説明

抗菌性組成物及びそれを含有する抗菌剤並びにガロイルグルコースの抽出方法

【課題】 ガロイルグルコースを有効成分として含む抗菌性組成物、及びそれを含有する抗菌剤、並びにガロイルグルコースの抽出方法を提供する。
【解決手段】 本抗菌性組成物は、ガロイルグルコース(例えば、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコース等)を有効成分として含む。また、本ガロイルグルコースの抽出方法は、固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、クロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌性組成物及びそれを含有する抗菌剤並びにガロイルグルコースの抽出方法に関する。更に詳しくは、ガロイルグルコースを有効成分として含む抗菌性組成物、及びそれを含有する抗菌剤、並びにガロイルグルコースの抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我国は、気候が温暖多湿なことから、細菌が比較的繁殖しやすい風土である。このような細菌は我々にとって有用なものがある一方で、種々の弊害を及ぼすものもある。例えば、動植物に対して感染症を引き起こすものや、腐敗作用により食品類の品質を劣化させたりするものが知られている。そして、上記のような細菌による弊害を抑えるため、従来より、抗生物質や合成の抗菌剤等の抗菌作用を有する物質が様々な分野で使用されている。特に最近は、抗菌性に対する関心が一般的にも高いことから、かかる抗菌作用を有する物質の用途は広く一般人の生活に密着した分野にまで及んでいる。
【0003】
しかし、合成の抗菌剤や抗生物質では、複雑な製造工程を経ることから高価であることが多く、また、抗生物質は、種類によってはアレルギー等の副作用の問題もある上、今日、抗生物質の濫用による耐性菌の発生という問題も生じている。上記のように、特に最近は、抗菌性に対する関心が一般的にも高く、抗菌作用を有する物質の用途は広く一般人の生活に密着した分野にまで及んでいることから、抗菌作用を有する物質の性質としては、抗菌作用に優れると共に、安価で安全性に優れることも要求される。かかる観点から、人体となじみやすい自然界に存在する天然成分を利用するのが好ましいと考えられ、従来より、天然物、特に植物を原料とした抽出物について、その性質、作用等に関する研究が進められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、ガロイルグルコースを有効成分として含む抗菌性組成物、及びそれを含有する抗菌剤、並びにガロイルグルコースの抽出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、シャクヤクの抗菌性に着目し、従来より知られていない抗菌成分を分離・同定することにより、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下に示す通りである。
(1)ガロイルグルコースを有効成分として含むことを特徴とする抗菌性組成物。
(2)上記ガロイルグルコースが、シャクヤク由来である上記(1)に記載の抗菌性組成物。
(3)上記ガロイルグルコースが、シャクヤクの花弁由来である上記(1)に記載の抗菌性組成物。
(4)上記ガロイルグルコースが1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのうちの少なくとも1種である上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の抗菌性組成物。
(5)黄色ブドウ球菌及び/又は大腸菌に対して抗菌作用を有する上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の抗菌性組成物
(6)毒素阻害作用を有する上記(1)乃至(5)のいずれかに記載の抗菌性組成物。
(7)黄色ブドウ球菌α毒素に対して毒素阻害作用を有する上記(1)乃至(5)のいずれかに記載の抗菌性組成物
(8)上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の抗菌性組成物を含有することを特徴とする抗菌剤。
(9)固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、
クロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、
クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備えることを特徴とするガロイルグルコースの抽出方法。
(10)固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、
溶出液として5〜60体積%メタノール水溶液を用いたクロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、
クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備えることを特徴とするガロイルグルコースの抽出方法。
(11)上記シャクヤクとして、シャクヤクの花弁を用いる上記(9)又は(10)に記載のガロイルグルコースの抽出方法。
(12)上記ガロイルグルコースが、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのうちの少なくとも1種である上記(9)乃至(11)のいずれかに記載のガロイルグルコースの抽出方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の抗菌性組成物は、ガロイルグルコースを有効成分として含んでいるため、優れた抗菌作用を有する。更に、この組成物は、優れた毒素阻害作用を有する。そのため、この抗菌性組成物を用いることにより、抗菌剤及び毒素阻害剤を得ることができる。
