説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】磁区細分化用の溝を形成した素材の鉄損をさらに低減し、かつ実機トランスに組上げた場合に、優れた低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板表面に形成された溝の底部におけるフォルステライト被膜厚みが0.3μm以上で、溝直下にGoss方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒を有する溝の存在比率である溝頻度が20%以下で、さらに、フォルステライト被膜および張力コーティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、次式の関係を満足する。1.0≦A/B≦5.0。A:圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力。B:圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一歪を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。また、特許文献2には、仕上げ焼鈍済みの鋼板に対して、882〜2156 MPa(90〜220 kgf/mm2)の荷重で地鉄部分に深さ:5μm 超の溝を形成したのち、750℃以上の温度で加熱処理することにより、磁区を細分化する技術が提案されている。
上記のような磁区細分化技術の開発により、鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特公昭62−53579号公報
【特許文献3】特開平7−268474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した溝形成により磁区細分化処理を施す技術では、レーザー照射などによる高転位密度域を導入する磁区細分化技術よりも鉄損低減効果が少なく、また、実機トランスに組上げた場合に、磁区細分化により鉄損が低減されても実機トランスの鉄損がほとんど改善されない、すなわちビルディングファクター(BF)が極端に悪いといった問題も発生していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、磁区細分化用の溝を形成した素材の鉄損をさらに低減し、かつ実機トランスに組上げた場合に、優れた低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【0007】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1. 鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、該鋼板表面に磁区細分化を司る溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該溝の底部におけるフォルステライト被膜厚みが0.3μm以上で、
該溝直下にGoss方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒を有する溝の存在比率である溝頻度が20%以下で、
該フォルステライト被膜および該張力コーティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0

A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
【0008】
2. 方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) 磁区細分化用の溝の形成を、フォルステライト被膜を形成する最終仕上げ焼鈍前に実施する、
(2) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(3) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(4) 最終仕上げ焼鈍の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下の範囲とする、
(5) 最終仕上げ焼鈍において、少なくとも900℃以上の温度域における雰囲気ガスの流量を1.5Nm/h・ton以下とする、
(6) 最終仕上げ焼鈍時の到達温度を1150℃以上とする、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溝を形成して磁区細分化処理を施した鋼板における鉄損低減効果が、実機トランスにおいても効果的に維持されるため、実機トランスにおいて優れた低鉄損特性を発現する方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に従い形成した鋼板の溝部分の断面図である。
【図2】溝部分に直行する鋼板の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明では、磁区細分化用の溝形成を行ったフォルステライト被膜をそなえる方向性電磁鋼板の素材鉄損特性の改善、およびその方向性電磁鋼板を使用した実機トランスにおけるビルディングファクターの劣化を防止するために、溝底部に形成されるフォルステライト被膜の厚み、鋼板に付与する張力、および溝直下に存在する結晶粒について以下のとおり規定した。
