説明

敷布、およびその製造方法

【課題】水分の発散促進、脱臭、制菌機能を備えた敷布の耐久性向上を図る。
【解決手段】ポリエステル繊維製の織布又は不織布からなる基材1の片面に、アクリル酸を重合性単量体とする放電プラズマグラフト重合処理によって親水層2を形成するとともに、親水層2を構成する個々の繊維3を多孔質化し、この親水層2に貴金属を含有させて敷布を得る。貴金属には貴金属コロイド10を使用し、親水層2を構成する多孔質化した繊維3の内外に固着させる。貴金属コロイド10としては、平均粒子径1〜100nmの銀コロイドや白金コロイドが好ましい。かかる敷布は、座席用の敷布6に使用できる。その場合、少なくとも着座者が接する基材1の表面側1aとは反対側の裏面側1bに、親水層2を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電プラズマグラフト重合法の利用により、水分の発散促進機能、脱臭機能、および制菌機能の各機能を備えた敷布、およびその製造方法に関する。本発明の敷布は、例えば鉄道車両の座席用の敷布に好適に使用できる。
【背景技術】
【0002】
本発明に関する公知の先行技術に、特許文献1〜3がある。このうち特許文献1および2は本出願人によるものであり、プラズマグラフト重合方法によって疎水性の繊維材料の表面を親水化し、脱臭機能や水分の発散促進機能に優れた繊維材料や衣類、その製造方法について提案した。また、本発明に関して特願2005−256100号の先行出願があり、そこでは、座席用シート材として、特許文献1ないし2の繊維材料に改良を加え、銀などの貴金属を含有させることにより制菌機能が発揮できるようにした。
【0003】
特許文献3は、フィルムに抗菌性を付与する技術に関するものである。フィルム表面に銀イオンを吸着させて、銀イオンの利用効率を高めている。詳しくは、フィルム表面に放射線を照射してアクリル酸をグラフト重合する。そのフィルムを硝酸銀溶液に浸漬し、フィルム表面に局在化したカルボキシル基とイオン交換させることによって硝酸銀溶液中の銀イオンをフィルム表面に吸着させている。
【0004】
【特許文献1】特開2002−209992号公報
【特許文献2】特開2005−299065号公報
【特許文献3】特開平6−49247号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
清潔感が求められる鉄道車両や乗用車の座席などの敷布は、繰り返し洗濯されるため、洗濯を繰り返しても、機能が保持できる耐久性が求められる。この点、引用文献3の抗菌性フィルムだと、銀イオンをイオン交換により吸着させただけなので、洗濯の際、洗浄液に含まれるアルカリ洗剤等の洗剤の化学的作用で、汚れとともに銀イオンもフィルムから取り除かれ易い。しかもフィルム表面にだけ銀イオンを局在化させたことで、かえって銀イオンが失われ易くなっており、座席用の敷布などに使用する場合には改善の余地があった。
【0006】
また本出願人が検討したところによれば、硝酸銀溶液等の貴金属溶解液で浸漬したり、塗布したりした場合、基材が着色して黒ずんでしまうことが判っている。この点、白色系の基材が多用される座席用の敷布などでは清潔感に欠ける。
【0007】
本発明は、かかる問題点を解決するためになされたものであり、水分の発散促進、脱臭、および制菌機能を備え、座席シートなどの過酷な用途に使用でき、実用的に優れた敷布を提供することにある。すなわち、本発明の目的は、繰り返しの洗濯にも耐え得る耐久性を備えた機能性敷布を提供することにある。本発明の目的は、白物に好適な機能性敷布を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の敷布は、少なくとも基材1の片面に、放電プラズマグラフト重合処理によって親水層2を形成するとともに、かかる親水層2を構成する個々の繊維3を多孔質化し、この親水層2に貴金属を含有させることを特徴とする。ここで親水層2とは、基材1の水との親和力を向上させた層のことをいう。
【0009】
基材1となる布材としては、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリプロピレン系、ポリアクリル系の合成繊維、炭素繊維、木綿、麻、絹、ウール等の各種の繊維又はそれらの混紡繊維を原料とする織布又は不織布などが例示できる。中でもポリエステル繊維等の比較的疎水性の性質がある布材が好ましい。
