説明

機械部品用制振素材、その製造方法、及びそれを用いた機械部品

【課題】材質面での制限が少なく要求に応じた材質選択が容易であり、多くの機械部品に広く適用することができ、さらに優れた制振特性を容易に得ることのできる機械部品用制振素材を提供すること。
【解決手段】塑性加工及び/又は機械加工により形成した溝部21を有するリング状の素材2に、素材2を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部21内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加える方法によって形成した、金属的に結合することなく接触している非結合界面を有する。非結合界面は、表面から内部の所定深さまで形成されており、貫通していないことが好ましい。非結合界面の深さ方向の長さが、同一方向の厚み寸法の20%以上であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、建設機械、産業機械等で用いられる部品を加工するための素材に関するものであり、特に、使用する素材の材質に関係なく制振性を大きく高めることが可能な機械部品用制振素材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、建設機械、産業機械等では、エンジンやモーター等によって発生した動力によって各部が駆動する。それらに用いられる部品には、耐面圧性や曲げ強度等、部品に応じて様々な要求特性があり、それを満足させるのに適した材料が選択され、使用されている。
【0003】
そして、これらの素材は、その多くがFe、Al等の合金であるが、素材の材質そのものでは解決し難い欠点がある。すなわち、これらの合金からなる部品は、使用環境で発生した振動を伝播させやすく、かつその部品のみでは振動を減衰させる能力に限界があり、結果としてノイズが発生し静粛性が低下すること、振動により部品の使用寿命が低下する場合があることである。
【0004】
例えば、最近の自動車においては、単にエンジン性能が優れていることだけでは、ユーザーの厳しい要求を満足させることができず、運転中における車内での高いレベルでの静粛性が要求されるようになってきた。自動車の場合、騒音発生の1つの大きな要因はギヤノイズであるが、ノイズ発生の原因となる歯車は一般的に浸炭処理されているものが多く、熱処理歪の発生等により、歯車の噛み合いに悪影響が生じることがノイズ発生の原因であることがわかってきている。従って、熱処理歪低減を目的とした様々な技術開発が盛んにおこなわれる一方で、発生した音や振動を遮断、あるいは低減する技術の開発が強く望まれていた。
【0005】
このギヤノイズを例とすれば、その発生を防止するために、浸炭処理後に再度仕上げ加工を行って、熱処理歪を解消する方法も考えられないわけではない。しかしながら、そのための仕上げ加工に多大なコストが必要となる。また、歯車やそれを内蔵したユニット自体にダンパー機構を設けることも技術的には可能であるが、そのためのスペースの確保や、部品点数の増加により、コスト面の制約が生じてしまい、それらの方策の採用が進まないのが現状である。従って、製造した歯車に浸炭によって生じた歪が残ったままで使用しても、ユーザーが満足できる静粛性が確保可能な技術開発が強く要望されていた。
【0006】
この課題に対して、最も直接的な改善方法として、部品を制振材料によって製造し、部品そのもので振動を吸収してしまう方法がある。しかしながら、従来から知られている制振材料としては、鉄基の高合金であったり、純Mg、Mg合金、あるいはMn−Cu合金が良く知られているが、いずれも高価であることは言うまでもなく、加えて機械構造用部品として使用した場合には、十分な強度を確保できないという問題がある。また、鋼板分野で知られている制振性の優れた複合鋼板にしても、機械構造用部品、特に動力伝達部品となると、鋼板という形状面での制約があり、使用できる範囲は極端に少ない。従って、これらの問題を発生させることなく、材料の種類に関係なく、優れた制振性を付与することが可能な素材の開発が強く望まれていた。
【0007】
前記したような特別な制振性の優れた材料を用いることなく制振性を高められる方策としては、従来から部品中に意図的に金属結合していない割れ等の界面を導入する方法が良く知られており、例えば特許文献1、2等に記載の技術が知られている。
【0008】
このうち、特許文献1に記載の技術は、材料内に脆い層(部分)を形成させ、その後に過熱、急冷等の熱衝撃を加え、材料内部に意図的に割れを発生させて制振性を高めようとするものである。
【0009】
また、特許文献2は、金属板の所要部位に線状のビード部を形成し、このビード部内に生じさせた割れによって、該金属板の制振効果を高めようとするものである。
【0010】
【特許文献1】特開昭52−147510号公報
