時効性金属材料の硬質化処理方法、硬質化処理装置及び切削工具
【課題】基材との密着性または耐久性に優れた硬質体を形成するための時効性金属材料表面の硬質化処理方法、及び時効性金属材料表面の硬質化処理装置、及び耐久性に優れ安価な切削工具を提供する。
【解決手段】固溶化熱処理した時効性金属材料19を、素地32中に析出成分を含む化合物31が析出しないように該金属材料19を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物31の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料19の析出成分を含む化合物31の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料19の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物31の微小突起物を形成する。
【解決手段】固溶化熱処理した時効性金属材料19を、素地32中に析出成分を含む化合物31が析出しないように該金属材料19を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物31の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料19の析出成分を含む化合物31の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料19の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物31の微小突起物を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時効性金属材料の硬質化処理方法、時効性金属材料の硬質化処理装置、及び切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
ドリル、エンドミル、ホブなどの切削工具には、高速度鋼(SKH)が用いられており、これに硬質皮膜をコーティングすると、磨耗寿命が著しく延びる。工具寿命の大半は、コーティング層の摩耗寿命であり、コーティング層が厚いほど寿命が長い。しかし、コーティング層を厚くするとコーティング作業時に膜のはく離が起こる。このため膜の厚さを制限するとともに、下地処理の改善、多層化などにより、はく離強度を上げる努力が続けられているが、現在実用化されている膜厚は、5μm程度にとどまっている。このようにコーティング膜のはく離が、工具の寿命延長のネックになっている。また、基材の耐熱性も重要で、基材が変形すると、膜に割れやはく離が起こる。したがって、上記の高速度鋼工具では、基材は焼入れ焼戻し処理が行われる。
【0003】
またスローアゥエー(使い捨て)タイプの切削用チップ(コーテッド工具)では、基材を超硬合金(WC、TiCなどの炭化物を、CoやNiをバインダーとして焼結したもの)とし、その上からイオンプレーティングやCVDにより、各種硬質薄膜をコーティングしている。基材を超硬合金とする理由は、高速切削では刃先の温度が上昇するため、高速度鋼では耐熱性が劣るためである。
【0004】
硬質皮膜の密着性を向上させる技術として、Ti−Al系硬質皮膜を窒化膜として形成させる場合に、反応ガス中に窒素と酸素を同時に添加し、窒化皮膜を形成させる技術が開示されている(例えば特許文献1参照)。
【0005】
また工具基体部材の表面に硬質複合多層皮膜を被覆することで、工具の切削寿命を延ばす技術も開示されている(例えば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2003−301264号公報
【特許文献2】特開平9−117807号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の技術は、反応ガス中に酸素を添加することで、窒化皮膜中に酸化物を介在させることが可能となり、この結果皮膜中の残留圧縮圧力が低下し皮膜の密着性が向上するとする技術である。
【0007】
特許文献2に記載の技術は、ステンレス用切削工具の工具基体部材の表面に基体部側から順に、Ti窒化物、Ti炭窒化物、Ti炭化物及びTi、Al窒化物を所定の厚さでコーティングすることで、ステンレス切削時にステンレスが溶着することが少なく、また膜剥離の少ない長寿命のステンレス用切削工具を形成することができるとするものである。
【0008】
特許文献1及び特許文献2に記載の技術は、基材に対する皮膜の密着性を向上させるものではあるが、より基材との密着性の高い硬質膜、または耐久性に優れた硬質膜、硬質材の開発が待たれている。また、これら基材への硬質膜、硬質体の形成は、これら材料を切削工具に適用することを考えれば、簡便な方法や安価な方法であることが望ましい。
【0009】
本発明の目的は、基材との密着性または耐久性に優れた硬質材を形成するための時効性金属材料の硬質化処理方法、及び時効性金属材料の硬質化処理装置、及び耐久性に優れ安価な切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように該金属材料を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0011】
また本発明は、請求項1に記載の硬質化処理の後、さらにエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0012】
また本発明は、請求項1に記載の硬質化処理の後、または請求項2に記載の硬質化処理の後、さらに微小突起物を有する金属材料表面を硬質材でコーティングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0013】
また本発明は、請求項1から3のいずれか1に記載の硬質化処理の後に、さらに時効性金属材料を時効硬化処理することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0014】
また本発明で、前記析出成分は、炭化物、金属間化合物であることを特徴とする請求項1に記載に時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0015】
また本発明は、使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することを特徴とする請求項1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0016】
また本発明で、前記化合物形成ガスは、窒素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0017】
また本発明で、前記硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むことを特徴とする請求項3に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0018】
また本発明は、請求項1から8のいずれか1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法により得られる金属材料を用いることを特徴とする切削工具である。
【0019】
また本発明は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、
該時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、
を含むことを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理装置である。
【0020】
また本発明は、さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、
を含むことを特徴とする請求項10に記載の時効性金属材料の硬質化処理装置である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の時効性金属材料の硬質化処理方法は、固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように金属材料を冷却しながら金属材料の表面をスパッタエッチングし、金属材料のスパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成させるので、複雑な工程を経ることなく金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。また、スパッタエッチングはスパッタエッチングする金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチングするので、硬度の高い微小突起物は素地と一体化しており、素地から容易に剥離することはない。
【0022】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに微小突起物を有する金属表面をエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングするので、微小突起物を含め金属表面に硬質化合物層を形成することができる。これにより金属材料の表面をさらに硬質化することができる。またエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングするので、簡単な方法で金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0023】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、時効性金属材料表面を更に硬質化することができる。また微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、微小突起物がアンカーとして機能し、硬質材の金属表面に対する密着性が強固となる。また微小突起物がアンカーとして機能するので、コーティングする硬質材の厚さを従来の方法に比べ厚くすることができる。
【0024】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに時効性金属材料を時効硬化処理する工程を含むので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。同様に、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、エッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングし、さらに時効性金属材料を時効硬化処理する工程を含むので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。同様に、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし時効性金属表面に微小突起物を形成させた後、微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングし、さらに時効性金属材料を時効硬化処理するので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。
【0025】
また本発明によれば、析出成分は、炭化物、金属間化合物であるので、硬度が高く耐磨耗性がある。また硬度が高い炭化物または金属間化合物を材料表面近傍に形成させることができるので、金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0026】
また本発明によれば、使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することが可能なので、所望の大きさ、所望の形状または所望の分布密度を有する微小突起物を得ることができる。これにより金属表面への硬質材のコーティングが容易となる。また金属表面にコーティングされる硬質材の金属表面に対する密着性が増す。
【0027】
また本発明によれば、化合物形成ガスは窒素ガスであるので、金属材料の表面に窒化物層を形成することができる。これにより金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0028】
また本発明によれば、硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むので、種々のコーティング方法を利用することが可能でありコーティング方法の幅が広がる。またいずれのコーティング方法であっても、微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、微小突起物がアンカーとして機能し硬質材の金属表面に対する密着性が強固となる。
【0029】
また本発明によれば、上記の硬質化処理した金属材料を切削工具として利用するので、金属材料の表面近傍の硬質材と素地の密着性が良好であり、また硬質材の厚さを厚くすることも可能で、耐磨耗性、耐久性に優れた切削工具を製造することができる。また超硬合金よりはるかに安価な高速度鋼(SKH)や熱間金型用合金工具鋼(SKD)を用い、上記の方法を適用することで、超硬合金を基材とする切削工具よりもはるかに安価で、優れた靭性と耐摩耗性をもつ切削工具を開発できる。
【0030】
また本時効性金属材料の硬質化処理装置は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、を含むので、本硬質化処理装置を用いて時効性金属材料を硬質化処理することができる。
【0031】
また本時効性金属材料の硬質化処理装置は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、を含むので、本硬質化処理装置を用いて時効性金属材料をさらに硬質化処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
図1は、本発明の実施の一形態としての時効性金属材料を硬質化処理する手順を示すフローチャートである。ステップS1からステップS11までの判断や手順は一例を示すだけであり、変更してよいことはもちろんである。
【0033】
まず時効性金属材料である供試体を固溶化熱処理する(ステップS1)。固溶化熱処理を行うことにより、析出成分を原子として素地中に分散(固溶)させる。時効性金属材料とは合金であって、合金を一度高温に保持してすべての合金元素を均一に分散させ急冷したのち、ある温度に加熱すると、一部の原子が集まって、別の相を形成する金属を言う。ここで言う別の相とは、炭化物、金属間化合物などもとの結晶構造と異なる結晶構造をもつものを言う。時効性金属材料としては、鋼、アルミニウム合金、チタン合金、銅合金などが該当する。固溶化熱処理は、鋼においては焼き入れとも呼ばれ、合金を一度高温に保持してすべての合金元素を均一に分布させ後、水中に投入するなどして急冷する操作を言う。
