説明

摺動部材、無段変速機用プーリー、及び無段変速機

【課題】摺動面の耐摩耗性を向上させることができる摺動部材、無段変速機用プーリー及び無段変速機を提供する。
【解決手段】素材の鋼として機械構造用鋼を用いた摺動部材であって、前記摺動部材の摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、無段変速機用プーリー、及び無段変速機に係り、特に耐摩耗性に優れた摺動部材、無段変速機用プーリー、及び無段変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、摺動部材の素材として機械構造用鋼が用いられており、例えば、この摺動部材を含む機器として、車両のベルト式無段変速機などを挙げることができる。このようなベルト式無段変速機は、図3(a)に示すように、入力プーリー1と、出力プーリー2と、無端状に形成され入力プーリー1及び出力プーリー2に巻き掛けられた金属製のベルト3と、を備えたものが一般的である。この入力プーリー1または出力プーリー2は、ベルト3の巻き付け径を制御して変速比を変化させながら、入力プーリー1の回転トルクをベルト3を介して出力プーリー2に伝達するようになっている。
【0003】
具体的には、図3(b)(図3(a)のA部拡大図)に示すように、ベルト3は、2つの無端状のスチールバンド3a,3aを並置し、この2つのバンド3a,3aの対向する周縁に、エの字状のブロック(金属エレメント)3bをバンド周方向に沿って複数枚嵌め込んだ構造である。また、ベルト3に巻き付けられた入力プーリー1及び出力プーリー2は、図3(c)に示すように(図は出力プーリー2の断面図)、2つの入れ子式の円錐状のシーブ2A,2Bを備えている。そして、先に示したベルト3の巻き付け径の制御は、プーリーの回転軸に沿って2つの円錐状のシーブを移動させることにより行われる。この際、ベルト3(ブロック3b)のエッジと摩擦接触するシーブ2A,2Bの円錐周面(シーブ面)は、ベルト3の回転及びベルト3の巻付け径の制御に伴い、ベルト3(ブロック3b)のエッジに摺動する摺動面2aとなる。そして、プーリー1,2に巻付けられるベルト3の張力は高く、さらにベルト3(ブロック3b)そのものはスチールからなるので、プーリー1,2の摺動面は摩耗し易い。
【0004】
よって、ベルト式無段変速機用プーリー(摺動部材)の耐久性を持続させるためには、プーリー(摺動部材)のシーブ面(摺動面)の摺動面の摩耗を抑制することが望ましい。このような課題を鑑みて、例えば、シーブ面の表面粗さをRa0.1〜0.5μmとし、表面硬さをHv850以上としたべルト式無段変速機用プーリーが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−130527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載のベルト式無段変速機用プーリー(摺動部材)は、摺動面の表面粗さ及び表面硬さを上述した範囲とすることにより、耐摩耗性を向上させることができるが、前述したように、このような無段変速機用プーリーのような摺動部材の摺動面には、高面圧が繰り返し作用するため、単なるアブレッシブ摩耗だけでなく、表面の疲労による亀裂を起因とした摩耗が発生するおそれがある。
【0007】
さらに、無段変速機用のプーリーの摺動面は、摺動発熱により表面の硬さが低下し、前記疲労亀裂による摩耗が助長されるおそれがある。従って、摺動面の表面粗さ及び表面硬さを上述した範囲にしたとしても、充分に、摺動面の耐摩耗性を確保することができない。
【0008】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、摺動面に繰返しの負荷が作用し、さらには摺動面が摺動発熱するような摺動形態であっても、これらに起因した摺動面の疲労亀裂を抑制することにより、摺動面の耐摩耗性を向上させることができる摺動部材、無段変速機用プーリー及び無段変速機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決すべく、発明者らは鋭意検討を重ねた結果、摩耗を抑制するには、表面粗さが小さい方が望ましいが、この表面粗さを小さくすればするほど、摺動面の凝着摩耗が発現し易く、この凝着摩耗は、摺動面の表面硬さを硬くすることにより抑制することができるとの新たな知見を得た。
【0010】
本発明は、前記新たな知見に基づくものであり、本発明に係る摺動部材は、素材の鋼として機械構造用鋼を用いた摺動部材であって、前記摺動部材の摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下であることを特徴としている。
【0011】
