説明

摩擦係数安定化剤および締結部材

【課題】 バラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができ、かつ、三価クロメート被膜上に塗布してもバラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができる摩擦係数安定化剤およびバラツキが少なく安定した摩擦係数表面を有する締結部材を提供する。
【解決手段】 本発明の摩擦係数安定化剤は、水系ウレタン樹脂エマルジョンと、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとを含有する水性液体からなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、締結部材(例えば、ボルト、ナット、座金、ねじ等)の締結部表面に所定の範囲内かつバラツキの少ない摩擦係数安定表面を付与するための摩擦係数安定化剤およびこの安定化剤が締結表面に塗布された締結部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、種々の分野において多くの締結部材が用いられている。
そして、締結部材における締結状態は、締結面における摩擦係数による影響を受ける。摩擦係数は、二物体間の表面状態、硬さなどに影響する相対量であるため、締結部材の材質、表面処理の種類、油等の付着物の有無によって摩擦係数が大きく異なり、締結時の軸力のバラツキが大きくなる。
摩擦係数の安定が望まれるものとして、例えば、自動車のシャーシ、エンジン回りなどが考えられ、それらは、鉄鋼材料、アルミニウムおよびアルミニウム合金材料などが用いられており、さらに、腐食環境下におかれる部材に対しては種々の防錆処理が施されているのが一般的である。
このため鉄鋼材料にあっては、カチオン電着塗装されるものが多く、このようなカチオン電着塗装されたもの、また、アルミニウムおよびアルミニウム合金により形成された座金の場合など、一般的に摩擦係数を0.1以下の低摩擦とすることで摩擦係数安定化を図ることが考えられている。
そのような摩擦係数安定化剤として、例えば、特許公報2984099号公報(特許文献1)、特開平9−40991号公報(特許文献2)のようなものが提案されている。
特許文献1のものは、水混和性合成樹脂と、ポリエチレンオキシドと、ノニオン性界面活性剤と、エチレンオキシド−プロピレンオキシド共重合体とを水性溶媒に溶解させた摩擦係数低減剤であり、水混和性合成樹脂として、水混和性アルキド樹脂、水混和性アクリル樹脂、水混和性スチレン−マレイン酸樹脂、水混和性酢酸ビニル−クロトン酸樹脂、水混和性ウレタン樹脂、水混和性エポキシ樹脂等である。上記水混和性合成樹脂は二種以上混合されてもよい。上記水混和性合成樹脂の中で望ましいものは水混和性アルキド樹脂を例示している。
また、特許文献2のものは、酸化低分子ポリエチレンと合成樹脂エマルジョンを水に分散してなる摩擦係数安定化剤であり、合成樹脂エマルジョンとして、酢酸ビニル、エポキシ、ウレタン、アクリル、スチレン、オレフィン等の単独又は共重合による樹脂エマルジョンを例示する。
【特許文献1】特許公報2984099号公報
【特許文献2】特開平9−40991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記のような低摩擦係数での安定化剤では、カチオン電着塗装された座金、アルミニウム座金など、材質・座金の表面状態に影響することなくボルト、ナット、ワッシャー等の締結部材の摩擦係数安定化を十分に図ることができないものであった。
また、締結部材としては、表面に防錆効果を有する六価クロメート被膜を備えるものがあるが、近年、六価クロム使用は、環境上その使用を控えることが望ましいものとされてきている。このため実質的に六価クロムを含まない、三価クロメート被膜を用いることが検討され、実際に利用されている。しかし、この三価クロメート被膜では、六価クロメートのような摩擦係数を付与することができないものであった。
そこで、本発明は、上記問題点を解決するものであり、バラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができ、かつ、三価クロメート被膜上に塗布してもバラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができる摩擦係数安定化剤およびバラツキが少なく安定した摩擦係数表面を有する締結部材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記目的を達成するものは以下のものである。
(1) 水系ウレタン樹脂エマルジョンと、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンまたはウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンを含有する水性液体からなる摩擦係数安定化剤。
(2) 水系ウレタン樹脂エマルジョンと、コロイダルシリカと、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとを含有する水性液体からなる摩擦係数安定化剤。