【0034】
固溶化熱処理は、時効性金属材料である供試体を、加熱炉で加熱後、水中に投入することにより行なうことができる。加熱手段である加熱炉は、略1200℃以上に加熱できるものであれば、特に種類は問わない。加熱の際供試体の酸化を防止する観点から、真空状態で加熱できるものであることが望ましい。予め固溶化熱処理を行なった材料を使用する場合は、本ステップS1を省略できることは言うまでもない。
【0035】
固溶化熱処理を行った後、供試体である試験片の表面を研磨、脱脂洗浄する(ステップS2)。試験片の表面には一般的に酸化物、さびまたは凹凸が存在するため、これを除去する目的で試験片の研磨を行う。試験片表面に酸化物、凹凸などが存在すると、スパッタエッチングの量が不均一となりやすいが、試験片表面を研磨することで金属材料表面へのスパッタエッチング量を均一にすることができる。また試験片表面に油分などが存在すると、これら油分等がスパッタエッチングより飛散し、試験片、装置等を汚染する場合がある。
【0036】
試験片の研磨は、金属表面の研磨に通常使用される研磨方法を用いて行えばよく、具体的には布などでできた柔らかいバフに、酸化クロム、アルミナなどの砥粒を付着させて研磨するバフ研磨、サンドペーパによる研磨などがある。脱脂洗浄は試験片表面に付着した油分などを除去するもので、洗浄剤には油分を溶解するアセトン、テトラヒドロフランなどの有機溶剤がある。
【0037】
次に研磨の終了した試験片を、スパッタエッチング装置を用いてスパッタエッチングし、試験片の表面近傍を硬質化する。試験片をスパッタエッチング装置に設置した後(ステップS3)、試験片の底面を強制的に冷却する(ステップS4)。このようにスパッタエッチングは試験片の一面を強制的に冷却しながら冷却面と相対する試験片の表面をスパッタエッチングする(ステップS5)。後述の実施例1(図8参照)のように、試験片19の冷却が十分である場合には、スパッタエッチング表面23から内部に向かう温度勾配は大きいので、表面近傍でのみ炭化物が析出する。一方、比較例1(図9参照)のように、ホルダー20と試料台18とが離れている場合には、温度勾配が小さいため、スパッタエッチング表面のみならず素地中に炭化物が析出し、表面近傍に形成された炭化物が内部に向かって安定的に成長しにくい。このため、エッチング時間の増加とともに、素地が優先的にエッチングされると、炭化物が脱落する。
【0038】
またスパッタエッチングはスパッタエッチングする試験片の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が試験片の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチングを行う必要がある。これにより試験片表面近傍に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成させ、金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0039】
図2は、スパッタエッチング装置10の概略的構成を示す図である。図2に示したスパッタ装置10は、高周波マグネトロンスパッタ装置であり、真空チャンバ11を備え、真空チャンバ11は、排気装置12に接続される。排気装置12は、管路13、拡散ポンプ14、油回転式真空ポンプなどで構成され、管路13を通じて拡散ポンプ14及び油回転式真空ポンプ15により真空チャンバ11内を真空にする。排気装置12は、真空チャンバ11内の圧力を6×10−3パルカル程度以下に減圧可能なことが望ましい。
【0040】
真空チャンバ11は、エッチングガスを供給するためのガス供給管路16を備え、エッチングに先立ちガス供給管路16を通じてエッチングガスを供給する。後述のステップS7において、微小突起物を形成させたのち突起物周辺を硬質化合物層で補強する場合、あるいはステップS9において、硬質材により表面をコーティングする場合には、アルゴンガスと窒素ガスの混合ガスを、供給管路16を通じて供給する。電源は電源供給手段17を通じて供給される。
【0041】
真空チャンバ11は、内部に試料台18を備える。試験片19は、ホルダー20に載置し、そのホルダー20を試料台18に載置することで試験片19をセットする。試料台18は、冷却手段としての水冷パイプ21(流入側)、及び水冷パイプ22(流出側)を有する。水冷パイプ21、22に冷却水を通じることで試料台18を冷却する。冷却された試料台18に熱伝導率のよいアルミニウム製試料ホルダー20を載せ、さらにその上に試験片19を置くことで、スパッタエッチングにより試験片19のエッチング表面23の温度が上昇しても、試験片19の底面24は十分に冷却され、大きな温度勾配が生じる。また真空チャンバ11は、内部にシャッタ25及びターゲット26を備え、スパッタエッチング装置10は、マッチングボックス27を備える。
【0042】
本装置10を用いてスパッタエッチングを行なう場合は、シャッタ25を開き高周波(RF)電源17により高周波を加えて、試料片19側を陰極、ターゲット26側を陽極とすると、プラズマとなったアルゴン陽イオンが陰極の試料片19に衝突して試料表面をスパッタエッチングすると同時に表面近傍に微小突起物の析出が起こる。
【0043】
なお後述のステップS9において試料片19のコーティングを行う場合には、ターゲット26を陰極、試料片19を陽極とし,高周波を加えてアルゴンをプラズマ化すると,アルゴン陽イオンがターゲットに衝突してターゲット(たとえばTiNなどのセラミックスあるいはチタンなどの金属)をスパッタし,これらの物質(あるいはガスと反応した化合物)が,試験片の表面23に堆積する。必要に応じて試験をスパッタコーティングする前に、シャッタ25を閉めたままで所定の時間放電させ、ターゲット26表面をスパッタにより清浄にしたのちに(除去された物質はシャッタ25の表面に付着する)、シャッタ25を開け、試験片表面にスパッタコーティングする。このように、ターゲット26と試験片19の極性を逆にすることにより、同じ装置でスパッタエッチングとスパッタコーティングの二つの機能を果たすことができる。
【0044】
本発明の実施形態では、スパッタエッチング装置として図2で示すマグネロトンスパッタ装置10を使用する例を示したけれども、スパッタエッチング装置は、試験片を冷却する冷却手段を備え、スパッタエッチングする試験片の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が試験片の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチング可能な装置であれば、装置の形式は特に限定されない。またスパッタに用いる気体としては、通常スパッタエッチングで使用されるアルゴンガスを、またスパッタ圧力もスパッタエッチングで通常使用される圧力でよい。以上のように比較的簡単な手順、操作で金属材料表面を硬質化させることができる。
【0045】
試験片表面に形成された微小突起物の一例を図3(a)〜図3(d)に示す。図3(a)〜図3(d)は、図1に示したステップS5までの工程終了後の金属表面の走査型イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope(SIM))写真である。使用した試験片は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430、合金工具鋼SKD5および低合金Cr−Mo鋼SCM435の4種類である。図3(a)〜図3(d)から分かるように金属材料表面に微小突起物が形成されている。微小突起物は、金属の種類によらず、突起の先端が細く素地に向かって太い円錐状の形状を有する。微小突起物の大きさに分布はあるものの、形状はどの突起物もほぼ円錐状である。
【0046】
図4(a)および(b)は、図1に示した手順でステンレス鋼SUS304鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後の表面写真であり、図4(c)は一つの突起物をGa+イオンビームによって切断し、溝を付けて観察した断面形態である。同様に図5(a)〜図5(c)は、図1に示したステップS5までの手順でにより、ステンレス鋼SUS430鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を、集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後の表面写真である。図4(b)から金属表面に形成させた微小突起物は、加工時間が長い場合(t=2.04ks)であっても、素地と一体的に形成されていることがわかる。ステンレス鋼SUS430鋼板でも加工時間t=0.748ksにおいて、微小突起物は素地と一体化していることがわかる(図5(a))。以上のように微小突起物は、素地から容易に脱落しない構造を有していることが分かる。
【0047】
また金属表面に形成される微小突起物は析出成分を含む金属間化合物である。具体的にはTiC、CrxCyなどの炭化物、TiNxなどの窒化物、Ni−Al金属間化合物、Ni―Tiなどの金属間化合物が該当する。後述の実証データ(図14)に示すように炭素を含む鋼の場合は、炭化物が析出する。また炭化物を利用しない析出硬化型の鋼、たとえば析出硬化型ステンレス鋼ではNi−Al金属間化合物、マルエージング鋼では、Ni−Ti,Ni−Alなどの微細な金属間化合物も析出する。他の析出硬化型の合金たとえばアルミニウム合金などでも、MgZn2が析出する。
【0048】
時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムは次のように考えられる。図6(a)〜図6(d)は、時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムを説明するための図である。ステンレス鋼を823〜1023K(鋭敏化温度域)に加熱すると、固溶炭素が粒内の欠陥や粒界へ拡散し、そこでクロムと結合してクロム炭化物を形成することはよく知られている。ステンレス鋼板19をスパッタエッチングすると、スパッタエッチングによる表面温度の上昇と空孔の導入によって、図6(a)に示すように、表面23または粒界への炭素30の拡散が促進され、クロム炭化物31が表面近傍に析出する。
【0049】
Ar+によるスパッタ率は硬い炭化物31より素地32の方が高いため、素地32の表面原子が優先的に削られ、図6(b)のように、球状の炭化物31が表面23に現れる。この炭化物31の表面原子もある速度でスパッタされるが、スパッタ率は、炭化物表面に対するスパッタ粒子の入射角(入射方向と表面法線とのなす角)に依存し、ある角度で極大値をとる。たとえば、SiおよびGeのスパッタ率は、Ar+(500eV)の入射角の増加につれて増加し、70−80°で最大となり、さらに入射角が増加すると、スパッタ率が急激に減少する(日本表面科学会編:薄膜技術,培風館,1999,P39−40)。したがって球状炭化物31の表面のうち、スパッタ効率が最大となる入射角で優先的にスパッタが生じ、図6(c)のように円錐状になるものと考えられる。
【0050】
一方、スパッタ時間の増加に伴って、図6(d)のように素地表面23は優先的にスパッタされるが、素地32から表面炭化物31に炭素30が供給され続けて、炭化物31は表面に平行な方向(水平)方向にも、厚さ方向にも成長する。もし、素地32のスパッタ速度が炭化物31の深さ方向の成長速度を超えないならば、炭化物31が表面から脱落することはない。
【0051】
上記のように微小突起物は突起物の先端が鋭利な円錐体であり、また炭化物など析出成分を含む金属間化合物であることから硬度が高く耐磨耗性を有する。炭化物のビッカース硬さは10〜30GPa程度であり素地の数倍の値である。これら特性を活かし、これら金属材料を切削工具の材料として利用することができる。これにより耐久性、耐磨耗性に優れた切削工具を製造することができる。
【0052】
上述のように、時効性金属材料の表面近傍に炭化物などの硬度の高い微小突起物を形成することで、これら材料を切削工具の材料として利用することは十分に可能であるが、更に金属材料表面を硬化させる必要がある場合は、ステップS6以下のステップを行なえばよい。
【0053】
ステップS6では、エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングするか否か判断する。エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングする場合はステップS7に、異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行なわない場合は、ステップS8に進む。
【0054】
ステップS7では、エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングする。ステップS5では、エッチングガスにアルゴンガスを使用する。アルゴンガスによるスパッタエッチングによって時効性金属表面に微小突起物を形成した後、アルゴンガスに窒素ガスを混入し異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行う。これにより微小突起物の周辺に硬い窒化物を形成することできる。窒化物自体も硬いので、微小突起物のぐらつきを防いで補強し、全体としてさらに剥離しにくい硬質体を形成することができる。この方法は、従来のプラズマ窒化を援用した処理方法と言える。窒素ガスのみならず,窒素を含むガス、メタンガスなどの炭素を含むガスなど、硬質化合物層を形成する元素を含むガスであれば、どのようなガスでも利用できる。
【0055】
ステップS7のエッチング用アルゴンガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行なう工程は、ステップS5のスパッタエッチング工程が終了した後、改めて行なうことも可能であるが、ステップS5のスパッタエッチングの工程の後半をステップS7の工程に置き換えることでも可能である。微小突起物の大きさ、形成する窒化物の厚さなどを考慮し、ステップS5及びステップS7のスパッタエッチング時間などを決定すればよい。
【0056】
上記までの工程で時効性金属材料は、十分に硬質化されるけれども、必要に応じて、時効性金属材料表面をさらに硬質材でコーティングすることもできる。ステップS8において、時効性金属材料表面を硬質材でコーティングする場合は、ステップS9に進み、時効性金属材料表面を硬質材でコーティングしない場合はステップS10に進む。ステップS9でコーティングの対象となる金属材料は、ステップS5で微小突起物を形成した金属材料であってもよく、またステップS7で微小突起物の周辺を窒化物で補強処理した金属材料であってもよい。
【0057】