本発明によれば、摺動面の表面粗さを中心線平均粗さRa0.04μm以下にすることにより、表面の凸部における摺動時の摩耗を抑制することができ、さらに、摺動面の表面硬さをビッカース硬さHv700以上にすることにより、アブレッシブ摩耗、摺動面の表面の初期亀裂の発生を抑制するばかりでなく、前記表面粗さの摺動面の凝着摩耗を抑制することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、繰返し負荷及び摺動発熱による、摺動面の疲労亀裂を抑制することにより、摺動面の耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1〜12及び比較例1〜9の無段変速機用プーリーの組成を示した表図。
【図2】実施例1〜12及び比較例1〜9の特性と摩耗試験の結果を示した図。
【図3】従来の無段変速機の要部模式図であり、(a)は、無段変速機の要部斜視図、(b)は、(a)のA部の部分拡大図、(c)は、出力プーリーの模式断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図面を参照して、本発明に係る摺動部材として、無段変速機用プーリー及びこれを備えた無段変速機に好適な実施形態について説明する。
【0015】
図3(a)〜(c)に示すように、本実施形態に係る無段変速機10のベルト式無段変速機用プーリー1,2の基本構成は、上述した構成と同じである。簡単に述べると、本実施形態に係る無段変速機は、本発明の摺動部材となる、ベルト式無段変速機用の入力プーリー1及び出力プーリー2のいずれか一方又は双方(以下無段変速機用プーリーという)に備え、かつ、該入力プーリー1及び出力プーリー2に巻き掛けられたベルト3を少なくとも備えている。
【0016】
本実施形態は、無段変速機用プーリー(摺動部材)は、素材の鋼として機械構造用鋼が用いられており、無段変速機用プーリーの表面のうち、金属ベルトに巻き、金属ベルトに摺動するシーブ面(以下、摺動面)も、上記材料を含むものである。
【0017】
この機械構造用鋼の中でも、無段変速機用プーリーで用いる素材としては、従来から広く用いられているJIS G 4053で規定されているクロム鋼、又はクロムモリブデン鋼を用いるのがよい。なお、クロム鋼、クロムモリブデン鋼とは、規格にSCr,SCMという記号で記載された鋼のことを意味する。このような材料は、浸炭性に優れ、容易に表面硬度を高めた無段変速機用プーリーを製造することができる。
【0018】
このような素材を前提として、無段変速機用プーリーの摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下である。摺動面の表面粗さを、中心線平均粗さRa0.04μm以下にすることにより、表面の凸部における摺動時の摩耗を抑制することができる。
【0019】
さらに、このような範囲の表面粗さとした場合には、摺動面の表面は、凝着摩耗しやすいが、摺動面の表面硬さをビッカース硬さHv700以上にすることにより、アブレッシブ摩耗、摺動面の表面の初期亀裂の発生を抑制するばかりでなく、前記表面粗さの摺動面の凝着摩耗を抑制することができる。
【0020】
摺動面の表面硬さは、より高いほうが望ましく、表面粗さはより小さいほうが望ましいが、極端な硬さの上昇及び表面粗さの低減は、コスト増に繋がるため、コスト面を考慮した表面処理が必要である。
【0021】
このような、無段変速機用プーリーの製造にあたって、まず、上述した素材を、機械加工(切削加工)し、その形状を成形する。そして、少なくとも摺動面の表面硬さが上述した表面硬さになるまで、その後、浸炭処理、浸窒処理などにより、表面を硬化させる。その後、摺動面の表面粗さが、上述した範囲になるまで、摺動面を研磨する。このようにして、摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下にすることができる。
【0022】
無段変速機用プーリーは、素材として、JIS G 4053に規定されているクロム鋼、またはクロムモリブデン鋼を適用できるのはもちろんであるが、後述するごとく、JIS G 4053に規定されているクロム鋼、またはクロムモリブデン鋼に若干の成分を追加で添加した鋼を適用しても良い。
【0023】
無段変速機用プーリーは、JIS G 4053で規定されているクロム鋼、又はクロムモリブデン鋼である前記機械構造用鋼に含有するSi,Mn,Moの少なくとも1種の元素について増量し、増量した元素が、以下の(a)〜(c)条件を満足する範囲となる鋼を素材として用いることがより好ましい。
(a)Si:0.35質量%を超え、かつ、1.0質量%以下
(b)Mn:前記JIS規格で規定されているMnの含有量の上限値を超え、かつ、1.5質量%以下
(c)Mo:前記JIS規格で規定されているMoの含有量の上限値を超え、かつ、0.8質量%以下
【0024】
(a)〜(c)のうち少なくとも一種の元素を、JIS G 4053で規定の鋼に比べて増量することにより、摺動面の耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0025】
