説明

新規微生物、および新規カロテノイドの製造方法

【課題】アスタキサンチン・ジグルコシドおよび新規カロテノイドであるアドニキサンチン・ジグルコシドを生産する細菌の提供を課題とする。
【解決手段】カロテノイドを生産する微生物を海洋より分離した。この微生物は、アルファ・プロテオバクテリア綱のパラコッカス属に分類される新種の細菌であり、NBRC 100637株と命名した。この新種細菌の作るカロテノイドを単離し、その構造を決定することにより、アスタキサンチン・ジグルコシドおよび新規カロテノイドであるアドニキサンチン・ジグルコシドをカロテノイドを生産することを発見し、本発明を完成させた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラコッカス属に属する新規な微生物、及びそれを用いて天然カロテノイドのアスタキサンチン・ジグルコシド、またはアドニキサンチン・ジグルコシドを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アスタキサンチン、アドニキサンチンは、微生物のみならず、植物や動物に広く存在する天然カロテノイドである。これらは橙色の色素であり、また抗酸化作用を持つことから、養殖魚類の色調改善剤、鶏卵の卵黄色の改善剤、化粧品原料、食品添加剤、健康食品原料、ガンや老化の防止剤として広く利用されている。天然アスタキサンチンは、藻類(ヘマトコッカス)、オキアミ、ザリガニやズワイガニの殻から抽出されているが、安定した原料供給に問題があった。そこで、微細藻類、酵母、細菌あるいはそれらの遺伝子組換え体を用いて、アスタキサンチン、アドニキサンチン及びその配糖体を製造する試みがなされてきた。
【0003】
アスタキサンチンやアドニキサンチンは強い脂溶性の化合物であり、ヒトの食品として用いる場合、あるいは、魚や鶏の飼料として用いる場合等の経口摂取では利用度が低い。また、水に不溶性で、食品添加物としての利用も限られていた。このため、水への溶解度を上昇させるため、これらの化合物の配糖体の製造が提案されているが、アドニキサンチンに二つの糖がついた化合物(アドニキサンチン・ジグルコシド)は今までに報告されていなかった。
【0004】
カロテノイドは、強い抗酸化作用を持つ赤橙色の天然色素である。特に、強い抗酸化作用を持つアスタキサンチンは、藻、酵母、細菌等によって生産されるが、これらの微生物を摂食する魚類、甲殻類は、アスタキサンチンを体内に蓄積し、体色が赤橙色になるものがある。よって、合成アスタキサンチンあるいはアスタキサンチンを生産する微生物を用いて、養殖魚を色揚げする技術が実用化されている。
【0005】
アスタキサンチンをはじめとするカロテノイドは、その強力な抗酸化作用で注目されるようになり、健康補助食品に添加されるようになってきた。
このような状況下、カロテノイドの微生物による生産方法の開発も活発に行われてきた。例えば、緑藻であるHaematococcus pluvialisの大量培養による、アスタキサンチンの生産が行われている。生産法については、多くの研究が実施されている。その例の一つとして、Rioらの論文を挙げることができる(非特許文献1)。
【0006】
酵母であるPhaffia rhodozyma(現在Xanthophyllomyces dendrorhousと再命名されている)はアスタキサンチンを生産するが、この株についても、生産性の向上が図られている。その例の一つとして、Domiguez-Bocanegra等の論文を挙げることができる(非特許文献2)。
【0007】
アスタキサンチンを生産する細菌が知られているが、その多くは、パラコッカス属に分類される。例えば、特許公開平7−184668号(特許文献1)に記載されているアグロバクテリウムN-81106株は、パラコッカス属に再分類され、MBIC 01143株として分譲されている(http://seasquirt.mbio.co.jp/mbic/)。
【0008】
高極性のカロテノイドを製造する技術として、組換え体によるカロテノイド配糖体の生産に関する発明がなされている。三沢らは、ゼアキサンチングルコシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子、crtX(非特許文献3)を、アスタキサンチンを作る大腸菌に導入し発現させると、アスタキサンチン・モノグルコシド、アスタキサンチン・ジグルコシド、アドニキサンチン・モノグルコシドを合成することを示した(特許文献2)。しかし、この方法ではカロテノイド生産量が少なく、またカロテノイド配糖体の割合も少なかった。更に、アドニキサンチン・ジグルコシドの生産には成功していない。
【0009】
【特許文献1】特許公開平7−184668号
【特許文献2】特許公開平10−327865号
【特許文献3】特許第3429563号
【非特許文献1】Rio ED, Acien FG, Garcia-Malea MC, Rivas J, Molina-Grima E, Guerrero MG. (2005) Efficient one-step production of astaxanthin by the microalga Haematococcus pluvialis in continuous culture. Biotechnol. Bioeng. 91:808-815.
