説明

有機化層状ポリシラン、それを用いた蓄電デバイス用電極及び有機化層状ポリシランの製造方法

【課題】新規な有機化層状ポリシランを提供する。
【解決手段】本発明の有機化層状ポリシランは、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とする有機化層状ポリシランである。この六員環を構成するケイ素原子(Si)には、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子(H)が結合したケイ素原子とが混在している。本発明の有機化層状ポリシランは、半導体、電気電子等の各分野への応用が可能である。また、六員環を構成するケイ素原子の中に炭化水素基と結合しているものを含むため、その割合によって、従来にない機能を発揮し得る。例えば、炭化水素基によって層間間隔が比較的広く維持され、蓄電デバイス用電極として用いた場合、多量のリチウムイオンを取り込むことができる。さらに、六員環を構成するケイ素原子の中に水素原子と結合しているものを含むため、絶縁性を軽減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化層状ポリシラン、それを用いた蓄電デバイス用電極及び有機化層状ポリシランの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体や電気・電子等の分野への利用が期待されるナノシリコン材料が開発されている。例えば、特許文献1では、二ケイ化カルシウムを−30℃以下に冷却した濃塩酸水溶液と反応させて組成式Si66で示される層状ポリシラン粉末を生成させ、得られた層状ポリシラン粉末と末端に炭素−炭素不飽和結合を有する有機化合物とをヒドロシリル化反応触媒(遷移金属触媒)を用いて反応させ、層状ポリシランの水素原子を有機基に置き換えることにより、シリコンナノシートを作製している。このようにして作製されたシリコンナノシートは、薄片状であり、大きな形状異方性を有するため、半導体や電気・電子等の分野への利用が期待される。例えば、リチウムイオン二次電池の電極への利用が考えられるが、その場合には層間距離が広いほど、リチウムイオンの移動速度が速くなり、この移動に伴う体積変化が小さくなることから好ましい。なお、層状ポリシランは、便宜上、組成式Si66と表記されるが、図7に示すように、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とするものであり、各ケイ素原子の4つの結合手のうち3つは隣接するケイ素原子に繋がり、残り1つは水素原子に繋がっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−69301号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、層状ポリシランの水素原子をヒドロシリル化反応により有機基に置き換える方法ではアルケン、アルキン構造を有さない炭化水素基であるメチル基やフェニル基などと置換することができなかった。また、ヒドロシリル化反応ではケイ素原子に結合した水素原子のほぼすべてが有機基に置換されてしまうことがあった。この場合、絶縁性の有機相が層状ポリシランを完全に被覆するため電子の授受ができなくなり、例えば蓄電デバイスの電極材料として用いるのに適当でないことがあった。このような問題を解決可能な新規な有機化層状ポリシランの開発が望まれていた。
【0005】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、新規な有機化層状ポリシラン、それを用いた蓄電デバイス用電極及び有機化層状ポリシランの製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、酸素原子を介して炭化水素基が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している層状シロキセン(以下有機化層状シロキセンとも称する)にGrignard試薬などの求核試剤を反応させたところ、炭化水素基が結合したケイ素原子と水素原子が結合したシリコン原子とが混在した有機化層状ポリシランが得られること、及び、メチル基やフェニル基が炭化水素基として結合したケイ素原子を有するものとすることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明の有機化層状ポリシランは、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とし、前記ケイ素原子には、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在しているものである。
【0008】
また、本発明の蓄電デバイス用電極は、上述した有機化層状ポリシランを活物質として備えたものである。
【0009】