(3) 前記オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンは、エチレン・アクリル共重合体エマルジョンである(1)または(2)に記載の摩擦係数安定化剤。
(4) 前記ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンは、ウレタン変性ポリエチレンエマルジョンである(1)または(2)に記載の摩擦係数安定化剤。
(5) 前記水性液体は、水もしくはアルコール含有水である(1)ないし(4)のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
(6) 前記摩擦係数安定化剤は、塗布対象物に0.24〜0.29の摩擦係数でありかつバラツキの少ない摩擦係数安定表面を付与するものである(1)ないし(5)のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
(7) 前記摩擦係数安定化剤は、水性液体中に樹脂成分が乳化したエマルジョン状態となっているものである(1)ないし(6)のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
【0005】
また、上記目的を達成するものは以下のものである。
(8) 締結部表面が、前記(1)ないし(7)のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤により被覆されている締結部材。
(9) 前記摩擦係数安定化剤被覆部は、前記摩擦係数安定化剤を塗布後、110〜140℃にて、所定時間加熱処理されたものである(8)に記載の締結部材。
(10) 前記締結部材は、ボルト、ねじ、ナット、座金のいずれかである(8)または(9)に記載の締結部材。
(11) 前記締結部材の前記摩擦係数安定化剤被覆部は、0.24〜0.29の摩擦係数となっている(8)ないし(10)のいずれかに記載の締結部材。
(12) 前記締結部材は、少なくとも前記安定化剤被覆部は、締結部材表面に形成された三価クロメート被膜を被覆するものである(8)ないし(11)のいずれかに記載の締結部材。
(13) 前記締結部材は、少なくとも前記安定化剤被覆部は、カチオン電着塗装されているものである(8)ないし(11)のいずれかに記載の締結部材。
(14) 前記締結部材は、アルミニウムもしくはアルミニウム合金により形成されている(8)ないし(13)のいずれかに記載の締結部材。
【発明の効果】
【0006】
本発明の摩擦係数安定化剤は、水系ウレタン樹脂エマルジョンと、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとを含有する水性液体からなるものである。このため、塗布面にバラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができ、かつ、三価クロメート被膜上に塗布しても、バラツキが少なく、安定した摩擦係数表面を付与することができる。
また、本発明の締結部材は、締結部材の締結部表面が、上記の摩擦係数安定化剤により被覆されているものである。このため、締結部材は、バラツキが少なく安定した摩擦係数表面を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の摩擦係数安定化剤について実施例を用いて説明する。
本発明の摩擦係数安定化剤は、水系ウレタン樹脂エマルジョンと、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとを含有する水性液体からなるものである。
摩擦係数安定化剤は、一般的に、締結部材のねじ部と被締結物との間に介在する座金などに、締結時の摩擦を低減するとともに一定の摩擦係数が締結作業を停止するまで持続され、一定のトルク−軸力の関係が得られるような表面を付与するものである。
本発明の摩擦係数安定化剤に使用される水系ウレタン樹脂エマルジョンとしては、水系ポリエステル系ポリウレタンエマルジョン、水系ポリエーテル系ポリウレタンエマルジョン、水系ポリカーボネート系ポリウレタンエマルジョン、水系ポリエステル/ポリカーボネート系ポリウレタンエマルジョン等が挙げられる。これらは、単独または複数組み合わせて使用することができる。
【0008】
水系ウレタン樹脂エマルジョンは、水性媒体にウレタン樹脂が分散したものである。例えば、ウレタン樹脂微粒子を乳化剤により水性媒体中に分散させたもの、イオン性を有するウレタン樹脂( ウレタンアイオノマー) が樹脂中のイオン基の親水性により、乳化剤なしで水性媒体中に溶解もしくは微粒子状に分散した、アイオノマー型もしくはコロイド分散型と呼ばれるものなどがある。
水系ウレタン樹脂エマルジョンとしては、他の樹脂成分との混和安定性のよさ、これら樹脂成分と必要に応じて用いられる無機添加剤との配合の容易性、貯蔵安定性等の点から、ノニオン系またはアニオン系の水系ウレタン樹脂エマルジョンが好ましい。
【0009】
水性ウレタン樹脂エマルジョン中に含有されるウレタン樹脂微粒子の粒子径としては、一般に100nm以下、好ましくは10〜80nm程度のものがよい。
水系ウレタン樹脂エマルジョンの含有量は、摩擦係数安定化剤全量に対して水系ウレタン樹脂エマルジョン中の固形分量として3.0〜6.0重量%、好ましくは、4.0〜5.0重量%である。
