説明

振動伝達波形が単純な珪素鋼板積層体

【課題】振動低減が容易な焼鈍済み鋼板積層体を提供する。
【解決手段】焼鈍済みの鋼板積層体において、鋼板表面の皮膜における接着面積率を5%以上100%以下にして、鋼板積層体の振動伝達波形を2kHz以下の領域において測定した時に、最強ピーク強度に対し、50%以上の強度を持つ波形ピーク数が最強ピークを含め、10個以下にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は回転機用鉄芯として用いる珪素鋼板積層体に関するものであって、特に、鋼板積層体の段階で焼鈍を施す回転機用鉄芯に供する鋼板積層体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
主に回転機用鉄芯の素材として用いられる無方向性珪素鋼板は金型を使って所定形状に打ち抜かれた後、積層され、固定化され積層体とされる。回転機としてより高い性能が要求される圧縮機用鉄芯においては、この段階でせん断歪等の除去を目的とした焼鈍が施される。ついで、この鋼板積層体に対し、銅製の巻き線を施し、周辺部品を取り付けた後、回転機製品となる。
【0003】
回転機製品においては磁気的性質、特に、鉄損特性が最も重要視されてきたが、最近は回転機の「振動特性」も重要視されるようになってきた。これは最近の環境意識、特に生活環境における騒音意識の高まりにより、回転機における振動が問題視されてきたためである。
【0004】
回転機における振動/騒音低減に対する取り組みはこれまで種々行われてきた。
例えば、回転軸と軸受や歯車同士の衝突によって発生する振動・騒音を、回転軸を軸受に押し付ける機構により低減できることが特許文献1に開示されている。
【0005】
同じく、回転軸と軸受の間の衝突に対し、回転子と軸受の間にスラストワッシャとスプリングを付加し、軸長方向の振れを抑制する事で振動・騒音を低減できることも特許文献2に開示されている。
【0006】
一方、固定子の変形に起因する振動・騒音に対しては、固定子の変形が少ない部位を固定子ヨークで保持し、固定子の変形振動が固定子ヨークに伝播し難くすることで振動・騒音を低減できることが特許文献3に開示されている。
【0007】
また、固定子や回転子を磁性粉末などを原料とした焼結体で製造することで振動・騒音の発生を抑制できることが特許文献4に開示されている。
【0008】
更に、最近では、固定子の磁歪による伸びと、固定子/回転子間に働く磁気吸引力による縮みの両者に着目した低振動・低騒音化技術も特許文献5に提案されている。
【0009】
【特許文献1】特開平10−146012号公報
【特許文献2】特開2003−348790号公報
【特許文献3】特開平11−41884号公報
【特許文献4】特開平11−341715号公報
【特許文献5】特開平2008−167635号公報
【特許文献6】国際公開番号WO−2006/043612
【特許文献7】特願2008−59633号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
提案されている技術はそれなりに効果がある。しかしながら、これらの技術を実施しても振動・騒音を大幅に低減するには至っていないのが現状であった。
こうした課題認識の下、鋼板から金型を用いて所定形状の鋼板を打ち抜き、積層して鋼板積層体を作製した後、銅巻き線を施すのに先立ち、打ち抜き歪みを除去するために焼鈍を施した鋼板積層体において、振動波形を単純なものにして、防振対策を安価・容易に実施できる鋼板積層体を提供することを目的に発明者らは開発に取り組んだ。
【課題を解決するための手段】
【0011】
回転機の発する騒音は回転機内で発生する様々な種類の振動が原因である。従って、回転機の発する騒音を低減するには振動を低減することが必要である。振動には様々なピーク周波数を持つものが存在する。幅広い周波数帯において数多くのピークを持つ振動特性であると、それら多種類の周波数ピークの振動に対し、ぞれぞれ防振対策を施すことが必要になる。そのため、防振対策費用が飛躍的に増大し、回転機全体のコストが高くなってしまう。従って、回転機において少ない費用で十分な防振対策を施すには鋼板積層体の発する振動特性において、周波数ピークが数少ない、即ち、振動伝達波形が単純であることが望ましい。
【0012】
ここで鋼板積層体の振動特性測定方法について説明する。
鋼板積層体の振動特性は振動伝達波形を測定することによって評価できる。振動伝達波形とは、例えば、ハンマーを用いて鋼板積層体のある部分を打撃した時、その振動波が鋼板積層体の別の点に伝達された時の波形である。伝達してきた振動波形の検出には加速度ピックアップ等が用いられる。この振動波形が単純、即ち、振動波形におけるピーク数が少なければ、各々のピークに対する防振対策も少なくて済む。その結果、回転機に施す防振費用が少なくて済むわけである。
