説明

治療用物質の運搬投与器具

【課題】シート状の治療用物質の運搬時における人体への侵襲の度合いが低く、移植時には簡単かつ確実に治療用物質を投与することができ、さらに安全性にも優れた治療用物質の運搬投与器具を提供する。
【解決手段】シート状の治療用物質を支持する弾性変形可能なシート支持体と、内部に供給される流体の流体圧の変化によって、シート支持体を平面状の展開形状と筒状の収納形状とに変形させる第1の形状制御手段と、内部に供給される流体の流体圧の変化によって、シート支持体の基端部の曲げ角度を変化させる第2の形状制御手段とを備えたことを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状の治療用物質を患部まで運搬して投与するための器具に関する。
【背景技術】
【0002】
患者の自己細胞をシート状に培養、再生し、この細胞シートを患部に移植する治療技術が提案されている(例えば非特許文献1)。細胞シートによる治療技術の適用分野は広く、例えば、網膜の欠損組織の治療や、心筋梗塞の治療、消化管内壁の内視鏡的切除箇所の治療などに用いることができる。この種の細胞シートによる治療においては、患部への細胞シートの運搬に際して人体への侵襲の度合いが低いこと、脆弱な細胞シートを保護できること、移植に際して細胞シートを損傷させることなく適正な形状に展開できること、複雑な形状の移植部位や心臓のように動きがある移植部位に対しても無理なく確実に細胞シートを移植できること、移植時の作業性に優れていること、などが望まれているが、これらの要求を高いレベルで満たすことは難しかった。例えば、胸部や腹腔内の臓器に対する細胞シートの移植では、開胸、開腹手術ではなく内視鏡的手法を採用することによって侵襲を抑えることができるが、その反面、細胞シートが患部まで到達したときに、これを損傷なしに展開させて正確に患部に移植することは難しかった。また、網膜下に細胞シート(網膜色素上皮細胞シート)を移植する場合も同様であり、眼球網膜下の移植部位まで刺入した注射針から水流に乗せて投与していたが、移植時の細胞シートの形状、移植部位をコントロールすることはできなかった。また、脆弱な細胞シートが水流により破けるという問題もあり、細胞シートの低侵襲移植は困難を極めていた。
【0003】
内部に供給される流体圧の変化によって曲げ運動を行うバルーンアクチュエータとして、特許文献1に記載のものがある。この種のバルーンアクチュエータは、シリコンゴムのように柔軟性と生体親和性を兼ね備えた安全性の高い材質で構成することが可能である。また、その駆動制御方法として、例えば注射器のような小型器具を用いた流体圧力制御が可能であり、電源も必要ないためシステム全体がポータブルなコンパクトサイズに構成できる。さらに漏電などによる人体へのダメージを与える恐れがない上に、モータなどを用いた駆動機構とは異なり、低コスト供給が可能で使い捨てにできるため、医療器具による感染の危険性も回避できる。このようにバルーンアクチュエータには医療用器具として好ましい条件が揃っている。
【非特許文献1】「経内視鏡的培養口腔粘膜上皮細胞シート移植による食道再建」東京女子医科大学雑誌 第76巻 第4号 p179-183、平成18年4月
【特許文献1】特開平2006−204612
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、シート状の治療用物質の運搬時においては人体への侵襲の度合いが低く、移植時には簡単かつ確実に治療用物質を投与することができ、さらに安全性にも優れた治療用物質の運搬投与器具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の治療用物質の運搬投与器具は、シート状の治療用物質を支持する弾性変形可能なシート支持体と、内部に供給される流体圧の変化によって、シート支持体を平面状の展開形状と筒状の収納形状とに変形させる第1の形状制御手段と、内部に供給される流体圧の変化によって、シート支持体の基端部の曲げ角度を変化させる第2の形状制御手段とを備えたことを特徴としている。
【0006】