時効性金属材料表面の硬質材でのコーティングは、TiN、TiC、SiCなどの薄膜をスパッタコーティングすることで行なうことができる。コーティングする金属材料表面には、微小突起物が形成されているので、微小突起物がアンカーとして機能し、TiN、TiC、SiCなどの薄膜をスパッタコーティングしても剥離しにくい。従来から行なわれているコーティングに比較して、硬質材の膜厚を厚くすることもできる。実施例7(図30参照)に示すように、硬質材を局所的な剥離もなく金属表面全体に均一に形成させることができる。また時効性金属材料表面を硬質材でコーティングすることにより、平坦な硬質薄膜を形成することができる。
【0058】
時効性金属材料表面の硬質材でのコーティング方法は、スパッタコーティング法がスパッタエッチング装置を利用できる点から望ましいけれども、スパッタコーティング法以外にもイオンプレーティング、CVD、めっきなどあらゆるコーティング法が利用可能なことは言うまでもない。また時効性金属材料表面に形成させる微小突起物は、後述のように大きさ、面密度、形状を制御することが可能なので、コーティングに適した微小突起物を形成させることで、コーティングが更に容易になる。またコーティングする硬質材の基材との密着性を強固にすることができる。
【0059】
図2に示したマグネトロンスパッタ装置10を用いたスパッタコーティングは、次の要領で行なうことができる。まず、スパッタエッチングに用いたと同じアルゴンガス(純度:99.999%、0.67パスカル)を真空チャンバ11に導入する。その後、高周波出力をたとえば200Wに調整してプラズマを発生させる。加速したアルゴンイオンは、TiN、TiCまたはSiCなどのターゲット26をスパッタし、試験片表面23にTiN、TiCまたはSiCなどの膜を形成させる。膜厚はスパッタ時間と高周波出力で制御できる。
【0060】
炭化物や窒化物の薄膜をスパッタコーティングする場合には、上記のセラミックスターゲットを用いなくても、金属ターゲットを用い、反応性スパッタ法によりセラミックス薄膜をコーティングすることができる。例えば、TiN薄膜をコーティングする場合には、アルゴンガス(純度:99.999%、0.54パスカル)に窒素ガス(純度:99.9999%、0.13パスカル)を混入し、純チタンターゲットをスパッタし、チタンと窒素ガスを反応させて、表面にTiN膜を形成させる。この方法は、通常よく用いられている方法であるが,セラミックスターゲットに比べて安価でスパッタ効率の大きい金属ターゲットを用いるので,経済的で成膜速度が速い。とくに,ステップS7で窒素ガスまたは他の化合物形成ガスを化合物層形成ガスとして用いる場合には,そのガスをステップS9でそのまま反応性スパッタガスとして用いることができるので利点が大きい。
【0061】
ステップS9までの工程により、金属材料を硬質化することが可能であり、これら金属材料を切削工具の材料として使用することができる。さらに長寿命の切削工具とするには、基材の時効硬化処理を行なうことが望ましい。このためステップS10において、基材の処理を行なうか否かの判断をする。基材の処理を行なう場合は、ステップS11で基材全体を時効硬化処理する。時効硬化処理の対象となる金属材料は、ステップS5の微小突起物を形成した金属材料、またはステップS7で金属材料表面を窒化物処理した金属材料、またはステップS9の金属材料表面を硬質材でコーティングした金属材料であってもよい。
【0062】
ステップS11での金属材料の時効硬化処理は、焼き戻し処理である。金属材料はすでに焼き入れがしてあるので、500から600℃に加熱して焼き戻し処理すれば、基材全体に微細な炭化物が析出して硬くなる(二次硬化現象)。これにより長寿命の工具を開発できる。また、これにより基材を高速度鋼(SKH)よりも安価な熱間金型用合金工具鋼(SKD)などに変更することも可能となる。この加熱は,スパッタエッチング装置10の真空チャンバ11内に赤外線加熱ランプを取り付ければ、真空チャンバ11内で行うこともできるが,この工程は最終工程であるので,製品をまとめて別の真空加熱炉内で加熱するのが効率的である。
【0063】
以上のように金属表面に微小突起物を形成した後は、必要に応じてさらに硬質化処理を行なうことができる。硬質化処理の組み合わせとしては、種々の組み合わせが可能である。例えば、ステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させる。またステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS7で金属材料表面を窒化物処理し、その後ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させる。またはステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS9で金属材料表面を硬質材でコーティングし、その後ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させることも可能である。
【0064】
次に微小突起物の形状を変更させる方法について説明する。
微小突起物は炭化物など金属間化合物であり、硬さが高い点に特徴があるが、形状を変化させることは可能である。実証データ(図29(a)、図29(b))に示すように、金属材料の表面に形成させた微小突起物の先端をガラス板に繰り返し衝突させることで、先端部を平坦化することができる。以上のような操作により、必要に応じて突起物の先端が平坦な突起物を得ることができる。
【0065】
次に微小突起物の大きさ、分布密度の制御方法について説明する。
微小突起物は、使用する金属材料の材質、またはスパッタエッチングの操作条件を制御することで、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することが可能である。スパッタエッチングの操作条件にはスパッタエッチングのエッチング時間、エッチングの出力、スパッタエッチング時の金属材料の冷却速度などがある。
【0066】
微小突起物の大きさ、分布密度は、使用する金属材料の材質によって大きく異なる。図7は後述の実施例2〜5で得られた各金属材料の微小突起物の面分布密度を示す図である。使用した金属材料は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430、低合金Cr−Mo鋼SCM435および合金工具鋼SKD5の4種類である。なお予め固溶化熱処理をして使用したことは言うまでもない。
【0067】
微小突起物の面分布密度は金属材料によって大きく異なり、微小突起物の数は1平方メートル当たりステンレス鋼SUS304鋼板、ステンレス鋼SUS430鋼板では4〜5×1012個、合金工具鋼SKD5では25〜70×1012個であった。低合金Cr−Mo鋼SCM435では、微小突起物の数は3〜25×1012個であった。オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430では、エッチング時間に対して面分布密度がほぼ一定であるのに対して、合金工具鋼SKD5ではエッチング時間とともに面分布密度が増加している。また低合金Cr−Mo鋼SCM435では、エッチング時間に対して面分布密度が増加した後減少している。
【0068】
また後述の実証データ(図18、21、24、27)で示すように金属材料の材質により微小突起物の大きさも異なった。スパッタエッチング時間28.8ksで、各金属材料表面に形成させた突起物の大きさを対比してみると、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304では、円錐体の底面の半径(以下半径と略す)が0.8〜1.2μmの大きさの突起物が50%以上であるのに対して、フェライト系ステンレス鋼SUS430では、半径0.4μm以下の大きさの突起物が約80%、低合金Cr−Mo鋼SCM435および合金工具鋼SKD5では、半径0.8〜1.2μmの大きさの突起物はほとんど見られない。以上のように使用する材料により面分布密度、大きさが大きく異なることから、金属材料を適切に選定することで、所望の分布密度または大きさを有する突起物を得ることができる。
【0069】
微小突起物はスパッタエッチングのエッチング時間によって、面分布密度または大きさが異なる。スパッタエッチング時間と面分布密度との関係は図7に示した通りである。スパッタエッチング時間と微小突起物の大きさとの関係は、使用する金属材料で挙動が異なる。後述の実証データ(図18、図21)で示すように、ステンレス鋼板の場合は、スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加している。
【0070】
これに対して実証データ(図24)で示す低合金Cr−Mo鋼SCM435、および実証データ(図27)に示す合金工具鋼SKD5では、半径が略0.4μm以下の円錐体が大部分を占め、スッパタエッチング時間を変化させてもその大きさにほとんど変化はみられない。以上のように金属材料にステンレス鋼を使用すると、スパッタエッチング時間によって微小突起物の大きさが変化することから、スパッタエッチング時間を制御することによって、所望の大きさまたは分布密度を有する微小突起物を得ることができる。
【0071】
微小突起物の大きさまたは分布密度は、上記のように金属材料の材質またはスッパタエッチングのエッチング時間によって異なるが、突起物の形状は円錐状でありこれら金属材料の材質またはスッパタエッチングのエッチング時間によらずほぼ一定である。実証データ(図17)にオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の表面に形成した微小突起物の底面の半径と高さの関係を示す。スパッタエッチング時間によらず微小突起物はほぼ円錐の形状を有している。
【0072】
円錐体の半径によらず、高さと半径との比であるアスペクト比がほぼ一定であることから、突起物の水平方向の成長速度、入射角0°における突起物と素地のスパッタ速度がアスペクト比を決める因子であり、(素地のスパッタ速度)/(炭化物のスパッタ速度)(炭化物の水平方向成長速度)が大きいほど、円錐体のアスペクト比が大きくなると思われる。これは素地のスパッタ(削り)速度が大きいほど、また突起物のスパッタ速度が小さいほど、表面に露出される部分の高さhは高くなる。また、突起物は垂直方向のみならず水平方向にも成長するので、突起物の水平方向の半径rは、その方向での成長速度に比例することによるものである。以上のことからスパッタエッチングによる表面温度、温度勾配を制御することでも突起物の大きさなどを制御することが可能と思われる。
【0073】
金属材料の表面温度を制御する因子としては、スパッタエッチングの出力、使用する気体またはスパッタ圧力などがある。スパッタエッチングの出力によって、突起物の形状(アスペクト比)を変化させることが可能なことは、後述の実証データからも裏付けられている。突起物の形状アスペクト比は、スパッタエッチングの出力が大きいほど大きい値となる。スパッタエッチング出力250Wでアスペクト比2.8(実証データ図13)であるのに対して、スパッタエッチング出力600Wではアスペクト比が3.2〜3.7(実証データ図17、20、23、26)であった。
【0074】
以上のように時効性金属材料表面に形成させる微小突起物は、スパッタエッチング時の金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つ制御することで、微小突起物の大きさ、面密度、形状を制御することが可能なので、金属材料表面の形状を変えることができる。また硬質材のコーティングに適した微小突起物を形成させることができる。
【0075】
(実施例1)次に、本発明の実施例を示す。
試験片には市販のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。鋼板の化学成分を表1に示す。
【0076】
【表1】
この試験片の表面をアルミナ粉末(平均粒子径0.06μm)でバフ研磨した後、アセトン溶液中で超音波脱脂洗浄した。試験片を厚さ1mmのアルミニウム製のホルダーに載せ、高周波マグネトロンスパッタ装置(最大高周波出力800W)に設置した。このとき、図8に示すように試験片19を載置したホルダー20は、水冷試料台18に直接接触させホルダー20の底面を強制的に冷却した。水冷試料台18は、冷却水21、22を通じることで行った。次に真空槽内の圧力を約0.006Paにした後、約6.7Paのアルゴンガス(純度99.999%)を導入しながらスパッタエッングを行った。
【0077】
スパッタエッチング後の試験片表面および断面形態を、走査型電子顕微鏡SEM(Scanning Electron Microscope)および集束イオンビーム装置(Focused Ion Beam(FIB)system、seiko instruments inc.製 SMI9200D)の走査型イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope(SIM))を用いて観察した。また、FIBを用いて表面析出物に溝を付け、その断面をSIMで観察した。析出成分の成分分析には、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA、日本電子株式会社製 JXA―8900)を用いた波長分散型X線分光分析(Wave Dispersive X−ray Spectroscopy:WDS)を使用した。
【0078】
(比較例1)比較例では、図9に示すように試験片19を載置したホルダー20は水冷試料台18に直接接触させることなく金属パッド40を介して載置した。水冷試料台18の冷却は、冷却水21、22を通じることで行った。よって本願発明の実施例1に比較して試験片19の底面24の温度は高い。冷却方法以外の手順、方法などは比較例1と実施例1とで同一である。
【0079】
(実施例1および比較例1の結果)図10(a)および(b)は、実施例1としてスパッタエッチング装置の出力を250W(プレート電流:約0.15A)に設定し、アルゴンイオンにより試験片表面を14.4ks間スパッタエッチングしたときの、試験片の表面をSEMで観察した写真である。最大直径約0.8μmの円形粒子が多数観察された。粒子は粒界に多く析出していた。この析出物はスパッタエッチングにより脱落している様子は見られなかった。一方比較例で示した実験条件、つまり試験片の底面の冷却が不十分な場合は、図11に示すように析出物の脱落によって生じた直径が1μm以下の穴が多く観察された。
【0080】
図12(a)〜図12(c)は、実施例1で得られた試験片の表面を走査型イオン顕微鏡で観察したときの写真である。図12(a)は、イオンビームと試料表面法線とのなす角(傾斜角)αを0°にして観察した画像であり、図12(b)はαを60°にして観察した画像である。図12(b)により多数の円錐状析出物が形成されていることがわかる。図12(c)は一つの円錐状析出物をGa+イオンビームによって切断して溝を付け、α=60°の傾斜角で観察した図である。円錐状析出物は素地と一体となっていることがわかる。
【0081】