【0013】
以下、本発明を完成するに至った詳細を説明する。
まず、発明者らは、通常の固定化法を施した後に焼鈍した鋼板積層体において、単純な振動波形を持つ鋼板積層体が得られない理由について検討した。その結果、鋼板積層体における鋼板間の固定化方法に問題があるのではないか、と言う結論に達した。
【0014】
ここで回転機用鋼板積層体の固定化方法について述べる。
鋼板積層体の固定化方法は大きく分けて次の2つの方法がある。一つは溶接法で、もう一つはカシメ法である。溶接法とは鋼板積層体の端面の数箇所を溶接する事で固定化する方法である。一方、カシメ法とは所定の形状に鋼板を打ち抜く際、鋼板の一部に「ダボ」と呼ばれる凹凸部を形成する方法で、この凹凸部を上下の鋼板間で嵌合させることで固定化する方法である。
【0015】
これら従来の鉄芯における鋼板間の結合は、溶接法では積層体端面の「線状」の溶接部であり、またカシメ法では積層面に数箇所設けられた「点状」のカシメ部のみであった。こうした「線や点」で鋼板同士が固定化された積層体では、ある部分に与えられた振動波が積層体内の別の部位に伝達される際、様々の経路が存在する。そのため、振動伝達波形には数多くのピークが観測されることになる。一方で、鋼板積層体がいわば、一体化していれば、ある点に与えられた振動波は特定の経路を伝達して別の部位に伝達することになり、波形中のピーク数は少ないものとなる。
従って、振動伝達波形のより単純な鋼板積層体を得るには鋼板同士が「面同士」で結合していることが望ましい。
【0016】
ところが、従来の固定化方法では積層された鋼板が「面同士」で結合しているわけではなかった。
そこで発明者らは皮膜面同士が結合した鋼板積層体を作ってやれば、鋼板積層体全体の剛性が高まり、より単純な振動伝達波形を持つ鋼板積層体を実現できるのでないかと考えた。そこで種々の検討を重ねた結果、焼鈍を施した鋼板積層体における接着面積率が5%から100%であれば、振動伝達波形を2kHz以下の領域において測定した時に、最強ピーク強度に対し、50%以上の強度を持つ波形ピーク数が最強ピークを含め、10個以下になることを突き止めた。このような鋼板積層体を作製してやれば、防振対策を施し易いので、振動を低コストで効果的に低減できることが期待される。
【0017】
本発明はこうした考え方に基づいてなされたもので、その要旨は以下の通りである。
(1)複数の皮膜付き珪素鋼板を積層した後、500℃以上の温度で焼鈍した、回転機用鉄芯として用いる珪素鋼板積層体であって、該鋼板積層体中の該鋼板表面の皮膜における接着面積率が5%以上100%以下で、かつ該鋼板積層体の振動伝達波形を2kHz以下の領域において測定した時に、最強ピーク強度に対し50%以上の強度を持つ波形ピーク数が、最強ピークを含め10個以下であることを特徴とする、振動伝達波形の単純な珪素鋼板積層体。
(2)鋼板表面の皮膜が珪酸塩と有機樹脂熱分解物からなることを特徴とする(1)に記載の振動伝達波形の単純な珪素鋼板積層体。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、振動低減を容易にかつ安価に施すことが可能な、振動伝達波形の単純な鋼板積層体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明について、発明者らが本発明を完成するに至った経緯とともに更に詳細に説明する。
【0020】
発明者らは、鋼板積層体において鋼板同士を「面」で接着する方法を考えた。その中で発明者らが特許文献6や特許文献7で提案している「耐熱接着性皮膜」に着目した。
この皮膜は無機成分と有機成分とで構成され、この皮膜を表面に形成した鋼板に対し、積層した状態で焼鈍を施すと皮膜成分、特に、無機成分が焼鈍中に軟化・溶融し、皮膜面同士の接着を起こすことができる。発明者らはここで提案されている技術を適用し、鋼板積層体において鋼板同士を皮膜面で接着させ、もって鋼板積層体を一体化させることを考えつき、検討を進めた。
【0021】
始めに、発明者らは焼鈍実施済みの鋼板積層体における振動伝達波形は鋼板間の接着面積率に依存するのではないかと考えた。即ち、接着面積率が高ければ振動伝達波形は単純で、接着面積率が低ければ、振動波形は複雑になるのではないかと考えたわけである。ここで言う接着面積率とは鋼板積層体を構成する鋼板間において、鋼板間を引きはがして観察した時に鋼板全体の面積に対する、皮膜面が接着している面積の比率である。
【0022】