また、本発明の有機化層状ポリシランの製造方法は、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とし、前記ケイ素原子には、酸素原子を介して炭化水素基R’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している層状シロキセンに、炭化水素基Rを有する求核試剤を反応させる反応工程を含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の有機化層状ポリシランは、薄片状で大きな形状異方性を示すため、半導体、電気電子等の各分野への応用が可能である。また、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在していることから、その割合によって、従来にない機能を発揮し得る。
【0011】
本発明の蓄電デバイス用電極は、六員環を構成するケイ素原子の中に炭化水素基と結合しているものを含むため、それによって層間間隔が比較的広く維持されている。この性質を利用してリチウムイオン二次電池などの蓄電デバイス用電極として用いた場合、多量のリチウムイオンを取り込むことができる。さらに、六員環を構成するケイ素原子の中に水素原子と結合しているものを含むため、絶縁性を軽減することができる。
【0012】
本発明の有機化層状ポリシランの製造方法は、上述した有機化層状ポリシランを製造するのに特に適している。特許文献1では六員環を構成するケイ素原子に結合した水素原子を有機基に置き換える前の原料として層状ポリシラン(Si66)を用いているが、層状ポリシランは極低温にする必要があることなどから取り扱いが困難であった。本発明の有機化層状ポリシランの製造方法では、こうした原料として層状ポリシランではなく有機化層状シロキセンを用いている。有機化層状シロキセンなどの層状シロキセンは合成時に極低温にする必要もないため取り扱いが容易なことから、有機化層状ポリシランを容易に製造することができる。また、全ての工程において不活性雰囲気下で製造可能であるため、原料の酸化・加水分解をより抑制することができる。また、ヒドロシリル化反応ではなく求核反応によってケイ素原子に有機基を付加しているから、有機基は、ケイ素原子との結合部にアルキン、アルケン構造を有するものに限定されることなく、所望の有機化層状ポリシランをより容易に得ることができる。参考のため、式(1)にヒドロシリル化反応によって得られる有機化層状ポリシラン、式(2)に本発明で得られる有機化層状ポリシラン、式(3)に原料としての有機化層状シロキセンの構造式の概略を示す。式中R,R’は後述する炭化水素基R及び炭化水素基R’を示すものである。
【0013】
【化1】

【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の有機化層状ポリシランの模式図である。
【図2】実施例1の有機化層状ポリシランのIRスペクトルを表す図である。
【図3】実施例1の有機化層状ポリシランのXRDの結果を表す図である。
【図4】実施例1の有機化層状ポリシランを電極として用いた蓄電デバイスの充放電曲線を表すグラフである。
【図5】実施例2の有機化層状ポリシランのIRスペクトルを表す図である。
【図6】実施例2の有機化層状ポリシランのXRDの結果を表す図である。
【図7】有機化していない層状ポリシランの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の有機化層状ポリシランは、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とする有機化層状ポリシランである。この六員環を構成するケイ素原子(Si)には、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子(H)が結合したケイ素原子とが混在している。有機化層状ポリシランに含まれるケイ素原子は、隣接するSiとsp3結合を形成する4配位の原子であり、基本骨格を形成するSiの結合手のうち3本がSiと結合し、残り1本が炭化水素基又は水素原子と結合している。この有機化層状ポリシランは、ケイ素原子同士は略平面状に結合し、水素原子及び炭化水素基が面外垂直方向に向けて立ち上がるように位置しているものと考えられる。多層構造である場合には、層間距離が炭化水素基の種類や大きさ等に依存するものと考えられる。図1に、こうした有機化層状ポリシランの構造の模式図を示す。このように、薄片状で大きな形状異方性を示すことなどから、半導体、電気電子等の各分野への応用が可能であると考えられる。
【0016】