【0012】
溝底部におけるフォルステライト被膜厚み:0.3μm以上
高転位密度領域を導入する磁区細分化手法に比べて、溝を形成する磁区細分化による溝の導入効果が低い理由は、導入される磁極量が少ないことに起因する。まず、溝を形成した時の導入される磁極量について検討した。その結果、溝形成部のフォルステライト被膜厚みと磁極量とに相関があることが分かった。そこで、被膜厚みと磁極量との関係をさらに詳細に調査したところ、溝形成部の被膜厚みを厚くすることが磁極量の増加に有効であることが究明された。
この結果より、磁極量を増加させ、磁区細分化効果を高めるのに必要なフォルステライト被膜厚みは、0.3μm以上、好ましくは0.6μm以上である。
一方、上記フォルステライト被膜厚みの上限は、厚くなりすぎると鋼板との密着性が低下し、フォルステライト被膜が剥離しやすくなるため、5.0μm程度が好ましい。
【0013】
この原因は必ずしも明らかではないが、発明者らは次のように考えている。すなわち、被膜厚みと、被膜が鋼板に付与する張力には相関があり、被膜厚みの増加によって溝底部での被膜張力が強くなる。この張力の増加によって、溝底部での鋼板の内部応力が増加し、その結果として、磁極量が増加したと考えられる。
【0014】
方向性電磁鋼板を製品として鉄損を評価するとき、励磁磁束は圧延方向成分のみであるので、鉄損を改善するためには圧延方向の張力を増大させれば良い。しかしながら、方向性電磁鋼板を実機トランスに組上げた場合、励磁磁束は圧延方向成分だけでなく圧延直角方向成分も有している。そのため、圧延方向だけでなく圧延直角方向の張力も鉄損に影響を及ぼす。
そこで、本発明では、励磁磁束の圧延方向成分と圧延直角方向成分の割合で最適張力比を定めることにした。具体的には次式(1)の関係を満足させることである。
1.0 ≦ A/B ≦ 5.0 … (1)
好ましくは、1.0≦ A/B ≦3.0 である。
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
【0015】
さらに、上記した条件を満足しても、鋼板に付与する張力の絶対値が低い場合、鉄損の劣化が避けられない。そこで、圧延方向および圧延直角方向における好適張力値について検討したところ、圧延直角方向は5.0MPa以上とすればこと足りたものの、圧延方向については、フォルステライト被膜と張力コーティングによる合計張力を10.0MPa以上にする必要があることが判明した。
【0016】
本発明において、フォルステライト被膜および張力コーティングの合計張力の求め方は次のとおりである。
製品(張力コーティング塗布材)より、圧延方向の張力を測定する場合は圧延方向280mm×圧延直角方向30mm、 圧延直角方向の張力を測定する場合は圧延直角方向280mm×圧延方向30mmのサンプルをそれぞれ切り出す。その後、片面のフォルステライト被膜と張力コーティングを除去し、その除去前後の鋼板反り量を測定して得られた反り量を、以下の換算式(2)にて張力換算する。この方法で求めた張力は、フォルステライト被膜と張力コーティングを除去しなかった面に付与されている張力である。張力はサンプル両面に付与されているので、同一製品の同一方向の測定について2サンプルを用意し、上記方法で片面毎の張力を求め、本発明ではその平均値をサンプルに付与されている張力とした。


本発明において、溝の底部におけるフォルステライト被膜の厚みの求め方は次のとおりである。
図1に示すように、溝の底部に存在するフォルステライト被膜を、溝の延びる方向に沿った断面にてSEMにより観察し、画像解析にてフォルステライト被膜の面積を求め、面積を測定距離で割ることにより、その鋼板のフォルステライト被膜厚みを求めた。このときの測定距離は100mmとした。
【0017】
溝頻度:20%以下
本発明では、溝直下に、Goss方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒を有する溝の存在割合である溝頻度が重要である。本発明では、この溝頻度を20%以下とすることが肝要である。
以下、溝頻度について具体的に説明する。
ビルディングファクターの改善には、上記したようなフォルステライト被膜の張力の規定に加えて、溝形成部の直下にGoss方位からのずれが大きい結晶粒をなるべく存在させないことが重要である。
ここに、特許文献2や特許文献3では溝直下に微細粒が存在する場合、素材鉄損がより改善すると述べられている。しかしながら、発明者らが溝直下に微細粒が存在する素材と存在しない素材を用いて実機トランスを製造したところ、溝直下に微細粒を存在しない素材の方が、素材鉄損は劣るものの、実機トランス鉄損は良好、すなわち、ビルディングファクターが良好であるという結果を得た。
そこで、さらに、溝直下に微細粒が存在する素材を詳細に調査したところ、溝直下に微細粒が存在する溝と溝直下に微細粒が存在しない溝の比率である溝頻度の値が重要であることが分かった。溝頻度の具体的な求め方は以下に記載するが、溝頻度が20%以下のものがビルディングファクターが良好な結果を示していた。従って、本発明の溝頻度は20%以下とする。
