説明

新規エンテロバクター・アエロゲネス菌株およびその利用

【課題】バイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを効率良く製造することができる新規エンテロバクター・アエロゲネス菌株およびその利用を提供する。
【解決手段】様々な土地からサンプリングした土壌、川の水等から、高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液を処理できるエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物性油脂、動物性油脂、廃油等の油脂をメチルエステル化してバイオディーゼル燃料を製造する際に副生成物として得られる、いわゆるバイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを効率良く製造することができる新規エンテロバクター・アエロゲネス菌株、および上記菌株を用いて水素およびエタノールを効率良く製造する方法、並びに当該方法を行なうために用いられるキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオディーゼル燃料(BDF)は植物性油脂、動物性油脂、および廃油等の油脂をリパーゼの存在下でメタノールと反応(メタノリシス反応)させることにより得られる脂肪酸メチルエステルのことであり、軽油代替エネルギーとして車、船、自家発電用燃料など様々な用途が期待されている。特に、植物から製造されるBDFは、カーボンニュートラルが成立するため、地表圏上のCO2の絶対量を増加させないこと、排ガス中に硫黄酸化物(SOx)を殆ど排出されないこと、S.P.M (Suspended Particulate Matter)の排出量が従来のBDFの1/3程度に抑えられること等の利点を有している。
【0003】
バイオディーゼル燃料の生産には、現在化学触媒法(水酸化カリウムなどのアルカリを原料に混ぜ合わせて反応させる)が主に利用されている。しかし、この方法では高濃度グリセロール含有廃液(バイオディーゼル廃液)が副産物として同時に生成され、その処理が問題となっている。一方、そのような欠点を改善し、環境に負荷をかけない生産法として酵素触媒法があるが、この方法は酵素生成のコストが高く、実用化に至っていない。
【0004】
上記現状に鑑みて、上記グリセロール含有廃液の有効利用を行うべく、上記廃液から水素を回収する方法の開発が試みられている。例えば、特許文献1においては副生成物であるグリセロールを加熱気化させて水素ガスを発生させ回収する装置について記載されている。しかし、この方法は、加熱気化に相当量の熱量を必要とし、コスト面等に問題を有している。
【0005】
一方、通性嫌気性細菌エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)は、グルコース等から水素を発酵生産することが知られている(非特許文献1参照)。また、本発明者らは、独自に分離したエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株が、市販グリセロールを基質として発酵させた時に、最大の水素生産量が得られることを確認している(非特許文献2参照)。さらに、本発明者らは、上記HU101株を固定可能な多孔質担体を用いることにより、バイオディーゼル廃液を原料とした場合でも、水素生産速度を向上させることが可能であることを確認している(特許文献2参照)。
【非特許文献1】谷生 重晴ら、「Enterobacter aerogenes の発酵水素発生と利用基質について」、醗酵工学会誌、第67巻、第1号、p29−34、1989
【非特許文献2】Y. Nakashimada, M.A. Rachman, T. Kakizono, N. Nishio, "Hydrogen production of Enterobacter aerogenes altered by extracellular and intracellular redox states" International Journal of Hydrogen Energy 27(2002),1399-1405
【特許文献1】特開2004−209415号公報(公開日:平成16年7月29日)
【特許文献2】特開2006−180782号公報(公開日:平成18年7月13日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株が資化できるグリセロール濃度は10〜20g/lであり、それ以上の濃度下では水素を安定に生産することはできていなかった。バイオディーゼル廃液に含まれるグリセロールの濃度が約400〜450g/lであることに鑑みると、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株で処理するためには、上記廃液を40倍近く希釈しなければならないため、処理効率をさらに向上させることが望まれている。
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、バイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを効率良く製造することができる新規エンテロバクター・アエロゲネス菌株およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、様々な土地からサンプリングした土壌、川の水等から、より高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液を処理できる細菌を鋭意探索した。その結果、新規エンテロバクター・アエロゲネス菌株であるエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株が、バイオディーゼル廃液を5〜6倍希釈して調製した、グリセロール濃度が75g/lという高濃度の原料液中でも生育でき、水素およびエタノールを安定的に生産可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株(以下、単に「HU201菌株」とも称する)に係るものであることを特徴としている。また、本発明は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株(以下、単に「HU202菌株」とも称する)に係るものであることを特徴としている。
【0010】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株は、バイオディーゼル廃液を含む原料液を用いる場合、水素の生産効率を高めるためには多孔質担体に固定する必要があった。一方、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株は、バイオディーゼル廃液を含む原料液であっても、多孔質担体に固定する必要はなく、しかも高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを生産することができる。
【0011】
それゆえ、バイオディーゼル廃液の希釈率を従来よりも格段に低くすることができ、高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液からの水素およびエタノールの生産効率を簡便かつ飛躍的に向上させることができる。したがって、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株を用いる場合よりも、さらにバイオディーゼル廃液の有効利用を図ることができるといえる。
【0012】
本発明に係る菌株は、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含み、グリセロール濃度が50g/lである原料液中のグリセロールを15g/l以上資化できることが好ましい。なお、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含む原料液を、以下、単に「原料液」という場合がある。
【0013】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株は、グリセロール濃度が10〜20g/lの原料液しか資化できず、グリセロール濃度が50g/lである原料液中での生育は困難であった。上記HU201菌株およびHU202菌株は、グリセロール濃度が50g/lである原料液中でも十分に生育でき、しかも原料液中のグリセロールを15g/l以上資化できる。それゆえ、バイオディーゼル廃液を効率的に利用することができる。
【0014】
本発明に係るグリセロール資化剤は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を含有することが好ましい。
【0015】
上述のように、これらの本発明に係る菌株は、従来よりもはるかに高濃度のグリセロールを含有する原料液から、安定的に水素およびエタノールを生産することができる。したがって、上記構成によれば、従来廃棄されていたバイオディーゼル廃液の有効利用を図ることができる。
【0016】
