説明

核酸の検出方法

【課題】 細胞に影響を与えることなく、長期的に特定塩基配列の検出が可能な手段を提供する。
【解決手段】(1)両末端に蛍光タンパク質が結合したRevペプチドをコードする遺伝子を細胞内へ導入し、発現させ、(2)細胞の発する蛍光を測定し、(3)検出対象とする核酸とハイブリダイズした場合にのみ、相互にハイブリダイズし、Revペプチドに対する結合能を生じる2つのプローブからなるプローブセットを細胞内へ導入し、(4)細胞の発する蛍光を測定することを特徴とする核酸の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の塩基配列を有する核酸の検出方法に関する。この方法により、非破砕的に細胞内の核酸を検出することや、長期的に細胞内の核酸を検出することが可能になる。
【背景技術】
【0002】
細胞機能や遺伝子発現を理解するうえで、特定塩基配列の発現を生細胞内において検出する技術が現在強く望まれている。細胞内における特定塩基配列の検出法は、これまで細胞を破砕して核酸を抽出する方法が中心であった。しかしながら、この方法では生細胞における検出は不可能である。そこで細胞を破砕せずに特定塩基配列を検出する方法として、外部から標識プローブを細胞に導入する方法などが開発された。しかし、こういった方法も標識プローブ作製の煩雑さや、非生体由来の標識物質による細胞への影響などの問題を抱えている。
【非特許文献1】Ruoying Tan and Alan D. Frankel, Biochemistry 1994, 33,14579-14585
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
生細胞内における特定塩基配列の検出法において望まれているのは、細胞に影響を与えることなく、長期的に特定塩基配列の検出ができることである。本発明は、このような要求を満たす新たな核酸の検出手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、Revペプチドの両末端に蛍光タンパク質であるEYFPとECFPが結合した融合タンパク質を設計し、この融合タンパク質を細胞内で発現させるとともに、その細胞内に特定の核酸の存在下でのみRevペプチドとの結合サイトを生じるREV結合性RNA(RRE-RNA)の断片を導入することにより、細胞に影響を与えることなく、長期的に特定の核酸の検出ができることを見出し、この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0005】
即ち、本発明は、以下の〔1〕〜〔8〕を提供するものである。
〔1〕Revペプチド又はそれと同等の機能を持つペプチド、及び前記ペプチドの両末端に結合した2種類の蛍光物質よりなる蛍光標識ペプチドであって、前記2種類の蛍光物質が、両者の距離の変化に応じて蛍光強度を変化させる蛍光物質であることを特徴とする蛍光標識ペプチド。
〔2〕2種類の蛍光物質が、2種類の蛍光タンパク質であることを特徴とする〔1〕記載の蛍光標識ペプチド。
〔3〕2種類の蛍光タンパク質が、EYFPとECFPであることを特徴とする〔2〕記載の蛍光標識ペプチド。
〔4〕〔2〕又は〔3〕記載の蛍光標識ペプチドをコードするDNA。
〔5〕〔4〕記載のDNAを含み、このDNAを発現させることのできるベクター。
〔6〕検出対象とする核酸とハイブリダイズした場合にのみ、相互にハイブリダイズし、Revペプチドに対する結合能を生じる2つのプローブからなるプローブセット。
〔7〕一方のプローブが、配列番号3記載の塩基配列で表されるRNAの5'末端側に、検出対象とする核酸の相補鎖をつなげたRNAであり、他方のプローブが、配列番号4記載の塩基配列で表されるRNAの3'末端側に、検出対象とする核酸の相補鎖をつなげたRNAである〔6〕記載のプローブセット。
〔8〕以下の(1)〜(4)の工程を含む核酸の検出方法、
(1)〔1〕乃至〔3〕のいずれか記載の蛍光標識ペプチドを細胞内へ導入するか、又は〔5〕記載のベクターを細胞内へ導入し、発現させる工程、
(2)細胞の発する蛍光を測定する工程、
(3)〔6〕又は〔7〕記載のプローブセットを細胞内へ導入する工程、
