説明

新規環状バクテリオシン

【課題】食品、特に浅漬などの漬物の賞味期間を延長できる新規な環状バクテリオシン、当該環状バクテリオシンを産生することができる新規乳酸菌、かかる乳酸菌を用いた環状バクテリオシンの製造方法と食品の製造方法を提供する。
【解決手段】新規な当該環状バクテリオシンは、(1)特定な配列からなるアミノ酸配列を有し、且つN末端のロイシンとC末端のトリプトファンが結合している環状ペプチド、または、(2)上記環状ペプチド(1)において、1または複数のアミノ酸が欠失、置換または付加されたものであり、且つ抗菌活性を有する環状ペプチドの何れかの構造を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌活性を有する新規な環状バクテリオシン、当該環状バクテリオシンを産生することができる新規乳酸菌、かかる乳酸菌を用いた環状バクテリオシンの製造方法と食品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
流通する食品製品には、通常、保存中または保管中における変質や腐敗を防ぐために、防腐剤などが添加されている。食品に用いられる防腐剤としては、例えば、安息香酸やパラオキシ安息香酸エステル類、ソルビン酸などが知られている。
【0003】
しかし近年、健康志向の高まりなどにより防腐剤への関心も高まっており、その害に関心が寄せられるようになっている。実際、防腐剤は微生物の増殖を妨げたり死滅させるものであるため、生体に対する害は完全に否定することができず、染色体異常を引き起こしたり発がん性が指摘されるなどにより使用が禁止されたものもある。
【0004】
よって、その使用目的に応じた選択性を有する化合物が求められている。即ち、食味を損なったり生体に害を及ぼす有害菌には強い抗菌活性を示す一方で、食味や栄養価を高める有益菌や過剰に増殖しなければ食品や生体に害を与えない菌には、過剰な増殖を抑制したり、その増殖速度を低減するといった程度の抗菌活性を示す化合物があれば、非常に有用である。
【0005】
そのような化合物として、バクテリオシンに注目が集まっている。バクテリオシンは、主にその生産菌の類縁菌に対して抗菌活性を示すペプチドであり、抗生物質などに比して耐性菌を誘導し難く、生体内で分解され易いため安全性に優れるものである。バクテリオシンの中でも乳酸菌であるLactococcus lactisが産生するナイシンは、50ヶ国以上で食品添加物として認められており、我が国でも平成21年3月に食品添加物として認可されている。しかし、添加すべき食品に応じた抗菌活性を有することが望ましいので、新規なバクテリオシンは常に求められている。
【0006】
上述したナイシンの他、乳酸菌が産生するバクテリオシンとしては、例えば、特許文献1〜10に開示されているものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2004/029082号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/033352号パンフレット
【特許文献3】特表平8−503140号公報
【特許文献4】特表平11−511648号公報
【特許文献5】特表2001−503970号公報
【特許文献6】特開平6−9690号公報
【特許文献7】特開平9−121874号公報
【特許文献8】特開2001−335597号公報
【特許文献9】特開2003−339377号公報
【特許文献10】特開2010−29130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、安全性に優れる食品添加物としての利用が期待されるバクテリオシンは、既に様々なものが知られている。しかし、汎用食品添加物であるパラオキシ安息香酸エステル類などに比べて抗菌スペクトルが比較的狭い分、様々な食品に適用するため、新たなバクテリオシンは常に求められている。
【0009】
そこで本発明は、食品、特に浅漬などの漬物の賞味期間を延長できる新規な環状バクテリオシン、当該環状バクテリオシンを産生することができる新規乳酸菌、かかる乳酸菌を用いた環状バクテリオシンの製造方法と食品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、浅漬の試作品の中に他の菌の増殖を阻害する乳酸菌が存在し、かかる乳酸菌が産生する抗菌物質が新規な環状バクテリオシンであることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
本発明に係る環状バクテリオシンは、下記(1)または(2)の何れかの構造を有することを特徴とする:
(1) 配列番号2のアミノ酸配列を有し、且つN末端のロイシンとC末端のトリプトファンが結合している環状ペプチド;
(2) 上記環状ペプチド(1)において、1または複数のアミノ酸が欠失、置換または付加されたものであり、且つ抗菌活性を有する環状ペプチド。
【0012】
本発明に係る環状バクテリオシンとしては、上記(1)の構造を有するものがより好ましい。また、当該環状バクテリオシン(1)の分子量は、6116±50である。
【0013】
本発明に係るバクテリオシンの製造方法は、上記環状バクテリオシンを製造するためのものであり、Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)を培養する工程;および、培養液から環状バクテリオシンを単離する工程を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明に係る食品の製造方法は、Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)を培養する工程;および、培養液に含まれる上記環状バクテリオシンを食品原料に添加する工程を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る新規乳酸菌は、Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)である。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る環状バクテリオシンは、食品、特に浅漬などの漬物の変敗菌の増殖を抑制することにより食品の食味、物性、外観などの品質を維持でき、賞味期間を延長することができ、無味無臭であり食品の味や香りに影響を与えず、さらに、消化酵素により容易に分解されるため安全性が高いといった利点を有する。また、本発明に係る新規乳酸菌を用いれば、このように高い効果を示す環状バクテリオシンを製造することができ、また、賞味期限が延長された食品を製造することができる。従って本発明は、近年における健康志向の高まりに応じた安全性を有しながらも、賞味期間が比較的長い食品の製造において、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明に係る乳酸菌の培養液に含まれる環状バクテリオシンのプロテアーゼ感受性を試験した結果を示す写真である。
【図2】図2は、本発明に係る乳酸菌の培養液に含まれる環状バクテリオシンのpH安定性を試験した結果を示すグラフである。
【図3】図3は、本発明に係る乳酸菌の培養液に含まれる環状バクテリオシンの熱安定性を試験した結果を示すグラフである。
【図4】図4は、本発明に係る環状バクテリオシンの一次構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る乳酸菌であるLeuconostoc mesenteroides TK41401は、下記のとおり寄託機関に寄託されている。
(i) 寄託機関の名称および宛名
名称: 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
宛名: 日本国 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8
(ii) 寄託日: 2010年4月9日
(iii) 受託番号: NITE P−924
【0019】
光学顕微鏡(オリンパス社製,製品名「CKX41」)を用いて観察した、TK41401株の細胞形態、グラム染色性、胞子の有無、運動性の有無と、カタラーゼ反応性、グルコースの酸化/発酵(O/F)、至適温度、至適pH、耐塩性の試験結果は、表1に示す通りである。
【0020】
【表1】