【非特許文献2】Domiguez-Bocanegra AR, Torres-Munoz JA. (2004) Astaxanthin hyperproduction by Phaffia rhodozyma (now Xanthophyllomyces dendrorhous) with raw coconut milk as sole source of energy. Appl. Microbiol. Biotechnol. 66:249-252.
【非特許文献3】Misawa N, Nakagawa M, Kobayashi K, Yamano S, Izawa Y, Nakamura K, Harashima K. (1990) Elucidation of the Erwinia uredovora carotenoid biosynthetic pathway by functional analysis of gene products expressed in Escherichia coli. J. Bacteriol. 172:6704-6712.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、簡便かつ効率的にアスタキサンチン・ジグルコシドまたはアドニキサンチン・ジグルコシドを製造可能な方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、東京湾にて新種のパラコッカス属の海洋性細菌(NBRC 100637株)を採取することに成功した。この細菌は、新規カロテノイドであるアドニキサンチン・ジグルコシドを産生することが見出された。即ち、本発明者によって初めて発見された新種の細菌を用いることにより、新規カロテノイドのアドニキサンチン・ジグルコシドを効率的に製造することが可能である。
【0012】
上述の如く本発明者は、アドニキサンチン・ジグルコシドを産生する新規細菌を見出すことに成功し、本発明を完成させた。
なお特許文献3において、坪倉章らは、カロテノイドを生産する菌を分離しているが、この特許文献における菌は運動性を持つものであり、本発明の運動性を持たないパラコッカス属のNBRC 100637株とは異なる。
【0013】
本発明は、新規カロテノイドであるアドニキサンチン・ジグルコシドを産生するパラコッカス属細菌、および該細菌を用いた新規カロテノイドの製造方法に関し、本発明の好ましい態様においては、パラコッカス属に属するアスタキサンチン配糖体及びアドニキサンチン配糖体生産菌(NBRC 100637株あるいはそれと同種の株)を培養し、菌体中にアスタキサンチン配糖体及びアドニキサンチン配糖体を蓄積させたのち、菌体を分離し、分離した菌体から溶媒抽出処理によりアスタキサンチン配糖体及びアドニキサンチン配糖体を回収することを特徴とするアスタキサンチン配糖体及びアドニキサンチン配糖体の製造方法を提供するものである。さらに具体的には、本発明は、
〔1〕 アドニキサンチン・ジグルコシドを生産するパラコッカス属であることを特徴とする細菌、
〔2〕 独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門(NBRC)に、保存番号NBRC100637として寄託されたパラコッカス属細菌、
〔3〕 パラコッカス属細菌であって、以下の(a)および/または(b)の特徴を有する細菌、
(a)〔2〕に記載の細菌のゲノムDNAと、70%以上の相同性のゲノムDNAを有する
(b)〔2〕に記載の細菌の16S rRNA遺伝子と97%以上の相同性の16S rRNA遺伝子を有する
〔4〕 アドニキサンチン・ジグルコシドを生産することを特徴とする、〔3〕に記載の細菌、
〔5〕 下記の式(I)で示されるアドニキサンチン・ジグルコシド、
【化2】

〔6〕 アスタキサンチン・ジグルコシド、ゼアキサンチン・ジグルコシド、カンタキサンチン、エキネノン、ゼアキサンチン、ベータ・クリプトキサンチンおよびベータ・カロテンからなる群より選択される少なくとも1種の化合物と、〔5〕に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドとを含有する組成物、
〔7〕 〔5〕に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドの誘導体、
〔8〕 以下の工程(a)および(b)によって取得される、菌体抽出物、
(a)〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程、
(b)培養された菌体から溶媒抽出処理を行う工程
〔9〕 〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、カロテノイドの製造方法、
