説明

有機酸生産酵母の培養方法

【課題】有機酸生産酵母に適した培養方法を提供する。
【解決手段】有機酸生産酵母の培養液における単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくとも前記pH変化量に基づいて炭素源流加量を調節しつつ培養する流加培養工程を備えるように培養する。こうすることで培養液中の炭素源動態に対応して的確にかつレスポンスよく流加量を調節できるため、効率的な増殖が可能となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸生産酵母の培養方法、該培養方法を利用した有機酸生産酵母の菌体生産方法、有機酸生産方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、乳酸などの有機酸を発酵生産する手段として、遺伝的に改変した酵母が用いられるようになってきている。工業的規模でこうした遺伝子組換え酵母を用いて有機酸生産を行うには、まず、生産に使用する酵母菌体を増殖、すなわち、酵母菌体を生産する。有機酸の効率的な発酵生産には、こうした酵母菌体の生産自体を効率的に行うことが重要である。
【0003】
一般的に、酵母には、好気培養中に好気発酵を伴う「クラブトリーポジティブ」な株と、好気発酵を伴わない「クラブトリーネガティブ」な株が存在する。一般的には前者にはサッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)などが含まれ、後者にはクルイベルマイセス(Kluyverimyces)、ピキア(Picha)などが含まれる。「クラブトリーネガティブ」な株は非常に増殖が遅いので一般的には「クラブトリーポジティブ」な株を用いる。
【0004】
サッカロマイセス・セレビジエなどの酵母菌体を増殖するためには、糖濃度をできるだけ低く制御して好気発酵を抑制して菌体を短時間に効率的に増殖させることが重要である。好気発酵は、クラブトリー効果ともいわれ、糖濃度が高い場合に、O濃度が十分であっても糖がアルコール発酵経路に利用され、結果として菌体収率が低下する現象である。このため、酵母菌体を増殖させる場合、基質濃度を低濃度に制御できる流加培養が採用され、基質濃度を培養系の特定物質をモニターして添加すべき基質濃度を決定して培養系の基質濃度を制御することが行われている。
【0005】
こうした制御方法としては、CO制御やRQ(呼吸商:排気ガス中のCOの発生量とO減少量との比)制御がある。CO制御やRQ制御は、培養系から排出されるCO量に基づいて好気発酵レベルを検知し、それにより基質添加量を決定するものである。また、培養液中のエタノール量を直接検出するエタノール制御も用いられている(特許文献1)。さらに、溶存酸素(DO)を指標とする制御方法(特許文献2)、培養液のpHを指標とする制御方法(非特許文献1)、DOとpHとの双方を指標とする制御方法(特許文献3)がある。DOを指標とする方法は、増殖が抑制されると酸素消費量が低下してDOが上昇することを利用し、一定量の基質を添加後DOが上昇するまでの期間に基づいて培養系中の菌体に必要な基質量を算出している。また、pHによる制御方法は、培養系内の糖が消費しつくされると菌体は有機酸を消費し始めてpHが上昇することを利用して、pHに閾値を設定して、閾値を超えたときに基質を添加するというものである。
【特許文献1】特開平5−76346号公報
【特許文献2】特開平6−261741号公報
【特許文献3】特開昭63−57036号公報
【非特許文献1】D. Porto et al., Ros. Microbiol. 1991, 142, 535-539
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、乳酸生産酵母については、乳酸収率を向上させるために、アルコール(エタノール)生産量を低減させるように遺伝子工学的な改良が施されている。こうした改良は、アルコール発酵経路をできるだけ抑制すること意図している。したがって、培養液中のエタノールやエタノールに付随して発生するCOさらにはRQを指標とする制御方法を使用することは好ましくない。
【0007】
また、非特許文献1や特許文献2に記載のDO制御やpH制御ではDOやpHが閾値以上になるのを待って制御するため、培養時間が長くなる傾向があるとともに、培養系において好気発酵が開始されたタイミングにはなんら制御されない。しかも、本発明者らによれば、DOの上昇は、糖が枯渇した後に遅れて観察されることがわかった。
【0008】
以上のように、有機酸生産酵母に適した菌体増殖のための培養方法は未だ見出されていない。
【0009】
そこで、本発明は、有機酸生産酵母に適した培養方法、該酵母の菌体生産方法、培養装置、培養制御方法及び培養制御プログラムを提供することを一つの目的とする。また、本発明は、的確に炭素源濃度を制御できる培養方法、該酵母の菌体生産方法、培養装置、培養制御方法及び培養制御プログラムを提供することを他の一つの目的とする。また、本発明は、こうして培養された有機酸生産酵母を用いた有機酸の生産方法を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一つの形態によれば、有機酸生産酵母の培養方法であって、前記有機酸生産酵母の培養液における単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくとも前記pH変化量に基づいて炭素源流加量を調節しつつ流加培養する工程を備える、培養方法が提供される。前記有機酸は乳酸であることが好ましい。
【0011】
この培養方法においては、前記pH変化量が正のときには前記流加量を増大させ、前記pH変化量が負のときには前記流加量を低下させることができる。また、前記pH情報は、測定pH値と所定のpH閾値との関係を含んでおり、前記pH変化量が正であってかつ測定pH値がpH上限閾値を超えたときには前記流加量を増大させ、前記pH変化量が負であってかつ測定pH値がpH下限閾値を超えたときには前記流加量を低下させるようにすることができる。
【0012】
また、前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、直前の流加量と前記pH差分量とに基づいて設定される流加量で炭素源を流加するようにしてもよいし、直前の流加量と前記pH変化量とに基づいて設定される流加量で炭素源を流加するようにしてもよい。
【0013】
さらに、前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、直前の流加量と前記pH差分量とに基づく第1の流加量及び/又は直前の流加量と前記pH変化量とに基づく第2の流加量で炭素源を添加するようにしてもよい。
【0014】
さらにまた、前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、前記流加量を増大させるときには、直前の流加量と前記pH差分量とに基づいて流加量を決定し、前記流加量を低下させるときには、直前の流加量と前記pH変化量とに基づいて流加量を決定するようにしてもよい。
