説明

樹脂結合型磁石用組成物及び樹脂結合型磁石

【課題】希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末に表面被覆が施され、流動性Q値が高く成形性に優れ、かつ組成物化および磁石化といったせん断に伴う発熱による希土類元素を含む磁石合金粉の磁気特性劣化を抑制でき、かつ機械的強さの低下を抑制できる樹脂結合型磁石用樹脂組成物、及び樹脂結合型磁石を提供。
【解決手段】リン酸鉄と希土類金属リン酸塩の複合金属リン酸塩を含む被膜が表面に形成された希土類元素を含む鉄系磁石合金からなる磁石粉末と、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を含有した樹脂結合型磁石用組成物において、さらに、テトラアルコキシシラン化合物が、インテグラルブレンド法により配合されていることを特徴とする樹脂結合型磁石用組成物などによって提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂結合型磁石用組成物及び樹脂結合型磁石に関し、さらに詳しくは、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末に表面被覆が施され、流動性Q値が高く成形性に優れ、かつ組成物化および磁石化といったせん断に伴う発熱による希土類元素を含む磁石合金粉の磁気特性劣化を抑制でき、かつ機械的強さの低下も抑制できる樹脂結合型磁石用樹脂組成物、及び樹脂結合型磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、樹脂結合型磁石は、樹脂バインダーと磁石合金粉を充填して容易に製造できるため、新たな用途開拓が繰り広げられている。特に、エレクトロニクス用途で高い寸法精度や複雑形状の加工成型を要求され、この要求を満足する樹脂結合型磁石が望まれている。樹脂結合型磁石の製造方法としては、押出成形、圧縮成形、射出成形等の方法があるが、ユーザーからの軽薄短小の強い要望を満足する方法は、射出成形法が適している。
一般に、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を、樹脂バインダーと混練して樹脂結合型磁石を製造する場合、該磁石合金粉を数μm程度に粉砕する必要がある。粉砕は不活性ガスまたは有機溶媒中で行うが、粉砕後の磁石合金粉は極めて活性であり、大気に触れると該磁石合金粉は急激に酸化が進み磁気特性を劣化させるので、粉砕後に、僅かな酸素を不活性雰囲気に導入して徐酸化する方法が良いとされている。
【0003】
こうした樹脂結合型磁石の中でも、特に、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を用いた樹脂結合型磁石は、前記磁石合金粉と樹脂バインダーとの酸塩基相互作用や前記磁石合金粉からの金属イオンによる酸化劣化のため、分子量の上昇や樹脂の変質による粘度上昇を招き(混練トルク上昇)、コンパウンドの作成が困難になる。すなわち、このような樹脂結合型磁石用組成物は、射出成形法を用いて成形を試みても樹脂結合型磁石用組成物が流動せず、樹脂結合型磁石の成形性の指標となる流動性Q値も低いものとなる。
そのため、例えば、粉末表面にリン酸塩処理やクロム酸塩処理などの化成処理を行うこと(特許文献1参照)、亜鉛やアルミニウムを蒸着すること(特許文献2参照)、高分子皮膜を形成すること(特許文献3参照)、さらには、金属めっきをすること(特許文献4参照)、磁石合金粉を被膜処理する場合、粉砕溶媒中にリン酸を添加し、希土類や鉄のリン酸塩を合金粉表面に生成させる方法(特許文献5参照)などの技術が提案されている。
これらをSm−Fe−N系磁石合金粉末に適用すると、樹脂バインダーとの混練時の混練トルクの上昇は多少抑制できることから、磁石合金粉と樹脂バインダーとの酸塩基相互作用や前記磁石合金粉からの金属イオンの影響はある程度抑制できるものの、樹脂バインダーとの混練時に磁石粉末表面の性状が荒れてしまい、肝心の磁気特性が劣化してしまうという問題がある。また、被膜として充分な耐酸化性効果を得るためには、数10μm程度の膜厚にする必要があることから、磁気特性を発現する材料の体積分率が低下し、磁気特性の低下を招いてしまう。また、被膜を形成する際に粉末同士の凝集も起こることから、磁気異方性の方向が不揃いになり、磁石成形体の磁気特性の低下が避けられないという問題もあった。さらに射出成型時の熱歪による機械的強度の低下などの問題もあり、本質的な改善には至っていない。
【0004】
上記状況を解決するために本出願人は、磁石合金粉の表面に複合金属リン酸塩被膜を形成し、樹脂結合型磁石としての成形体の機械強度を改善する方法に加え、塩水中での錆の発生抑制のため、希土類元素を含む鉄系磁石合金粗粉を有機溶媒中で粉砕する際、又は粉砕後に、リン酸を添加し攪拌して、磁石合金粉の表面に複合金属リン酸塩被膜を形成する工程と、次いで、この磁石合金粉スラリーから溶液を分離除去した後、アルコキシシリケートを混合し攪拌し、アルコキシシリケートを加水分解して、複合金属リン酸塩被膜表面にシリケート被膜を形成する工程とを含む磁石合金粉の製造方法を提案した(例えば、特許文献6参照)。
【0005】
しかしながら、この方法によれば、成形体の機械強度を改善でき、かつ塩水中の錆の発生を十分に抑制するものの、射出成形性の指標となる流動性Q値が十分には向上せず、そのため成形性も満足とはいえなかった。
その一方で、家電機器用モーター、自動車用センサーやモーターにおいて、海外で部品を組み立てるため船などによる輸送が必要であり、その使用環境、輸送環境がさらに厳しくなり、上記課題を解決できる樹脂結合型磁石がますます強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭64−14902号公報
【特許文献2】特開昭64−15301号公報
【特許文献3】特開平4−257202号公報
【特許文献4】特開平7−142246号公報
【特許文献5】特開2002−8911号公報