具体的には、Siは、焼戻し軟化抵抗性を向上させるために有用であり、ベルトと摺動面との摺動によって温度が上昇した場合における硬度低下を防止する効果を有する。そして、Siを、JIS規格(JIS G 4053)で規定されているSiの含有量の上限値0.35質量%を超えて含有させることにより、更に焼き戻し軟化抵抗性を向上させることができる。しかしながら、1.0質量%よりも多い場合には、材料の靭性が低下するおそれがある。
【0026】
Mnは、材料の焼入れ性を確保するために有用であり、前記JIS規格(JIS G 4053)で規定されているMnの含有量の上限値を超えて含有させることにより、更に焼入れ性を向上させることができる。しかしながら、1.5質量%よりも多い場合には、粒界酸化を招くおそれがある。
【0027】
Moは、Mnと同様に材料の焼入れ性を確保すると共に、硬化層及び芯部の強度、靭性を改善するために有用であり、前記JIS規格(JIS G 4053)で規定されているMoの含有量の上限値を超えて含有させることにより、更に焼入れ性を向上させることができる。しかしながら、0.8質量%よりも多い場合には、材料の加工性を低下させるおそれがある。
【0028】
尚、Mn及びMoの下限値を、JIS規格(JIS G 4053)で規定されている含有元素(Mn,Mo)の含有量の上限値を超えるとしたのは、選択した材料によって前記JIS規格により規定される含有元素の含有量の上限値が異なっていることを考慮したものである。
【0029】
例えば、前記選択した材料がSCM420である場合には、JIS規格(JIS G 4053)で規定されているSCM420のMoの含有量の上限値は0.25質量%であることから、前記(c)に示す「前記JIS規格により規定されるMoの含有量の上限値を超え」とは、この場合「0.25質量%超え」を意味する。
【0030】
また、本発明に係る摺動部材において、上述した素材として用いる鋼に、Nb,Ti,Ni,Bの少なくとも1種を追加添加し、添加した元素が、以下の(d)〜(g)の条件を満足する範囲にある鋼を素材として用いることがより好ましい。
(d)Nb:0.005〜0.2質量%、
(e)Ti:0.005〜0.2質量%、
(f)Ni:0.05〜3.0質量%、
(g)B:0.0005〜0.005質量%
【0031】
このような元素の少なくとも1つを追加添加することにより、摺動面の耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0032】
すなわち、Nbは、表面硬化処理前の素材の段階で、鋼中に炭窒化物Nb(C,N)となって析出し、ピンニング効果により、材料の結晶粒粗大化を防止する効果を有する。しかし、Nbが、0.005質量%よりも少ない場合には、この効果が期待できない。また、0.2質量%よりも多い場合であっても、その効果は飽和してしまい、それ以上の効果は期待できない。
【0033】
Tiも同様に、鋼中に炭窒化物Ti(C,N)となって析出し、ピンニング効果により、材料の結晶粒粗大化を防止する効果を有する。しかし、Tiが0.005質量%よりも少ない場合には、この効果を得ることが難しい。また、0.2質量%よりも多い場合であっても、その効果は飽和してしまい、それ以上の効果は期待できない。
【0034】
Niは、材料の焼入れ性を確保し、鋼の強度、靭性を改善するために有用であり、0.05質量%よりも少ない場合には、この効果が期待できない。また、3.0質量%よりも多い場合には、硬さの上昇を招き、材料の加工性を低下させることになる。
【0035】
Bは、材料の焼入れ性を確保するために有用であると共に粒界強度を向上させるために有用であり、0.0005質量%よりも少ない場合には、この効果が期待できない。また、0.005質量%よりも多い場合であっても、前記効果は飽和してしまい、それ以上の効果は期待できない。
【0036】
Nb、Ti、Ni、Bは、前述のとおり、追加添加により材料に含有させることで、それぞれ有用な特性を得ることができるため、目的とする特性に合わせて、前述の含有範囲内で材料に含有させることができる。
【0037】
ここで、無段変速機用プーリーの摺動面は、上述した範囲の表面粗さを得ることができるのであれば、その摺動面は、特に限定さるものではないが、無段変速機用プーリーの摺動面は、電解研磨された面であることがより好ましい。
【0038】
例えば、このような電解研磨は、無段変速機用プーリーを電解液に浸漬し、無段変速機用プーリーを正極、電解層を負極として、これらの間に電流を印加し、無段変速機用プーリーの少なくとも摺動面を溶出させることにより行うことができる。研磨時には、摺動面の表面近傍に、粘液層ができ、この粘液層は、摺動面の表面のうち、山(凸)部分では薄く、谷(凹)部分では厚くなる。これにより、山部分が優先的にエッチングされる。
【0039】
このような電解研磨は、物理的研磨とは異なり、電解液で摺動面を腐食することにより平滑性を上昇させることができるため、摺動面の残留応力や表面粗さ等を悪化させること無く、表面を研磨することができるので効果的である。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明を実施例により説明する。
