説明

梁の振動低減機構

【課題】従来一般のTMDのように大きな付加質量を必要とすることなく、優れた振動低減効果が得られる有効適切な機構を提供する。
【解決手段】梁1の長さ方向中間部に回転慣性質量タンパー5を設置し、梁の側部に張設した斜材6により梁の曲げ変形を回転慣性質量ダンパーに伝達し、回転慣性質量ダンパーと斜材と付加バネ7とにより構成される付加振動系の固有振動数を梁の固有振動数に同調させる。梁の端部に対する斜材の両端部の連結点Pを梁端よりも梁中央側にずらした位置として、連結点と梁端との間に所定の離間距離Lを確保する。付加振動系の全てを梁の梁成の範囲に納まるように設置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は建物や各種構造物の構造躯体としての梁、特に大スパン梁を対象として上下方向の振動を低減させるための機構に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の梁や床では剛性の不足や外乱振動との共振などによって居住者が不快快を覚える振動障害が生じる場合がある。
これに対処するための従来技術としてはTMD(Tunned mass damper)がある。これはたとえば特許文献1に床制振システムとして開示されているように、制振対象の床に対して付加質量体(錘)を弾性体および減衰手段を介して設置してその固有周期を制振対象の梁や床の振動周期に対して同調するように設定するものであり、このTMD自体が大きく振動することによって梁や床の振動を共振現象で相殺してその減衰低減を図るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−252253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に示されるような従来一般のTMDを梁や床を対象とする振動減衰機構として利用する場合、充分な振動低減効果を得るためには付加質量を充分に大きくする必要があり、必然的に大型大重量でコスト高とならざるを得ない。
また、振動低減を目的とするとはいえ梁や床にあまり大きな質量を付加することは応力が増加することから基本的に好ましいことではないし、TMDが大型大重量になるほど設置位置や設置スペースに関しての制約も大きくなるので、通常は付加質量を500kg〜1ton程度に制限することが現実的であり、したがって振動低減効果にも自ずと限界がある。
【0005】
上記事情に鑑み、本発明は従来一般のTMDのように大きな付加質量を必要とすることなく優れた振動低減効果が得られる有効適切な機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、振動を抑制すべき対象の梁に組み付けられて該梁の上下方向の振動を抑制するための機構であって、前記梁の長さ方向中間部に設置されて該梁の上下方向の振動により作動する回転慣性質量タンパーと、前記梁の側部において下に凸の折れ線状をなすように張設されて両端部がそれぞれ前記梁の端部において該梁の上部に対して連結されるとともに中間部が前記回転慣性質量ダンパーに連結されることにより、前記梁の曲げ変形を前記回転慣性質量ダンパーに対して伝達するための斜材と、前記斜材を緊張するための付加バネとにより構成されてなり、前記回転慣性質量ダンパーと前記斜材と前記付加バネとにより構成される付加振動系の固有振動数を主振動系としての前記梁の固有振動数に同調させ、かつ、前記梁の端部に対する前記斜材の両端部の連結点を該梁の梁端よりも梁中央側にずらした位置に設定することにより、該連結点と梁端との間に所定の離間距離を確保してなることを特徴とする。
【0007】
本発明においては、前記回転慣性質量ダンパーと前記斜材と前記付加バネとにより構成される付加振動系の全てを、前記梁の側部において該梁の梁成の範囲に納まるように設置することが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、回転慣性質量ダンパーが備える質量の錘の数百倍以上もの回転慣性質量が得られるから、小形軽量の機構でありながら大質量の付加質量による通常のTMDを設置する場合と同等の制振効果が得られ、梁に大きな負荷がかかることもない。
特に斜材を梁の梁端よりも梁中央側に連結することにより、梁端部に梁貫通孔や各種設備類を設置するためのスペースを確保できるし、斜材の勾配(水平に対する傾斜角)を大きくとれるので斜材の所要断面を小さくすることができる。
【0009】