【特許文献6】特開2006−169618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、前述した従来技術の問題点に鑑み、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末に表面被覆が施され、流動性Q値が高く成形性に優れ、かつ組成物化および磁石化といったせん断に伴う発熱による希土類元素を含む磁石合金粉の磁気特性劣化を抑制でき、かつ機械的強さの低下も抑制できる樹脂結合型磁石用樹脂組成物及び樹脂結合型磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末と樹脂バインダーを含む樹脂結合型磁石用樹脂組成物において、磁石合金粉末の表面に、鉄と希土類元素の金属リン酸塩からなる複合金属リン酸塩被膜を形成後、減圧下で100℃以上としてリン酸塩被膜に含まれる有機溶媒及び余剰な処理剤を揮発させ被膜を安定化させ、その後、組成物化前に希土類元素を含む鉄系磁石合金粉にテトラアルコキシシラン化合物をインテグラルブレンド法にて添加することで、組成物化および磁石化の際、成形性に優れるようになり、せん断に伴う発熱による磁石合金粉の磁気特性劣化を抑制でき、かつ機械的強さの低下も抑制できるようになることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、リン酸鉄と希土類金属リン酸塩の複合金属リン酸塩を含む被膜が表面に形成された希土類元素を含む鉄系磁石合金からなる磁石粉末と、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を含有した樹脂結合型磁石用組成物において、さらに、一般式(I)のテトラアルコキシシラン化合物が、インテグラルブレンド法により配合されていることを特徴とする樹脂結合型磁石用組成物が提供される。
【0010】
【化1】

(式中、Rは炭素数3〜5のアルキル基、nは1〜3である)
【0011】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記テトラアルコキシシラン化合物の配合量が、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉に対して、0.01〜4質量%であることを特徴とする樹脂結合型磁石用組成物が提供される。
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、前記複合金属リン酸塩被膜が、Al、Zn、Mn、Cu、及びCaの群から選ばれる少なくとも1種以上を金属成分とする金属リン酸塩をさらに含有することを特徴とする樹脂結合型磁石用組成物が提供される。
【0012】
一方、本発明の第4の発明によれば、第1〜3のいずれかの発明に係り、樹脂結合型磁石用樹脂組成物を、射出成形法、射出圧縮成形法、押出成形法又は射出プレス成形法から選ばれるいずれかの成形法により成形してなる樹脂結合型磁石が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉が、安定な複合金属リン酸塩被膜によって均一に保護されているため、未処理粉に比較して大気中でも安定な合金粉となっており、さらに、組成物化前に希土類元素を含む鉄系磁石合金粉にテトラブトキシシランをインテグラルブレンド法にて添加するので、得られる樹脂結合型磁石用組成物は成形性に優れたものとなる。また、組成物化および磁石化といったせん断に伴う発熱による希土類元素を含む磁石合金粉の磁気特性劣化を抑制でき、高性能な樹脂結合型磁石の製造が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】燐酸溶液による表面処理で得られた磁石粉末被膜のFe2p3/2プロファイルとこのプロファイルを波形分離したときのチャートである。
【図2】燐酸溶液による表面処理された磁石粉末に対して、繰り返し燐酸溶液による表面処理を行って得られた磁石粉末のプロファイルと、このプロファイルを波形分離したときのチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の樹脂結合型磁石用組成物とその製造方法、得られる樹脂結合型磁石について詳細に説明する。
本発明の樹脂結合型磁石用組成物は、リン酸鉄と希土類金属リン酸塩の複合金属リン酸塩を含む被膜が表面に形成された希土類元素を含む鉄系磁石合金からなる磁石粉末(以下、表面被覆磁石合金粉ともいう)と、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を含有した樹脂結合型磁石用組成物において、さらに、一般式(I)のテトラアルコキシシラン化合物が、インテグラルブレンド法により配合されていることを特徴とする。
【0016】
1.表面被覆磁石合金粉
本発明に係る表面被覆磁石合金粉は、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉をリン酸塩被膜処理と、その後の熱処理によって、表面に安定な複合金属リン酸塩被膜が形成されたものである。
磁石合金粉は、希土類元素を含む鉄系磁石合金の粉末であれば、特に制限されない。例えば、希土類−鉄−ほう素系、希土類−鉄−窒素系などの各種磁石合金粉を使用でき、中でも希土類−鉄−窒素系の磁石合金粉が好適である。希土類元素としては、Sm、Nd、Pr、Y、La、Ce、またはGd等が挙げられ、単独若しくは混合物として使用できる。これらの中では、特にSm又はNdを5〜40原子%、Feを50〜90原子%含有するものが好ましい。希土類元素を含む鉄系磁石合金粉(粗粉)は、溶解法あるいは還元拡散法等を用いて製造される。
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉には、フェライト、アルニコなど、樹脂結合型磁石や圧密磁石の原料となる各種磁石合金粉を混合してもよく、異方性磁石合金粉だけでなく、等方性磁石合金粉も対象となるが、異方性磁場(HA)が、4.0MA/m以上の磁石合金粉が好ましい。
また、上記磁石合金粉は、樹脂結合型磁石の原料であるため、平均粒径が8μm以下、特に5μm以下であることが望ましい。平均粒径が8μmを超えると、成形性が悪化するので好ましくない。また、圧蜜磁石の原料とすることもできる。