図13は実施例1の析出物の半径(r)と高さ(h)の関係を示したものである。各析出物の高さ(h)は、図12(b)上の測定高さ(h’)から、h=h’/sin60°により求めた。これによると円錐状析出物の最小寸法は、高さhが約0.27μm、半径rが約0.08μmで、最大寸法は高さhが約2.3μm、半径rが約0.8μmであった。その高さhと半径rとの比であるアスペクト比は、析出物の大小に関らず約2.8であった。多くの析出物の寸法を測定した結果、半径0.7μm以上のものが最も多かった。
【0082】
図14は、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて実施例1の析出物の線分析を行った結果を示す図である。析出物上では炭素およびクロムの量が多く、鉄、ニッケルの量が少なかった。図15(a)、図15(b)は、試験片の表面および析出物を含む断面の炭素の面分析結果を示す図である。図14および図15(a)、図15(b)から円錐状析出物はクロム炭化物であることがわかった。図15(b)により表面から炭化物が突出した部分のみならず、約0.5μmの深さにも炭素が集中していることがわかる。炭化物は素地から常に炭素の供給を受けながら成長していたことを示唆している。
【0083】
(実施例2)試験片には市販のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0084】
(実施例2の結果)図16(a)〜図16(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図17は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.2であった。突起物の最大半径は約1.5μmであった。図18はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加した。スパッタエッチング時間7.2ksでは、半径0.8μm以上の突起物は見られなかった。スパッタエッチング時間28.8ksでは、半径1.2μm以上の半径を有する突起物の個数割合が10%以上を占めた。
【0085】
(実施例3)試験片には市販のフェライト系ステンレス鋼SUS430鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0086】
(実施例3の結果)図19(a)〜図19(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図20は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。オーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板と比較すると、突起物の大きさが全体的に小さい傾向が見られた。図21はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加した。ただしスパッタエッチング時間28.8ksにおいても、半径0.4μm以下の突起物の個数割合が80%以上を閉めており、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板と比べ小さい突起物の割合が多い。
【0087】
(実施例4)試験片には市販の低合金Cr−Mo鋼SCM435を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0088】
(実施例4の結果)図22(a)〜図22(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図23は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。実施例2または実施例3のステンレス鋼板の表面に形成した突起物の大きさと比較すると、突起物の大きさが小さい。突起物の最大半径は約0.8μmと実施例2または実施例3のステンレス鋼板のほぼ半分の大きさであった。
【0089】
図24はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間によらず半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が95%以上であった。スパッタエッチング時間が28.8ksにおいても、半径0.8μmを超える突起物は見られなかった。
【0090】
(実施例5)試験片には市販の合金工具鋼SKD5を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。鋼板の化学成分を表2に示す。
【0091】
【表2】
(実施例5の結果)図25(a)〜図25(c)は試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図26は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。実施例2または実施例3のステンレス鋼板の表面に形成した突起物の大きさと比較すると、突起物の大きさは50%程度である。また、実施例4の低合金Cr−Mo鋼SCM435と比較しても、突起物の大きさは小さい傾向であった。
【0092】
図27はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間によらず半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が約98%以上であった。スパッタエッチング時間が28.8ksにおいても、半径0.8μmを超える突起物は見られなかった。
【0093】
図28はスパッタエッチング前後のX線回折分析の結果を示す図である。スパッタエッチングした試験片は、スパッタエッチング前の試験片に比較して炭化物のピークが高くなっており、スパッタエッチングによって新たに表面で炭化物が生成することが伺える。スパッタエッチングにより紙片片の表面に生成した炭化物は、主にWC、(FeW)6Cおよび(FeW)3Cであることがわかる。
【0094】
(実施例6)実施例2のステンレス鋼板の表面に形成させた突起物の先端を、次の操作を行い平坦化させた。
【0095】
イオン交換水を入れたガラス容器に、突起物の先端がガラス容器の底部と当接するように設定した。ガラス容器を超音波洗浄器内に設置し、試験片に10分間超音波を与えた。材料を取り出しドライヤーによって熱風乾燥させた。
【0096】
(実施例6の結果)図29(a)、図29(b)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。突起物の先端が平坦になっていることが分かる。
【0097】
(実施例7)試験片には市販の合金工具鋼SKD5を使用した。次の要領でスパッタエッチング及びスパッタコーティングした。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。アルゴンガスによるスパッタエッチングの出力は600Wとし、スパッタエッチングを4時間(14.4ks)行ない、金属表面に微小突起物を形成させた。その後アルゴンガス(0.54パスカル)に窒素ガス(0.13パスカル)を導入し、純チタンターゲットをスパッタし、チタンと窒素ガスを反応させ、試験片表面にTiN膜を形成させた。成膜は10時間行なった。
【0098】
(実施例7の結果)図30は、微小突起物を有する金属材料表面をTiN膜でコーティングした金属材料表面の膜厚を粗さ計で測定した結果を示す図である。図30から分かるように、TiN膜の厚さは約13μmであった。また膜厚は試験片全体でほぼ均一であり、局所的な膜の剥離も見られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】本発明の実施の一形態としての時効性金属材料の硬質化処理手順を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施の一形態としての時効性金属材料を硬質化処理するスパッタエッチング装置10の概略的構成を示す図である。
【図3】図3(a)〜(d)は、本発明の図1のステップS5までの工程後の金属表面のSIM観察写真である。
【図4】図4(a)および(b)は図1に示したステップS5までの手順で、ステンレス鋼SUS304鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後のSIM観察写真であり、図4(c)は一つの突起物をGa+イオンビームによって切断し、溝を付けて観察した断面形態を示す図である。
【図5】図5(a)〜(c)は、本発明の図1のステップS5までの製造手順でステンレス鋼SUS430鋼板上に形成させた微小突起物を観察したSIM観察写真である。
【図6】図6(a)〜(d)は、本発明の時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムを説明するための図である。
【図7】本発明の実施例2〜5で得られた各金属材料の微小突起物の面分布密度を示す図である。
【図8】本発明の実施例1の試験片の冷却方法を示す図である。
【図9】本発明の比較例1の試験片の冷却方法を示す図である。
【図10】本発明の実施例1の試験片の表面のSEM観察写真である。
【図11】本発明の比較例1の試験片の表面のSEM観察写真である。
【図12】図12(a)〜(c)は、本発明の実施例1で得られた試験片の表面のSIM観察写真である。
【図13】本発明の実施例1の突起物の半径と高さの関係を示す図である。
【図14】本発明の実施例1の突起物を、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて線分析を行った結果を示す図である。
【図15】図15(a)、(b)は、本発明の実施例1の試験片表面および析出物を含む断面の炭素の面分析結果を示す図である。
【図16】図16(a)〜(c)は、本発明の実施例2の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図17】本発明の実施例2の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図18】本発明の実施例2の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図19】図19(a)〜(c)は、本発明の実施例3の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図20】本発明の実施例3の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図21】本発明の実施例3の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図22】図22(a)〜(c)は、本発明の実施例4の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図23】本発明の実施例4の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図24】本発明の実施例4の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図25】図25(a)〜(c)は、本発明の実施例5の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図26】本発明の実施例5の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図27】本発明の実施例5の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図28】本発明の実施例5のスパッタエッチング前後のX線回折分析の結果を示す図である。
【図29】図29(a)、(b)は、本発明の実施例6の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図30】本発明の実施例7のTiN膜でコーティングした金属材料表面の膜厚を粗さ計で測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0100】
10 マグネトロンスパッタ装置
18 冷却試料台
19 試験片
21、22 水冷パイプ
23 金属表面
30 炭素
31 炭化物
32 素地
【技術分野】
【0001】
本発明は、時効性金属材料の硬質化処理方法、時効性金属材料の硬質化処理装置、及び切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
ドリル、エンドミル、ホブなどの切削工具には、高速度鋼(SKH)が用いられており、これに硬質皮膜をコーティングすると、磨耗寿命が著しく延びる。工具寿命の大半は、コーティング層の摩耗寿命であり、コーティング層が厚いほど寿命が長い。しかし、コーティング層を厚くするとコーティング作業時に膜のはく離が起こる。このため膜の厚さを制限するとともに、下地処理の改善、多層化などにより、はく離強度を上げる努力が続けられているが、現在実用化されている膜厚は、5μm程度にとどまっている。このようにコーティング膜のはく離が、工具の寿命延長のネックになっている。また、基材の耐熱性も重要で、基材が変形すると、膜に割れやはく離が起こる。したがって、上記の高速度鋼工具では、基材は焼入れ焼戻し処理が行われる。
【0003】
またスローアゥエー(使い捨て)タイプの切削用チップ(コーテッド工具)では、基材を超硬合金(WC、TiCなどの炭化物を、CoやNiをバインダーとして焼結したもの)とし、その上からイオンプレーティングやCVDにより、各種硬質薄膜をコーティングしている。基材を超硬合金とする理由は、高速切削では刃先の温度が上昇するため、高速度鋼では耐熱性が劣るためである。
【0004】
硬質皮膜の密着性を向上させる技術として、Ti−Al系硬質皮膜を窒化膜として形成させる場合に、反応ガス中に窒素と酸素を同時に添加し、窒化皮膜を形成させる技術が開示されている(例えば特許文献1参照)。
【0005】
また工具基体部材の表面に硬質複合多層皮膜を被覆することで、工具の切削寿命を延ばす技術も開示されている(例えば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2003−301264号公報
【特許文献2】特開平9−117807号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の技術は、反応ガス中に酸素を添加することで、窒化皮膜中に酸化物を介在させることが可能となり、この結果皮膜中の残留圧縮圧力が低下し皮膜の密着性が向上するとする技術である。
【0007】
特許文献2に記載の技術は、ステンレス用切削工具の工具基体部材の表面に基体部側から順に、Ti窒化物、Ti炭窒化物、Ti炭化物及びTi、Al窒化物を所定の厚さでコーティングすることで、ステンレス切削時にステンレスが溶着することが少なく、また膜剥離の少ない長寿命のステンレス用切削工具を形成することができるとするものである。
【0008】