また、本発明の抽出方法によれば、ガロイルグルコースをシャクヤクから効率良く抽出することができる。更に、特定の抽出方法とすることで、優れた抗菌作用を有するガロイルグルコースを効率良く抽出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の抗菌性組成物は、ガロイルグルコースを有効成分として含むものである。
上記「ガロイルグルコース」としては、例えば、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース、2,3,4,6−テトラガロイルグルコース、ヘキサガロイルグルコース、ヘプタガロイルグルコース、オクタガロイルグルコース、ノナガロイルグルコース及びデカガロイルグルコース等が挙げられる。これらのなかでも、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースが好ましい。特に、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースは、優れた抗菌作用及び毒素阻害作用を有しているため好ましい。これらは、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0008】
上記ガロイルグルコースは、天然物由来のものであってもよいし、合成されたものであってもよい。本発明では、例えば、植物のシャクヤク(Paeonia lactiflora)由来のものとすることができる。シャクヤクの使用部位については特に限定はなく、シャクヤク全体を用いてもよいし、一部のみを用いてもよい。シャクヤクの一部としては、花(特に花弁)、葉、茎、根及び種子等が挙げられる。これらのなかでも、シャクヤクの花及び/又は葉が好ましく、より好ましくは花、更に好ましくは花弁である。
【0009】
本発明の抗菌性組成物は、抗菌スペクトルが広く、且つ抗菌性に優れており、グラム陽性菌及び陰性菌のいずれに対しても抗菌作用を示すものとすることができる。例えば、本発明の抗菌性組成物は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、表皮ブドウ球菌(例えば、Staphylococcus epidermidis等)、コレラ菌(Vibrio cholerae)、腸炎ビブリオ(Vibrio parahemolyticus)、大腸菌(Escherichia coli)、赤痢菌(例えば、Shigella flexineri等)、サルモネラ菌(例えば、Salmonella typhimurium、Salmonella enteritidis等)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)、腸球菌(Enterococcus faecalis)、枯草菌(Bacillus subtilis)、セラチア菌(Serratia marcescens)、腸管常在菌(例えば、Citrobacter freundii、Proteus mirabilis等)等に対して抗菌作用を有する。特に、黄色ブドウ球菌、大腸菌に対して優れた抗菌作用を有する。また、上記に挙げた細菌の中でメチシリン耐性黄色ブドウ球菌等の薬剤耐性菌にも効果がある。ここで抗菌作用とは、細菌を死滅させる作用(殺菌作用)と細菌の増殖を抑制する作用(静菌作用)を意味する。
また、本発明の抗菌性組成物は、優れた毒素阻害作用を有する。阻害可能な毒素としては、例えば、黄色ブドウ球菌α毒素、コレラ菌溶血毒等の細菌由来タンパク質毒素や、動植物・昆虫由来のタンパク質毒素等が挙げられる。特に、本発明の抗菌性組成物は、黄色ブドウ球菌α毒素に対して優れた毒素阻害作用を有する。
【0010】
本発明の抗菌性組成物の形態については特に限定はなく、水、エタノール、プロピレングリコール等の水系溶媒にガロイルグルコースを溶解した液状の他、吸液性粉末に含浸させた粉末品、造粒した造粒品、増量剤等他の粉末成分を配合した錠剤、又はマイクロカプセル等とすることができる。
【0011】
また、本発明の抗菌性組成物には、上記抗菌性や毒素阻害作用を向上させたり、或いは別の作用効果を付与するために、別の物質を添加することもできる。例えば、抗菌スペクトルを拡大したり、或いは増強するために、別の公知の抗菌性物質等を添加することができる。
【0012】
本発明の抗菌性組成物の用途については特に限定はなく、抗菌性や毒素阻害作用を要求される様々な用途に用いることができる。例えば、本発明の抗菌性組成物は、食品や化粧水、クリーム、乳液、パック等の化粧品に添加したり、或いは口腔用組成物等の医薬部外品等へ添加して用いることができる。また、切り花の寿命延長のために水に添加することもできる。更に、繊維や樹脂等の材料中に含有又は担持させることにより、抗菌性材料として用いることができる。特に、本発明の抗菌性組成物は、優れた抗菌作用を有するため、抗菌剤として用いることができる。更には、黄色ブドウ球菌及び/又は大腸菌に対する抗菌剤して用いることができる。
また、本発明の抗菌性組成物は、優れた毒素阻害作用を有するため、毒素阻害剤として用いることができる。特に、黄色ブドウ球菌α毒素に対する毒素阻害剤として用いることができる。
【0013】
本発明のガロイルグルコースの抽出方法は、固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、クロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備える。
【0014】
上記固液抽出の方法は特に限定されず、公知の方法を用いることができる。
この固液抽出において、溶媒抽出物を抽出する際に用いられる溶媒としては、例えば、(1)水、(2)メタノール、エタノール等のアルコール類、酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチル等のエステル類等の有機溶媒、(3)上記水と上記有機溶媒との混合溶液等が挙げられる。これらのなかでも、酢酸エチルを用いることが操作性の観点から好ましい。これらの溶媒は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。更に、水等の溶媒で抽出した後、更に他の溶媒を用いて段階的に抽出を行ってもよい。