【0021】
また、TK41401株の16SrDNA遺伝子の塩基配列を、配列番号1(SEQ ID NO:1)に示す。
【0022】
以上の形態や性状、糖類資化性試験、16SrDNAの結果より、TK41401株は、Leuconostoc mesenteroides属に分類される乳酸菌であると結論付けられた。
【0023】
TK41401株は、食品の変敗菌であるグラム陽性菌に対して優れた抗菌活性を示し、特に浅漬の変敗菌であるLactobacillus属乳酸菌を含むグラム陽性菌に対して広い抗菌活性を示す。また、TK41401株が産生する抗菌成分は、ペプチドであるバクテリオシンである。よって、TK41401株は人体にとり安全であり、流通食品の保存安定性を高め、賞味期限を延長するために用いることができる。
【0024】
本発明に係る乳酸菌は、環状バクテリオシンを分泌生産する。よって、本発明に係る環状バクテリオシンは、上記乳酸菌の培養液上清から単離することができる。
【0025】
本発明乳酸菌の培養条件は、適宜調整すればよい。例えば、培地としては、表2に示す組成を有する市販のMRS培地(Difco社製)の他、バクテリオシンを添加しようとしている食品の水抽出物に、炭素栄養源や窒素栄養源などを添加したものを用いることができる。
【0026】
【表2】