【0010】
親水層2を構成するモノマー(重合性単量体)としては、アクリル酸が好ましいが、その他にもラジカル重合可能な各種の単量体(炭素−炭素二重結合を有し、連鎖重合により重合反応が進行する単量体)を用いることができる。具体的には、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸−2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸−2−ヒドロキシエチル、N−ビニル−2−ピロリドン、アクリル酸−2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル、メタクリル酸−2−(N,N−ジメチルアミノ)エチル、4−ビニルピリジン、2−ビニルピリジン等を挙げることができる。基材1の親水性を高めることができるものであればよい。
【0011】
基材1への放電プラズマグラフト重合処理は、大気圧低温非平衡放電プラズマを使うのが好ましい。ここで「大気圧低温非平衡放電プラズマ」とは、圧力が大気圧で、ガスの温度自体は室温に近く、電子の温度(平均運動エネルギー)は極端に高い(通常10,000K以上)放電プラズマを指す。なお、放電プラズマの発生手段としては、グロー放電方式やコロナ放電方式、沿面放電方式などが利用できる。
【0012】
従来、この種の高エネルギー電子の照射手段としては電子線照射方式が使われていたが、電子照射方式では、高速かつ高エネルギー(1MeV程度)の電子を基材の小領域に照射するため、布等の基材では照射した電子がつき抜け、片面だけ処理することができなかった。その点、大気圧低温非平衡放電プラズマ方式であれば、大領域に照射することができ、電子のエネルギーを低減させることができるので(10eV以下)、布等であっても片面処理が可能となる。電子線照射方式では電子銃や真空排気システムなどを備えた大掛かりな装置が必要であったが、大気圧低温非平衡放電プラズマ方式では大気圧下で電極および電源を用いるだけで済む。電子線照射方式では空間に放電プラズマを形成することができない点でも不利がある。
【0013】
すなわち、低温かつ省エネルギーで発生でき、適度なエネルギーで活性基(ラジカル)を励起させることができる大気圧低温非平衡放電プラズマを用いることで、布繊維を傷めず、片面だけの強固な重合化学反応の実現が可能となったのである。
【0014】
ポリエステルの放電プラズマ反応並びにアクリル酸モノマーとのグラフト重合反応の概要を示す。まず、ポリエステルの表面に放電プラズマを照射するとラジカルが発生する。次いでポリエステルの表面に、アクリル酸などの親水性モノマーを接触させると、表面にラジカルが発生したポリエステルはアクリル酸とグラフト重合反応し、グラフト重合体が形成される。その結果、ポリエステルの表面上に耐久性のあるアクリル酸の親水層2が形成される。
【0015】
親水層2は、できるだけ深く形成するのが好ましい。少なくとも親水層2が、親水層2が形成されない基材1の残りの層よりも大きくなるように形成する。親水層2が主に各種機能を発揮するため、機能性を高めることができる。
【0016】
本発明の敷布は、図1に示すごとく、座席5の表面を被覆する座席用の敷布6に好適に使用できる。具体的には、少なくとも着座者が接する基材1の表面側1aとは反対側の裏面側1bに、放電プラズマグラフト重合処理により親水層2を形成する。
【0017】
放電プラズマグラフト重合処理をすることによって、親水層2を構成する個々の繊維3の表面は、図2に示すように多孔質化する。基材1を構成する個々の繊維3の表面に、ほとんどが1μm以下の、極微小な無数の孔9が形成されるのである。つまり、ここでいう「多孔質」とは、濾材などのように繊維3を密に組み合わせて形成されるミリ(mm)やマイクロ(μm)レベルでの多孔質をいうのではなく、これを構成している個々の繊維3自体が多孔質化することを意味する。本発明では特にこの点に着目し、このナノレベル(nm)で形成された無数の孔9の内外にわたって貴金属を含有させるようにした。もちろん、繊維3を密に組み合わせて形成される多孔質を排除するものではなく、両者が組み合さったものも含む。