また、固液抽出する際には、抽出を効率よく高めるため、n−ヘキサン等の脂肪族炭化水素類、クロロホルム等のハロゲン類有機溶媒等で、脂溶性成分等を除去することが好ましい。
固液抽出する際の条件についても特に限定はなく、適宜、種々の条件とすることができる。
【0015】
本発明における上記溶媒抽出物は、例えば、抽出を効率よく高めることができるため、次のように得ることが好ましい。
所定量の液体(水等)を予めオートクレーブ内に入れ、次いで、溶媒の入った容器(ビーカー等)にシャクヤクを投入した後、オートクレーブ内に載置し、その後、加熱によってオートクレーブ内に蒸気を発生させ、一定時間適当な温度及び圧力の飽和蒸気中で加熱をすることにより得られる。尚、上記蒸気は、水蒸気に限られず、メタノール、エタノール等の水系溶媒や、水−有機溶媒(メタノール、エタノール、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等)等の水系の混合溶液等の蒸気でもよい。また、上記溶媒としては、前述のものを用いることができる。
この際の温度は、通常100〜150℃、好ましくは100〜140℃、より好ましくは110〜140℃、更に好ましくは110〜130℃である。また、圧力は、通常1気圧を超えて3気圧以下、好ましくは1.5〜3気圧、より好ましくは1.5〜2.5気圧である。更に、時間は、通常5〜60分、好ましくは5〜40分、より好ましくは10〜40分、更に好ましくは10〜30分である。
【0016】
上記シャクヤクについては、前述の説明をそのまま適用することができる。特に、シャクヤクの使用部位については、シャクヤクの花及び/又は葉が好ましく、より好ましくは花、更に好ましくは花弁である。このような部位を用いることで、効率よくガロイルグルコースを得ることができる。上記のように、葉よりも花(特に花弁)の使用が好ましい理由は、葉の場合、採取時期による抗菌成分の含有量の変動が大きいからである。具体的には、開花時期(5月末〜6月初め)に採取した葉の方が、シャクヤクの根に十分光合成によって栄養分が蓄えられた頃(9月)に採取した葉よりも、抗菌活性作用に優れる。一方、花は開花後2〜3週間以内に採取されるため、抗菌成分の含有量の変動が少ないと考えられる。更に、抗菌活性の高い時期である夏前(開花時期)にシャクヤクの葉を採取することは、漢方薬原材料となる根の成長を止めてしまう恐れがあるので、葉より花の使用が好ましい。
また、上記シャクヤクは、植物の全体又は一部をそのまま用いてもよいし、乾燥させてから用いてもよい。特に、抽出効率を向上させるために、乾燥物を切断若しくは粉砕することが好ましい。
【0017】
また、上記抗菌物質含有成分は、カラムクロマトグラフィ等のクロマトグラフィにより上記溶媒抽出物から分画される。この際、カラムの種類、長さ、温度、移動相の流量等は必要に応じて種々の範囲とすることができる。
また、溶出液においても特に限定はなく、適宜選択することができる。例えば、メタノール水溶液、エタノール水溶液、2−イソプロパノール水溶液等の低級アルコール水溶液等の溶出液を使用することができる。これらのなかでも、炭素数の最も少ないメタノール水溶液を用いることが好ましい。メタノール水溶液におけるメタノール濃度は特に限定されないが、5〜60%であることが好ましく、より好ましくは10〜55%、更に好ましくは20〜50%である。この場合、ガロイルグルコースを効率良く分離することができる。
また、メタノール濃度が10%〜35%未満(特に15〜25%、更には20%)のメタノール水溶液を用いることで、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースを選択的に溶出することができる。この際、公知の機能性物質であるアストラガリンも選択的に溶出することができる。
更に、メタノール濃度が35〜60%(特に40〜55%、更には50%)のメタノール水溶液を用いることで、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース、及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースを含有する画分を選択的に溶出することができる。
【0018】
更に、上記ガロイルグルコースは、高速液体クロマトグラフィ等のクロマトグラフィにより上記抗菌物質含有成分から分離される。この際、カラムの種類、長さ、温度、移動相の流量等は必要に応じて種々の範囲とすることができる。例えば、カラムとしては、逆相系の結合型シリカゲルや高分子系充填剤を使用することができる。また、溶出に使用する有機溶媒としては、例えば、トリフルオロ酢酸(TFA)、アセトニトリル等を用いることができる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0019】
尚、上記各クロマトグラフィの溶出液の回収は、小さなフラクションに分けて回収することもできるし、大きなフラクションとして回収することもできる。回収した溶出液は、そのまま分画液とすることもできるし、濃縮液として濃度を高めることもできる。更には、スプレードライや凍結乾燥等の操作により乾燥粉末とすることもできる。また、必要に応じて、クロマトグラフィ等を更に繰り返すことにより分画を精製することもできる。
【0020】
本発明の抽出方法により抽出されるガロイルグルコースは、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのうちの少なくとも1種とすることができる。