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、原料液として、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含むものを用い、上記原料液を、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株によって発酵させる発酵工程を含むことが好ましい。
【0017】
上記バイオディーゼル廃液は、その大部分がグリセロールである。エンテロバクター(Enterobacter)属細菌は、そのグリセロールを利用して水素およびエタノールを発酵生産することができる。そして、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株は、グリセロールを高濃度に含有するバイオディーゼル廃液を含む原料液中でも生育でき、グリセロールを資化して水素およびエタノールを生産することができる。
【0018】
したがって、上記構成によれば、バイオディーゼル廃液からの水素およびエタノールの発酵生産の効率を従来法に比して格段に向上させることができる。
【0019】
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、上記原料液がコーンスティープリカーを含有することが好ましい。
【0020】
後述する実施例に示すように、コーンスティープリカー(以下「CSL」称する)を原料液に含有させることによって、グリセロール濃度90g/lという、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌の生育が通常確認できなかった高濃度の原料液中であってもエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を生育させることが可能となる。それゆえ、上記構成によれば、バイオディーゼル廃液からの水素およびエタノールの発酵生産の効率をさらに飛躍的に向上させることができる。
【0021】
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、上記原料液のグリセロール濃度が20g/lを超えることが好ましい。
【0022】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株を用いた従来の方法では、グリセロール濃度が20g/lを超える原料液を資化することはできなかった。上記構成によれば、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株が高濃度のグリセロールを含有する原料液中でも生育可能であるため、グリセロール濃度が20g/lを超えていても、原料液を十分に資化し、水素およびエタノールを生産することができる。よって、バイオディーゼル廃液からの水素およびエタノールの発酵生産の効率を向上させることができる。
【0023】
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、上記発酵工程において、原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHを6.5以上7.5以下に保持することが好ましい。原料液を発酵させると、水素およびエタノール以外に、主に1,3−プロパンジオールからなる有機酸が多量に生成し、グリセロールの円滑な資化を妨げる傾向が見られる。上記構成によれば、原料液および/または発酵液のpHが中性付近に保たれるため、有機酸の影響を回避することができ、水素およびエタノールの発酵生産の効率をさらに向上させることができる。
【0024】
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法を行うためのキットは、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株、並びに上記菌株を培養可能な培地が含まれることが好ましい。
【0025】
上記本発明にかかるキットによれば、バイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを効率良く、且つ簡便に生産することができるという効果を奏する。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株に係るものである。また、本発明は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株に係るものである。これらの菌株は、高濃度でグリセロールを含有するバイオディーゼル廃液を含む原料液を資化することができる。それゆえ、高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液からの水素およびエタノールの生産効率を簡便かつ飛躍的に向上させることができるという効果を奏する。
【0027】
水素は燃料電池用の燃料としてその利用が期待されており、またエタノールも燃料、溶媒として広範囲に利用されているものである。よって本発明は、植物性油脂、動物性油脂を始めとするバイオマスを無駄にすることなく、有効に利用することができる菌株およびこれを用いた水素およびエタノールの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施の形態について説明すれば以下のとおりであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0029】
〔1.本発明に係る菌株〕
本発明に係る菌株であるエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株は、本発明者らが自然界から独自に分離した菌株であり、検討の結果、高濃度でグリセロールを含むバイオディーゼル廃液を資化することができることを見出したものである。そこで、まず、これらの菌株について具体的に説明する。
【0030】
(1)形態的性質および培養的性質
表1に示す培地に生育したエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の形態的性質および培養的性質を説明する。
【0031】
【表1】

【0032】
上記HU201菌株、HU202菌株ともに、形態的には桿菌であり、表1に示す培地を用いて37℃で3日間培養後のコロニーは直径0.5mmの円形で、色調は白色であった。コロニーの隆起状態は半球状、周縁は全縁、表面の形状はスムーズで、透明度は半透明、粘稠性を有していた。培地の混濁状態は白濁であった。コロニーの形態の多型性としては、変異によるコロニー形態の変化はなく、培養条件や生理的状態によるコロニー形態の変化もなかった。運動性を有し、鞭毛の着生状態は周毛状である。また、胞子は有さない。
【0033】
図1(a)は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株の形態を撮影した写真であり、図1(b)は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の形態を撮影した写真である。上記HU201菌株、HU202菌株の培養液を数μlプレパラートに垂らし、カバーガラスを被せ、顕微鏡(Nikon : E600W、倍率1000倍)を用いて形態観察を行なった。上記HU201菌株、HU202菌株はともに桿状であり、長さは約1μmであった。
【0034】
図2は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の比増殖速度を解析した結果を示すものである。
【0035】
表1に示す培地を蒸留水で10倍希釈し、対数増殖期が終わるまで、吸光光度計(島津分光高度計 UV-1600)で、OD600を測定し菌体濃度の指標とした。結果を図2に示した。
【0036】
図3は、図2に示す結果を基に、対数増殖期におけるOD値の対数を取りプロットしたものである。図3に示される2本の検量線のうち、下方の検量線は、式1で表される。
y=0.198x−3.52(x:time、R2=0.993)・・・(1)
また、上方の検量線は式2で表される。
y=0.186x−3.09(x:time、R2=0.963)・・・(2)
式1で表されるグラフの傾きより、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株の比増殖速度を0.198h-1、式2で表されるグラフの傾きより、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の比増殖速度を0.186h-1と決定した。
【0037】
(2)生理学的性質
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の生理学的性質は、表2に示すとおりである。
【0038】
【表2】

【0039】
なお、表2では、表2に記載した性質を有する場合を「+」、有さない場合を「−」で表している。
【0040】
(3)新種の特徴を示すために必要な性質
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の特徴を示すために必要な性質は、表3に示すとおりである。
【0041】
【表3】

【0042】
なお、表3では、表3に記載した性質を有する場合を「+」、有さない場合を「−」で表している。
【0043】
(4)化学分類学的性質