【0018】
上記したように、素材の鉄損の結果と実機トランス鉄損の結果の傾向が必ずしも一致しない理由は明確ではないが、実機トランスの励磁磁束波形と素材評価で使用する励磁磁束波形の相違に起因しているのではないかと考えている。従って、溝直下の微細粒は、素材鉄損を改善する効果はあるものの、実機での利用を考慮すればビルディングファクター劣化という弊害が生じるので、溝直下の微細粒をなるべく少なくする必要がある。ただし、5μm未満の超微細粒や5μm以上でもGoss方位からのずれが10°未満である結晶方位が良好な微細粒は好影響も悪影響も及ぼさないので、存在していても問題はない。
従って、本発明で微細粒とは、Goss方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒であって、溝頻度を導出する際の対象となる結晶粒と定義する。なお、粒径の上限は、300μm程度である。粒径がこのサイズ以上になると、素材鉄損も劣化するので、微細粒を有する溝頻度をある程度低減しても実機鉄損を改善する効果が乏しくなるからである。
【0019】
本発明において、溝直下に存在する結晶粒の結晶粒径、結晶方位差および溝頻度の求め方は次のとおりである。
結晶粒の結晶粒径は、図2に示すように、溝部に直交する方向での断面観察を100箇所行い、結晶粒が存在した場合は円相等径にて結晶粒径を求める。また、結晶方位差は、EBSP(Electron BackScattering Pattern)を用いて溝底部の結晶の結晶方位を測定し、Goss方位からのずれ角として求める。さらに、溝頻度とは、上記の100箇所の測定箇所の内、本発明で規定する結晶粒が存在した溝を、測定箇所の数100で割った比率のことである。
【0020】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件に関して具体的に説明する。
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0021】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0022】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%
以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0023】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質
量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性
が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0024】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満で
はその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0025】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のう
ちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超え
ると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%
の範囲とするのが好ましい。
【0026】
また、Sn、Sb、Cu、P、MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0027】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0028】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織
を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
【0029】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。なお、以下に説明するように、本発明に従う溝の形成は、最終の冷間圧延後であって、最終仕上げ焼鈍の前のいずれかの工程で行う。
【0030】
最終仕上げ焼鈍後には、平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施す。ここに、この絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティング(以下、張力コーティングという)を意味する。なお、張力コーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0031】
本発明おいて、鋼板に付与する張力を圧延方向と圧延直角方向とで適正に調整することが肝要である。ここに、圧延方向の張力に関しては、張力コーティングの塗布量を調整することで制御可能である。すなわち、張力コーティングは、通常、焼付炉内において、鋼板が圧延方向に引っ張られた状態でコーティング液が塗布され、焼付けされる。従って、圧延方向では鋼板が延ばされた状態かつ鋼板が熱膨張した状態でコーティング材が焼き付けられることになる。