(実施例1)
<試験体>
図1に示すように、クロムモリブデン鋼(JIS規格:SCM420)を準備し、図3(c)に示す無段変速機用プーリーの形状に、機械加工を行った。そして、このような無段変速機用プーリーに対して、浸炭処理、機械研磨、電解研磨の処理条件を設定して、JIS B0601の規定の粗さ測定方法で、無段変速機用プーリーの摺動面の表面粗さが0.03μm(表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下)となり、かつ、JIS Z2244の規定の硬さ測定方法で、無段変速機用プーリーの摺動面の硬さがHv760(表面硬さがHv700以上)となるようにした。なお、以下示す、表面粗さ及び表面硬さは、上記JIS規格の規定によるものである。
【0041】
このような表面性状を得るために、具体的には、無段変速機用プーリーを加熱炉内に投入し、950℃で7時間保持した後、850℃で1時間保持し、その後130℃で油焼入れした後、160℃で1時間焼き戻しを行い、浸炭処理を行った。
【0042】
次に、浸炭処理後の無段変速機用プーリーの摺動面に対して、表面処理として、#80の砥石で、研磨速度45m/sで研磨(機械研磨)し、さらに、硝酸ナトリウムの電解液に浸漬し、電流を100mA,30分通電することにより電解研磨を行った。
【0043】
<摩耗試験>
製作した試験体(無段変速機用プーリー)を搭載した無段変速機を、入力トルクを任意に変更できる装置に取付け、摩耗試験を行った。プーリーの使用環境条件として最も摩耗が厳しいとされる変速比が最大となるアンダードライブ側に、ベルトの巻き付け位置を固定した条件(γmax)において、プライマリプーリー(入力プーリー)に入力するトルク、シーブとベルト狭圧を過負荷のかかる状態にして、摩擦試験を実施した。
具体的には、入力トルクTin=300Nm、プライマリプーリーへの入力回転数Nin=3400rpm、変速比γmax固定、油温150℃環境下において、17時間運転後のシーブ面(摺動面)の摩耗量(摩耗深さ)を測定した。これらの結果を図2に示す。なお、摩耗量が5μm以下を合格とした。
【0044】
(実施例2〜12)
実施例1と同じようにして、実施例2〜12の試験体を製作した。実施例2〜4が、実施例1と相違する点は、浸炭処理条件及び表面処理条件であり、実施例5〜12が、実施例1と相違する点は、図1に示す鋼材を用いた点である。
【0045】
具体的には、図1に示すように、実施例5は、クロム鋼(JIS規格:SCr420)である。実施例6の試験体(A鋼)は、SCr420に、JIS規格で規定されているMnの含有量の上限値を超え、かつ、1.5質量%以下となるようにMnを増量した。
【0046】
実施例7の試験体(B鋼)は、クロムモリブデン鋼(JIS規格:SCr420)に、JIS規格で規定されているMoの含有量の上限値を超え、かつ、0.8質量%以下を満たすようにMoを増量した。
【0047】
実施例8の試験体(C鋼)は、SCM420に、0.35質量%を超え、かつ、1.0質量%以下を満たすようにSiを増量し、さらに、JIS規格規定のSCM420に、0.05〜3.0質量%の範囲を満たすようにNiを追加添加した。
【0048】
また、実施例9の試験体(D鋼)は、SCM420に、0.005〜0.2質量%の範囲を満たすようにNbを追加添加した。実施例10の試験体(E鋼)は、SCM420に、0.005〜0.2質量%の範囲を満たすようにTiを追加添加した。
【0049】
さらに、実施例11の試験体(F鋼)は、SCM420に、0.05〜3.0質量%の範囲を満たすようにNiを追加添加した。実施例12の試験体は、SCM420に、0.0005〜0.005質量%の範囲を満たすようにBを追加添加した。
【0050】
また、実施例2〜10が実施例1と共通する点は、いずれも、図2に示すように、摺動面の表面硬さがHv700以上となり、摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下となるように、試験体(無段変速機用プーリー)を製作した点である。そして、これらの試験体に対して、実施例1と同じ条件で、摩耗試験を行った。これらの結果を図2に示す。
【0051】
(比較例1〜9)
実施例1と同じようにして、試験体を製作した。比較例1〜9が、実施例1と相違する点は、浸炭処理の処理条件、表面処理条件、素材等を変えた点である。具体的には、比較例1〜3は、電解研磨を行わず機械研磨により、試験体の摺動面の表面粗さを、中心線平均粗さRa0.04μm超えとした点が、実施例1と相違する。
【0052】
また、比較例4〜6が、実施例1と相違する点は、試験体の素材をクロム鋼(JIS規格:SCr420)に変更した点と、表面処理として電解研磨を行わず機械研磨により、中心線平均粗さRa0.04μm超えとした点が、実施例1と相違する。また、比較例7〜9は、浸炭処理の処理条件を変更し、表面硬さをHv700未満にした点が、実施例1と相違する。そして、比較例1〜9の試験体に対して、実施例1と同じ条件で、摩耗試験を行った。これらの結果を図2に示す。
