説明

浸窒焼入れ方法

【課題】浸窒焼入れ中に流されるアンモニアガスの流量が不安定になり、ひいては浸窒焼入れ後の鉄鋼品の表面硬度のバラツキが大きくなる。
【解決手段】鉄鋼品の浸窒焼入れ工程の前に、熱処理炉1内のインコネル(登録商標)製ヒータ5やその他の金属材の表面に存在する酸化膜を、アンモニアガスと窒素ガスを2対1の流量比にして熱処理炉1内に導入して還元する還元工程を導入する。その結果、還元工程後に実施される浸窒焼入れ工程で、アンモニアガスの流量を安定にすることができ、浸窒焼入れされた鉄鋼品の表面硬度のバラツキを抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼品の表面を硬化するための浸窒焼入れ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、特許文献1に開示されているように、熱処理炉内で、アンモニアガス、窒素ガスの雰囲気下、鉄又は鉄合金のような鉄鋼製のワーク(本明細書では「鉄鋼品」と略す)の表面に対し窒素を拡散・浸透させ、鉄鋼品の表面を硬化する浸窒焼入れ方法が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−270155号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、浸窒焼入れ方法のスタート時点では、浸窒焼入れ工程中にヒータ材として使用されるインコネル(登録商標)やその他の金属材の表面は酸化膜に覆われている。かかる酸化膜があると、当該酸化膜が鉄鋼品の浸窒焼入れ工程において鉄鋼品に対し還元剤として作用し、その結果、浸窒焼き入れに不可欠なアンモニアガスの分解に大きな影響を与える。この影響によって、熱処理炉内のアンモニア濃度を不安定にし、ひいては、浸窒焼入れされる鉄鋼品の表面硬度にバラツキ(ロット内、ロット間双方を含む。以下同様。)をもたらす。
【0005】
そこで、本発明は、浸窒焼入れ工程の直前に、熱処理炉内のアンモニア濃度を安定するための新たな工程を導入して、鉄鋼品に浸窒焼入れ後の鉄鋼品の表面硬度のバラツキを防止する浸窒焼入れ方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(発明の態様)
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、請求可能発明と称する)の態様を例示し、例示された各態様について説明する。ここでは、各態様を、特許請求の範囲と同様に、項に区分すると共に各項に番号を付し、必要に応じて他の項の記載を引用する形式で記載する。これは、請求可能発明の理解を容易にするためであり、請求可能発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載、実施形態の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得る。
以下の各項において、(1)〜(3)項の各々が、請求項1〜3の各々に相当する。
【0007】
(1)鉄鋼品の浸窒焼入れ工程前に、熱処理炉内の金属材の表面に存在する酸化膜を還元する還元工程を有することを特徴とする浸窒焼入れ方法。
【0008】
「鉄鋼品」は、鉄、鉄合金のワーク品若しくはバルク品であって、例えば、自動車部品、ベアリングホルダ、クラッチプレート、プレス加工部品その他の鉄鋼製部品用であり、当該用途から高い表面硬度が要求されているものを対象とする。
【0009】
「浸窒焼入れ」は、鉄−窒素系状態図のオーステナイト領域で、所定温度下、鉄鋼品に窒素を所定時間、拡散・浸透させ、その後、油中に浸漬し急冷して、硬い窒素マルテンサイト組織の層を鉄鋼品の表層の10〜20μm程度の深さに形成することを特徴とする鉄鋼品の表面を硬化する方法である。
【0010】
「熱処理炉」は、熱処理前及び熱処理中にエアシール状に大気と熱処理炉の内部空間とをエアーシール状態に遮断することが可能な真空チャンバを備え、かつ、この真空チャンバ内に熱処理品(本明細書では鉄鋼品)を加熱できるヒータを備えている。係るヒータは、外部から電流が供給できるニクロム線等を内部に埋設させた耐熱金属製であることが望ましく、一般に熱処理炉ではニッケル基の超合金であるインコネル(登録商標)が使用される。よって、本願明細書では、ヒータ材をインコネル(登録商標)製として説明する。
【0011】