【0018】
なかでも貴金属に貴金属コロイド10を用い、図3に示すように、この貴金属コロイド10を多孔質化した繊維3の外表面から孔9の内側にわたって固着させるのが好ましい。貴金属コロイド10としては、平均粒子径1〜100nmの銀コロイドが好適である。銀コロイドに加えて白金コロイドを含ませてもよい。なおここでいう貴金属コロイド10とは、例えばアクリル酸の溶液などに分散させた数nm〜数100nmの貴金属粒子又はこれを含む溶液のことをいい、一般には、数個の貴金属粒子が凝集した状態で溶液中に分散している。
【0019】
かかる本発明の敷布は、基材1に対して放電プラズマを照射する放電プラズマ工程と、放電プラズマ照射後の基材1に親水性モノマー溶液12を接触させるグラフト重合工程とを含む製造方法でつくることができる。このとき、親水性モノマー溶液12には、貴金属コロイド10を分散しておくところに特徴がある。
【発明の効果】
【0020】
少なくとも基材1の片面に放電プラズマグラフト重合処理による親水層2を形成すれば、詳細は後述するが、図5、図6および図7の実験結果が示すように、敷布に優れた脱臭機能を付与することができる。
【0021】
その親水層2に、さらに銀などの貴金属を含有させてあると、図8および図9の実験結果が示すように、敷布に貴金属による制菌機能を付与することができる。しかも、親水層2を構成する個々の繊維3を多孔質化することで、貴金属がその無数の孔9内に入り込んで結合する。かかる貴金属は敷布の表面はもちろん、繊維3の表面にも露出しないため、擦れ合っても剥げ落ち難く、耐久性が向上する。なお、制菌機能とは、細菌の増殖を抑制する機能をいい、ここでは殺菌機能も含む。
【0022】
敷布が、少なくとも基材1と親水層2とのそれぞれ性質が異なる2層構造を備えるようにしたので、例えば図1に示すように、敷布を座席用の敷布6として使用し、少なくとも基材1の裏面側1bに親水層2を形成すれば、脱臭、制菌作用に加えて、優れた汗の発散促進作用を付与することができる。すなわち、基材1の表面側1aから浸透した汗は、親水層2に至ると座席5の内部に向かって大きく広がり、親水層2の裏面側1bにおける空気との接触面積は極めて大きなものとなる。これによって、敷布6に染み込んだ汗の臭気は効率よく分解され、かつ水分は速やかに空気中に発散される。
【0023】
とくに、座席用の敷布6の裏面側1bに親水層2を形成することで、水との親和力の違いもさることながら、多孔質化して単位体積当たりの表面積が基材1の裏面側1bの方が格段に大きくなっているため、表面側1aの汗は速やかに裏面側1bに移行し、汗の再付着によるべたつき感や不快感などを一掃できる。また、貴金属溶解液に基材1を浸漬処理等した場合でも、黒ずみの原因となる貴金属成分のほとんどは基材1の裏面側1bの親水層2に吸着されるため、白色系の基材1を使用しても、敷布6の表面側の黒ずみは目立ち難くい。
【0024】
貴金属に貴金属コロイド10を使用し、この貴金属コロイド10を、図3に示すように、親水層2を構成する繊維3の表面だけでなく、そこに形成されるナノレベルの微小な多数の孔9の内部にまで固着させると、イオン結合による化学的結合に加えて、物理的な吸着力によって貴金属を基材1に強固に結合させることができ、繰り返しの洗濯にも耐え得る耐久性を付与することができる。
【0025】
しかも、本発明者が調べたところによれば、貴金属コロイド10を使用することによって、貴金属コロイド10が繊維3内に入り込むためか、貴金属溶解液に浸漬等するのに比べて黒ずみの程度を格段に改善できることが判った。したがって、白物の用途であっても、黒ずみを気にせず貴金属の含量を調整でき、清潔感を損なわずに必要十分な制菌機能を付与することができる。
【0026】
貴金属コロイド10に平均粒子径が1〜100nmの銀コロイドを用いると、ナノレベルの微小な孔9の内奥まで銀コロイドを効率よく固着させることができる。なお、上限を100nmとしたのは、100nmより大きくなると、孔内に入り込む貴金属コロイド10の比率が低下し、効率的に耐久性の向上が図れないからである。
【0027】