【0027】
但し、菌体外へ分泌されたバクテリオシンを回収するという観点からは、液体培地を用いることが好ましい。また、培養温度は20℃以上、40℃以下程度の範囲で調整すればよく、培養時間は菌が十分に増殖できるまでとすればよいが、通常は10時間以上、48時間以下程度とすることができる。
【0028】
本発明乳酸菌を十分に培養した後は、遠心分離や濾過などにより菌体などの固形成分を培養液から除去する。
【0029】
さらに、クロマトグラフィーなどにより、バクテリオシンを単離すればよい。その条件などは、適宜調整すればよい。例えば、本発明に係るバクテリオシンはペプチドであることから、陽イオン交換カラムクロマトグラフィー、陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィーなどを適宜組合わせることができる。また、最初に、透析などにより培地中の低分子を除去してもよい。最終的に、逆相クロマトグラフィーなどにより精製すればよく、また、本発明に係るバクテリオシンの分子量は明らかとなっていることから、ゲル濾過クロマトグラフィーで精製してもよい。
【0030】
上記方法で得られる本発明に係る環状バクテリオシンは、大腸菌などのグラム陰性菌に対しては抗菌活性を示さないものの、グラム陽性菌に対しては幅広い抗菌活性を示し、特に浅漬の変敗菌に対して優れた抗菌活性を示す。なお、本発明に係るLeuconostoc mesenteroides TK41401は、自らが産生するバクテリオシンに対して耐性を示す。
【0031】
本発明に係る環状バクテリオシンは、(1)配列番号2(SEQ ID NO.2)のアミノ酸配列を有し、且つN末端のロイシンとC末端のトリプトファンが結合している環状ペプチド;または、(2)上記環状ペプチド(1)において、1または複数のアミノ酸が欠失、置換または付加されたものであり、且つ抗菌活性を有する環状ペプチドである。
【0032】
上記環状ペプチド(2)において、欠失、置換または付加されるアミノ酸の数としては、1以上、10以下が好ましく、1以上、5以下がより好ましく、1以上、3以下がさらに好ましく、1以上、2以下が特に好ましい。
【0033】
上記環状ペプチド(2)において、アミノ酸が置換される場合には、同じカテゴリーに分類され、同様の性質を有するアミノ酸同士の置換であれば、より多く置換が許容される。かかるカテゴリーとしては、中性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸、分枝アミノ酸、ヒドロキシアミノ酸、含硫アミノ酸、イミノ酸、芳香族アミノ酸などを挙げることができる。
【0034】
上記環状ペプチド(2)において、1以上のアミノ酸が欠失、置換または付加される場合には、環状ペプチド(1)との同一性が50%以上であることが好ましく、70%以上がより好ましく、80%以上がさらに好ましく、90%以上がさらに好ましく、95%以上が特に好ましい。なお、アミノ酸配列の同一性に関する検索や解析は、BLASTN、BLASTP、BLASTX、ClustalWなど、当業者に公知のアルゴリズムやプログラムを用いて行うことができる。プログラムを用いる場合のパラメーターは、当業者であれば適宜設定することができ、また、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いてもよい。これらの検索方法や解析方法の具体的な手法もまた、当業者にとり公知である。
【0035】
なお、当業者であれば、公知の手段や条件を適宜調整することにより、上記環状ペプチド(2)など特定のアミノ酸配列や三次元構造のペプチドを調製することは可能である。
【0036】
上記環状ペプチド(2)において、「抗菌活性を有する」とは、例えば、後述する実施例2で用いた検定菌のうち、少なくとも1の細菌に対して、Spot−on−lawn法において抗菌活性を示すことをいう。抗菌活性のより具体的な評価方法は、後述する実施例2を参照すればよい。
【0037】
マススペクトルにより測定された本発明に係る環状バクテリオシン(1)の分子量は6116.60であった。しかし、本発明に係る環状バクテリオシンはペプチドであるので、測定誤差などを考慮して、本発明に係る環状バクテリオシン(1)の分子量は6110±50とする。
【0038】
上記で説明したLeuconostoc mesenteroides TK41401の培養液、また、当該培養液から単離された環状バクテリオシンは、食品原料に添加することにより、食品の賞味期間を延長することができる。即ち、上記培養液に含まれる環状バクテリオシンは、培養液から単離した上で食品原料に添加してもよいし、培養液に含まれた状態で添加してもよい。
【0039】
例えば、食品の製造の際、その調味液に上記培養液や環状バクテリオシンを添加すればよい。当該調味液は、食品原料に浸透させた後にそのまま製品にしてもよいし、過剰分を除去した上で製品にしてもよい。なお、上記培養液や環状バクテリオシンの添加量は、食品の賞味期間を十分に延長できる範囲で予備実験などにより決定すればよい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0041】