【0015】
本培養方法においては、前記有機酸生産酵母は、クラブトリー効果を発現する遺伝子のプロモーターの制御下に有機酸生産関連遺伝子を保持していることが好ましく、前記プロモーターは、ピルビン酸脱炭酸酵素遺伝子のプロモーターであることが好ましい。
【0016】
本発明の他の一つの形態によれば、有機酸生産酵母の菌体生産方法であって、上記いずれかに記載の流加培養工程を実施する、方法が提供される。
【0017】
また、本発明の他の一つの形態によれば、有機酸の生産方法であって、上記菌体生産方法によって生産された有機酸生産酵母を用いて有機酸を生産する、方法が提供される。
【0018】
さらにまた、本発明の他の一つの形態によれば、有機酸生産酵母の培養装置であって、培養槽と、前記培養槽中の培養液に炭素源を流加する炭素源流加手段と、前記培養液のpHを測定するpH測定手段と、前記pH測定手段による測定結果に基づく単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくとも前記pH変化量に基づいて前記炭素源流加手段により前記培養液に添加される炭素源流加量を設定する流加量制御手段と、を備える培養装置が提供される。
【0019】
本発明の他の一つの形態によれば、有機酸生産酵母の培養制御方法であって、
前記有機酸生産酵母の培養液のpHを取得するステップと、前記ステップでの測定結果に基づく単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得するステップと、少なくとも前記pH情報に基づいて前記培養液に流加する炭素源流加量を設定するステップとを備える、方法が提供される。
【0020】
また、本発明の他の一つの形態によれば、有機酸生産酵母の培養制御プログラムであって、1又は2以上のコンピュータに、請求項14に記載の各ステップを実行させる、プログラムが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の有機酸生産酵母の培養方法は、前記有機酸生産酵母の培養液における単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくとも前記pH変化量に基づいて炭素源流加量を調節しつつ流加培養する工程を備えることを特徴としている。
【0022】
本発明は、本発明者らが、炭素源が不足すると培養液中の有機酸が消費されることにより、炭素源の過不足を培養液のpH変化としてレスポンスよく検知できることを見出したことによるものである。さらに、有機酸生産酵母の菌体増殖時に、炭素源が過剰になると好気発酵によりエタノールとともにあるいはエタノールに替わって有機酸が生産されることで、炭素源の過不足をより精度よく検知できることを見出したことによるものである。
【0023】
有機酸生産酵母の培養液のpH変化量は、有機酸生産酵母の培養液における有機酸の生産/消費動態、すなわち、炭素源供給量の過剰及び不足を的確にかつレスポンスよく検知するパラメータであることがわかった。このため、本発明の培養方法によれば、少なくともpH変化量に基づいて流加量を調節することにより炭素源濃度を適切に制御して好ましい菌体増殖状態を得ることができる。また、本発明によれば、菌体増殖には望ましくない有機酸の存在を利用して有機酸の動態によるpH変化量を指標として用いることにより効果的な流加量制御を行うことができる。また、pH変化量を指標として流加量を制御することで同時に酸やアルカリによるpH調整を回避することができる。
【0024】
以下、本発明の培養方法、有機酸生産酵母の生産方法、有機酸生産酵母の培養装置、有機酸生産酵母の培養制御方法及び培養制御プログラム並びに有機酸の生産方法について順次説明する。
【0025】
(有機酸生産酵母の培養方法)
本培養方法における有機酸生産酵母は、有機酸生産が活性化された酵母であればよい。自然界からのスクリーニング、人工突然変異及び遺伝子工学的改変などのいずれの手法によって得られた酵母であってもよいが、遺伝子組換えにより有機酸を生産するように形質転換された酵母であることが好ましい。遺伝子組換え酵母は、一般に有機酸を高効率に発現するように構築されているからである。有機酸生産酵素遺伝子は酵母の染色体外にあっても染色体上にあってもよいし、どのようなプロモーターの制御下に保持されていてもよい。どういった形態であれ、糖から有機酸の生産する能力を有する以上は菌体増殖の過程で有機酸を生産する可能性があるからである。
【0026】
また、本発明において「有機酸」とは、酸性を示す有機化合物であるが、有機酸が備える酸性基としては好ましくはカルボン酸基である。また、「有機酸」には、遊離の酸の他、有機酸塩を含む。このような有機酸として、具体的には、乳酸、酪酸、酢酸、ピルビン酸、コハク酸、ギ酸、リンゴ酸、クエン酸、マロン酸、プロピオン酸、アスコルビン酸、アジピン酸などを挙げることができるが、好ましくは、乳酸である。乳酸には、L−乳酸、D−乳酸、及びDL−乳酸があるが、これらのいずれをも含む。
【0027】
遺伝子組換え酵母においては適当なプロモーターの制御下に有機酸合成酵素をコードする遺伝子を発現可能に保持している。高効率で有機酸を生産するには、例えば、ピルビン酸脱炭酸酵素1(PDC1)などのピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)遺伝子プロモーター、アルコール脱水素酵素1(ADH1)などのアルコール脱水素酵素(ADH)遺伝子プロモーター、高浸透圧応答7遺伝子(HOR7遺伝子)プロモーター、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素2遺伝子(TDH2遺伝子)プロモーター、熱ショックタンパク質30遺伝子(HSP30遺伝子)プロモーター、ヘキソース輸送タンパク質7遺伝子(HXT7遺伝子)プロモーター、チオレドキシンペルオキシダーゼ1遺伝子(AHP1遺伝子)プロモーター、膜タンパク質1関連遺伝子(MRH1遺伝子)プロモーター、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素3(TDH3)遺伝子プロモーター、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素1遺伝子(TDH1遺伝子)プロモーター、トリオースリン酸イソメラーゼ1遺伝子(TPI1遺伝子)プロモーター及び細胞壁関連タンパク質12遺伝子(CCW12遺伝子)及びリボゾーマルプロテインS31遺伝子(RSP31遺伝子)プロモーターなどが挙げられる。なお、これらはいずれも酵母における内在性プロモーターであり、酵母において有機酸を生産させるのに好ましい高発現プロモーターである。これらの1種又は2種以上を本発明の有機酸生産酵母において好ましく用いることができる。
【0028】