さらに、第1の形状制御手段によって筒状の収納形状にされた状態のシート支持体を格納可能な管状格納部材と、この管状格納部材内に格納される位置と、管状格納部材の先端部から突出する位置とにシート支持体を進退移動させることが可能な進退移動手段とを備えていることが好ましい。この進退移動手段は、管状格納部材を先端に有する中空筒状のガイド部材と、シート支持体を支持し該ガイド部材内に進退可能に支持されたベース部材と、ガイド部材内の流体圧を変化させて該ガイド部材に対してベース部材を進退移動させる進退移動用流体圧調整手段とによって構成できる。
【0007】
さらに、シート支持体にシート状治療用物質を吸着保持させる陰圧とシート支持体からシート状治療用物質を離脱させる陽圧を選択的に付与可能なシート脱着手段を設けてもよい。
【0008】
シート支持体はシリコンゴムによって形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
以上の本発明の治療用物質の運搬投与器具によれば、シート状の治療用物質の運搬時においては、治療用物質を支持するシート支持体が筒状の収納形状になるため体内への挿入孔をより小さくすることができる。一方、移植時にはシート支持体が展開されかつ角度調整がなされるので、簡単かつ確実に治療用物質を投与することができる。また、これらの動作は流体圧によって制御され、かつシート支持体が柔軟性を有しているため、安全性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1ないし図5に示すように、本実施形態の運搬投与器具10は、チューブ支持管11、進退ガイド軸部12、グリップ部13、シート格納パイプ14などによって外観が構成されている。図5に示すように、チューブ支持管11は内部に中空部11aを有し、該中空部11aの後端部は、2つのチューブ挿通孔11b、11cを除いて気密に塞がれている。中空部11aの先端部側には進退ガイド軸部12が挿入固定されていて、このチューブ支持管11(中空部11a)の内周面と進退ガイド軸部12の外周面の間は気密に塞がれている。進退ガイド軸部12には、円筒状内面のガイド孔12aと、このガイド孔12aから進退ガイド軸部12の先端部側へ延びる細径孔12bが形成されている。グリップ部13は進退ガイド軸部12の先端外面に固定されており、その先端からシート格納パイプ14が突設されている。シート格納パイプ14は注射針と同様の構造の細径の中空管状体であり、シート格納パイプ14の内部空間と進退ガイド軸部12の細径孔12bは互いに連通している。
【0011】
運搬投与器具10の内部には、図6に示すスライドベース部材15とマニピュレータ16が設けられている。スライドベース部材15は、円筒状外面のスライダ部15aと、該スライダ部15aの前部に位置する接続凹部15bと、該接続凹部15bから前方に延出された細長の支持アーム15cを有している。スライダ部15aの外周面には、Oリング20が嵌まる環状溝15dが形成されている。スライダ部15aは進退ガイド軸部12のガイド孔12aに対して軸方向に摺動自在に嵌り、環状溝15dに支持されたOリング20によってスライダ部15aとガイド孔12aとの間が気密に塞がれる。支持アーム15cは、細径孔12bに対して進退自在に挿入されている。
【0012】
図1ないし図3に示すように、チューブ挿通孔11bには進退駆動用チューブ21が挿通されている。進退駆動用チューブ21はシリコンゴムなどの軟質ゴムで形成されており、チューブ挿通孔11bに挿入したときに、進退駆動用チューブ21は外皮部分が若干潰された圧入状態となり、これにより進退駆動用チューブ21とチューブ挿通孔11bの間が気密に塞がれる。進退駆動用チューブ21は進退用空圧供給源30に接続している。進退用空圧供給源30は、手動操作の注射器や電動駆動のインフレーションデバイスといった周知の送気吸引源からなり、この進退用空圧供給源30と進退駆動用チューブ21を介して、中空部11aの内部空圧を変化させることができる。中空部11aの先端側は、前述のようにOリング20によって気密に塞がれている。そのため、進退駆動用チューブ21を介して中空部11a内へ空気が流入すると、その空圧によってスライドベース部材15が進退ガイド軸部12に対して先端部方向(シート格納パイプ14の方向)に移動される。一方、進退駆動用チューブ21を介して中空部11aから空気が吸引されると、その陰圧によってスライドベース部材15が進退ガイド軸部12の基端部方向(チューブ支持管11の方向)に移動される。