焼付け後、除荷されるとともに冷却されると、除荷による収縮や鋼板とコーティング材の熱膨張率の差により、コーティング材に比べて鋼板がより収縮することになり、コーティング材が鋼板を引っ張る状態となることで鋼板に張力が付与される。
【0032】
一方、圧延直角方向については、焼付炉内で引っ張りを受けることはなく、むしろ、圧延方向に引っ張られることで圧延直角方向には圧縮された状態となる。従って、そのような圧縮状態と鋼板の熱膨張による伸びが相殺されるため、張力コーティングによって圧延直角方向に付与される張力を上昇させることは困難である。
【0033】
そこで、本発明では、圧延直角方向のフォルステライト被膜の張力を向上させるために、製造条件として以下の制御項目を設けた。
すなわち、
(a) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(b) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(c) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下とする、
ことである。
【0034】
最終仕上げ焼鈍はコイル状で行われるため、冷却時に大きな温度ムラが発生する。その結果、鋼板の熱膨張量が場所によって異なるため、温度ムラによって応力が鋼板のさまざまな方向に付与される。すなわち、コイルを強く巻いている場合、鋼板間の空隙がなく、フォルステライト被膜に大きな応力が付与されてしまい、被膜がダメージを受けてしまう。
従って、被膜へのダメージを抑制するためには、鋼板間に少しの空隙を与えることで、鋼板に発生する応力を低減すること、および冷却速度を低減して、コイル内の温度差を低減することが有効なのである。
【0035】
以下、上記(a)〜(c)の制御により被膜のダメージが低減される理由を述べる。
焼鈍分離剤は、焼鈍中に水分やCO2などを放出し、塗布時より体積が減少する。体積が減少するということは、そこに空隙が生まれることを意味しており、その結果として応力緩和に有効であることが分かる。ここに、焼鈍分離剤の目付け量が少ないと空隙が不十分であることから、目付け量を10.0g/m2以上に限定する。
【0036】
また、巻き取り張力を低減した場合、高張力で巻き取った場合よりも鋼板間に生じる空隙が増える。その結果、発生する応力が低減される。ただし、巻き取り張力が低すぎるとコイルが崩れてしまうので低すぎるのも問題がある。従って、冷却時の温度ムラによって発生する応力を緩和し、かつコイルが崩れない巻き取り張力条件としては、30〜150N/mm2の範囲を規定した。
【0037】
さらに、最終仕上げ焼鈍時の冷却速度を低減すると、鋼板内の温度分布は低減されるため、コイル内応力は緩和される。応力緩和の観点からは、冷却速度は遅ければ遅いほどよいが、生産効率の観点からは好ましくないため、好適には5℃/h以上とする。ここに、本発明では、焼鈍分離剤の目付け量の制御と巻き取り張力の制御を組み合わせているので、上限は50℃/hまで許容される。
このように、焼鈍分離剤目付け量、巻き取り張力および冷却速度のそれぞれの制御によって、応力が緩和され、結果として圧延直角方向のフォルステライト被膜の張力を向上させることが可能になるのである。
【0038】
本発明では、溝底部にもフォルステライト被膜をある一定以上の厚みで形成することが重要である。溝底部にフォルステライト被膜を形成するには、以下に述べる理由により、フォルステライト被膜を形成する前に、溝を形成することが必要となる。
すなわち、フォルステライト被膜を形成した後に歯車型ロールなどの加圧手段を用いて溝を形成した場合は、鋼板表面に不要な歪が導入されるため、溝の形成後、加圧によって導入された歪みを除去するための高温焼鈍が必要となる。このような高温焼鈍が施された場合、溝直下に微細粒が形成されるが、この微細粒の結晶方位制御は極めて困難であるため、実機トランスの鉄損特性劣化を招く原因となる。このような場合、さらに、最終仕上げ焼鈍のような高温かつ長時間の焼鈍を行うことで、上記した微細粒を消滅させることができるが、このような追加処理は生産性の低下を招き、コストアップを招来する。
【0039】
また、最終仕上げ焼鈍を施し、フォルステライト被膜を形成した後に、電解エッチングなどの化学研磨により溝を形成した場合は、化学研磨の際にフォルステライト被膜が除去されてしまうため、溝底部のフォルステライト被膜量を満足するためには、再度フォルステライト被膜を形成する必要が生じ、やはりコストアップを招来する。
【0040】
溝底部のフォルステライト被膜を所定の厚みに形成するためには、最終仕上げ焼鈍の少なくとも900℃以上の温度域における雰囲気ガス流量を1.5Nm3/h・ton以下とすることが肝要である。というのは、コイルをタイトに巻いた場合でも、溝部では大きな空隙が存在するために、溝部以外の層間と比較すると雰囲気流通性が非常に高くなるからである。