【0053】
(結果及び考察)
実施例1〜12の摩耗量は、いずれも5μm以下で合格水準であったが、比較例1〜9の摩耗量は、いずれも10μmを超えていた。
比較例1〜6の摩耗量が大きかったのは、比較例1〜6の摺動面の表面粗さが、実施例1〜12の摺動面の表面粗さに比べて大きいため、ベルトからの繰返し荷重及びベルトとの摺動発熱により、比較例1〜6の摺動面の摩耗が促進されたからであると考えら得る。
【0054】
また、比較例7〜9の摩耗量が大きかったのは、比較例7〜9の摺動面の表面粗さは、実施例1〜12の摺動面の表面粗さと同程度であるが、比較例7〜9の摺動面の表面硬さは、実施例1〜12の摺動面の表面硬さに比べて、その硬さは低いため、摺動時に、無段変速機用プーリーの摺動面が、金属ベルトにより凝着摩耗し、これにより、比較例7〜9の摺動面の磨耗は、促進されたと考えられる。
【0055】
このような結果から、無段変速機用プーリーの摺動面の耐摩耗性を確保するには、摺動部材の摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下であることが必要である。
【0056】
また、実施例6〜8に示すように、上述した範囲でSi,Mn,又はMoの元素について増量した場合であっても、摺動面の耐摩耗性は確保され、これらの元素を、上述した範囲で2種以上増量させても、同様の結果が得られると考えられる。
【0057】
さらに、実施例9〜12に示すように、上述した範囲でNb,Ti,Ni,又はBの元素を追加添加した場合であっても、図2に示すように、摺動面の耐摩耗性は確保され、これらの元素を、上述した範囲で2種以上増量させても、同様の結果が得られると考えられる。さらに、実施例8に示すように、上述した範囲でSi,Mn,又はMoの元素について増量し、上述した範囲でNb,Ti,Ni,又はBの元素を追加添加しても、同様の結果が得られると考えられる。
【0058】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0059】
1:入力プーリー、2:出力プーリー、2A,2B:シーブ、2a:摺動面、3:ベルト、10:無段変速機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材の鋼として、機械構造用鋼を用いた摺動部材であって、
前記摺動部材の摺動面の表面硬さがHv700以上であり、前記摺動面の表面粗さが中心線平均粗さRa0.04μm以下であることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記素材として用いた機械構造用鋼は、JIS G 4053に規定されているクロム鋼又はクロムモリブデン鋼であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部材において、前記機械構造用鋼に含有するSi,Mn,Moの少なくとも1種の元素について増量し、増量した元素が、以下の(a)〜(c)条件を満足する範囲となる鋼を、前記素材として用いたことを特徴とする摺動部材。
(a)Si:0.35質量%を超え、かつ、1.0質量%以下
(b)Mn:前記JIS規格で規定されているMnの含有量の上限値を超え、かつ、1.5質量%以下
(c)Mo:前記JIS規格で規定されているMoの含有量の上限値を超え、かつ、0.8質量%以下
【請求項4】
請求項2又は3に記載の摺動部材において、請求項2又は3に記載の素材として用いる鋼に、Nb,Ti,Ni,Bの少なくとも1種を追加添加し、添加した元素が、以下の(d)〜(g)の条件を満足する範囲にある鋼を前記素材として用いたことを特徴とする摺動部材。
(d)Nb:0.005〜0.2質量%
(e)Ti:0.005〜0.2質量%
(f)Ni:0.05〜3.0質量%
(g)B:0.0005〜0.005質量%
【請求項5】
前記摺動面は、電解研磨された面であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の摺動部材を備えた無段変速機用プーリーであって、前記摺動面を、金属ベルトに摺動する面としたことを特徴とする無段変速機用プーリー。
【請求項7】
請求項6に記載の無段変速機用プーリーを備えたことを特徴とする無段変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−222673(P2010−222673A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−73571(P2009−73571)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000116655)愛知製鋼株式会社 (141)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】