【0013】
図8に示すように、スライドベース部材15内には、3つの流体管路15e、15f、15gが形成されていて、これら3つの流体管路15e、15f、15gの一端部が接続凹部15bの底面側に形成されている円筒状突起部15h、15i、15jにそれぞれ開口されている。各流体管路15e、15f、15gの他端部はスライダ部15aの後端部側に開口されており、流体管路15eの後端開口部には開閉駆動用チューブ22が接続し、流体管路15fの後端開口部にはスナップ駆動用チューブ23、流体管路15gの後端開口部には脱着操作用チューブ24がそれぞれ接続している(図3、図8参照)。これら3本のチューブ22、23、24は、シリコンゴム製の第1の外囲チューブ25で束ねられて、チューブ挿通孔11cを通してチューブ支持管11の後端部から外方に延出されている(図2参照)。第1の外囲チューブ25はチューブ挿通孔11cを気密に塞ぐように圧入されており、中空部11aの内部圧力の変化によってスライドベース部材15に前述の進退動作を行わせる際に、第1の外囲チューブ25とチューブ挿通孔11cの間から空気漏れが生じないようになっている。チューブ挿通孔11cから外方に延出された開閉駆動用チューブ22、スナップ駆動用チューブ23、脱着操作用チューブ24はそれぞれ、開閉駆動用空圧供給源31、スナップ駆動用空圧供給源32、脱着操作用空圧供給源33に接続している。開閉駆動用空圧供給源31、スナップ駆動用空圧供給源32、脱着操作用空圧供給源33はそれぞれ、注射器やインフレーションデバイスのような周知の送気吸引源からなっており、それぞれ対応する送気吸引源によって開閉駆動用チューブ22、スナップ駆動用チューブ23、脱着操作用チューブ24に対する送気及び吸引を行うことができる。
【0014】
なお、図1に示すように、開閉駆動用チューブ22、スナップ駆動用チューブ23及び脱着操作用チューブ24を束ねる第1の外囲チューブ25と、進退駆動用チューブ21とをさらに第2の外囲チューブ26によって束ねることによって、チューブが一本にまとまり、運搬投与器具10の取り扱いが容易になっている。
【0015】
図6に示すように、マニピュレータ16は、先端側から順に、シート支持部16a、このシート支持部16aよりも幅狭の細長アーム部16b、細長アーム部16bの基端部に位置する接続部16cを有している。そして、図9に示すように、マニピュレータ16は、シート支持部16aを筒状に湾曲させる開閉動作用のバルーンアクチュエータ40を備えた開閉制御層41と、シート支持部16aの基端部の曲げ角度を変化させるスナップ変形用のバルーンアクチュエータ42を備えたスナップ制御層43と、細胞シートの脱着用アクチュエータ44を備えたシート脱着制御層45とを積層した構造となっている。マニピュレータ16は、開閉制御層41、スナップ制御層43及びシート脱着制御層45の全体がシリコンゴムで形成されており、可撓性及び伸縮性を有している。
【0016】
バルーンアクチュエータ40、42はいずれも、内部の空気圧の変化によってシート支持部16aに所要の曲げ運動を行わせるものである。開閉制御層41におけるバルーンアクチュエータ40は、シート支持部16aの略全域に亘って配置された中空室40aと、該中空室40aに連通し細長アーム部16b内を通って接続部16c側へ延びる接続管部40bと、接続部16c内に配置され該接続管部40bに接続する空気出入部40cとを有する。図9に示すように、バルーンアクチュエータ40の中空部40aは、シート支持部16aの前後方向(細長アーム部16bの長手方向と略平行な方向)に位置を異ならせて複数設けられ、各々の中空部40aは、シート支持部16aの幅方向(細長アーム部16bの長手方向と略直交する方向)に長く形成されている。スナップ制御層43におけるバルーンアクチュエータ42は、シート支持部16aの基端部(細長アーム部16bとの接続部近傍)に設けられた中空室42aと、該中空室42aに連通し細長アーム部16b内を通って接続部16c側へ延びる接続管部42bと、接続部16c内に配置され該接続管部42bに接続する空気出入部42cとを有する。図9に示すように、バルーンアクチュエータ42の中空部42aは、シート支持部16aの前後方向に長く形成されている。また、脱着用アクチュエータ44は、シート支持部16aの外表面に開口された配置された開口部44aと、該開口部44aに連通し細長アーム部16b内を通って接続部16c側へ延びる接続管部44bと、接続部16c内に配置され該接続管部44bに接続する空気出入部44cとを有する。接続部16cには、空気出入部40c、42c、44cにそれぞれ連通する開口部46、47、48が形成されている。