また、本発明では、水系ウレタン樹脂エマルジョンとともに、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンまたはウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンのいずれかを用いている。なお、両者を用いてもよい。
【0010】
また、本発明の摩擦係数安定化剤に使用されるオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとしては、水性エマルジョンが好適である。水性エマルジョンとしては、水性媒体にオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体微粒子が分散したものが好適である。さらに、この共重合体を構成するオレフィン(α−オレフィン)としては、エチレン、プロピレン等が好ましく、特に、エチレンが好ましい。不飽和カルボン酸としては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、フマル酸等が好ましく、特に好ましいものとしてはアクリル酸、メタクリル酸である。特に、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとしては、エチレン・アクリル酸共重合体エマルジョン、エチレン・メタアクリル酸共重合体エマルジョンが好ましい。
オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンの含有量は、摩擦係数安定化剤全量に対してオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョン中の固形分量として0.8〜2.5重量%、好ましくは1.0〜1.5重量%である。
また、本発明の摩擦係数安定化剤における水系ウレタン樹脂エマルジョン(固形分)とウレタン変性ポリオレフィンエマルジョン(固形分)の含有重量比は、1:0.20〜1:0.42であることが好ましく、特に、1:0.25〜1:0.35であることが好ましい。
【0011】
本発明の摩擦係数安定化剤に使用されるウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンとしては、水性エマルジョンが好適に用いられる。水性エマルジョンとしては、水性媒体にウレタン変性ポリオレフィン微粒子が分散したものが好適である。ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンにおける樹脂成分としては、例えば、ウレタン変性ポリエチレン、ウレタン変性ポリプロピレンなどが用いられる。さらに、ウレタン変性としては、ウレタンポリエーテル、ウレタンポリエステルによる変性が好ましい。
ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンの含有量は、摩擦係数安定化剤全量に対してウレタン変性ポリオレフィンエマルジョン中の固形分量として0.8〜2.5重量%、好ましくは1.0〜1.5重量%である。
また、本発明の摩擦係数安定化剤における水系ウレタン樹脂エマルジョン(固形分)とオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョン(固形分)の含有重量比は1:0.20〜1:0.42であることが好ましく、特に、1:0.25〜1:0.35であることが好ましい。
【0012】
また、本発明の摩擦係数安定化剤は、コロイダルシリカを含有するものであってもよい。
コロイダルシリカは、ケイ酸ナトリウムをイオン交換樹脂で加水分解するか、アルコキシシランを酸またはアルカリで加水分解することにより製造されるのが一般的である。
使用できるコロイダルシリカとしては、特に限定はされないが、例えば、水分散性コロイダルシリカ、アルコール等の非水系の有機溶媒分散性コロイダルシリカのいずれも使用できる。一般に、このようなコロイダルシリカは、固形分としてのシリカを20〜50重量%含有しており、この値からシリカ配合量を決定できる。また、水分散性コロイダルシリカを使用する場合、固形分以外の成分として存在する水は、後に示すように硬化剤として用いることができる。水分散性コロイダルシリカは、通常、水ガラスから作られるが、市販品として容易に入手することができる。また、有機溶媒分散性コロイダルシリカは、水分散性コロイダルシリカの水を有機溶媒と置換することで容易に調製することができる。このような有機溶媒分散性コロイダルシリカも水分散性コロイダルシリカと同様に市販品として容易に入手することができる。有機溶媒分散性コロイダルシリカにおいて、コロイダルシリカが分散している有機溶媒の種類は、特に限定はされないが、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール等の低級脂肪族アルコール類;エチレングリコール、エチレングリコールモノブチルエーテル、酢酸エチレングリコールモノエチルエーテル等のエチレングリコール誘導体;ジエチレングリコール、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のジエチレングリコール誘導体;およびジアセトンアルコール等を挙げることができ、これらからなる群より選ばれた1種もしくは2種以上のものを使用することができる。これらの親水性有機溶媒と併用してトルエン、キシレン、酢酸エチル、酢酸ブチル、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトオキシム等も用いることができる。
