説明

水中モータ用電線

【課題】長期信頼性の高い水中モータ用電線を提供する。
【解決手段】導体12の外周に該導体12の拡散を防止する導体遮蔽層13を有し、その導体遮蔽層13の外周に架橋してなる電気絶縁組成物層14を有する水中モータ用電線11において、上記導体遮蔽層13がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期信頼性の高い水中モータ用電線であって、特に放射線環境下で使用される水中モータ用電線に関する。
【背景技術】
【0002】
水中モータのコイル(巻線)等には、水中モータ用電線が使用される。水中モータ用電線は、その名称が示すように、水中にて使用することを目的とする電線であり、導体を覆う絶縁層を有する。水中に浸漬した巻線は、浸漬時間の経過に伴い絶縁層の分子間に、過分の水分を含有した状態となる。水分を含有した絶縁層と導体(金属;例えば銅)とが直接触れると、水中モータ運転時の電圧印加により導体表面から巻線の外周に向かって絶縁層に銅イオンが析出・拡散する。さらに、この銅イオンを起因として絶縁層中に水トリーが発生し、この水トリーが巻線の絶縁性の劣化・絶縁破壊の原因となる。
【0003】
したがって、従来、水中モータ用電線は、導体の外周に銅イオンの析出・拡散を防止する皮膜として導体遮蔽絶縁層(例えば、エナメル樹脂によるエナメル層)が設けられている(例えば、特許文献1)。
【0004】
一方、水中モータ用電線の絶縁層の材料としては、耐熱性を向上させるために、架橋ポリエチレンを適用することがある。
【0005】
架橋ポリエチレンは、ポリエチレンの分子間に橋架け(架橋)を行い、網状の分子構造としたもので、架橋の方法は種々あるが、熱化学架橋方式の場合はポリエチレン中に架橋剤として有機過酸化物、例えば、ジクミルパーオキサイド
【0006】
【化1】

【0007】
を添加し、熱処理によって化学反応を起こさせることによって架橋を行う。この結果、架橋後の絶縁層である架橋ポリエチレン中には、上記化学反応に伴う架橋分解残渣(例えば、クミルアルコール
【0008】
【化2】