更には、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースのみとすることができる。また、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースの全てを含むガロイルグルコース群とすることができる。
これらのガロイルグルコースは、前述のように抗菌作用に優れるものである。更には、毒素阻害作用に優れるものである。
【0021】
また、上記アストラガリン以外にも上記シャクヤクからは、公知の機能性物質であるガーリック酸やケンフェロールを抽出することができる。アストラガリン及びガーリック酸においては、シャクヤクから効率的に抽出することができる。尚、アストラガリンについては、肉芽腫に関与するアンジオテンシン変換酵素の阻害作用、糖尿病に関与するアルドース還元酵素の阻害作用、抗白血病作用、去痰作用、降圧作用、免疫賦活活性、抗HIV作用等の機能性が公知である。一方、ガーリック酸については、多機能生理活性物質であり且つ抗菌作用を有することが公知である。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
[1]シャクヤクの花弁に含まれる主成分の同定
(1)シャクヤクの固液抽出
シャクヤクの花弁粉末50gに超純水1500mLを加え、オートクレーブ(121℃、10分)により固液抽出を行った。その後、得られた抽出液を遠心分離機(6000rpm、15分、4℃)で遠心後、上清をろ紙で濾過して、溶媒抽出物を分離した。次いで、分液漏斗に溶媒抽出物1260mLと、等量のn−ヘキサンを入れ、約100回撹拌後、下層の抗菌成分を含む水層1246mLを分離した。その後、得られた水層に、等量のクロロホルムを加えて約100回撹拌後、上層側の抗菌成分を含む水層1124mLを分離した。次いで、得られた水層に、等量の酢酸エチルを加えて約100回撹拌後、上層側の酢酸エチル層を抽出し、エバポレーターで乾燥固化した。その後、超純水7.2mLで再溶解後、凍結乾燥することにより約3.8gの乾燥粉末(以下、「酢酸エチル抽出物」という。)を得た。
【0023】
(2)逆相高速液体クロマトグラフィによる抽出成分の分析
上記(1)で得られた酢酸エチル抽出物を下記方法でHPLCにより分析した。
酢酸エチル抽出物5mgを0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)溶液0.5mLに溶解し、試料を調製した。一方、Develosil ODS−HG−5カラム(4.6×150mm、野村化学)を100%アセトニトリル100mLで洗浄後、0.1%TFA100mLで平衡化した。その後、上記試料をカラムに注入した。
また、酢酸エチル抽出物の分析結果を図1に示した。図1によれば、シャクヤクの花弁に含まれる主成分と思われる3つの大きなピーク(1〜3)と、6つのマイナー成分のピークが得られた。
【0024】
尚、高速液体クロマトグラフィによる溶出条件は、以下の通りである。
(a)デガッサ:DG−1580、日本分光株式会社
(b)低圧グラジェントユニット:LG−1580、日本分光株式会社
(c)ポンプ:PU−1580、日本分光株式会社
(d)ディテクタ:MD−910、875−UV、日本分光株式会社
(e)インジェクタ:Model 7125、7225、レオダイン
(f)データプロセッサ:Borwin ver1.50、Borwin−PDA ver1.50、日本分光株式会社
(g)カラム:Develosil ODS−HG−5 4.6×150mm、野村化学
(h)溶出液:0.1%TFA/アセトニトリル混合液の連続濃度勾配(0.1%TFA:アセトニトリル=100:0→0:100)
(i)流速:1.0mL/分
(j)波長:250nm
【0025】
(3)主成分の構造解析
図1で示された3つの主成分の構造解析を行うため、下記のカラムを用い、測定波長を250nmから220nmに変更したこと以外は上記(2)と同様の方法によって、酢酸エチル抽出物500mgをHPLCにより分離精製した。尚、HPLCの分析結果を図2に示す。
使用カラム:Develosil ODS−HG−5 10.0×150mm、野村化学
【0026】
その後、得られた精製試料について、下記のHNMR法、C13NMR法、MALDI−TOF−MS法及びEI−MS法によって構造解析を行った。
<NMR法>
精製試料を乾燥固化後、真空乾燥したガラスシリンジで重溶媒(重メタノール、重アセトンで測定)0.6mLを試料に添加した。その後、試料を超音波照射して溶解し、綿ろ過しながらNMRチューブに移し、測定を行った(使用機器:JNM−A500、日本電子データム)。
<MALDI−TOF−MS法(質量分析法)>
精製試料を0.1%TFA+40%CHCNで1〜10pmol/μLになるように溶解した。使用したマトリックス(CHCA:α−Cyano−4−hydroxycinnamic acid)は10mg/mLに調製した。サンプルスライドにCHCAを0.25μL×2回、サンプルを0.25μL×1回、最後にCHCAを0.25μL×1回を順に添加し、測定を行った(使用機器:MALDI−DISCOVERY、島津製作所。
<EI−MS法(質量分析法)>
精製試料を約1μg/μLの濃度になるようにメタノールかアセトンに溶解し、1μLをキャピラリーで石英セル上に添加し乾燥させた後、測定した(使用機器:GCMS−QP 5050A、島津製作所)。
【0027】
その結果、ピーク1はガーリック酸であり、ピーク2は1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースであり、ピーク3はアストラガリンであることが分かった。これらの構造及び質量分析結果を下記に示す。
【0028】
【化1】

【0029】
【化2】

【0030】
【化3】

【0031】
(4)主成分の抗菌活性の有無
これらの3成分における抗菌活性を次のように調べた。また、植物由来の抗菌物質として知られている緑茶(−)−エピガロカテキンガレートをポジティブコントロールとして同時に評価した。
<抗菌活性の検定>