このような有機化層状ポリシランは、一般式[Si6n6-nm で表すことができる。ここで、nは0<n<6を満たすものである。このうち1≦n≦5を満たすものであることが好ましい。0<n<6、すなわち、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している場合には、その割合によって、従来にない機能を発揮し得る。例えば、絶縁性を発現させる有機相の割合を適切なものとして、バルクケイ素の表面特性をある程度生かすことも可能であると考えられる。このため、幅広い条件への応用が可能であり、半導体、電気、電子等各種分野において利用可能と考えられる。また、炭化水素基Rの存在によって、有機化層状ポリシランが層状に重なるときに層間間隔が比較的広く維持可能であり、炭化水素基Rの種類や割合によって様々な物性・機能を発現可能であると考えられる。また、立体障害などによっても、何らかの機能を発揮し得ると考えられる。また、ケイ素原子と炭化水素基との結合におけるSi−C結合は非常に安定であり、Si−O結合を有する層状シロキセンと比較しても、酸化や加水分解に対してより安定であると考えられる。なお、六員環を構成するケイ素原子には、炭化水素基、水素原子のほか、製造工程等において不可避的に結合することのある官能基(例えば水酸基など)と結合しているものがあってもよい。また、本発明の有機化層状ポリシランは、Si6n6-nで表される六員環構造が複数連なった構造を基本骨格とするものであるが、各六員環はnが同じであるとは限らず、例えばnが0のもの、nが1のもの、・・・、nが6のものなどが混在し、基本骨格におけるnが0<n<6となるものであればよい。また、一般式[Si6n6-nm において、mは正の整数であり、このうち500≦m≦600000000であることが好ましいが、各基本骨格における六員環構造の連なった数(m)が同じであるとは限らず、平均値が500≦m≦600000000を満たしていればよい。
【0017】
本発明の有機化層状ポリシランは、六員環を構成するケイ素原子の中に、炭化水素基と結合したケイ素原子が存在する。ここで、炭化水素基としては、脂肪族鎖式炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基などが挙げられる。脂肪族鎖式炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基などが挙げられ、脂環式炭化水素基としては、シクロアルキル基、シクロアルケニル基などが挙げられる。アルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、1−エチルプロピル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、2,2−ジメチルブチル基、3,3−ジメチルブチル基などが挙げられる。アルケニル基としては、例えばビニル基、アリル基、イソプロペニル基、1−プロペニル基、2−メチル−1−ブテニル基、3−メチル−1−ブテニル基、1−ペンテニル基、2−ペンテニル基、4−ペンテニル基、4−メチル−3−ペンテニル基、2−ヘキセニル基、3−ヘキセニル基、4−ヘキセニル基、5−ヘキセニル基などが挙げられる。アルキニル基としては、例えばエチニル基、メチルエチニル基などが挙げられる。シクロアルキル基としては、例えばシクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基などが挙げられる。シクロアルケニル基としては、例えば2−シクロペンテン−1−イル、3−シクロペンテン−1−イル、2−シクロヘキセン−1−イル、3−シクロヘキセン−1−イルなどが挙げられる。芳香族炭化水素基としては、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントリル基などが挙げられる。このうち、アルキル基、アルケニル基、芳香族炭化水素基であるであることが好ましい。アルキル基としてはメチル基、アルケニル基としてはアリル基、芳香族炭化水素基としてはフェニル基であることがより好ましい。なかでも、メチル基やフェニル基などは、従来のヒドロシリル化反応で層状ポリシランの水素原子を有機基に置き換える方法では置換することができなかった。このため、本発明の適用の意義が高いと考えられる。炭化水素基の炭素数は1〜20が好ましい。なお、この炭化水素基は、ケイ素との結合部以外に官能基を有するものであってもよい。このような炭化水素基として、例えばフェニルエチニル基などが挙げられる。
【0018】
本発明の有機化層状ポリシランの製造方法は、(1)炭化水素基R’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している有機化層状シロキセンを合成する原料合成工程と、(2)合成した有機化層状シロキセンに、炭化水素基Rを有する求核試剤を反応させる反応工程とを含むものとすることができる。
【0019】
(1)原料合成工程