【特許文献2】特開2000−35082号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、前記した従来の発明には次の問題がある。
前記した特許文献1に記載の発明は、材料内部に脆い層を形成するために、低炭素鋼においては、意図的に浸炭を行ったり、あらかじめ脆い材料である高炭素鋼を用い、それに急冷等の熱衝撃を与えることを特徴としている。
【0012】
そのため、特許文献1の技術を利用して機械部品の制振性を高めようとすると、強度上浸炭の必要のない部位に使用する場合にまで浸炭が必要となったり、高炭素鋼を使うのが適しない部位にまで高炭素鋼等の割れやすい材料を用いることとなり、本来最適と判断される材料や、適した熱処理を選択することができず、材質、熱処理方法の選択が著しく制限されてしまうという問題がある。
【0013】
また、特許文献2に記載の発明は、その明細書にも記載されている通り、焼入硬化能を利用しており、焼入硬化能が大きく割れ感受性の高い金属板を用い、割れを発生させる部位にビード部を形成させて割れを付与させることを特徴としている。従って、必然的にこの技術は焼入硬化能の高い金属板を用いないとその効果が得られないものであり、鋼板という形状面での制約に加えて、材質面で適用範囲が大きく制限されてしまうという問題がある。
【0014】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたもので、材質面での制限が少なく要求に応じた材質選択が容易であり、多くの機械部品に広く適用することができ、さらに優れた制振特性を容易に得ることのできる機械部品用制振素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
第1の発明は、塑性加工及び/又は機械加工により形成した溝部を有するリング状の素材に、該素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加える方法によって形成した、金属的に結合することなく接触している非結合界面を有することを特徴とする機械部品用制振素材にある(請求項1)。
【0016】
本発明は、塑性加工及び/又は機械加工とリングローリング加工とを行うことによりリング状の素材に非結合界面を形成するという、特定の手段によって意図的に付与した非結合界面を有するものである。このような非結合界面を設けることにより、十分に大きな制振性改善効果が得られるものである。
【0017】
上記非結合界面は、上記のごとく、上記塑性加工及び/又は機械加工、及び上記リングローリング加工を行うことにより生成できる。そのため、これらの加工が可能な材質であれば、共通して大きな制振効果が得られるという利点があり、前記特許文献1、2記載の発明に比べ、材質面の制限をはるかに小さくすることができる。
【0018】
また、上記塑性加工及び/又は機械加工、上記リングローリング加工の順で行うことによって、非結合界面を生成させるため、当然の如く非結合界面の位置を機械部品にとって都合の良い位置及び形状とすることが容易となる。従って、部品の強度上問題とされない位置(=高い応力が負荷されない位置)に非結合界面を設けることにより、非結合界面を有するにもかかわらず強度面でも問題のない機械部品を製造可能な素材を得ることができる。
【0019】
また、優れた制振性を確保するためには、生成した非結合界面の隙間が狭く閉じて、金属結合することなく接触していることが必要である。なお、ここでいう接触とは、ミクロに見れば非接触の部分が部分的に存在する場合も含んでおり、見かけ上界面で接触している場合をすべて含むものである。
上記のごとく、塑性加工及び/又は機械加工、リングローリング加工を行うことによって、このような状態の非結合界面を容易に得ることができるのである。
そのため、本発明によれば、材質面での制限が少なく要求に応じた材質選択が容易であり、多くの機械部品に広く適用することができ、さらに優れた制振特性を容易に得ることのできる機械部品用制振素材を提供することができる。
【0020】
第2の発明は、金属的に結合することなく接触している非結合界面を有する機械部品用制振素材を製造する方法であって、
塑性加工及び/又は機械加工により表面に非結合界面の元となる溝部を有するリング状の素材を成形する溝部形成工程と、
前記素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加え、対面する内壁面を接触した状態とすることによって前記非結合界面を形成するリングローリング工程とを有することを特徴とする機械部品用制振素材の製造方法にある(請求項8)。
この製造方法によれば、上述した優れた機械部品用制振素材を確実に製造することができる。
【0021】