(4)細胞の発する蛍光を測定する工程。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、非破砕的に細胞内の核酸を検出することや長期的に細胞内の核酸を検出することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0008】
本発明の蛍光標識ペプチドは、Revペプチド又はそれと同等の機能を持つペプチド、及び前記ペプチドの両末端に結合した2種類の蛍光物質よりなる蛍光標識ペプチドであって、前記2種類の蛍光物質が、両者の距離の変化に応じて蛍光強度を変化させる蛍光物質であることを特徴とするものである。
【0009】
Revペプチドとは、HIVのRevタンパク質の34〜50番目のアミノ酸配列(配列番号1)に対応するペプチドであり、このペプチドに特定のRNAが結合することにより構造変化を起こすことが知られている(Ruoying Tan and Alan D. Frankel, Biochemistry 1994, 33,14579-14585)。本発明の蛍光標識ペプチドでは、このRevペプチドを使用するが、Revペプチドと同等の機能を持つペプチドを使用してもよい。Revペプチドと同等の機能を持つペプチドとしては、例えば、配列番号1記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表されるペプチドなどが含まれる。
【0010】
2種類の蛍光物質としては、FRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)を起こす組み合わせの蛍光物質を使用できる。このような蛍光物質の中でも蛍光タンパク質を使用することが好ましい。蛍光タンパク質を使用した場合、蛍光タンパク質とRevペプチドとの融合タンパク質遺伝子を作製して細胞内に導入することにより、蛍光標識ペプチドを長期的に細胞内に産生させることが可能になる。また、蛍光標識ペプチド全体が、生体由来のタンパク質から構成されるため、細胞への影響を抑制することもできる。具体的な蛍光物質としては、蛍光タンパク質として、EYFPとECFP、GFPとDsRED、CFPとDsRED、BFPとGFPなどを例示でき、非タンパク質性の蛍光物質として、クマリンとフルオロセイン、ローダミンとフルオロセインなどを例示できる。
【0011】
本発明のベクターは、本発明の蛍光標識ペプチド(標識物質は蛍光タンパク質である。)をコードするDNAを含み、このDNAを発現させることのできるものである。このようなベクターは、蛍光標識ペプチドをコードするDNAを、公知の発現ベクターに挿入することにより作製できる。
【0012】
本発明のプローブセットは、検出対象とする核酸とハイブリダイズした場合にのみ、相互にハイブリダイズし、Revペプチドに対する結合能を生じる2つのプローブからなるものである。
【0013】
このようなプローブセットを構成する二つのプローブは、RRE-RNA(配列番号2)において、相互にハイブリダイズ可能な二つの配列を選択し、それぞれの配列の末端に検出対象とする核酸と相補的な配列をつなげることにより作製できる。前述した相互にハイブリダイズ可能な二つの配列としては、5'-UGGGCGCAGC-3'(配列番号3)と5'-GGGCUGACGGUACA-3'(配列番号4)を例示できる。検出対象とする核酸と相補的な配列の長さは特に限定されないが、通常、10〜25塩基程度であり、好適には、10〜15塩基程度である。
【0014】
本発明の核酸の検出方法は、上述した本発明の蛍光標識ペプチド、ベクター、プローブセットを利用して行う。具体的には、(1)本発明の蛍光標識ペプチドを細胞内へ導入するか、又は本発明のベクターを細胞内へ導入し、発現させ、(2)細胞の発する蛍光を測定し、(3)本発明のプローブセットを細胞内へ導入し、(4)細胞の発する蛍光を測定することにより行う。これらの各操作は、常法に従って行うことができる。プローブセットの導入前後で、細胞の発する蛍光の強度に変化が確認されれば、細胞内に検出対象とする核酸が存在すると判断でき、細胞の発する蛍光の強度に変化が確認されなければ検出対象とする核酸は存在しないと判断できる。なお、検出対象とする核酸には、DNA、RNAが含まれる。