【0017】
マニピュレータ16はスライドベース部材15によって支持される。詳細には、細長アーム部16bが支持アーム15c上に支持され、接続部16cが接続凹部15bに嵌合支持される。この際、接続凹部15bに形成されている円筒状突起部15h、15i、15jがそれぞれ、接続部16cの開口部46、47、48に対して気密に塞ぐように圧入される。図7に示すように、接続部16cが嵌合された状態で接続凹部15bの上面部が押さえ蓋17によって塞がれ、さらに固定テープ18や固定用のネジ19によって押さえ蓋17が固定される。スライドベース部材15には、ネジ19の軸部を螺合させるネジ穴15kが形成され、押さえ蓋17には、ネジ19の軸部を挿通させるネジ挿通孔17aが形成されている。この固定状態では、マニピュレータ16側の3つの開口部46、47、48がそれぞれスライドベース部材15側の流体管路15e、15f、15gに対して連通される。つまり、バルーンアクチュエータ40に対して開閉駆動用空圧供給源31が接続され、バルーンアクチュエータ42に対してスナップ駆動用空圧供給源32が接続され、脱着用アクチュエータ44に対して脱着操作用空圧供給源33が接続された状態となり、それぞれの空圧供給源によってバルーンアクチュエータ40、42や脱着用アクチュエータ44における空圧を変化させることができる。図7に示すように、スライドベース部材15上にマニピュレータ16が支持された状態では、シート支持部16aは支持アーム15cの先端部よりも前方に突出し、マニピュレータ16のうちシート支持部16aは、スライドベース部材15に制限されることなく弾性変形することができる。
【0018】
バルーンアクチュエータ40の空圧を変化させたときには、シート支持部16aが図12のように平面状に展開される状態と、シート支持部16aが図11のように筒状に湾曲される収納状態とにマニピュレータ16を変形させることができる。一方、バルーンアクチュエータ42の空圧を変化させたときには、シート支持部16aの基端部が細長アーム部16bに対して図13のように直線状になる状態と、シート支持部16aの基端部が図14のように細長アーム部16bに対して屈曲されたスナップ状態とに変化させることができる。シート支持部16aにおけるこれらの変形量は、バルーンアクチュエータ40、42での空圧の大きさによって任意に調整することができる。
【0019】
内部の流体圧によって曲げ運動を行うバルーンアクチュエータの動作原理は前述の特許文献1に記載されており、ここでは図15を参照してその概要を簡単に説明する。図15のバルーンアクチュエータBAは、可撓性及び伸縮性を備えた2つの膜体L1、L2を有し、膜体L1、L2の間には中空部Sが設けられ、送気吸引手段Vによって中空部Sの内圧を変化させることができる。膜体L1、L2はそれぞれ、中空部Sの内圧変化に応じて伸縮されるが、同じ圧力下では膜体L1の方が膜体L2よりも大きく膨張するように互いの伸び率が異なっている。このように膜体L1、L2の伸び率を異ならせるには、それぞれの膜厚や硬度を異ならせればよい。例えば、図15の例では膜体L2よりも膜体L1の方が厚みが小さく、かつ硬度が低く設定されている。そして、図15のように膜体L1と膜体L2がそれぞれ略平面状となっている状態で中空部Sを加圧すると、同図に2点鎖線で示すように膜体L1と膜体L2がそれぞれ互いに離れる方向に膨張しようとするが、その伸び率の相違から、膨張に応じて膜体L1と膜体L2に働く引っ張り応力F1、F2がF2>F1という関係になる。ここで、膜体L1、L2の一端部ERが固定されているものとすると、上記の引っ張り応力の差違によって、膜体L1、L2の他端部ELを図15中の下方に変位させる方向の屈曲運動が生じる。中空部Sを元の内圧に戻すとこの屈曲が解除され、膜体L1、L2がそれぞれ図15に示す平面状の形態に戻る。
【0020】