上記のヒータによる加熱温度は、熱処理炉の内部の数箇所に取り付けられた熱電対によって随時熱処理炉内の各箇所の温度が測定され、熱処理炉内の各箇所の温度をシーケンサ等の制御手段にフィードバックしながら、シーケンサ等の制御手段によって所定の温度パターンで制御されることが好ましい。
【0012】
真空チャンバは、浸窒焼入れされる鉄鋼品が搬入・搬出時に開閉可能な、例えば空圧シリンダ等の駆動手段で駆動されるシャッター機構を備えた真空ドアを備えることが好ましい。また、真空チャンバの適切な箇所にパイプ状の導管を配置し、その導管に逆止弁を設け、この逆止弁を介して真空チャンバと真空ポンプとがエアーシールされ接続されていることが好ましい。
【0013】
真空ポンプは、アンモニアガスや窒素ガスの導入前(ガス置換前)、一度、熱処理炉の内部を真空ポンプで真空引きし、熱処理炉内を一定の真空度の内部雰囲気にしたり、ヒータ表面が還元されたときに発生する酸素ガスを外部へ排出したり、或いは一定の比率のアンモニアガスと窒素ガスのガス濃度が維持されるように、真空チャンバ内の雰囲気を適宜安定化する等のために使用される。
【0014】
真空チャンバに逆止弁を介して連結され、かつ、真空雰囲気のまま開閉可能な真空ドアで仕切られた内部空間を持つ予備チャンバを、真空チャンバに隣接して設けるようにし、後述の還元工程の前に鉄鋼品を係る予備チャンバに入れておくことが好ましい。予備チャンバ内も真空ポンプで真空雰囲気にすることができ、真空引きが完了し、かつ、還元工程が完了したら、真空ドアを開けて、熱処理炉内に鉄鋼品を搬送、配置することができる。このようにすると、鉄鋼品の熱処理炉内の搬送、配置中に、大気、特に酸素や湿気が真空チャンバ内に侵入することを防止することができ、鉄鋼品の熱処理炉への搬送、配置時に、還元工程で表面の酸化膜が除去されたインコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材の表面状態を維持することができる。予備チャンバで浸窒焼入れ前に鉄鋼品を一定の温度にプレヒートしておくようにしてもよい。熱処理する際に鉄鋼品に急に高温が作用するときのヒートショックを未然に防止するためである。
【0015】
還元工程で、真空ポンプで真空引きが完了した後、鉄鋼品を搬送、配置せずに、熱処理炉内に、一定量の窒素ガスとアンモニアガスとを一定の比率、好ましくは両ガスの濃度の比率が好適には1:2となるように一定時間流すことで、真空雰囲気を窒素ガスとアンモニアガスの混合ガスとガス置換しつつ、真空チャンバ内を一定温度に保持して、ヒータ材、すなわちインコネル(登録商標)の表面の酸化層を除去する。この還元工程では、インコネル(登録商標)の表面以外の金属材、例えば真空チャンバの内壁やその他の部品が酸化している場合は、これらの箇所も同時に還元できる。
【0016】
本項によれば、鉄鋼品の浸窒焼入れ前に、熱処理炉内に所定比率のアンモニアガスと窒素ガスを導入し、一定時間、熱処理炉内を還元雰囲気に保持し、熱処理炉内の各箇所の表面を還元させることができる。その結果、インコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材料の表面に存在する酸化膜を浸窒焼入れ前に予め除去でき、熱処理炉内でのアンモニア分解反応が一定となるため、鉄鋼品の浸窒焼入れの際に表層に拡散・浸透させるための残留アンモニア濃度が安定し、最終的に、浸窒焼入れされた鉄鋼品の表面硬さのバラツキを小さく抑制することができる。
【0017】
換言すると、本項によれば、鉄鋼品の浸窒焼入れ前に、熱処理炉に一般に使用されるインコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材の表面状態を十分還元して酸化膜を取り除き、その直後に、浸窒焼入れを開始することができる。このようにする結果、鉄鋼品に浸窒焼入れするときには、インコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材に酸化膜が存在しないため、酸素膜による酸素と反応してしまうことがなくなり、アンモニアガス(アンモニア濃度)がハンチングを起こさず、熱処理炉内においてアンモニアガスの分解反応にバラツキが生じることが抑制される。
この結果、アンモニア濃度を一定にすることができ、熱処理炉内に導入する窒素濃度との比、即ち、窒素濃度:アンモニア濃度=1:2(ストイキ比)を一定に保持でき、浸窒焼入れのバラツキを抑制することができる。
【0018】
(2)前記浸窒焼入れ工程は、前記還元工程にて前記熱処理内のアンモニア濃度が所定値まで低下した後、実行されることを特徴とする浸窒焼入れ方法。
