説明

水系溶媒中での含窒素化合物の製造方法

【課題】
本発明は、水中で有効に機能する水酸化金属を触媒とし、C=N結合への選択的アレニル化及びプロパギル化反応による、アレニルメチルヒドラジン及びホモプロパギルヒドラジンの製造方法を提供する。
【解決手段】
本発明は、アレニルボロネートとα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、対応するα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレニルボロネートとα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、対応するα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素官能基を有するアレンやアルキン、例えばアレニルメチルアミン、ホモプロパギルアミン、N−アシル−N’−アレニルメチルヒドラジン、N−アシル−N−ホモプロパギルヒドラジンなどは有機合成上有用な合成中間体である。例えば、N−アレニル−β−ラクタム誘導体を用いてセフェム系抗生物質を製造する方法(特許文献1、2、及び3参照)、アレニル環状ホスホネートにヒドラジンを反応させて高血圧症の治療剤として有用なジヒドロピリジンホスホネートを製造する方法(特許文献4参照)などが報告されている。また、特許文献5には、アトルバスタチンの製造中間体として、1−(ホルミルエチル)−ピロール誘導体にアレニルボロン酸を、THF中で酒石酸ジエステルの存在下に反応させて、対応するプロパルギルアルコール誘導体を製造する方法が報告されている。
【0003】
このように、窒素官能基を有するアレンやアルキンは合成化学上重要な化合物であり、各種の製造方法が報告されてきている。例えば、最も効率的な手法はC=N結合を有する求電子剤に対するプロパギル−金属化合物及びアレニル−金属化合物の位置選択的な付加反応による炭素−炭素結合形成反応である(非特許文献1)。しかし、プロパギル及びアレニル−金属化合物の使用にあたっては、下式に示すように、プロパギル−金属化合物とアレニル−金属化合物間の転位(非特許文献2)及び非位置選択的な付加反応が問題として残されている(非特許文献3)。
【0004】
【化1】