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の化学分類学的性質として、例えば以下のものを挙げることができる。
【0044】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の近縁菌種とのDNA-DNA 相同性としては、16S rRNA遺伝子の相同性が、Enterobacter aerogensesと98%、Enterobacter amnigenseと97%、Enterobacter asburiaeと98%、Enterobacter gergoviaeと96%、Enterobacter hormaecheiと97%、 Enterobacter intermediusと97%、Enterobacter sakazakiiと96%である。
【0045】
なお、上記エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株は、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおいて、FERM AP−21492として寄託されている(寄託日:平成20年1月25日)。エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株は、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおいて、FERM AP−21493として寄託されている(寄託日:平成20年1月25日)。
【0046】
(5)本発明に係る菌株の単離方法
まず、福井県敦賀市の砂浜、砂浜付近松林、広島大学構内等からサンプリングした土壌及び余剰汚泥をリン酸バッファーで10倍希釈して、5分間振盪後、静置した。この際に分離した上清をサンプル微生物含有液とした。また、広島県内河川水の場合は、そのままサンプル微生物含有液とした。
【0047】
次に、試験管に、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたもの8mlに炭素源としての市販のグリセロール(シグマアルドリッチジャパン製)1mlを加えたもの(以下「液体培地」という)を入れ、上記サンプル微生物含有液1mlを、それぞれ接種し、37℃、120rpm、嫌気条件下で振とう培養した。サンプル微生物含有液の対照としては、上記液体培地を1000倍希釈したものを用いた。上記液体培地中のグリセロール濃度は、50g/lである。
【0048】
上記液体培地は、120℃で15分間オートクレーブを用いて滅菌後に使用したが、オートクレーブする際、培地中に炭素源、リン酸塩、マグネシウム塩が同時に存在すると培地が褐変するため、炭素源、リン酸塩、マグネシウム塩をそれぞれ別々に調製し、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたものを滅菌後に、シリンジで嫌気的に混合した。プレート培地は上記液体培地に2%の寒天粉末を添加して作成した。なお、嫌気条件を得るために培地を100℃、15分煮沸した後、氷浴にて急冷しながら窒素ガスを吹き込み、脱気を行った。
【0049】
37℃で5日間培養後、ロールチューブ法を用いてコロニーの形状、色等を確認した。ロールチューブ法は、ブチルゴム栓付きの試験管を用い、無酸素の混合ガス(水素:窒素:二酸化炭素など)を噴射させて、酸素を遮断しながら微生物を試験管などに分注し、検査する方法である(Hungate, R.E., Methods in Microbiology,Vol 3B, Academic Press, New York, 1969, p117)。
【0050】
候補となる微生物は、50g/lのグリセロール液体培地で増殖し、かつ水素を生成するものとした。従って、コロニーを取り、液体培地に接種し、回分培養を行った。回分培養液の一部を新たな液体培地に接種し、再び回分培養を行った。この作業を2回繰り返し、候補として2菌株を選択した。当該2菌株はそれぞれ単一菌であり、なおかつ50g/lのグリセロールの消費が見られ、高濃度下でのグリセロール資化性があることを確認した。また、16S rRNAの相同性より、これらの2菌株を、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株と命名した。
【0051】
なお、グリセロール資化性は、高速液体クロマトグラフィーを用いて、培養開始時と最終日におけるグリセロール量の差から残存グリセロール量を導き出すことによって判断した。
【0052】
(6)本発明に係る菌株の同定
市販グリセロールを炭素源とした上記液体培地にて対数増殖期まで培養した上記HU201菌株およびHU202菌株の培養液各15mlを3000rpm、15分、4℃で遠心分離して集菌し、上清を除去した。菌体を1.5mlのTE bufferに懸濁し、5mgのリゾチーム(シグマ製)を加えた後、37℃で30分間ゆっくりと振盪した。溶菌液を2.5ml加え、静かに混合した後、55℃で60分間インキュベートした。次に、フェノールクロロホルム混液(東京化成工業製)を1.25ml加えて10分間振盪し、完全に混合した後、11,000rpm、15分間遠心して3層に分離し、上層を新しいチューブに移した。
【0053】
もう一度フェノールクロロホルム混液を加え、上層を新しいチューブに移すまでの操作を行った。3M酢酸ナトリウム溶液を上層の1/10量、エタノールを上層の2.5倍量加えて静かに混合し、室温で10分間静置した。次に、11,000rpm、15分間遠心してDNAを沈殿させ、静かに上清を除去した。さらに、11,000rpm、1分間遠心し、余分なエタノールを完全に除去した。次に、70%エタノールを20ml加え13,200rpm、2分間遠心し、静かに上清を除去した。さらに、13,200rpm、30秒間遠心し、余分なエタノールを完全に除去した後、dH2Oを200μl加えてDNAを完全に溶解させ、−20℃で保存した。その結果、25μg以上のゲノムDNAが得られた。
【0054】
得られたゲノムを鋳型にPremix Taq kit、PCR装置(PC808,ASTEC)を用いてPCRを行い、16S rRNA遺伝子を増幅させた。PCRの反応液組成および反応条件は表4、表5に示すとおりである。
【0055】
なお、プライマーとしては、Forward Primer 27F(Escherichia coil,positions 8-27、配列番号4)およびReverse Primer 1492R(Escherichia coil,positions1510-1492、配列番号5)を用いた。
【0056】
【表4】

【0057】
【表5】

【0058】
PCR産物を0.8%アガロースゲルにて電気泳動し、目的物が増幅されていることを確認した。精製したFragmentをTAクローニングによってp GEM-T easy vectorに組み込み、E.coli DH5αに導入して形質転換させた。100μg/ml Ampicillin、80μg/ml Xgal、そして0.5mM IPTGを含むLB培地上に形質転換させたE.coliを培養し、青白選別法を行って組換えプラスミドを持つE.coliを選別した。選別したE.coliからプラスミドを回収し、精製した。
【0059】
回収後のプラスミドに含まれる16S rRNA遺伝子の塩基配列の決定は、自然科学研究支援開発センターに依頼した。得られた遺伝子配列を元に、DNA Data Bank of JapanのHP(http://www.ddbj.nig.ac.jp/Welcome-j.html)のBLAST検索を行い、ホモロジー検索を行った。その結果、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株共にKlebsiella pneumoniaeと99%、Enterobacter aerogenses(C1111株、C4-1株、An19-2株、An14-1株, An10-1株、An2-1株、A20-1株、 NCTC10006T株, C2111株, RW9516株, RW7M1株)と98%、 Enterobacter amnigenseと97%、Enterobacter asburiaeと98%、Enterobacter gergoviaeと96%、Enterobacter hormaechei と97%、 Enterobacter intermedius と97%、Enterobacter sakazakii と96%の相同性があることが分かった。
【0060】
図4〜6は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とKlebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果を示すものである。図7〜9は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果を示すものである。
【0061】
また、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を配列番号1に、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を配列番号2に示し、対比したKlebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を配列番号3に示した。