本発明において、磁石合金粉は、その表面が鉄と希土類元素を金属成分として含む金属リン酸塩(a−1)で均一に被覆されており、また、さらにアルミニウム、亜鉛、マンガン、銅又はカルシウムのいずれか1種以上を金属成分として含む金属リン酸塩(a−2)が複合化した被膜で均一に被覆されているものも含まれる。
ここで、均一に被覆されるとは、磁石合金粉表面の80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上が複合金属リン酸塩被膜で覆われていることをいう。
【0017】
金属リン酸塩(a−1)は、リン酸サマリウム、リン酸鉄などであり、これは磁石合金粉を構成する希土類や鉄にリン酸が反応して形成されたもので、これらが複合化した複合金属リン酸塩も含まれる。一方、金属リン酸塩(a−2)は、例えば、リン酸アルミニウム、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸銅、リン酸カルシウム、又はこれらが2種以上複合化した金属塩などである。金属成分としては、アルミニウム、亜鉛、マンガン、銅およびカルシウム以外にも、クロム、ニッケル、マグネシウムなどでもよく、これらの金属リン酸塩が複合金属リン酸塩被膜に含まれていてもかまわない。
金属リン酸塩(a−1)、又はこれと金属リン酸塩(a−2)とが複合化した金属リン酸塩は、樹脂バインダーとの結合力を高め、磁石合金粉の耐食性を高める成分である。金属リン酸塩(a−1)だけでも充分な耐塩水性を得ることができるが、さらに耐塩水性を高めるためには、金属リン酸塩(a−2)の金属成分、すなわちアルミニウム、亜鉛、マンガン、銅又はカルシウムから選択された1種以上が、複合金属リン酸塩被膜(A)の金属成分全量に対して、30質量%以上、特に50質量%以上、より好ましくは80質量%以上含まれた複合金属リン酸塩とすることが好ましい。
磁石粉末に複合金属リン酸塩被膜が均一に形成されていないと、磁石粉末の表面に金属状態の鉄が存在することになって、その後のバインダー樹脂との混練時に粘度上昇し、コンパウンドの作製が困難になり、流動性Q値の低下、成形性の低下の原因となる。
【0018】
本発明においては、表面被覆磁石合金粉の被膜中に金属状態で存在する鉄が検出されないものが好ましい。ここで、被膜中に金属状態で存在する鉄の量は、X線光電子分光装置(XPS)により以下のようにして測定し評価する。
まず、モノクロX線源(AlKα線)でFe2p3/2スペクトルを測定する。次に、束縛エネルギー705eV〜720eVの範囲で得られたスペクトルプロファイルをXPSに内蔵されている解析ソフトウェア(スペクトラムプロセッシング)によって、シャーリー法に基づきプロファイルのベースラインを設定し、金属状態の鉄の波形P1、鉄の酸化物形態の波形P2、鉄の別の酸化物形態の波形P3の3つの波形に分離する。その後、P1、P2、P3のそれぞれの波形の面積を算出して、これら3つの波形面積の合計に対する金属状態の鉄の波形P1の波形面積を百分率で求める。
【0019】
リン酸溶液による表面処理方法では、磁石粉末の被膜をX線光電子分光装置でFe2p3/2プロファイルを波形分離すると、図1のようなチャートが得られる。これまで、リン酸溶液による表面処理方法によって得られた磁石粉末には、金属状態の鉄の形態と、鉄の酸化物を含む形態の少なくとも2種類からなる被膜が形成される。図1中、金属状態の鉄の波形がP1、鉄の酸化物形態の波形がP2とP3である。鉄の酸化物形態には、FeO、Fe、Fe、FeOOHといった酸化鉄があり、その一部が希土類元素、炭素、水素との複合酸化物になっているものと考えられる。
図1のP1、P2、P3のそれぞれの波形面積を算出して、これら3つの波形面積の合計に対する金属状態の鉄の波形P1の波形面積を求めると、面積百分率は3%を超える。 このような金属状態の鉄の波形P1の百分率が2.0%を超えた磁石粉では、バインダー樹脂と混練するときのトルクが高く、得られた組成物の流動性Q値が低下し、また組成物を成形して得た樹脂結合型磁石は、機械強度が低下してしまう。
【0020】
これに対し、この粉末にさらにリン酸による表面処理を行うと、得られた磁石粉末は、被膜をX線光電子分光装置でFe2p3/2プロファイルを波形分離したとき、図2のようなチャートになる。金属状態の鉄は目視で検出されず、鉄の酸化物形態の波形P2と、P2とは異なる鉄の酸化物形態の波形P3のみからなっている。金属状態の鉄の波形が消失する理由は、まだ完全には解明されないが、リン酸処理の後で熱処理し、さらに再度リン酸による表面処理を行ったことで金属状態の鉄が鉄の酸化物に変化したためと推測される。その後、同様にしてP1、P2、P3のそれぞれの波形面積を算出して、これら3つの波形面積の合計に対する金属状態の鉄(P1)の波形面積を求めると、面積百分率は0.1%であった。
本発明では、金属状態の鉄(P1)の波形面積の割合が2.0%以下の磁石粉であると、バインダー樹脂と混練するときのトルクが低くなり、得られた組成物の流動性Q値が上昇して、組成物を成形して得たボンド磁石の機械強度が増加するので、より好ましい。
【0021】
複合金属リン酸塩被膜の厚さは、平均で1〜100nmであることが好ましく、さらに好ましくは5〜80nmであり、10〜40nmであることがより好ましい。平均厚さが1nm未満であると十分な耐塩水性、機械強度が得られず、一方、100nmを越えると磁気特性が低下し、また樹脂結合型磁石を作製する際には混練性や成形性が低下する。複合金属リン酸塩被膜膜厚は、上記複合金属リン酸塩被膜で被覆された希土類元素を含む鉄系磁石合金粉の断面の電子顕微鏡写真から確認することができる。
上記複合金属リン酸塩被膜で被覆された希土類元素を含む鉄系磁石合金粉は、樹脂結合型磁石用組成物の原料として使用され、テトラアルコキシシラン化合物及びバインダー樹脂と混練される。
【0022】
2.表面被覆磁石合金粉の製造方法
本発明においては、表面被覆磁石合金粉は、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉をリン酸含有溶液で次の方法により処理して製造される。このリン酸含有溶液による処理は一段でもよいが、二段で行うことも出来る。
【0023】
(1)鉄系磁石合金粗粉の粉砕と複合金属リン酸塩被膜の形成