また、回転慣性質量ダンパーと斜材と付加バネの全てを梁成の範囲内に設置することにより、本発明の振動低減機構を設置するための格別のスペースを確保する必要はないし、有効天井高が小さくなり階高を大きくする必要も生じない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の基礎となった振動低減機構を示す図である。
【図2】本発明の実施形態である振動低減機構を示す図である。
【図3】同、応答解析ケースを示す図である。
【図4】同、応答解析結果を示す図である。
【図5】同、応答解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の振動低減機構の実施形態を説明するに先立ち、まず本発明の基礎となった振動低減機構について図1を参照して説明する。これは本出願人が先に特願2008−204216において提案したものである。
【0012】
図1において符号1はH形鋼からなる振動低減対象の梁であり、2はその梁1の上部に一体に形成されたスラブ、3は柱であり、4は梁1の上下振動を低減するべく梁1の側部に組み付けられた振動低減機構(本発明の基礎となった振動低減機構)である。
【0013】
振動低減機構4は、主振動系としての梁1に対して付加振動系として付加されるものであって、梁1の曲げ変形による上下振動によって作動する回転慣性質量ダンパー5と、梁1の上下振動を回転慣性質量ダンパー5に伝達してそれを作動させるための斜材6と、斜材6を緊張してプレストレスを導入するための付加バネ7とにより構成されている。
【0014】
回転慣性質量ダンパー5は、梁1の上下振動をボールねじ機構を介して小質量のフライホイールの回転運動に変換し、それにより生じる回転慣性質量を付加質量として利用してTMDとして機能せしめることにより制振効果を得る構成のものである。
この回転慣性質量ダンパー5は、梁1としてのH形鋼の中央部においてそのウェブに溶接されたブラケット8により支持されて下向きに設置されており、ボールねじ軸9の先端部が梁1の下フランジを貫通してその下方に突出せしめられている。
【0015】
斜材6は梁1の上下振動を回転慣性質量ダンパー5に伝達してそれを作動させるもので、その素材としては充分な引張強度を有する各種の引張材(たとえば図示例のような帯鋼の他、丸鋼、鋼管等の鋼材、あるいはPC鋼線等の弦材)が用いられ、その両端が梁1の梁端(柱3との接合部)の上部に連結されるとともに、中央部が回転慣性質量ダンパー5のボールねじ軸9に対して連結されることにより、全体として下に凸の折れ線状(扁平なV状)をなすように張設されている。
【0016】
付加バネ7は構造的には回転慣性質量ダンパー5と並列に配置されるもので、斜材6を緊張して所定の張力(プレストレス)を導入することによりその座屈を防止し、かつこの付加バネ7の剛性の調整により振動低減機構4全体の固有振動数の設定を行うためのものである。
その付加バネ7としては皿バネが用いられていて、図1(b),(c)に示すように回転慣性質量ダンパー5のボールねじ軸9の先端部に取り付けたストッパー10と梁1の下フランジとの間に付加バネ7を介装することにより、その弾性付勢力によってボールねじ軸9を介して斜材6を下方に引き込むことにより、それに所定のプレストレスを導入するようになっている。
【0017】
そして、上記の振動低減機構4では、回転慣性質量ダンパー5と斜材6と付加バネ7とにより構成される付加振動系の固有振動数を、主振動系としての梁の1次固有振動数に同調させることにより、この振動低減機構4がTMDとして機能して梁1およびその上部に一体に形成されているスラブ2に対する優れた振動低減効果が得られるものである。
このような構成の振動低減機構4では、回転慣性質量ダンパー5が備えるフライホイールの実際の質量は充分な振動低減効果を得るために必要とされる回転慣性質量(付加質量)の数百分の1以下で済むから、特許文献1に示される従来一般のTMDによる場合のように大きな付加質量を設置する必要はなく、梁1やスラブ2に大きな負荷がかかることはない。
【0018】
このように上記の振動低減機構4は従来一般のTMDに比較して充分に有効なものではあるが、これには以下の点で改善するべき余地があった。
すなわち、この種の梁1の梁端部は梁貫通孔の設置スペースや各種設備類を設置するためのスペースとして活用されることも多いが、上記の振動低減機構4では斜材6の両端部を梁1の梁端(柱3との接合部)に対して連結していることから、そこに梁貫通孔や各種設備類を設置した場合には斜材6との干渉が不可避であり、したがって梁端部全体を斜材6の設置スペースとしてしか活用できず、そこに梁貫通孔や他の設備類を設置することができないのでその点で不便である。