ここに、雰囲気流通性が高すぎると、最終仕上げ焼鈍時に焼鈍分離剤から放出される酸素などのガスが層間に滞留しにくくなるため、最終仕上げ焼鈍時に発生する鋼板の追加酸化量が減少して、フォルステライト被膜が薄くなるという不利が招来する。なお、溝部以外では、層間の雰囲気流通性が低いため、雰囲気ガス流量の影響は小さく、雰囲気ガス流量を上記のように制限しても特に問題にはならない。
【0041】
本発明では、上述した最終の冷間圧延後であって、最終仕上げ焼鈍の前のいずれかの工程で方向性電磁鋼板の鋼板表面に溝を形成する。その際、溝底部のフォルステライト被膜厚みや溝頻度を制御すること、並びに圧延方向および圧延直角方向でのフォルステライト被膜と張力コーティング被膜の合計張力を前述のとおり制御することで、溝形成による磁区細分化効果による鉄損改善がより効果的に発現され、十分な磁区細分化効果が得られる。
ここで、最終仕上げ焼鈍時に、サイズ効果により二次再結晶の駆動力が生じて、一次再結晶粒は二次再結晶粒に蚕食される。しかしながら、一次再結晶が正常粒成長によって粗大化した場合、二次再結晶粒と一次再結晶粒の粒径差が小さくなる。したがって、サイズ効果が低下し、一次再結晶粒は蚕食されにくくなり、一部の一次再結晶粒はそのまま残ってしまう。これが、結晶方位の悪い微細粒である。溝形成時に溝周辺部に歪みが導入される場合、その歪によって溝周辺部の一次再結晶粒は粗大化しやすくなり、微細粒の残留頻度が増加する。このような結晶方位の悪い微細粒頻度を低下させ、ひいてはそのような微細粒を有する溝頻度を低下させるためには、最終仕上げ焼鈍時の到達温度を1150℃以上にする必要がある。
ここに、1150℃以上として二次再結晶粒の成長の駆動力を増加させることで、溝周辺部での歪の有無に拘らず、粗大化した一次再結晶粒の蚕食が可能になる。また、歪形成を突起ロールなどの機械的な手法ではなく、電解エッチングなどの歪みを導入しない化学的な方法で行えば、一次再結晶粒の粗大化も抑制することができ、効率的に残留微細粒頻度を低減可能になるため、溝形成手段としては、電解エッチングなどの化学的手法の方がより好適である。
なお、本発明における溝の形状は、磁区幅を細分化できれば特に限定はされないが、線状の形態が望ましい。
【0042】
本発明での溝の形成は、従来公知の溝の形成方法、例えば、局所的にエッチング処理する方法、刃物などでけがく方法、突起つきロールで圧延する方法などが挙げられるが、最も好ましい方法は、最終冷延後の鋼板に印刷等によりエッチングレジストを付着させたのち、非付着域に電解エッチング等の処理により溝を形成する方法である。
【0043】
本発明で鋼板表面に形成する溝は、線状溝の場合、幅:50〜300μm、深さ:10〜50μm および間隔:1.5〜10.0mm程度とし、線状溝の圧延方向と直角する向きに対するずれは±30°以内とすることが好ましい。なお、本発明において、「線状」とは、実線だけでなく、点線や破線なども含むものとする。
【0044】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の溝を形成して磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を、適用すればよい。
【実施例】
【0045】
〔実施例1〕
表1に示す成分組成になる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.2 mmの熱延板としたのち、1020℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、酸化度PH2O/PH2=0.25、温度:1050℃、時間:90秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0046】
【表1】

【0047】
その後、グラビアオフセット印刷によりエッチングレジストを塗布し、ついで電解エッチングおよびアルカリ液中でのレジスト剥離により、幅:150μm、深さ:20μm の線状溝を、圧延方向と直交する向きに対し10°の傾斜角度にて3mm間隔で形成した。
ついで、酸化度PH2O/PH2=0.55、均熱温度:825℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき表2に示すように、焼鈍分離剤塗布量と焼鈍分離剤塗布後の巻き取り張力を変化させた。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍をN2:H2=60:40の混合雰囲気中にて1250℃、10hの条件で実施した。
この最終仕上げ焼鈍では、到達温度を1200℃とし、900℃以上でのガス流量と700℃以上の温度領域の冷却過程における平均冷却速度を変化させた。そして、830℃、30秒保持する条件で、鋼板形状を整える平坦化焼鈍を行い、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティングを付与して製品とし、磁気特性および被膜張力を評価した。なお、圧延方向の張力は張力コーティングの塗布量を変化させることで調整した。また、比較例として、最終仕上げ焼鈍後に上述した方法で溝形成を行なった製品も作製した。ここで、溝形成タイミング以外の製造条件は上記と同じとした。次いで、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した状態での鉄損を測定した。