振動伝達波形については2kHz以下の周波数域においてピーク本数を10本以下にすることを目標に置いた。ピーク本数が10本よりも多いと、各々のピークに対し、それぞれ、防振対策が必要となり、多大な費用がかかってしまう。ピーク本数が10本以下であれば、それなりの費用の中で、効果的な防振対策を施すことができるのではないかと考えた。こうした理由から振動伝達波形の目標を2kHz以下の周波数におけるピーク本数を10本以下と定めた。
【0023】
発明者らはこのような考えを検証するため、次に述べるような実験を行った。
【0024】
(鋼板積層体固定化方法と振動伝達波形ピーク数の関係)
まず、0.5mm厚さに冷延後、900℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
これらの鋼板を素材として次の3つの異なる方法で固定化し、鋼板積層体を作製した。
【0025】
(カシメ法)
濃度50%の重リン酸アルミニウム水溶液100g、濃度30%のアクリル系有機樹脂水分散液40gの混合液を塗布し、到達板温300℃で焼き付けた。皮膜量は1.3g/mであった。この皮膜付き鋼板を金型を用いて内径10cm、外径12.5cmのリング状に打ち抜き、20枚積層した。この時、6箇所のカシメ部を形成させ、鋼板同士を嵌入させ固定化した。ついで、750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。ここで鋼板表面に形成してある皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着は起こらない。
【0026】
(溶接法)
カシメ法と同じ皮膜付き鋼板を同じ金型を使い、カシメ部を形成させずに打ち抜き20枚積層した。この鋼板積層体の端面の6箇所を溶接し、固定化した。ついで、750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。ここで鋼板表面に形成してある皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着は起こらない。
【0027】
(耐熱性接着皮膜法)
皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液50g、濃度50%の珪酸カリウム水溶液50g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液300g、濃度20%のアクリル変性エポキシ樹脂の水分散液120gとを混合した液を塗布し、到達板温180℃で乾燥した。皮膜量は8g/mになるように調整した。
このようにして作製した鋼板からカシメ法、溶接法で鋼板積層体を作製した時に使用したのと同じ金型を使ってリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で750℃で2時間、窒素雰囲気下で焼鈍した。焼鈍の際、次節で述べる重しによる面圧付与策は講じなかった。ここで鋼板表面に形成した皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着を起こすことができる。
【0028】
このようにして作製した固定化方法の異なる鋼板積層体について、接着面積率と振動伝達波形及びピーク数を測定した。
【0029】
接着面積率は次に述べる方法で測定した。
まず、鋼板積層体の端面に鋭利な刃を突き立て接着面を剥離させた。鋭利な刃としてはカッターナイフなど、刃先が鋼板積層体の鋼板間隙に侵入し易いものであれば何でも良い。刃先を挿入させただけでは剥離しない場合は刃先部の反対側をハンマー等で打撃し、鋼板積層体のより深部まで刃先を侵入させてやれば剥離できる。次に、剥離した面について、目視や顕微鏡観察を適宜併用して接着面積率を算出した。接着面積率の算出にあたっては、一定面積、例えば、1cmに限定して行ってもよい。
【0030】
振動伝達波形の測定とピーク数の算出は次に述べる方法と手順で行なった。
まず、鋼板積層体をワイヤー等の重量物を懸架できる細線で吊り下げた。ついで、吊り下げた状態で鋼板積層体をハンマーで打撃した。この時、ハンマーで打撃するのとは別の位置に加速度ピックアップをセットしておき、ハンマーによる打撃により発生した振動波が伝達してきた波形を測定できるようにしておいた。このようにして測定した振動伝達波形について最も強度の強いピークを最強ピークと定め、この最強ピークの強度に対し、50%以上のピーク強度を持つピークを拾い出し、その本数を数え、最強線と併せた本数を算出した。
【0031】
このようにしてそれぞれの固定化方法別に接着面積率と振動伝達波形のピーク本数を表1にまとめた。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から次のことが分かる。