【0019】
また、斜材6の両端を梁端に対して連結していることから梁1の軸方向に対する斜材6の勾配(つまり水平に対する傾斜角)は小さく、したがって梁1の上下振動を回転慣性質量ダンパー5に対して確実に伝達するためにはその剛性を充分に高めておく必要があり、そのためには斜材6の所要断面を充分に大きくしておく必要がある。
【0020】
さらに、回転慣性質量ダンパー5を構成しているボールねじ軸9を梁1の下フランジよりも突出させてそこに付加バネ7としての皿バネを介装していることから、その分だけ梁下有効寸法が小さくなってしまうという問題もある。
【0021】
本発明は上記の振動低減機構4における上記の問題点を解消するもので、以下、図2を参照して本発明の振動低減機構の実施形態を説明する。
なお、図2に示す本実施形態の振動低減機構は図1に示したものをベースとしてそれを改良したものであるので、両者に共通する要素については共通の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0022】
本実施形態の振動低減機構4では、斜材6の両端部を梁1の梁端に連結するのではなく梁端よりも梁中央側にずらした位置に設定した連結点Pにおいて連結することとして、その連結点Pと梁端との間に所定の離間距離Lを確保するようにしている。
これにより梁1の梁端部には斜材6と干渉しないスペースが確保され、図示しているようにそこに梁貫通孔12を支障なく設けることが可能であるし、必要に応じて各種の設備類を梁端部に設置することも可能である。
そして、斜材6の連結点Pを梁端から梁中央側にずらしたことにより、梁1の全長が等しい場合には斜材6の勾配は自ずと大きくなり、したがって回転慣性質量ダンパー5を作動させるための所要剛性を小さくすることができ、その分、斜材6の所要断面を小さくすることも可能である。
【0023】
なお、この場合には梁1の上下振動により連結点Pも同時に上下方向に変位することにはなるが、梁端部での振幅は中央部での振幅に比べて格段に小さく、離間距離Lが数メートル程度であれば後述する解析から明らかなように振動低減効果には殆ど影響がない。
【0024】
また、本実施形態の振動低減機構4では、回転慣性質量ダンパー5と斜材6と付加バネ7とにより構成される付加振動系の全てを梁1の梁成の範囲に納まるように設置している。
すなわち、梁1のウェブには上記のブラケット8の下方に他のブラケット11を溶接してそのブラケット11にボールねじ軸9を貫通させ、ボールねじ軸9の途中に取り付けたストッパー10とブラケット11との間に付加バネ7としての皿バネを介装し、ボールねじ軸9の先端に斜材6を連結することにより、付加バネ7の弾性付勢力により斜材6をボールねじ軸9を介してブラケット11に対して(つまり梁1に対して)下方に押し下げることで斜材6を緊張して所望のプレストレスを導入するようにしている。
したがって図1に示したもののようにボールねじ軸9の先端部や付加バネ7を梁1の下フランジの下方に設置する必要はなく、この振動低減機構4の全体を完全に梁1の梁成の範囲内に納めることができるから、その分、梁下有効寸法を大きく確保することができる。
【0025】
以下に、本発明の有効性を確認するための振動解析とその結果を示す。
「解析条件」
解析対象は、H-800×300×16×28×18のH形鋼(断面2次モーメントI=309000cm4、せん断断面積Aw=128cm2、自重227kg/m)からなるスパン18mの梁と、スパン18m×奥行き6.4mのスラブ(単位面積重量4750N/m2)の合成梁とする。
この主系の1次固有振動数は6.22050Hz、刺激係数β=1.31868、有効質量は4.25302E4kg、減衰は一次固有振動数に対し1%の初期剛性比例型とする。
【0026】
解析ケースは図3に示す以下の5ケースとする。Case2〜5においては斜材6として丸鋼を使用し、そのライズはいずれも700mmとする。
・Case1(図3(a)):ダンパーなし。
・Case2(図3(b)):ダンパーあり。離間距離L=0。斜材スパン18m。斜材径φ=150mm。
・Case3(図3(c)):ダンパーあり。離間距離L=1m。斜材スパン16m。斜材径φ=126mm。
・Case4(図3(c)):ダンパーあり。離間距離L=2m。斜材スパン14m。斜材径φ=103mm。
・Case5(図3(c)):ダンパーあり。離間距離L=3m。斜材スパン12m。斜材径φ=82mm。