本項は、浸窒焼入れ工程の開始のタイミングを例示する。
(3)前記還元工程は、アンモニアガスと窒素ガスを一定の比率で前記熱処理炉内に導入した後、前記熱処理炉内の温度を前記浸窒焼入れ工程時に保持される所定温度と略同一に設定することにより、前記熱処理炉内を還元することを特徴とする(1)又は(2)に記載の浸窒焼入れ方法。
【0019】
「所定温度」は、後工程の浸窒焼入れ工程で保持される温度と同程度であることが好ましく、例えば、760〜810℃であることが好ましい。後工程の浸窒焼入れ工程で保持される温度と異なると、浸窒焼入れ工程にて真空度が変化するため好ましくいからである。また「所定温度」は、1000℃であることが好ましい。1000℃を超えるとインコネル(登録商標)の結晶粒が粗大化するため好ましくないからである。
【0020】
(4)前記還元工程は、インコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材の表面に存在する酸化膜を、鉄鋼品の浸窒焼入れ前に除去することを特徴とする(3)項に記載の浸窒焼入れ方法。
本項は、当該還元工程を作用的な記載によって特定するものである。
【0021】
(5)真空チャンバとインコネル(登録商標)製のヒータを含む熱処理炉で鉄鋼品に浸窒焼入れを行う方法であって、前記真空チャンバ内を真空状態にする真空引き工程と、該真空引き工程で形成された真空雰囲気をアンモニアガスと窒素ガスでガス置換するために、アンモニアガスと窒素ガスを一定比率で導入するガス導入工程と、ヒータにより所定温度に加熱して、該ガス導入工程で導入されたアンモニアガスと窒素ガスによって真空チャンバ内のインコネル(登録商標)製のヒータ及びその他の金属材の表面を還元する還元工程と、該還元工程が完了後、鉄鋼品を熱処理炉の真空チャンバ内に搬入する鉄鋼品搬入工程と、前記アンモニアガスと窒素ガスの混合ガスの雰囲気下で所定温度で前記鉄鋼品に浸窒焼入れを行う浸窒焼入れ工程と、該浸窒焼入れ工程が完了した前記鉄鋼品を搬出する鉄鋼品搬出工程と、搬出された前記浸窒焼入れが完了した前記鉄鋼品を油に浸漬して冷却する冷却工程と、を含むことを特徴とする鉄鋼品の浸窒焼入れ方法。
【0022】
本項は、鉄鋼品の浸窒焼入れ方法を以下に説明する実施形態に対応して全主要工程を規定したものである。本項の説明は以下の実施形態の欄で説明する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、浸窒焼入れされる鉄鋼品の表面硬度のバラツキを防止することができる鉄鋼品の浸窒焼入れ方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本実施形態で用いられる熱処理炉の概略断面図である。
【図2】図2は、浸窒焼入れ工程における、横軸を浸窒焼入れの処理時間(min)に、縦軸をアンモニア流量(m/hr)にして、処理時間に沿ってアンモニア流量を測定器によってプロットし描いたグラフである。実施例を点状模様のプロットのグラフで示し、比較例を黒四角のプロットのグラフで示す。
【図3】図3は、浸窒焼入れ工程、鉄鋼品搬出工程、冷却工程が完了した後に、浸窒焼入れされた鉄鋼品の、浸窒焼入れされた深さに相当するマルテンサイト層の深さを測定し、統計学上のバラツキを示す指標である3σについて計算を行い、縦軸に浸窒焼入れの深さ(mm)をとった棒グラフである。右に実施例の計算結果を、左に比較例の計算結果をプロットした棒グラフで示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本願発明に係る好適実施形態を、添付図面を参照しながら説明するが、以下に記載される装置及びその各構成要素、各部品、各箇所、各材料は、本願発明の実施形態の一例であり、これに限られるものではない。また、図中、同一の符号を付した部分は同一物、同一部材を表し、装置や部材の各寸法、各比率は実際のものを反映したものではなく、概略的に示したものである。
【0026】
以下、本発明に係る本実施形態について、図1を参照して説明する。
図1は、本実施形態で用いる熱処理炉1の概略的な断面図である。
図1に示されるように、熱処理炉1は、真空チャンバ2、基台3、鉄鋼品配置室4、ヒータ5、ガス用導管6、鉄鋼品配置用ステージ7、真空引き用導管8、真空ポンプ9及びガスフロー制御手段10を含む。
【0027】