【0005】
(式中、Metは金属原子を示し、Eは求電子剤を示し、Rは各種の置換基を示す。)
また、プロパギル及びアレニル求核剤の反応性が基質に大きく依存する点も問題である(非特許文献4)。さらに、有機金属試薬を求核剤や触媒として用いる場合は、特に大スケールの反応において、安全性や環境負荷の問題が発生しやすいため、触媒量での使用が求められている。
【0006】
このような中で、これまでにN−アシルヒドラゾンやイミンに対する種々の触媒的アリル化反応が開発されている(非特許文献5)。一方、本発明者らは最近、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ヘキサメチルホスホロアミド(HMPA)、スルホキシド、ホスフィンオキシドのような中性のルイス塩基がアリルトリクロロシランやクロチルトリクロロシランのアルデヒド、N−アシルヒドラゾンに対する求核付加反応を促進することを報告した(非特許文献6)。これらの場合には、いかなる金属触媒も使用せずに、非イオン性のルイス塩基がルイス酸性を有するケイ素原子に配位することによりトリクロロシリル求核剤が活性化され、反応が進行する。
しかし、アルデヒドのプロパギル化やアレニル化の例はいくつか報告されているものの(非特許文献7、8)、C=N結合へのアレニル化、プロパギル化の例は少ない。
(1)Goreらはエーテル中で1−メトキシアレニルリチウムを用いてヒドラゾンのアレニル化を行った(非特許文献9)。(2)秋山らは銅(I)とキラルBINAP錯体を触媒として用い、α−イミノエステルのエナンチオ選択的なアレニル化及びプロパギル化反応を行った(非特許文献10)。(3)Prajapatiらは、臭化プロパギルを用いたインジウム金属によるBarbier型反応で、芳香族N−アリールイミン、N−アリールニトロン、N−フェニルヒドラゾンのプロパギル化を報告した(非特許文献11)。しかしながら、これら全ての反応において、化学量論量以上の金属化合物が必要であり、基質一般性、選択性、収率なども十分ではない。
【0007】
以前に本発明者らは、塩化プロパギルから調製したプロパギルトリクロロシラン及びアレニルトリクロロシランをアルデヒドと反応させることにより、対応するアレニルアルコール及びホモプロパギルアルコールの合成法を報告した(非特許文献12)。さらに最近、この反応の選択性、収率、基質一般性を改善した手法を報告した(非特許文献8)。
さらに本発明者らは、これらの知見を元に、プロパギルトリハロシラン及びアレニルトリハロシランを用いたC=N結合への選択的アレニル化及びプロパギル化反応による、アレニルメチルアミン及びホモプロパギルアミン並びにヒドラジンの新規な合成方法を報告した(特許文献6参照)。
【0008】
しかし、これらの反応は高収率の維持や選択性の発現に於いて厳密な無水条件を必要としたり、環境に大きな負担をかける有機溶剤を大量に使用しなければならないために、工業レベルでの適用を考えた場合真に実用的な方法ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−245574号公報
【特許文献2】特開平8−245631号公報
【特許文献3】特開平9−249643号公報
【特許文献4】特開平7−70160号公報
【特許文献5】特表2006−523670号公報
【特許文献6】特開2007−191440号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Chem. Rev. 1999, 99, 1069-1094
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 13326-13334
【非特許文献3】Synlett 2003, 1713-1715
【非特許文献4】J. Am. Chem. Soc. 20 05, 127, 1787-1796
【非特許文献5】Org. Lett. 2005, 7, 2767-2770
【非特許文献6】Angew.Chem. Int. Ed. 2005, 44, 5176-5186
【非特許文献7】Adv. Synth. Catal. 2005, 347,1219-1222
【非特許文献8】Tetrahedron 2006, 62, 496-502
【非特許文献9】Tetrahedron Lett. 1999, 40, 5009-5012
【非特許文献10】Chem. Lett. 2002, 298-299
【非特許文献11】Tetrahedron Lett. 2003, 44, 6755-6757.
【非特許文献12】J. Am. Chem. Soc. 1995, 117,6392-6393.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、水中で有効に機能する水酸化金属を触媒とし、C=N結合への選択的アレニル化及びプロパギル化反応による、アレニルメチルヒドラジン及び/又はホモプロパギルヒドラジンの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
アレニル及びプロパルギル誘導体は分子内に多くの反応点を有するC3ユニットを有し、医薬品や農薬などの生理活性物質をはじめ工業原料として重要な化合物であり、その工業的な製造方法の開発が求められていた。特に、水溶媒系や含水溶媒系のような環境に優しい工業的な製造方法の開発が求められていた。
本発明者らは、最近、金属水酸化物が含水溶媒系での炭素−炭素結合を生成させる反応において効率的な触媒として機能するいくつかの例を見出してきた。金属水酸化物は、廉価で空気中で、室温で安定であり、工業的な利用に適している。そこで、本発明者らは、さらに、金属水酸化物を用いた水系溶媒中での化学反応を検討してきたところ、水系溶媒中で、金属水酸化物がアレニルボロネートとヒドラゾノエステルとの求核付加反応を効率的かつ選択的に触媒することを見出した。
【0013】
即ち、本発明は、アレニルボロネートとα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、対応するα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法に関する。
より詳細には、本発明は、一般式(1)

−C(R)=C=C(R)−B(OR) (1)

[式中、Rは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を表すか、2個のR同士が一緒になって隣接する酸素原子及びホウ素原子と共に5〜10員の環を形成してもよく、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるアレニルボロネートと、一般式(2)
【0014】
【化2】

【0015】
[式中、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、次の一般式(3)
【0016】
【化3】

【0017】
[式中、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−アレニルヒドラジノエステル、及び/又は、次の一般式(4)
【0018】
【化4】