【0027】
ダンパー諸元は、斜材のバネ剛性Kd=4.8041E6N/m、ダンパーの減衰係数Cd=4.6756E4N/M/s、ダンパーの慣性質量md=2445.7867kgとする。
【0028】
「解析結果」
梁中央を載荷点とし、3〜9Hzのスウィープ加振(荷重100N)を与え、載荷点での応答加速度を求め、出力、入力波形のスペクトル比を算定し、その結果を図4に示す。縦軸の応答倍率は梁中央部での単位加振力に対する梁中央部の応答加速度であり、単位はcm/s2/Nである。
Case1では6.2Hzに非常に大きなピークが存在しているが、Case2ではそれが激減している。Case3〜5ではその順で次第にスペクトル比の凸部の高さがやや高くなっており、Case2に比べてダンパー効果がやや低下しているものの殆ど差はない。
【0029】
歩行荷重波形(塩谷、早川:人の歩行による動的加重の時刻歴モデル(その1,その2)、日本建築学会大会学術講演梗概集、構造(1)、pp.77-80、1995.8 参照)を梁中央点に与えて、同じく梁中央点での加速度応答を求め、その1/3オクターブバンド解析を行った結果を図5に示す。歩行波形は共振が生じやすいように、固有振動数の倍調波(1/2として3.11Hz)となるように刻み時間を調節して与えた。荷重レベルは二人歩行を想定して原波形の1.5倍とした。
Case1では最大7gal程度と非常に大きな応答となっているが、Case2ではそれが激減している。Case3〜5では次第に応答レベルが大きくなっているが、Case5でも応答レベルはV-50(100人中50人が振動を感知するレベル)程度であり、一般的なオフィスに求められるレベルV-70〜V-90に比べると高い性能を維持していることが分かる。
【0030】
以上の解析結果から、斜材の連結点Pを梁端よりも内側に設定しても充分な振動減衰効果が得られることが確認できた。
したがって本発明の振動低減機構によれば、優れた振動低減効果を発揮し得ることはもとより、梁端部の有効活用が可能であり、また斜材の断面節約も可能である。
また、本発明の振動低減機構の全体を梁成の範囲内に納まるように設置することにより、これを設置することで梁下有効寸法が小さくなることもない。
【符号の説明】
【0031】
1 梁
2 スラブ
3 柱
4 振動低減機構
5 回転慣性質量ダンパー
6 斜材
7 付加バネ
8 ブラケット
9 ボールねじ軸
10 ストッパー
11 ブラケット
12 梁貫通孔
P 連結点
L 離間距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動を抑制すべき対象の梁に組み付けられて該梁の上下方向の振動を抑制するための機構であって、
前記梁の長さ方向中間部に設置されて該梁の上下方向の振動により作動する回転慣性質量タンパーと、
前記梁の側部において下に凸の折れ線状をなすように張設されて両端部がそれぞれ前記梁の端部において該梁の上部に対して連結されるとともに中間部が前記回転慣性質量ダンパーに連結されることにより、前記梁の曲げ変形を前記回転慣性質量ダンパーに対して伝達するための斜材と、
前記斜材を緊張するための付加バネとにより構成されてなり、
前記回転慣性質量ダンパーと前記斜材と前記付加バネとにより構成される付加振動系の固有振動数を主振動系としての前記梁の固有振動数に同調させ、
かつ、前記梁の端部に対する前記斜材の両端部の連結点を該梁の梁端よりも梁中央側にずらした位置に設定することにより、該連結点と梁端との間に所定の離間距離を確保してなることを特徴とする梁の振動低減機構。
【請求項2】
請求項1記載の梁の振動低減機構であって、
前記回転慣性質量ダンパーと前記斜材と前記付加バネとにより構成される付加振動系の全てを、前記梁の側部において該梁の梁成の範囲に納まるように設置してなることを特徴とする梁の振動低減機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−106091(P2011−106091A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−259004(P2009−259004)
【出願日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本建築学会 刊行物名 学術講演梗概集 建築デザイン発表梗概集 2009年度大会(東北) 発行日 2009年7月20日
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】