実施例1 本発明に係るバクテリオシン産生菌の同定
(1) 本発明に係るバクテリオシン産生菌の単離
赤カブの浅漬試作品の保存中における細菌の有無を確認するために、調味液試料を適宜希釈し、MRS寒天培地(MRS+1.2w/v%agar,Difco社製)を用い、30℃で48時間培養した。その結果、培地にはクリアゾーンが確認された。このクリアゾーンの中心には菌が生育していたことから、その菌がバクテリオシンを産生しているのではと考え、先ずは当該菌の単離を試みた。具体的には、上記MRS寒天培地から、クリアゾーンに生育している4菌株をMRS液体培地へ植菌し、30℃で48時間培養した。次いで、各菌株を顕微鏡観察し、培地のpHを測定し、また、ガス発生の有無とカタラーゼ反応の有無を調べた。顕微鏡観察の結果、4菌株は全て球菌であった。その他の結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
上記結果のとおり、4菌株は全て球菌であり、また、培地pHを低下させ、カタラーゼ反応を示さず、且つガスを発生していることから、4菌株ともヘテロ乳酸菌である可能性が高いと判断された。
【0044】
(2) 本発明に係るバクテリオシン産生菌の同定1
InstaGene Matrix(BIO RAD社製)を用い、上記菌株1のゲノムDNAを抽出した。得られたDNAを鋳型とし、PCRにより16SrDNAを増幅した。増幅された16SrDNAを精製し、ABI PRISM 3130 xl Genetic Analyzer System(Applied Biosystems社製)によりその塩基配列を解析した。塩基配列を、配列番号1(SEQ ID NO:1)に示す。
【0045】
DNA塩基配列データベースアポロンDB−BA4.0(テクノスルガ・ラボ)と国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)により、得られた16SrDNAの塩基配列と既知菌株の16SrDNA塩基配列との相同性を解析したところ、乳酸菌であるLeuconostoc mesenteroides subsp. dextranicum NRIC 1539株と100%、Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides NCDO 523株と100%、Leuconostoc mesenteroides subsp. cremoris NCDO 543株と99.9%の相同性が見られたことから、上記菌株1はLeuconostoc mesenteroidesに属すると決定した。
【0046】
(3) 本発明に係るバクテリオシン産生菌の同定2
API 50 CHL kit(bioMerieux社製,フランス)を用いて、上記菌株1〜4の糖類資化性試験を行った。本キット付属のマニュアルに従い、24時間および48時間経過後に、糖類資化性試験の結果を記録した。その結果、上記菌株1〜4の糖類資化性は全て同一であった。具体的な結果を表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
上記の糖類資化性試験の結果をAPILAB Plusソフトウェアで解析したところ、Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides/dextranicum2と99.9%の相同性が見られた。以上の結果より、上記菌株1〜4は全て同じ菌であり、また、Leuconostoc mesenteroidesに属すると決定した。なお、上記菌株1は、(独)製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに、菌株名:Leuconostoc mesenteroides TK41401で寄託した。
【0049】
実施例2 本発明に係るバクテリオシン産生菌の抗菌活性の確認
上記菌株1を、市販のMRS液体培地(Difco社製)にて、30℃で24時間培養した。培養後、4℃、12000rpmで10分間遠心分離することにより、培養液の上清を得た。得られた上清を、孔径0.45μmのメンブランフィルター(ADVANTEC社製,DISMIC−25cs)を用いてフィルター滅菌した。
【0050】
上記上清を用い、Spot−on−lawn法で抗菌活性試験を行った。はじめに、上記MRS液体培地に1.2w/v%の割合で寒天を加えたMRS寒天培地のプレートを調製した。次に、表5に示す組成を有するLactobacilli Agar AOAC(Difco社製)の48.0g/L水溶液を試験管に5mLずつ分注し、加熱溶解後、その温度を55℃に調節した。表6に示す検定菌をMRS液体培地または表7に示す組成を有するTSB培地(Difco社製)で培養した後、上記水溶液に1v/v%接種し、上記MRS寒天液体培地に重層した。
【0051】
【表5】