【0019】
[式中、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法に関する。
【0020】
本発明の方法を、さらに詳細に説明すれば以下のとおりとなる。
(1)アレニルボロネートとα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、α−アレニルヒドラジノエステル及びα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法。
(2)水系溶媒が、水溶媒である前記(1)に記載の方法。
(3)水系溶媒が、有機溶媒を含有する含水溶媒である前記(1)に記載の方法。
(4)反応が、さらに糖の存在下で行われる前記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)糖が、スクロースである前記(4)に記載の方法。
(6)金属水酸化物が、銅、ビスマス、鉄、リチウム、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、コバルト、ニッケル、亜鉛、ジルコニウム、カドミウム、バリウム、セリウム、ガリウム、ランタン、及びホウ素からなる群から選ばれる金属種の1種又は2種以上の金属水酸化物である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)金属酸化物が、酸化鉄である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(8)生成物が、α−アレニルヒドラジノエステルが主生成物となる前記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)生成物が、α−プロパルギルヒドラジノエステルが主生成物となる前記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(10)アレニルボロネートが、前記した一般式(1)で表されるアレニルボロネートである前記(1)〜(9)に記載の方法。
(11)アレニルボロネートが、アレニルピナコールボロネートである前記(1)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)α−ヒドラゾノエステルが、前記した一般式(2)で表されるα−ヒドラゾノエステルである前記(1)〜(11)に記載の方法。
(13)α−ヒドラゾノエステルが、2−[N’−アリールカルボニルヒドラゾノ]−酢酸エステルである前記(1)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)生成物のα−アレニルヒドラジノエステルが、前記した一般式(3)で表されるα−アレニルヒドラジノエステルである前記(10)〜(13)に記載の方法。
(15)生成物のα−プロパルギルヒドラジノエステルが、前記した一般式(4)で表されるα−プロパルギルヒドラジノエステルである前記(10)〜(13)に記載の方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、廉価で安定で、取り扱いの容易な金属水酸化物を用いて、効率的かつ選択的にα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法を提供するものである。本発明の方法で使用される金属水酸化物は、安定で取り扱いが容易であり、操作が安全で簡便であり工業的な製造方法に適している。
また、本発明の方法は、水系溶媒中で行うことができ、環境汚染の原因となる有機溶媒の使用量が少ない、又は有機溶媒を使用することなく行うことができ、環境面からも優れた方法である。
このように、本発明の方法は、工業的に優れたα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法を提供するものであり、医薬品や農薬などの工業製品の原料や中間体として有用な化合物の新規な製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の方法における原料化合物であるアレニルボロネートとしては、C=C=C構造にホウ素原子が結合したC=C=C−Bのボロネート構造を有するものであり、炭素原子やホウ素原子は、本発明の方法の化学反応に影響を与えない各種の置換基が置換していてもよい。
本発明のアレニルボロネートとしては、前記した一般式(1)で表されるアレニルボロネートが例示される。一般式(1)におけるR、R、及びR、並びにRの「炭化水素基」としては、炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキル基;炭素数2〜20、好ましくは炭素数2〜15、炭素数2〜10の直鎖状又は分枝状のアルケニル基;炭素数3〜15、好ましくは炭素数3〜10の飽和又は不飽和の単環式、多環式又は縮合環式の脂環式炭化水素基;炭素数6〜36、好ましくは炭素数6〜18、炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式の炭素環式芳香族基;炭素数6〜36、好ましくは炭素数6〜18、炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式の炭素環式芳香族基(アリール基)に、前記した炭素数1〜20のアルキル基が結合した、炭素数7〜40、好ましくは炭素数7〜20、炭素数7〜15のアリールアルキル基(炭素環式芳香脂肪族基)などが挙げられ、このようなアルキル基の例としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、などが挙げられ、脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、ビシクロ[1.1.0]ブチル基、トリシクロ[2.2.1.0]ヘプチル基、ビシクロ[3.2.1]オクチル基、ビシクロ[2.2.2.]