説明

摺動材及び流体圧縮機械

【課題】往復動圧縮機や往復動膨張機等の流体圧縮機械に適用可能な摺動材の耐摩耗性を向上させることができ、したがって、摺動材の交換寿命を長くすることができ、さらには、空気中、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気中のいずれにおいても従来以上に耐摩耗性を向上させることができ、特に、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気中にて用いた場合においては異常摩耗を防止することができる摺動材及び流体圧縮機械を提供する。
【解決手段】本発明の摺動材は、ポリテトラフルオルエチレンを基材とし、充填材の一部に酸化銅粉末を含有しており、この酸化銅粉末の平均粒径は10〜50μm、その充填量は7.5〜20質量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動材及び流体圧縮機械に関し、より詳しくは、空気中、酸素を含まない流体中、のいずれにおいても耐摩耗性が向上し、特に窒素ガス等の酸素を含まない流体においては異常摩耗を防止することが可能な摺動材、及び該摺動材を用いた往復動圧縮機や往復動膨張機等の流体圧縮機械に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、往復動圧縮機や往復動膨張機等に代表される流体圧縮機械は、金属製のシリンダと、このシリンダ内を往復動して流体を圧縮または膨張する金属製のピストンと、このピストンに環装されて前記シリンダの摺動面と摺動するピストンリングとから概略構成されている。
このピストンリングに用いられる材料としては、耐摩耗性に優れた非金属材料が用いられており、この非金属材料としては、ポリテトラフルオルエチレン(PTFE)と炭素繊維やグラファイト等とを混合したもの、PTFEと青銅粉末等とを混合したもの、PTFEと球状の炭素材と二硫化モリブデン等を混合したもの等が用いられている(例えば、特許文献1等参照)。
【特許文献1】特開平11−270680号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上述した従来のピストンリングでは、空気を圧縮する往復動圧縮機に適用した場合には問題が生じる虞が無かったが、窒素ガスを圧縮する窒素ガス往復動圧縮機に適用した場合、特に、PSA式や分離膜式の窒素ガス発生装置により製造した窒素ガスを圧縮した場合、ピストンリングの摩耗が10倍以上に増加し、その結果、ピストンリングの交換寿命が短くなるという問題点があった。
【0004】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、往復動圧縮機やスクロール式の圧縮機等の流体圧縮機械に適用可能な摺動材の耐摩耗性を向上させることができ、したがって、摺動材の交換寿命を長くすることができ、特に、窒素ガス等の酸素を含まない流体中にて用いた場合においては異常摩耗を防止することができる摺動材及び流体圧縮機械を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記課題を解決するために、窒素ガス等の酸素を含まない流体中における摺動材の表面状態に注目して鋭意検討を行った結果、摺動材を酸化銅、好ましくは酸化銅粉末を含有したものとすれば、摺動材の耐摩耗性を向上させることができ、したがって、摺動材の交換寿命を長くすることができ、特に、窒素ガス等の酸素を含まない流体中においては異常摩耗を防止することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の摺動材は、ポリテトラフルオルエチレンを基材とし、充填材の一部に酸化銅を含有してなることを特徴とする。
【0007】
前記酸化銅は粉末状であり、この酸化銅粉末の充填量は7.5〜20質量%であることが好ましい。
前記酸化銅粉末は、平均粒径が10〜50μmであることが好ましい。
【0008】
本発明の流体圧縮機械は、圧縮室がアルミニウム合金からなり、前記圧縮室の摺動面には陽極酸化処理が施されており、前記摺動面と摺動する摺動部材は、本発明の摺動材を備えてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の摺動材によれば、ポリテトラフルオルエチレンを基材とし、充填材の一部に酸化銅を含有したので、耐摩耗性を向上させることができ、したがって、交換寿命を延長することができる。