希土類元素を含む鉄系磁石合金粗粉は、溶解法あるいは還元拡散法等を用いて得られるために、通常平均粒径20μmを超える粉末を含んでいる。そこで、希土類元素を含む鉄系磁石合金粗粉は、例えば平均粒径8μm以下に粉砕する必要がある。
先ず、平均粒径20μmを超える希土類元素を含む鉄系磁石合金の粗粉末に、有機溶媒を加え、磁石合金粉を粉砕する。
【0024】
有機溶媒としては、特に制限はなく、2−メトキシエタノール、イソプロピルアルコール、エタノール、トルエン、メタノール、ヘキサン等のいずれか1種または2種以上の混合物を用いると良い。但し、メタノールは、リン酸と速やかに反応してエステル化し、良好な被膜が形成されるのを妨げる恐れがあるので取り扱いには注意を要する。
前記の金属成分が容易に金属イオンを生成し、磁石合金粉の溶解を適度に調整するためには、N,N−ジメチルホルムアミド、ホルムアミド等の極性溶媒を混合することが望ましい。また、磁石合金粉の溶解を促進するために、有機溶媒に水や酸を混合しても良い。
これにより粒子径が20μmを超える粗大粉末を含む鉄系磁石合金粗粉は、20μmを超える粗大粒子を含まず、平均粒径8μm以下、好ましくは1〜5μmまで粉砕される。
次に、粉砕後、なるべく時間をおかずにリン酸を添加し、攪拌する。攪拌は、通常1〜180分間続行することが好ましい。リン酸を添加するのは、磁石合金粉の粉砕後であるが、粉砕前、あるいは粉砕中であってもよい。リン酸としては、金属化合物と反応して金属リン酸塩を生成するオルトリン酸をはじめ、亜リン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、直鎖状のポリリン酸、環状のメタリン酸が使用できる。また、リン酸アンモニウム、リン酸アンモニウムマグネシウムなども使用できる。これら化合物は、単独でも複数種を組み合わせてもよく、通常、キレート剤、中和剤などと混合して処理剤とされる。
これらのうち、オルトリン酸が好ましい性能を発揮するが、その理由は、これが上記の金属化合物と反応しやすく、希土類系金属を成分とする磁石合金粉の表面に保護膜を形成しやすいためと考えられる。
【0025】
リン酸は、磁石合金粉に対して0.1〜2mol/kg(粉末重量当たり)であり、好ましくは0.15〜1.5mol/kg、さらに好ましくは0.2〜0.4mol/kgである。リン酸の添加量が0.1mol/kg未満であると、磁石合金粉の表面が十分に被覆されないために耐食性が改善されず、また大気中で乾燥させると酸化・発熱して磁気特性が極端に低下する。2mol/kgを超えると、磁石合金粉との反応が激しく起こって磁石合金粉が溶解する。リン酸の濃度は、特に制限されず、無水リン酸、50〜99%リン酸水溶液などが用いられる。
【0026】
また、リン酸とともに添加しうる金属成分は、アルミニウム、亜鉛、マンガン、銅又はカルシウムなどのイオンの供給源であり、有機溶媒に溶け金属イオンを生成する酸化物、複合酸化物、リン酸塩又はリン酸水素化合物などの金属化合物である。これらの金属化合物は、溶媒中でイオン化し、磁石合金粉の成分である希土類金属や鉄が溶媒へ溶け出すにともない、磁石合金粉の表面で反応して金属リン酸塩(a−2)が複合した被膜を形成する。そのため、鉄と希土類元素の金属リン酸塩(a−1)単独の場合に比べて、被膜の結合力をさらに向上することが可能となる。
具体的には、有機溶媒に溶解する化合物が使用できるので、特に制限はないが、酸化物、複合酸化物、リン酸塩又はリン酸水素化合物が好ましい。例えば、アルミニウム化合物としては、リン酸アルミニウム、リン酸水素アルミニウムが好ましい。亜鉛化合物としては、酸化亜鉛、リン酸亜鉛四水和物、リン酸水素亜鉛が好ましい。マンガン化合物としては、酸化マンガン、リン酸水素マンガンが好ましい。銅化合物としては、酸化銅(I)、リン酸水素銅が好ましい。カルシウム化合物としては、酸化カルシウム、リン酸水素カルシウムが好ましい。
【0027】
金属成分であるアルミニウム、亜鉛、マンガン、銅又はカルシウムの群からから選ばれた少なくとも1種以上の金属の酸化物、複合酸化物、リン酸塩又はリン酸水素化合物は、磁石合金粉の粒径、表面積等に合わせて適正な量を添加するが、磁石合金粉に対して、例えば、0.01〜1mol/kg(粉末重量当たり)とする。添加量が0.01mol/kg未満であると、磁石合金粉の表面が十分に被覆されないために耐食性が改善されないことがあり、1mol/kgを超えると磁化の低下が著しくなり、磁石としての性能が低下することがある。
金属成分を添加する場合、粉砕直後にリン酸とともに添加することが好ましい。これによって、溶液中に溶けだした希土類元素、鉄など磁石を構成する元素がリン酸塩を形成し、金属化合物と反応しあって、複合金属リン酸塩が磁石合金粉を被覆する。この反応が完結し、充分な膜厚の被膜を形成するには、金属化合物の種類などにもよるが、1〜180分間、好ましくは3〜150分、さらに好ましくは5〜60分の攪拌、保持時間が必要である。
【0028】
複合金属リン酸塩被膜を形成後、リン酸塩被膜処理の際に用いた有機溶媒及び余剰な処理剤を揮発除去させるために熱処理を施す。この熱処理により格段と安定で均一な被膜を形成することができる。ここで、熱処理の条件は、減圧下で100℃以上の温度で熱処理することが重要である。熱処理の温度は、100℃〜200℃が好ましく、特に好ましいのは、120℃〜180℃である。処理時間は、特に制限はないが通常1〜5時間、好ましくは1〜3時間、さらに好ましくは1〜2時間とする。
この熱処理が行われないか、不十分な条件で行うと、複合金属リン酸塩被膜が均一に形成されず、磁石粉末の表面に金属状態の鉄が存在することがある。
【0029】
得られた磁石合金粉は、再びリン酸と有機溶媒を含む溶液を添加し攪拌して、複合金属リン酸塩被膜を積層することができる。
複合金属リン酸塩被膜の形成の具体的条件は、上記の工程と同様である。複合金属リン酸塩被膜が形成された、磁石合金粉の乾燥(熱処理)の具体的条件も上記の工程と同様である。これにより、磁石粉末の表面に金属状態の鉄が存在しなくなり、複合金属リン酸塩被膜がより均一化し安定化する。
【0030】
3.樹脂結合型磁石用組成物の成分