【0062】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とは、約1500塩基中4塩基の違いが見られた。また、後述する実施例において説明する図13に示したように生産物にも違いが見られる。したがって、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とは同一の菌株ではないと判断される。
【0063】
〔2.本発明に係るグリセロール資化剤〕
本発明に係るグリセロール資化剤は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を含有する。なお、本明細書において、「資化」とは、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含む原料液を発酵させ、水素および/またはエタノールを生産することをいう。
【0064】
すなわち、本発明に係るグリセロール資化剤は、上記HU201菌株のみからなるものであってもよいし、上記HU202菌株のみからなるものであってもよいし、上記HU201菌株および上記HU202菌株からなるものであってもよい。上記HU201菌株と上記HU202菌株とを併用する場合は、両者の混合比は任意である。
【0065】
また、本発明に係るグリセロール資化剤は、上記HU201菌株および上記HU202菌株のグリセロール資化性を阻害するものでない限り、上記HU201菌株および上記HU202菌株以外の成分を含んでいてもよい。例えば、菌株の保護剤として、スキムミルク、グルタミン酸ナトリウム、アドニトール、システイン・HCl、リン酸緩衝液等を含むことができる。上記保護剤の含有量は特に限定されるものではないが、菌株の重量に対してスキムミルクで15重量%〜25重量%、グルタミン酸ナトリウムで2〜4%、アドニトールで1〜2%であることが好ましい。
【0066】
上記グリセロール資化剤を製造する方法は特に限定されるものではないが、例えば殺菌した保護剤を上記HU201菌株および/または上記HU202菌株と混合し、定法に従って凍結乾燥する方法や、L−乾燥する方法等によって調製することができる。
【0067】
凍結乾燥またはL−乾燥したグリセロール資化剤は、例えば、37℃で生理食塩水を適宜加えることによって復元することができる。
【0068】
上記HU201菌株および/または上記HU202菌株は、高濃度のグリセロール含有バイオディーゼル廃液から水素およびエタノールを生産することができる。よって、本発明に係るグリセロール資化剤は従来廃棄されていたバイオディーゼル廃液の有効利用を図ることができる。
【0069】
〔3.水素およびエタノールの製造方法〕
本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、原料液として、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含むものを用い、上記原料液を、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株によって発酵させる発酵工程を含む。以下、構成ごとに分けて具体的に説明する。
【0070】
(バイオディーゼル廃液)
本発明の製造方法の原料液を構成するバイオディーゼル廃液は、バイオディーゼル燃料を製造する際に副生成物として得られるグリセロールを多量に含むものである。バイオディーゼル燃料の製造原理は、式Iに示す反応式に示すようにして行なわれる。
【0071】
【化1】

【0072】
より具体的には、油脂(別名:トリグリセリド、トリアシルグリセロール)とメタノールとが化学反応(メチルエステル化)によりメチルエステルおよびグリセロールが生成する。この生成したメチルエステルがバイオディーゼル燃料であり、この反応液からメチルエステル(バイオディーゼル燃料)を除去したものがバイオディーゼル廃液である。
【0073】
なおバイオディーゼル燃料を製造する際に油脂をメチルエステル化する方法としては、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いればよい。例えば、油脂とメタノールとをリパーゼ等の触媒存在下で反応させる方法、または超臨界メタノールと油脂とを反応させる方法(吉川 浩ら、「超臨界メタノールによる植物油からのバイオディーゼル燃料の製造」高圧討論会講演要旨集、VOL.42nd、p109(2001)、SAKA S, KUSDIANA D,「超臨界メタノールを利用した植物油廃棄物からバイオディーゼル燃料の生産」、資源処理技術、VOL.47、NO.2、p95−102)等を用いて行うことができる。
【0074】
このバイオディーゼル燃料を製造する際に用いる油脂としては特に限定されるものではなく、植物性油脂、動物性油脂またはその廃油等を油脂として用いることが可能である。上記植物性油脂としては、パーム油、ナタネ油、ゴマ油、オリーブ油等が挙げられ、動物性油脂としては、ラード、牛脂、魚油等が挙げられる。また上記油脂には、不純物等が含まれるものであっても、試薬グレードの油脂を用いてもよい。試薬グレードの油脂を用いた場合には、メチルエステル化後の反応液中に含まれる不純物が少なく、バイオディーゼル燃料の回収が容易であること、バイオディーゼル廃液を本発明に係る菌株によって発酵させる際の効率が高いという理由から、純度の高い油脂を用いることが好ましいといえる。
【0075】
また油脂をメチルエステル化して得られた生成物から、メチルエステル(バイオディーゼル燃料)を除去する方法としては、デカンテーション等の公知の方法を用いればよい。より具体的には、メチルエステル化後(メタノリシス後)、反応液を静置することにより、生成されたバイオディーゼル燃料は上層に、グリセロールを含むバイオディーゼル廃液部分は下層に分かれる。よって、デカンテーション等の方法により容易にバイオディーゼル燃料とバイオディーゼル廃液とを分離できる。上記のようにしてメチルエステル(バイオディーゼル燃料)を反応液中から除去した残渣が、本発明の製造方法において利用するバイオディーゼル廃液である。
【0076】
かかるバイオディーゼル廃液には、主成分としてグリセロールが多量に含まれている。バイオディーゼル燃料の製造に用いる油脂に含まれる成分によって異なるが、バイオディーゼル廃液にはその他、乳酸、酢酸、エタノール等が含まれる場合がある。
【0077】
(原料液)
本発明の製造方法に用いる上記原料液は、上記バイオディーゼル廃液が含まれていれば特に限定されるものではなく、バイオディーゼル廃液そのものを原料液として用いても良く、また適宜、水等の溶媒を添加し原料液として用いてもよい。上記溶媒の添加率(換言すれば希釈率)は特に限定されるものではなく、後に行なう本発明に係る菌株による発酵工程に用いる原料液として好適なものとなるように適宜検討の上、決定すればよい。
【0078】
本発明に係る菌株、すなわちエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株は、いずれも高濃度のグリセロールを資化することができる。特許文献2に記載されているように、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株は、が処理できる原料液のグリセロール濃度は10〜20g/lであったが、本発明に係る菌株は、後述するようにグリセロール濃度が75g/lの原料液まで処理可能であり、CSLを原料液に添加した場合はグリセロール濃度が90g/lの原料液まで処理可能であることを確認している。
【0079】
それゆえ、上記原料液のグリセロール濃度は、20g/lを超えることが好ましい。これにより、上記希釈率を従来よりも大幅に低下させることができる。もちろん、20g/l以下の場合も問題なくグリセロールを資化することができる。
【0080】
またその他、本発明に係る菌株の生育に必要な培地成分が含まれていてもよい。当該培地成分が含まれることによって、本発明に係る菌株の生育・増殖が活発になり、バイオディーゼル廃液からの水素・およびエタノールの発酵生産効率がさらに向上する。
【0081】
上記培地成分としては、本発明に係る菌株の培養に好適なものを適宜選択の上、添加すればよい。特に、酵母抽出液、およびカゼイン酵素分解物は、一般に微生物用培地に用いられている成分であり、本発明に用いる培地成分としては好適である。
【0082】
なお、酵母抽出液(別名:イーストエキス、酵母エキス)とは、ビール酵母(Saccharomyces cerevisiae )等の酵母の内容物を抽出したものであり、一般に市販されているものである。本発明においてもかかる市販されているものを適宜利用すればよい。例えば、粉末酵母エキスS(日本製薬株式会社製)、Yeast Extract, Bact(Difco社製)等を用いればよい。上記酵母抽出物の添加量としては、原料液に0.05重量%以上1重量%以下が好ましく、原料液に0.25重量%以上0.5重量%以下がさらに好ましい。
【0083】
また、上記カゼイン酵素分解物とは、牛乳カゼイン等のカゼインをペプシン、トリプシン等のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)で処理したものであり、一般に市販されているものである。本発明においてもかかる市販されているものを適宜利用すればよい。例えば、ポリペプトン(日本製薬株式会社製)、Trypton, Bact(Difco社製)等を用いればよい。上記カゼイン酵素分解物の添加量としては、原料液に0.1重量%以上1重量%以下が好ましく、原料液に0.25重量%以上0.05重量%以下がさらに好ましい。