オクチル基、アダマンチル基(トリシクロ[3.3.1.1]デカニル基)、ビシクロ[4.3.2]ウンデカニル基、トリシクロ[5.3.1.1]ドデカニル基、などが挙げられ、炭素環式芳香族基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、フェナントリル基、アントリル基、などが挙げられ、アリールアルキル基(炭素環式芳香脂肪族基)としては、例えば、ベンジル基、フェネチル基、α−ナフチル−メチル基などが挙げられる。これらの炭化水素基は適宜、メチル基などのアルキル基、メトキシ基などのアルコキシ基、塩素原子などのハロゲン原子、水酸基、ニトロ基、ジメチルアミノ基などのジアルキルアミノ基などの置換基で置換されていてもよい。
一般式(1)における好ましい炭化水素基としては、炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキル基、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基などが挙げられる。
本発明の一般式(1)における好ましいR、R、及びRとしては、水素原子が挙げられる。
【0023】
本発明の一般式(1)におけるRは、2個のR同士が一緒になって隣接する酸素原子及びホウ素原子と共に5〜10員の環を形成してもよい。このような2個のRとしては、アルキレンジオールから誘導される基が好ましく、炭素数1〜20、好ましくは炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキレン基が挙げられる。好ましい例としては、ピナコールから誘導される1,1,2,2−テトラメチル−エチレン基が挙げられる。
【0024】
本発明のα−ヒドラゾノエステルとしては、カルボン酸エステル類のα位がヒドラゾン化されたもので、好ましくはヒドラゾンの他方の窒素原子がアシル化されたものが挙げられる。好ましいα−ヒドラゾノエステルとしては、前記した一般式(2)で表されるα−ヒドラゾノエステルが挙げられる。
本発明の一般式(2)で表されるα−ヒドラゾノエステルにおける基R及び基Rの「炭化水素基」としては、炭素数1〜30、好ましくは炭素数1〜20、炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキル基;炭素数2〜20、好ましくは炭素数2〜15、炭素数2〜10の直鎖状又は分枝状のアルケニル基;炭素数3〜15、好ましくは炭素数3〜10の飽和又は不飽和の単環式、多環式又は縮合環式の脂環式炭化水素基;炭素数6〜36、好ましくは炭素数6〜18、炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式の炭素環式芳香族基;炭素数6〜36、好ましくは炭素数6〜18、炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式の炭素環式芳香族基(アリール基)に、前記した炭素数1〜20のアルキル基が結合した、炭素数7〜40、好ましくは炭素数7〜20、炭素数7〜15のアリールアルキル基(炭素環式芳香脂肪族基)などが挙げられ、このようなアルキル基の例としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、などが挙げられ、脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、ビシクロ[1.1.0]ブチル基、トリシクロ[2.2.1.0]ヘプチル基、ビシクロ[3.2.1]オクチル基、ビシクロ[2.2.2.]オクチル基、アダマンチル基(トリシクロ[3.3.1.1]デカニル基)、ビシクロ[4.3.2]ウンデカニル基、トリシクロ[5.3.1.1]ドデカニル基、などが挙げられ、炭素環式芳香族基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、フェナントリル基、アントリル基、などが挙げられ、アリールアルキル基(炭素環式芳香脂肪族基)としては、例えば、ベンジル基、フェネチル基、α−ナフチル−メチル基などが挙げられる。
【0025】
好ましい炭化水素基としては、炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキル基、炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式のアリール基、又は炭素数7〜15のアリールアルキル基が挙げられ、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、フェニル基、ナフチル基、ベンジル基などが挙げられる。これらの基は適宜置換基を有してもよい。
特に好ましい基Rとしては、炭素数1〜10の直鎖状又は分枝状のアルキル基、又は炭素数7〜15のアリールアルキル基が挙げられ、基Rとしてはメチル基などのアルキル基、メトキシ基などのアルコキシ基、塩素原子などのハロゲン原子、水酸基、ニトロ基、ジメチルアミノ基などのジアルキルアミノ基などの置換基で置換されてもよい炭素数6〜12の単環式、多環式、又は縮合環式のアリール基が挙げられる。さらに好ましい基Rとしてはフェニル基、p−ジメチルアミノフェニル基、p−メトキシフェニル基、p−ニトロフェニル基、p−ヒドロキシフェニル基などが挙げられる。