本実施形態のバルーンアクチュエータ40、42も、バルーンアクチュエータBAと同様の原理で動作する。開閉制御層41におけるバルーンアクチュエータ40では、図15のバルーンアクチュエータBAでの中空部Sに相当する中空室40aは、シート支持部16aの幅方向へ長く形成されている(図9、図12参照)。そのため、開閉駆動用空圧供給源31によって中空室40aの内圧を変化させると、図11のように、シート支持部16aを、その両側部が持ち上がって互いに接近して正面投影形状が概ね円筒状になるように(すなわち筒状に閉じた形状となるように)湾曲変形させることができる。スナップ制御層43におけるバルーンアクチュエータ42では、図15のバルーンアクチュエータBAでの中空部Sに相当する中空室42aは、前述のように、シート支持部16aの前後方向へ長く形成されている(図9、図13参照)。そのため、スナップ駆動用空圧供給源32によって中空室42aの内圧を変化させると、図14のように、細長アーム部16bに対してシート支持部16aの先端部が上方に持ち上がるように該シート支持部16aの基端部を屈曲変形(スナップ)させることができる。バルーンアクチュエータ40、42のそれぞれにおいて、中空部40a、42aの内圧を元に戻せば、シート支持部16aは図11の筒状収納状態や図14の屈曲状態から、図12や図13に示す平面状の状態に戻る。
【0021】
なお、図15では、2層の膜体L1、L2でひとつのバルーンアクチュエータBAを構成しているが、本実施形態のように複数のバルーンアクチュエータ40、42を積層する場合、各々のバルーンアクチュエータをそれぞれ2層の膜体で構成するのではなく、図16のように構成することで、装置の薄型化が可能になる。すなわち、図16の断面図において、第1の膜体L10の表面には、バルーンアクチュエータ40における中空室40a(及び接続管部40b、空気出入部40c)を形成するための第1の凹部K1が形成され、第2の膜体L20の表面には、バルーンアクチュエータ42における中空室42a(及び接続管部42b、空気出入部42c)を形成するための第2の凹部K2が形成されている。そして、互いの凹部K1、K2が重ならない(連通しない)ようにして第1の膜体L10と第2の膜体L20を貼り合わせる。これにより第2の凹部K2が第1の膜体L10の背面によって塞がれて、中空室42a(及び接続管部42b、空気出入部42c)相当の中空空間が形成される。さらに、この第1の膜体L10と第2の膜体L20の貼り合わせ状態で露出している第1の凹部K1を塞ぐようにして、第3の膜体L3を貼り合わせる。すると、第1の凹部K1が第3の膜体L30の背面によって塞がれて、中空室40a(及び接続管部40b、空気出入部40c)相当の中空空間が形成される。第1ないし第3の膜体L10、L20、L30はそれぞれ、同一の圧力で伸縮するときの引っ張り応力が異なっていて、第1の凹部K1における内圧を変化させたときには図11と図12に示すようなシート支持部16aの開閉(湾曲と展開)動作が生じ、第2の凹部K2における内圧を変化させたときには図13と図14に示すようなシート支持部16aのスナップ(屈曲と伸展)動作が生じる。このように構成すれば、異なる動作を行わせる2つのバルーンアクチュエータ40、42を、3層の膜体によって作ることができる。
【0022】
なお、図16のように、第3の膜体L30に脱着用アクチュエータ44を設けることができる。第3の膜体L30には、第1の膜体L10に対向しない表面側に複数の開口部44aが形成されている。この開口部44aには前述の脱着操作用空圧供給源33によって送気及び吸引を行うことができ、第3の膜体L30の表面上に細胞シート50を載置した状態で陰圧をかけると、細胞シート50がシート支持部16aに吸着保持され、反対に陽圧をかけると、シート支持部16aからの細胞シート50の離脱が促される。
【0023】
以上の構造からなる運搬投与器具10は次のように用いられる。なお、運搬投与器具10は様々な症例の治療に適用可能であるが、ここでは一例として眼球内への網膜色素上皮細胞シートの移植作業を説明する。
【0024】