【0084】
その他の培地成分としては、(NH42SO4,MgSO4、Co(NO32、Fe(NH42SO4、Na2MoO4,CaCl2,Na2SeO3,ニコチン酸、NiCl2、その他ビタミン類等をミネラルとして添加してもよい。また、バッファー成分として、K2HPO4、KH2PO4等が含まれていてもよい。また微量元素としてMnCl2、H3BO3、AlK(SO4)、CuCl2、EDTA等が含まれていてもよい。上記化合物は市販されているものを使用することができる。
【0085】
(微生物)
本発明の製造方法における発酵工程に用いる微生物は、既に説明したように、通性嫌気性細菌のエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株である。エンテロバクター(Enterobacter)属細菌のグリセロールの代謝経路について図10に示す。
【0086】
エンテロバクター(Enterobacter)属細菌は、ブドウ糖などの解糖系で得られた余剰なNADHを2,3−ブタンジオール、エタノール、乳酸および酢酸などに配分することにより還元当量のバランスを保つ、いわゆる混合有機酸発酵を行なって生育する。この中で水素(図10中、H2)は、以下の経路によって生成される。(1)エタノール(図10中、Ethanol)および酢酸(図10中、Acetate)生成の中間生成物であるピルビン酸(図10中、Pyruvate)がアセチルCoA(図10中、Acetyl-CoA)へと代謝される際に、ピルビン酸−ギ酸リアーゼによりギ酸(図10中、Formate)が生成される。(2)当該ギ酸(図10中、Formate)からヒドロゲナーゼの作用により水素(図10中、H2)が生成される。
【0087】
よって、本発明の製造方法にエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を用いることによって、バイオディーゼル廃液に含まれるグリセロールを利用して水素およびエタノールを発酵生産することができる。
【0088】
(発酵工程)
本発明にかかる製造方法は、既述の原料液を、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株によって発酵させる発酵工程を含んでいる。かかる発酵工程は、本発明に係る菌株が原料液から水素およびエタノールを発酵生産する工程である。その発酵条件としては、本発明に係る菌株が水素およびエタノールを発酵生産する条件として好ましい条件であれば特に限定されるものではなく、その発酵方法は連続培養であっても回分培養(バッチ培養)であっても半回分培養であってもよい。
【0089】
回分培養は、発酵槽に原料と微生物を仕込み発酵終了後に発酵液を抜き出すという培養方法であり、連続培養は微生物を固定化等により発酵槽の中に閉じ込め、原料の流入と発酵液の流出を連続的に行なう培養方法である。半回分培養は、流加培養ともいい、培養中に、培地自体や培地中の特定の成分を添加する方法である。連続培養は、長期間連続的に発酵することにより、発酵槽の単位体積あたりの生産性が回分培養に比して高いというメリットがあるためにより好ましいといえるが、本発明に係る菌株は、担体に固定化せずとも高濃度のグリセロールを資化し、水素およびエタノールを発酵生産することができるため、半回分培養であっても効率よく水素およびエタノールの生産を行うことができる。
【0090】
また本発明における発酵工程は、通気培養であっても、静置培養であっても、攪拌培養であっても振盪培養であってもよい。
【0091】
また培養温度については本発明に係る菌株の生育に好適な条件を採用すれば良く、28℃〜40℃が好ましく、30℃〜37℃がさらに好ましく、37℃が最も好ましい。
【0092】
回分培養を行う場合は、原料液を試験管等の反応容器中に入れ、本発明に係る菌株を接種した後、振盪培養等を行えばよい。本発明に係る菌株は、担体に固定せずとも高濃度のグリセロールを資化できるので、回分培養であっても水素およびエタノールを生産することができるが、図10に示すように、グリセロールの代謝中には、水素およびエタノール以外に、1,3−プロパンジオール、酢酸、2,3−ブタンジオール、乳酸等の有機酸が多量に発生するため、上記発酵によって得られた発酵液のpHは、発酵工程の進行に連れて低下し、酸性となる。
【0093】
一方、本発明に係る菌株の至適pHは中性付近(pH6.5以上7.5以下)であるため、回分培養反応では、発酵生産の速度が低下し、原料液中のグリセロール濃度に関わらず、ある程度の量以上のグリセロールを利用できなくなるという問題がある。
【0094】
それゆえ、上記発酵工程においては、原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHを6.5以上7.5以下に保持することが好ましい。これによって、発酵液のpHが本発明に係る菌株の至適pHに保持されるので、効率よくグリセロールを資化し、水素およびエタノールを生産することができる。
【0095】
そのため、上記発酵工程においては、回分培養よりも半回分培養または連続培養を行うことが好ましい。半回分培養を行うための培養装置としては特に限定されるものではなく、公知の培養装置を適宜選択の上、利用が可能である。図11に半回分培養を行なうための培養装置の模式図を示す。半回分培養装置11は、発酵槽12、アルカリ液貯留槽13、アルカリ液流入孔14、サンプリング孔15、pH測定装置16、電極17、ポンプ18、排気口19、とからなっている。発酵槽12には原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液20(以下「発酵液20」という)が入っている。また、発酵液20の温度は、発酵槽12を恒温槽(図示せず)に載置すること等により、一定に保たれている。
【0096】
pH測定装置16が電極17によって、発酵液20のpHを測定し、pHが6.5未満であることを検知すると、pH測定装置はコンピュータ21に指示を送り、コンピュータ21は、ポンプ18を起動する。そして、アルカリ液がアルカリ液貯留槽13からポンプ18によって、アルカリ液流入孔14を通って発酵槽12に供給され、発酵液20のpHが6.5以上7.5以下に保持される。
【0097】
上記「アルカリ液」としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水溶液を用いることができ、有機酸を中和できるものであれば特に限定されるものではない。
【0098】
一方、発酵生産された水素ガスを含む気体成分は、排気口19を通って発酵槽12外へと排出され、ガス回収槽(図示せず)において回収されるようになっている。サンプリングは、サンプリング孔15から適宜行えるようになっている。例えば、サンプリング孔15からサンプルを採取し、高速液体クロマトグラフィーを用いてグリセロール量を分析することにより、発酵の進捗状況を確認することができる。
【0099】
このように、本発明に係る菌株は、担体に固定しなくてもグリセロールを効率よく資化することができるが、もちろん担体を用い、連続培養を行ってもよい。
【0100】
原料の流入と発酵液の流出を行なう連続培養では、その発酵液の流出の際に微生物が一緒に流出することを防止する必要がある。このために微生物の固定化等を行なって、発酵槽からの流出を防いでいる。上記微生物の流出を防ぐ方法としては、固定化担体を用いて発酵槽内に微生物を固定化してもよいし、特に固定化担体を用いることなく増殖した微生物同士が自己凝集体(フロック)を形成して発酵槽内に留まるという方法であってもよい。ただし、固定化担体の自重により固定化担体に固定化された微生物が発酵液の表層に浮遊することがなく、確実に発酵槽内に留まることができるということ、浮遊することが無いために原料液と微生物が接触する頻度が高まり発酵生産効率が向上すること、および発酵槽内の微生物の菌体密度を向上させることができる等の理由から、固定化担体を用いる方法が好ましいといえる。
【0101】
上記担体としては、少なくともその表面に、(より好ましくは、その表面および内部に)微生物を固定することが可能な担体であれば限定されるものではない。ただし、微生物が固定化しやすく、その微生物の固定量が増加するという理由から、上記担体は多孔質であることが好ましい。上記多孔質である担体(以下、「多孔質担体」という)は、文字通りその表面に多数の孔があり、その孔内部および表面に微生物、すなわち本発明に係る菌株が吸着し、本発明に係る菌株を固定化することができる。
【0102】
担体(より好ましくは多孔質担体)に本発明に係る菌株を固定化する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば発酵槽内に原料液と担体(より好ましくは多孔質担体)を仕込み、そこに本発明に係る菌株を接種し培養する方法が挙げられる。すなわち特に、固定化操作を別途行なうのではなく、発酵工程によって増殖してきた本発明に係る菌株の培養液が担体(より好ましくは多孔質担体)と接触することにより、その表面および内部に固定化されるという方法である。
【0103】
なお、本発明の製造方法の発酵工程とは別に本発明に係る菌株を培養し、担体(より好ましくは多孔質担体)に固定化するという操作を行ない、本発明に係る菌株が固定化された担体(より好ましくは多孔質担体)を発酵工程に導入するというものであってもよい。