本発明の有機酸生産酵母においては、糖濃度が高いと発現が促進されるか又は発現が抑制されるプロモーターの制御下に有機酸合成酵素遺伝子を保持していることが好ましい。こうすることで糖濃度に応じて有機酸を生産させるとともに消費させることもできるからである。より好ましくは糖濃度が高いと発現が促進されるプロモーターの制御下に有機酸合成酵素遺伝子を保持している。さらに好ましくは、クラブトリー効果を発現する遺伝子のプロモーターの制御下に有機酸合成酵素遺伝子を保持している。このようなクラブトリー効果を発現する遺伝子のプロモーターは酵母においては本来的に強力なプロモーターであり、有機酸生産に好適であるからである。こうしたプロモーターとしては、具体的には、酵母におけるアルコール発酵経路にあるピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)遺伝子のプロモーターやアルコール脱水素酵素(ADH)遺伝子などのプロモーターが挙げられる。これらの酵素はそれぞれアイソザイムが存在しているが、PDC1プロモーターやADH1あるいはADH2プロモーターであることが好ましい。より好ましくはPDC1プロモーターである。PDC1プロモーターの制御下で有機酸を合成する酵素を発現させることにより、培養液中の炭素源の過不足に対して良好なレスポンスで有機酸を生産及び消費させることができ、炭素源の過不足を培養液のpH動態として感度よく検出できるとともに、高効率で有機酸を発酵することが期待できるからである。なお、これらのプロモーターの1種又は2種以上がノックアウト等により抑制又は不活性化されていることが好ましく、より好ましくは、酵母染色体上においてこれらのプロモーターの制御下において内在されていた遺伝子に替わって有機酸生産酵素遺伝子が保持されている。こうした有機酸生産酵母は、例えば、特開2003−93060、特開2003−259878、特開2003−334092、特開2004−187643、特開2005−139270に開示されている。
【0029】
有機酸合成酵素としては、乳酸生産の場合には、L−乳酸脱水素酵素、D−乳酸脱水素酵素等の酵素、ピルビン酸生産の場合にはピルビン酸キナーゼ等、酢酸生産の場合にはピルビン酸オキシダーゼ等、コハク酸生産の場合にはスクシニルCoAシンテターゼ等、リンゴ酸の場合にはフマル酸ヒドラターゼ等、クエン酸生産の場合にはクエン酸シンテターゼ等を例示できる。
【0030】
例えば、乳酸脱水素酵素(LDH)としては、生物の種類に応じてあるいは生体内においても各種同族体が存在する。本発明において使用する乳酸脱水素酵素としては、天然由来のLDHの他、化学合成的あるいは遺伝子工学的に人工的に合成されたLDHも包含している。LDHとしては、好ましくは、乳酸菌などの原核生物もしくはカビなどの真核微生物由来であり、より好ましくは、植物、動物、昆虫などの高等真核生物由来であり、さらに好ましくは、ウシを始めとする哺乳類を含む高等真核生物由来である。L−LDHとしては、ウシ由来のLDH(L−LDH)である。さらに、本発明におけるLDHは、これらのLDHのホモログも包含している。LDHホモログは、天然由来のLDHのアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸でありかつLDH活性を有しているタンパク質、および、天然由来のLDHとアミノ配列の相同性が少なくとも70%、好ましくは80%以上を有しかつLDH活性を有しているタンパク質を含んでいる。また、D−LDHとしては、大腸菌、タコ及び乳酸菌由来のものなどが挙げられる。好ましくは乳酸菌由来のD−LDHである。なお、有機酸合成酵素をコードするコード領域は、酵母において複数コピー導入されていることが好ましい。
【0031】
こうした組換え酵母は、通常の遺伝子組換え酵母の作製法に基づいて取得することができる。すなわち、宿主の酵母に、トランスフォーメーション法など従来公知の酵母への遺伝子導入法から選択される適切な手段により、外来遺伝子を導入することができる。外来遺伝子導入のためのDNA構築物は、例えば、適当なプロモーターとコードDNAと転写調節領域等を含むDNA構築物とすることができる。こうしたDNA構築物としては、特に限定しないで、DNAそのもの、プラスミド(DNA)、ウイルス(DNA)バクテリオファージ(DNA)、レトロトランスポゾン(DNA)、人工染色体(YAC)などから、外来遺伝子の導入形態(染色体外あるいは染色体内)に応じて選択される。DNA構築物には、ターミネーター他、必要に応じてエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)を連結することができる。選択マーカーとしては、特に限定しないで、薬剤抵抗性遺伝子、栄養要求性遺伝子などを始めとする公知の各種選択マーカー遺伝子を利用できる。なお、PDC1遺伝子のプロモーターなど特定のプロモーターの制御下に相同組換えにより有機酸合成酵素のコード領域を導入することも当業者であれば適宜行うことができる。
【0032】
こうした組換え酵母の宿主酵母としては、サッカロマイセス・セレビシエ、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などのサッカロマイセス属酵母を含む「クラブトリーポジティブ」な酵母が挙げられる。クラブトリーポジティブ」な酵母は、本来的に又は遺伝子組換え若しくは変異などによって人工的に「クラブトリーポジティブ」を獲得した酵母であってもよい。こうした酵母のなかでも、サッカロマイセス・セレビシエなどのサッカロマイセス属酵母が好ましい。
【0033】
こうした有機酸生産酵母を培養する培養液の組成は特に限定されない。通常の培地を必要に応じて選択することができる。また、炭素源としては、ショ糖、糖蜜、グルコースなどの各種の糖類のほかグリセロール等を用いることができるが、好ましくは糖類を用いる。有機酸生産酵母の培養液は、当初の培養液とその後に流加される流加液とによって構成されることになるが、流加液における糖も同様のものを用いることができる。また、流加液にも、適宜窒素源やビタミン類などを含ませることができる。
【0034】
流加培養工程の培養条件は、適宜設定することができるが、培養液のpHは、4.0以上6.5以下であることが好ましい。より好ましくは、4.5以上であり、また、6.0以下である。また、培養温度は、例えば、25℃〜35℃程度、好ましくは30℃〜32℃程度とすることができる。なお、培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。
【0035】
本発明の培養方法は、こうした有機酸生産酵母の培養液におけるpH情報に基づいて炭素源流加量を調節しつつ流加培養する工程を備えている。なお、流加培養とは、炭素源を含む流加基質を連続的にあるいは断続的に添加しつつ培養する方法である。
【0036】
