μg/mL。DMSOの最終濃度は1質量%)添加時のODを100%とした時の細胞増殖率で評価した。計算式を下記数1に記す。
【0050】
【数1】

【0051】
ヒト白血病細胞株を用いた上記評価法で、本画分の抗癌作用の検討を行った。結果を図1−1〜図1−4に示す。図1−1はマツタケ菌糸体(CM6271菌糸体)から抽出された脂溶性画分(粗抽出脂溶性画分)の濃度と癌細胞増殖率との関係を示すグラフ、図1−2はマツタケ子実体から抽出された脂溶性画分(粗抽出脂溶性画分)の濃度と癌細胞増殖率との関係を示すグラフ、図1−3はホンシメジ子実体から抽出された脂溶性画分(粗抽出脂溶性画分)の濃度と癌細胞増殖率との関係を示すグラフ、図1−4はシイタケ子実体から抽出された脂溶性画分(粗抽出脂溶性画分)の濃度と癌細胞増殖率との関係を示すグラフである。
【0052】
各図から明らかなように、マツタケ菌糸体(CM6271菌糸体)、マツタケ子実体、ホンシメジ子実体、シイタケ子実体から抽出された各脂溶性画分が、濃度依存的に癌細胞の増殖抑制効果を示したので、本画分中に抗癌活性を示す物質が存在すると考え、抗癌活性成分の分離・同定を開始した。
【0053】
なお、各脂溶性画分がいずれも同様に濃度依存的に癌細胞の増殖抑制効果を示したことから、以下の実施例3以下において、マツタケ菌糸体(CM6271菌糸体)の脂溶性画分を代表例として用いて実験(脂溶性画分の精製による実験)を行った。
【0054】
(実施例3)
[抗癌活性画分の精製]
上記実施例1で得た各脂溶性抽出画分(評価サンプル)のうち、マツタケ菌糸体(CM6271菌糸体)の乾固物(脂溶性抽出画分)1mgを逆相クロマトグラフィ「TSK ODS−80TM(φ6.0mm、h15cm)」(東ソー(株)製。固定相:ODSカラム)にアプライし、溶離液A:10mM塩酸および溶出液B:メタノールのリニアグラジエントで流速1mL/minで、254nmのODを指標に分画を行った。その結果、図2に示すようなパターンを示した。得られたピークを11ピーク(OF−1〜OF−11)に分け、各ピークを濃縮乾固後、DMSO 100μLに溶解した。評価方法は白血病細胞株を用いて、実施例2で記した評価方法と同様にして評価を行った。
【0055】
その結果、下記表1に示すように、OF−5画分において癌細胞増殖率が最も低く、抗癌活性が認められたため、このOF−5画分を抗癌活性画分として回収し、濃縮乾固した。
【0056】
【表1】

【0057】
次にOF−5画分をメタノールに溶解後、分取用Silica TLC(中性シリカゲル)でクロロホルム:メタノール:水=7:3:0.5を用いて展開したところ、Rf値が0.79(OF−5−1)、0.68(OF−5−2)、0.53(OF−5−3)の3つのピークが得られた。これらをメタノールで回収し濃縮乾固後、上記評価法にて評価を行い、下記表2に示すように、最も抗癌活性が強い画分としてOF−5−3画分を得た。
【0058】
【表2】

【0059】
上記OF−5−3画分を用いて、浮遊癌細胞であるHL−60、U−937、およびH−69、並びに、付着癌細胞であるASPC−1、MIAPACA−2、SW1990、PK−45−P、PK−59、KLM−1、BxPC−3、SW480、およびTMK−1に対する抗癌活性を、上記実施例2で記した評価方法と同様の方法で評価した。結果を図3−1〜3−12に示す。図3−1はHL−60、図3−2はU−937、図3−3はH−69、図3−4はASPC−1、図3−5はMIAPACA−2、図3−6はSW1990、図3−7はPK−45−P、図3−8はPK−59、図3−9はKLM−1、図3−10はBxPC−3、図3−11はSW480、図3−12はTMK−1を用いた場合の、濃度と細胞増殖率との関係を示すグラフである。各図から明らかなように、いずれも濃度依存的に抗癌活性を示した。
【0060】
(実施例4)
[抗癌活性画分のGC/MS解析]
OF−5−3画分に含まれる活性物質の同定を行うため、OF−5−3画分のGC/MS解析を試みた。GCの条件は、ヘキサンに溶解したOF−5−3画分の0.5μLをDB−1701 30m×0.245mm×0.25μm(J&W Scientific)カラムにインジェクトし、オーブン開始温度:50℃、開始温度保持時間:2分間、昇温速度:10℃/分、最終温度:270℃、最終温度保持時間:10分間、スプリットレスにて測定した。MSの条件は、スキャン範囲(m/z)50〜800、スキャン時間1.5秒(繰り返し時間0.80+0.70秒)、質量分解能:1000、加速電圧:5kv、イオン化室温度:200度でスキャン測定した。その後、得られたピークはBenchTop/PBM Wiley Registry of Mass Spectral Data,6th Editionを用いたフラグメント解析により、ラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸であると同定された。
【0061】
(実施例5)
[飽和脂肪酸の抗癌活性]
上記評価系を用いて、白血病細胞株に対するラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸の抗癌活性を調べた。ここでラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸はそれぞれ、市販の化学合成品を用いた。
【0062】
その結果、下記表3に示すように、1mM濃度での癌細胞増殖抑制率が、ラウリル酸で80.9%、ミリスチン酸で39.4%、ペンタデカン酸で87.0%、ヘプタデカン酸で35.6%と抑制効果が認められた。ラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸におけるこのような抗癌作用は新規知見である。また、ポジティブコントロールに用いたOF−5−3画分は分子量200と仮定し濃度計算した。
【0063】
【表3】