原料合成工程では、層状結晶である二ケイ化カルシウム(CaSi2)を塩化水素エーテル−アルコール混合溶液又は塩化水素−アルコール溶液と反応させて有機化層状シロキセンを合成する。この原料合成工程で合成される有機化層状シロキセンは、ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とし、ケイ素原子には、酸素原子を介して炭化水素基R’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している。この有機化層状シロキセンは、一般式[Si6n(OR’)6-nmで表すことができる。ここで、炭化水素基R’は、特に限定されるものではないが、炭化水素基Rと同様の、脂肪族鎖式炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基などが挙げられる。また、R’はRと同一であってもよく、異なるものであってもよい。ここで、nは0<n<6を満たすものである。このうち1≦n≦5を満たすものであることが好ましい。0<n<6、すなわち、OR’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している場合には、このOR’が、次の反応工程において求核試剤の炭化水素基Rに選択的に置換されるから、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している有機化層状ポリシランを得ることができる。このOR’と結合したケイ素原子の割合を制御することで、次の反応工程で得られる有機化層状ポリシランの炭化水素Rと結合したケイ素原子の割合(修飾率)を変化させることができると考えられる。なお、一般式[Si6n(OR’)6-nm において、mは正の整数である。
【0020】
この原料合成工程は、不活性雰囲気下で行うことが好ましい。不活性雰囲気としては、窒素雰囲気、ヘリウム雰囲気、アルゴン雰囲気などが挙げられる。エーテルやアルコールは、上述した有機化層状シロキセンを合成するのに適したものであればよい。エーテルとしては、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサンなどを用いることができる。また、アルコールは、特に限定されるものではないが、例えば、メタノール、エタノール、ブタノール、プロパノールなどを用いることができる。これらのアルコールは、無水アルコールであることが好ましい。二ケイ化カルシウムと塩化水素を反応させる条件については、経験的に求めたものとすることができる。温度条件としては、例えば0℃以上80℃以下や、40℃以上70℃以下の温度条件とすることができ、一定であっても変化させてもよい。また、反応時間は1時間以上20時間以下や、5時間以上15時間以下などの時間を適宜定めることができる。層状シロキセンを合成する方法としては、従来、層状結晶CaSi2を0℃に冷却した塩酸水溶液中で脱カルシウム反応を行い、その後、フッ酸で不純物のシリカを除去して層状シロキセンを合成する方法が知られている(フィジカル・レビュー・ビー(Physical Review B)、1993年、48巻、17872−17877頁)。しかし、この方法で合成した層状シロキセンは水溶液中から合成するためSiに対して原子比で10%程度の酸素を含有しており、その酸素はSi−OHとして存在しているため、層間で脱水縮合してSi−O−Siとなり、収率が低いことがあった。これに対し、有機溶媒中で合成する本発明の原料合成工程では、Si−OHが生成しにくく、より、収率を高くすることができると考えられる。また、有機溶媒中で合成することにより、ケイ素ネットワークが途中で酸化されることを抑制し、半導体薄膜としても好適に利用可能な有機化層状ポリシランの原料が合成できると考えられる。
【0021】
(2)反応工程
反応工程では、原料合成工程で合成された、炭化水素基R’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している有機化層状シロキセンに、炭化水素基Rを有する求核試剤を反応させる。この反応は、不活性雰囲気下で行うことが好ましい。不活性雰囲気としては、窒素雰囲気、ヘリウム雰囲気、アルゴン雰囲気などが挙げられる。反応に用いる求核試剤は、炭化水素基を有するものである。この炭化水素基は、有機化層状ポリシランにおいてケイ素原子と結合した炭化水素基Rとなる(図1参照)。このような炭化水素基を有する求核試剤としては、RMgX(Xはハロゲン元素)で示されるGrignard試薬やRLiで示される有機リチウム試薬などが挙げられる。なお、Grignal試薬におけるXは、ハロゲン元素であり、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素のうちの1種以上である。求核試剤を用いたこれらの反応では、Si−H結合よりSi−OR’結合との反応が早く進行するため、有機化層状シロキセンにおいてOR’が選択的にRに置換され、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している有機化層状ポリシランを得ることができる。Si−OR’結合のOR’をRと置換すると、より安定なSi−C結合が得られ、Si−OR’結合を有する層状シロキセンよりも酸化や加水分解に対してより高い安定性が得られるものと考えられる。