【0009】
、アセトフェノン
【0010】
【化3】

【0011】
、α−メチルスチレン
【0012】
【化4】

【0013】
)が存在する。
【0014】
【特許文献1】特開平5−325653号公報
【特許文献2】特開昭61−114410号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述のように、架橋ポリエチレン等からなる絶縁層と導体が直接触れる状態では、水中に浸漬されると、絶縁層中に銅イオンが析出・拡散し、それに伴い水トリーが発生・成長し、短時間絶縁破壊の原因となる。この対策として導体と絶縁層との間に導体遮蔽絶縁層としてエナメル層が設けられている。
【0016】
しかし、絶縁層のポリエチレンを化学架橋方式で架橋し、導体遮蔽絶縁層にエナメルを適用した水中モータ用電線では、長時間の使用によって、架橋分解残渣の浸透によりエナメルが膨潤し、エナメル層にクレージングが生じ、水中モータ用電線の耐水トリー性に影響を与える恐れがある。
【0017】
本発明者らは、上記化学反応に伴う架橋分解残渣のエナメル層への浸透の原因が、架橋分解残渣がベンゼン環(芳香環の一種)を持ち、さらに分子量が小さいため、同じくベンゼン環(芳香環の一種)を持つエナメルの分子間に架橋分解残渣が浸透しやすいためであることを突き止めた。
【0018】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、長期信頼性の高い水中モータ用電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために本発明は、導体の外周に該導体の拡散を防止する導体遮蔽層を有し、その導体遮蔽層の外周に架橋してなる電気絶縁組成物層を有する水中モータ用電線において、上記導体遮蔽層がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなるものである。
【0020】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物からなる導体遮蔽層が半導電性樹脂組成物からなる半導電性樹脂組成物層であり、該半導電性樹脂組成物としてポリエチレン、ポリオレフィンエラストマ、エチレン共重合体混和物のいずれか1種またはこれらのブレンド物が用いられてもよい。
【0021】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物100質量部に対して芳香環を持つ酸化防止剤が0.5質量部以上配合されてもよい。
【0022】
上記芳香環を持つ酸化防止剤がヒンダードフェノール系酸化防止剤であってもよい。
【0023】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物の100質量部に対して金属不活性剤が0.05質量部以上配合されてもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0025】
(1)長期使用による水トリーの発生を防止し、長期信頼性が高い。
【0026】
(2)また、放射線環境下での使用においても、長期信頼性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0028】
図1に示されるように、本発明の実施形態に係る水中モータ用電線11は、導体12の外周に該導体12の拡散を防止する導体遮蔽層13を有し、その導体遮蔽層13の外周に架橋してなる電気絶縁組成物層14を有する水中モータ用電線11において、上記導体遮蔽層13がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなるものである。
【0029】
図2に示されるように、本発明の他の実施形態に係る水中モータ用電線15は、導体12の外周に該導体12の拡散を防止する導体遮蔽層13を有し、その導体遮蔽層13の外周に架橋してなる電気絶縁組成物層14を有し、その電気絶縁組成物層14の外周に保護層16を有する水中モータ用電線15において、上記導体遮蔽層13がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなるものである。
【0030】
導体遮蔽層13は、半導電性樹脂組成物からなる半導電性樹脂組成物層17であってもよい。半導電性樹脂組成物としては、ポリエチレン、ポリオレフィンエラストマ、エチレン共重合体混和物のいずれか1種またはこれらのブレンド物が用いられてもよい。
【0031】
半導電性樹脂組成物層17に用いるポリオレフィンエラストマとしては、エチレンオクテンエラストマ、エチレンオクテン共重合体、エチレンプロピレンゴム、エチレンブテン二元または三元共重合体などが挙げられる。さらに、エチレン共重合体として、ポリプロピレン、酢酸ビニルやアクリル酸またはメタクリル酸のエステル、プロピレン等とエチレンとの共重合体などが挙げられる。また、エチレン共重合体混和物としては、上記エチレン共重合体を主成分とした混和物を挙げることができる。また、ポリオレフィンに無水マレイン酸やエポキシを含む官能基をグラフトしたものを一種または二種以上含んでもよい。また、ポリエチレンとしては、イオン重合法で重合されたポリエチレンやラジカル重合ポリエチレンなど(例えば、直鎖状低密度ポリエチレンなど)が挙げられる。
【0032】
導体遮蔽層13を構成するベンゼン環を持たない樹脂組成物には、該樹脂組成物の100質量部に対して芳香環を持つ酸化防止剤が0.5質量部以上配合されてもよい。芳香環を持つ酸化防止剤を加えるのは、半導電性樹脂組成物層17を構成している半導電性樹脂組成物の耐熱老化性を向上させるためであると共に、γ線を始めとする放射線のエネルギを芳香環のπ電子共役系により吸収し、半導電性樹脂組成物層17の耐放射線性を向上させるためである。ここで、樹脂組成物の100質量部に対して芳香環を持つ酸化防止剤の添加量が0.5質量部以上であるのは、0.5質量部未満では耐放射線性が向上しないからである。また、樹脂組成物の100質量部に対して芳香環を持つ酸化防止剤の添加量が3.0質量部以上であると酸化防止剤がブルームする恐れがある。好ましくは、酸化防止剤の添加量は0.5〜1.0質量部の範囲である。
【0033】
ベンゼン環を持たない樹脂組成物に配合する芳香環を持つ酸化防止剤は、ヒンダードフェノール系酸化防止剤であってもよい。ヒンダードフェノール系酸化防止剤としては、2,4−ビス−(n−オクチルチオ)−6−(4−ヒドロキシン−3,5−ジ−t−ブチルアニリノ)−1,3,5−トリアジン、または、ペンタエリスリチル−テトラキス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、または、2,2−チオ−ジエチレン[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]が挙げられる。これらを1種または2種以上使用する。
【0034】
導体遮蔽層13を構成するベンゼン環を持たない樹脂組成物には、該樹脂組成物の100質量部に対して金属不活性剤が0.05質量部以上配合されてもよい。
【0035】
ベンゼン環を持たない樹脂組成物に配合する金属不活性剤としては、2,2’−オキサド−ビス−{エチル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェノール)プロピオネート}、イソフタリックアシッドビス(2−フェノキシプロピオニルヒドラジッド)、N,N’−ビス−[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−−ヒドロキシフェニル)プロピオニル]ヒドラジンなどが挙げられる。これらを1種または2種以上使用する。
【0036】
導体遮蔽層13を構成するベンゼン環を持たない樹脂組成物100質量部に対して金属不活性剤が0.05質量部以上配合されることで、長時間水中使用環境下においても導体2からの銅イオンの拡散を防止し、優れた耐熱性やボウタイトリー特性を維持することが可能となる。
【0037】
導体遮蔽層13である半導電性樹脂組成物層17の外周に被覆する架橋してなる電気絶縁組成物層14の材料としては、次のようなポリエチレンを主体とする材料が上げられる。まず、有機過酸化物としてジクミルパーオキサイド0.15質量部以上を含むポリエチレンを主体とする材料であって、高温、高圧のガスまたは水蒸気により加熱架橋を施す材料がある。また、ビニルトリメトキシランのようなシラン化合物をポリエチレンに共重合し、水との反応により架橋を施す材料、電子線のような電離放射線を用いて架橋処理を施す材料、ポリエチレンを主体とする樹脂をそのまま押出被覆する材料などがある。
【0038】
また、図2の実施形態では、電気絶縁組成物層14の外周に保護層16を有する。保護層16に用いる材料としては、ナイロン等がある。
【0039】
本発明の水中モータ用電線11、15の作用効果を述べる。
【0040】
本発明の水中モータ用電線11、15は、導体遮蔽層13がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなる。さらには、このベンゼン環を持たない樹脂組成物からなる導体遮蔽層13が半導電性樹脂組成物からなる半導電性樹脂組成物層17である。これにより、長期使用によるクラックの発生が防止され、水トリーが成長しなくなるので、水中モータ用電線11、15の長期信頼性が向上する。
【0041】
また、ベンゼン環を持たない樹脂組成物に対して、芳香環を持つ酸化防止剤を所定比率以上配合されたものは、γ線を照射した後でも、クラックの発生が防止され、水トリーが成長しなくなるので、水中モータ用電線11、15の長期信頼性が向上する。
【0042】
また、ベンゼン環を持たない樹脂組成物に対して、金属不活性剤が所定比率以上配合さたものは、γ線を照射した後でも、いっそうクラックの発生が防止され、水トリーが成長しなくなるので、水中モータ用電線11、15の長期信頼性が向上する。
【実施例】
【0043】
表1のように、実施例1〜11及び比較例1の水中モータ用電線を作製した。実施例1〜11は、導体12としての直径約4.5mmの銅線の外周に、導体遮蔽層13(半導電性樹脂組成物層17)としての内層を厚さ約0.5mmで押し出し、同時にその外周に後述(c)のポリエチレンを主体とする電気絶縁組成物層14を厚さ約1.5mmで押し出し被覆した。
【0044】
また、比較例1は、導体12としての直径約4.5mmの銅線の外周に、内層として
【0045】
【化5】