特許文献1及び特許文献2に記載の技術は、基材に対する皮膜の密着性を向上させるものではあるが、より基材との密着性の高い硬質膜、または耐久性に優れた硬質膜、硬質材の開発が待たれている。また、これら基材への硬質膜、硬質体の形成は、これら材料を切削工具に適用することを考えれば、簡便な方法や安価な方法であることが望ましい。
【0009】
本発明の目的は、基材との密着性または耐久性に優れた硬質材を形成するための時効性金属材料の硬質化処理方法、及び時効性金属材料の硬質化処理装置、及び耐久性に優れ安価な切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように該金属材料を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0011】
また本発明は、請求項1に記載の硬質化処理の後、さらにエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0012】
また本発明は、請求項1に記載の硬質化処理の後、または請求項2に記載の硬質化処理の後、さらに微小突起物を有する金属材料表面を硬質材でコーティングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0013】
また本発明は、請求項1から3のいずれか1に記載の硬質化処理の後に、さらに時効性金属材料を時効硬化処理することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0014】
また本発明で、前記析出成分は、炭化物、金属間化合物であることを特徴とする請求項1に記載に時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0015】
また本発明は、使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することを特徴とする請求項1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0016】
また本発明で、前記化合物形成ガスは、窒素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0017】
また本発明で、前記硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むことを特徴とする請求項3に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法である。
【0018】
また本発明は、請求項1から8のいずれか1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法により得られる金属材料を用いることを特徴とする切削工具である。
【0019】
また本発明は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、
該時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、
を含むことを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理装置である。
【0020】
また本発明は、さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、
を含むことを特徴とする請求項10に記載の時効性金属材料の硬質化処理装置である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の時効性金属材料の硬質化処理方法は、固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように金属材料を冷却しながら金属材料の表面をスパッタエッチングし、金属材料のスパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成させるので、複雑な工程を経ることなく金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。また、スパッタエッチングはスパッタエッチングする金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチングするので、硬度の高い微小突起物は素地と一体化しており、素地から容易に剥離することはない。
【0022】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに微小突起物を有する金属表面をエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングするので、微小突起物を含め金属表面に硬質化合物層を形成することができる。これにより金属材料の表面をさらに硬質化することができる。またエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングするので、簡単な方法で金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0023】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、時効性金属材料表面を更に硬質化することができる。また微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、微小突起物がアンカーとして機能し、硬質材の金属表面に対する密着性が強固となる。また微小突起物がアンカーとして機能するので、コーティングする硬質材の厚さを従来の方法に比べ厚くすることができる。
【0024】
また本発明によれば、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、さらに時効性金属材料を時効硬化処理する工程を含むので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。同様に、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし、時効性金属表面に微小突起物を形成させ、エッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングし、さらに時効性金属材料を時効硬化処理する工程を含むので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。同様に、固溶化熱処理した時効性金属材料をスパッタエッチングし時効性金属表面に微小突起物を形成させた後、微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングし、さらに時効性金属材料を時効硬化処理するので、素地全体に微細な析出成分を含む化合物が析出し、素地を硬化させることができる。
【0025】
また本発明によれば、析出成分は、炭化物、金属間化合物であるので、硬度が高く耐磨耗性がある。また硬度が高い炭化物または金属間化合物を材料表面近傍に形成させることができるので、金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0026】
また本発明によれば、使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することが可能なので、所望の大きさ、所望の形状または所望の分布密度を有する微小突起物を得ることができる。これにより金属表面への硬質材のコーティングが容易となる。また金属表面にコーティングされる硬質材の金属表面に対する密着性が増す。
【0027】
また本発明によれば、化合物形成ガスは窒素ガスであるので、金属材料の表面に窒化物層を形成することができる。これにより金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0028】
また本発明によれば、硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むので、種々のコーティング方法を利用することが可能でありコーティング方法の幅が広がる。またいずれのコーティング方法であっても、微小突起物を備える金属表面を硬質材でコーティングするので、微小突起物がアンカーとして機能し硬質材の金属表面に対する密着性が強固となる。
【0029】
また本発明によれば、上記の硬質化処理した金属材料を切削工具として利用するので、金属材料の表面近傍の硬質材と素地の密着性が良好であり、また硬質材の厚さを厚くすることも可能で、耐磨耗性、耐久性に優れた切削工具を製造することができる。また超硬合金よりはるかに安価な高速度鋼(SKH)や熱間金型用合金工具鋼(SKD)を用い、上記の方法を適用することで、超硬合金を基材とする切削工具よりもはるかに安価で、優れた靭性と耐摩耗性をもつ切削工具を開発できる。
【0030】
また本時効性金属材料の硬質化処理装置は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、を含むので、本硬質化処理装置を用いて時効性金属材料を硬質化処理することができる。
【0031】
また本時効性金属材料の硬質化処理装置は、時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、を含むので、本硬質化処理装置を用いて時効性金属材料をさらに硬質化処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
図1は、本発明の実施の一形態としての時効性金属材料を硬質化処理する手順を示すフローチャートである。ステップS1からステップS11までの判断や手順は一例を示すだけであり、変更してよいことはもちろんである。
【0033】
まず時効性金属材料である供試体を固溶化熱処理する(ステップS1)。固溶化熱処理を行うことにより、析出成分を原子として素地中に分散(固溶)させる。時効性金属材料とは合金であって、合金を一度高温に保持してすべての合金元素を均一に分散させ急冷したのち、ある温度に加熱すると、一部の原子が集まって、別の相を形成する金属を言う。ここで言う別の相とは、炭化物、金属間化合物などもとの結晶構造と異なる結晶構造をもつものを言う。時効性金属材料としては、鋼、アルミニウム合金、チタン合金、銅合金などが該当する。固溶化熱処理は、鋼においては焼き入れとも呼ばれ、合金を一度高温に保持してすべての合金元素を均一に分布させ後、水中に投入するなどして急冷する操作を言う。
【0034】
固溶化熱処理は、時効性金属材料である供試体を、加熱炉で加熱後、水中に投入することにより行なうことができる。加熱手段である加熱炉は、略1200℃以上に加熱できるものであれば、特に種類は問わない。加熱の際供試体の酸化を防止する観点から、真空状態で加熱できるものであることが望ましい。予め固溶化熱処理を行なった材料を使用する場合は、本ステップS1を省略できることは言うまでもない。
【0035】
固溶化熱処理を行った後、供試体である試験片の表面を研磨、脱脂洗浄する(ステップS2)。試験片の表面には一般的に酸化物、さびまたは凹凸が存在するため、これを除去する目的で試験片の研磨を行う。試験片表面に酸化物、凹凸などが存在すると、スパッタエッチングの量が不均一となりやすいが、試験片表面を研磨することで金属材料表面へのスパッタエッチング量を均一にすることができる。また試験片表面に油分などが存在すると、これら油分等がスパッタエッチングより飛散し、試験片、装置等を汚染する場合がある。
【0036】
試験片の研磨は、金属表面の研磨に通常使用される研磨方法を用いて行えばよく、具体的には布などでできた柔らかいバフに、酸化クロム、アルミナなどの砥粒を付着させて研磨するバフ研磨、サンドペーパによる研磨などがある。脱脂洗浄は試験片表面に付着した油分などを除去するもので、洗浄剤には油分を溶解するアセトン、テトラヒドロフランなどの有機溶剤がある。
【0037】
次に研磨の終了した試験片を、スパッタエッチング装置を用いてスパッタエッチングし、試験片の表面近傍を硬質化する。試験片をスパッタエッチング装置に設置した後(ステップS3)、試験片の底面を強制的に冷却する(ステップS4)。このようにスパッタエッチングは試験片の一面を強制的に冷却しながら冷却面と相対する試験片の表面をスパッタエッチングする(ステップS5)。後述の実施例1(図8参照)のように、試験片19の冷却が十分である場合には、スパッタエッチング表面23から内部に向かう温度勾配は大きいので、表面近傍でのみ炭化物が析出する。一方、比較例1(図9参照)のように、ホルダー20と試料台18とが離れている場合には、温度勾配が小さいため、スパッタエッチング表面のみならず素地中に炭化物が析出し、表面近傍に形成された炭化物が内部に向かって安定的に成長しにくい。このため、エッチング時間の増加とともに、素地が優先的にエッチングされると、炭化物が脱落する。
【0038】
またスパッタエッチングはスパッタエッチングする試験片の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が試験片の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチングを行う必要がある。これにより試験片表面近傍に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成させ、金属材料の表面近傍を硬質化させることができる。
【0039】
図2は、スパッタエッチング装置10の概略的構成を示す図である。図2に示したスパッタ装置10は、高周波マグネトロンスパッタ装置であり、真空チャンバ11を備え、真空チャンバ11は、排気装置12に接続される。排気装置12は、管路13、拡散ポンプ14、油回転式真空ポンプなどで構成され、管路13を通じて拡散ポンプ14及び油回転式真空ポンプ15により真空チャンバ11内を真空にする。排気装置12は、真空チャンバ11内の圧力を6×10−3パルカル程度以下に減圧可能なことが望ましい。
【0040】
真空チャンバ11は、エッチングガスを供給するためのガス供給管路16を備え、エッチングに先立ちガス供給管路16を通じてエッチングガスを供給する。後述のステップS7において、微小突起物を形成させたのち突起物周辺を硬質化合物層で補強する場合、あるいはステップS9において、硬質材により表面をコーティングする場合には、アルゴンガスと窒素ガスの混合ガスを、供給管路16を通じて供給する。電源は電源供給手段17を通じて供給される。
【0041】
真空チャンバ11は、内部に試料台18を備える。試験片19は、ホルダー20に載置し、そのホルダー20を試料台18に載置することで試験片19をセットする。試料台18は、冷却手段としての水冷パイプ21(流入側)、及び水冷パイプ22(流出側)を有する。水冷パイプ21、22に冷却水を通じることで試料台18を冷却する。冷却された試料台18に熱伝導率のよいアルミニウム製試料ホルダー20を載せ、さらにその上に試験片19を置くことで、スパッタエッチングにより試験片19のエッチング表面23の温度が上昇しても、試験片19の底面24は十分に冷却され、大きな温度勾配が生じる。また真空チャンバ11は、内部にシャッタ25及びターゲット26を備え、スパッタエッチング装置10は、マッチングボックス27を備える。