【0104】
本発明の製造方法において使用する上記多孔質担体は、特に限定されるものではなく、連続培養用に市販されている固定化担体を適宜利用可能である。例えば、ナガオ株式会社製: ペレット状セラミックスSP1-4、協和エンジニアリング株式会社製: クラゲール、株式会社サンバイオ社製:バイオポーラスなどが利用可能である。
【0105】
なお本発明に使用する担体(より好ましくは多孔質担体)は、粒子状であることが好ましく、その平均粒子径が3mm以上20mm以下であることが好ましい。上記担体(より好ましくは多孔質担体)は、既述の通り表面および内部に微生物が固定されることにより、菌体密度を向上させるための部材である。したがって菌体密度をさらに向上させるためには、担体(より好ましくは多孔質担体)は粒子状であり、その粒子径はできるだけ小さいことが好ましいといえる。
【0106】
ただし、過度に粒子径が小さくなると原料液表面に浮遊してしまい、菌体密度を向上させることができなくなる。よって担体(より好ましくは多孔質担体)の平均粒子径を上記のごとく3mm以上20mm以下にすることが好ましいといえ、3mm以上10mm以下にすることがさらに好ましいといえる。平均粒子径が上記の範囲の担体(より好ましくは多孔質担体)を用いることで、菌体密度をさらに向上させることができ、水素およびエタノール生産量をさらに向上させることができるという効果を奏する。
【0107】
また本発明の製造方法は、上記多孔質担体が、貫通孔を有する多孔質担体であることが好ましい。多孔質担体に貫通孔がない場合、本発明に係る菌株の培養液が、多孔質体の孔の内部まで入り込むことができないのに対し、多孔質担体に貫通孔がある場合は、当該多孔質担体の貫通孔を本発明に係る菌株の培養液の培養液が通過することができ、多孔質担体のさらに内部まで本発明に係る菌株が入り込むことができる。それゆえ、本発明に係る菌株の多孔質担体に対する固定化量を向上させることができ、水素およびエタノール生産量をさらに向上させることができるという効果を奏する。上記貫通孔を有する多孔質担体は、既述のナガオ株式会社製: ペレット状セラミックスSP1-4、協和エンジニアリング株式会社製: クラゲール、株式会社サンバイオ社製:バイオポーラスなどが利用可能である。
【0108】
なお使用する担体の材質は、特に限定されるものではなく、例えばレンガ様の素焼き材;セラミックス、ポリビニルアルコール等の高分子材料;木材チップ、セルロース等の生体高分子化合物が利用可能である。
【0109】
連続培養に使用する装置としては、特に限定されるものではなく、公知の培養装置を適宜選択の上、利用が可能である。図12に連続培養を行なうための連続培養装置の模式図を示す。連続培養装置1は、発酵槽2、恒温ジャケット3、恒温水流出孔3a、恒温水流入孔3b、恒温水槽3c、細菌固定化多孔質担体4、原料液流入孔5、発酵液流出孔6、原料液タンク7、ポンプ8、排気口9、ガス回収槽10とからなっている。
【0110】
原料液は原料液タンク7からポンプ8によって、原料液流入孔5を通って発酵槽2に供給される。原料液は、細菌固定化多孔質担体4に固定化されたエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株によって発酵する。発酵後のエタノールを含む発酵液は、原料液の供給に伴い発酵液流出孔6を通って発酵槽2外へと流出し回収される。
【0111】
一方、発酵生産された水素ガスを含む気体成分は、排気口9を通って発酵槽2外へと排出され、ガス回収槽10において回収されるようになっている。なお発酵槽2内の温度は、発酵槽の外側面を覆うように設けられた恒温ジャケット3内に恒温水槽3cから供給される恒温水によって、一定に保たれている。恒温水は、恒温水槽3cから恒温水流入孔3bを通って恒温ジャケット3内に供給され、恒温水流出孔3aから再び恒温水槽3cに戻るという要領により循環している。
【0112】
上記の連続培養において、発酵槽2内への原料液の供給量(以下、原料液希釈率という)の好適な条件は、用いる原料液の組成,多孔質担体の種類,本発明に係る菌株の状態,培養条件等によって異なるために、限定されるものではないが、0.6h-1以上1.2h-1以下が好ましく、0.7h-1以上1.2h-1以下がさらに好ましい。上記好ましい範囲以上の希釈率で原料液を供給すると、本発明に係る菌株の発酵能力を原料供給量が上まり、十分発酵していないにもかかわらず発酵槽2外へ流出してしまう状態となり、発酵効率が下がり、水素およびエタノールの回収量が少なくなってしまう。
【0113】
一方、上記好ましい範囲以下の希釈率で原料液を供給すると、発酵は十分に進むが生成物であるエタノール等によって菌体が死滅したり、雑菌の汚染の危険性が高くなるために好ましくない。なお「原料液希釈率」とは、1時間当たりに供給される原料液量の全原料液量に対する割合のことである。
【0114】
(コーンスティープリカー(CSL)の使用)
CSLは、コーンスターチ製造工業でコーンスターチを生産する際に生じる副産物である。CSLは、コーンスターチ製造過程で、とうもろこし粒を0.1〜0.3%の亜硫酸液に45〜50℃、約40〜48時間乳酸発酵させながら浸漬する工程があり、浸漬を終わった後、浸漬槽から抜液され、真空蒸発装置によって固形分50%前後まで濃縮されることによって生成される。CSLは、酵母エキスに替わる安価な炭素源の候補物質として用いられている。
【0115】
本発明者は、CSLを原料液に含有させることによって、グリセロール濃度90g/lという、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌の生育が通常確認できなかった高濃度であっても本発明に係る菌株を生育させることができることを確認した。
【0116】
よって、本発明に係る水素およびエタノールの製造方法は、上記原料液がCSLを含有することが好ましい。
【0117】
CSLには、とうもろこし粒から溶出された可溶性タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖類、ビタミン類が含まれる他、多量の乳酸、アミノ酸およびペプチドが含まれるきわめて粘稠な液体である。また、CSLは、原料とうもろこしの品種、産地、浸漬条件などによって成分比にかなり差異があるが、濃縮前の組成として、総固形分含量が6.0〜7.0%、乳酸が1.6〜2.0%、還元糖が0.4〜0.5%、総窒素0.4〜0.6%、灰分1.1〜1.3%、pH3.6〜3.8が標準とされている(滝昭夫ら、三重大学農学部学術報告75号、p59~67、1987)。
【0118】
本発明で用いるCSLは、上記組成を満たしていれば特に限定されるものではない。CSLを原料液に添加する時期は、特に限定されるものではないが、本発明の菌株の生育性を高め、グリセロール資化性を向上させる観点から、予め原料液に混合しておくことが好ましい。CSLの原料液への添加量は、特に限定されるものではないが、濃度0.1〜2g/lであることが好ましく、0.1〜0.4g/lであることがより好ましい。
【0119】
(その他の工程)
本発明にかかる製造方法は、上記発酵工程のほかに、本発明に係る菌株を予め増殖させておく前培養工程、多孔質担体に予め本発明に係る菌株を固定化しておく固定化工程、生成した水素またはエタノールを精製する精製工程、生成した水素またはエタノールをガスクロマトグラフィー等で分析する工程、バイオディーゼル燃料の製造工程等の工程が含まれていてもよい。
【0120】
〔4.本発明に係るキット〕
本発明に係るキットは、上記本発明にかかる水素およびエタノールの製造方法を行うためのキットであって、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株および/またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株並びに上記菌株を培養可能な培地が含まれる。
【0121】
上記培地としては、本発明に係る菌株の培養に好適な成分を適宜選択し、適用したものであればよい。上記成分としては、例えば酵母抽出液、カゼイン酵素分解物、ビタミン類、バッファー成分、微量元素等を挙げることができる。また、培地の一例としては、例えば表1に挙げたグリセロール培地を好適に用いることができる。
【0122】
さらに、本発明に係るキットには、例えば図11または図12に示すような培養装置(バイオリアクター)が含まれていてもよい。
【0123】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0124】
<実施例1:グリセロール濃度25g/lの原料液を用いたエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株による水素の発酵生産>
試験管に、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたもの8mlに、グリセロール濃度が原料液に対して25g/lとなるようにリン酸バッファーで希釈した炭素源を加えて原料液を調製し、これにエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の1白金耳を1mlリン酸バッファーに懸濁した液1mlをそれぞれ接種し、pHをリン酸バッファーによって7.0に調整し、37℃、5日間暗所にて静置培養を行い、ガス量測定、ガス組成測定、サンプリングを適時行った。