〔10〕 〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、〔5〕に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドの製造方法、
〔11〕 〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載されたパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、〔6〕に記載の組成物の製造方法、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、新規カロテノイドを産生するパラコッカス属細菌が提供された。この細菌(NBRC 100637)を培養することにより、アスタキサンチン・ジグルコシドおよび新規な化合物であるアドニキサンチン・ジグルコシドの混合物を得ることができる。必要に応じて、この混合物より、アスタキサンチン・ジグルコシドまたはアドニキサンチン・ジグルコシドを分離・精製することが可能である。
【0015】
一般に、脂溶性が高い化合物は、食品等への応用の範囲が限られ、また、体内への吸収性があまり高くないことが知られている。このような脂溶性化合物を配糖体化することにより、応用の範囲を広げ、体内吸収を高めることは、しばしば試みられている。たとえば、ケルセチンは強い抗酸化活性を持つ化合物であるが、脂溶性が高く、健康食品やサプリメントとしての利用が困難であった。そこで、(株)サントリー健康科学研究所では、ケルセチンにグルコースを1〜8個結合させた配糖体混合物を酵素反応によって合成し、ケルセチンとその配糖体との体内吸収をラットを用いて調べた。ケルセチンに比べケルセチン配糖体は、極性が増加するとともに、体内吸収も顕著に向上していた。(小野佳子ほか「ケルセチン配糖体の経口吸収性と血中抗酸化活性に対する上昇効果」第59回日本栄養・食糧学会大会、2005年5月14〜15日)。本発明で得られるカロテノイド配糖体は、アスタキサンチンやアドニキサンチンより極性が高いので、より広い範囲の応用が期待される。
【0016】
アスタキサンチンあるいはアドニキサンチンを出発材料として、アスタキサンチン・ジグルコシドあるいはアドニキサンチン・ジグルコシドを化学的に合成することも可能であろう。しかし、化学的なグリコシル化反応の可否は、糖受容体および糖の種類に大きく依存し、採算にあった化学的合成が可能かを予測することは現在困難である。一方、本発明で提供される新規カロテノイドを産生するパラコッカス属細菌では、生産するカロテノイドの90%あるいはそれ以上が配糖体であり、工業生産によるカロテノイド配糖体の合成が十分に可能であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、アドニキサンチン配糖体(ジグルコシド)を生産するパラコッカス属に属する細菌(微生物)を提供する。
【0018】
本発明の細菌の具体例としては、本発明者によって発見されNBRC 100637株と命名されたパラコッカス属細菌を好適に示すことができる。この細菌は、生物遺伝資源保存機関である独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部 生物遺伝資源部門(NBRC)に、保存番号NBRC 100637として寄託されている。本菌株は、前記保存番号をもとに前記寄託機関より入手することが可能である。
【0019】
上記NBRC 100637株は、新規化合物であるアドニキサンチン・ジグルコシドを産生するという特徴を有する。
【0020】
上記パラコッカス属細菌(NBRC 100637株)の、16S rRNA遺伝子の部分配列を配列番号:1に示す。この配列は、日本DNAデータバンク (DDBJ)に登録されている(acession number AB185957)。
【0021】
本発明者は、本発明の細菌(NBRC 100637株)の16S rRNA遺伝子配列と、他のパラコッカス属の16S rRNA遺伝子配列を比較し、それらの系統関係を調べるために、分子系統樹を作成した。分子系統樹は、近隣結合法(Saitou, N. & Nei, M.(1987). The neigh-joining method: a new method for reconstructing phylogenetic trees. Mol. Biol. Evol. 4, 406-425.)を用いた。この系統樹から、最も近縁の種は、パラコッカス・アミノフィルス(Paracoccus aminophilus)であることが明らかになった。NBRC 100637の16S rRNA遺伝子配列とパラコッカス・アミノフィルスの16S rRNA遺伝子配列との一致度は96%であり、NBRC 100639はパラコッカス属の新種であると考えられる。
【0022】