また、求核試剤を用いた反応においては、ケイ素ネットワークが途中で酸化されにくいから、半導体薄膜としても好適に利用可能な有機化層状ポリシランを得ることができると考えられる。また、このような求核試剤を用いてケイ素原子と炭化水素を結合させる本発明の有機化層状ポリシランの製造方法では、遷移金属触媒を用いるヒドロシリル化反応等と比較して副生成物が少ない点でも好ましい。合成条件については、経験的に求めたものとすることができる。温度条件としては、例えば0℃以上80℃以下や、40℃以上70℃以下の温度条件とすることができ、一定であっても変化させてもよい。また、反応時間は1時間以上200時間以下や、50時間以上100時間以下などの時間を適宜定めることができる。
【0022】
このような製造方法によって得られた有機化層状ポリシランは、図1に示すような構造をしているものと考えられる。従来、このような炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している構造を有する有機化層状ポリシランを製造することは困難であった。また、ケイ素原子と結合させ得る炭化水素基Rの種類も限られていた。本発明の製造方法によれば、ケイ素原子と結合させる炭化水素基の種類や割合を従来にないものとすることが可能なため、これまでにない新たな機能を発揮し得る有機化層状ポリシランを得られる。この有機化層状ポリシランは、例えば、半導体集積回路、薄膜トランジスタなどの電子材料や、発光素子、表示素子などとしての用途が考えられる。この場合、各種基材等の表面に被覆させたり、基材の内部に含有させたりして用いることができ、溶媒に分散又は懸濁した状態で用いることができる。また、例えば、蓄電デバイス用電極の活物質としての用途が考えられる。一例として、以下に、この有機化層状ポリシランを活物質として用いた蓄電デバイス用電極について説明する。
【0023】
本発明の蓄電デバイス用電極は、上述した有機化層状ポリシランを活物質として備えたものとすることができる。炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在しているから、炭化水素基Rの存在によって、有機化層状ポリシランが層状に重なるときに層間間隔が比較的広く維持されると考えられる。この性質を利用してリチウムイオン二次電池などの蓄電デバイス用電極の活物質として用いた場合に、多量のゲスト分子やイオンなどを取り込むことができると考えられる。また、ヒドロシリル化反応によって合成した従来のものと比較して、炭化水素基Rの選択肢が多いから、より適切な層間距離を確保することができると考えられる。これにより、層間内へのゲスト分子やイオン等の出入りがより容易となり、それに伴う極端な形状変化も少なく、体積変化によって生じることのある容量劣化などをより抑制することができると考えられる。このとき、層間距離が5Å以上30Å以下であればより好ましい。また、ケイ素原子と炭化水素基との結合におけるSi−C結合は非常に安定であり、Si−O結合を有する層状シロキセンと比較しても、酸化や加水分解に対してより安定であり、より容量劣化等の小さい電池を作製可能であると考えられる。一方で、炭化水素基でSiの全表面を覆われると、表面が絶縁性となり、電子デバイスに用いた場合に電子の授受ができずデバイスとして作用しないことがある。この点、本発明の有機化層状ポリシランを用いた蓄電デバイス用電極では、六員環を構成するケイ素原子の中に水素原子と結合しているものを含むため、絶縁性を軽減することができると考えられる。
【0024】
本発明の蓄電デバイス用電極は例えば、この有機化層状ポリシランと導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にしたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよい。導電材は、電池性能に悪影響を及ぼさない電子伝導性材料であれば特に限定されず、例えば、天然黒鉛(鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛)や人造黒鉛などの黒鉛、アセチレンブラック、カーボンブラック、ケッチェンブラック、カーボンウィスカ、ニードルコークス、炭素繊維、金属(銅、ニッケル、アルミニウム、銀、金など)などの1種又は2種以上を混合したものを用いることができる。これらの中で、導電材としては、電子伝導性及び塗工性の観点より、カーボンブラック及びアセチレンブラックが好ましい。結着材は、活物質粒子及び導電材粒子を繋ぎ止める役割を果たすものであり、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、或いはポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、エチレン−プロピレン−ジエンマー(EPDM)、スルホン化EPDM、天然ブチルゴム(NBR)等を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。