第3の発明は、第1の発明に記載の機械部品用制振素材に加工を加えることにより作製してなることを特徴とする機械部品にある(請求項10)。前記の優れた機械部品用制振素材を素材として、これに加工を加えて作製した機械部品、例えば、前記機械部品用制振素材に歯部を形成した歯車等は、非常に優れた制振特性を発揮し、有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、発明の内容について詳細に説明する。
第1の発明の機械部品用制振素材は、塑性加工及び/又は機械加工により形成した溝部を有するリング状の素材に、該素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加える方法によって形成した、金属的に結合することなく接触している非結合界面を有する。
【0023】
本発明の機械部品用制振素材における非結合界面の成形は、上記第2の発明のように、少なくとも上記溝部形成工程と上記リングローリング工程とを実行することによって行うことができる。
上記溝部形成工程は、塑性加工又は機械加工あるいは両者の加工の組み合わせによって行う。これらの加工方法の選択は材質に合わせて適当な方法を選択することができ、冷間で行っても良いし、加熱して熱間で行うこともできる。
【0024】
また、溝部形成工程における溝部の加工を機械加工によって行う場合、溝部の加工は、最終的に溝部内空間が狭く閉じられた形状とすることができれば良いので、機械加工の方法には特に制限はなく、様々な手段を選択することができる。
また、熱間鍛造、冷間鍛造といった塑性加工によって溝部の加工を行う場合には、V型の溝とするのが加工がしやすく容易である。勿論V型の溝を機械加工によって行うことも可能である。
【0025】
また、上記リングローリング工程はリングローリング加工により行う。
上記リングローリング加工とは、リング状の素材を数個のロール(主ロール、マンドレル、ガイドーロール)を用いて行う加工であり、主ロールと、この主ロールの回転軸に平行に配されたマンドレル(副ロール)との間にリング状の素材の壁部を径方向に挟み、上記マンドレルを上記主ロール側に押圧しながら該主ロールを回転させることによって、上記素材を前記素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延するものである。上記溝部の対面する内壁面を接触した状態となるまで加工することにより、非結合界面の成形が完成する。
【0026】
上記リングローリング加工は、冷間で行ってもよいし、熱間で行ってもよい。
リングローリング加工は、逐次成形のため、低い加工応力で成形が可能であるため、鍛造等に比べて装置の寿命に有利であり、また、材料歩留まりが良好であるため、生産性が高い。
また、溝部の形状をボリューム設計、すなわち最終形状にあわせて溝部及び溝部以外の形状を設計しておくことにより、円周方向で素材の肉流れが均一であるため、形成する非結合界面の同心確保を良好に行うことができる。
また、プレス鍛造に比べて成形の寸法精度が良好である。
【0027】
ここで言う界面上の接触とはあくまでも見掛け上であり、厳密に全面が接触しているかどうかは必要としない。従って、仮に顕微鏡観察した結果、部分的又は連続的に非接触の部分があったとしても、そのことを理由に本発明の対象外となることはなく、肉眼でほぼ接触しているように見える状態まで加工されていれば十分である。その状態まで加工することにより、制振性を大幅に向上することができる。
【0028】
上記機械部品用制振素材は、前記非結合界面は、表面から内部の所定深さまで形成されており、貫通していないことが好ましい(請求項2)。
また、生成させる非結合界面は、その大きさに比例して制振性向上効果が左右されるので、ある程度大きな非結合界面を生成させることが必要である。すなわち、非結合界面の面積が広いほど振動を減衰する効果が大きくなるからである。両端表面側に形成された上記非結合界面の合計深さは、同一方向の厚み寸法の20%以上であることが好ましい(請求項3)。
【0029】
深さ方向の長さの下限を20%としたのは、20%未満では振動の減衰効果が十分に得られないおそれがあるためである。また、上限は特に規定していないが、非結合界面の位置を大きな応力が負荷されない部位となるように選択して製造したとしても、部品形状、負荷される応力等の状況によって強度上問題が起きる可能性がある場合には、適用する部品に応じて界面深さの上限を適切に判断する必要がある。目安としては90%程度以下とするのが望ましい。なお、十分な制振効果を得るためには、界面の深さを同一方向の厚み寸法の50%以上とすることが望ましい。
【0030】
また、前記機械部品用制振素材は、制振特性を有する歯車を形成するための歯車用制振素材であり、リング状の本体部と、その外周側面又は内周側面に設けた歯型形成予定部を有しており、前記非結合界面は、前記本体部の軸方向の少なくとも一端面から形成されていることが好ましい(請求項4)。