貴金属コロイド10に銀コロイドを選んだ理由は、優れた制菌効果が得られるからであるが、さらに、白金コロイドを加えると、白金による触媒作用によって脱臭作用をよりいっそう向上させることができ、敷布の機能性をよりいっそう高めることができる。
【0028】
基材1に対して放電プラズマを照射する放電プラズマ工程と、放電プラズマ照射後の基材1に親水性モノマー溶液12を接触させるグラフト重合工程とを含み、この親水性モノマー溶液12に貴金属コロイド10を分散させた本発明の敷布の製造方法によれば、効率よく、かつ高品質な敷布を得ることができる。すなわち、貴金属コロイド10を親水性モノマー溶液12に分散させることで、貴金属コロイド10の凝集を抑えてナノレベルのまま基材1に均一に無駄なく固着させることができ、貴金属の露出面積が大きくなる分、効率よくその機能を発揮させることができる。加えて、多孔質化した親水層2の各繊維3の孔9内にもラジカルが発生しているため、ナノレベルの微小な孔9であっても、そのラジカルに引き寄せられて親水性モノマー溶液12が孔9の内奥まで浸透し易くなっており、それに伴って貴金属コロイド10を微小な孔9内に効果的に入り込ませることができる。いったん入り込んだ貴金属コロイド10は、化学的結合力とナノレベルの強力な吸着力とによって基材1に強固に結合するため、耐久性が格段に向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
(第1実施形態)
図1に、本発明の敷布を鉄道車両用の座席に適用した第1実施形態を示す。図1において、座席用の敷布6は、座席5の表面を被覆するものであり、着座者の背中を支持する背もたれ部13や、着座者の臀部を支持する座部14などからなる。
【0030】
敷布6には、シート布を基材1として、該基材1の着座者が接する表面側1aとは反対側の裏面側1bに、放電プラズマグラフト重合処理によって親水層2が形成してある。さらにこの親水層2には、敷布6を硝酸銀溶液に浸漬処理することにより、銀を含有させてある。かかる親水層2を構成する個々の繊維3は、図2に示すごとく無数の孔9が形成されて多孔質化しているうえ、制菌作用のある銀を含有しているので、当該敷布1は、洗濯を繰り返しても優れた汗の発散促進や、脱臭、制菌作用を長期間発揮する。図1中、符号15は敷布6に浸透した汗を示しており、浸透した汗15は速やかに親水層2側に移行していく。
【0031】
(第2実施形態)
図4は、本発明の敷布の別実施形態を示したものである。そこでの敷布は、放電プラズマグラフト重合処理によって基材1を3層構造に改質してある。すなわち、基材1の両面に親水層2を形成するか、基材1の片面に重ねて放電プラズマグラフト重合処理することで、親水層2の更に外側に撥水層4を形成するのである。この場合の放電プラズマグラフト重合処理は、片面ずつ処理したり、片面の処理を2回繰り返せばよい。なお、ここでの撥水層4とは、基材1の水との親和力を低下させた層のことをいう。撥水層4を構成するモノマー(重合性単量体)としては、例えば、アクリル酸パーフルオロオクチルエチルや、メタクリル酸パーフルオロオクチルエチルが使用できるが、基材1との関係で適宜選択すればよい。
【0032】
例えば、図4の(a)に示すように、第1実施形態の座席用の敷布6を改良して、着座者が接する表面側1aに親水層2を薄く形成するとともに、裏面側1bに親水層2を厚く形成すれば、表面側1aの親水層2が着座者の汗15を敷布6へ導入するため、汗15の敷布6への移行をより速やかすることができる。表面側1aにも抗菌性が得られるので、より清潔感を高めることができる。なお、表面側1aの親水層2は、着色を抑えるために、できるだけ薄く形成するのが好ましい。
【0033】
また、図4の(b)に示すように、第1実施形態の座席用の敷布6を改良して、敷布6の裏面側1bの親水層2の更に外側に、撥水層4を薄く形成すれば、親水層2に染み込んだ汗15が敷布6を越えて座席側に移行するのを防止できるので、座席を汚さずに済む。
【0034】
次に、本敷布の各機能を検証した実施例を示す。
【実施例】
【0035】