本発明の細菌(NBRC 100637株)のDNAとパラコッカス・アミノフィルスのDNAの類似度を、Ezaki等の方法(Ezaki, T., Hashimoto, Y., & Yabuuchi, E. (1989). Fluorometric deoxyribonucleic acid-deoxyribonucleic acid hybridization in microdilution wells as an alternative to membrane filter hybridization in which radioisotopes are used to determine genetic relatedness among bacterial strains. Int. J. Syst. Bacteriol. 39, 224-229.)によるDNA相同性試験(DNA-DNAバイブリダイゼーション)を用いて推定した。本発明の微生物(NBRC 100637)のDNAとパラコッカス・アミノフィルスのDNAの類似度は10%あるいはそれ以下であった。DNAの類似度が70%以下であれば別種と定義されているので、本発明の微生物(NBRC 100637)は、最も近縁のパラコッカス・アミノフィルスと別種であることが示された。
【0023】
本発明のNBRC100637株の詳しい性状等については、後述の実施例に記載する。
【0024】
本発明の細菌は、上記NBRC100637株に限定されず、該細菌と近縁のパラコッカス属細菌が含まれる。本発明において上記「近縁の細菌」とは、例えば、以下の(a)および/または(b)の特徴を示す細菌が挙げられる。
(a)NBRC100637株のゲノムDNAと、70%以上の相同性のゲノムDNAを有する
(b)NBRC100637株の16S rRNA遺伝子と97%以上の相同性の16S rRNA遺伝子を有する
【0025】
上記(a)の相同性は、通常、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%もしくは99%以上である。
上記(b)の相同性は、通常、97%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上である。
【0026】
本発明の上記細菌は、好ましくは、アドニキサンチン・ジグルコシドを産生する特徴を有するパラコッカス細菌である。
【0027】
任意の細菌について、アドニキサンチン・ジグルコシドを産生するか否かについては、例えば、後述の実施例に示す方法にて適宜評価することができる。即ち、当業者であれば、本明細書において開示された情報、例えば、上記(a)または(b)の特徴や、アドニキサンチン・ジグルコシド産生の有無等に基いて、任意の細菌から本発明のパラコッカス細菌を適宜選択することが可能である。
【0028】
また本発明は、本発明の細菌NBRC 100637株から見出された化合物であるアドニキサンチン・ジグルコシドを提供する。
【0029】
本発明者は、本発明の微生物(NBRC 100637)を、マリンブロース(Difco社製品)で培養して得られた菌体を、メタノールで抽出し、逆相 (C18) のカラムを装着した高速液体クロマトグラフィーで分離した。このようにして得た色素は高速液体クロマトグラムの挙動や吸収スペクトルから、アスタキサンチンに類似した複数の化合物からなっていると予想された。
【0030】
これらの化合物を、シリカゲル薄層クロマトグラフィーと逆相 (C18) のカラムを装着した高速液体クロマトグラフィーによって精製し、生成物を、3H-および13C-NMRによって分析した。その結果、色素の主成分はアドニキサンチン・ジグルコシドであることが明らかになった。アドニキサンチン・ジグルコシドは、新規な化合物である。
【0031】
即ち本発明は、下記の式(I)で示される、アドニキサンチン・ジグルコシドを提供する。
【0032】
【化3】

(3S,3'R)-3,3'-di(β-D-glucopyranosyloxy)- β, β-caroten-4-one
【0033】
強い脂溶性の化合物であるアドニキサンチンと比較して、本発明のアドニキサンチン・ジグルコシドは高い極性を有する化合物である。
【0034】
本発明の上記化合物は不斉炭素原子を有する。本願明細書中においては、化合物の構造式が便宜上一定の異性体を表すことがあるが、本発明には化合物の構造上生ずる総ての幾何異性体、不斉炭素に基づく光学異性体、立体異性体、互変異性体等の異性体および異性体混合物を含み、便宜上の式の記載に限定されるものではなく、いずれか一方の異性体でも混合物でもよい。従って、分子内に不斉炭素原子を有し光学活性体およびラセミ体が存在することがあり得るが、本発明においては特に限定されず、いずれの場合も含まれる。さらに結晶多形が存在することもあるが同様に限定されず、いずれかの結晶形単一または混合物であってもよい。さらに、本発明に係る化合物は、ある種の溶媒を吸収した溶媒和物を包含する。またさらに、本発明にかかる化合物が生体内で分解されて生じる、いわゆる代謝物も本発明の特許請求の範囲に包含される。