また、水系バインダーであるセルロース系やスチレンブタジエンゴム(SBR)の水分散体等を用いることもできる。炭素材料、導電材、結着材を分散させる溶剤としては、例えばN−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、酢酸メチル、アクリル酸メチル、ジエチルトリアミン、N,N−ジメチルアミノプロピルアミン、エチレンオキシド、テトラヒドロフランなどの有機溶剤を用いることができる。また、水に分散剤、増粘剤等を加え、SBRなどのラテックスで活物質をスラリー化してもよい。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロースなどの多糖類を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。塗布方法としては、例えば、アプリケータロールなどのローラコーティング、スクリーンコーティング、ドクターブレイド方式、スピンコーティング、バーコータなどが挙げられ、これらのいずれかを用いて任意の厚さ・形状とすることができる。集電体としては、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、鉄、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラスなどのほか、接着性、導電性及び耐酸化性向上の目的で、アルミニウムや銅などの表面をカーボン、ニッケル、チタンや銀などで処理したものを用いることができる。これらについては、表面を酸化処理することも可能である。集電体の形状については、箔状、フィルム状、シート状、ネット状、パンチ又はエキスパンドされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の形成体などが挙げられる。
【0025】
本発明の蓄電デバイス用電極を用いた蓄電デバイスは、正極と、負極と、正極と負極との間に介在するイオン伝導媒体とを備えたリチウム二次電池とすることができる。ここで、本発明の蓄電デバイス用電極を正極として用いる場合には、負極として、例えば、リチウム金属を用いることができる。また、本発明の蓄電デバイス用電極を負極として用いる場合には、正極として、LiCoO2やLiNiO2等の層状岩塩構造を有する化合物、LiMn24等のスピネル型構造を有する化合物、LiFePO4等のポリアニオン化合物などを用いることができる。この蓄電デバイスにおいて、イオン伝導媒体は、支持塩を有機溶媒に溶かした非水電解液やイオン性液体、ゲル電解質、固体電解質などを用いることができる。このうち、非水電解液であることが好ましい。支持塩としては、例えば、LiPF6,LiClO4,LiAsF6,LiBF4,Li(CF3SO22N,Li(CF3SO3),LiN(C25SO2)などの公知の支持塩を用いることができる。支持塩の濃度としては、0.1〜2.0Mであることが好ましく、0.8〜1.2Mであることがより好ましい。有機溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、γ−ブチロラクトン(γ−BL)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)など従来の二次電池やキャパシタに使われる有機溶媒が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。また、イオン性液体としては、特に限定されるものではないが、1−メチル−3−プロピルイミダゾリウムビス(トリフルオロスルホニル)イミドや1−エチル−3−ブチルイミダゾリウムテトラフルオロボレートなどを用いることができる。ゲル電解質としては、特に限定されるものではないが、例えば、ポリフッ化ビニリデンやポリエチレングリコール、ポリアクリロニトリルなどの高分子類またはアミノ酸誘導体やソルビトール誘導体などの糖類に、支持塩を含む電解液を含ませてなるゲル電解質が挙げられる。固体電解質としては、無機固体電解質や有機固体電解質などが挙げられる。無機固体電解質としては、例えば、Liの窒化物、ハロゲン化物、酸素酸塩などがよく知られている。なかでも、Li4SiO4、Li4SiO4−LiI−LiOH、xLi3PO4−(1−x)Li4SiO4、Li2SiS3、Li3PO4−Li2S−SiS2、硫化リン化合物などが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。有機固体電解質としては、例えば、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリフッ化ビニリデン、ポリホスファゼン、ポリエチレンスルフィド、ポリヘキサフルオロプロピレンなどやこれらの誘導体が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。