【0015】
本発明の核酸の検出方法の原理を、図1及び図2を用いて説明する。
【0016】
図1Bに示すように、Revペプチドの両末端にECFPとEYFPを結合させる。RRE-RNA(図1A)がRevペプチドと結合していないときには、ECFPとEYFPは離れた状態にあるが(図1B左側)、RRE-RNAがRevペプチドと結合すると、Revペプチドの構造が変化し、ECFPとEYFPは接近した状態になる(図1B右側)。ECFP及びEYFPは、それぞれ475nm及び527nmの蛍光を発するが、両者が接近すると、FRETによって475nmの蛍光が減少し、527nmの蛍光が増大する。従って、475nmの蛍光の減少と527nmの蛍光の増大を調べることにより、RRE-RNAが存在するかどうかを知ることができる。
【0017】
図1に示した蛍光標識ペプチドだけでは任意の核酸を検出することはできない。そこで、図2Bに示すプローブAとブローブBを利用することにより、任意の核酸の検出を行う。プローブAとブローブBは、それぞれRRE-RNAの一部分と、検出対象とする核酸の相補鎖とからなる。両プローブのRRE-RNAに由来する部分同士がハイブリダイズすることにより、Revペプチドとの結合部位が生じる。但し、このハイブリダイゼーションは、プローブAとプローブBだけでは起きず(図2A左側)、両プローブが検出対象とする核酸とハイブリダイズした場合にのみ起きる(図2A中央)。このため、検出対象とする核酸が存在する場合にのみ、プローブは、ECFPとEYFPで標識されたRevペプチドと結合し、FRETが起きる(図2A右側)。
【実施例】
【0018】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
Revペプチドの両末端に蛍光タンパク質EYFPとECFPを結合させた融合タンパク質(以下、この融合タンパク質を「EYFP-Rev-ECFPタンパク質」という。)を作製するため、EYFP遺伝子とECFP遺伝子の間にRevペプチド遺伝子を挿入した。この融合遺伝子からEYFP-Rev-ECFPタンパク質の細胞内発現用プラスミドを構築し、HeLa細胞に導入して発現を行った。また、RRE-RNAを生体外での転写系を用いて鋳型となる合成DNAより転写して精製を行った。
【0019】
EYFP-Rev-ECFPタンパク質を発現しているHeLa細胞を回収し、超音波で破砕することにより細胞のライセートを調製した。このライセートにRRE-RNAを添加し、Native-PAGEを行ったところ、RRE-RNAの添加量の増加に伴って、ゲルの中部付近の広く不明瞭なバンドが消失していき、ゲルの下部に狭く明瞭なバンドが現れてきた(図3)。EYFP-Rev-ECFPがRRE-RNAと結合すれば、負電荷が大きくなり、ゲル中の移動度が大きくなると考えられる。また、この結合によって形状も安定化することから、バンドがより明瞭なものになると考えられる。このことから、ゲル中部付近の広く不明瞭なバンドが未結合のEYFP-Rev-ECFPタンパク質を表し、ゲル下部の狭く明瞭なバンドがRRE-RNAと結合したEYFP-Rev-ECFPを表すものと考えられる。従って、Native-PAGEによってみられたバンドの移動は、EYFP-Rev-ECFPがRRE-RNAと結合することによって生じたものと考えられる。
【0020】
ライセートとRNAを混合した状態において蛍光スペクトルを測定したところ、RRE-RNAを混合したサンプルにおいてECFP (475 nm) 蛍光の減少とEYFP (527 nm) 蛍光の増大というFRETシグナルの上昇を確認することができた(図4)。また、RRE-RNAの濃度を変え、ECFPとEYFPの蛍光強度の比(EYFP/ECFP)を求めたところ、蛍光強度の比は濃度依存的に増大していった(図5)。このECFP蛍光の減少とEYFP蛍光の増大は、図1に示すようにRRE-RNAが結合することによりRevペプチドが構造変化を起こし、ECFPとEYFPの距離が近くなったために起こったものと考えられる。これらの結果より、タンパク質という生体由来のプローブを核酸の検出に利用できることが示された。
