説明

時間遅延ユニットおよびそれを用いたテラヘルツ時間領域分光装置

【課題】 テラヘルツ時間領域分光装置において光軸上に配置させた複数のレンズを用いて光路長を変化させる時間遅延機構を提供する。
【解決手段】
テラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニットにおいて、レーザー光の光軸を中心として、入射面が該光軸と垂直になるように配設した複数のレンズと、レンズの一つから入射したレーザー光を折り返し他のレンズより出射可能に配設したミラーと、レンズに対するレーザー光の入射位置を移動することによって光路長を可変とする手段と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時間遅延ユニットおよびそれを用いたテラヘルツ時間領域分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波(THz波)は、周波数100GHz〜10THz、波長30μm〜3mmの領域に存在する電磁波であり、プラスチックや布、紙、半導体などを透過し、物質固有の吸収スペクトルを有することから、物性分析や検査、透視イメージングなどの技術への応用が期待されている。
【0003】
このTHz波を用いた代表的な周波数分光計測法として、テラヘルツ時間領域分光(THz−TDS:Time-Domain Spectrometry)測定法がある。THz−TDS測定では、THz波パルスの時間波形を計測するために、THz波発生器にフェムト秒レーザー(ポンプ光)を照射して発生させて、測定試料を透過したフェムト秒レーザー(プローブ光)をテラヘルツ波検出器に照射するタイミングを変える時間遅延ユニットが必要となる。
【0004】
これに対し、従来の時間遅延ユニットでは、可動ステージ上に配置したミラーを光軸方向と平行に並進することにより、THz波のサンプリング時間を遅延させていた。
【0005】
また、レーザー光を傾斜状の透明誘電体板を透過させ、該透明誘電体を光軸方向と垂直に並進させることによって光路長差を制御する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】深澤亮一、“テラヘルツ時間領域分光法と分析化学”、ぶんせき、Vol.6、pp290−296、2005
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特願2005―513019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のテラヘルツ時間領域分光装置では、可動ミラーの移動距離には限界があり、測定の高速化の妨げとなっていた。図12(a)に示す可動ミラーを適用した遅延時間ユニット100の場合、例えば、20mmの光路長差を作るのに、遅延時間ユニット100を10mm移動させることとなる。また、上記の特許文献1に記載されている光路長調整ユニットでは、図12(b)に示すような傾斜状の透明誘電体板を、例えば、屈折率が1.5程度のガラス材(BK7)で作製し、頂角を20度とした場合、この板を動かして、同様に20mmの光路長差を生じさせるには、約30mm動かす必要があり、可動ミラーの例より一層移動距離が長くなる。以上のような従来の遅延時間ユニットでは、テラヘルツ時間領域分光装置における測定の高速化に問題を抱える。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明の一つの態様は、レーザー光の光軸を中心として、入射面が該光軸と垂直になるように配設した複数のレンズと、前記レンズの一つから入射したレーザー光を折り返し他のレンズより出射可能に配設したミラーと、前記レンズに対する前記レーザー光の入射位置を移動することによって光路長を可変とする手段と、を有することを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニットに関する。
【発明の効果】
【0010】
上記本発明の一態様によれば、本時間遅延ユニットにより、従来の可動ミラーよりも短い距離を動かすことで時間遅延量を制御することが可能となり、高速なテラヘルツ時間領域分光装置が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の時間遅延ユニットを適用するテラヘルツ時間領域分光装置の基本構成例を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態になる複数のレンズを用いた時間遅延ユニットの構成例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態になる本発明のレンズを用いた時間遅延ユニット内の光路を説明する図である。
【図4】本発明の実施の形態になる時間遅延ユニット移動に伴うビームの入射/出射位置を表す図(その1)である。
【図5】本発明の実施の形態になる時間遅延ユニット移動に伴うビームの入射/出射位置を表す図(その2)である。
【図6】本発明の実施の形態になるビーム出射位置にミラーを配置させて反射ビームを同一光路に戻す時間遅延ユニットの構成例を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態になるホログラムを用いた時間遅延ユニットの構成例を示す図である。
【図8】本発明の実施の形態になるホログラムを用いた時間遅延ユニット内の光路を説明する図である。
【図9】本発明の実施の形態になるレンズとミラーを一体化した時間遅延ユニットの構成例を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態になるホログラムとミラーを一体化した時間遅延ユニットの構成例を示す図である。
【図11】本発明の実施の形態になる時間遅延ユニットを用いたテラヘルツ時間領域分光装置の構成例を示す図である。
【図12】時間遅延ユニットの従来例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態につき、図面に基づいて説明する。