コロイダルシリカの含有量は、摩擦係数安定化剤全量に対してコロイダルシリカ中のSiO重量として、1.0〜2.4重量%、好ましくは1.4〜2.2重量%である。
【0013】
本発明の摩擦係数安定化剤に使用される水性液体としては、水が好ましく、さらには、低級アルコールを含有するものであってもよい。低級アルコールを含有することにより、摩擦係数安定化剤の乾燥が良好なものとなる。低級アルコールとしてはエタノール、ノルマルプロパノール、イソプロピルアルコール、ノルマルブチルアルコール、イソブチルアルコール等が挙げられる。この低級アルコールの含有量は、摩擦係数安定化剤中に含まれる上記エマルジョンを破壊しない程度であることが必要であり、5〜10重量%、好ましくは7〜9重量%である。
また、摩擦係数安定化剤の粘度としては、2.0〜3.0mPa・s程度が好ましい。また、摩擦係数安定化剤のpHとしては、8.5〜9.2程度が好ましい。
そして、本発明の摩擦係数安定化剤は、水性液体中に上記の樹脂成分が乳化したエマルジョン状態となっているものであることが好ましい。摩擦係数安定化剤は、エマルジョン状態の安定化のために、適宜乳化剤を含有してもよい。さらには、必要により、防錆剤を含有してもよい。
【0014】
防錆剤としては、防錆剤としては、アルキルコハク酸ハーフエステル、無水アルキルコハク酸、アルキルコハク酸アミドなどのアルキルコハク酸誘導体、ラノリン脂肪酸のカルシウム、ラノリン脂肪酸の亜鉛などの金属塩、ワックス酸化物またはその金属塩、ナフテン酸亜鉛などの金属石鹸、ソルビタンアルキルエステル、ジアルキルフォスファイト-アミン塩、ロジンアミン、N-アルキルザルコシンなどのアミン類などが使用できる。また、摩擦係数安定化剤は、柔軟性を持たせるため、または膜切れを予防するため潤滑助剤を含有してもよい。潤滑助剤としては、ひまし油、オリーブ油、綿実油、大豆油などの脂肪油を硫酸化させた油などが使用できる。
【0015】
そして、本発明の摩擦係数安定化剤では、水系ウレタン樹脂エマルジョンを含有することによりある程度の摩擦係数を付与することができ、また、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンのいずれかを含有することにより、カチオン電着塗装された座金、アルミニウムあるいはアルミニウム合金が座金となる締結部材に対して摩擦係数の安定化に優れ、かつ、金属との密着性、耐衝撃性、耐油性などを摩擦係数安定化剤に付与する。さらに、コロイダルシリカを含有する場合には、含有しないものに比べて安定化した状態かつ摩擦係数を高くすることができる。
本発明の摩擦係数安定化剤は、種々のものに塗布することにより安定した摩擦係数安定化表面を付与する。具体的には、締結部材、例えば、ボルト、ナット、ワッシャー等の部材相互を締結する目的で使用される部材に用いることが有効である。また、締結部材の形成材料としては、どのようなものでもよく、例えば、鋼鉄、ステンレススチール、アルミニウム、アルミニウム合金、真鍮等どのような金属であってもよい。さらに、塗布対象表面、具体的には、締結部材の全体もしくは締結部が、表面処理されているものであっても、本発明の摩擦係数安定化剤は、有効にその効果を発揮する。表面処理としては、メッキ処理、燐酸処理、黒染処理、金属浸透処理、亜鉛−クロム処理、三価クロメート処理、カチオン電着塗装などいずれのものであってもよい。
【0016】
そして、本発明の摩擦係数安定化剤は、塗布対象物の塗布対象部位に接触させた後乾燥させることにより、安定化面を付与することができる。接触は、浸漬、塗布(スプレー塗布、刷毛塗り)など公知の方法によって行うことができる。また、乾燥は、常温による乾燥でもよいが、乾燥は、常温による乾燥でもよいが、摩擦係数安定化剤が、コロイダルシリカを含有する場合には、塗布後、110〜140℃にて、所定時間(好ましくは、5〜20分間)加熱処理することが好ましい。特に好ましくは、乾燥後、具体的には、50〜80℃にて、5〜10分間乾燥後、110〜140℃にて、5〜15分間加熱処理することが好ましい。また、摩擦係数安定化剤が、コロイダルシリカを含有しない場合には、塗布後、常温〜80℃にて、5〜10分間乾燥する後ことが好ましい。
そして、摩擦係数安定化剤は、塗布対象ボルトに0.24〜0.29の範囲内における総合摩擦係数を付与するとともに、同一の安定化剤が塗布されたボルト相互にバラツキの少ない総合摩擦係数を付与するものであることが好ましい。
【0017】
自動車の組み付けのように大量のボルトの締結が必要な場合、実際の締結作業では軸力の管理を締結トルクによる管理で行うのが一般的となっている。例えば、ボルトの場合、締結トルクと軸力の関係は次式で表される。
T=1/2F{(de /cosα+dw)μ+P/π}
T:締結トルク P:ねじのピッチ F:軸力 μ:摩擦係数
de:ねじ有効径 dw:座面における摩擦係数の等価直径
α:ねじ山の半角
本式からねじ部品形状が定まれば、一定の締結トルクで一定の軸力を得ようとすると摩擦係数が一定でなければならないことが判る。
【0018】