【0035】
また、上記化合物の誘導体であって、アドニキサンチン・ジグルコシドが有する活性と同等の活性を保持している化合物もまた、本発明に含まれる。
【0036】
本発明は、アドニキサンチン・ジグルコシドの誘導体を提供する。該誘導体としては、例えば、アドニキサンチン・ジグルコシドを原材料として作られる誘導体(例えば、グルコース残基にさらに他の糖を付加しオリゴ糖鎖とする)を挙げることができる。
【0037】
さらに本発明は、アドニキサンチン・ジグルコシドと、その他のカロテノイドとを含有する組成物(混合物)を提供する。該組成物の好ましい態様としては、本発明のアドニキサンチン・ジグルコシドと、例えば以下のカロテノイドの中から少なくとも1種のカロテノイドとを含有する組成物である。
(a)アスタキサンチン・ジグルコシド、(b)ゼアキサンチン・ジグルコシド(zeaxanthin diglucoside)、(c)カンタキサンチン(canthaxanthin)、(d)エキネノン(echinenone)、(e)ゼアキサンチン(zeaxanthin)、(f)ベータ・クリプトキサンチン(β-cryptoxanthin)、(g)ベータ・カロテン(β-carotene)
【0038】
また本発明は、本発明のパラコッカス属細菌を培養することを特徴とする、カロテノイド(例えば、アドニキサンチン・ジグルコシド)の製造方法を提供する。
【0039】
本発明のパラコッカス属細菌を培養することにより、アドニキサンチン・ジグルコシド、あるいは、その他のカロテノイドとの混合物を取得することが可能である。
【0040】
本発明の方法は、例えば、本発明のパラコッカス属細菌(例えば、NBRC 100637株)を培養し、菌体中にアスタキサンチン・ジグルコシド、および/またはアドニキサンチン・ジグルコシドを蓄積させたのち、菌体を分離し、分離した菌体から溶媒抽出処理によりアスタキサンチン・ジグルコシド、および/またはアドニキサンチン・ジグルコシドを回収する。
【0041】
本発明の上記方法は、(a)本発明のパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、製造方法である。該方法は、必要に応じて(b)培養した菌体よりアドニキサンチン・ジグルコシドを含むカロテノイドを回収する工程を含む方法である。
【0042】
以下の工程(a)および(b)によって取得される、菌体抽出物もまた、本発明に含まれる。該抽出物には、アドニキサンチン・ジグルコシドが含まれる。
(a)本発明のパラコッカス属細菌を培養する工程、
(b)培養された菌体から溶媒抽出処理を行う工程
【0043】
菌体抽出物を取得するには、例えば、後述の実施例に記載された方法、もしくは該方法を適宜改変した方法によって実施することが可能である。
【0044】
上述の複数の種類のカロテノイド混合物、もしくは菌体抽出物の中から、所望のカロテノイドを分離・精製することも可能である。例えば、一般的なクロマトグラフィー(例えば薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、等)を用いることにより分離・精製することが可能である。
【0045】
本発明の細菌(微生物)を培養するための培地は、その細菌が増殖しうるものであれば特に制限はない。例えば、炭素源としては上記微生物が利用可能な任意の炭素源を使用することができる。具体的には、グルコース、フルクトース、シュクロース、デキストリンなどの糖類、ソルビトール、グリセロールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸類およびその塩類、パラフィンなどの炭化水素類、トルエン、クレゾール、安息香酸などあるいはこれらの混合物を使用することができる。
【0046】
窒素源としては例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウムなどの無機酸のアンモニウム塩、フマル酸アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの有機酸のアンモニウム塩、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、尿素、などの無機有機含窒素化合物、あるいはこれらの混合物を使用することができる。他に無機塩、微量金属塩、ビタミン類など、通常の培養に用いられる栄養源を適宜混合して用いることができる。また、細菌の増殖を促進する因子、本発明のアドニキサンチン配糖体の生成能力を高める因子、あるいは培地のpH保持に有効なCaCO3などの物質を必要に応じて添加することができる。
【0047】