本発明の樹脂結合型磁石用組成物は、上記の表面被覆磁石合金粉に、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂から選ばれる一種の樹脂と、テトラアルコキシシラン系化合物とを配合し、所望によりその他の添加剤を配合したものである。
【0031】
(1)樹脂バインダー
樹脂バインダーは、磁石粉末の結合材として働く成分であり、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂などの熱可塑性樹脂、あるいは、エポキシ樹脂、ビス・マレイミドトリアジン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、硬化反応型シリコーンゴムなどの熱硬化性樹脂が使用できるが、特に熱可塑性樹脂が好ましい。
【0032】
熱可塑性樹脂の種類は、特に制限されず、従来樹脂バインダーとして公知のものを使用できる。熱可塑性樹脂の具体例としては、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン612、芳香族系ナイロン等のポリアミド樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、酢酸セルロース樹脂、前出の各樹脂系エラストマー等が挙げられ、これらの単重合体や他種モノマーとのランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、他の物質による末端基変性品等が挙げられる。これら熱可塑性樹脂は、得られるボンド磁石に所望の機械的強度が得られる範囲で、溶融粘度や分子量が低いものが望ましい。また、熱可塑性樹脂の形状は、パウダー状、ビーズ状、ペレット状等、特に限定されないが、磁石合金粉と短時間に均一に混合される点で、パウダー状が望ましい。
熱可塑性樹脂の配合量は、磁石合金粉100重量部に対して、通常5〜100重量部であり、好ましくは5〜50重量部とする。熱可塑性樹脂の配合量が5重量部未満であると、組成物の混練抵抗(トルク)が大きくなったり、流動性が低下して磁石の成形が困難となったりし、一方、100重量部を超えると、所望の磁気特性が得られなくなってしまう。
【0033】
熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ビス・マレイミドトリアジン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、キシレン樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、熱硬化型シリコーン樹脂、アルキド樹脂、フラン樹脂、熱硬化型アクリル樹脂、熱硬化型フッ素樹脂、ユリア樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリウレタン樹脂、ケイ素樹脂などが例示される。
熱硬化性樹脂であれば、その取り扱い性、ポットライフの面から2液型が有利であり、2液を混合後は、常温から200℃までの温度で硬化しうるものが好ましい。その反応機構は、一般的な付加重合型でも縮重合型であってもよい。また、必要に応じて過酸化物等の架橋反応型モノマーやオリゴマーを添加しても差し支えない。
これらは、反応可能な状態にあれば、重合度や分子量に制約されないが、硬化剤や他の添加剤等との最終混合状態で、ASTM100型レオメーターで測定した150℃における粘度が500Pa・s以下、好ましくは400Pa・s以下、特に好ましくは、100〜300Pa・sである。粘度が500Pa・sを超えると、成形時に著しい混練トルクの上昇、流動性の低下を招き、成形困難になるので好ましくない。一方、粘度が小さくなりすぎると、磁石粉末と樹脂バインダーが成形時に分離しやすくなるため、0.5Pa・s以上であることが望ましい。
上記熱硬化性樹脂は、磁石合金粉100重量部に対して、3〜50重量部の割合で添加される。添加量は7〜30重量部、さらには、10〜20重量部がより好ましい。3重量部未満では、著しい混練トルクの上昇、流動性の低下を招いて、成形困難になり、一方、50重量部を超えると、所望の磁気特性が得られないので好ましくない。
【0034】
(2)テトラアルコキシシラン系化合物
本発明の樹脂結合型磁石用組成物は、複合金属リン酸塩被膜付磁石粉(表面被覆磁石合金粉)に樹脂バインダーと、テトラアルコキシシラン系化合物がインテグラブレンド法にて添加され、混練されて樹脂結合型磁石用組成物となる。
ここで、テトラアルコキシシラン系化合物を配合するのは、テトラブトキシシランの少なくとも一部が表面被覆磁石合金粉の被膜となり、残部が可塑剤や滑剤のような働きをして、流動性や磁気特性を向上させながら、可塑剤使用で懸念される機械的強さの低下を抑制できるためである。
【0035】
テトラアルコキシシラン系化合物は、4個以上のアルコキシ基を有する有機珪素化合物であり、具体的には、下記一般式(1)で示されるシロキサンである。式(1)中、Rは炭素数3〜5のアルキル基、nは1〜3である。
【0036】
【化2】

【0037】
Rが炭素数3〜5のアルキル基のシロキサンを選択するのは、炭素数2以下のアルコキシシランでは、反応が速く起こりインテグラルブレンド法で添加すると、滑剤ではなくSiOのフィラーとなるので流動性を低下させてしまい、一方、炭素数6以上のアルコキシシランでは、反応することなく樹脂バインダー中に存在し、その分子量の大きさから樹脂バインダー中で異物のような存在となり機械的強さを低下させるため、好ましくない。
特に好ましいのは、Rが炭素数4のアルキル基で、n=1のテトラブトキシシランである。n=3を超えるものでも、本発明の効果を期待できるが、入手しにくく、高価であるため好ましくない。
【0038】
(3)その他の添加剤
本発明における樹脂バインダーには、上記成分のほかに所望により滑剤、紫外線吸収剤、難燃剤や種々の安定剤等を添加できる。
【0039】
本発明では、磁石粉末に結合しなかったテトラアルコキシシランが可塑剤として機能するので、滑剤の配合は省略できるが、磁石合金粉100重量部に対して、通常0〜20重量部配合することができる。