本発明の培養方法によって菌体増殖のために流加培養方法を実施する場合、流加量制御のために必要な有機酸を培養液中に含有させておく必要がある。本発明は培養液中の有機酸動態を利用するものだからである。したがって、好ましくは流加培養に先立って、バッチ方式で培養するシード培養を実施し、ある程度の菌体濃度(例えば、OD換算で40程度)で培養液中のグルコース濃度が所定量以下(例えば、0.01質量%以下)になったとき流加培養を開始するようにする。こうした状態の培養液には乳酸が既に生産されている。なお、本培養方法においては、有機酸が流加量制御に必要であるため、培養終了直前まで存在していることが好ましく、培養終了とともに消費されていることが好ましい。したがって、本培養方法によれば、培養液中の有機酸は全体として減少させるようになっている。
【0037】
炭素源の流加量は、少なくとも一つのパラメータに基づいて設定されることが好ましく、こうした流加量の設定は一定時間間隔あるいはパラメータの測定値等に基づいて適宜行われるようになっていることが好ましい。本発明の培養方法では上記パラメータとしてpH情報を用いる。炭素源不足時には、培養液中の有機酸が消費されてpHが上昇するため、培養液中の炭素源動態をpHの上昇として検出して炭素源を制御できる。また、糖濃度に応じて発現が促進され又は抑制されるプロモーター下に有機酸合成酵素遺伝子を保持する有機酸生産酵母においては、炭素源過剰時若しくは不足時に有機酸が生産され、炭素源不足時若しくは過剰時に有機酸が消費されるため、また、pHは他のCOやDOなどのパラメータに比較して高い測定精度でセンサーにより検出でき、また、糖濃度が高いと活性化するプロモーターやクラブトリー効果を発現する遺伝子のプロモーターの制御下に有機酸合成酵素遺伝子がある場合には、これらの他のパラメータよりも応答性よく炭素の過不足に反応して検出できる。さらに、pHをパラメータとすることは、有機酸生産酵母のアルコール発酵能が抑制されている場合には特に有効である。
【0038】
このように、有機酸生産酵母の流加培養においてpHは炭素源動態(代謝流れ)や菌体増殖の感度のよい指標であるため、pH変化を利用することで細やかでかつ効果的な増殖制御が可能となっている。本発明者らによれば、流加によりpHが上昇も下降もしないとき、すなわち、有機酸が発生も消費もされないときに最も効率的でかつ高い増殖速度が得られるという知見を得ている。しかしながら、pHが一定になるように流加量を調整することは極めて困難であるため種々検討したところ、pH変化量に基づいて流加量を調節することにより、結果としてpHを緩やかにハンチングさせながら一定値に近づけることができ、これにより、pH一定状態に近い高効率でかつ高速な増殖が得られることがわかったのである。すなわち、pH変化量に基づいてpHのハンチング範囲(pHの変動範囲)を小さくするように、あるいはpHのハンチング周期を長くするように、さらにはこれらの両方を達成するように流加量を調節することが、菌体増殖に有効であることがわかった。
【0039】
培養液のpH情報は、流加培養工程において連続的又は間欠的に培養液のpHを測定することにより得ることができる。
【0040】
pH情報は、少なくとも所定時間あたりのpH変化量を含んでいる。上記したように、pH変化量は、有機酸生産酵母の培養状態における炭素源の過不足の好ましい指標である。培養液における単位時間あたりのpH変化量を検出するには、少なくとも異なるタイミングで培養液のpHを測定すればよい。所定時間あたりのpH変化量は、新たに測定したpH値から所定時間前に測定したpH値を差し引いたpH差分値として得ることができる。ここでpH変化量の特定する所定時間は、培養工程を通じて一定に設定してもよいし、培養工程の経過に応じて適宜あるいは予め変化させるようにしてもよい。このような所定時間は、pH変化量に基づいて流加量をフィードバック制御するのに好ましい時間間隔でもある。こうした所定時間は、例えば、10秒から30分程度とすることができ、好ましくは、1分から20分程度、より好ましくは5分〜15分程度とすることができる。
【0041】
pH情報は、pH変化量のほか、新たに測定したpH値とpH上限閾値又はpH下限閾値との関係を含むことができる。閾値は、流加量を制御するか否かを判定するための値であり、例えば、目標pH値を挟んで上下それぞれ一定範囲をpH不感帯となるように目標pH値よりも高いpH上限閾値と目標pH値よりも低いpH下限閾値とを設定することができる。したがって、測定pH値が上下限閾値を超えていれば流加量を制御し、上下限閾値以内であれば流加量は制御されない(流加量は維持される)こととなる。また、閾値の上下に広ければ大きいほど不感帯が大きくなり流加量制御が抑制され、閾値が狭いほど不感帯は小さくなり流加量制御が積極的に行われる。
【0042】
pH情報には、さらに、測定pH値と目標pH値との差分、すなわち、目標pH値から測定pH値を差し引いたpH差分量もpH情報に含めることができる。pH差分量は、例えば、流加量を算出するのに用いることができる。なお、pH変化量も流加量の算出に用いることができる。
【0043】
なお、pH情報には、pH変化量算出の基礎である測定pH値のほか所定時間前のpH測定値も当然に包含されるものである。また、目標pH値や上下のpH閾値は、通常予め設定しておくことができる。
【0044】
pH情報に基づいて流加量を調節する手法としては、PID制御などの定値制御、シンプレックス法、勾配法、遺伝的アルゴリズム等などの最適制御、ファジイ制御等などを用いることができる。こうした制御においては、例えば、pH変化量が正のとき、すなわち、pHが上昇傾向にあるときには直前の流加量よりも流加量を増大させ、pH変化量が負のとき、すなわち、pHが低下傾向にあるときには直前の流加量よりも流加量を低下させるようにすることができる。pH上昇傾向は、炭素源が不足して有機酸が消費された結果であり、pH低下傾向は、炭素源が過剰で有機酸が生産された結果だからである。なお、pH変化量が0のときには、流加量は維持される。こうした流加量制御によれば、炭素源の不足に対応して流加量を積極的に制御することができる。
【0045】
さらに、pH変化量が正であってかつ測定pH値がpH上限閾値を超えたときには流加量を増大させ、pH変化量が負であってかつ測定pH値がpH下限閾値を超えたときには流加量を低下させるようにすることもできる。pH変化量が0のときには流加量を維持するようにする。こうすること過度に流加量を増大させたり低下させたりすることを防ぐことができる。
【0046】
また、流加量は、各種の制御手法に応じて設定することができるが、有機酸生産酵母においては、直前に設定し実行した流加量とpH差分量及び/又はpH変化量とに基づいて設定することができる。また、pH差分量及び/又はpH変化に比例させるようにすることが好ましい。例えば、流加量をpH差分量に比例させることで、pH値を目標pH値に対して反転させるようにするように制御でき、pH変化量に比例させることで、pH値が目標pH値に対して反転させるよりもpHの上下動がなくなるように制御できる。流加量はいずれの方式によって設定してもよいが、例えば、pH変化量が正のときも負のときにも、pH差分量に比例させるように設定してもよいし、pH変化量が正(pH上昇時)のときには、pH差分量に比例させるように設定できる。また、pH変化量が正のときには、pH差分量に比例させるように設定し、pH変化量が負(pH下降時)のときにはpH変化量に比例させるように設定してもよい。