抗菌活性の検定は、供試菌として、Escherichia coli ATCC25922(以下、大腸菌)と、Staphylococcus aureus 209P(以下、黄色ブドウ球菌)を用いて、下記のように行った。
10mLの普通ブイヨンで35℃、1晩培養した大腸菌と黄色ブドウ球菌をそれぞれ約10個/mLの菌数になるように普通ブイヨンで希釈した。その後、この菌液90μLを96穴平底マイクロプレートウェルに入れ、更に20mg/mLの試料10μLを混合し、35℃で24時間培養した。次いで、各ウェル内の菌液50μLを10mLの0.9%生理食塩水で希釈し、普通寒天培地に100μLずつ接種・塗抹した。その後、普通寒天培地を35℃で一晩培養後、形成されたコロニー数を数えた。その結果を図3に示す。
【0032】
尚、図3における試料1〜6の詳細を以下に示す。
試料1:コントロール(試料混合せず。接種時)
試料2:コントロール(試料混合せず。24時間後)
試料3:ガーリック酸
試料4:1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース
試料5:アストラガリン
試料6:(−)−エピガロカテキンガレート(最終濃度:2mg/mL)
【0033】
また、抗菌物質の抗菌力の強さを表す指標として、抗菌物質未添加の菌液の細菌数の対数値から抗菌物質を加えた菌液の細菌数の対数値を引いたものを抗菌活性値として算出した。抗菌活性値が大きい抗菌物質ほど抗菌力が強いと評価できる。コロニー数は、1濃度につき寒天平板を2枚使用し、これらの寒天上で形成されたコロニー数を平均して算出した。同様の実験を少なくとも2回繰り返し、再現性があることも確認した。尚、精製試料はメタノールに溶解しているので、シャクヤク成分を添加していないコントロールにはメタノールを10μL添加したが、細菌の増殖阻害は認められなかった。
【0034】
図3によれば、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース(試料4)は、黄色ブドウ球菌に対して強い抗菌活性を示し、2mg/mLの濃度で供試菌すべてを死滅させた(抗菌活性値は8.8以上)。更に、大腸菌に対しても抗菌作用があり、抗菌活性値は約3を示した。
一方、ポジティブコントロールとして同時に評価した植物由来の抗菌物質[緑茶(−)−エピガロカテキンガレート(試料6)]においては、黄色ブドウ球菌を全て死滅させたが、大腸菌に対しては抗菌作用を示さなかった。
また、ガーリック酸(試料3)は、大腸菌に対して抗菌作用を示さなかったが、黄色ブドウ球菌の菌数を約10%減少させた(抗菌活性値は約1)。一方、アストラガリン(試料5)は、大腸菌及び黄色ブドウ球菌のいずれに対しても抗菌作用を示さなかった。
【0035】
更に、ガーリック酸、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、及びアストラガリンの市販標品を用いて、上記と同様にして抗菌活性を検討した。その結果を図4に示す。
尚、図4における試料1〜5の詳細を以下に示す。
試料1:コントロール(試料を含まない。接種時)
試料2:コントロール(試料を含まない。24時間後)
試料3:ガーリック酸(和光純薬)
試料4:1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース(Toronto Research Chemicals Inc、Canada)
試料5:アストラガリン(Extrasynthese社、FRANCE)
【0036】
図4によれば、市販の1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース(試料4)は、大腸菌及び黄色ブドウ球菌のいずれに対しても強い抗菌活性(抗菌活性値は大腸菌及び黄色ブドウ球菌に対し、それぞれ、3.4及び8.8以上)を示した。また、ガーリック酸(試料3)は、大腸菌に対しては全く抗菌作用を示さなかったが、黄色ブドウ球菌に対しては、菌数を約10%減少させることができた(抗菌活性値は約1)。一方、アストラガリン(試料5)は、大腸菌及び黄色ブドウ球菌のいずれに対しても、抗菌作用を示さなかった。
以上のことから、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースに強い抗菌活性があることが分かった。
【0037】
[2]シャクヤクの花弁に含まれるマイナー成分の同定
(1)オープンカラムクロマトグラフィ法によるマイナー成分の部分精製
上記[1]の(1)で得られた酢酸エチル抽出物500mgを超純水80mLに浮遊させ、超音波洗浄機を用いて分散させて、試料とした。
一方、Octadecyl Silane(ODS、C18、野村化学)樹脂50gをメタノールに浮遊させ、ガラスカラム(2×30cm)に充填した。その後、カラム容量の約3倍のメタノール500mLとイソプロパノール500mLを順に流して樹脂を洗浄後、超純水500mLでODS樹脂を平衡化した。
その後、上記試料をODSカラムにのせ、溶出液1滴が2秒で分取できるように流速を調節してODS樹脂に吸着させた。更に、超純水500mLで非吸着成分を洗い流した。 次いで、5%、10%、20%及び50体積%メタノール水溶液(以下、それぞれ、「5%メタノール」、「10%メタノール」、「20%メタノール」及び「50%メタノール」という。)及び100%のメタノール(以下、「100%メタノール」という。)を500mLずつカラムに流し、ODS吸着成分を段階的に溶出させ、画分を得た。その後、得られた各画分をエバポレーターで乾燥固化し、−20℃で保存した。
【0038】
(2)各画分の乾燥重量及び抗菌活性
上記(1)で得られた各濃度のメタノール溶出画分について乾燥重量を求めた。更に、菌液における試料の最終濃度を2mg/mLから0.5mg/mLにしたこと以外は上記と同様の方法により黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性を調べた。これらの結果を図5に示す。尚、段階的な5〜100%メタノール溶出を終えた後、100%2−イソプロパノールで更にカラム吸着成分の溶出を試みた(画分7)。