【0052】
【表6】

【0053】
【表7】

【0054】
重層した寒天培地が固化した後、55℃に設定した恒温槽で15分間乾燥させた。上記の菌株1の液体培養液上清を、0.1w/w%ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート(ナカライテスク社製,Tween80)を含む滅菌蒸留水で2倍段階希釈し、その10μLを寒天培地上に滴下した。滴下した試料液が乾燥した後、表6に示す検定菌の最適培養温度で18時間培養し、検定菌の生育阻止円が形成される最大希釈液を求めた。抗菌活性(AU/mL)は下記に示す式によって算出した。
抗菌活性(AU/mL)=2n(AU)/0.01(mL)
[式中、AU:arbitrary unit,n:希釈倍数]
【0055】
この方法では、抗菌活性が強いほど阻止円を形成する最大希釈倍数が大きくなるため、抗菌活性値が大きくなる。結果を表8に示す。
【0056】
【表8】

【0057】
上記結果のとおり、本発明に係るバクテリオシン産生菌は、グラム陰性菌であるE.coliなどには効果を示さないが、浅漬の変敗菌であるLactobacillus属乳酸菌を含むグラム陽性菌に対して広い抗菌活性を示すことが分かった。
【0058】
実施例3 本発明に係るバクテリオシンの性質の検討
(1) プロテアーゼ感受性
上記実施例2で得た培養液上清試料を用いて、本発明に係るバクテリオシンのプロテアーゼ感受性を試験した。プロテアーゼとしては、プロテアーゼK(Sigma社製,0.6unit/mg)を用いた。まず、50mM酢酸ナトリウム(pH7.5)を調製し、ここへ3mg/mlの濃度で上記酵素を溶解することにより酵素溶液を得た。当該酵素溶液に培養液上清を酵素溶液:培養液上清=3:7(v:v)の割合で混合し、37℃で15時間処理した。次いで、100℃で5分間の熱処理を行い、酵素を失活させた。これを用いて残存活性の測定を行った。測定は、検定菌としてLactobacillus sakei subsp. sakei JCM 1157とEnterococcus faecalis JCM 20050を用い、spot−on−lawn法によって測定した。また、コントロールとして50mM酢酸ナトリウム溶液:培養液上清を3:7(v:v)で混合し、且つ酵素処理しなかったものにつき、同様の測定を行った。結果を図1に示す。
【0059】
図1のとおり、本発明に係る菌株1の上清は、プロテアーゼで処理することで抗菌活性を失った。よって、本発明に係る抗菌成分は、ペプチドであるバクテリオシンであることが明らかとなった。
【0060】
(2) pH安定性
本発明に係るバクテリオシンのpH安定性について検討した。上記実施例2で得た培養液上清試料のpHを、1M水酸化ナトリウム水溶液または1M塩酸により2.0から12.0まで調整した。pH調整後、37℃で1時間処理し、処理後に全てのサンプルのpHを6.0に調整した。得られた上清試料の抗菌活性を、検定菌としてLactococcus lactis subsp. lactis JCM 5805株を使用し、spot−on−lawn法によって測定した。pH4.5での抗菌活性を基準とし、各pHでの抗菌活性を相対値として算出した。また、バクテリオシンであるナイシンを産生するLactococcus lactis subsp.lactis NBRC 12007株を用い、同様の実験を行った。結果を図2に示す。
【0061】
図2のとおり、本発明に係るバクテリオシンは、既知のバクテリオシンであるナイシンに比して、塩基性pH環境下でも抗菌活性を維持できることが分かった。
【0062】
(3) 熱安定性
本発明に係るバクテリオシンの熱安定性について検討した。上記実施例2で得た培養液上清試料を、80℃で10分間、80℃で30分間、100℃で10分間、100℃で30分間、または121℃で15分間、熱処理した。次いで、検定菌としてLactococcus lactis subsp. lactis JCM 5805株を使用し、spot−on−lawn法によって、各熱処理後上清の抗菌活性を測定した。熱処理を実施しない対照区の抗菌活性を基準とし、各熱処理条件での抗菌活性を相対値として算出した。結果を図3に示す。
【0063】
図3のとおり、本発明に係るバクテリオシンは、既知のバクテリオシンであるナイシンに比して、熱安定性により優れることが明らかとなった。
【0064】
実施例4 本発明に係るバクテリオシンの同定
(1) バクテリオシンの精製
上記菌株1(Leuconostoc mesenteroides TK41401)をMRS液体培地(Difco社製,1000mL)にて30℃で24時間培養した。培養後、培地のpHを1M塩酸で3.0に調整し、次いで、4℃、12000rpmで10分間遠心分離することにより培養液上清を得た。
【0065】
得られた培養液上清を、陽イオン交換クロマトグラフィーに供した。具体的には、SP−Sepharose fast flow(GEヘルスケア社製)を、エコノカラム(BIO−RAD社製,Φ1.0×10cm)に充填し、送液はMicro tube pump MP3(東京理化社製)を用いて行った。充填したSP−Sepharoseを50mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH3.0,以下、「緩衝液A」という)100mLで平衡化した後、上記上清を負荷した。次いで、緩衝液A(100mL)で洗浄した。その後、1M塩化ナトリウムを含む緩衝液A(50mL)で活性画分を溶出し、分取した。次に、疎水性相互作用クロマトグラフィーを行うため、終濃度が1Mになるよう硫酸アンモニウムを活性画分に添加した。
【0066】
疎水性相互作用クロマトグラフィーの担体としては、エコノカラム(BIO−RAD社製,Φ1.0×5.0cm)に充填したOctyl−Sepharose CL−4B(GEヘルスケア社製)を使用した。Octyl−Sepharoseを、50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH5.6,以下、「緩衝液B」という)で洗浄した。1M硫酸アンモニウムを含む緩衝液B(100mL)でゲルを平衡化し、1M硫酸アンモニウムを溶解した上記活性画分を負荷した。次に、緩衝液B(50mL)で洗浄し、70v/v%エタノールを含む緩衝液Bで活性画分を溶出した。
【0067】
次に、得られた活性画分を逆相高速液体クロマトグラフィー(Reversed−phase high−performance liquid chromatography;RP−HPLC)に供した。カラムとしてはResource RPC(GEヘルスケア社製,3mL)を使用し、溶離液としては、0.1v/w%TFAを含むMilliQ水(以下、「C液」という)と0.1v/w%TFAを含むアセトニトリル(関東化学社製,HPLC用)溶液(以下、「D液」という)の混合液を用いた。表9に示すC液とD液の濃度勾配により溶出し、フラクションコレクター(東京理化社製,SF2100)にて活性画分を分取した。
【0068】
【表9】