培養方法としては、例えば、培地pHは5〜9、好ましくは6〜8、培養温度は16〜30℃、好ましくは20〜25℃で、嫌気的あるいは好気的に、その微生物の生育に適した条件下1〜240時間、好ましくは12〜72時間程度培養する。
【0048】
本発明に係る化合物の精製は、抽出、濃縮、留去、結晶化、ろ過、再結晶、各種クロマトグラフィーなどの通常の化学操作を適用して行うことができる。
【0049】
本発明の化合物は、抗酸化作用を有し、養殖魚類の色調改善剤、鶏卵の卵黄色の改善剤、化粧品原料、食品添加剤、健康食品原料、ガンや老化の防止剤として有用である。従って本発明は、本発明の化合物を有効成分とする抗酸化剤、色調改善剤、卵黄色改善剤、化粧剤、食品添加剤、健康食品用薬剤、または、癌もしくは老化防止剤に関する。
【0050】
本発明の化合物は、慣用されている方法により錠剤、丸剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、粉剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、眼軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤、液剤、乳剤、懸濁剤、注射剤等として製剤化することができる。
【0051】
製剤化には通常用いられる賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要に応じて安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調製剤、防腐剤、抗酸化剤などを使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して常法により製剤化される。
【0052】
例えば経口製剤を製造するには、本発明にかかる化合物と賦形剤、さらに必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤などを加えた後、常法により散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤等とする。これらの成分としては例えば、大豆油、牛脂、合成グリセライド等の動植物油; 流動パラフィン、スクワラン、固形パラフィン等の炭化水素; ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル等のエステル油; セトステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等の高級アルコール; シリコン樹脂; シリコン油; ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー等の界面活性剤; ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース等の水溶性高分子; エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール; グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ソルビトールなどの多価アルコール;グルコース、ショ糖等の糖; 無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、ケイ酸アルミニウム等の無機粉体、精製水等があげられる。
【0053】
賦形剤としては、例えば乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビット、結晶セルロース、二酸化ケイ素、デンプン、果糖、ソルビトール、カオリン、カルメロース、キシリトール、軽質無水ケイ酸、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストリン、ポピドン等が、結合剤としては、例えばポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール・ポリオキシエチレン・ブロックポリマー、メグルミン等が、崩壊剤としては、例えば澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、デキストラン、ペクチン、カルボキシメチルセルロース・カルシウム等が、滑沢剤としては、例えばステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、マクロゴール、含水二酸化ケイ素、ショ糖脂肪酸エステル等が、矯味矯臭剤としては、ココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、竜脳、桂皮末、エリスリトール、キシリトール、クエン酸、マルチトール、ステビア、ソーマチン等が用いられる。これらの錠剤・顆粒剤には糖衣、その他必要に応じて適宜コーティングしてもよい。