【0125】
なお、ガス組成は、ガスタイトシリンジを用いてサンプルを抜き取り、ガスクロマトグラフィー(GC-8A:Shimazu;TCD:Thermal Conductivity Detector)で分析した。分析条件は表6に示すとおりである。
【0126】
【表6】

【0127】
炭素源としては、表7に示すバイオディーゼル廃液、減圧蒸留でメタノールを除去したバイオディーゼル廃液または市販グリセロールを用いた。なお、表7に示すバイオディーゼル廃液は、広島県大朝町で回収されたものを使用した。
【0128】
【表7】

【0129】
水素生成量を測定した結果を、図13に示した。図13(a)は、上記HU201菌株を用い、3種類の炭素源を発酵させた場合の水素生成量を示すものである。図13(b)は、上記HU202菌株を用い、3種類の炭素源を発酵させた場合の水素生成量を示すものである。図中、白抜きのひし形のシンボルは、炭素源としてバイオディーゼル廃液を用いた場合(「25gBW」と表示)、白抜き四角形のシンボルは、炭素源としてメタノールを除去したバイオディーゼル廃液を用いた場合(「25gBM」と表示)、白抜き三角形のシンボルは、炭素源として市販グリセロールを用いた場合(「25g純グリ」と表示)の水素生成量を示している。
【0130】
図13より、上記HU201菌株およびHU202菌株は、グリセロールがどのような炭素源として供給されるかに関わらず、安定した水素生成を行うことが確認された。
【0131】
<実施例2:グリセロール濃度50g/lの原料液を用いた場合における水素の発酵生産>
そこで、次に、原料液のグリセロール濃度を50g/lに引き上げ、様々な土地から採取したサンプル菌(10種類)を用いて、実施例1と同様の実験を行った。結果は図14に示した。図14の横軸は、サンプル番号と、実施例1に示した炭素源の種類の組み合わせになっており、例えば、「1−BM」はサンプル1に、メタノールを除去したバイオディーゼル廃液を50g/lで供したことを示し、「1−BW」は、サンプル1に、表7に示すバイオディーゼル廃液を50g/lで供したことを示す。図14には、10種類のサンプル菌のうち、水素生成を行ったもののみを表示している。このうち、サンプル1が上記HU201菌株であり、サンプル2が上記HU202菌株である。なお、サンプル4,5,6はそれぞれ未同定の細菌である。
【0132】
図14に示すように、グリセロール濃度を50g/lとした場合は、上記HU201菌株およびHU202菌株のみが安定に生育し、安定した水素生産を行うことができることが確認された。水素生成量は、グリセロール濃度25g/lのときと大きな差は見られなかった。
【0133】
続いて、上記HU201菌株およびHU202菌株による発酵生産の結果生成したガス以外の生産物を、5日間培養後の原料液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC : High Performance Liquid Chromatography;JASCO Gulliver series UV-910&PU-980, JASCO)に供することによって分析した。分析条件は表8に示すとおりである。なお、残存グリセロールは、生産物の分析と同様、高速液体クロマトグラフィーを用いて、培養開始時と最終日におけるグリセロールの差から導き出した。
【0134】
【表8】

【0135】
結果を図15に示した。図15(a)は、上記HU201菌株による発酵生産後の残存グリセロールおよびガス以外の最終生産物の変化を示すものであり、図15(b)は、上記HU202菌株による発酵生産後の残存グリセロールおよびガス以外の最終生産物の変化を示すものである。図15中、「残存Glycerol」は5日間培養後の残存グリセロール量を示し、「13−PD」は1,3−プロパンジオールを、「Ethanol」はエタノールを、「Lactate」は乳酸を、「Acetate」は酢酸を表している。
【0136】
図14、15より、上記HU201菌株、HU202菌株のいずれもが、50g/lという高濃度のグリセロール存在下でも生育でき、目的産物である水素およびエタノールを生産していることが明らかとなった。
【0137】
図14、15に示すように、上記HU201菌株およびHU202菌株は、ともにグリセロールを約20g/l消費(つまり資化)し、水素を約35mmol/l生成した。また、上記HU201菌株はエタノールを約80mmol/l、HU202菌株は約50mmol/l生成した。この実験において、バイオディーゼル廃液に含まれている塩などの培養阻害物質の影響は見られなかった。
【0138】
コスト面、発酵後の処理の手間を少なくすることなどの実用性を考えた場合、バイオディーゼル廃液は、できるだけ添加物を加えず、しかもできるだけ希釈せずに発酵に供することが望ましい。本発明に係る菌株によれば、50g/lという高濃度でグリセロールを含有する原料液を資化することができた。よって、本発明に係る菌株によれば、バイオディーゼル廃液の効率的な利用を行うことができる。
【0139】
<実施例3:エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株が生育可能なグリセロール濃度の検討>
表7に示すバイオディーゼル廃液の濃度をさらに上げ、上記HU201菌株およびHU202菌株が生育可能な最大グリセロール濃度を検討した。試験管に、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたもの8mlに、グリセロール濃度が原料液に対して50、60,70,80,90g/lとなるようにリン酸バッファーで希釈したバイオディーゼル廃液を加えて原料液を調製し、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の1白金耳を1mlリン酸バッファーに懸濁した液を1mlそれぞれ接種し、pHをリン酸バッファーによって7.0に調整し、37℃、5日間暗所にて静置培養を行った。5日間培養後の水素生成量を、実施例1と同様にガスクロマトグラフィーを用いて測定した。
【0140】
図16は、上記HU201菌株およびHU202菌株が生育可能なグリセロール濃度を検討した結果を示すものである。図16より、上記HU201菌株およびHU202菌株が生育できる最大グリセロール濃度は、共に75g/l付近(約75,000ppm)であると考えられる。これは表7に示すバイオディーゼル廃液を約5〜6倍希釈したものに相当する。上述のように、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU101株で処理するためには、バイオディーゼル廃液を40倍近く希釈しなければならないことに鑑みると、本発明に係る菌株は、上記HU101株に比べて非常に高度なグリセロール資化力を有することが分かる。
【0141】
<実施例4:流加培養実験>
これまでは、培養開始時の減量液のpHを7.0に調整し、試験管内で回分培養を行ってきたが、発酵に伴って産生される有機酸の影響によって原料液のpHが低下すると、図15に示すようにグリセロールの消費が停止する。
【0142】
そこで、次に、リアクターを用い、原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHを6.75〜7.0に保ちながら、発酵工程を行った。リアクターの概略は図11に示すとおりである。
【0143】
上記リアクターに、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたもの500mlに、グリセロール濃度が原料液に対して40g/lとなるようにリン酸バッファーで希釈した炭素源(表7に示すバイオディーゼル廃液)を加えて原料液を調製し、同一培地で前もって2日間前培養したエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の培養液50mlをそれぞれ接種し、pHを5N水酸化ナトリウムの水溶液によって7.0に調整し、37℃、5日間暗所にて静置培養を行った。原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHが6.75未満になった場合、水酸化ナトリウムの水溶液(濃度5N)をリアクター内に添加することにより、原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHを6.75〜7.0に保った。
【0144】
なお、「原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液」とは、まだ発酵が開始されていない原料液、発酵途中の、原料液および発酵によって得られた発酵液の混合物、発酵が完了した後の発酵液のいずれもが含まれる。
【0145】
図17(a)は、上記HU201菌株を用い、半回分培養(流加培養)による発酵生産後の残存グリセロールおよび最終生産物の変化を示すものであり、図17(b)は、上記HU202菌株を用い、半回分培養(流加培養)による発酵生産後の残存グリセロールおよび最終生産物の変化を示すものである。
【0146】