この蓄電デバイスは、正極と負極との間にセパレータを有していてもよい。セパレータとしては、蓄電デバイスの使用範囲に耐え得る組成であれば特に限定されないが、例えば、ポリプロピレン製不織布やポリフェニレンスルフィド製不織布などの高分子不織布、ポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂の微多孔フィルムが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複合して用いてもよい。この蓄電デバイスの形状は、特に限定されないが、例えばコイン型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。また、電気自動車等に用いる大型のものなどに適用してもよい。
【0026】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0027】
例えば、上述した実施形態においては、有機化層状ポリシランは多層構造としたが、単層に剥離した構造(層間距離が無限大)であってもよい。単層に剥離した構造とした場合、半導体薄膜などとして利用できると考えられる。
【0028】
例えば、上述した実施形態においては、製造方法は、原料合成工程と反応工程とを含むものとしたが、原料合成工程は含まないものとしてもよい。すなわち、原料の層状シロキセンは反応工程とは別途合成したものであってもよいし、上述した製造方法によるものでなくてもよい。
【0029】
例えば、上述した実施形態においては、有機化層状ポリシランを用いた蓄電デバイス用電極は塗工電極としたが、加圧成型などで作製したものであってもよい。
【0030】
例えば、上述した実施形態においては、有機化層状ポリシランを用いた蓄電デバイス用電極は、リチウム二次電池に用いることを例示したが、リチウム二次電池に限定されることなく、ナトリウム二次電池などのその他の二次電池のほか、電気二重層キャパシタ、電気化学キャパシタなど、各種蓄電デバイスに用いることができる。
【実施例】
【0031】
以下には、有機化層状ポリシランを具体的に合成した例を説明する。
【0032】
[実施例1]
(1)有機化層状ポリシランの合成
シュレンク管に二ケイ化カルシウム(CaSi2)を289.3mg加え、真空ラインを用いてAr雰囲気にパージした。このシュレンク管内に無水エタノール溶液を室温で10ml加えた。続いて塩化水素1,4−ジオキサン溶液(4M、15ml)を加えて60℃で15時間加熱攪拌した。溶媒を留去した後に黄色粉体をグローブボックス内で無水エタノールで洗浄、乾燥することで層状シロキセン[Si63(OEt)3nを黄色粉体として269.8mg得た。別のシュレンク管に得られた黄色粉体129.8mgと無水THFを5ml加え、MeMgBrジエチルエーテル溶液(3M、3ml)を加えた。この混合物を60℃で72時間加熱攪拌した。反応後、得られた縣濁液をグローブボックス内でテフロンフィルター(「テフロン」は登録商標)を通して濾別し、無水THFで洗浄した。得られた固体を室温、真空下で乾燥することで実施例1の有機化層状ポリシラン(メチル層状ポリシランとも称する)を33.8mg得た。
【0033】
(2)IR測定
得られたメチル層状ポリシランについて、IRスペクトルを測定した。測定装置はニコレー社製Magna760型フーリエ赤外分光計、Nic−Plan型赤外顕微鏡を用いた。得られたIRスペクトルを図2に示す。2100cm-1付近にSi−H結合に特徴的なピークを観測し、1245及び800cm-1にSi−Cに特徴的な伸縮振動モードが観測された。このことから六員環を形成するケイ素原子は、Si−H結合又はSi−C結合を有していると推察された。
【0034】
(3)XRD測定
得られたメチル層状ポリシランについて、XRD測定を行った。測定装置はリガク社製RINT−TTRを用いた。線源にはCuKα線を用いた。XRDの結果をを図3に示す。層間を示すと考えられるピークが18℃付近に観測され、層間距離は5Å程度と見積もられた。また28°付近に有機化層状ポリシランのSi二次元ネットワークの面内の配座と考えられるピークが観測された。以上より、実施例1の有機化層状ポリシランは、Siのネットワークをもった層状化合物が自己集積による積層構造を構築した図1に示すような構造であると推察された。このことから、原料合成工程において合成された層状シロキセンは所望ものであったと推察され、有機溶媒を用いても有機化層状シロキセンの合成が可能であることがわかった。
【0035】
(4)電極としての性能評価