【0069】
(2) バクテリオシンの分子量の測定
活性画分に含まれるバクテリオシンの分子量を、electrospray ionization法により測定した。具体的には、ESI−TOF/MS測定装置(日本分光社製,JMS−T100LC AccuTOF)を用い、0.1v/w%TFAを含むアセトニトリル溶液を0.2ml/minで送液しながら、活性画分試料を3μL注入し、分子量を測定した。その結果、活性画分に含まれるバクテリオシンの分子量は、6116.60であることが明らかとなった。既知のバクテリオシンで分子量が6116.60のものは報告されていないことから、本発明に係るバクテリオシンは新規なものであることが示唆された。
【0070】
実施例5 本発明に係るバクテリオシンの構造解析
(1) アミノ酸配列の一部の決定
上記実施例4(1)で精製されたバクテリオシンのアミノ酸配列を、プロテインシーケンサーにより決定しようとしたが、シーケンス反応は全く進行しなかった。
【0071】
シーケンス反応が進行しなかった原因として、両末端アミノ酸同士が結合した環状構造を有する可能性を考え、バクテリオシンをBNPS−スカトール処理してから構造解析を行った。即ち、BNPS−スカトール処理によりトリプトファン残基のC末端を特異的に切断した後、得られたペプチド断片を上記実施例4(1)と同様の条件の逆相高速液体クロマトグラフィーにより精製した。得られたペプチド断片の分子量を上記実施例4(2)と同様の条件で分子量を測定したところ、2437.24であった。当該ペプチド断片のアミノ酸配列をプロテインシーケンサーにより決定したところ、配列番号2(SEQ ID NO.2)の38から61番目に相当する部分であった。
【0072】
(2) バクテリオシンのアミノ酸配列の決定
上記実施例5(1)で決定されたアミノ酸配列の情報を基にして、本発明に係るバクテリオシンのアミノ酸配列を、degenerate nested anchor PCRとInverse PCRにより決定した。
【0073】
具体的には、上記実施例1で単離したTK41401株の全ゲノムDNAを、表10に示す条件に従って、制限酵素BamHI、EcoRI、MboI、SacIまたはXbaIにより断片化した。反応温度は37℃、反応時間は一晩とし、また、制限酵素とバッファーは、ニッポンジーン社製のものを使用した。得られたDNA断片の中から上記実施例5(1)のアミノ酸配列をコードする遺伝子(以下、「構造遺伝子」という)を含む断片を選択し、ライゲーション試薬(東洋紡績社製,ligation high)を用いてpUC18ベクターにライゲーションした。なお、当該ライゲーション試薬の使用方法は説明書に従った。
【0074】
【表10】