まず準備段階として、マニピュレータ16のシート支持部16aに細胞シート50(網膜色素上皮細胞シート)を支持させる。この支持作業に際しては、進退用空圧供給源30によって中空部11a内を加圧してスライドベース部材15を装置先端側に押し出し、シート格納パイプ14の先端部からマニピュレータ16のシート支持部16aを突出させておく。さらにバルーンアクチュエータ40によって、図12のようにシート支持部16aを展開させた状態に維持させる。そして、図16に示すように、シート支持部16aにおいて脱着用アクチュエータ44の開口部44aが形成されている側の表面に細胞シート50を載置する。このとき必要に応じて、脱着用アクチュエータ44を用いて細胞シート50を吸着することで脱落を防ぐことができる。
【0025】
シート支持部16aへの細胞シート50の搭載が完了したら、バルーンアクチュエータ40によって図11のようにシート支持部16aを円筒状に閉じさせる。そして、進退用空圧供給源30によって中空部11aに陰圧をかけてスライドベース部材15を格納方向に移動させ、円筒状にされたシート支持部16aを、図10に示すようにシート格納パイプ14内に格納する。これにより細胞シート50がシート格納パイプ14によって保護された状態となる。なお、図11に示すように、シート支持部16aを円筒状に閉じたとき、該シート支持部16aの内側の面に細胞シート50が支持されるようになっている。そのため、スライドベース部材15を進退移動させたときにシート格納パイプ14の内壁に対する細胞シート50の接触や擦れが生じず、細胞シート50の損傷を防ぐことができる。
【0026】
次に、図17及び図18に示すように眼球51内の網膜52下に刺指針53にて生理食塩水を注入し網膜ドーム54を形成させた後、シート格納パイプ14を治療対象の網膜ドーム54内に刺入する。図10ないし図14に示されるように、シート格納パイプ14は刺入を容易にするべく先端部を尖らせて形成されている。シート格納パイプ14の先端部が網膜ドーム54内部に達したところで、進退用空圧供給源30によって中空部11a内を加圧してスライドベース部材15を移動させ、シート支持部16aをシート格納パイプ14の先端から突出させる。そして、シート格納パイプ14への格納状態では図11のように筒状に閉じられていたシート支持部16aを、バルーンアクチュエータ40によって図12のように展開させる。図19は、このシート支持部16aが展開された状態を示している。さらに展開された細胞シート50を移植部位(網膜の剥離部分)に対向させるべく、バルーンアクチュエータ42を用いてシート支持部16aの基端部の屈曲角を変化させる。細胞シート50が移植部位に対向するように角度調整が完了したら、図20に示すように細胞シート50を移植部位に押し当てる。その際の精密な位置合せ、ならびに押し付け圧力は、執刀医によるデバイス全体の操作あるいは進退用空圧供給源30の加圧によるマニピュレータ16の押し出しで行う。すると細胞シート50は、接着タンパクの作用によって移植部位側に接着される。このときシート支持部16aから細胞シート50を確実に離脱させるために、必要に応じて脱着操作用空圧供給源33によって脱着用アクチュエータ44の開口部44aに送気を行ってもよい。細胞シート50の移植が完了したら、図21に示すように、シート支持部16aをシート格納パイプ14に格納した上で、網膜ドーム54からシート格納パイプ14を引き抜く。最後に、図22のように刺指針53にて網膜ドーム54内の生理食塩水を吸引してゆき、移植作業を完了する。
【0027】
以上の運搬投与器具10によれば、細胞シート50を筒状にしてシート格納パイプ14内に格納し、このシート格納パイプ14の刺入によって移植部位まで細胞シート50を運搬するため、細胞シートを展開した状態で運搬する手法に比べて人体への侵襲の度合いを低く抑えることができる。また、細胞シート50がシート格納パイプ14に格納されているため、脆弱な細胞シート50を破損から保護することができる。そして、細胞シート50が移植部位近傍に達した段階では、バルーンアクチュエータ40によって細胞シート50を展開された状態に戻し、なおかつバルーンアクチュエータ42によって、移植部位に対向する位置に細胞シート50の角度が調整されるため、極めて容易かつ確実に目標とする部位に細胞シート50を移植することができる。
【0028】
また、マニピュレータ16は柔軟で生体親和性の高いシリコンゴムからなっているので、細胞シート50の移植に際して展開されたシート支持部16aが体内組織を傷つけたり、化学的なダメージを与えたりするおそれがない。また、シート支持部16aは柔軟に変形することができるため、移植作業の際には、このシート支持部16a上に支持された細胞シート50を移植部位の形状に柔軟に対応させることができ、より高度な治療効果を得ることができる。特に、移植部位が心筋のように動きのある場所である場合には、移植部位の動きに追従してシート支持部16a及び細胞シート50が柔軟に変形できることが好ましい。