また、図5における画分1〜8の詳細は以下に示す通りである。更に、折線(−■−)は各画分の乾燥重量を示し、バーは黄色ブドウ球菌の生菌数を示す。
画分1:超純水溶出
画分2:5%メタノール溶出画分
画分3:10%メタノール溶出画分
画分4:20%メタノール溶出画分
画分5:50%メタノール溶出画分
画分6:100%メタノール溶出画分
画分7:100%2−イソプロパノール溶出画分
画分8:コントロール(溶出画分ではない)
【0039】
図5によれば、カラム吸着成分の大部分が、画分4(20%メタノール溶出画分)と画分5(50%メタノール溶出画分)に溶出していることが分かった。また、画分2〜7までは、ほぼ同程度の抗菌活性がみられた。
【0040】
(3)ODSオープンカラムクロマトグラフィによって部分精製したマイナー成分の構造解析
上記(2)において、乾燥重量が多く且つ抗菌活性を示した20%メタノール溶出画分及び50%メタノール溶出画分について、下記方法でHPLCにより分析した。
[逆相高速液体クロマトグラフィによるマイナー成分の分離精製]
上記各濃度のメタノール溶出画分100mgを、各々0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)溶液16mLに溶解し、試料を調製した。一方、DEVELOSIL ODS−HG−5カラム(4.6×150mm、野村化学)を100%アセトニトリル100mLで洗浄後、0.1%TFA100mLで平衡化した。その後、上記試料をカラムに注入して樹脂吸着成分を溶出し、溶出液を5mLずつ分取した。得られた各画分を減圧乾燥機で乾燥固化し、−20℃で保存した。分析結果をそれぞれ図6(20%メタノール溶出画分)及び図7(50%メタノール溶出画分)に示す。
尚、高速液体クロマトグラフィによる溶出条件は、下記のカラムを用い、測定波長を250nmから220nmに変更したこと以外は上記[1]の(2)と同様である。
使用カラム:Develosil ODS−HG−5 10.0×150mm、野村化学
【0041】
図6の結果から、20%メタノール溶出画分には、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースとアストラガリンが、ほぼ1:1の割合で含まれていることが分かった。
また、50%メタノール溶出画分には、a〜fの6つの溶出ピークが観測された(図7参照)。それぞれのピークにおいて、上記NMR法及び上記質量分析法を行った結果、グルコースにガロイル基が4つ結合しているテトラガロイルグルコースが4種類存在することが分かった。更に、微量であったが、ケンフェロールも存在することが分かった。テトラガロイルグルコース及びケンフェロールの構造及び質量分析結果を下記に示す。
尚、図7におけるa〜fのピークの詳細を以下に示す
a:未同定(抗菌活性がなかったため)
b:1,2,3,6−テトラガロイルグルコース(異性体)
c:1,2,3,6−テトラガロイルグルコース
d:1,2,4,6−テトラガロイルグルコースと、2,3,4,6−テトラガロイルグルコースの混合成分
e:1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース
f:ケンフェロール
【0042】
【化4】

【0043】
【化5】

【0044】
【化6】

【0045】
【化7】

【0046】
(5)マイナー成分の抗菌活性の有無
上記マイナー成分の抗菌活性の有無を上記[1]の(4)と同様にして調べた。尚、1,2,3,6−テトラガロイルグルコースは異性体との混合試料で抗菌活性を求めた。
その結果、4種のテトラガロイルグルコースは、菌液における試料の最終濃度が2mg/mLの場合において、それぞれ、黄色ブドウ球菌を完全に死滅させた。しかし、この最終濃度では、大腸菌に対して抗菌作用を示さなかった。
また、ケンフェロールは微量成分であったため、市販の標品を使用して、同様の試験を行った。その結果、ケンフェロールは、菌液における試料の最終濃度が2mg/mLの場合において、大腸菌と黄色ブドウ球菌のいずれに対しても抗菌作用を示さなかった。
【0047】
次に、抗菌作用を示すことが明らかになった、ペンタガロイルグルコース及び各テトラガロイルグルコースの黄色ブドウ球菌に対するMBC(最少殺菌濃度、Minimum Bactericidal Concentration)を下記の方法により求めた。
96穴マイクロプレートに90μLの菌液(接種菌数;約10/mL)を入れ、各検定試料を最終濃度が15.6μg/mLから2000μg/mLまで段階的な濃度になるように菌液に10μLずつ添加し混合した。その後、35℃で24時間静置培養し、これらを更に新しい普通寒天培地に接種(100μL)・塗抹後、35℃で18時間培養して黄色ブドウ球菌が寒天上に増殖しているかどうかを調べ、黄色ブドウ球菌のコロニーを形成させない検定試料の最少濃度をMBCとして評価した。その結果を表1に示す。尚、表1における「+」は、普通寒天培地上で黄色ブドウ球菌が増殖することを示し、「−」は、普通寒天培地上で黄色ブドウ球菌が増殖しないことを示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1によれば、テトラガロイルグルコースのMBCは、500〜1000μg/mLであり、黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用が強いことが分かった。
また、黄色ブドウ球菌に対する1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースのMBCは、125μg/mLと非常に低く、各テトラガロイルグルコースよりも更に抗菌作用が強いことが分かった。
【0050】