また、窒素ガス等の酸素を含まない流体中にて用いた場合に異常摩耗を防止することができる。
【0010】
本発明の流体圧縮機械によれば、アルミニウム合金からなる圧縮室の摺動面と摺動する摺動部材は、本発明の摺動材を備えたので、対象となる流体を選ばずに、ピストンリングの耐摩耗性を向上させることができ、交換寿命を延長することができる。したがって、流体圧縮機械の保守点検を容易にすることができ、稼働率も向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の摺動材及び流体圧縮機械の最良の形態について説明する。
なお、この形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0012】
「摺動材」
本実施形態の摺動材は、ポリテトラフルオルエチレン(PTFE)を基材とし、充填材の一部に酸化銅を含有してなることを特徴とする摺動材である。
【0013】
この基材は、ポリテトラフルオルエチレン(PTFE)を含有している必要があり、このポリテトラフルオルエチレン(PTFE)としては、変性ポリテトラフルオルエチレン(変性PTFE)を主成分としてもよい。
【0014】
一方、充填材は、酸化銅の他、酸化銅以外の潤滑材、強化材等からなるもので、酸化銅としては、材料の分散性(均一性)を考慮すると酸化銅粉末が好ましい。
この酸化銅粉末の摺動材全体に対する含有率は7.5質量%以上かつ20質量%以下であることが好ましい。
【0015】
ここで、酸化銅粉末の摺動材全体に対する含有率を7.5質量%以上かつ20質量%以下と限定した理由は、含有率が7.5質量%未満であると、摺動材自体の自己摩耗が大きくなり、したがって、耐摩耗性が低下し、交換寿命が短くなるからであり、一方、含有率が20質量%を超えると、摺動材の硬度が高くなりすぎてしまい、この摺動材を流体圧縮機械のピストンリングに適用した場合にシリンダの摺動面における摩耗が大きくなるからである。
【0016】
この酸化銅粉末の平均粒径は10μm以上かつ50μm以下が好ましい。
ここで、酸化銅粉末の平均粒径を10μm以上かつ50μm以下と限定した理由は、平均粒径が10μm未満であると、シリンダ摺動面の表面粗さなどが影響してピストンリングの摺動面から酸化銅粉末が脱落することで、磨耗が増加するからであり、一方、平均粒径が50μmを超えると、酸化銅粉末の中心部が酸化しておらず銅のままであり、その結果摩耗が増加するからである。
この酸化銅粉末は、平均粒径が10μm以下、例えば数μm以下の酸化銅微粉末が複数個凝集した状態の酸化銅粉末であってもよい。
【0017】
酸化銅以外の潤滑材としては、黒鉛、コークス、青銅粉、二硫化モリブデン等が好適に用いられる。
強化材としては、炭素繊維、球状炭素等が好適に用いられる。
【0018】
ここで、充填材に酸化銅を用いた理由について説明する。
充填材に従来の銅粉末を用いた場合、この銅粉末を含む摺動材を流体圧縮機械のピストンリングに適用し、この流体圧縮機械で空気を圧縮すると、このピストンリングの摺動面にて銅粉末が酸化し、生成した酸化銅がピストンリングの摺動面の耐摩耗性を向上させることにより、ピストンリングの摺動面の摩耗を防いでいることが分かった。
一方、上記の流体圧縮機械で窒素ガスを圧縮した場合、このピストンリングの摺動面においては銅粉末が酸化することがなく、しかも、この銅粉末が摺動により伸びてしまい、その結果、ピストンリングの摺動面の耐摩耗性が低下していることが分かった。
【0019】
そこで、従来の銅粉末の代わりに酸化銅粉末を用い、この酸化銅粉末を含む摺動材を流体圧縮機械のピストンリングに適用すると、この流体圧縮機械で窒素ガス等の酸素を含まない流体を圧縮した場合においても、ピストンリングに含まれる酸化銅が摺動面の耐摩耗性を向上させ、異常摩耗を防止していることが分かった。
なお、この流体圧縮機械で空気を圧縮した場合においても、もちろん、摺動面の耐摩耗は低下しないことが分かった。
【0020】
本実施形態の摺動材によれば、ポリテトラフルオルエチレンを基材とし、充填材の一部に酸化銅を含有したので、摺動材自体の耐摩耗性を向上させることができ、したがって、この摺動材を各種部材に適用した場合に、これら各種部材の交換寿命を延長することができる。
また、この摺動材を窒素ガス等の酸素を含まない流体中にて用いた場合には、異常摩耗を防止することができる。