図17(a)および(b)に示すように、pHを7付近に保持することにより全てのグリセロールを消費させることができた。またpHを7付近に保持することによって、1,3−プロパンジオールの生産量を、回分培養の場合に比べ、約1/8に抑えることが出来た。そしてエタノール生産量も2倍近く向上させることができた。
【0147】
<実施例5:CSLの添加>
試験管に、表1に示す合成培地からグリセロールを除いたもの8mlに、グリセロール濃度が原料液に対して90g/lとなるようにリン酸バッファーで希釈したバイオディーゼル廃液を加えて原料液を調製し、当該原料液に、CSL(ヤエガキ醗酵技研(株)より提供)を0.1ml、0.4ml,0.7mlまたは1.0ml加えた。次に、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株またはエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の1白金耳をリン酸バッファー1mlに懸濁した液1mlを接種しpHをリン酸バッファーによって7.0に調整した。37℃、5日間暗所にて静置培養を行った後の水素生成量を、実施例1と同様にガスクロマトグラフィーを用いて測定した。
【0148】
図18は、CSLの添加量と水素生成量との関係を示すグラフである。図18において、白抜きの四角形のシンボルはHU201を、黒い三角形のシンボルはHU202を用いた場合の結果を表している。図16に示すように、CSLを添加しない場合は、上記HU201菌株およびHU202菌株が生育できる最大のグリセロール濃度は75g/l付近であったが、CSLを添加することによって、90g/lという、非常に高濃度のグリセロール存在下であっても安定に生育し、水素を生産することができることが分かった。特に、CSLの添加量が0.4mlまでの範囲においては、30mmol/l以上の水素を生成した。
【産業上の利用可能性】
【0149】
本発明に係る菌株は、非常に高濃度のグリセロール存在下でも安定に生育し、水素およびエタノールを生産することができるため、バイオディーゼル廃液の有効利用に資することができる。したがって、本発明は、食品工業、化学工業、エネルギー産業等広範な産業において廃水、廃液処理の工程として利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0150】
【図1】図1(a)は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株の形態を撮影した写真であり、図1(b)はエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株の形態を撮影した写真である。
【図2】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株の比増殖速度を解析した結果を示すものである。
【図3】図2に示す結果を基に、対数増殖期におけるOD値の対数を取りプロットした結果を示すものである。
【図4】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU201菌株の1498塩基配列中1番目〜540番目の配列に関する結果を示すものである。
【図5】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU201菌株の1498塩基配列中541番目〜1080番目の配列に関する結果を示すものである。
【図6】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU201菌株の1498塩基配列中1081番目〜1498番目の配列に関する結果を示すものである。
【図7】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU202菌株の1481塩基配列中20番目〜559番目の配列に関する結果を示すものである。
【図8】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU202菌株の1481塩基配列中560番目〜1099番目の配列に関する結果を示すものである。
【図9】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株とklebsiella pneumoniaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列を対比した結果のうち、上記HU202菌株の1481塩基配列中1100番目〜1481番目の配列に関する結果を示すものである。
【図10】エンテロバクター(Enterobacter)属細菌のグリセロールの代謝経路を示す模式図である。
【図11】半回分培養を行なうための培養装置の模式図である。
【図12】連続培養を行なうための連続培養装置の模式図である。
【図13】(a)は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株を用い、3種類の炭素源を発酵させた場合の水素生成量を示すものである。(b)は、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株を用い、3種類の炭素源を発酵させた場合の水素生成量を示すものである。
【図14】原料液のグリセロール濃度を50g/lとした場合における、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株による水素生産量を示すものである。
【図15】(a)は、上記HU201菌株による発酵生産後の残存グリセロールおよびガス以外の最終生産物の変化を示すものであり、(b)は、上記HU202菌株による発酵生産後の残存グリセロールおよびガス以外の最終生産物の変化を示すものである。
【図16】エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株およびHU202菌株が生育可能なグリセロール濃度を検討した結果を示すものである。
【図17】(a)は、上記HU201菌株を用い、流加培養による発酵生産後の残存グリセロールおよび最終生産物の変化を示すものであり、(b)は、上記HU202菌株を用い、流加培養による発酵生産後の残存グリセロールおよび最終生産物の変化を示すものである。
【図18】CSLの添加量と水素生成量との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0151】
1 連続培養装置
2 発酵槽
3 恒温ジャケット
3a 恒温水流出孔
3b 恒温水流入孔
3c 恒温水槽
4 細菌固定化多孔質担体
5 原料液流入孔
6 発酵液流出孔
7 原料液タンク
8 ポンプ
9 排気口
10 ガス回収槽
11 半回分培養装置
12 発酵槽
13 アルカリ液貯留槽
14 アルカリ液流入孔
15 サンプリング孔
16 pH測定装置
17 電極
18 ポンプ
19 排気口
20 発酵液
21 コンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU201菌株。
【請求項2】
エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)HU202菌株。
【請求項3】
油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含み、グリセロール濃度が50g/lである原料液中のグリセロールを15g/l以上資化できることを特徴とする請求項1または2に記載の菌株。
【請求項4】
請求項1に記載の菌株および/または請求項2に記載の菌株を含有することを特徴とするグリセロール資化剤。
【請求項5】
原料液として、油脂をメチルエステル化して得られる生成物からメチルエステルを除去して得られるバイオディーゼル廃液を含むものを用い、上記原料液を、請求項1に記載の菌株および/または請求項2に記載の菌株によって発酵させる発酵工程を含むことを特徴とする水素およびエタノールの製造方法。
【請求項6】
上記原料液がコーンスティープリカーを含有することを特徴とする請求項5に記載の水素およびエタノールの製造方法。
【請求項7】
上記原料液のグリセロール濃度が20g/lを超えることを特徴とする請求項5または6に記載の水素およびエタノールの製造方法。
【請求項8】
上記発酵工程において、原料液および/または上記発酵によって得られた発酵液のpHを6.5以上7.5以下に保持することを特徴とする請求項5から7のいずれか1項に記載の水素およびエタノールの製造方法。
【請求項9】
請求項5から8のいずれか1項に記載の水素およびエタノールの製造方法を行うためのキットであって、請求項1に記載の菌株および/または請求項2に記載の菌株、並びに上記菌株を培養可能な培地が含まれることを特徴とするキット。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−183162(P2009−183162A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−24018(P2008−24018)
【出願日】平成20年2月4日(2008.2.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年8月2日 社団法人 日本生物工学会発行の「第59回日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】