上記した鉄損測定結果を表2に併記する。
【0048】
【表2】

【0049】
表2に示したとおり、溝形成による磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する張力を有している方向性電磁鋼板を用いた場合、ビルディングファクターの劣化も抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。しかしながら、本発明の範囲を逸脱した方向性電磁鋼板を用いた場合、たとえ素材鉄損が良好であっても、実機トランスとしては、低鉄損が得られず、ビルディングファクターが劣化している。
【0050】
〔実施例2〕
表1に示す成分組成になる鋼スラブについて、実施例1と同様の手順、条件を用いて、冷間圧延まで行なった。その後、突起付きロールを用いて鋼板表面を局所的に加圧し、幅:150μm、深さ:20μm の線状溝を、圧延方向と直交する向きに対し10°の傾斜角度にて3mm間隔で形成した。ついで、酸化度PH2O/PH2=0.50、均熱温度:840℃で300秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき表3に示すように、焼鈍分離剤塗布量と焼鈍分離剤塗布後の巻き取り張力を変化させた。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍をN2:H2=30:70の混合雰囲気中にて1230℃、100hの条件で実施した。
この最終仕上げ焼鈍では、900℃以上でのガス流量と700℃以上の温度領域の冷却過程における平均冷却速度および到達温度を変化させた。そして、820℃、100秒保持する条件で、鋼板形状を整える平坦化焼鈍を行い、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティングを付与して製品とし、磁気特性および被膜張力を評価した。なお、圧延方向の張力は張力コーティングの塗布量を変化させることで調整した。また、比較例として、最終仕上げ焼鈍後に上述した方法で溝形成を行なった製品も作製した。ここで、溝形成タイミング以外の製造条件は上記と同じとした。次いで、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した状態での鉄損を測定した。
上記した鉄損測定結果を表3に併記する。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に示したとおり、溝形成による磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する張力を有している方向性電磁鋼板を用いた場合、ビルディングファクターの劣化も抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。しかしながら、本発明の範囲を逸脱した方向性電磁鋼板を用いた場合、たとえ素材鉄損が良好であっても、実機トランスとしては、低鉄損が得られず、ビルディングファクターが劣化している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、該鋼板表面に磁区細分化を司る溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該溝の底部におけるフォルステライト被膜厚みが0.3μm以上で、
該溝直下にGoss方位から10°以上の方位差で、かつ粒径が5μm以上の結晶粒を有する溝の存在比率である溝頻度が20%以下で、
該フォルステライト被膜および該張力コーティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0

A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
【請求項2】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) 磁区細分化用の溝の形成を、フォルステライト被膜を形成する最終仕上げ焼鈍前に実施する、
(2) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(3) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(4) 最終仕上げ焼鈍の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下の範囲とする、
(5) 最終仕上げ焼鈍において、少なくとも900℃以上の温度域における雰囲気ガスの流量を1.5Nm/h・ton以下とする、
(6) 最終仕上げ焼鈍時の到達温度を1150℃以上とする、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−36446(P2012−36446A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178026(P2010−178026)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】