【0042】
本装置10を用いてスパッタエッチングを行なう場合は、シャッタ25を開き高周波(RF)電源17により高周波を加えて、試料片19側を陰極、ターゲット26側を陽極とすると、プラズマとなったアルゴン陽イオンが陰極の試料片19に衝突して試料表面をスパッタエッチングすると同時に表面近傍に微小突起物の析出が起こる。
【0043】
なお後述のステップS9において試料片19のコーティングを行う場合には、ターゲット26を陰極、試料片19を陽極とし,高周波を加えてアルゴンをプラズマ化すると,アルゴン陽イオンがターゲットに衝突してターゲット(たとえばTiNなどのセラミックスあるいはチタンなどの金属)をスパッタし,これらの物質(あるいはガスと反応した化合物)が,試験片の表面23に堆積する。必要に応じて試験をスパッタコーティングする前に、シャッタ25を閉めたままで所定の時間放電させ、ターゲット26表面をスパッタにより清浄にしたのちに(除去された物質はシャッタ25の表面に付着する)、シャッタ25を開け、試験片表面にスパッタコーティングする。このように、ターゲット26と試験片19の極性を逆にすることにより、同じ装置でスパッタエッチングとスパッタコーティングの二つの機能を果たすことができる。
【0044】
本発明の実施形態では、スパッタエッチング装置として図2で示すマグネロトンスパッタ装置10を使用する例を示したけれども、スパッタエッチング装置は、試験片を冷却する冷却手段を備え、スパッタエッチングする試験片の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにエッチングするとともに、スパッタエッチング速度が試験片の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でエッチング可能な装置であれば、装置の形式は特に限定されない。またスパッタに用いる気体としては、通常スパッタエッチングで使用されるアルゴンガスを、またスパッタ圧力もスパッタエッチングで通常使用される圧力でよい。以上のように比較的簡単な手順、操作で金属材料表面を硬質化させることができる。
【0045】
試験片表面に形成された微小突起物の一例を図3(a)〜図3(d)に示す。図3(a)〜図3(d)は、図1に示したステップS5までの工程終了後の金属表面の走査型イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope(SIM))写真である。使用した試験片は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430、合金工具鋼SKD5および低合金Cr−Mo鋼SCM435の4種類である。図3(a)〜図3(d)から分かるように金属材料表面に微小突起物が形成されている。微小突起物は、金属の種類によらず、突起の先端が細く素地に向かって太い円錐状の形状を有する。微小突起物の大きさに分布はあるものの、形状はどの突起物もほぼ円錐状である。
【0046】
図4(a)および(b)は、図1に示した手順でステンレス鋼SUS304鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後の表面写真であり、図4(c)は一つの突起物をGa+イオンビームによって切断し、溝を付けて観察した断面形態である。同様に図5(a)〜図5(c)は、図1に示したステップS5までの手順でにより、ステンレス鋼SUS430鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を、集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後の表面写真である。図4(b)から金属表面に形成させた微小突起物は、加工時間が長い場合(t=2.04ks)であっても、素地と一体的に形成されていることがわかる。ステンレス鋼SUS430鋼板でも加工時間t=0.748ksにおいて、微小突起物は素地と一体化していることがわかる(図5(a))。以上のように微小突起物は、素地から容易に脱落しない構造を有していることが分かる。
【0047】
また金属表面に形成される微小突起物は析出成分を含む金属間化合物である。具体的にはTiC、CrxCyなどの炭化物、TiNxなどの窒化物、Ni−Al金属間化合物、Ni―Tiなどの金属間化合物が該当する。後述の実証データ(図14)に示すように炭素を含む鋼の場合は、炭化物が析出する。また炭化物を利用しない析出硬化型の鋼、たとえば析出硬化型ステンレス鋼ではNi−Al金属間化合物、マルエージング鋼では、Ni−Ti,Ni−Alなどの微細な金属間化合物も析出する。他の析出硬化型の合金たとえばアルミニウム合金などでも、MgZn2が析出する。
【0048】
時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムは次のように考えられる。図6(a)〜図6(d)は、時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムを説明するための図である。ステンレス鋼を823〜1023K(鋭敏化温度域)に加熱すると、固溶炭素が粒内の欠陥や粒界へ拡散し、そこでクロムと結合してクロム炭化物を形成することはよく知られている。ステンレス鋼板19をスパッタエッチングすると、スパッタエッチングによる表面温度の上昇と空孔の導入によって、図6(a)に示すように、表面23または粒界への炭素30の拡散が促進され、クロム炭化物31が表面近傍に析出する。
【0049】
Ar+によるスパッタ率は硬い炭化物31より素地32の方が高いため、素地32の表面原子が優先的に削られ、図6(b)のように、球状の炭化物31が表面23に現れる。この炭化物31の表面原子もある速度でスパッタされるが、スパッタ率は、炭化物表面に対するスパッタ粒子の入射角(入射方向と表面法線とのなす角)に依存し、ある角度で極大値をとる。たとえば、SiおよびGeのスパッタ率は、Ar+(500eV)の入射角の増加につれて増加し、70−80°で最大となり、さらに入射角が増加すると、スパッタ率が急激に減少する(日本表面科学会編:薄膜技術,培風館,1999,P39−40)。したがって球状炭化物31の表面のうち、スパッタ効率が最大となる入射角で優先的にスパッタが生じ、図6(c)のように円錐状になるものと考えられる。
【0050】
一方、スパッタ時間の増加に伴って、図6(d)のように素地表面23は優先的にスパッタされるが、素地32から表面炭化物31に炭素30が供給され続けて、炭化物31は表面に平行な方向(水平)方向にも、厚さ方向にも成長する。もし、素地32のスパッタ速度が炭化物31の深さ方向の成長速度を超えないならば、炭化物31が表面から脱落することはない。
【0051】
上記のように微小突起物は突起物の先端が鋭利な円錐体であり、また炭化物など析出成分を含む金属間化合物であることから硬度が高く耐磨耗性を有する。炭化物のビッカース硬さは10〜30GPa程度であり素地の数倍の値である。これら特性を活かし、これら金属材料を切削工具の材料として利用することができる。これにより耐久性、耐磨耗性に優れた切削工具を製造することができる。
【0052】
上述のように、時効性金属材料の表面近傍に炭化物などの硬度の高い微小突起物を形成することで、これら材料を切削工具の材料として利用することは十分に可能であるが、更に金属材料表面を硬化させる必要がある場合は、ステップS6以下のステップを行なえばよい。
【0053】
ステップS6では、エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングするか否か判断する。エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングする場合はステップS7に、異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行なわない場合は、ステップS8に進む。
【0054】
ステップS7では、エッチングガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングする。ステップS5では、エッチングガスにアルゴンガスを使用する。アルゴンガスによるスパッタエッチングによって時効性金属表面に微小突起物を形成した後、アルゴンガスに窒素ガスを混入し異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行う。これにより微小突起物の周辺に硬い窒化物を形成することできる。窒化物自体も硬いので、微小突起物のぐらつきを防いで補強し、全体としてさらに剥離しにくい硬質体を形成することができる。この方法は、従来のプラズマ窒化を援用した処理方法と言える。窒素ガスのみならず,窒素を含むガス、メタンガスなどの炭素を含むガスなど、硬質化合物層を形成する元素を含むガスであれば、どのようなガスでも利用できる。
【0055】
ステップS7のエッチング用アルゴンガスに窒素ガスを混合し、異常グロー放電領域でスパッタエッチングを行なう工程は、ステップS5のスパッタエッチング工程が終了した後、改めて行なうことも可能であるが、ステップS5のスパッタエッチングの工程の後半をステップS7の工程に置き換えることでも可能である。微小突起物の大きさ、形成する窒化物の厚さなどを考慮し、ステップS5及びステップS7のスパッタエッチング時間などを決定すればよい。
【0056】
上記までの工程で時効性金属材料は、十分に硬質化されるけれども、必要に応じて、時効性金属材料表面をさらに硬質材でコーティングすることもできる。ステップS8において、時効性金属材料表面を硬質材でコーティングする場合は、ステップS9に進み、時効性金属材料表面を硬質材でコーティングしない場合はステップS10に進む。ステップS9でコーティングの対象となる金属材料は、ステップS5で微小突起物を形成した金属材料であってもよく、またステップS7で微小突起物の周辺を窒化物で補強処理した金属材料であってもよい。
【0057】
時効性金属材料表面の硬質材でのコーティングは、TiN、TiC、SiCなどの薄膜をスパッタコーティングすることで行なうことができる。コーティングする金属材料表面には、微小突起物が形成されているので、微小突起物がアンカーとして機能し、TiN、TiC、SiCなどの薄膜をスパッタコーティングしても剥離しにくい。従来から行なわれているコーティングに比較して、硬質材の膜厚を厚くすることもできる。実施例7(図30参照)に示すように、硬質材を局所的な剥離もなく金属表面全体に均一に形成させることができる。また時効性金属材料表面を硬質材でコーティングすることにより、平坦な硬質薄膜を形成することができる。
【0058】
時効性金属材料表面の硬質材でのコーティング方法は、スパッタコーティング法がスパッタエッチング装置を利用できる点から望ましいけれども、スパッタコーティング法以外にもイオンプレーティング、CVD、めっきなどあらゆるコーティング法が利用可能なことは言うまでもない。また時効性金属材料表面に形成させる微小突起物は、後述のように大きさ、面密度、形状を制御することが可能なので、コーティングに適した微小突起物を形成させることで、コーティングが更に容易になる。またコーティングする硬質材の基材との密着性を強固にすることができる。
【0059】
図2に示したマグネトロンスパッタ装置10を用いたスパッタコーティングは、次の要領で行なうことができる。まず、スパッタエッチングに用いたと同じアルゴンガス(純度:99.999%、0.67パスカル)を真空チャンバ11に導入する。その後、高周波出力をたとえば200Wに調整してプラズマを発生させる。加速したアルゴンイオンは、TiN、TiCまたはSiCなどのターゲット26をスパッタし、試験片表面23にTiN、TiCまたはSiCなどの膜を形成させる。膜厚はスパッタ時間と高周波出力で制御できる。
【0060】
炭化物や窒化物の薄膜をスパッタコーティングする場合には、上記のセラミックスターゲットを用いなくても、金属ターゲットを用い、反応性スパッタ法によりセラミックス薄膜をコーティングすることができる。例えば、TiN薄膜をコーティングする場合には、アルゴンガス(純度:99.999%、0.54パスカル)に窒素ガス(純度:99.9999%、0.13パスカル)を混入し、純チタンターゲットをスパッタし、チタンと窒素ガスを反応させて、表面にTiN膜を形成させる。この方法は、通常よく用いられている方法であるが,セラミックスターゲットに比べて安価でスパッタ効率の大きい金属ターゲットを用いるので,経済的で成膜速度が速い。とくに,ステップS7で窒素ガスまたは他の化合物形成ガスを化合物層形成ガスとして用いる場合には,そのガスをステップS9でそのまま反応性スパッタガスとして用いることができるので利点が大きい。
【0061】
ステップS9までの工程により、金属材料を硬質化することが可能であり、これら金属材料を切削工具の材料として使用することができる。さらに長寿命の切削工具とするには、基材の時効硬化処理を行なうことが望ましい。このためステップS10において、基材の処理を行なうか否かの判断をする。基材の処理を行なう場合は、ステップS11で基材全体を時効硬化処理する。時効硬化処理の対象となる金属材料は、ステップS5の微小突起物を形成した金属材料、またはステップS7で金属材料表面を窒化物処理した金属材料、またはステップS9の金属材料表面を硬質材でコーティングした金属材料であってもよい。
【0062】
ステップS11での金属材料の時効硬化処理は、焼き戻し処理である。金属材料はすでに焼き入れがしてあるので、500から600℃に加熱して焼き戻し処理すれば、基材全体に微細な炭化物が析出して硬くなる(二次硬化現象)。これにより長寿命の工具を開発できる。また、これにより基材を高速度鋼(SKH)よりも安価な熱間金型用合金工具鋼(SKD)などに変更することも可能となる。この加熱は,スパッタエッチング装置10の真空チャンバ11内に赤外線加熱ランプを取り付ければ、真空チャンバ11内で行うこともできるが,この工程は最終工程であるので,製品をまとめて別の真空加熱炉内で加熱するのが効率的である。
【0063】
以上のように金属表面に微小突起物を形成した後は、必要に応じてさらに硬質化処理を行なうことができる。硬質化処理の組み合わせとしては、種々の組み合わせが可能である。例えば、ステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させる。またステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS7で金属材料表面を窒化物処理し、その後ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させる。またはステップS5で金属表面に微小突起物を形成した後、ステップS9で金属材料表面を硬質材でコーティングし、その後ステップS11で金属材料を時効硬化処理し素材を硬化させることも可能である。