得られた有機化層状ポリシランをリチウムイオン二次電池の電極材料として使用し、その特性を調べた。具体的には、実施例1の有機化層状ポリシランを、導電材としてのカーボンブラック(東海カーボン製TB5500)及びテフロンパウダー(ダイキン工業製)を20:75:5の重量比で混合したものを10mg秤量し、φ15mmのステンレスメッシュへ圧着して作用極とした。対極に金属リチウム、セパレータにポリエチレン製微多孔質膜、電解液には1MのLiPF6溶液を用いて電池を作製した。電解液の溶媒としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)を3:7の体積比で混合したものを用いた。電池性能の評価は、下限終止電位を0.02V、上限電位を3Vとし、0.7mAの定電流測定を室温で10回繰り返した。この結果を図4に示す。容量は約200mAh/gを示し、サイクル特性も観測された。以上より実施例1の有機化層状ポリシランはリチウム二次電池の電極材料として利用可能であることがわかった。
【0036】
[実施例2]
(1)有機化層状ポリシランの合成
シュレンク管に二ケイ化カルシウム(CaSi2)を311.0mg加え、真空ラインを用いてAr雰囲気にパージした。このシュレンク管内に塩化水素ブタノール溶液を室温で5ml加えて90℃で22時間加熱攪拌した。溶媒を留去した後に黄色粉体をグローブボックス内で無水エタノールとTHFで洗浄、乾燥することで有機化層状シロキセン[Si63(OBu)3nを黄色粉体として286.8mg得た。得られた黄色粉体48.0mgと無水トルエン2mlを別のシュレンク管に加え、PhMgBrのTHF(テトラヒドロフラン)溶液(1M、2ml)を加えた。この混合物を80℃で72時間加熱攪拌した。反応後、得られた縣濁液に塩酸水溶液(5M)を加え、20分攪拌し、反応混合物をヘキサンで抽出した。有機相を分離後、溶媒を留去することで実施例2の有機化層状ポリシラン(フェニル層状ポリシランとも称する)を得た。
【0037】
(2)IR測定
得られたフェニル層状ポリシランについて、実施例1と同様にしてIRスペクトルを測定した。得られたIRスペクトルを図5に示す。2100cm-1付近にSi−H結合に特徴的なピークを観測し、800、1100、1400cm-1にSi−Phに特徴的なパターンを、1700−2000cm-1に芳香族環を有する化合物に特徴的なパターンをそれぞれ観測したことから、各SiはSi−H結合又はSi−Ph結合を有していると推察された。以上より、実施例2の有機化層状ポリシランは図1の基本骨格のような構造を有していると推察された。
【0038】
(3)XRD測定
得られたフェニル層状ポリシランについて実施例1と同様にしてXRD測定を行った。得られたXRDの結果を図6に示す。実施例2の有機化層状ポリシランは「triclinic, P」の結晶構造を有し、その格子定数はa=11.66Å、b=6.65Å、c=9.89Å、α=103.9°、β=94.8°、γ=90.7°であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とし、前記ケイ素原子には、炭化水素基Rが結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している、有機化層状ポリシラン。
【請求項2】
一般式[Si6n6-nm(1≦n≦5、mは正の整数)で表される請求項1に記載の有機化層状ポリシラン。
【請求項3】
前記炭化水素基Rは、アルキル基、アルケニル基、芳香族炭化水素基のうちいずれか1種以上である、請求項1又は2に記載の有機化層状ポリシラン。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機化層状ポリシランを活物質として備えた蓄電デバイス用電極。
【請求項5】
ケイ素原子で構成された六員環が複数連なった構造を基本骨格とし、前記ケイ素原子には、酸素原子を介して炭化水素基R’が結合したケイ素原子と水素原子が結合したケイ素原子とが混在している層状シロキセンに、炭化水素基Rを有する求核試剤を反応させる反応工程を含む、有機化層状ポリシランの製造方法。
【請求項6】
前記層状シロキセンは、一般式[Si6n(OR’)6-nm(1≦n≦5、mは正の整数)で表されるものである、請求項5に記載の有機化層状ポリシランの製造方法。
【請求項7】
前記求核試剤は、RMgX(Xはハロゲン元素)で示されるGrignard試薬又はRLiで示される有機リチウム試薬である、請求項5又は6に記載の有機化層状ポリシランの製造方法。
【請求項8】
二ケイ化カルシウムを塩化水素エーテル−アルコール混合溶液又は塩化水素アルコール溶液と反応させて前記層状シロキセンを合成する原料合成工程を含む、請求項5〜7のいずれか1項に記載の有機化層状ポリシランの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−37947(P2011−37947A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184534(P2009−184534)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】