2種類の敷布を構成する基材を入手し、各基材の裏面側に、前述の先行出願の図4に示す装置により放電プラズマグラフト重合処理を施して、2種の試験用敷布を製造した。具体的には、(a)JR新幹線の座席用シート布、(b)阪急電車の座席用シート布を入手しサンプルとした。グロー放電方式によって放電プラズマを発生させ、ヘリウムを含む希ガスと共に各シート布の片面に放電プラズマを照射した後、その放電プラズマを照射した面に親水性モノマー溶液をミスト状に噴霧して親水層を形成した。これらシート布の材質はポリエステル、寸法は200mm×150mmであった。
【0036】
放電プラズマグラフト重合処理条件は以下のごとくとした。なお、圧力はゲージ圧を示す。
(a)JRシート,噴霧アクリル酸250mL、布送り速度:11mm/min 、初期パージ:3回、放電プラズマ電力:1.66kW、チャンバー温度:38℃、モノマー注入圧力:−120〜−150Torr(ゲージ圧)、モノマー反応時間:1時間、終了後3回パージ。
(b)阪急シート,噴霧アクリル酸100mL、布送り速度:11mm/min 、初期パージ:4回、放電プラズマ電力:1.50kW、チャンバー温度40℃、モノマー注入圧力:−130Torr、終了後4回パージ。
【0037】
(発散性能試験)
以上のようにして得られた(a)JRシートと(b)阪急シートに対して、基材の表面側から水滴を垂らして、その浸透状態を目視にて観察した。同様に未処理のシート布に対して水滴を垂らして、その浸透状態を目視にて観察した。その結果、未処理のシート布よりも放電プラズマグラフト重合処理がなされた(a)・(b)のシートの方が、速やかに水滴が浸透すること、および浸透した水分は親水層内で広く拡散していることなどが観察できた。
【0038】
当該観察結果より、放電プラズマクラフト重合処理がなされた(a)・(b)のシートの方が、未処理のシートよりも優れた発散促進機能を具備していることが確認できた。また、(a)・(b)のシートでは、滴下直後に表面を指でなぞっても、水分が指に付着することはなく、べたつき感や不快感を一掃できることが確認できた。
【0039】
(脱臭性能比較試験)
これら(a)JRシートと(b)阪急シートとを脱臭性能比較試験に供した。より詳しくは、これらシートのアンモニアの吸収性を測定して、その脱臭性能を確認した。同様に、放電プラズマグラフト重合処理が施されていない未処理のシート布を用意し、当該シート布のアンモニアの吸収性を測定した。具体的には、かかる試験は、室内温度20℃、相対湿度26%に保たれた試験室内で行った。試験手順は以下の通りとした。
【0040】
W315×D185×H245(mm) の容器(容積約14L、側面ガラス製、上下面アクリル製)を3個用意し、アンモニア水(28%のものを8倍希釈)の入った容器を置き、1分後に取り出す。その後エアポンプで空気希釈を行い、アンモニア濃度約60ppmになったところでそれぞれのシート布を入れ、アンモニア除去率又は残存率の時間変化をガス検知管(ガステック社製3La又は3L、最大目盛り100ppm又は30ppm)により測定する。
【0041】
図5にJRシートの試験結果、図6に阪急電車シートの試験結果を示す。同図において、横軸は経過時間、縦軸は容器内のアンモニア残存率(%)を示しており、処理済みと未処理のシート布のアンモニア残存率を棒グラフで表した。
【0042】
図5および図6からわかるように、放電プラズマグラフト重合処理を施したシート布のほうが、未処理のシート布よりもアンモニア残存率が低く、したがって放電プラズマグラフト重合処理を施すことでアンモニアの吸収性、すなわち脱臭作用が向上することが確認できた。
【0043】
次に、以下の(c)〜(e)の3種の試験布を用意し、これらに対して脱臭性能比較試験を行った。(c)紙消臭布(市販品)、(d)光触媒消臭布(市販品)、(e)ポリエステル製のシート布の両面に放電プラズマグラフト重合処理を施したもの。
【0044】
(e)のシート布に対する放電プラズマグラフト重合条件は、以下の如くとした。
噴霧アクリル酸:250mL、布送り速度:11mm/min 、初期パージ:三回、放電プラズマ電力:750W、チャンバー温度:38℃、モノマー注入圧力:−120〜−150Torr (ゲージ圧)、モノマー反応時間1時間、終了後3回パージ。
【0045】