本発明の好ましいα−ヒドラゾノエステルとしては、2−[N’−アリールカルボニルヒドラゾノ]−酢酸エステル、より具体的には、2−[N’−ベンゾイルヒドラゾノ]−酢酸アルキルエステル、例えば、2−[N’−ベンゾイルヒドラゾノ]−酢酸エチルエステルが挙げられる。
【0026】
本発明の方法におけるアレニルボロネートは、α−ヒドラゾノエステルに対して1当量以上使用すればよい。好ましくはα−ヒドラゾノエステルに対して、1.0〜10.0当量、より好ましくは1.5〜3.0当量が使用される。なお、原料として使用されるアレニルボロネートは、文献(例えば、J. Amer. Chem. Soc., 2006, 128, 1464-65)に記載の方法に準じて製造することができる。アレニルピナコールボロネートは、市販品をそのまま使用することもできる。
本発明の方法によれば、前記した原料化合物に対応したα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造することができる。原料化合物して、前記した一般式(1)及び一般式(2)の化合物を使用した場合には、対応する一般式(3)で表されるα−アレニルヒドラジノエステル及び/又は一般式(4)で表されるα−プロパルギルヒドラジノエステルが生成させることができる。この場合におけるR、R、R、R、及びRは、いずれも前記したものと同じである。
本発明の方法により、生成したα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルは、ヒドラジノ基が結合している炭素原子が不斉炭素となる。本発明の方法においては、S体及びR体の混合物して得られ、これらはそれぞれ必要に応じて公知の方法により光学分割することができる。
【0027】
本発明の方法における金属水酸化物は、金属元素又はホウ素元素の水酸化物である。本発明の好ましい金属水酸化物としては、銅、ビスマス、鉄、リチウム、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、コバルト、ニッケル、亜鉛、ジルコニウム、カドミウム、バリウム、セリウム、ガリウム、ランタン、及びホウ素からなる群から選ばれる金属種及びホウ素元素の1種又は2種以上の水酸化物である。ホウ素元素は一般には非金属元素として扱われているが、本発明における水酸化物の触媒においては、金属元素の1種として、水酸化ホウ素も金属水酸化物の1種として取り扱う。
本発明の好ましい金属水酸化物としては、Cu(OH)、Bi(OH)、Fe(OH)、LiOH、Mg(OH)、Al(OH)、Ca(OH)、Co(OH)、Ni(OH)、Zn(OH)、Zr(OH)、Cd(OH)、Ba(OH)、Ce(OH)、Ga(OH)、La(OH)、B(OH)などが挙げられる。より好ましい金属水酸化物としては、Cu(OH)、Bi(OH)、Fe(OH)などが挙げられ、さらに好ましくはCu(OH)、及びBi(OH)が挙げられる。
また、金属酸化物としては、前記した金属の酸化物が挙げられる。好ましい金属酸化物としては、酸化鉄が挙げられる。
本発明の金属水酸化物又は金属酸化物の使用量としては、α−ヒドラゾノエステルに対して、0.1〜100モル%、好ましくは1〜30モル%、より好ましくは1〜20モル%である。
【0028】
本発明の好ましい方法の態様としては、糖の存在下で行う方法が挙げられる。糖としては、単糖類や二糖類が好ましい。より好ましい糖としてはスクロース(ショ糖)が挙げられる。これらの糖類は、その一部の水酸基が脂肪酸などのカルボン酸でエステル化されていてもよい。例えば、ショ糖モノ脂肪酸エステルやショ糖ジ脂肪酸エステルなども使用することができる。使用する糖の量としては、α−ヒドラゾノエステルに対して、0.1〜100モル%、好ましくは1〜30モル%、より好ましくは1〜10モル%である。
添加された糖の作用の詳細は必ずしも明らかではないが、糖の存在により反応系中のアレニルボロネートが安定化され、長時間に亘って分解されずに反応系中に存在しているためと考えられている。
【0029】
本発明の方法は、水単独又は水と有機溶媒の混合溶媒中で行うことができる。使用される有機溶媒としては、水と相溶性のある有機溶媒として均一系で行うことが好ましい。このような有機溶媒としては、ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルアセトアミド(DMA)アセトン、アセトニトリル、ジオキサン、メタノール、エタノール、エチレングリコールなどが挙げられ、好ましい溶媒系としては、水単独系、並びに水−THF系及び水−DMF系の溶媒が挙げられる。
反応温度としては、好ましくは−20℃〜溶媒の沸点、−20℃〜40℃程度の範囲で適宜選択することができる。好ましい反応温度としては室温が上げられる。雰囲気は大気中もしくはアルゴンガスなどの不活性雰囲気とすることができるが、大気中で反応させることができる。
反応時間には特に制限はないが、反応系におけるアレニルボロネートの安定性から余り長時間の反応は好ましくない。好ましい反応時間としては、3分〜2時間、より好ましくは5分〜1時間、さらに好ましくは5分〜30分である。
【0030】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
次に示す反応式にしたがって、α−ヒドラゾノエステル(1a)とアレニルボロネート(2a)とを、次の表1に記載した各種の金属水酸化物の存在下に反応させて、α−アレニルヒドラジノエステル(3a)及びα−プロパルギルヒドラジノエステル(4a)を製造した。
【0032】
【化5】