【0013】
図1は、本発明の時間遅延ユニットを適用するテラヘルツ時間領域分光装置の基本構成を示す。
【0014】
テラヘルツ時間領域分光装置(THz−TDS)において、フェムト秒レーザー1光源からのレーザー光は、ミラー2及びビームスプリッタ3によって、ポンプ光とプローブ光に分離される。ポンプ光は、集光レンズ4を介してTHz波発生器5に照射され、テラヘルツ波(以降、THz波と表現する)を励起させ、発生したTHz波は、非軸放物面ミラー6によって集光され、測定試料7に照射される。測定試料7を透過したTHz波は、非軸放物面ミラー6によって集光され、THz波検出器9に入射する。
【0015】
一方、プローブ光は、ミラー10を介して、時間遅延ユニット100に入射し、入射光と平行となる逆方向に時間遅延ユニット100から出射し、該出射光が、集光レンズ11を介して検出器9に照射される。なお、時間遅延ユニット100を搭載したステージを移動しプローブ光の光路長を変化させることによって、プローブ光が検出器9へ到達する時間を遅延させている。
【0016】
そして、THz波検出器9では、THz波の入射よって電場が生じ、その時、プローブ光が照射されると該電場強度に応じた検出信号が計測される。
【0017】
(実施例1)
以下に、図2〜図5を用いて、複数のレンズを用いた場合の時間遅延ユニットの構造を説明する。
【0018】
図2に示すように、時間遅延ユニット100は、入射したレーザービームが直角に蛇行し、ビームが中心を通るように配置された複数のミラー102、103と、ビームが通る経路である光軸を中心に入射面が該光軸と垂直となるように同一平面上に配置された複数のレンズ101とを備えた光学系ユニットを有する。
【0019】
さらに、時間遅延ユニット100は、該光学系ユニットを搭載する可動ステージ30を光軸に対して垂直方向に移動させるステージコントローラ20を有する。
【0020】
レンズ101の焦点距離は、(光軸上でのレンズとミラーとの距離)+(隣り合う2つのレンズの距離の1/2)となっている。
【0021】
以下に、本発明の時間遅延ユニットの移動距離に対する効果について述べる。
【0022】
図3において、具体例として、レンズ101の直径を10mm、焦点距離を10mmとすると、レンズ101の中心から5mmの位置に入射したレーザー光の光路長は、レンズ101の中心に入射したものより約1.18mm長くなる。
【0023】
こうした原理にしたがい、従来例で示したのと同様、20mmの光路長差を生じさせるには、例えば、レンズ101を18個並べた時間遅延ユニット100を用いた場合、約4.9mmの移動距離となる。これは、前述したように、従来の可動ミラーによる時間遅延ユニットの移動距離は10mm必要としたが、本発明の構成になる時間遅延ユニットでは、約1/2以下の移動距離に減少させることが可能となる。
【0024】
以上のように、本発明の実施例1の時間遅延ユニットにより、従来方法よりも可動部分の移動距離を短くすることが可能となり、テラヘルツ時間領域分光装置における測定時間の短縮化を図ることができる。
【0025】
なお、時間遅延ユニット100を並進させてもレーザーの出射位置を同一点にするためには、レンズ102の個数を2×(奇数)とする必要がある。その背景につき、以下、図4、5を用いて説明する。
【0026】
時間遅延ユニット100の移動に伴うビームの入射/出射位置について、図4は、レンズの数が2×(奇数)の場合を示し、図5は、レンズの数が2×(偶数)の場合を示している((2×)は、レンズ2つをセットとして入射/出射ビームが形成されることを意味している)。
(A)レンズの数が2×(奇数)の場合(図4)
光路長を延ばすために、ビームの入射位置が(1)にある状態から、時間遅延ユニット100を上方向に動かして、ビームの入射位置が(2)にある状態にした場合、入射位置が(1)から(2)にずれた分だけ、出射位置も同方向で(1)から(2)の位置にずれるため、時間遅延ユニット100を動かして光路長を延ばしても、出射位置のずれは起こらない。
(B)レンズの数が2×(偶数)の場合(図5)
一方、この場合は、ビームの入射位置を(1)から(2)にずらした場合、出射位置は逆方向に(1)から(2)の位置にずれるため、時間遅延ユニット100を動かして光路長を延ばすと出射位置のずれが起こる。
【0027】
したがって、レンズ102の個数を2×(奇数)とする必要がある。
【0028】
(実施例2)
図6は、ビーム出射位置にミラーを配置させて反射ビームを同一光路に戻す場合の光学系の構成例を示している。
【0029】
実施例1で示した時間遅延ユニット100のビームの最終のレンズを通ったビームの出射位置にミラー104を配置し、このミラー104で反射したビームは同一光路を通って最初の入射位置に戻る構造になっている。この場合には、実施例1のようにレンズのセット数は奇数とする制約はなくなる。
【0030】
上記構造の時間遅延ユニット100においては、同一光路上に存在する入射光と戻り光を分割するため、レーザーの波長帯域においてp偏光成分は透過し、s偏光成分は反射する偏光ビームスプリッタ106を設置する。また、p偏光で直線偏光の入射光を円偏光に、反転して戻ってきた円偏光の戻り光をs偏光の直線偏光に変換する1/4波長板105を設置する。
【0031】
まず、同一光路上に存在する入射光と戻り光を分割するため、レーザー光源は、p偏光で直線偏光のレーザー光を発するものを用いる。偏光ビームスプリッタ106を透過したp偏光で直線偏光のビームは、1/4波長板105によって円偏光に変換され、時間遅延ユニット100内のミラーで奇数回反射された円偏光の戻り光の回転方向は反転する。
【0032】
したがって、この反転した戻り光が、再び1/4波長板105を透過すると、s偏光成分の直線偏光に変わる。そして、この戻り光が偏光ビームスプリッタ106によって反射され、入射光と戻り光を分割する。
【0033】
このようにして、実施例1と同様に、光路長差を20mm生じさせるのに、約3.4mm動かせばよく、従来可動ミラーによる方法の約1/3の可動距離でよいこととなる。
【0034】