また、大腸菌についてもMBCの算出を試みたが、大腸菌は全て普通寒天培地上で発育した。そのため、ペンタガロイルグルコースと各テトラガロイルグルコースをそれぞれ0.5mg/mL、1mg/mL、2mg/mLの濃度になるように10μLずつ菌液(90μL)に加えて35℃で24時間静置培養した。菌液を希釈して普通寒天培地に接種し、35℃で18時間培養後に寒天上に発育したコロニー数を数えて、抗菌活性値を算出した。
その結果、抗菌活性値が求められたものは、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースと、2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのみであった。尚、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースの抗菌活性値は、2mg/mLが3.5、1mg/mLが2.1であった。一方、2,3,4,6−テトラガロイルグルコースの抗菌活性値は、2mg/mLが2.4であったが、1mg/mLの濃度では抗菌作用が認められなかった。
【0051】
これらの結果から、大腸菌に対する抗菌作用も黄色ブドウ球菌のMBCの結果に準じていることが分かった。
従って、抗菌活性の高いものから順に、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、2,3,4,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコースであると考えられる。
【0052】
(6)シャクヤクの花弁に含まれる各成分の含有量及び含有割合
シャクヤクの花弁に含まれる同定成分の含有量及び各成分の含有割合(それぞれ、酢酸エチル抽出物5mgあたり)を求め、その結果を表2に示した。
また、上記[1]の(1)のように、シャクヤクの乾燥花弁粉末50gから酢酸エチル抽出物が約3.8g得られたことから、シャクヤクの乾燥花弁粉末50gあたりに含まれる含有量を求め、その結果を表2に併記した。
【0053】
【表2】

【0054】
表2によれば、シャクヤクの乾燥花弁粉末50gから、抗菌活性の強い成分であるペンタガロイルグルコースとテトラガロイルグルコースが合計で、約1.4g得られることが分かった。
【0055】
[3]黄色ブドウ球菌α毒素に対するシャクヤクの花弁に含まれる各成分の溶血阻害活性
(1)黄色ブドウ球菌α毒素に対する溶血阻害活性
下記の方法により、シャクヤクの花弁に含まれる各成分のα毒素に対する溶血阻害活性を評価した。尚、下記の方法は、溶血物質の溶血活性を測定する方法であり、黄色ブドウ球菌α毒素の溶血活性を速度として定量的に評価できる。尚、各成分の抽出、分離精製、構造解析は前記と同様にして行った。
【0056】
[溶血速度法(Hajime Ikigai and Taiji Nakae:The rate assay of alpha−toxin assembly in membrane.FEMS Microbiology Letters, Vol.24, pp.319−322.)]
ウサギ赤血球を10mM Hepes−150mM NaCl(pH7.2)に浮遊させ、700nmの波長で吸収が1.5になるように赤血球浮遊液を調製した。その後、この赤血球浮遊液にα毒素標品を添加し、溶血による濁度の減少を分光光度計(V−520型、日本分光)で経時的に測定した(温度:20〜22℃)。尚、α毒素標品としては、黄色ブドウ球菌Wood46株をトリプトソイブロスで培養し、その培養上清から分離・精製したものを使用した。また、ウサギ赤血球は、ウサギ保存血(日本バイオテスト研究所)を10mM Hepes−150mM NaCl(pH7.2)で遠心(4℃、2000回転、10分間)を3回繰り返して洗浄したものを使用した。更に、溶血速度は、溶血が最大となる傾きを溶血曲線から求め、1分間当たりの吸収変化率で表した。この溶血曲線の傾斜が大きいほど溶血速度が速く、溶血作用がない場合には吸収は変化しない。その結果を図8に示す。尚、この測定は、α毒素(0.3μg/3μL)を添加したウサギ赤血球浮遊液(1mL)に、シャクヤクの花弁より分離した各成分を10μg/5μL加えて行った。また、この測定は、毒素の添加重量を一定にして行った。更に、試料はメタノールに溶解しているので、コントロールとしてメタノールのみ、或いはα毒素とメタノールを添加してそれぞれ溶血に影響しないことを確認した。また、図8における試料の詳細を以下に示す。
【0057】
(試料の詳細)
a(□):α毒素
b(○):α毒素+5μLメタノール
c(△):5μLメタノール
d(▽):α毒素+ガーリック酸(最終濃度:58.8mM)
e(●):α毒素+アストラガリン(最終濃度:22.3mM)
f(◆):α毒素+ケンフェロール(最終濃度:22.3mM)
g(−):α毒素+1,2,3,6-テトラガロイルグルコース(最終濃度:12.7mM)
h(◇):α毒素+1,2,4,6-テトラガロイルグルコース(最終濃度:12.7mM)
i(x);α毒素+1,2,3,4,6-ペンタガロイルグルコース(最終濃度:10.6mM)
j(■);α毒素+2,3,4,6-テトラガロイルグルコース(最終濃度:12.7mM)
k(▲);α毒素+(−)−エピガロカテキンガレート(最終濃度:21.8mM)
【0058】
図8によれば、α毒素(0.3μg/3μL)をウサギ赤血球浮遊液1mLに加えた時の溶血速度は0.15/minであった。同一条件で、ガーリック酸、ケンフェロール、アストラガリンを、それぞれ10μg/5μL加えると、溶血速度は0.14/min、0.2/min、0.14/minであり、ケンフェロールの添加により溶血が約30%高まっていた。
一方、テトラガロイルグルコースと、ペンタガロイルグルコースは全てα毒素の溶血作用を完全に阻害していた。
また、モル濃度を計算すると、ペンタガロイルグルコースの最終濃度は10.6mMで最も低いにもかかわらず、α毒素に対する溶血阻害作用を示していた。
【0059】