皮膜面が接着していないカシメ法(A1)や溶接法(A2)の鋼板積層体では振動伝達波形におけるピーク数がそれぞれ18本と16本と多い。一方、接着面積率が5%と鋼板面の一部の領域が接着している皮膜法(A3)の鋼板積層体ではピーク本数が8本と少ない。このことから、皮膜法により鋼板面積の一部(接着面積率=5%)でも接着させた鋼板積層体は、振動伝達波形が他の固定化方法の鋼板積層体に比べ単純になることがわかった。従って、振動・騒音低減を容易に実施できることが期待できる。
【0034】
(接着面積率と振動伝達波形ピーク数の関係)
次に発明者らは接着面積率と振動伝達波形のピーク数との関係について、以下に述べる実験を行って調べた。
【0035】
まず、厚さ0.35mmに冷延後、950℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
この鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液50g、濃度50%の珪酸カリウム水溶液50g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液200g、濃度20%のアクリル変性エポキシ樹脂の水分散液90gとを混合した液を塗布し、到達板温200℃で乾燥した。皮膜量は9g/mになるように調整した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。この皮膜付き鋼板においては焼鈍中に皮膜間接着が起きる。また、焼鈍中に鋼板積層体の上に種々の重さの重りを載せて焼鈍することで面圧を変化させ、接着面積率の異なる鋼板積層体を作製した(B1〜B7)。
【0036】
一方で、焼鈍中に皮膜面同士が接着しない皮膜付き鋼板素材として、濃度50%の重リン酸アルミニウム水溶液100g、濃度30%のアクリル系有機樹脂水分散液40gの混合液を塗布し、到達板温320℃で焼き付けたものも作製した。皮膜量は2.0g/mであった。この皮膜付き鋼板も同じ金型を用いて内径10cm、外径12.5cmのリング状に打ち抜き、20枚積層した。打ち抜きの際、6箇所のカシメ部を形成させ、鋼板同士を嵌入させ固定化した。ついで、750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。この皮膜付き鋼板では焼鈍中に皮膜間の接着は起こらない(B8)。
【0037】
このようにして作製したそれぞれの鋼板積層体について接着面積率と振動伝達波形を測定し、2kHz以下のピーク数を算出した。
【0038】
【表2】

【0039】
表2から次のことが分かる。
まず、焼鈍中に皮膜間接着が起こらない非接着性の皮膜付き鋼板から作製した鋼板積層体においては振動伝達波形のピーク数が17本と多い(条件番号B8)。一方、焼鈍中に皮膜間接着が起こる接着性の皮膜付き鋼板から作製した鋼板積層体においては、いずれの条件においても振動伝達波形のピーク数が4本から10本と少ない。この時の接着面積率が5%から100%であったことから、接着面積率として5%以上100%以下であれば、鋼板積層体における振動伝達波形を10本以下にすることができると言える。
【0040】
(焼鈍温度)
次に発明者らは焼鈍温度の影響について、以下に述べる実験を行って調べた。
まず、厚さ0.35mmに冷延後、900℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
この鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液70g、濃度50%の珪酸カリウム水溶液70g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液350g、濃度20%のアクリル変性エポキシ樹脂の水分散液130gとを混合した液を塗布し、到達板温190℃で乾燥した。皮膜量は10g/mになるように調整した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で焼鈍温度を変え、均熱時間2時間の焼鈍を窒素雰囲気中で実施した。焼鈍の際、特に面圧付与策は講じなかった。ここで鋼板表面に形成している皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着を起こすことができる。
【0041】
このようにして作製したそれぞれの鋼板積層体について接着面積率と振動伝達波形を測定し、2kHz以下のピーク数を算出した。
【0042】
【表3】

【0043】
表3から次のことが分かる。