各試験布に対する試験条件は以下の如くとした。W315×D185×H245(mm)の容器(容積約14L、側面ガラス製、上下面アクリル製)を3個用意し、アンモニア水(28%のものを8倍希釈)の入った容器を置き、1分後に取り出す。その後エアポンプで空気希釈を行い、濃度45〜50ppmになったところでそれぞれ布(片面をビニールシートで覆っている)を入れ、アンモニア除去率の時間変化をガス検知管(ガステック社製3La又は3L、最大目盛り100ppm又は30ppm)により測定した。試験は室内蛍光灯の照明下で行い、比較のため、布を入れない場合の濃度減衰も測定した。
【0046】
図7に脱臭性能比較試験の試験結果を示す。横軸は経過時間、縦軸はアンモニアの吸収量である。同図からわかるように、放電プラズマグラフト重合処理が施された(e)の試験布は、紙消臭布(c)と同様の優れた脱臭性能を発揮した。また、当該(e)の試験布は、光触媒消臭布(d)よりも格段に優れた脱臭性能を発揮した。
【0047】
(制菌性能比較試験)
(a)のJR新幹線の座席用シート布を用いて制菌性能比較試験を行った。寸法が30mm×30mmの当該シート布をサンプルとし、銀による制菌効果を確認すべく、未処理品(C1)、放電プラズマグラフト重合処理のみを施したもの(S1)、放電プラズマグラフト重合処理したうえに、硝酸銀溶液に浸漬処理を施したもの(S2)、銀ペーストを塗布したもの(S3)の4種の試験布を準備した。
【0048】
各試験布は、次の条件により調整した。C1、S1およびS2の各試験布は1%NaOH水溶液に30分浸漬した後、純水で水洗いした。S2は、その後更に25℃、500mmol/Lの硝酸銀溶液100mLに5分間浸漬した。S3は、サンプルのシート布にそのまま銀ペースト2gを表面に塗布した。各試験布は、オートクレーブ処理したうえで試験菌の接種培養試験に供した。
【0049】
試験菌は、JISZ2801:2000に準じ、標準寒天培地で前培養したStaphylococcus aureus ATCC6538P(黄色ぶどう球菌)を使用した。かかる培養菌をJISL1902:2002に準じ、1/20ニュートリエントブロスにて分散希釈し、試験菌液を調整した。この試験菌液0.4mLを滅菌シャーレに入れた各試験布に接種して、35℃で24時間培養した。培養後、各試験布から菌を滅菌生理食塩水20mLで洗い流し、各試験布中の菌数を混釈法により測定した。その試験結果を次の表1および図8に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
表の各数値は、接種菌数および測定された各試験布当たりの菌数(colony forming unit)を示している。未処理品のC1と放電プラズマグラフト重合処理のみを施したS1は、ほとんど同じ菌数であり、放電プラズマグラフト重合処理のみを施しただけでは制菌効果は認められなかった。一方、試験布に銀を含有させたS2およびS3では菌が検出されず、極めて高い制菌効果が認められた。
【0052】
続いて、銀濃度による制菌効果への影響について試験した。試験布には、放電プラズマグラフト重合処理したシート布に、浸漬処理する硝酸銀溶液の濃度を変えた10mmol/L(S2−A)、50mmol/L(S2−B)、および500mmol/L(S2−C)の3種の試験布および未処理品(C1)の試験布を準備した。試験の方法は、硝酸銀溶液の濃度を変更した以外、先の方法と同じである。その試験結果を次の表2および図9に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
未処理品のC1に対して10mmol/L(S2−A)では、やや低いものの制菌効果が認められた。50mmol/L(S2−B)および500mmol/L(S2−C)では、高い制菌効果が認められた。従って、硝酸銀溶液の濃度は、500mmol/L以下で十分であり、10mmol/L以上が好ましく、より好ましくは50mmol/L以上であることが判った。
【0055】
(第3実施形態)