この場合には、その効果を有効に活かすことができるので、上記機械部品用制振素材は、制振特性を有する歯車を形成するための歯車用制振素材として用いることができる。
【0031】
歯車は、歯と歯が噛み合うことによりエンジン等の動力を伝達する役目を果たす部品であるが、歯車の部品全体に均等に応力が負荷されるのではなく、駆動力は歯部に集中して負荷されるため、歯部から離れた位置、すなわち、例えば外周又は内周に歯が加工された歯車では、この外周又は内周の歯部以外の領域には、大きな力が負荷されることがない。場合によっては、軽量化のために部分的に貫通穴をあけて使用されている場合もある。そこで、本発明者等は、このような歯車における応力負荷状態に注目し、歯を加工する領域から適当な長さ離れた位置に非結合界面を成形し、製造した歯車について、実際の使用時と同様に駆動力を負荷した疲労試験を実施した。その結果、負荷する駆動力を増加していった際に非結合界面からの破壊によるのではなく、歯部の破壊によって歯車の強度限界が起きることを把握し、本発明の有効性を確認したものである。
【0032】
なお、歯車は、高強度を得る必要がある場合には浸炭処理が行われることが多くあるが、本発明は浸炭処理の有無に関係なく、優れた制振性を得ることができる。
従って、本発明の機械部品用制振素材を用いて歯車を製造することにより、制振性に著しく優れた歯車を容易に製造することができる。
【0033】
また、前記非結合界面は、環状に形成されていることが好ましい(請求項5)。
この場合には、この環状の内外における振動の伝達を確実に抑制することができる。
また、この場合、前記非結合界面は、円状に形成することができる(請求項6)。
円形状を採用した場合には、非結合界面の形成を容易にすることができる。
また、前記非結合界面は、非対称形状に形成することもできる(請求項7)。
非対称形状としては、不等辺多角形、不規則な波形、その他様々な形状がある。この場合には、制振効果をさらに高めることが期待できる。
【0034】
また、上記非結合界面の境界露出部の一部を溶接した溶接部を有してもよい。
この場合には、機械部品用制振素材の表面において非結合界面部分を外から溶接により固定することにより、非結合界面による優れた制振性を損なうことなく、十分な強度を発揮することができる。
上記非結合界面の境界露出部を全て溶接した場合には、非結合界面を形成することにより得られる効果を阻害するおそれがある。そのため、上記溶接部は、境界露出部に断続的に設けることが好ましい。
【0035】
また、非結合界面を有することによる優れた制振性を維持すると共に、十分な強度を確保するために、溶接部の深さは、機械部品用制振素材の厚みの1/2以下であることが好ましい。
また、上記溶接は、レーザービーム溶接、電子ビーム溶接であることが好ましい。この場合には、高精度の溶接が可能であり、非結合界面における所望部分を確実に溶接することができる。
【0036】
第2の発明において、前記溝形成工程は、前記溝部に対応する突起部を有する金型を用いて鍛造することにより行うことが好ましい(請求項9)。
その突起部の形状として所望の形状を選択することにより、溝部の形状を制御することができる。
また、非結合界面は最終的に見掛け上接触した状態とできれば良いので、最初に加工する溝部の断面形状は、加工上都合の良い形状(加工が容易で用いる型寿命の問題を懸念する必要がない形状)を自由に選択して行うことができる。
【実施例】
【0037】
(実施例1)
次に、本発明の機械部品用制振素材にかかる実施例について、図1〜図3を用いて説明する。
まず、図1に示すように、塑性加工及び/又は機械加工により形成した溝部21を有するリング状の素材2を準備し、図3に示すように、上記素材2を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加え、その結果、図2に示すような、金属的に結合することなく接触している非結合界面3を有する形状の機械部品用制振素材1(試料E1)を作製した。
【0038】
上記素材2として用いた鋼の化学成分は0.21%C−0.32%Si−0.77%Mn−1.16%Cr−0.16%Mo−0.032%Al−0.011%N鋼であり、市販で容易に入手可能なJIS−SCM420Hの丸棒を使用したものである。
【0039】
上記機械部品用制振素材1の製造方法は、まず、機械加工を行って、表面に非結合界面の元となる溝部21を有するリング状の素材2を成形する溝部形成工程を行った。その後、素材2を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加え、対面する外径側の内壁面22と内径側の内壁面23を接触した状態とすることによって前記非結合界面3を形成するリングローリング工程を行った。
以下、本発明に該当する、溝部形成工程、リングローリング工程について説明する。