【0047】
このように、pHの下降時には流加をやめるのでなく流加量を減らすのであるが、その際、pH変化量に基づくなどして流加量を減らすことで好気発酵を抑制して有機酸を消費させることで緩やかに目標値にまで上昇させるようにし、pH上昇時には流加量を増大させるのであるが、その際、pH差分量に基づくなどして積極的に炭素源を流加して微量に好気発酵させて有機酸を発生させることでpHを速やかに下降させるようにするようにする。こうすることで、pHのハンチング範囲やハンチング周期を好適化してハンチングを緩やかにすることで容易にpH変動を一定値に近づけるようにすることができる。この結果、高収率かつ高速に流加培養することができる。
【0048】
流加量を設定するための式としては、例えば、以下の式(1)及び(2)が挙げられる。式(1)は、pH差分量に比例させて流加量を決定するものであり、式(2)はpH変化量に比例させて添加量を決定するものである。なお、以下の式において流加量は重量としたが、必要に応じて流加液の濃度、流加速度、流加時間等の異なる形態で算出することができる。
FR’=FR+A×FR×(pHPV−pHSV)+C ・・・(1)
FR’=FR+B×FRΔpH+C ・・・(2)
ただし、
FR’:新たに設定される流加量(g)
FR:直前の流加量(g)
pHPV:pH測定値
pHSV:目標pH値
pHFNZ:pH値の不感帯(例えば、0.01)
ΔpH:所定時間あたりのpH変化量(pH測定値−前回のpH測定値)
A:係数(実験に基づいて設定することができる。例えば、1)
B:係数(実験に基づいて設定することができる。例えば、2)
C:定数(実験に基づいて設定することができる。例えば、0)
【0049】
これらの式(1)及び(2)を用いた制御形態を図1及び図2に示す。図1には、式(1)又は式(2)で制御した場合の流加量の増減とpH挙動とを示す。図2には、pH上昇時には式(1)を用いpH下降時には式(2)を用いて制御した場合の流加量の増減とpH挙動とを示す。なお、図2に示すように、式(1)は、ΔpH>0かつpHPV>(pHSV+pHFNZ)のときに採用することが好ましく、式(2)はΔpH<0かつpHPV<(pHSV−pHFNZ)のときに採用することが好ましく、これら以外のときには流加量を変化させないとすることが好ましい。
【0050】
流加培養工程は、培養液中の溶存酸素濃度がゼロになるなど、菌体濃度が上昇しなくなったときに終了することが好ましい。より好ましくは、流加培養終了時に乳酸が実質的になくなってpHの上下動がなくなった時点である。なお、流加培養終了時に乳酸が培地中に存在するときには、乳酸を消費させるように炭素源なしでの培養を時間が許す限り継続することが好ましい。
【0051】
以上説明した有機酸生産酵母の培養方法によれば、培養液における炭素源の過不足を的確にかつレスポンスよく得ることができるため、有機酸生産酵母の菌体増殖に適した培養を実施できる。この結果、高効率かつ高速で菌体を増殖させることができる。特に、上記方法によれば、pH変化量に基づいて流加量を制御する結果、少なくともpHを緩やかにハンチングさせることになり、この結果、容易にpHを一定範囲値内にとどめることができる。このように、pH変化量に基づいて流加量を制御することで、ある程度のpH変動を許容しつつも酸やアルカリによるpH調整を回避して高効率かつ高速に流加培養を行うことができる。
【0052】
また、以上説明した培養方法において2種類の流加量算出式を用いることにより、ハンチングを緩やかにして菌体増殖効率を高めている。すなわち、pH下降時(炭素源過剰時)にはpH変化量を利用する式(2)などを用いてpHの上下動がなくなって一定値になるように制御することで、いずれ菌体が増殖して糖が不足し有機酸を消費することで緩やかにpHを上昇方向に転換させることができる。一方、pH上昇時にpH差分量を利用する式(1)などを用いることで、過剰気味に制御してpHを速やかに目標値まで下降させるようにする。こうした制御により、全体としてpHのハンチング範囲を一定以下に維持しつつハンチング周期を長くしてハンチングを緩やかにし、一層pH一定の状態に近づけることができる。この結果、菌体増殖を一層高効率かつ高速化することができる。
【0053】
(有機酸生産酵母の培養装置)
次に、有機酸生産酵母の培養装置について説明する。本発明の培養方法は、例えば、図3に示す培養装置2によって実施することができる。図3に示す培養装置2は、培養槽10と、培養槽10中の培養液のpHを検知するpHセンサ20と、培養槽10の培養液に炭素源を含んだ流加基質を流加する流加装置30と、流加量等を制御するコンピュータ40とを備えている。
【0054】
培養槽10は特に限定しないが流加培養に適した培養槽を用いることができる。流加装置30は、特に限定しないが、流加液を貯留する貯留槽32と流加液を培養槽10に流加することができるポンプ34と供給経路36とを備えているとともに、ポンプ34の駆動量や時間などをコントロールする流加装置30の駆動制御装置38を備えている。コンピュータ40は、CPUを中心としてROM、RAM等で構成されるマイクロプロセッサを有するコントローラ41や各種の入出力インターフェースのほかにディスプレイ42を備えている。コンピュータ40のCPUは、pHセンサ20からの信号を取得するとともに、ポンプ34の作動時間や流加液の供給速度などに関する各種の制御信号を駆動制御装置38に出力するようになっている。なお、培養槽10には、さらに、培養液に酸素を供給する酸素供給装置、培養液の撹拌装置などのほか、DOセンサ、COセンサなどを備えることもできる。
【0055】
なお、培養装置2におけるpHセンサ20は、本発明の培養装置におけるpH測定手段に相当し、流加装置30は、同様に炭素源流加手段に相当し、コンピュータ40は流加量制御手段に相当している。
【0056】
(有機酸生産酵母の流加培養制御方法及びプログラム)
次に、有機酸生産酵母の流加培養制御方法及びプログラムについて説明する。本発明の流加培養制御方法は、上記した本発明の培養方法を実施するのに好ましい制御方法であって、有機酸生産酵母の培養液のpHを取得するステップと、前記ステップでの測定結果に基づく単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得するステップと、少なくとも前記pH変化量に基づいて前記培養液に流加する炭素源流加量を設定するステップとを備えている。また、本発明のプログラムは、上記制御方法における各ステップを1又は2以上のコンピュータに実行させるプログラムである。以下、本発明の制御方法及びプログラムを、培養装置2を用いて有機酸生産酵母を流加培養するときの流加動作を用いて説明する。
【0057】