【0021】
「流体圧縮機械」
本実施形態の流体圧縮機械は、圧縮室がアルミニウム合金からなり、この圧縮室の摺動面には陽極酸化処理が施されており、この摺動面と摺動する摺動部材は、本実施形態の摺動材を備えてなることを特徴とする流体圧縮機械である。
この流体圧縮機械としては、無給油式往復動圧縮機、給油式往復動圧縮機等の往復動圧縮機、あるいは無給油式往復動膨張機、給油式往復動膨張機等の往復動膨張機が挙げられる。
【0022】
図1は、本発明の第1の実施形態の無給油式往復動圧縮機を示す断面図であり、図において、1はアルミニウム合金からなる基体の摺動面1aに陽極酸化処理が施されたシリンダ、2はシリンダ1内を往復動して流体を圧縮するピストン、3はピストン2に環装されて摺動面1aと摺動するピストンリング、4はピストン2のピストンリング3より下方の位置に環装されて摺動面1aと摺動するライダーリング、5はピストン2駆動用の連結棒、6はピストン2と連結棒5とを連結するピストンピンである。
【0023】
この無給油式往復動圧縮機では、ピストンリング3に本実施形態の摺動材を適用したので、ピストンリング3の耐摩耗性を向上させることができ、交換寿命を延長することができる。したがって、この無給油式往復動圧縮機の保守点検を容易にすることができ、稼働率も向上させることができる。
【0024】
図2は、本発明の第2の実施形態の給油式往復動圧縮機を示す断面図であり、この給油式往復動圧縮機が第1の実施形態の無給油式往復動圧縮機と異なる点は、第1の実施形態の無給油式往復動圧縮機ではピストン2のピストンリング3より下方の位置にライダーリング4を環装したのに対し、本実施形態の給油式往復動圧縮機ではピストン2にライダーリング4を環装していない点である。
この給油式往復動圧縮機においても、第1の実施形態の無給油式往復動圧縮機と同様の効果を奏することができる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
「実施例1〜9」
酸化銅粉末、PTFE、炭素繊維他を所定の配合量(質量%)となるように秤量し、次いで、ミキサーを用いて混合し、次いで、一軸成形機を用いて所定の形状に圧縮成形し、熱処理を行い、その後切削加工を施し、実施例1〜9各々の摺動材を作製した。これらの摺動材の形状は、外径82mm、内径60mm、厚み8mmのリング状とした。
【0026】
ここでは、表1に示すように、平均粒径が50μmの酸化銅粉末を7.5質量%含有したものを実施例1、平均粒径が50μmの酸化銅粉末を15質量%含有したものを実施例2、平均粒径が50μmの酸化銅粉末を20質量%含有したものを実施例3、平均粒径が25μmの酸化銅粉末を7.5質量%含有したものを実施例4、平均粒径が25μmの酸化銅粉末を15質量%含有したものを実施例5、平均粒径が25μmの酸化銅粉末を20質量%含有したものを実施例6、平均粒径が10μmの酸化銅粉末を7.5質量%含有したものを実施例7、平均粒径が10μmの酸化銅粉末を15質量%含有したものを実施例8、平均粒径が10μmの酸化銅粉末を20質量%含有したものを実施例9とした。
【0027】
「比較例1〜8」
銅粉末または酸化銅粉末、PTFE、炭素繊維他を所定の配合量(質量%)となるように秤量し、次いで、ミキサーを用いて混合し、次いで、一軸成形機を用いて所定の形状に圧縮成形し、熱処理を行い、その後切削加工を施し、比較例1〜8各々の摺動材を作製した。これらの摺動材の形状は、実施例1〜9と同様、外径82mm、内径60mm、厚み8mmのリング状とした。
【0028】
ここでは、表2に示すように、平均粒径が50μmの銅粉末を15質量%含有したものを比較例1、平均粒径が100μmの酸化銅粉末を15質量%含有したものを比較例2、平均粒径が50μmの酸化銅粉末を5質量%含有したものを比較例3、平均粒径が50μmの酸化銅粉末を25質量%含有したものを比較例4、平均粒径が25μmの酸化銅粉末を5質量%含有したものを比較例5、平均粒径が25μmの酸化銅粉末を25質量%含有したものを比較例6、平均粒径が10μmの酸化銅粉末を5質量%含有したものを比較例7、平均粒径が10μmの酸化銅粉末を25質量%含有したものを比較例8とした。
【0029】
このようにして作製された実施例1〜9及び比較例1〜8各々の摺動材の摩耗試験を行った。