【0029】
さらに、マニピュレータ16の動作は、全て空圧(流体圧)を用いて行われるので、安全性やコストの点でも優れた効果が得られる。具体的には、バルーンアクチュエータ40、42によるシート支持部16aの変形運動、スライドベース部材15を用いたマニピュレータ16の進退運動、脱着用アクチュエータ44による細胞シート50の保持と離脱はいずれも、送気吸引源による送気と吸引によって行われている。運搬投与器具10内にモータのような電動駆動手段を備えておらず、製造原価を低く抑えることができコスト面において優れているため器具の使い捨ても可能となる。また、運搬投与器具10に電動駆動手段を内蔵した場合には、漏電による神経系へのダメージを考慮する必要があるが、本実施形態の運搬投与器具10では駆動源が空気であるため、そのような問題が起こらず安全性が高い。
【0030】
以上、図示実施形態に基づいて説明したが、本発明の治療用物質の運搬投与器具は図示実施形態に限定されるものではなく、発明の要点を逸脱しない限りにおいて異なる形態とすることが可能である。例えば、実施形態では運搬投与器具10の各部の駆動源として空気を用いているが、バルーンアクチュエータ40、42や進退移動用アクチュエータ(進退用空圧供給源30、中空部11a)では、空気以外の流体を駆動源として使用することができる。例えば、水、生理食塩水、あるいはシリコンオイルのような非圧縮性液体は空気に比べてほとんど圧縮されないため、これらを用いることにより駆動時における動作レスポンス、ならびに操作性を向上させることができる。
【0031】
また、以上の実施形態では、網膜色素上皮細胞シートの移植用の運搬投与器具を例として説明したが、本発明は網膜下への細胞シートの移植に限らず、様々なシート状あるいはゲル状治療物質の様々な部位への投与(移植)に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明による治療用物質の運搬投与器具の一実施形態を示す、一部を断面とした斜視図である。
【図2】図1から第2の外囲チューブを除いた状態の運搬投与器具を示す、一部を断面とした斜視図である。
【図3】図2から第1の外囲チューブを除いた状態の運搬投与器具を示す、一部を断面とした斜視図である。
【図4】図1ないし図3から各チューブを除いた状態の運搬投与器具を示す、一部を断面とした斜視図である。
【図5】図4からさらにスライドベース部材とマニピュレータを除いた状態の運搬投与器具を示す、一部を断面とした斜視図である。
【図6】運搬投与器具に内蔵されるスライドベース部材とマニピュレータの分解斜視図である。
【図7】スライドベース部材とマニピュレータを組み合わせた状態の斜視図である。
【図8】スライドベース部材内の流体管路を透視して示した斜視図である。
【図9】マニピュレータの分解斜視図である。
【図10】マニピュレータのシート支持部を格納した状態を示す、シート格納パイプ先端付近の拡大斜視図である。
【図11】マニピュレータのシート支持部がシート格納パイプ先端から突出され、かつ円筒状に湾曲された状態を示す拡大斜視図である。
【図12】図11の円筒状の形態に対して、マニピュレータのシート支持部が平板状に開かれた状態を示す拡大斜視図である。
【図13】マニピュレータのシート支持部がシート格納パイプ先端から突出され、かつ細長アーム部と略直線状をなす状態を示す拡大斜視図である。
【図14】図13の直線状の形態に対して、マニピュレータのシート支持部の基端部が屈曲された状態を示す拡大斜視図である。
【図15】バルーンアクチュエータの作動原理を示す断面図である。
【図16】図15に示す作動原理に基づき、本実施形態の運搬投与器具に搭載されるバルーンアクチュエータを構成した断面図である。
【図17】細胞シートの移植に先立って、眼球内に刺指針を刺入した状態を示す図である。
【図18】刺指針によって生理食塩水を注入し、網膜ドームを形成した状態を示す図である。
【図19】網膜シート内にシート格納パイプを刺入し、該シート格納パイプの先端からシート支持部を突出させ展開した状態を示す図である。