本実施形態では、耐久性を更に向上させ、かつ敷布の黒ずみを改善するために、第1又は第2の実施形態において、貴金属溶解溶液に代えて貴金属コロイド10の分散溶液を用いる。使用する貴金属コロイド10としては、例えば田中貴金属工業株式会社製の貴金属コロイドが利用できる。平均粒子径の異なる各種貴金属コロイドの中から、適宜選択することができる。本実施例では、銀コロイド、および白金コロイドを使用し、分散溶液にはアクリル酸の親水性モノマー溶液12を使用した。両コロイドとも平均粒子径は100nm以下である。貴金属コロイド10は、親水性モノマー溶液12に容易に分散させることができ、高速ミキサーなどで混合攪拌すればナノレベルの大きさを維持した状態で均一に分散させることができる。かかる貴金属コロイド10を分散した親水性モノマー溶液12で放電プラズマグラフト重合処理するには、浸漬処理によるのが好ましい。親水層2に貴金属コロイド10を効率よく固着させることができるからである。
【0056】
図10に、浸漬処理を用いた放電プラズマグラフト重合処理用の実験装置を示す。この実験装置は、基材1に対して放電プラズマを照射する放電プラズマ照射装置17、および親水性モノマーを重合させるグラフト処理槽18などで構成されている。
【0057】
放電プラズマ照射装置17は、交流電源や変圧器等を装備した装置本体20や、装置本体20に接続された一対の放電ユニット21・21、両放電ユニット21に噴出ガスを供給するガス供給機構22などからなり、放電プラズマの発生手段としてはコロナ放電方式を採用した。コロナ放電方式によれば、噴出ガスに高価なヘリウムガスを要するグロー放電方式に比べ、大気圧のアルゴンガスや、窒素ガス、空気などを用いることができるため、ランニングコストを大幅に削減できるからである。具体的には、コロナ放電処理装置(パール工業株式会社製、PSC1002)を用いた。各放電ユニット21の下端面21aには、ガス噴出孔(図示せず)が開口しており、このガス噴出孔に臨んで電極が対抗配置してある。各放電ユニット21には、アルゴンや窒素などの噴出ガスを一定流量で供給できるように、流量計や流量制御機構を介してガスボンベ23が接続されている。対抗配置された電極にパルス電圧を印加すれば、電極間にコロナ放電が生起される。コロナ放電によって発生した放電プラズマを、ガス噴出孔から噴き出される噴出ガスと共に放電ユニットの下端面21aから下向きに吹き付け、放電プラズマを照射できるようになっている。
【0058】
グラフト処理槽18は、略密閉された箱型容器からなり、その内部に親水性モノマー溶液12を貯留する浸漬槽25と、基材1を支持する支持機構26などを含んで構成されている。グラフト処理槽18内の上側には、先の一対の放電ユニット21・21が配置されており、下側に浸漬槽25が配置してある。グラフト処理槽18の側壁には、内部のガスを排出する排気口30が貫通している。支持機構26は、基材1を放電ユニット21の下端面21a近傍から浸漬槽25内にわたって上下移送できるよう構成してあり、ここでは、放電ユニット21・21と浸漬槽25との間に、基材1を載置するメッシュ状の網板27を配置した。この網板27の両側には、上部がグラフト処理槽18の上壁面から外側に突出する一対のアーム28・28が取り付けてあり、これを上下に出し入れ操作することによって、基材1を放電ユニット21の下端面21a近傍に支持する放電プラズマ照射位置と、基材1を浸漬槽25内に浸漬した状態で支持するグラフト重合位置との間を上下移送できるようになっている。
【0059】
かかる実験装置を用いて基材1を放電プラズマグラフト重合処理するには、まず、浸漬槽25に先の貴金属コロイド10を分散した親水性モノマー溶液12を満たし、放電プラズマ照射位置にある網板27上に基材1を載置する。次に、噴出ガスを噴出させた状態で、電極に印加してコロナ放電を生起し、基材1の裏面側1bに放電プラズマを照射して活性種を形成させる(放電プラズマ工程)。数秒間放電プラズマ照射処理した後、アーム28を操作して、グラフト重合位置に基材1を移送し、親水モノマー溶液12に浸漬してグラフト重合させる(グラフト重合工程)。浸漬は数分ないし数十分行えばよく、後は基材1を乾燥すれば敷布は完成である。かかる放電プラズマグラフト重合処理方法であれば、安価かつ簡単に処理することができ、量産も容易である。例えば、先の実験装置の網板27に代えて、例えばロール状の基材1を支持する支持ローラと、その基材1を巻き取る巻き取りローラとをグラフト処理槽18に組み入れ、両ローラ間において、基材1が放電プラズマ照射位置とグラフト重合位置とに自動的に移送されるように配設すればよい。