【0033】
[式中、Bzはベンゾイル基を示し、Etはエチル基を示す。]
容器に20mol%の水酸化金属(0.04mmol)、及びヒドラゾノエステル(44.0mg,0.2mmol)を入れ、これに水(0.1mL)及びDMF(0.3mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(53μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。90分後、反応混合物に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
結果を次の表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の最右欄は、アレニル体とプロパルギル体の比を示し、ラン1は、金属水酸化物を添加していない場合の比較例である。
この結果、金属水酸化物の添加により収率(%)が向上すると共に、アレニル体とプロパルギル体の比も変動してくることがわかる。
同様に、溶媒を水のみとして実験した。この場合も同様な結果となったが、一部の水酸化物に収率の低下が見られた。
【実施例2】
【0036】
次に示す反応式にしたがって、α−ヒドラゾノエステル(5)とアレニルボロネレート(6)とを、水酸化ビスマスの存在下に反応させて、α−アレニルヒドラジノエステル(7)及びα−プロパルギルヒドラジノエステル(8)を製造した。
【0037】
【化6】

【0038】
[式中、Bzはベンゾイル基を示し、Etはエチル基を示す。]
容器に5mol%の水酸化ビスマス(2.4mg,0.01mmol)、及びヒドラゾノエステル(44.1mg,0.2mmol)を入れ、これに水(0.1mL)及びDMF(0.3mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(52μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。90分後飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
収率は定量的であり、α−アレニルヒドラジノエステル(7)及びα−プロパルギルヒドラジノエステル(8)の比[(7)/(8)]は、94/6であった。なお、水酸化ビスマス不存在下では、収率は7%であり、比[(7)/(8)]は、45/55であった。
【実施例3】
【0039】
水酸化銅を触媒とするヒドラゾノエステルに対するアレニルピナコールボロネートの付加反応
実施例2と同様にして、容器に10mol%の水酸化銅(2.0mg,0.02mmol)、及びヒドラゾノエステル(43.7mg,0.2mmol)を入れ、これに水(0.1mL)及びDMF(0.3mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(52μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。5分後飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
収率は定量的であり、α−アレニルヒドラジノエステル(7)及びα−プロパルギルヒドラジノエステル(8)の比[(7)/(8)]は、9/91であった。なお、水酸化銅不存在下では、収率は7%であり、比[(7)/(8)]は、45/55であった。
【実施例4】
【0040】
実施例2に記載の反応を、溶媒を水のみとし、水酸化ビスマスの量を減らしてヒドラゾノエステルに対するアレニルピナコールボロネートの付加反応における効果を調べた。
容器に10mol%の水酸化ビスマス(4.8mg,0.02mmol)、及びヒドラゾノエステル(44.0mg,0.2mmol)を入れ、これに水(4.0mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(53μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。24時間後飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
この結果、収率は12%で、α−アレニルヒドラジノエステル体とα−プロパルギルヒドラジノエステル体の比[アレニル体/プロパルギル体]は、52/48であった。溶媒を水のみとし触媒量が少なくないと、水酸化ビスマスの触媒活性は十分ではなかった。また、選択性も低下することが示された。
【実施例5】
【0041】
実施例2に記載の反応を、溶媒を水のみとし、水酸化ビスマスを触媒とするヒドラゾノエステルに対するアレニルピナコールボロネートの付加反応におけるスクロースの添加効果を調べた。
容器に10mol%の水酸化ビスマス(4.8mg,0.02mmol)、ヒドラゾノエステル(44.0mg,0.2mmol)及び1.7mol%のスクロース(0.5mg、0.0034mmol)を入れ、これに水(4.0mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(53μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。24時間後飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