図4には、流加動作のフローチャートの一例を示す。なお、流加培養は、まず有機酸生産酵母を一定量にまで増殖させるシード培養を行い、培養液中のグルコース量又は菌体量が一定量以上になったときに、菌体濃度等に基づいた所定の流加量で開始するものとする。また、以下に説明する流加動作フローは一定間隔毎(例えば、10分間)にコンピュータ40のCPUによって実施され、こうした流加動作を実施するためのプログラムは、コンピュータ40のコントローラのROMに予め記憶されているものとする。なお、流加培養開始時点での培養液のpH、流加開始時点での流加量、pH目標値(pHSV)、上限閾値及び下限閾値がそれぞれRAMの所定領域に格納されているものとする。
【0058】
まず、CPUは、pHセンサ20からpH測定値(pHPV)を取得する(ステップS10)。そして、RAMの所定領域に格納された流加培養開始時のpHを取得してそのpH変化量(ΔpH)を算出する(ステップS20)。次いで、ΔpHが0より大きいか、小さいか、あるいはゼロであるかを判定する(ステップS30)。このステップS30では、流加量を更新するか否か及び更新方法を決定する。ΔpHがゼロのとき、すなわち、pH変動がないときには直前の流加量FRを維持するようにする。すなわち、新たに設定する流加量FRとしてFR’をRAMの所定領域に格納する(ステップS40)。そしてFR’を駆動制御装置38に出力して(ステップS50)、この処理を終了する。
【0059】
また、ΔpHがゼロより大きい場合、すなわち、pHが上昇している場合には、さらに、pH測定値(pHPV)がpHの上限閾値を超えて大きいかどうかを判定する(ステップS60)。pH測定値が上限閾値以下の場合には、ステップS40及びステップS50を実行してこの処理を終了する。すなわち、前回設定した流加量FRはそのまま維持される。一方、pH測定値が上限閾値より大きい場合には、pH測定値からpH目標値(pHSV)を差し引いたpH差分量を算出し、このpH差分量と前回流加量FRとを利用して式(1)から新たな流加量FR’を算出し、FR’をRAMのFR格納領域に格納することでFRをFR’で更新する(ステップS70)。そして、FR’を駆動制御装置38に出力して(ステップS80)、この処理を終了する。
【0060】
さらに、ΔpHがゼロより小さい場合、すなわち、pHが下降している場合には、pH測定値(pHPV)が下限閾値を超えて小さいかどうかを判定する(ステップS90)。pH測定値が下限閾値以上の場合には、ステップS40及びステップS50を実施して、この処理を終了する。すなわち、前回の流加量FRはそのまま維持される。一方、pH測定値が下限閾値を超える場合には、pH変化量(ΔpH)と前回流加量FRとを利用して式(2)から新たな流加量FR’を算出し、FR’をRAMのFR格納領域に格納することでFRをFR’に更新する(ステップS100)。そして、FR’を駆動制御装置38に出力して(ステップS110)、この処理を終了する。
【0061】
流加量FR’についての制御信号の出力先である駆動制御装置38は、FR’に基づいて流加装置の駆動制御処理を実行する。流加装置の駆動制御処理のフローチャートの一例を図5に示す。図5に示すように、駆動制御装置38が流加量FR’の制御信号を受信したときには(ステップS200)、流加量FR’と流加液中の炭素源濃度と流加速度から、流加量FR’を流加するのに必要な流加時間Tを算出し(ステップS210)、算出した流加時間Tだけ流加液を培養槽10に流加するようにポンプ34等を駆動する信号を出力して(ステップS220)、この処理を終了する。こうした一連の流加量制御動作は、流加培養が終了するまで継続される。
【0062】
以上説明した流加動作制御によれば、上記培養方法における効果をコンピュータによる制御により容易に得ることができる。
【0063】
なお、以上の動作説明においては、pH変化量に基づいて流加量の設定方法を決定しているため、pH変化量に基づいて炭素源流加量を設定しているといえる。また、上記動作説明においては、流加量の設定を、上記式(1)及び上記式(2)により行うものとしたが、これに限定するものではなく、本発明の培養方法において説明したような各種の設定方法を採用して設定することができる。流加量の設定に際して必要なpH情報は、流加量の設定ステップにおいて併せて演算等により取得してもよいし、pH変化量の取得ステップにおいて予め取得してもよく、適宜必要なステップで必要な情報を取得すればよい。
【0064】
また、上記動作説明においては、こうしたプログラムは、コンピュータ40のROMに格納されているものとしたが、コンピュータが読み取り可能な記憶媒体(例えば、ハードディスク、ROM、FD、CD、DVD、チップ)などに記録されていてもよいし、伝送媒体(インターネットやLANなどの通信網)を介してあるコンピュータから他のコンピュータに配信されたものであってもよいし、その他どのような形態で授受されたものであってもよい。
【0065】
さらに、上記動作説明においては、本発明の制御方法及びプログラムは、コンピュータ40のコントローラ41のCPUが実施するものとして説明したが、コンピュータ40のCPUと駆動制御装置38に内蔵されるCPUが実行するものであってもよいし、駆動制御装置38のCPUのみが実行するものであってもよい。
【0066】
(有機酸生産酵母の菌体生産方法、有機酸生産方法)
本発明の有機酸生産酵母の菌体生産方法は、上記した培養方法の流加培養工程を実施する方法である。この菌体生産方法によれば、有機酸生産酵母を効率的に増殖させることができるため、短時間で良好な菌体収率で菌体を生産することができる。また、本発明の有機酸生産方法は、こうして生産した有機酸生産酵母を用いて有機酸を生産する方法である。本有機酸生産方法によれば、効率的に増殖された有機酸生産酵母を用いて有機酸を生産するため、効率的に有機酸を生産することができる。
【実施例】
【0067】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施することができる。
【0068】
本実施例では、遺伝子組換え酵母TC20株(LDH8コピー導入、GPD1遺伝子破壊株)(特願2004−265655に記載)を用いた。TC20株は以下のようにして取得した。
【0069】
特開2003−259878号公報(特願2002−65879)で作製した乳酸生産能を持つ酵母を胞子形成培地(1%リン酸カリウム,0.1%イーストエキストラクト,0.05%ブドウ糖,2%寒天)で胞子を形成させ、ホモタリック性を利用して2倍化を行い、2倍体である染色体両方にLDH遺伝子が導入されている株を取得し、これをKCB−27−7株とした。
【0070】
大腸菌K12株をテンプレートとして、ハイグロマイシン耐性遺伝子(以下、HPH遺伝子)のDNA断片をPCRで増幅した。HPH遺伝子のDNA塩基配列はGENBANKデータベースにV01499で登録されており、HPH遺伝子の両末端のプライマーHPH−U(5’ -ATG AAA AAG CCT GAA CTC ACC-3’ (配列番号1))とHPH−D(5’ -CTA TTC CTT TGC CCT CGG ACG-3’ (配列番号2))を使用した。
【0071】