自動車部品の中でカチオン電着塗装されるような部品やアルミニウムおよびアルミニウム合金が座金となる場合、総合摩擦係数が0.29以下であれば、締結部材と接触している座金に施されている防錆皮膜の破壊、座金表面を粗すことによる総合摩擦係数の不安定化や座金側の防錆性能の低下を生じさせることが少ない。
また、総合摩擦係数が0.24以上であれば、締結部材が振動等の外的要因でゆるみが生じること、加工油などの油状液体が締結部材に付着した場合に生じる過大軸力による破損などの発生も少ない。
【0019】
次に、本発明の締結部材について説明する。
本発明の締結部材は、締結部表面が、上記の摩擦係数安定化剤により被覆されている。言い換えれば、本発明の締結部材は、締結部表面に上記の摩擦係数安定化剤の固化被膜を有している。締結部表面とは、締結に寄与する部分の表面をいう。また、締結部材は、締結部表面のみならず、全体が上述の摩擦係数安定化剤により被覆されているものであってもよい。つまり、摩擦係数安定化剤の固化被膜により締結部材の全体が被覆されていてもよい。そして、摩擦係数安定化剤の付着重量(乾燥後の重量)としては、13.6〜41mg/dmが好ましく、特に、16〜24mg/dmが好ましい。
締結部材としては、ボルト、ナット、ワッシャー等の部材相互を締結する目的で使用される部材に用いることが有効である。また、締結部材の形成材料としては、どのようなものでもよく、例えば、鋼鉄、ステンレススチール、アルミニウム、アルミニウム合金、真鍮等どのような金属であってもよい。さらに、塗布対象表面、具体的には、締結部材の全体もしくは締結部が、表面処理されているものであってもよい。表面処理としては、メッキ処理、燐酸処理、黒染処理、金属浸透処理、亜鉛−クロム処理、三価クロメート処理、カチオン電着塗装などいずれのものであってもよい。
【0020】
そして、摩擦係数安定化剤の固化被膜は、締結部材の少なくとも締結部表面に摩擦係数安定化剤を接触させた後乾燥させることにより、形成される。接触は、浸漬、塗布(スプレー塗布、刷毛塗り)など公知の方法によって行うことができる。また、乾燥は、常温による乾燥でもよいが、摩擦係数安定化剤が、コロイダルシリカを含有する場合には、塗布後、110〜140℃にて、所定時間(好ましくは、5〜20分間)加熱処理することが好ましい。特に好ましくは、乾燥後、具体的には、50〜80℃にて、5〜7分間乾燥後、110〜140℃にて、5〜15分間加熱処理することが好ましい。また、摩擦係数安定化剤が、コロイダルシリカを含有しない場合には、塗布後、常温〜80℃にて、5〜10分間乾燥する後ことが好ましい。
次に、本発明の摩擦係数安定化剤の具体的に実施例について説明する。
【0021】
(実施例1)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(固形分濃度約30%)4.8重量部、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとして、エチレン・アクリル酸共重合体エマルジョン(固形分濃度約25%)1.8重量部、コロイダルシリカ(シリカ含量約20%)2.0重量部、水91.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例1)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH9.1、粘度2.3mPa・sであった。
【0022】
(実施例2)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(固形分濃度約30%)4.8重量部、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとして、エチレン・アクリル酸共重合体エマルジョン(固形分濃度約25%)1.8重量部、コロイダルシリカ(シリカ含量約20%)4.0重量部、水89.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例2)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH9.28、粘度2.5mPa・sであった。
【0023】
(実施例3)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(実施例1と同じ)4.8重量部、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとして、エチレン・アクリル酸共重合体エマルジョン(実施例1と同じ)1.8重量部、水93.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例3)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH8.63、粘度2.54であった。
【0024】
(実施例4)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(実施例1と同じ)4.8重量部、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとして、エチレン・アクリル酸共重合体エマルジョン(実施例1と同じ)3.8重量部、水93.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例4)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH8.68、粘度2.50であった。