【0064】
次に微小突起物の形状を変更させる方法について説明する。
微小突起物は炭化物など金属間化合物であり、硬さが高い点に特徴があるが、形状を変化させることは可能である。実証データ(図29(a)、図29(b))に示すように、金属材料の表面に形成させた微小突起物の先端をガラス板に繰り返し衝突させることで、先端部を平坦化することができる。以上のような操作により、必要に応じて突起物の先端が平坦な突起物を得ることができる。
【0065】
次に微小突起物の大きさ、分布密度の制御方法について説明する。
微小突起物は、使用する金属材料の材質、またはスパッタエッチングの操作条件を制御することで、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することが可能である。スパッタエッチングの操作条件にはスパッタエッチングのエッチング時間、エッチングの出力、スパッタエッチング時の金属材料の冷却速度などがある。
【0066】
微小突起物の大きさ、分布密度は、使用する金属材料の材質によって大きく異なる。図7は後述の実施例2〜5で得られた各金属材料の微小突起物の面分布密度を示す図である。使用した金属材料は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430、低合金Cr−Mo鋼SCM435および合金工具鋼SKD5の4種類である。なお予め固溶化熱処理をして使用したことは言うまでもない。
【0067】
微小突起物の面分布密度は金属材料によって大きく異なり、微小突起物の数は1平方メートル当たりステンレス鋼SUS304鋼板、ステンレス鋼SUS430鋼板では4〜5×1012個、合金工具鋼SKD5では25〜70×1012個であった。低合金Cr−Mo鋼SCM435では、微小突起物の数は3〜25×1012個であった。オーステナイト系ステンレス鋼SUS304、フェライト系ステンレス鋼SUS430では、エッチング時間に対して面分布密度がほぼ一定であるのに対して、合金工具鋼SKD5ではエッチング時間とともに面分布密度が増加している。また低合金Cr−Mo鋼SCM435では、エッチング時間に対して面分布密度が増加した後減少している。
【0068】
また後述の実証データ(図18、21、24、27)で示すように金属材料の材質により微小突起物の大きさも異なった。スパッタエッチング時間28.8ksで、各金属材料表面に形成させた突起物の大きさを対比してみると、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304では、円錐体の底面の半径(以下半径と略す)が0.8〜1.2μmの大きさの突起物が50%以上であるのに対して、フェライト系ステンレス鋼SUS430では、半径0.4μm以下の大きさの突起物が約80%、低合金Cr−Mo鋼SCM435および合金工具鋼SKD5では、半径0.8〜1.2μmの大きさの突起物はほとんど見られない。以上のように使用する材料により面分布密度、大きさが大きく異なることから、金属材料を適切に選定することで、所望の分布密度または大きさを有する突起物を得ることができる。
【0069】
微小突起物はスパッタエッチングのエッチング時間によって、面分布密度または大きさが異なる。スパッタエッチング時間と面分布密度との関係は図7に示した通りである。スパッタエッチング時間と微小突起物の大きさとの関係は、使用する金属材料で挙動が異なる。後述の実証データ(図18、図21)で示すように、ステンレス鋼板の場合は、スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加している。
【0070】
これに対して実証データ(図24)で示す低合金Cr−Mo鋼SCM435、および実証データ(図27)に示す合金工具鋼SKD5では、半径が略0.4μm以下の円錐体が大部分を占め、スッパタエッチング時間を変化させてもその大きさにほとんど変化はみられない。以上のように金属材料にステンレス鋼を使用すると、スパッタエッチング時間によって微小突起物の大きさが変化することから、スパッタエッチング時間を制御することによって、所望の大きさまたは分布密度を有する微小突起物を得ることができる。
【0071】
微小突起物の大きさまたは分布密度は、上記のように金属材料の材質またはスッパタエッチングのエッチング時間によって異なるが、突起物の形状は円錐状でありこれら金属材料の材質またはスッパタエッチングのエッチング時間によらずほぼ一定である。実証データ(図17)にオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の表面に形成した微小突起物の底面の半径と高さの関係を示す。スパッタエッチング時間によらず微小突起物はほぼ円錐の形状を有している。
【0072】
円錐体の半径によらず、高さと半径との比であるアスペクト比がほぼ一定であることから、突起物の水平方向の成長速度、入射角0°における突起物と素地のスパッタ速度がアスペクト比を決める因子であり、(素地のスパッタ速度)/(炭化物のスパッタ速度)(炭化物の水平方向成長速度)が大きいほど、円錐体のアスペクト比が大きくなると思われる。これは素地のスパッタ(削り)速度が大きいほど、また突起物のスパッタ速度が小さいほど、表面に露出される部分の高さhは高くなる。また、突起物は垂直方向のみならず水平方向にも成長するので、突起物の水平方向の半径rは、その方向での成長速度に比例することによるものである。以上のことからスパッタエッチングによる表面温度、温度勾配を制御することでも突起物の大きさなどを制御することが可能と思われる。
【0073】
金属材料の表面温度を制御する因子としては、スパッタエッチングの出力、使用する気体またはスパッタ圧力などがある。スパッタエッチングの出力によって、突起物の形状(アスペクト比)を変化させることが可能なことは、後述の実証データからも裏付けられている。突起物の形状アスペクト比は、スパッタエッチングの出力が大きいほど大きい値となる。スパッタエッチング出力250Wでアスペクト比2.8(実証データ図13)であるのに対して、スパッタエッチング出力600Wではアスペクト比が3.2〜3.7(実証データ図17、20、23、26)であった。
【0074】
以上のように時効性金属材料表面に形成させる微小突起物は、スパッタエッチング時の金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つ制御することで、微小突起物の大きさ、面密度、形状を制御することが可能なので、金属材料表面の形状を変えることができる。また硬質材のコーティングに適した微小突起物を形成させることができる。
【0075】
(実施例1)次に、本発明の実施例を示す。
試験片には市販のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。鋼板の化学成分を表1に示す。
【0076】
【表1】
この試験片の表面をアルミナ粉末(平均粒子径0.06μm)でバフ研磨した後、アセトン溶液中で超音波脱脂洗浄した。試験片を厚さ1mmのアルミニウム製のホルダーに載せ、高周波マグネトロンスパッタ装置(最大高周波出力800W)に設置した。このとき、図8に示すように試験片19を載置したホルダー20は、水冷試料台18に直接接触させホルダー20の底面を強制的に冷却した。水冷試料台18は、冷却水21、22を通じることで行った。次に真空槽内の圧力を約0.006Paにした後、約6.7Paのアルゴンガス(純度99.999%)を導入しながらスパッタエッングを行った。
【0077】
スパッタエッチング後の試験片表面および断面形態を、走査型電子顕微鏡SEM(Scanning Electron Microscope)および集束イオンビーム装置(Focused Ion Beam(FIB)system、seiko instruments inc.製 SMI9200D)の走査型イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope(SIM))を用いて観察した。また、FIBを用いて表面析出物に溝を付け、その断面をSIMで観察した。析出成分の成分分析には、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA、日本電子株式会社製 JXA―8900)を用いた波長分散型X線分光分析(Wave Dispersive X−ray Spectroscopy:WDS)を使用した。
【0078】
(比較例1)比較例では、図9に示すように試験片19を載置したホルダー20は水冷試料台18に直接接触させることなく金属パッド40を介して載置した。水冷試料台18の冷却は、冷却水21、22を通じることで行った。よって本願発明の実施例1に比較して試験片19の底面24の温度は高い。冷却方法以外の手順、方法などは比較例1と実施例1とで同一である。
【0079】
(実施例1および比較例1の結果)図10(a)および(b)は、実施例1としてスパッタエッチング装置の出力を250W(プレート電流:約0.15A)に設定し、アルゴンイオンにより試験片表面を14.4ks間スパッタエッチングしたときの、試験片の表面をSEMで観察した写真である。最大直径約0.8μmの円形粒子が多数観察された。粒子は粒界に多く析出していた。この析出物はスパッタエッチングにより脱落している様子は見られなかった。一方比較例で示した実験条件、つまり試験片の底面の冷却が不十分な場合は、図11に示すように析出物の脱落によって生じた直径が1μm以下の穴が多く観察された。
【0080】
図12(a)〜図12(c)は、実施例1で得られた試験片の表面を走査型イオン顕微鏡で観察したときの写真である。図12(a)は、イオンビームと試料表面法線とのなす角(傾斜角)αを0°にして観察した画像であり、図12(b)はαを60°にして観察した画像である。図12(b)により多数の円錐状析出物が形成されていることがわかる。図12(c)は一つの円錐状析出物をGa+イオンビームによって切断して溝を付け、α=60°の傾斜角で観察した図である。円錐状析出物は素地と一体となっていることがわかる。
【0081】
図13は実施例1の析出物の半径(r)と高さ(h)の関係を示したものである。各析出物の高さ(h)は、図12(b)上の測定高さ(h’)から、h=h’/sin60°により求めた。これによると円錐状析出物の最小寸法は、高さhが約0.27μm、半径rが約0.08μmで、最大寸法は高さhが約2.3μm、半径rが約0.8μmであった。その高さhと半径rとの比であるアスペクト比は、析出物の大小に関らず約2.8であった。多くの析出物の寸法を測定した結果、半径0.7μm以上のものが最も多かった。
【0082】
図14は、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて実施例1の析出物の線分析を行った結果を示す図である。析出物上では炭素およびクロムの量が多く、鉄、ニッケルの量が少なかった。図15(a)、図15(b)は、試験片の表面および析出物を含む断面の炭素の面分析結果を示す図である。図14および図15(a)、図15(b)から円錐状析出物はクロム炭化物であることがわかった。図15(b)により表面から炭化物が突出した部分のみならず、約0.5μmの深さにも炭素が集中していることがわかる。炭化物は素地から常に炭素の供給を受けながら成長していたことを示唆している。
【0083】
(実施例2)試験片には市販のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0084】
(実施例2の結果)図16(a)〜図16(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図17は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.2であった。突起物の最大半径は約1.5μmであった。図18はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加した。スパッタエッチング時間7.2ksでは、半径0.8μm以上の突起物は見られなかった。スパッタエッチング時間28.8ksでは、半径1.2μm以上の半径を有する突起物の個数割合が10%以上を占めた。
【0085】
(実施例3)試験片には市販のフェライト系ステンレス鋼SUS430鋼板を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横10mm×厚さ1.5mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0086】
(実施例3の結果)図19(a)〜図19(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図20は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。オーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板と比較すると、突起物の大きさが全体的に小さい傾向が見られた。図21はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間経過とともに、半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が減少し、半径1μm程度の大きい突起物の割合が増加した。ただしスパッタエッチング時間28.8ksにおいても、半径0.4μm以下の突起物の個数割合が80%以上を閉めており、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304鋼板と比べ小さい突起物の割合が多い。
【0087】
(実施例4)試験片には市販の低合金Cr−Mo鋼SCM435を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。
【0088】
(実施例4の結果)図22(a)〜図22(c)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図23は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。実施例2または実施例3のステンレス鋼板の表面に形成した突起物の大きさと比較すると、突起物の大きさが小さい。突起物の最大半径は約0.8μmと実施例2または実施例3のステンレス鋼板のほぼ半分の大きさであった。
【0089】
図24はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間によらず半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が95%以上であった。スパッタエッチング時間が28.8ksにおいても、半径0.8μmを超える突起物は見られなかった。
【0090】