以上のように、本発明の実施例2の時間遅延ユニットにより、従来の可動ミラーよりも可動部分の移動距離を短くすることが可能となり、本発明の時間遅延ユニットを適用したテラヘルツ時間領域分光装置における計測の高速化が図れる。
【0035】
(実施例3)
図7および図8を用いて、本発明の実施例3のホログラムを利用した時間遅延ユニットについて説明する。
【0036】
本発明の実施例3の時間遅延ユニット100は、実施例2におけるレンズ101の代わりに、回折効果により平凸レンズとして作用してレンズ101と同一の焦点距離を有するホログラム110に置き換えたものである。ホログラム110以外の部分は、実施例2と同様であるので、詳細は省略する。したがって、同様に、本発明の実施例3の時間遅延ユニット100により、従来の可動ミラーよりも可動部分の移動距離を短くすることが可能となる。
【0037】
(実施例4)
図9は、本発明の実施例4におけるレンズとミラーが一体化された時間遅延ユニットを示す。
【0038】
本発明の実施例4の時間遅延ユニット100は、実施例2におけるレンズ101とミラーを一体化したものであり、その詳細については省略する。本発明の実施例4の時間遅延ユニット100により、従来の可動ミラーよりも可動部分の移動距離を短くすることが可能となり、さらに、位置調整を行う手間を省くことが可能となる。
【0039】
(実施例5)
図10は、本発明の実施例5におけるホログラムとミラーが一体化された時間遅延ユニットを示す。
【0040】
本発明の実施例5の時間遅延ユニット100は、実施例3におけるホログラム110とミラーを一体化したものであり、その詳細については省略する。本発明の実施例4の時間遅延ユニット100により、従来の可動ミラーよりも可動部分の移動距離を短くすることが可能となり、さらに、位置調整を行う手間を省くことが可能となる。
【0041】
(実施例6)
図11は、本発明の実施例6におけるテラヘルツ時間領域分光装置の例を示す。
【0042】
本発明の実施例6のテラヘルツ時間領域分光装置は、従来のテラヘルツ時間領域分光装置において可動ミラーの代わりに、実施例3で述べてきた時間遅延ユニット100を例として配置したものである。同一距離の時間遅延を与えることを想定すると、可動部分の移動距離が短いため、測定の高速化が実現できる。
【0043】
なお、本実施例では、一例として実施例3のホログラムを用いた時間遅延ユニットの適用例について示したが、勿論、他の実施例1、2、4、5に述べたいずれの時間遅延ユニットを適用するのでもよい。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、テラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニットに関する。
【符号の説明】
【0045】
1 フェムト秒レーザー
2、10 ミラー
3 ビームスプリッタ
4,11 集光レンズ
5 発生器
6、8 非軸放物面ミラー
7 測定試料
9 検出器
20 ステージコントローラ
30 ステージ
100 時間遅延ユニット
101 レンズ
102,103,104、107 ミラー
105 1/4波長板
106 偏光ビームスプリッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光の光軸を中心として、入射面が該光軸と垂直になるように配設した複数のレンズと、
前記レンズの一つから入射したレーザー光を折り返し他のレンズより出射可能に配設したミラーと、
前記レンズに対する前記レーザー光の入射位置を移動することによって光路長を可変とする手段と、
を有することを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニット。
【請求項2】
レーザー光の光軸を中心として、入射面が該光軸と垂直になるように配設した複数のホログラムと、
前記ホログラムの一つから入射したレーザー光を折り返し他のホログラムより出射可能に配設したミラーと、
前記ホログラムに対する前記レーザー光の入射位置を移動することによって光路長を可変とする手段と、
を有することを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニット。
【請求項3】
前記レンズあるいは前記ホログラムが、前記ミラーと一体化して形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載されたテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニット。
【請求項4】
前記レーザー光が入射する前記レンズあるいは前記ホログラムと、前記レーザー光が出射する前記レンズあるいは前記ホログラムとをセットとした奇数のセットを有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載されたテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニット。
【請求項5】
前記時間遅延ユニット内の前記レーザー光の出射位置に配置され、同一光路を通って戻り前記レーザー光を入射位置に戻す平板ミラーと、前記同一光路上に存在する前記入射レーザー光と前記戻りレーザー光とを分割する偏光ビームスプリッタと、を有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のテラヘルツ時間領域分光装置の時間遅延ユニット。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載の前記時間遅延ユニットを搭載したことを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−169876(P2011−169876A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36694(P2010−36694)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】