【0075】
上記ライゲーションベクターを鋳型にし、上記構造遺伝子の末端配列を基に構築したプライマー(塩基配列を表11に示す)と、ベクター由来のMup−13プライマー(塩基配列を表12に示す)を用いてPCRを行い、上記構造遺伝子を含み、さらに下流の上記断片を含むPCR産物を得た。PCRの反応条件を表13に、反応液の組成を表14に示す。
【0076】
【表11】

【0077】
【表12】

【0078】
【表13】

【0079】
【表14】

【0080】
また、上記と同様の反応条件および反応液組成で、得られたPCR産物を鋳型として、同じく上記構造遺伝子の末端配列を基に構築したプライマー(塩基配列を表15に示す)と、ベクター由来のS−M−13プライマー(塩基配列を表16に示す)を用い、PCRを行った。得られたPCR産物の塩基配列を解析することにより、上記構造遺伝子と、その先の下流領域の配列を決定した。
【0081】
【表15】

【0082】
【表16】

【0083】
さらに、得られた塩基配列を基にしてInverse PCRを行い、上記構造遺伝子の完全な遺伝子配列を決定した。より詳しくは、上記表10に示した条件に従って、TK41401株の全ゲノムDNAを、制限酵素DdeI、DraI、DpnI、KpnIまたはSacIにより断片化し、上記構造遺伝子を含む断片をセルフライゲーションさせた。上記degenerate nested anchor PCRにより得られた上記構造遺伝子の塩基配列情報から、当該塩基配列に対応するフォワードプライマーとリバースプライマーを構築し、セルフライゲーションさせた環状DNAを鋳型としてPCRを行った。使用したプライマーの塩基配列を表17に、PCRの反応条件を表18に、反応液の組成を表19に示す。
【0084】
【表17】