まず、焼鈍温度が300℃、400℃と低い条件においては、耐熱性接着皮膜組成と言えども、皮膜面の接着は実現できず、鋼板積層体として一体化できなかった。そのため、振動伝達波形を測定することができず、振動伝達波形のピーク数を算出することもできなかった(C1、C2)。一方、焼鈍温度が500℃から750℃の条件においては、鋼板積層体として一体化でき、何れの条件においても接着面積率が5%以上でかつ、振動伝達波形のピーク数も10本以下であった(C3からC8)。
【0044】
これらのことから焼鈍温度は500℃以上にすることが必要であることがわかる。
500℃以下であると皮膜成分、特に、皮膜間接着を司る無機成分の溶融・軟化が不十分となるので、皮膜間接着が十分に進行しないものと考えられる。
【0045】
焼鈍温度に上限はない。焼鈍温度が高いほど無機成分の溶融・軟化が進行し、皮膜間の接着が進むので接着面積率は増大し、振動伝達波形は単純になるものと予測される。但し、焼鈍温度が高すぎると、鋼板部において鉄結晶の粒成長が起こり、鋼板の磁気的性質や機械的性質が所期の特性から逸脱する可能性があるので、焼鈍温度の上限は750℃程度が望ましい。
【0046】
(適用可能な皮膜組成)
鋼板積層体において鋼板同士を「面」で接着するには、特許文献6や特許文献7において発明者らが提案している「耐熱接着性皮膜」を適用できる。この皮膜は有機樹脂と無機成分とで構成される。
【0047】
本願発明に適用できる有機樹脂としては次のようなタイプの有機樹脂がある。
例えば、ポリアクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリフロピレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、アクリル変性エポキシ樹脂、酢酸ビニル樹脂の1種または2種以上からなる混合物を適用できる。
【0048】
本願発明に適用できる無機成分としては次のようなものがある。
例えば、低融点ガラス、珪酸塩が適用できる。中でも珪酸ナトリウム、珪酸カリウム、珪酸リチウムの1種または2種以上からなる混合物が高濃度の水溶液を比較的安価に入手できる点で使い易い。
【実施例】
【0049】
<実施例1> 固定化方法
0.5mm厚さに冷延後880℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
これらの鋼板を素材として次の3つの異なる方法、即ち比較例(カシメ法と溶接法)と実施例(皮膜法)で固定化し、鋼板積層体を作製した。
【0050】
(カシメ法:比較例)
濃度50%の重リン酸アルミニウム水溶液100g、濃度30%のアクリル系有機樹脂水分散液40gの混合液を塗布し、到達板温315℃で焼き付けた。皮膜量は1.5g/mであった。この皮膜付き鋼板を金型を用いて内径10cm、外径12.5cmのリング状に打ち抜き、20枚積層した。この時、6箇所のカシメ部を形成させ、鋼板同士を嵌入させ固定化した。ついで、750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。ここで鋼板表面に形成してある皮膜は焼鈍中に面間接着を起こさない。
【0051】
(溶接法:比較例)
カシメ法と同じ皮膜付き鋼板を同じ金型を使い、カシメ部を形成させずに打ち抜き20枚積層した。この積層体の端面の6箇所を溶接し、固定化した。ついで、750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。ここで鋼板表面に形成してある皮膜は焼鈍中に面間接着を起こさない。
【0052】
(皮膜法:実施例)
鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液70g、濃度50%の珪酸カリウム水溶液70g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液300g、濃度20%のアクリル変性エポキシ樹脂水分散液100gとを混合した液を塗布し、到達板温180℃で乾燥した。皮膜量は8g/mになるように調整した。このようにして作製した鋼板からカシメ法、溶接法で鋼板積層体を作製した時に使用したのと同じ金型を使ってリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。この時、50g/cmの面圧を付与した状態で焼鈍した。ここで鋼板表面に形成した皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着を起こすことができる。
【0053】
このようにして作製した固定化方法の異なる鋼板積層体について、接着面積率と振動伝達波形及びピーク数を測定し、結果を表4にまとめた。
【0054】
【表4】

【0055】
表4から次のことが分かる。