この結果、収率は93%であった。α−アレニルヒドラジノエステル体とα−プロパルギルヒドラジノエステル体の比[アレニル体/プロパルギル体]は、77/23であった。なお、水酸化ビスマスを2.5mol%とした場合の収率は82%であったが、選択性の向上がみられた。
【実施例6】
【0042】
酸化鉄を触媒とするヒドラゾノエステルに対するアレニルピナコールボロネートの付加反応
容器に5mol%のγ−酸化鉄(III)(1.8mg,0.01mmol)、ヒドラゾノエステル(44.1mg,0.2mmol)及び1.3mol%のスクロース(0.38mg、0.0026mmol)を入れ、これに水(4.0mL)を加えた。この溶液中にアレニルピナコールボロネート(53μL,0.3mmol)を加え激しく撹拌した。1.5時間後飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)を加え反応を停止後、酢酸エチルを用い(20mLx3)て抽出を行い、無水硫酸ナトリウムで有機層を乾燥した。有機層を濃縮・乾燥後、NMRを用いてアレニル/プロパルギルの比率を決定後、カラムクロマトグラフィーにより(ヘキサン/酢酸エチル=4/1)で精製することにより収率を決定した。
この結果、収率は38%であった。α−アレニルヒドラジノエステル体とα−プロパルギルヒドラジノエステル体の比[アレニル体/プロパルギル体]は、87/13であった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、工業的に優れたα−アレニルヒドラジノエステル及び/又はα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法を提供するものであり、医薬品や農薬などの工業製品の原料や中間体として有用な化合物の新規な製造方法を提供するものであり、産業上の利用可能性を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレニルボロネートとα−ヒドラゾノエステルとを、金属水酸化物又は金属酸化物の存在下、水系溶媒中で反応させて、α−アレニルヒドラジノエステル及びα−プロパルギルヒドラジノエステルを製造する方法。
【請求項2】
水系溶媒が、水溶媒である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
水系溶媒が、有機溶媒を含有する含水溶媒である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
反応が、さらに糖の存在下で行われる請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
糖が、スクロースである請求項4に記載の方法。
【請求項6】
金属水酸化物が、銅、ビスマス、鉄、リチウム、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、コバルト、ニッケル、亜鉛、ジルコニウム、カドミウム、バリウム、セリウム、ガリウム、ランタン、及びホウ素からなる群から選ばれる金属種の1種又は2種以上の金属水酸化物である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
金属酸化物が、酸化鉄である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
アレニルボロネートが、次の一般式(1)

−C(R)=C=C(R)−B(OR) (1)

[式中、Rは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を表すか、2個のR同士が一緒になって隣接する酸素原子及びホウ素原子と共に5〜10員の環を形成してもよく、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるアレニルボロネートである請求項1〜7に記載の方法。
【請求項9】
α−ヒドラゾノエステルが、次の一般式(2)
【化7】

[式中、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−ヒドラゾノエステルである請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
生成物のα−アレニルヒドラジノエステルが、次の一般式(3)
【化8】

[式中、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−アレニルヒドラジノエステルであり、生成物のα−プロパルギルヒドラジノエステルが、次の一般式(4)
【化9】

[式中、R、R、及びRは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R及びRは、それぞれ独立して置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるα−プロパルギルヒドラジノエステルである請求項10に記載の方法。

【公開番号】特開2011−184408(P2011−184408A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53770(P2010−53770)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】