滑剤としては、例えば、パラフィンワックス、流動パラフィン等のワックス類、ステアリン酸、ラウリン酸等の脂肪酸類、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛等の脂肪酸塩(金属石鹸類)、ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、N−ステアリルステアリン酸アミド等の脂肪酸アミド類、弗素化合物、窒化珪素、二硫化モリブデン等の無機化合物粉体が挙げられる。これらの滑剤は、一種単独でも二種以上を組み合わせても良い。
【0040】
紫外線吸収剤としては、フェニルサリシレート等のベンゾフェノン系;2−(2’−ヒドロキシ−5’−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール等のベンゾトリアゾール系;蓚酸アニリド誘導体などが挙げられる。
また、安定剤としては、ビス(2、2、6、6−テトラメチル−4−ピペリジル)セバケート、ビス(1、2、2、6、6−ペンタメチル−4−ピペリジル)セバケート等のヒンダード・アミン系安定剤のほか、フェノール系、ホスファイト系、チオエーテル系などの抗酸化剤等が挙げられる。これらの安定剤も、一種単独でも二種以上組み合わせても良い。該安定剤の配合量は、磁石合金粉100重量部に対して、通常0〜5重量部、好ましくは0.05〜3重量部である。
【0041】
4.樹脂結合型磁石用組成物の製造
本発明において、樹脂結合型磁石用組成物は、上記の表面被覆磁石合金粉に、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂と、テトラブトキシシランと、インテグラブレンド法により配合し、混練することにより製造される。
インテグラブレンド法とは、添加成分を一括して添加する方法である。ただし、本発明では、これに限らず、磁石粉に対して、まずテトラアルコキシシラン系化合物及び樹脂バインダーの一部を添加し、さらに樹脂バインダーの残部を添加する方法もインテグラブレンド法に含まれる。一旦、表面被覆磁石合金粉とテトラブトキシシランとを混ぜてから、引き続き、多量の樹脂バインダーと混合することで、分散性を向上させる方法であってもよい。
【0042】
好ましい添加方法は、組成物化前にテトラアルコキシシシランを常温にて直接上記磁石合金粉と混合した後、直ちに樹脂バインダーを添加することである。これによりバインダー樹脂と磁石合金粉の界面にテトラアルコキシシランを効果的に移行し、均一に分散させることができる。
【0043】
テトラブトキシシランの添加量は、磁石合金粉に対して、0.01〜4質量%であることが重要で、好ましくは0.05〜4質量%であり、0.5〜3質量%であることがより好ましい。添加量が0.01重量%未満の場合は、その効果が十分ではなく、また、4重量%を超えると密度低下に伴い磁気特性が低下するため、実用に耐えうる樹脂結合型磁石を得ることが困難となる。
なお、前記特許文献6では磁石粉末表面にシリケート被膜を積極的に形成している。この方法では、被膜の耐久性は向上するが、シリケート被膜に可塑剤的な働きを期待することはできない。
【0044】
添加後の混練方法は、特に限定されず、例えば、リボンブレンダー、タンブラー、ナウターミキサー、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー、プラネタリーミキサー等の混合機、或いはバンバリーミキサー、ニーダー、ロール、ニーダールーダー、単軸押出機、二軸押出機等の混練機が使用できる。
磁石合金粉末の表面が複合金属リン酸塩被膜で覆われていても、組成物化・ボンド磁石化時に、磁石合金粉にせん断が加わることにより磁石合金粉が擦れたり割れたりして新生面が現れ、金属状態の鉄による影響が懸念される。ところが、本発明では、組成物中にテトラアルコキシシランが配合されているので、その一部が被膜となって、錆がほとんど発生しない。また、テトラアルコキシシランの残部が可塑剤として機能して、磁石合金粉末の流動性を向上させ、組成物の成形性を高めることができる。
【0045】
5.樹脂結合型磁石
上記の樹脂結合型磁石用組成物は、樹脂バインダーが熱可塑性樹脂の場合、その溶融温度で加熱溶融された後、所望の形状を有する磁石に成形される。その際、成形法としては、従来からプラスチック成形加工等に利用されている射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、トランスファー成形法等の各種成形法が挙げられるが、これらの中では、特に射出成形法、射出圧縮成形法、及び射出プレス成形法等が好ましい。
【0046】
一方、樹脂バインダーが熱硬化性樹脂の場合は、混合時の剪断発熱等によって硬化が進まないよう、剪断力が弱く、かつ冷却機能を有する混合機を使用することが好ましい。混合により組成物が塊状化するので、これを射出成形法、圧縮成形法、押出成形法、圧延成形法、或いはトランスファー成形法等により成形する。
本発明の樹脂結合型磁石は、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉末に、鉄と希土類元素の金属リン酸塩からなる複合金属リン酸塩被膜が安定的に形成され、かつテトラアルコキシシラン系化合物が樹脂バインダーとともに添加されているので、腐食環境下でも錆が発生せず、耐食性に優れている。
【実施例】
【0047】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これら実施例によって何ら限定されるものではない。なお、使用した材料、得られた樹脂結合型磁石用組成物および樹脂結合型磁石の評価方法は次のとおりである。
【0048】
(1)材料
(i) 磁石合金粉:
Sm−Fe−N系磁石合金粉[住友金属鉱山(株)製、平均粒径:30μm]
(ii) 有機溶媒:
イソプロピルアルコール(IPA)[関東化学(株)製]
(iii)複合リン酸塩被膜の形成材料:
85%オルトリン酸水溶液[商品名:オルトリン酸水溶液、関東化学(株)製]
酸化亜鉛[関東化学(株)製]
(iv)テトラブトキシシラン「コルコート社製」
(v)樹脂バインダー(ナイロン樹脂)
・ナイロン12「商品名、ダイアミドZ9005,ダイセル・デグサ(株)製」
【0049】
(2)評価方法