糖衣剤としては、アラビアゴム末、酸化チタン、ゼラチン、タルク、沈降炭酸カルシウム、白糖等が、コーティング剤としては、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、メタアクリル酸コポリマー等が用いられる。また、シロップ剤や注射用製剤等の液剤を製造する際には、本発明にかかる化合物にpH調整剤、溶解剤、等張化剤などと、必要に応じて溶解補助剤、安定化剤などを加えて、常法により製剤化する。注射剤を調製する場合、必要に応じて、pH調製剤、緩衝剤、安定化剤、保存剤等を添加し、常法により、皮下、筋肉内、静脈内注射剤とする。注射剤は、溶液を容器に収納後、凍結乾燥等によって、固形製剤として、用時調製の製剤としてもよい。また、一投与量を容器に収納してもよく、また、投与量を同一の容器に収納してもよい。
【0054】
製剤化にあたり使用する基剤原料としては、医薬品、医薬部外品、化粧品等に通常使用される各種原料を用いることが可能である。使用する基剤原料として具体的には、例えば動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料が挙げられ、さらに必要に応じて、pH調整剤、抗酸化剤、キレート剤、防腐防黴剤、着色料、香料等を添加することができる。また必要に応じて分化誘導作用を有する成分、血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤等の成分を配合することもできる。
【0055】
本発明にかかる化合物またはそれらの水和物を投与する場合、その形態は特に限定されず、通常用いられる方法により経口投与でも非経口投与でもよい。例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、眼軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤などの剤として製剤化し、投与することができる。本発明の薬剤の投与量は、投与対象の年齢、性別、体重、投与形態、疾患(癌など)の具体的な種類等に応じて適宜選ぶことができる。
【実施例】
【0056】
以下実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されない。
【0057】
〔実施例1〕
パラコッカス属の微生物(NBRC 100637)を、マリンブロース(Difco社製品)を用いて、20℃で3日間、振とう培養を行った。培養液を遠心分離して、微生物体を沈殿物として分離した。次に、微生物体の持つ色素を、メタノールで数回にわたって抽出した。この抽出物を、クロロホルムと水の混合液に加え、クロロホルム層を回収、真空下でクロロホルムを蒸発させ、抽出物を乾固させた。この抽出物を、逆相 (C18: Waters μBondapak) のカラムを装着した高速液体クロマトグラフィーによって分離した。溶出には、メタノール/水(9:1)あるいは100%メタノールを使用した。抽出物の90%以上を占める主要なピークと、それ以外の量の少ない複数のピークが検出された。主要なピークは、高速液体クロマトグラフィーの保持時間(retention time)及び紫外・可視吸収スペクトルより、新規なカロテノイドであると予想された。一方、それ以外のピークは、保持時間および紫外・可視吸収スペクトルより、アスタキサンチン・ジグルコシド、ゼアキサンチン・ジグルコシド(zeaxanthin diglucoside)、カンタキサンチン(canthaxanthin)、エキネノン(echinenone)、ゼアキサンチン(zeaxanthin)、ベータ・クリプトキサンチン(β-cryptoxanthin)およびベータ・カロテン(β-carotene)であると判断された。
【0058】
この主要なピークを集め、シリカゲル薄層クロマトグラフィー(展開液はメタノール)とC18薄層クロマトグラフィー[展開液はジクロロメタン/エチルアセテート/アセトン/メタノール(2:4:2:5)]で主要成分を分離し、最後に再度、逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて精製した。総ての操作は、弱光のもとで行った。
【0059】
精製された色素は、メタノール/水(9:1)の溶媒中で470 nm付近に広い吸収を示し、また、263 nmおよび300 nmに小さな吸収ピークを持っていた。JEOL JMS-HX/HX 100A質量分析計を用い、この色素のFAB-MSスペクトルの測定を行った。この際、m-ニトロベンジルアルコールをマトリックスとして用いた。測定された分子量(m/z 929.5020 [M+Na]+ 分子式 C52H74O13Naの分子量(計算値)は929.5028)より、この色素の分子式は、C52H74O13と推定された。
【0060】