【0021】
〔実施例2〕
上述した蛍光強度の変化を任意の核酸の検出に適用できるよう、RRE-RNAの配列を2本のプローブ(プローブA及びプローブB)に分割し、それぞれに検出対象となる任意の核酸に対する相補鎖を付加した。この2本のプローブは、検出対象である核酸が存在するときにのみ、図2Bに示すような核酸複合体を形成しRRE-RNAの結合部位が生じる。
【0022】
プローブA及びプローブB、並びにこれらのプローブの検出対象となるRNAを生体外での転写系を用いて鋳型となるDNAから合成した。これらのRNAを混合することにより核酸複合体(図2B)を作製し、これをEYFP-Rev-ECFPを発現する細胞ライセートに添加した。核酸複合体の濃度を変え、それぞれの濃度におけるECFPとEYFPの蛍光を測定し、ECFPとEYFPの蛍光強度の比(EYFP/ECFP)を求めたところ、核酸複合体の濃度に依存した蛍光強度の比の増大がみられた(図6)。非特異的なRNAを添加したときにはこのような蛍光強度比の増大はみられなかったため、図2に示すような形でEYFP-Rev-ECFPタンパク質がはたらいていることが確認された。このことから、本タンパク質とRNAの設計により特定核酸の検出が可能であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の蛍光標識ペプチドがRRE-RNAを検出する原理を示す図。
【図2】本発明の蛍光標識ペプチドが任意の核酸を検出する原理を示す図。
【図3】実施例1で行ったNative-PAGEの結果を示す図。
【図4】EYFP-Rev-ECFPを発現する細胞ライセートの蛍光スペクトルを示す図。
【図5】RRE-RNAの添加量と、ECFPとEYFPの蛍光強度の比との関係を示す図。
【図6】核酸複合体の添加量と、ECFPとEYFPの蛍光強度の比との関係を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Revペプチド又はそれと同等の機能を持つペプチド、及び前記ペプチドの両末端に結合した2種類の蛍光物質よりなる蛍光標識ペプチドであって、前記2種類の蛍光物質が、両者の距離の変化に応じて蛍光強度を変化させる蛍光物質であることを特徴とする蛍光標識ペプチド。
【請求項2】
2種類の蛍光物質が、2種類の蛍光タンパク質であることを特徴とする請求項1記載の蛍光標識ペプチド。
【請求項3】
2種類の蛍光タンパク質が、EYFPとECFPであることを特徴とする請求項2記載の蛍光標識ペプチド。
【請求項4】
請求項2又は3記載の蛍光標識ペプチドをコードするDNA。
【請求項5】
請求項4記載のDNAを含み、このDNAを発現させることのできるベクター。
【請求項6】
検出対象とする核酸とハイブリダイズした場合にのみ、相互にハイブリダイズし、Revペプチドに対する結合能を生じる2つのプローブからなるプローブセット。
【請求項7】
一方のプローブが、配列番号3記載の塩基配列で表されるRNAの5'末端側に、検出対象とする核酸の相補鎖をつなげたRNAであり、他方のプローブが、配列番号4記載の塩基配列で表されるRNAの3'末端側に、検出対象とする核酸の相補鎖をつなげたRNAである請求項6記載のプローブセット。
【請求項8】
以下の(1)〜(4)の工程を含む核酸の検出方法、
(1)請求項1乃至3のいずれか一項記載の蛍光標識ペプチドを細胞内へ導入するか、又は請求項5記載のベクターを細胞内へ導入し、発現させる工程、
(2)細胞の発する蛍光を測定する工程、
(3)請求項6又は7記載のプローブセットを細胞内へ導入する工程、
(4)細胞の発する蛍光を測定する工程。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−55017(P2006−55017A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−237951(P2004−237951)
【出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】