この摩耗試験は、アルミニウム合金ADC3の表面に厚み20μmの硬質アルマイトを施し、次いで、この表面を研磨して表面粗さRaが0.3μmの円盤状の相手材を作製し、この相手材に、リング状の実施例1〜9及び比較例1〜8各々の摺動材を0.4MPaの押付け力で押し付け、1.5m/sの速度にて100時間、試験を行った。なお、ここでは、空気、窒素ガスの2種類の雰囲気それぞれについて試験を行った。これらの試験結果を表1及び表2に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
表1及び表2によれば、実施例1〜9では、空気中、窒素ガス中ともに後述する目標摩耗速度0.9μm/h以下の良好な摩耗特性を示していることが分かった。
一方、比較例1では、酸化銅粉末ではなく銅粉末を用いたために、空気中では良好な摩耗特性を示していたが、窒素ガス中では摩耗が増加していた。
また、比較例2では、平均粒径が大きい酸化銅粉末を用いたために、酸化銅粉末の中心部が酸化しておらず銅のままであり、比較例1と同様に窒素ガス中では摩耗が増加していた。
また、比較例3、5、7では、酸化銅粉末の含有量が少ないために、摩耗が大きい結果となった。
また、比較例4、6、8では、酸化銅粉末の含有量が多すぎるために、相対的にPTFEの含有率が減少し、摩耗が大きい結果となった。
【0033】
ここで、目標磨耗速度について説明する。
実機において、ピストンリング(チップシールでも同様)は、耐久性の観点から1mm/10000hを磨耗速度の限界値とし、それ以下の磨耗速度となるように材料および配合を調整して製作されている。実際の使用条件においては、温度条件等により磨耗量が増加する可能性があるため、10%程度のマージンを見込む必要がある。そこで、ピストンリングの目標磨耗速度は、限界値に対してマージンを持った0.9μm/h(0.9mm/10000h)と設定した。
なお、限界値の磨耗速度を少し越える比較例は、実機において使用可能ではあるが、マージンを含まないため採用の可能性は低い。そこで、本発明は、酸化銅粉末の充填量および平均粒径を、表1に記載の実施例とした。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の摺動材は、基材がPTFEを含有し、充填材が酸化銅を含有した構成としたことにより、耐摩耗性を向上させることができ、したがって、交換寿命を延長することができるものであるから、無給油式往復動圧縮機、給油式往復動圧縮機等の往復動圧縮機、あるいは無給油式往復動膨張機、給油式往復動膨張機等の往復動膨張機におけるピストンリングはもちろんのこと、揺動式のリップリングやスクロール式のチップシール等へも適用可能であり、その工業的意義は極めて大である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の第1の実施形態の無給油式往復動圧縮機を示す断面図である。
【図2】本発明の第2の実施形態の給油式往復動圧縮機を示す断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1 シリンダ
1a 摺動面
2 ピストン
3 ピストンリング
4 ライダーリング
5 連結棒
6 ピストンピン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリテトラフルオルエチレンを基材とし、
充填材の一部に酸化銅を含有してなることを特徴とする摺動材。
【請求項2】
前記酸化銅は粉末状であり、
この酸化銅粉末の充填量は7.5〜20質量%であることを特徴とする請求項1記載の摺動材。
【請求項3】
前記酸化銅粉末は、平均粒径が10〜50μmであることを特徴とする請求項2記載の摺動材。
【請求項4】
圧縮室がアルミニウム合金からなり、
前記圧縮室の摺動面には陽極酸化処理が施されており、
前記摺動面と摺動する摺動部材は、請求項1ないし3のいずれか1項記載の摺動材を備えてなることを特徴とする流体圧縮機械。
【請求項5】
酸素を含まない流体を圧縮することに用いることを特徴とする請求項4記載の流体圧縮機械。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−85051(P2009−85051A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−253685(P2007−253685)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】