1H NMR (500 MHz)および13C NMR (125 MHz) 測定は、Varian UNITY INOVA 500 spectrometer を用いて行った。色素はCD3OD に溶解し、TMS を内部標準として測定を行った。測定はVariantの標準的パルスプログラム(Version 6.1A)を用い、Gradient (g) 1H-1H COSY、 NOESY、ROESY、TOCSY、gHSQC (1JCH = 142 Hz)および gHMBC (nJCH optimized for 8 Hz)のスペクトルを得た(表1:パラコッカス属の微生物、NBRC 100637の作る主要な色素の1Hおよび13C-NMRスペクトル・データ)。
【0061】
【表1】

【0062】
上記質量分析およびNMR解析より、パラコッカス属細菌、NBRC 100637の作る主要な色素は、式(I)で示す新規化合物であるアドニキサンチン・ジグルコシドであることが明らかになった。
【0063】
〔実施例2〕
東京湾の海水を、濾過滅菌(ポァサイズ0.2μmのフィルターを使用)した海水で希釈し20℃で一週間培養した。濾過滅菌した海水には僅かに栄養が含まれており、その中で微生物は僅かに増殖し、その増殖を顕微鏡で確認できる。この培養物を、Difco社のマリン・アガー2216培地を、通常濃度の1/5に希釈し、1.5%寒天で固化したプレートに塗布し、多くの細菌のコロニーを得た。そのようにして得られた株の一つが、NBRC 100637株である。この株は、上述の16S rRNA遺伝子配列およびDNA相同性試験の結果から、パラコッカス属に分類される新種の細菌であると判断された。
【0064】
パラコッカス属の微生物、NBRC 100637株の、それ以外の特徴は以下の通りである。(a)グラム陰性、(b)運動性を持たない、(c)ゲノムDNAのG+C含量は64-67 mol%である、(d)至適増殖温度は20-25℃である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アドニキサンチン・ジグルコシドを生産するパラコッカス属であることを特徴とする細菌。
【請求項2】
独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門(NBRC)に、保存番号NBRC100637として寄託されたパラコッカス属細菌。
【請求項3】
パラコッカス属細菌であって、以下の(a)および/または(b)の特徴を有する細菌。
(a)請求項2に記載の細菌のゲノムDNAと、70%以上の相同性のゲノムDNAを有する
(b)請求項2に記載の細菌の16S rRNA遺伝子と97%以上の相同性の16S rRNA遺伝子を有する
【請求項4】
アドニキサンチン・ジグルコシドを生産することを特徴とする、請求項3に記載の細菌。
【請求項5】
下記の式(I)で示されるアドニキサンチン・ジグルコシド。
【化1】

【請求項6】
アスタキサンチン・ジグルコシド、ゼアキサンチン・ジグルコシド、カンタキサンチン、エキネノン、ゼアキサンチン、ベータ・クリプトキサンチンおよびベータ・カロテンからなる群より選択される少なくとも1種の化合物と、請求項5に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドとを含有する組成物。
【請求項7】
請求項5に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドの誘導体。
【請求項8】
以下の工程(a)および(b)によって取得される、菌体抽出物。
(a)請求項1〜4のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程、
(b)培養された菌体から溶媒抽出処理を行う工程
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、カロテノイドの製造方法。
【請求項10】
請求項1〜4のいずれかに記載のパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、請求項5に記載のアドニキサンチン・ジグルコシドの製造方法。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれかに記載されたパラコッカス属細菌を培養する工程を含む、請求項6に記載の組成物の製造方法。

【公開番号】特開2007−330105(P2007−330105A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−161867(P2006−161867)
【出願日】平成18年6月12日(2006.6.12)
【出願人】(301037213)独立行政法人製品評価技術基盤機構 (25)
【出願人】(803000034)学校法人日本医科大学 (37)
【Fターム(参考)】