【0040】
上記溝部形成工程においては、上記鋼(SCM420H)を加熱し、加熱された鋼をつぶすつぶし工程を行って粗地とし、得られた粗地に対して熱間鍛造を行って、外径Pが94.5mm、内径Qが67.2mm、厚さRが23.7mmの中間体を準備した。この中間体に機械加工を施して、図1に示すごとく、表面に素材2と同心円の、中心Oから外径側の内壁面22までの距離Lが41.2mm、幅Wが2mm、深さXが5mmの溝部21を成形した。
【0041】
なお、本例では、形成される非結合界面3にスケールが存在する状態とするため、上記溝部形成工程において得られたリング状の素材2に対して、焼ならし(925℃×1hrの後、空冷)を行い、ショットブラスト処理を行った。
【0042】
次に、上記リングローリング工程は、冷間で行った。リングローリング工程は、図3に示すように、主ロール41と、この主ロール41の回転軸に平行に配されたマンドレル42(副ロール)との間にリング状の素材2の壁部を挟み、ガイドロール43で素材2が回転する際の姿勢を安定的に保持し、上記マンドレル42を上記主ロール41側(A方向)に押圧しながら該主ロール41を回転させることによって、上記素材2を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部21内空間を縮小させる方向に圧延を行った。
【0043】
その結果、外観上では、成形された溝21の内径側の内壁面23と外径側の内壁面22とが接触した状態となった。そこで、その状態において加工後の試験片を切断し、断面を観察したが、図2に示す通り、内部まで見掛け上ではほぼ接触した非結合界面3が成形されていた。
本例により得られた機械部品用制振素材1は、図2に示すごとく、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面3は、深さZが4.6mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールが存在する状態となっている。
表1に、本例の試料E1、及び後述する試料E2〜試料E6、試料C1、試料C2について、素材の種類、溝部の溝幅、溝深さ、非結合界面の深さと、中心Oからの距離を示す。
【0044】
【表1】

【0045】
(実施例2)
本例は、本発明の実施例として、機械部品用制振素材(試料E2)を作製した。
本例は、実施例1における焼きならし及びショットブラスト処理を省いて行った例である。その他は実施例1と同様にして行った。
本例により得られた機械部品用制振素材(試料E2)は、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面は、深さZが4.6mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールがない状態となっている。
【0046】
(実施例3)
本例は、本発明の実施例として、機械部品用制振素材(試料E3)を作製した。
本例は、実施例1における溝部の深さを変更した例である。上記試料E3の溝部は、中心Oからの距離Lが41.2mm、幅Wが2mm、深さXが10mmである。その他は実施例1と同様にして行った。
本例により得られた機械部品用制振素材(試料E3)は、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面は、深さZが9.2mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールが存在する状態となっている。
【0047】
(実施例4)
本例は、本発明の実施例として、機械部品用制振素材(試料E4)を作製した。
本例は、実施例3における焼きならし及びショットブラスト処理を省いて行った例である。その他は実施例3と同様にして行った。
本例により得られた機械部品用制振素材(試料E4)は、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面は、深さZが9.2mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールがない状態となっている。
【0048】
(実施例5)
本例は、本発明の実施例として、機械部品用制振素材(試料E5)を作製した。
本例は、実施例1における溝部の深さを変更した例である。上記試料E3の溝部は、中心Oからの距離Lが41.2mm、幅Wが2mm、深さXが15mmである。その他は実施例1と同様にして行った。
本例により得られた機械部品用制振素材(試料E5)は、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面は、深さZが13.8mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールが存在する状態となっている。