【0046】
の構造を有するエポキシ樹脂を主体とする塗料を繰り返し塗布し、焼き付けて厚さ約0.06mmのエナメル層を形成した。このエナメル層の外周に上記と同様の有機過酸化物を含むポリエチレンを主体とする電気絶縁組成物層14を厚さ約1.5mmで押し出し被覆した。
【0047】
実施例1〜11においては、電気絶縁組成物層14の材料として、下記(a)〜(c)の材料を実施例ごとにそれぞれ用いた。比較例1においては、電気絶縁組成物層14の材料として、下記(a)の材料を用いた。
【0048】
(a)有機過酸化物としてジクミルパーオキサイドを含むポリエチレンを主体とする材料である。この場合、押出と連続的な水蒸気による加熱架橋を施し、電気絶縁組成物層14を形成することにより、水中モータ用電線が完成される。
【0049】
(b)ビニルトリメトキシシラン1.0質量部にラジカル開始剤としてジクミルパーオキサイドを0.1質量部含むポリエチレンを主体とする材料である。この場合、電気絶縁組成物層14を形成した後、80℃のスチーム中に8時間保管し、架橋処理を施すことにより、水中モータ用電線が完成される。
【0050】
(c)ポリエチレンを主体とする材料(樹脂)である。この場合、ポリエチレンを主体とする材料を押し出して電気絶縁組成物層14を形成した後、電子線を20kGy照射して架橋処理を施すことにより、水中モータ用電線が完成される。
【0051】
【表1】