酵母IFO2260株(社団法人発酵研究所に登録されている菌株)のゲノムDNAをテンプレートとして、TDH3プロモーター領域のDNA断片をPCRで増幅した。TDH3遺伝子のDNA塩基配列はGENBANKデータベースにZ72977で登録されており、プライマーTDH3P−U(5’ -ATA TAT GGA TCC TAG CGT TGA ATG TTA GCG TCA AC-3’ ;TDH3プロモーター配列にBamHIサイトを付加(配列番号3))、TDH−3P−D(5’ -ATA TAT CCC GGG TTT GTT TGT TTA TGT GTG TTT ATT CG-3’;TDH3プロモーター配列にSmaIサイトを付加(配列番号4))を使用した。
【0072】
酵母IFO2260株のゲノムDNAをテンプレートとして、CYC1ターミネーター領域のDNA断片をPCRで増幅した。CYC1ターミネーター領域のDNA塩基配列はGENBANKデータベースにZ49548で登録されており、プライマーCYCT−U(5’ -ATA TAT AAG CTT ACA GGC CCC TTT TCC TTT G-3’ ;CYC1ターミネーター配列にHindIIIサイトを付加(配列番号5))、TDH−3P−D(5’ -ATA TAT GTC GAC GTT ACA TGC GTA CAC GCG-3’; CYC1ターミネーター配列にSaIIサイトを付加(配列番号6))を使用した。
【0073】
HPH遺伝子断片を大腸菌プラスミドpBluescriptII(プロメガ製)のEcoRV部位に挿入した。このプラスミドをpBhphと命名した。本プラスミドをBamHIとSmaI部位で切断後、TDH3プロモーター断片を挿入し、このプラスミドをpBhph−Pと命名した。さらに本プラスミドをHindIIIとSaII部位で切断後、CYC1ターミネーター断片を挿入し、このプラスミドをpBhph−PTと命名した。pBhph−PTをテンプレートとしてTDH3プロモーター領域、CYC1ターミネーター領域を付加したHPH遺伝子カセットの両末端にGPD1遺伝子の一部(77bp)が付加したDNA断片をPCRで増幅した。付加したGPD1遺伝子のDNA塩基配列はGENBANKデータベースにZ24454で登録されており、プライマーはHPH遺伝子の外側にGPD1遺伝子の−127〜−51領域を付加したGPD1−CYC1−R(5’ -TTA CGT TAC CTT AAA TTC TTT CTC CCT TTA ATT TTC TTT TAT CTT ACT CTC CTA CAT AAG ACA TCA AGA AAC AAT TGg tta cat gcgtac acg cgtttg t-3’;大文字はGPD1遺伝子配列部分、小文字はHPH遺伝子配列部分(配列番号7))と、同じくGPD1遺伝子の+1100〜+1176領域を付加したGPD1−TDH3−F(5’ -CTA ATC TTC ATG TAG ATC TAA TTC TTC AAT CAT GTC CGG CAG GTT CTT CAT TGG GTA GTT GTT GTA AAC GAT TTG Gta gcg ttg aatgtt agc gtcaac a-3’; 大文字はGPD1遺伝子配列部分、小文字はHPH遺伝子配列部分(配列番号8))を使用した。このPCR産物を用いて、KCB27−7株を酢酸リチウム法(Ito et al.,J.Bacteriol.,153,163-168(1983))にて形質転換した。形質転換後、200μg/mlハイグロマイシンを含むYPD培地のプレートにまいて、30℃で2日間培養し、形質転換体を得た。形質転換体よりゲノムDNAを調製し、PCR法により挿入DNA断片の外側のプライマーであるGPD1−295F(5’ -TGC TTC TCT CCC CTT CTT-3’(配列番号9))、GPD1+1472R(5’ -CAG CCT CTG AAT GAG TGG T-3’(配列番号10))を用いて、HPH遺伝子がGPD1遺伝子領域の染色体に組み込まれていることを確認した。
【0074】
この株を胞子形成培地で胞子を形成させ、ホモタリック性を利用して2倍化を行った。2倍体である染色体のGPD1遺伝子領域の両方にHPH遺伝子が組み込まれGPD1遺伝子が破壊されている株を取得した。これをTC20株とした。
【0075】
こうした取得したTC20株を用いて、以下の要領で流加培養を実施し、流加培養中のpH、DOCO、RQ、流加液量(g)、菌体、グルコース、乳酸、エタノールをモニターした。なお、菌体収率は、(流加培養時間中に増殖した菌体量)/(流加培養に使用した流加基質に含まれる糖量)で算出し、菌体濃度OD660は吸光度計を用いて測定した。培養装置は、図6に示す構成のものを用いた。この培養装置では、培養槽に設置したpHセンサのデータがコンピュータに入力されてコンピュータのソフト上で所定の制御式により流加量を算出し、この流加量をフィードコントローラに出力し、流加量に応じて作動時間でポンプを作動させた。
【0076】
流加培養は、通常のバッチ培養を事前に行い、ある程度の菌体濃度(OD660で40前後)になり培地中のグルコースが枯渇したところで開始した。バッチ培養は以下に記載の糖蜜培地500mlとYPD培地で一晩前培養した菌体懸濁液(菌体濃度OD660が約10)を1Lジャーに仕込み、攪拌回転数500rpm、通気1vvm、pH調整剤として1N硫酸水溶液と1N NaOH水溶液を使用し20時間培養した。また、流加培養は、グルコース濃度が0.01%以下になったことを確認して開始した。なお、この時、ジャー内の菌体濃度OD660は20から40であった。なお、流加培養を開始する時点での流加量(g)は、推定菌体量(g)×0.38で算出した。
【0077】
(バッチ培養培地と流加基質の組成)
バッチ培養に使用した糖蜜培地及び流加液の組成を以下の表に示す。なお、それぞれに消泡剤としてアデカノール0.08%(v/v)を添加した。糖蜜培地の初発糖濃度は約3.2%、流加基質の糖濃度は約20%となっている。

表 糖蜜培地および流加基質の組成(1L当たり)
糖蜜培地 流加基質
調整糖蜜溶液 120ml 766ml
尿素(N源) 2.8g 19g
リン酸2水素1カリウム 0.4g 2g
※調整糖蜜は重さ換算で糖蜜1に、温水0.415、1N硫酸0.2を加え溶解させたもの
【0078】
流加培養においては、pHセンサからの出力値を用いて、以下の2種類の制御方式で流加量の調整を行なった。すなわち、下記式により新たな流加量FR’を設定し、FR’をフィードコントローラに出力し、フィードコントローラによりFR’に基づいてポンプの作動時間を調整して流加量を制御した。流加量の調整は10分間隔でおこなった(TC=10分)。制御方式I及びIIによる流加量の増減等について図7に示す。
<制御方式I>
(1)ΔpH>0かつpHPV>(pHSV+pHFNZ)の時、
FR’=FR+A×FR×(pHPV−pHSV)+C 式(1)
(2)ΔpH<0かつpHPV<(pHSV−pHFNZ)の時、
FR’=FR+A×FR×(pHPV−pHSV)+C 式(1)