【0060】
こうして得られる敷布は、従来の制菌性のある敷布だけでなく、第1又は第2の実施形態における敷布よりも耐久性が向上し、繰り返し洗濯しても固着した銀や白金の減少量が小さくなって、制菌機能や脱臭機能を長期にわたって維持することができる。貴金属の固着による黒ずみが少ないので、清潔感のある敷布を得ることができ、座席シートなどによりいっそう好適に使用できる。
【0061】
本発明の敷布は、着脱自在に装着される座席カバーとしても利用でき、オフィス用の椅子、枕カバー、口元を覆うマスクなどにも適用できる。片面に親水層2を形成した2枚の敷布を用い、両敷布の親水層2側を向い合せに結合させて一枚の敷布を構成してもよい。これによれば、裏表の区別なく使用できる。モノマーを代えて放電プラズマグラフト重合処理を繰り返し、異なる性質に改質した層を3層以上形成してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の第1実施形態に係る座席用の敷布の構成図である。
【図2】親水層を構成する繊維を示す概念図である。
【図3】繊維の孔内に貴金属コロイドが固着した状態を示す概念図である。
【図4】本発明の第2実施形態に係る座席用の敷布の構成図である。
【図5】JRシートに対する脱臭性能比較試験の試験結果を示す図である。
【図6】阪急電車シートに対する脱臭性能比較試験の試験結果を示す図である。
【図7】脱臭性能比較試験の試験結果を示す図である。
【図8】制菌性能比較試験の試験結果を示す図である。
【図9】硝酸銀溶液の濃度別での制菌性能比較試験の試験結果を示す図である。
【図10】放電プラズマグラフト重合処理に用いる実験装置の一例を示す概念図である。
【符号の説明】
【0063】
1 基材
1a 基材1の表面側
1b 基材1の裏面側
2 親水層
3 繊維
6 座席用の敷布
10 貴金属コロイド
12 親水性モノマー溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも基材(1)の片面に、放電プラズマグラフト重合処理によって親水層(2)を形成するとともに、該親水層(2)を構成する個々の繊維(3)を多孔質化し、
該親水層(2)に貴金属を含有させることを特徴とする敷布。
【請求項2】
基材(1)が、ポリエステル繊維製の織布又は不織布からなり、
親水層(2)が、アクリル酸を重合性単量体とするグラフト重合によって形成されたものである請求項1記載の敷布。
【請求項3】
前記敷布が、座席の表面を被覆する座席用の敷布(6)であって、
少なくとも着座者が接する基材(1)の表面側(1a)とは反対側の裏面側(1b)に、前記親水層(2)が形成されていることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の敷布。
【請求項4】
前記貴金属が貴金属コロイド(10)からなり、
該貴金属コロイド(10)を、親水層(2)を構成する多孔質化した繊維(3)の内外に固着させることを特徴とする請求項1又は2又は3のいずれかに記載の敷布。
【請求項5】
前記貴金属コロイド(10)が、平均粒子径1〜100nmの銀コロイドである請求項4記載の敷布。
【請求項6】
銀コロイドに加えて白金コロイドを含む請求項5記載の敷布。
【請求項7】
基材(1)に対して放電プラズマを照射する放電プラズマ工程と、
放電プラズマ照射後の基材(1)に親水性モノマー溶液(12)を接触させるグラフト重合工程とを含み、
該親水性モノマー溶液(12)に、貴金属コロイド(10)が分散してあることを特徴とする請求項4又は5又は6のいずれかに記載の敷布の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2007−231460(P2007−231460A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−55528(P2006−55528)
【出願日】平成18年3月1日(2006.3.1)
【出願人】(000181572)篠原電機株式会社 (18)
【出願人】(502283811)
【出願人】(598107828)
【Fターム(参考)】