【0052】
次に、評価方法を説明する。
【0053】
(1)ボウタイトリー特性
作製した実施例1〜11及び比較例1の水中モータ用電線について、ボウタイトリー特性を評価する電気試験を行った。
【0054】
具体的には、作製した水中モータ用電線を巻線として、曲げ半径R=約30mmに曲げた状態に成型した。この成型したサンプルを実施例1〜8及び比較例1〜4の各々20個ずつ、90℃の温水に浸漬し、導体12と水との間に周波数50Hz、電圧3kVの交流電圧を500日間印加した。500日後、サンプルの水中モータ用電線を長手方向に直角に薄くスライスし、そのスライス片をメチレンブルー水溶液で煮沸染色した。染色されたスライス片の断面を光学顕微鏡を用いて観測し、ボウタイトリーの長さを調べ、長さが200μm以上のボウタイトリーの発生数を計数した。
【0055】
発生数が1.0×103(個/m3)以上であれば不良と判定して表1中に×印を記入し、発生数が1.0×102(個/m3)より多く1.0×103(個/m3)より少ないときは良と判定して表1中に○印を記入し、発生数が1.0×102(個/m3)以下であれば優良と判定して表1中に◎印を記入した。
【0056】
(2)放射線による劣化特性
作製した実施例1〜11及び比較例1の水中モータ用電線について、上記と同様のサンプルにγ線を照射総量1.0MGy照射した後、上記と同様のボウタイトリー特性を評価する電気試験を行った。
【0057】
次に、評価結果を説明する。
【0058】
表1の評価結果の欄に示されるように、実施例1〜11の水中モータ用電線は、ボウタイトリー特性が良である。また、実施例7、8の水中モータ用電線は、金属不活性剤を加えたものであるが、γ線照射後のボウタイトリー特性が優良である。実施例9〜11水中モータ用電線は、いずれも内層に、ベンゼン環を持たない樹脂を使用しているため、ボウタイトリー特性が良である。しかし、実施例9、10の水中モータ用電線は、芳香環を持たない酸化防止剤を使用しているため、γ線照射後のボウタイトリー特性が不良である。また、実施例11の水中モータ用電線は、酸化防止剤の添加量が本発明の規定値以下であるため、γ線照射後のボウタイトリー特性が不良である。比較例1の水中モータ用電線は、内層に、ベンゼン環を持つエナメル樹脂を使用しているため、ボウタイトリー特性が不良である。試験後のエナメル層(内層)やボウタイトリー特性が不良な内層の表面を詳細に観察すると、それらの表面に微小なクレージングやクラックの発生が見られた。これらクレージングやクラックが水トリーの成長に影響していると推察される。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施形態を示す水中モータ用電線の断面構造図である。
【図2】本発明の一実施形態を示す水中モータ用電線の断面構造図である。
【符号の説明】
【0060】
11、15 水中モータ用電線
12 導体
13 導体遮蔽層
14 電気絶縁組成物層
16 保護層
17 半導電性樹脂組成物層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の外周に該導体の拡散を防止する導体遮蔽層を有し、その導体遮蔽層の外周に架橋してなる電気絶縁組成物層を有する水中モータ用電線において、上記導体遮蔽層がベンゼン環を持たない樹脂組成物からなることを特徴とする水中モータ用電線。
【請求項2】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物からなる導体遮蔽層が半導電性樹脂組成物からなる半導電性樹脂組成物層であり、該半導電性樹脂組成物としてポリエチレン、ポリオレフィンエラストマー、エチレン共重合体混和物のいずれか1種またはこれらのブレンド物が用いられたことを特徴とする請求項1記載の水中モータ用電線。
【請求項3】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物100質量部に対して芳香環を持つ酸化防止剤が0.5質量部以上配合されたことを特徴とする請求項1又は2記載の水中モータ用電線。
【請求項4】
上記芳香環を持つ酸化防止剤がヒンダードフェノール系酸化防止剤であることを特徴とする請求項3記載の水中モータ用電線。
【請求項5】
上記ベンゼン環を持たない樹脂組成物の100質量部に対して金属不活性剤が0.05質量部以上配合されたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載の水中モータ用電線。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−284593(P2009−284593A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−132029(P2008−132029)
【出願日】平成20年5月20日(2008.5.20)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】