得られた複合リン酸塩被膜で被覆された希土類元素を含む鉄系磁石合金粉について、以下の方法を用いて評価を行った。
(2−1)混練トルク
得られた磁石合金粉試料とナイロン12を、200℃のラボプラストミル中で20分混練し、最終混練トルクを調べた。
(2−2)流動性(メルトインデックスMI法)
作製した樹脂結合型磁石用組成物は、プラスチック粉砕機により粉砕して、 成形用ペレットとした。これをメルトインデクサーを用い、測定温度:250℃、荷重:21.6kgで、ダイスウェル:直径2.1mm×厚さ8mmの中を所定重量のコンパウンドが通過する所要時間から、流動性(cm/sec)を評価した。この値が大きいほど流動性が高く、射出成形性が良好である。
(2−3)射出成形性
得られたペレットを型締め圧50トンのインラインスクリュー式射出成形機にて、シリンダー温度210〜230℃、金型温度50〜70℃として7mm方向に796kA/mの配向磁界をかけながら、直径10mm×厚さ15mmの円柱状希土類系磁石を製造した。この際に、成形品に充填不足、フローマーク、ジェッティング等不良が出るかどうかの判定を行った。不良なき場合を良好とした。
(2−4)磁気特性評価
上記射出成形条件にて得られた樹脂結合型磁石試料の磁気特性を、チオフィー型自記磁束計にて常温で測定した。磁気特性の中、保磁力、角型性、最大エネルギー積の結果を表に示す。従来法での限界値は、表2の比較例1,4の通りであった。これよりも高い値をで「効果有り」と判断した。
(2−5)機械的強さ評価
上記射出成形条件にて、別途幅5mm×高さ2mm×長さ10mmの試験片を成形し、得られた樹脂結合型磁石試料の機械的強さとして、剪断打ち抜き強さJIS K7214(プラスチックの打ち抜きによる剪断試験方法)を測定した。近年、市場から求められている60MPa以上の機械強さを有するものを「効果有り」と判断した。
【0050】
[実施例1〜7]
容器内部を窒素で置換した粉砕機を用い、磁石合金粉としてSm−Fe−N系磁石合金粉[住友金属鉱山(株)製、平均粒径:30μm]を有機溶媒のイソプロピルアルコール(IPA)[関東化学(株)製]中で所定時間粉砕し、平均粒径3μmの磁石合金粉を作製した。
次に、リン酸水溶液を合金粉に所定量添加、攪拌してスラリー化した。そのスラリーをろ過し、ろ過物をミキサーへ投入し、攪拌しながら真空中150℃に保持して2時間熱処理し、表面被覆磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉に表1に記載した量のテトラブトキシシランとナイロン樹脂をインテグラルブレンド法にて添加した。その際、ナイロン樹脂は、テトラブトキシシランと合わせて表面被覆磁石合金粉100重量部に対して、8.7重量部用いた。
その後、磁粉体積率が60%となるように、さらにナイロン樹脂を添加し、ラボプラストミルで混練を行って、樹脂結合型磁石用組成物を得た後、230℃にて射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。得られた樹脂結合型磁石の磁石合金粉の縦断面を観察すると、磁石合金粉の上に複合金属リン酸塩被膜が形成され、樹脂バインダーの界面にシリケートの層が部分的に形成されていた。
このようにして得られた磁石合金粉、樹脂結合型磁石用組成物、樹脂結合型磁石をそれぞれ上記方法で評価し、表1の結果を得た。
【0051】
[実施例8〜10]
実施例1で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、酸化亜鉛とリン酸水溶液を磁石合金粉に所定量添加し、攪拌してスラリー化し、そのスラリーをろ過し、ろ過物をミキサーへ投入し、攪拌しながら真空中150℃に保持して2時間熱処理し、表面被覆磁石合金粉を得た。得られた表面被覆磁石合金粉は、Znを、複合金属リン酸塩被膜の金属成分に対して、5.0質量%含有していた。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉に表1に記載した量のテトラブトキシシランとナイロン樹脂をインテグラルブレンド法にて添加した。その際、ナイロン樹脂は、テトラブトキシシランと合わせて表面被覆磁石合金粉100重量部に対して、8.7重量部用いた。
その後、磁粉体積率が60%となるように、さらにナイロン樹脂を添加し、ラボプラストミルで混練を行って、樹脂結合型磁石用組成物を得た後、230℃にて射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。得られた樹脂結合型磁石の磁石合金粉の縦断面を観察すると、磁石合金粉の上にZnを含む複合金属リン酸塩被膜が形成され、樹脂バインダーの界面にシリケートの層が部分的に形成されていた。
このようにして得られた磁石合金粉、樹脂結合型磁石用組成物、樹脂結合型磁石をそれぞれ上記方法で評価し、表1の結果を得た。
【0052】
【表1】

【0053】
[比較例1]
実施例1で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、実施例1と同様にして複合金属リン酸塩被膜が形成された、表面被覆磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉を用いて、テトラブトキシシランを配合せずに、実施例1と同様の条件で射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。実施例1と同様に評価し表2の結果を得た。
【0054】
[比較例2〜3]
実施例1で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、実施例1と同様にして、複合金属リン酸塩被膜が形成された表面被覆磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉をインテグラルブレンド法にて、テトラブトキシシランと、バインダー樹脂のナイロン樹脂と混合し樹脂組成物としたが、テトラブトキシシランの配合量は、表2に記載したとおり、本発明の範囲外とした。次に、これを実施例1と同様の条件で射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。実施例1と同様に評価し表2の結果を得た。