【0025】
(実施例5)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(実施例1と同じ)4.8重量部、ウレタン変性ポリエチレンエマルジョン(固形分濃度約25%)1.8重量部、水93.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例5)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH9.10、粘度3.80であった。
【0026】
(実施例6)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(実施例1と同じ)4.8重量部、ウレタン変性ポリエチレンエマルジョン(実施例1と同じ)3.8重量部、水91.4重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(実施例6)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH9.07、粘度3.80であった。
【0027】
(参考例1)
水系ウレタン樹脂エマルジョン(実施例1と同じ)4.8重量部、潤滑助剤5.0重量部、水90.2重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(参考例1)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH8.5、粘度(測定限界以下:2.0mPa・s以下)であった。
【0028】
(参考例2)
ウレタン変性ポリエチレンエマルジョン(実施例5と同じ)7.5重量部、潤滑助剤5.0重量部、水87.5重量部を混合して、本発明の摩擦係数安定化剤(参考例3)を作成した。この摩擦係数安定化剤は、pH8.8、粘度3.0mPa・sであった。
【0029】
(実施例7)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例1の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で5分間温風乾燥し、さらに、120℃で10分間加熱処理して、本発明の実施例7の締結部材(ボルト)を作成した。
【0030】
(実施例8)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例3の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で5分間温風乾燥し、さらに、120℃で10分間加熱処理して、本発明の実施例8の締結部材(ボルト)を作成した。
【0031】
(実施例9)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例4の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で5分間温風乾燥して、本発明の実施例9の締結部材(ボルト)を作成した。
【0032】
(実施例10)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例5の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で5分間温風乾燥して、本発明の実施例10の締結部材(ボルト)を作成した。
【0033】
(実施例11)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例6の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で7分間温風乾燥して、本発明の実施例11の締結部材(ボルト)を作成した。
【0034】
(実施例12)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、実施例7の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で7分間温風乾燥して、本発明の実施例12の締結部材(ボルト)を作成した。
【0035】
(参考例3)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、参考例1の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で7分間温風乾燥して、本発明の参考例3の締結部材(ボルト)を作成した。
【0036】
(参考例4)
六価クロムを含まない亜鉛−アルミ複合被膜処理したM12×1.25ボルト(鉄鋼製)を、参考例2の摩擦係数安定化剤に浸漬した後引き上げ、70℃で7分間温風乾燥して、本発明の参考例4の締結部材(ボルト)を作成した。
【0037】
(実験1)
実施例7〜12のボルト、参考例3〜4のボルトをカチオン電着塗装された座金を用い、ボルト試験機で弾性領域まで締結し、7.5kgfm時の軸力値を求め、トルク−軸力の関係式より総合摩擦係数のそれぞれの数値を求めた。各実施例および各参考例における試験数は、各10本で、それぞれのトルク−軸力特性線図は、図1〜図8に示す通りであり、また、各実施例および各参考例について総合摩擦係数の平均値、総合摩擦係数の標準偏差、標準偏差/総合摩擦係数を求めた結果は、図9に示す表1の通りであった。