皮膜面が接着していないカシメ法(D1)や溶接法(D2)の比較例の鋼板積層体では振動伝達波形におけるピーク数がそれぞれ15本と19本と多い。一方、接着面積率が15%と鋼板面の一部の領域が接着している皮膜法(D3)の実施例の鋼板積層体ではピーク本数が7本と少ない。このことから皮膜法により鋼板面積の一部(接着面積率=15%)でも接着させた鋼板積層体は振動伝達波形が他の固定化方法の鋼板積層体に比べ単純である点で優れている。
【0056】
<実施例2> 接着面積率
0.25mm厚さに冷延後、1050℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
この鋼板に対し、実施例として、皮膜を形成していない無方向性電磁鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液100g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液250g、濃度20%のアクリル/スチレン型の有機樹脂水分散液80gとを混合した液を皮膜塗布し、乾燥後の皮膜量が9g/mとなるように塗布し、到達板温180℃で乾燥した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製し、リング状の鋼板を20枚積層した状態で750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。この時、鋼板積層体の上に重しをのせ、皮膜付き鋼板面に付与される面圧を変えて鋼板積層体を焼鈍した(実施例:E1からE7)。
【0057】
実施例とは別に皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板に対し、比較例として、濃度50%の重リン酸アルミニウム水溶液100gと濃度30%のアクリル系有機樹脂水分散液40gとを混合した塗布液を乾燥後の皮膜量が片面当たり2.5g/mとなるよう塗布し、到達板温355℃で乾燥した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製した。この時、リング状鋼板を積層した状態で端面の6箇所を溶接し、固定化した。ついで、端面を溶接済みの鋼板積層体を750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した(比較例:E8)。
【0058】
実施例の皮膜では接着が起こり、比較例の皮膜では接着は起こらない。
このようにして作製した鋼板積層体について、接着面積率と振動伝達波形及びピーク数を測定し、結果を表5にまとめた。
【0059】
【表5】

【0060】
表5から次のことが分かる。
まず、焼鈍中に皮膜間接着が起こらない非接着性の皮膜付き鋼板から作製し、溶接法で固定化した鋼板積層体においては振動伝達波形のピーク数が15本と多い(条件番号E8)。一方、焼鈍中に皮膜間接着が起こる接着性の皮膜付き鋼板から作製した鋼板積層体においては、いずれの条件においても振動伝達波形のピーク数が5本から10本と少なく、この時の接着面積率は5%から100%であった。
【0061】
以上のことから接着面積率が5%から100%で、鋼板積層体における振動伝達波形のピーク数が10本以下の実施例は、接着面積率0%(接着していない)で、振動伝達波形のピーク数が15本の溶接コアの比較例に比べ優れている。
【0062】
<実施例3> 焼鈍温度
まず、厚さ0.5mmに冷延後、850℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
この鋼板に対し、濃度50%の珪酸カリウム水溶液120g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液270g、濃度20%のエポキシ樹脂の水分散液110gとを混合した液を塗布し、到達板温180℃で乾燥した。皮膜量は9g/mになるように調整した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で焼鈍温度を変え、均熱時間2時間の焼鈍を窒素雰囲気中で実施した。焼鈍の際、鋼板積層体の上に重しをのせ、10g/cmの面圧が付与されるようにした。ここで鋼板表面に形成している皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着を起こすことができる。
【0063】
このようにして作製したそれぞれの鋼板積層体について接着面積率と振動伝達波形を測定し、2kHz以下のピーク数を算出した。
【0064】
【表6】

【0065】
表6から次のことが分かる。