【0064】
このように本発明により、安全で、安定的に大量供給が可能な抗癌性物質が提供される。なお、飽和脂肪酸は、酸化されにくい、常温で固体であることから使用勝手がよい、等の利点が挙げられ、構造的に不安定な不飽和脂肪酸に比べると、製剤工程中の変質が少なく、その後の保管も容易で、安定性保証期間も長くできるなど、品質面で優れる。さらに、飽和脂肪酸が担子菌類の脂溶性画分由来のものでは、該飽和脂肪酸がタンパク質や多糖類と会合状態にあることから身体により吸収されやすいという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1−1】実施例で用いた、マツタケ菌糸体由来の脂溶性画分の濃度とヒト白血病細胞増殖率との関係を示すグラフである。
【図1−2】実施例で用いた、マツタケ子実体由来の脂溶性画分の濃度とヒト白血病細胞増殖率との関係を示すグラフである。
【図1−3】実施例で用いた、ホンシメジ子実体由来の脂溶性画分の濃度とヒト白血病細胞増殖率との関係を示すグラフである。
【図1−4】実施例で用いた、シイタケ子実体由来の脂溶性画分の濃度とヒト白血病細胞増殖率との関係を示すグラフである。
【図2】実施例で用いた、脂溶性画分のTSK ODS−80TM分画の254nmのチャートを示すグラフである。
【図3−1】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とHL−60(ヒト白血病細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−2】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とU−937(ヒト白血病細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−3】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とH−69(ヒト白血病細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−4】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とASPC−1(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−5】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とMIAPACA−2(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−6】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とSW1990(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−7】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とPK−45−P(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−8】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とPK−59(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−9】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とKLM−1(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−10】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とBxPC−3(ヒト膵臓癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−11】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とSW480(ヒト大腸癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。
【図3−12】実施例で用いた、OF−5−3画分の濃度とTMK−1(ヒト胃癌細胞株)増殖率との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子数8〜20の飽和脂肪酸を有効成分として含む抗癌性物質。
【請求項2】
炭素原子数10〜18の飽和脂肪酸を有効成分として含む、請求項1記載の抗癌性物質。
【請求項3】
飽和脂肪酸が、ラウリル酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸の中から選ばれる1種または2種以上である、請求項1または2記載の抗癌性物質。
【請求項4】
担子菌類の脂溶性画分由来のものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗癌性物質。
【請求項5】
前記脂溶性画分は、担子菌類に有機溶媒を加えて撹拌抽出した後、遠心分離して上清を得る工程を1〜複数回行うことにより得られる、請求項4記載の抗癌性物質。
【請求項6】
前記有機溶媒が、クロロホルムとメタノールの混合溶媒、あるいはクロロホルムとメタノールと水の混合溶媒である、請求項5記載の抗癌性物質。
【請求項7】
前記工程により得られた上清を濃縮乾固した後、極性の低い溶媒で抽出し、これを0℃以下の温度で放置した後、析出物を遠心分離して沈殿物を得る工程を1〜複数回行うことにより得られる、請求項5または6記載の抗癌性物質。
【請求項8】
前記極性の低い溶媒がヘキサンである、請求項7記載の抗癌性物質。
【請求項9】
担子菌類がハラタケ目(Agaricales)キシメジ科(Tricholamataceae)に属する菌類である、請求項4〜8のいずれか1項に記載の抗癌性物質。
【請求項10】
担子菌類の菌糸体、培養物(Broth)または子実体(胞子を含む)を用いる、請求項4〜9のいずれか1項に記載の抗癌性物質。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の抗癌性物質を含む医薬製剤。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれかに記載の抗癌性物質を含む食品。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図1−4】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図3−3】
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【図3−4】
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【図3−5】
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【図3−6】
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【図3−7】
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【図3−8】
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【図3−9】
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【図3−10】
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【図3−11】
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【図3−12】
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【公開番号】特開2008−255022(P2008−255022A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96362(P2007−96362)
【出願日】平成19年4月2日(2007.4.2)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】