次に、ガロイルグルコース間の毒素阻害活性の強さを同様にして比較検討した。その結果を図9に示す。尚、α毒素(1μg/10μL)を添加したウサギ赤血球浮遊液(1mL)にシャクヤクの花弁より分離したガロイルグルコースを1μg/0.5μL加えて検討した。また、図9における試料の詳細を以下に示す。
(試料の詳細)
○:α毒素
△:α毒素+1,2,3,6−テトラガロイルグルコース(最終濃度:1.27mM)
□:α毒素+1,2,4,6−テトラガロイルグルコース(最終濃度:1.27mM)
▼:α毒素+2,3,4,6−テトラガロイルグルコース(最終濃度:1.27mM)
▲:α毒素+1,2,3,4,6−テトラガロイルグルコース(最終濃度:1.06mM)
【0060】
図9によれば、1mLのウサギ赤血球浮遊液にα毒素を1μg/mL加えた時、溶血速度は0.49/minであった。
これに対し、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコースを更に1μg添加した時、溶血速度はそれぞれ、0.28/min、0.25/minとなった。
従って、1,2,3,6−テトラガロイルグルコースと、1,2,4,6−テトラガロイルグルコースの溶血阻害率は、それぞれ43%と49%であることが分かった。
一方、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースは、この濃度でも溶血を完全に阻害することができた。
以上の結果から、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコースがα毒素によって引き起こされるウサギ赤血球の溶血を阻害する活性が一番強いことが分かった。
【0061】
[4]実施例の効果
以上のことから、シャクヤクの花弁の乾燥粉末には、ガロイルグルコース、アストラガリン、ガーリック酸、ケンフェロール等が含まれていることが分かり、ガロイルグルコースは優れた抗菌作用及び毒素阻害作用を示すことが分かった。また、これらの成分を効率よく精製できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】酢酸エチル抽出物(5mg)のHPLCによる分析結果を説明する図である。
【図2】酢酸エチル抽出物(500mg)のHPLCによる分析結果を説明する図である。
【図3】シャクヤクの主成分の大腸菌及び黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用を説明する図である。
【図4】市販標品の大腸菌及び黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用を説明する図である。
【図5】各画分の抗菌活性及び乾燥重量を説明する図である。
【図6】20%メタノール溶出画分のHPLCによる分析結果を説明する図である。
【図7】50%メタノール溶出画分のHPLCによる分析結果を説明する図である。
【図8】シャクヤクに含まれる各成分のα毒素溶血阻害作用を説明する図である。
【図9】ガロイルグルコース群のα毒素溶血阻害作用を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガロイルグルコースを有効成分として含むことを特徴とする抗菌性組成物。
【請求項2】
上記ガロイルグルコースが、シャクヤク由来である請求項1に記載の抗菌性組成物。
【請求項3】
上記ガロイルグルコースが、シャクヤクの花弁由来である請求項1に記載の抗菌性組成物。
【請求項4】
上記ガロイルグルコースが1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのうちの少なくとも1種である請求項1乃至3のいずれかに記載の抗菌性組成物。
【請求項5】
黄色ブドウ球菌及び/又は大腸菌に対して抗菌作用を有する請求項1乃至4のいずれかに記載の抗菌性組成物
【請求項6】
毒素阻害作用を有する請求項1乃至5のいずれかに記載の抗菌性組成物。
【請求項7】
黄色ブドウ球菌α毒素に対して毒素阻害作用を有する請求項1乃至5のいずれかに記載の抗菌性組成物
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の抗菌性組成物を含有することを特徴とする抗菌剤。
【請求項9】
固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、
クロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、
クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備えることを特徴とするガロイルグルコースの抽出方法。
【請求項10】
固液抽出により、シャクヤクから溶媒抽出物を得る工程と、
溶出液として5〜60体積%メタノール水溶液を用いたクロマトグラフィにより、上記溶媒抽出物から抗菌物質含有成分を分画する工程と、
クロマトグラフィにより、上記抗菌物質含有成分から少なくともガロイルグルコースを分離する工程と、を備えることを特徴とするガロイルグルコースの抽出方法。
【請求項11】
上記シャクヤクとして、シャクヤクの花弁を用いる請求項9又は10に記載のガロイルグルコースの抽出方法。
【請求項12】
上記ガロイルグルコースが、1,2,3,4,6−ペンタガロイルグルコース、1,2,3,6−テトラガロイルグルコース、1,2,4,6−テトラガロイルグルコース及び2,3,4,6−テトラガロイルグルコースのうちの少なくとも1種である請求項9乃至11のいずれかに記載のガロイルグルコースの抽出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−84477(P2007−84477A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−274624(P2005−274624)
【出願日】平成17年9月21日(2005.9.21)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】