(実施例5)試験片には市販の合金工具鋼SKD5を使用した。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。スパッタエッチングの出力は600Wで行った。その他の条件は実施例1と同一である。鋼板の化学成分を表2に示す。
【0091】
【表2】
(実施例5の結果)図25(a)〜図25(c)は試験片の表面をSIMで観察した写真である。実施例1と同様円錐形状の突起物が形成されていた。図26は微小突起物である円錐体の半径と高さとの関係を示す図である。実施例1と同様とスパッタエッチング時間によらず同一の形状であり、アスペクト比は3.7であった。実施例2または実施例3のステンレス鋼板の表面に形成した突起物の大きさと比較すると、突起物の大きさは50%程度である。また、実施例4の低合金Cr−Mo鋼SCM435と比較しても、突起物の大きさは小さい傾向であった。
【0092】
図27はスパッタエッチング時間をパラメータに突起物の半径とその割合を示すグラフである。スパッタエッチング時間によらず半径0.4μm以下の小さい突起物の割合が約98%以上であった。スパッタエッチング時間が28.8ksにおいても、半径0.8μmを超える突起物は見られなかった。
【0093】
図28はスパッタエッチング前後のX線回折分析の結果を示す図である。スパッタエッチングした試験片は、スパッタエッチング前の試験片に比較して炭化物のピークが高くなっており、スパッタエッチングによって新たに表面で炭化物が生成することが伺える。スパッタエッチングにより紙片片の表面に生成した炭化物は、主にWC、(FeW)6Cおよび(FeW)3Cであることがわかる。
【0094】
(実施例6)実施例2のステンレス鋼板の表面に形成させた突起物の先端を、次の操作を行い平坦化させた。
【0095】
イオン交換水を入れたガラス容器に、突起物の先端がガラス容器の底部と当接するように設定した。ガラス容器を超音波洗浄器内に設置し、試験片に10分間超音波を与えた。材料を取り出しドライヤーによって熱風乾燥させた。
【0096】
(実施例6の結果)図29(a)、図29(b)は、試験片の表面をSIMで観察した写真である。突起物の先端が平坦になっていることが分かる。
【0097】
(実施例7)試験片には市販の合金工具鋼SKD5を使用した。次の要領でスパッタエッチング及びスパッタコーティングした。試験片の大きさは縦10mm×横5mm×厚さ2mmの大きさで予め溶体化処理済みである。アルゴンガスによるスパッタエッチングの出力は600Wとし、スパッタエッチングを4時間(14.4ks)行ない、金属表面に微小突起物を形成させた。その後アルゴンガス(0.54パスカル)に窒素ガス(0.13パスカル)を導入し、純チタンターゲットをスパッタし、チタンと窒素ガスを反応させ、試験片表面にTiN膜を形成させた。成膜は10時間行なった。
【0098】
(実施例7の結果)図30は、微小突起物を有する金属材料表面をTiN膜でコーティングした金属材料表面の膜厚を粗さ計で測定した結果を示す図である。図30から分かるように、TiN膜の厚さは約13μmであった。また膜厚は試験片全体でほぼ均一であり、局所的な膜の剥離も見られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】本発明の実施の一形態としての時効性金属材料の硬質化処理手順を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施の一形態としての時効性金属材料を硬質化処理するスパッタエッチング装置10の概略的構成を示す図である。
【図3】図3(a)〜(d)は、本発明の図1のステップS5までの工程後の金属表面のSIM観察写真である。
【図4】図4(a)および(b)は図1に示したステップS5までの手順で、ステンレス鋼SUS304鋼板上に形成させた微小突起物の周辺を集束イオンビーム(Ga+)によって加工した後のSIM観察写真であり、図4(c)は一つの突起物をGa+イオンビームによって切断し、溝を付けて観察した断面形態を示す図である。
【図5】図5(a)〜(c)は、本発明の図1のステップS5までの製造手順でステンレス鋼SUS430鋼板上に形成させた微小突起物を観察したSIM観察写真である。
【図6】図6(a)〜(d)は、本発明の時効性金属材料表面への微小突起物の形成メカニズムを説明するための図である。
【図7】本発明の実施例2〜5で得られた各金属材料の微小突起物の面分布密度を示す図である。
【図8】本発明の実施例1の試験片の冷却方法を示す図である。
【図9】本発明の比較例1の試験片の冷却方法を示す図である。
【図10】本発明の実施例1の試験片の表面のSEM観察写真である。
【図11】本発明の比較例1の試験片の表面のSEM観察写真である。
【図12】図12(a)〜(c)は、本発明の実施例1で得られた試験片の表面のSIM観察写真である。
【図13】本発明の実施例1の突起物の半径と高さの関係を示す図である。
【図14】本発明の実施例1の突起物を、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて線分析を行った結果を示す図である。
【図15】図15(a)、(b)は、本発明の実施例1の試験片表面および析出物を含む断面の炭素の面分析結果を示す図である。
【図16】図16(a)〜(c)は、本発明の実施例2の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図17】本発明の実施例2の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図18】本発明の実施例2の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図19】図19(a)〜(c)は、本発明の実施例3の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図20】本発明の実施例3の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図21】本発明の実施例3の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図22】図22(a)〜(c)は、本発明の実施例4の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図23】本発明の実施例4の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図24】本発明の実施例4の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図25】図25(a)〜(c)は、本発明の実施例5の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図26】本発明の実施例5の突起物の半径と高さとの関係を示す図である。
【図27】本発明の実施例5の突起物の半径とその割合を示すグラフである。
【図28】本発明の実施例5のスパッタエッチング前後のX線回折分析の結果を示す図である。
【図29】図29(a)、(b)は、本発明の実施例6の試験片の表面のSIM観察写真である。
【図30】本発明の実施例7のTiN膜でコーティングした金属材料表面の膜厚を粗さ計で測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0100】
10 マグネトロンスパッタ装置
18 冷却試料台
19 試験片
21、22 水冷パイプ
23 金属表面
30 炭素
31 炭化物
32 素地
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように該金属材料を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の硬質化処理の後、さらにエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項3】
請求項1に記載の硬質化処理の後、または請求項2に記載の硬質化処理の後、さらに微小突起物を有する金属材料表面を硬質材でコーティングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1に記載の硬質化処理の後に、さらに時効性金属材料を時効硬化処理することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項5】
前記析出成分は、炭化物、金属間化合物であることを特徴とする請求項1に記載に時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項6】
使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することを特徴とする請求項1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項7】
前記化合物形成ガスは、窒素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項8】
前記硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むことを特徴とする請求項3に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法により得られる金属材料を用いることを特徴とする切削工具。
【請求項10】
時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、
該時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、
を含むことを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理装置。
【請求項11】
さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、
を含むことを特徴とする請求項10に記載の時効性金属材料の硬質化処理装置。
【請求項1】
固溶化熱処理した時効性金属材料を、素地中に析出成分を含む化合物が析出しないように該金属材料を冷却しながら、該金属材料の表面近傍の温度が析出成分を含む化合物の析出温度域となるようにスパッタエッチングするとともに、該スパッタエッチング速度が該金属材料の析出成分を含む化合物の深さ方法の成長速度を超えない範囲でスパッタエッチングし、該金属材料の該スパッタエッチング面に析出成分を含む硬度の高い化合物の微小突起物を形成することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の硬質化処理の後、さらにエッチングガスに化合物形成ガスを混合し、異常グロー放電領域で微小突起物を有する金属材料表面をスパッタエッチングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項3】
請求項1に記載の硬質化処理の後、または請求項2に記載の硬質化処理の後、さらに微小突起物を有する金属材料表面を硬質材でコーティングすることを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1に記載の硬質化処理の後に、さらに時効性金属材料を時効硬化処理することを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項5】
前記析出成分は、炭化物、金属間化合物であることを特徴とする請求項1に記載に時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項6】
使用する時効性金属材料の材質、スパッタエッチング時の時効性金属材料の冷却温度、スパッタエッチング時間、スパッタエッチングの出力のうち少なくともいずれか1つを制御することにより、微小突起物の大きさ、形状または分布密度を制御することを特徴とする請求項1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項7】
前記化合物形成ガスは、窒素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項8】
前記硬質材のコーティングは、スパッタコーティング、CVD、イオンプレーティング、めっきのうち少なくともいずれか1の方法を含むことを特徴とする請求項3に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1に記載の時効性金属材料の硬質化処理方法により得られる金属材料を用いることを特徴とする切削工具。
【請求項10】
時効性金属材料をスパッタエッチング可能なスパッタエッチング手段と、
該時効性金属材料を冷却可能な冷却手段と、
を含むことを特徴とする時効性金属材料の硬質化処理装置。
【請求項11】
さらにスパッタコーティング可能なスッパタコーティング手段と、
を含むことを特徴とする請求項10に記載の時効性金属材料の硬質化処理装置。
【図1】
【図2】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図13】
【図17】
【図18】
【図20】
【図21】
【図23】
【図24】
【図26】
【図27】
【図28】
【図30】
【図3】
【図4】
【図5】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図19】
【図22】
【図25】
【図29】
【図2】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図13】
【図17】
【図18】
【図20】
【図21】
【図23】
【図24】
【図26】
【図27】
【図28】
【図30】
【図3】
【図4】
【図5】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図19】
【図22】
【図25】
【図29】
【公開番号】特開2006−97071(P2006−97071A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−283331(P2004−283331)
【出願日】平成16年9月29日(2004.9.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月20日 社団法人日本金属学会発行の「日本金属学会誌 第68巻 第8号」に発表
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月29日(2004.9.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月20日 社団法人日本金属学会発行の「日本金属学会誌 第68巻 第8号」に発表
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
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