【0085】
【表18】

【0086】
【表19】

【0087】
得られたPCR産物の塩基配列を解析することにより、上記構造遺伝子の完全な遺伝子配列を決定した。さらに、得られた遺伝子配列情報から、本発明に係るバクテリオシンのアミノ酸配列を決定した。当該アミノ酸配列を、配列番号2(SEQ ID NO.2)として示す。また、上記実施例5(1)のとおり、本発明に係るバクテリオシンは断片化しなければ全くシーケンス反応が進行しなかったことと、配列番号2のペプチドの分子量から環状化するための脱水反応分の18を引いた値が6115.13であり、この理論値と実施例4(2)の実測値である6116.60がほぼ一致したことから、本発明に係るバクテリオシンは末端のロイシンとトリプトファンが結合した環状ペプチドであることが強く示唆された。
【0088】
実施例6 本発明に係るバクテリオシンの構造解析
本発明に係るバクテリオシンの酵素に対する安定性を試験することにより、その構造を検討した。具体的には、本発明に係るバクテリオシンを、ペプシン、α−キモトリプシン、トリプシン、カルボキシエンドペプチダーゼ、ライシルエンドペプチダーゼ、アスパラギンNペプチダーゼ、プロテアーゼKまたはV8−プロテアーゼで処理した上で、Lactobacillus sakei subsp. sakei JCM 1157を検定菌とし、37℃で4時間インキュベートした。
【0089】
その結果、ヒトの消化酵素であるペプシンとα−キモトリプシン、および切断箇所の特異性が低く且つペプチド切断能力の高いプロテアーゼKで処理した場合には、抗菌活性が見られず、本発明に係るバクテリオシンが分解されていた。その他の酵素で処理した場合には抗菌活性は維持されており、バクテリオシンは分解されていないことが分かった。特に、ペプチドのC末端から切断するカルボキシエンドペプチダーゼでも分解されていないことから、本発明に係るバクテリオシンはC末端を有しない、即ち末端が結合されている環状構造であることが明らかとなった。図4に、本発明に係るバクテリオシンの一次構造を示す。
【0090】
実施例7 本発明に係る環状バクテリオシンを用いた浅漬の製造
(1) バクテリオシン溶液の調製
培養液として、酵母エキス(BD社製)2.0w/v%、ブドウ糖1.0w/v%、酢酸ナトリウム0.2w/v%、クエン酸三ナトリウム0.5w/v%、リン酸水素二カリウム0.2w/v%を含む溶液を調製した。当該培養液(10mL)に、Leuconostoc mesenteroides TK41401を植菌し、30℃で24時間培養した。培養後、4℃、12000rpmで10分間遠心分離することにより培養液上清を得た。得られた培養液上清を、孔径0.45μmのメンブランフィルター(ADVANTEC社製,DISMIC−25 cs)でフィルター滅菌した。
【0091】
(2) 浅漬の製造
適度に切断した白菜100質量部に対して45質量部の10w/w%食塩水を加え、これらと同質量の荷重を負荷することにより、24時間下漬した。次いで、下漬された白菜を水切りした。別途、2.2w/w%食塩、1.0w/w%グルタミン酸ナトリウム、0.4w/w%グリシン、および1.0w/w%エタノールを含む浅漬調味液を調製した。得られた下漬白菜(40g)に浅漬調味液(40g)を加えて浅漬を製造した。その際、浅漬に対する濃度が1w/w%または2w/w%になるように上記培養液上清試料を添加した区(以下、それぞれ「1%添加区」と「2%添加区」という)、ナイシン(Sigma社製)を200IU(5ppm)添加した区(以下、「ナイシン添加区」という)および何も添加していない浅漬(以下、「コントロール区」という)の4区分のサンプルを作製した。
【0092】
これらを10℃で保存し、実験開始時、および実験開始から2日後、5日後、7日後および9日後に、pHの測定、酸度の測定、一般生菌数の測定、官能評価を実施した。官能評価は、試料を成人男性2名、成人女性1名に食べてもらい、試験開始直後の試料と食味が変わらない場合またはかえって食味が改善されている場合を5点、試験開始直後の試料より劣化してはいるが商品価値があるものを3点、到底食べられる状態ではないものを1点とし、5段階で評価を行った。結果を表20に示す。
【0093】
【表20】

【0094】
上記結果のとおり、コントロール区ではpHの低下と酸度の上昇が見られたが、本発明に係るTK41401株の培養上清を添加した場合、それらが抑制されていることが示された。官能評価においても、コントロール区では9日間の保存により商品価値が無いほどの食味の低下が見られ、TK41401株の培養上清を1v/w%添加した場合でも食味の低下が見られたが、2v/w%添加した場合には、ナイシンと同程度に、賞味期間を延長できることが示された。よって、本発明に係る環状バクテリオシンは、実際に食品のペプチド系保存料として用いられているナイシンと比較しても遜色ない抗菌活性を有することが証明された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)または(2)の何れかの構造を有することを特徴とする環状バクテリオシン:
(1) 配列番号2のアミノ酸配列を有し、且つN末端のロイシンとC末端のトリプトファンが結合している環状ペプチド;
(2) 上記環状ペプチド(1)において、1または複数のアミノ酸が欠失、置換または付加されたものであり、且つ抗菌活性を有する環状ペプチド。
【請求項2】
上記(1)の構造を有する請求項1に記載の環状バクテリオシン。
【請求項3】
分子量が6116±50である請求項2に記載の環状バクテリオシン。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の環状バクテリオシンを製造するための方法であって、
Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)を培養する工程;および、
得られた培養液から環状バクテリオシンを単離する工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
食品を製造するための方法であって、
Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)を培養する工程;および、
得られた培養液に含まれる請求項1〜3の何れかに記載の環状バクテリオシンを食品原料に添加する工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
Leuconostoc mesenteroides TK41401(受託番号:NITE P−924)。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−67034(P2012−67034A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212838(P2010−212838)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(399061916)東海漬物株式会社 (5)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】