【0049】
(実施例6)
本例は、本発明の実施例として、機械部品用制振素材(試料E6)を作製した。
本例は、実施例5における焼きならし及びショットブラスト処理を省いて行った例である。その他は実施例5と同様にして行った。
本例により得られた機械部品用制振素材(試料E6)は、外径Sが122mm、内径Tが104mm、厚さUが21.5mmであり、非結合界面は、深さZが13.8mm、中心Oからの距離Yが53.25mmであった。そして、非結合界面はスケールがない状態となっている。
【0050】
(実施例7)
本例では、上記実施例1〜6において作製された機械部品用制振素材(試料E1〜試料E6)について、制振性の評価を行った。
制振性の評価は、図4に示すごとく、作製した機械部品用制振素材1を、ワイヤー5で吊り、外径端Bをハンマーで加振させ、その加振による振動速度を振動系で計測するという方法で行った。そして得られた振動の波形から対数減衰率を計算し、その値によって制振性の改善レベルを評価した。結果を表1に併せて示す。
【0051】
また、比較のために、図5に示すように、同じ材料(SCM420H)を用いた同一仕様のリング状の素材61(図5(a))に対してリングローリング加工を行うことにより作製した非結合界面のない機械部品用素材62(図5(b)、試料C1)と、鋼に比べ制振性が優れることが知られている球状黒鉛鋳鉄FCD500を用いた同一仕様のリング状の素材に対してリングローリング加工を行うことにより作製した非結合界面のない機械部品用素材(試料C2)を作製し、同様に制振性の評価を行った。
【0052】
表1から明らかなように、素材中に非結合界面を導入した試験片(試料E1〜試料E6)は、非結合界面を全く有しない従来の素材(試料C1)に比べて、格段に対数減衰率が高く、非結合界面の生成により、大幅に制振性が改善されることがわかる。特に非結合界面の深さを増して、界面の面積を増加させていくほど、制振性が向上していくことがわかる。
また、従来から制振性が鋼に比べ優れていると言われていた球状黒鉛鋳鉄の中の1つであるFCD500(試料C2)との比較でも、本発明の効果は極めて大きいものであることが確認できた。
【0053】
(実施例8)
本例では、上記実施例1において得られた機械部品用制振素材1(試料E1)を用いて加工し、実部品である歯車11を作製した。
上記歯車11は、上記試料E1に対して、外周部に歯切加工を施すことにより作製した。
上記歯車11は、図6に示すごとく、軸部12を有し、外周の歯形形成領域Cまで厚みが一定である。その歯先円径gは114mm、歯幅hは20mm、モジュールは1、歯数は112とした。
本例の歯車11についても、表1には示していないが、上記試料E1と同様に制振効果が得られることが確認できた。
【0054】
(実施例9)
実際の歯車では、要求される強度を満足させるために、浸炭処理されることが多い。そのため、本例では、上記実施例8において作製した歯車11に対し、浸炭処理を施した。
上記実施例8で得られた歯車11をそのまま用い、930℃×4hrの浸炭処理を施した。
この歯車11について制振性の評価を行ったところ、浸炭の影響はなく、浸炭前と同様の制振効果を得られた。この結果より、浸炭の有無に関係なく、試料E1と同様に大きな制振性向上効果が得られることが確認できた。
【0055】
実施例1〜実施例6では、非結合界面の形状は全て実験を容易にするため円形状とした。しかし、本発明において非結合界面は制振性を高められればよいので円形状に限定されるものではなく、他の形状とすることも勿論可能である。
【0056】
例えば、図7、図8に示すごとく、機械部品用制振素材又は機械部品としての円盤状の部材を想定した場合、正多角形の非結合界面71、72を形成することができる。さらに、図9、図10に示すごとく、非対称である不等辺の多角形状を呈する非結合界面73、74であってもよい。その他の非結合界面形状の例を図11〜図13に示す。図11は、角形スプライン状に非結合界面75を設けた例である。図12は、インボリュートスプライン状に非結合界面76を設けた例である。図13は、セレーション状に非結合界面77を設けた例である。
【0057】
また、図9、図10に示すごとく、不等辺多角形の非結合界面73、74等を採用した場合には、下記理由により等辺多角形とした場合と比較して制振性が改善されると考えられる。
すなわち、歯車のように内径側あるいは外径側に等間隔で歯を形成してあると、歯車対の噛み合いは、回転周波数と歯数に応じて、ある特定の周波数となる。また、トルクも同様にある特定の周波数で生じる。等辺多角形の非結合界面の場合は、噛み合い歯面からのトルクや振動の周期的な伝達に対し、非結合界面も角数に応じた周期でそれらを受けるので、振動減衰効果が小さくなる可能性がある。それに対して、不等辺界面であると、振動減衰する界面が不定周期になるため、実際の歯車駆動環境において、より制振効果の向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1における、リング状の素材を示す説明図。