<制御方式II>
(1)ΔpH>0かつpHPV>(pHSV+pHFNZ)の時、
FR’=FR+A×FR×(pHPV−pHSV)+C 式(1)
(2)ΔpH<0かつpHPV<(pHSV−pHFNZ)の時、
FR’=FR+B×FR×ΔpH+C 式(2)
ただし、
FR’:新たに設定される流加量(g)
FR:直前流加量(g)
pHPV:pH測定値
pHSV:目標pH値
pHFNZ:pH値の不感帯(本実施例では、0.01とした。)
ΔpH:所定時間あたりのpH変化量(pH測定値−前回のpH測定値)
A:係数(本実施例では1とした。)
B:係数(本実施例では2とした。)
C:定数(本実施例では0とした。)
【0079】
なお、下記(1)及び(2)以外のときには、FR’=FRとして流加量を変化させないこととした。なお、対照として、従来技術であるRQ制御法による流加培養を実施した。結果を表1に示す。
【0080】
【表1】

【0081】
表1に示すように、いずれの制御方式I及びIIによっても、RQ制御方式よりも優れた菌体収率を得ることができた。特に、制御方式IIによって優れた菌体収率を得ることができた。また、pH等のモニター結果によれば、制御方式IIによる場合には、pHのハンチング周期が長くなるとともに、DOの上昇やCOの下降傾向が抑制されてより好ましい流加経過を得ることができた。また、制御方式Iに比較して全体的に流加時間が短縮されていた。
【配列表フリーテキスト】
【0082】
配列番号1〜10:合成プライマー
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】式(1)又は式(2)で制御した場合の流加量の増減とpH挙動とを示す図。
【図2】pH上昇時には式(1)を用いpH下降時には式(2)を用いて制御した場合の流加量の増減とpH挙動とを示す図。
【図3】本発明の培養装置の一例を示す図。
【図4】本発明の培養方法を実施するのに好適な流加動作制御のフローチャートの一例を示す図。
【図5】本発明の培養方法を実施するのに好適な流加装置駆動制御のフローチャートの一例を示す図。
【図6】実施例における培養装置構成を示す図。
【図7】実施例の流加培養時における流加制御方式I及びIIについての説明図。
【符号の説明】
【0084】
2 培養装置、 10 培養槽、20 pHセンサ、30 流加装置、32 加流液の貯留槽、34 ポンプ、36 供給経路、、38 流加装置駆動制御装置、40 コンピュータ、41 コントローラ、42 ディスプレイ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸生産酵母の培養方法であって、
前記有機酸生産酵母の培養液における単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくとも前記pH変化量に基づいて炭素源流加量を調節しつつ培養する流加培養工程を備える、培養方法。
【請求項2】
前記pH変化量が正のときには前記流加量を増大させ、前記pH変化量が負のときには前記流加量を低下させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記pH情報は、測定pH値と所定のpH閾値との関係を含んでおり、
前記pH変化量が正であってかつ測定pH値がpH上限閾値を超えたときには前記流加量を増大させ、前記pH変化量が負であってかつ測定pH値がpH下限閾値を超えたときには前記流加量を低下させる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、
直前の流加量と前記pH差分量とに基づいて設定される添加量で炭素源を流加する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
直前の流加量と前記pH変化量とに基づいて設定される添加量で炭素源を流加する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、
直前の流加量と前記pH差分量とに基づく第1の流加量及び/又は直前の流加量と前記pH変化量とに基づく第2の流加量で炭素源を流加する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記pH情報はpH測定値と目標pH値とのpH差分量を含んでおり、
前記流加量を増大させるときには、直前の流加量と前記pH差分量とに基づいて流加量を設定し、
前記流加量を低下させるときには、直前の流加量と前記pH変化量とに基づいて流加量を設定する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記有機酸生産酵母は、クラブトリー効果を発現する遺伝子のプロモーターの制御下に有機酸生産酵素遺伝子を保持する、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記プロモーターは、ピルビン酸脱炭酸酵素遺伝子のプロモーターである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記有機酸は乳酸である、請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
有機酸生産酵母の菌体生産方法であって、
請求項1〜10のいずれかに記載の流加培養工程を実施する、方法。
【請求項12】
有機酸の生産方法であって、
請求項11に記載の菌体生産方法によって生産された有機酸生産酵母を用いて有機酸を生産する、方法。
【請求項13】
有機酸生産酵母の培養装置であって、
培養槽と、
前記培養槽中の培養液に炭素源を流加する炭素源流加手段と、
前記培養液のpHを測定するpH測定手段と、
前記pH測定手段による測定結果に基づく単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得し、少なくともpH変化量に基づいて前記炭素源流加手段により前記培養液に添加される炭素源流加量を設定する流加量制御手段と、
を備える、培養装置。
【請求項14】
有機酸生産酵母の培養制御方法であって、
前記有機酸生産酵母の培養液のpHを取得するステップと、
前記ステップでの測定結果に基づく単位時間あたりのpH変化量を含むpH情報を取得するステップと、
少なくとも前記pH情報に基づいて前記培養液に流加する炭素源流加量を設定するステップと、
を備える、方法。
【請求項15】
有機酸生産酵母の培養制御プログラムであって、
1又は2以上のコンピュータに、請求項14に記載の各ステップを実行させる、プログラム。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−175029(P2007−175029A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−380242(P2005−380242)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】