【0038】
(実験2)
実施例7のボルトに対してJIS Z 2371に基づいて2000時間までの中性塩水噴霧試験を実施し、赤錆発生を確認した。
実験結果は、図10に示す表2の通りであった。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図2】図2は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図3】図3は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図4】図4は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図5】図5は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図6】図6は、本発明の実施例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図7】図7は、本発明の参考例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図8】図8は、本発明の参考例のボルトについて測定したトルク−軸力特性線図である。
【図9】図9は、本発明の実施例のボルトおよび参考例のボルトについて行った実験結果を示す表1である。
【図10】図10は、本発明の実施例のボルトについて行った実験結果を示す表2である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系ウレタン樹脂エマルジョンと、オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンまたはウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンを含有する水性液体からなることを特徴とする摩擦係数安定化剤。
【請求項2】
水系ウレタン樹脂エマルジョンと、コロイダルシリカと、ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンまたはオレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンとを含有する水性液体からなることを特徴とする摩擦係数安定化剤。
【請求項3】
前記オレフィン・不飽和カルボン酸共重合体エマルジョンは、エチレン・アクリル共重合体エマルジョンである請求項1または2に記載の摩擦係数安定化剤。
【請求項4】
前記ウレタン変性ポリオレフィンエマルジョンは、ウレタン変性ポリエチレンエマルジョンである請求項1または2に記載の摩擦係数安定化剤。
【請求項5】
前記水性液体は、水もしくはアルコール含有水である請求項1ないし4のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
【請求項6】
前記摩擦係数安定化剤は、塗布対象物に0.24〜0.29の摩擦係数でありかつバラツキの少ない摩擦係数安定表面を付与するものである請求項1ないし5のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
【請求項7】
前記摩擦係数安定化剤は、水性液体中に樹脂成分が乳化したエマルジョン状態となっているものである請求項1ないし6のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤。
【請求項8】
締結部表面が、前記請求項1ないし7のいずれかに記載の摩擦係数安定化剤により被覆されていることを特徴とする締結部材。
【請求項9】
前記摩擦係数安定化剤被覆部は、前記摩擦係数安定化剤を塗布後、110〜140℃にて、所定時間加熱処理されたものである請求項8に記載の締結部材。
【請求項10】
前記締結部材は、ボルト、ねじ、ナット、座金のいずれかである請求項8または9に記載の締結部材。
【請求項11】
前記締結部材の前記摩擦係数安定化剤被覆部は、0.24〜0.29の摩擦係数となっている請求項8ないし10のいずれかに記載の締結部材。
【請求項12】
前記締結部材は、少なくとも前記安定化剤被覆部は、締結部材表面に形成された三価クロメート被膜を被覆するものである請求項8ないし11のいずれかに記載の締結部材。
【請求項13】
前記締結部材は、少なくとも前記安定化剤被覆部は、カチオン電着塗装されているものである請求項8ないし11のいずれかに記載の締結部材。
【請求項14】
前記締結部材は、アルミニウムもしくはアルミニウム合金により形成されている請求項8ないし13のいずれかに記載の締結部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−206682(P2006−206682A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−18468(P2005−18468)
【出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(592118103)メイラ株式会社 (19)
【Fターム(参考)】