【図2】実施例1における、機械部品用制振素材を示す説明図。
【図3】実施例1における、リングローリング加工を示す説明図。
【図4】実施例7における、制振性評価時の加振位置を示す説明図。
【図5】実施例7における、非結合界面のない機械部品用素材を示す説明図。
【図6】実施例8における、平歯車を示す説明図。
【図7】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図8】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図9】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図10】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図11】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図12】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【図13】非結合界面の形状の一例を示す説明図。
【符号の説明】
【0059】
2 素材
21 溝部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塑性加工及び/又は機械加工により形成した溝部を有するリング状の素材に、該素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加える方法によって形成した、金属的に結合することなく接触している非結合界面を有することを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項2】
請求項1において、前記非結合界面は、表面から内部の所定深さまで形成されており、貫通していないことを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項3】
請求項2において、前記非結合界面の深さ方向の長さが、同一方向の厚み寸法の20%以上であることを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項において、前記機械部品用制振素材は、制振特性を有する歯車を形成するための歯車用制振素材であり、リング状の本体部と、その外周側面又は内周側面に設けた歯型形成予定部を有しており、前記非結合界面は、前記本体部の軸方向の少なくとも一端面から形成されていることを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項において、前記非結合界面は、環状に形成されていることを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項6】
請求項5において、前記非結合界面は、円状に形成されていることを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項7】
請求項6において、前記非結合界面は、非対称形状に形成されていることを特徴とする機械部品用制振素材。
【請求項8】
金属的に結合することなく接触している非結合界面を有する機械部品用制振素材を製造する方法であって、
塑性加工及び/又は機械加工により表面に非結合界面の元となる溝部を有するリング状の素材を成形する溝部形成工程と、
前記素材を径方向に引き伸ばすと共に前記溝部内空間を縮小させる方向に圧延を行うリングローリング加工により塑性加工を加え、対面する内壁面を接触した状態とすることによって前記非結合界面を形成するリングローリング工程とを有することを特徴とする機械部品用制振素材の製造方法。
【請求項9】
請求項9において、前記溝形成工程は、前記溝部に対応する突起部を有する金型を用いて鍛造することにより行うことを特徴とする機械部品用制振素材の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の機械部品用制振素材に加工を加えることにより作製してなることを特徴とする機械部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−275076(P2008−275076A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−119793(P2007−119793)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000116655)愛知製鋼株式会社 (141)
【Fターム(参考)】