まず、焼鈍温度が300℃、400℃と低い比較例においては、耐熱性接着皮膜組成と言えども、皮膜面の接着は実現できず、鋼板積層体として一体化できなかった。そのため、振動伝達波形を測定することができず、振動伝達波形のピーク数を算出することもできなかった(F1、F2)。一方、焼鈍温度が500℃から750℃の実施例においては、鋼板積層体として一体化でき、何れの条件においても接着面積率が5%以上でかつ、振動伝達波形のピーク数も10本以下であった(F3からF8)。
以上のことから比較例に比べ実施例は優れている。
【0066】
<実施例4>
まず、厚さ0.35mmに冷延後、1000℃で焼鈍し、皮膜を形成していない無方向性珪素鋼板を用意した。
【0067】
(皮膜法:実施例/比較例)
この鋼板に対し、濃度50%の珪酸ナトリウム水溶液60g、濃度50%の珪酸カリウム水溶液75g、濃度20%の珪酸リチウム水溶液350g、濃度20%のアクリル変性エポキシ樹脂水分散液95gとを混合した液を塗布し、到達板温200℃で乾燥した。皮膜量は12g/mになるように調整した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製した。ついで、このリング状の鋼板を20枚積層した状態で焼鈍温度を変え、均熱時間2時間の焼鈍を窒素雰囲気中で実施した。焼鈍の際、鋼板積層体の上に重さの異なる重しをのせ、焼鈍時の積層体に面圧が付与されるようにした。ここで鋼板表面に形成している皮膜は焼鈍中に皮膜間の接着を起こすことができる。このようにして作製したそれぞれの鋼板積層体について接着面積率と振動伝達波形を測定し、2kHz以下のピーク数を算出した(条件番号G1からG13)。
【0068】
(カシメ法、溶接法:比較例)
実施例とは別に、比較例として、皮膜を形成していない無方向性電磁鋼板に対し、濃度50%の重リン酸アルミニウム水溶液100gと濃度30%のアクリル系有機樹脂水分散液40gとを混合した塗布液を乾燥後の皮膜量が片面当たり1.3g/mとなるよう塗布し、到達板温305℃で乾燥した。このようにして作製した鋼板から金型を使って内径10cm、外径12.5cmのリング状の鋼板を作製し、20枚積層した。この時、6箇所のカシメ部を形成させ、鋼板同士を嵌入させ固定化した。また、カシメ法による鋼板積層体とは別に、リング状鋼板を積層した状態で端面の6箇所を溶接し、固定化した鋼板積層体も作製した。これらのカシメ法鋼板積層体と溶接法鋼板積層体も750℃で2時間、窒素雰囲気中で焼鈍した。この皮膜においては焼鈍中に皮膜間の接着は起こらない。このようにして作製した鋼板積層体についても、接着面積率と振動伝達波形を測定しピーク数を算出した(条件番号G14とG15)。結果を表7にまとめた。
【0069】
【表7】

【0070】
表7から次のことがわかる。
鋼板積層体の固定化方法がカシメ法(G14)と溶接法(G15)の比較例、並びに鋼板積層体が皮膜法でも鋼板積層体焼鈍温度が350℃(G12)と450℃(G13)の比較例では、接着面積率が5%未満で振動伝達波形が10本よりも多い。
【0071】
一方、鋼板積層体の固定化方法が皮膜法で、鋼板積層体の焼鈍温度が500℃以上の条件(G1からG11)では接着面積率が5%以上100%以下で、振動伝達波形のピーク数が10本以下と少ない。
比較例に比べ実施例の方が振動伝達波形におけるピーク数が少なく優れており、振動・騒音低減策を安価・容易に実施できるものと期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は回転機用鉄芯として用いる珪素鋼板積層体に適用でき、特に、鋼板積層体の段階で焼鈍を施す圧縮機用鉄芯に供する鋼板積層体において、振動を安価・容易に低減できることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の皮膜付き珪素鋼板を積層した後、500℃以上の温度で焼鈍した、回転機用鉄芯として用いる珪素鋼板積層体であって、該鋼板積層体中の該鋼板表面の皮膜における接着面積率が5%以上100%以下で、かつ該鋼板積層体の振動伝達波形を2kHz以下の領域において測定した時に、最強ピーク強度に対し、50%以上の強度を持つ波形ピーク数が、最強ピークを含め10個以下であることを特徴とする、振動伝達波形の単純な珪素鋼板積層体。
【請求項2】
鋼板表面の皮膜が珪酸塩と有機樹脂熱分解物からなることを特徴とする請求項1記載の振動伝達波形の単純な珪素鋼板積層体。

【公開番号】特開2010−88250(P2010−88250A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−256859(P2008−256859)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】