【図20】図18の状態からさらにシート支持部の基端部を屈曲させて移植部位に対向させ、細胞シートを移植部位に付着させようとする状態を示す図である。
【図21】細胞シートの移植後にシート格納パイプを引き抜いている状態を示す図である。
【図22】シート格納パイプの引き抜き後、刺指針によって網膜ドーム内の生理食塩水を吸引している状態を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
10 運搬投与器具
11 チューブ支持管
12 進退ガイド軸部
13 グリップ部
14 シート格納パイプ
15 スライドベース部材
16 マニピュレータ
16a シート支持部
17 押さえ蓋
20 Oリング
21 進退駆動用チューブ
22 開閉駆動用チューブ
23 スナップ駆動用チューブ
24 脱着操作用チューブ
25 第1の外囲チューブ
26 第2の外囲チューブ
30 進退用空圧供給源
31 開閉駆動用空圧供給源
32 スナップ駆動用空圧供給源
33 脱着操作用空圧供給源
40 バルーンアクチュエータ
40a 中空室
41 開閉制御層
42 バルーンアクチュエータ
42a 中空室
43 スナップ制御層
44 脱着用アクチュエータ
44a 開口部
45 シート脱着制御層
50 細胞シート
51 眼球
52 網膜
53 刺指針
54 網膜ドーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状の治療用物質を支持する弾性変形可能なシート支持体と、
内部に供給される流体の流体圧の変化によって、上記シート支持体を平面状の展開形状と筒状の収納形状とに変形させる第1の形状制御手段と、
内部に供給される流体の流体圧の変化によって、上記シート支持体の基端部の曲げ角度を変化させる第2の形状制御手と
を備えたことを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。
【請求項2】
請求項1記載の治療用物質の運搬投与器具において、
上記第1の形状制御手段によって筒状の収納形状にされた上記シート支持体を格納可能な管状格納部材と、
この管状格納部材内に格納される位置と、管状格納部材の先端部から突出する位置とに上記シート支持体を進退移動させることが可能な進退移動手段と
を備えていることを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。
【請求項3】
請求項2の治療用物質の運搬投与器具において、上記進退移動手段は、
上記管状格納部材を先端に有する中空筒状のガイド部材と、
上記シート支持体を支持し該ガイド部材内に進退可能に支持されたベース部材と、
上記ガイド部材内の流体圧を変化させて該ガイド部材に対してベース部材を進退移動させる進退移動用流体圧調整手段と
を備えていることを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項記載の治療用物質の運搬投与器具において、上記シート支持体にシート状治療用物質を吸着保持させる陰圧とシート支持体からシート状治療用物質を離脱させる陽圧を選択的に付与可能なシート脱着手段を備えていることを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項記載の治療用物質の運搬投与器具において、上記シート支持体はシリコンゴムからなることを特徴とする治療用物質の運搬投与器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2008−173333(P2008−173333A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−10452(P2007−10452)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第15回日本コンピュータ外科学会大会 第16回コンピュータ支援画像診断学会大会 合同論文集 発行日:平成18年10月27日 発行所:CAS 2006学会大会事務局 CADM2006学会大会事務局
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】