【0055】
[比較例4]
実施例8で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、実施例8と同様にして、Znを含む複合金属リン酸塩被膜が形成された表面被覆磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉を用いて、テトラブトキシシランを配合せずに、実施例8と同様の条件で射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。実施例8と同様に評価し表2の結果を得た。
【0056】
[比較例5〜6]
実施例8で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、実施例8と同様にして、Znを含む複合複合金属リン酸塩被膜が形成された表面被覆磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉をインテグラルブレンド法にて、テトラブトキシシランと、バインダー樹脂のナイロン樹脂と混合し樹脂組成物としたが、テトラブトキシシランの配合量は、表2に記載したとおり、本発明の範囲外とした。次に、これを実施例8と同様の条件で射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。実施例8と同様に評価し表2の結果を得た。
【0057】
[比較例7]
実施例1で作製した平均粒径3μmの磁石合金粉を使用し、実施例1と同様にして、複合金属リン酸塩で表面被覆された磁石合金粉を得た。
次に、得られた表面被覆磁石合金粉に、テトラブトキシシランを用いて従来法で表面処理した。
この複合金属リン酸塩とシリケート層で表面被覆された磁石合金粉に、実施例1と同量になるよう樹脂バインダーを添加した。得られた組成物を実施例1と同様の条件で射出成形して樹脂結合型磁石を作製した。
【0058】
【表2】

【0059】
「評価」
表1から、実施例1〜10は、磁石合金粉に複合金属リン酸被膜を形成し、その後、テトラブトキシシランをナイロン樹脂とインテグラルブレンド法で添加・混練した樹脂組成物を射出成形したために、流動性Q値が向上し、成形性も良好となり改善されている。これは、組成物化・ボンド磁石化時にテトラブトキシシランが滑剤として作用するためと考えられる。
これに対して、磁石合金粉にリン酸処理しか施さなかった比較例1、4、又はテトラブトキシシランの添加量を本発明の範囲未満とした比較例2、5は、混練トルクは上昇し、流動性Q値は低下し、成形性も不良となることがあった。よって、磁石粉末に混練・成形といったせん断による発熱が軽減されず、かつ流動性が低いため磁石粉末が配向しづらく磁気特性の向上が見られない。
一方、テトラブトキシシランの添加量を本発明の範囲より多くした比較例3、6では、添加量が多いため混練トルクは低く、流動性Q値は向上する。しかしながら、添加量が多すぎるため成形が安定せず、成形不良となることがあった。また、添加量が多いことにより成形の際、磁石粉末と樹脂バインダーの分離がおきるため、磁石粉末含有率が減り磁気特性(最大磁気エネルギー積)の低下が見られた。
また、比較例7では、複合金属リン酸塩被膜が形成された磁石合金粉に、従来の表面処理方法で、テトラブトキシシランでシリケート層を形成したので、流動性Q値は向上するが、混練トルクと機械的強度が低下した。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、磁石合金粉の表面が安定な複合金属リン酸塩被膜で均一に保護されているので、極めて耐食性に優れており、しかも、テトラアルコキシシラン系化合物がインテグラルブレンド法で添加されているので、テトラアルコキシシランの一部が被膜となり、残部が可塑剤のような働き(滑剤:流動性の向上、磁気特性の向上)をして、成形性が向上するだけでなく、可塑剤使用で懸念される機械的強さの低下が抑制できる。そのため、本発明の樹脂結合型磁石用樹脂組成物、それを成形した樹脂結合型磁石は、一般家電製品、通信・音響機器、医療機器、一般産業機器をはじめとする種々の製品にモーターやセンサーなどの部品として組込んで使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸鉄と希土類金属リン酸塩の複合金属リン酸塩を含む被膜が表面に形成された希土類元素を含む鉄系磁石合金からなる磁石粉末と、樹脂バインダーとして熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を含有した樹脂結合型磁石用組成物において、
さらに、一般式(I)のテトラアルコキシシラン化合物が、インテグラルブレンド法により配合されていることを特徴とする樹脂結合型磁石用組成物。
【化1】

(式中、Rは炭素数3〜5のアルキル基、nは1〜3である)
【請求項2】
前記テトラアルコキシシラン化合物の配合量が、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉に対して、0.01〜4質量%であることを特徴とする請求項1に記載の樹脂結合型磁石用組成物。
【請求項3】
前記複合金属リン酸塩被膜が、Al、Zn、Mn、Cu、及びCaの群から選ばれる少なくとも1種以上を金属成分とする金属リン酸塩をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の樹脂結合型磁石用組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂結合型磁石用樹脂組成物を、射出成形法、射出圧縮成形法、押出成形法又は射出プレス成形法から選ばれるいずれかの成形法により成形してなる樹脂結合型磁石。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−146416(P2011−146416A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3726(P2010−3726)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】