真空チャンバ2は、所定の板厚のステンス鋼製で略円筒形状であり、真空ドア(不図示。以下同様)を備えている。真空チャンバ2のサイズは、例えばバッチ式では、内径1400〜1600mm、高さ1800〜2300mmである。なお、この大きさはバッチ作業するオペレータの操作性の便宜や熱処理炉のアセンブリ、補修、点検作業の便宜等に適度なサイズであるが、処理すべき鉄鋼品の量次第ではこれに限られない。
【0028】
真空チャンバ2の真空ドアから、浸窒処理されるべき鉄鋼品(不図示。以下同様)が搬入・搬出される。真空ドアはOリング付きの空圧シリンダで開閉可能なシャッター構造にする。そして、鉄鋼品用の準備チャンバ(不図示。以下同様)を、真空チャンバ2とエアシール状態で接続して設けるようにする。かかる準備チャンバを設けておくことにより、浸窒処理されるべき鉄鋼品を、後述する還元工程中に、真空状態に保持された準備チャンバ内に配置し、還元工程完了後にシャッター構造の真空ドアを開け、鉄鋼品配置室4の鉄鋼品配置用ステージ7に鉄鋼品を搬入する際に、一度還元状態にした真空チャンバ2内に酸素が侵入しまた酸化層を作るようなことがなく好ましい。準備チャンバにも必要に応じてヒータを設け、ある一定温度で鉄鋼品を予備加熱しておく。鉄鋼品配置室4の鉄鋼品配置用ステージ7に鉄鋼品が搬入された後は、真空ドアを閉める。
【0029】
基台3は、耐熱煉瓦、耐熱繊維体等で作製されており、鉄鋼品配置室4の土台として、真空チャンバ2の内部底面に敷き詰められている。なお適宜、基台3の材料となる耐熱煉瓦、耐熱繊維体等を以下に説明する鉄鋼品配置室4の側壁や上壁にも、保熱や、真空チャンバ壁の熱による金属疲労を防ぐため等のために施工するようにしてもよい。
基台3は、図1の点線で示されるように升状の形状とすることが好ましい。
【0030】
鉄鋼品配置室4は、基台3上に配置されており、真空チャンバ2の略中央に配置されることが好ましい。係る位置に配置されると鉄鋼品配置室4の内部の温度分布が均一となりやすいからである。鉄鋼品配置室4には鉄鋼品配置用ステージ7が設けられている。処理すべき鉄鋼品は、そのまま鉄鋼品配置用ステージ7上に直に配置されるか若しくは坩堝・箱体等の耐熱セラミックス製の容器に収納されて、鉄鋼品配置室4内に設置される。
【0031】
ヒータ5は、前述の通り、インコネル(登録商標)製の棒状の金属体を用いることが好ましい。そして、ヒータ5は、鉄鋼品配置室4を均一に加温するように鉄鋼品配置室4の周囲に複数本かつ鉛直方向及び水平方向に設けるようにすることが好ましい。ヒータ5は、真空チャンバ2が上記の径1400〜1600mm、高さ1800〜2300mmのようなサイズであれば、例えば、真空チャンバ2内において、垂直方向に径が200mm程度、長さが1300mm程度のインコネル(登録商標)製のものを10〜18本、水平方向に径が200mm程度、長さが600〜700mm程度のインコネル(登録商標)製のものを4本設置する。このようにインコネル(登録商標)製のヒータ5を数本設置するのは鉄鋼品に対する熱の均一化を図るためであるが、多数のヒータ5を設置しているため、これらのヒータ5の表面に当初存在する酸化層を事前に還元する還元工程が重要となる。なお、ヒータ5の上記の好適な本数は、熱処理炉1の真空チャンバ2の大きさや鉄鋼品の処理量等によって当業者によって適宜変更可能である。
【0032】
インコネル(登録商標)は、スペシャルメタルズ社の商品名であり、ニッケルをベースとし、鉄、クロム、ニオブ、モリブデン等の合金元素量の差異によってインコネル600、インコネル625、インコネル718、インコネルX750等様々なものに分けられている。インコネルは耐熱性、耐蝕性、耐酸化性、耐クリープ性等を有し高温特性に優れているため、当該浸窒やその他の浸炭、浸窒・浸炭等の熱による金属表面層の硬化処理を施す熱処理炉のヒータに好適な金属材料である。
【0033】
また、ヒータ5は、外部電源(不図示)から電流が供給されることで加熱される。特に、熱処理炉1は、ヒータ5を加熱することにより昇温され、その後、所定時間、所定温度を保持し、加温停止するといったような温度パターン制御を行うため、ヒータ5の輻射熱を絶えず熱電対(不図示)で測定して、各部の温度をフィードバックできるシーケンサ制御手段(不図示)を備え、ヒータ5に供給される電流を制御できるようにすることが好ましい。
【0034】
ガス用導管6は、真空チャンバ2の壁の所定箇所(図1では上部)を貫通するように真空溶接でエアシール状態に設けられたステンレス製の円筒管である。ガス用導管6を介して、後述する還元工程で真空チャンバ2の内部にアンモニアガス、窒素ガスが導入される。アンモニアガス、窒素ガスは一定比率で導入する必要があるため、ガスフロー制御手段10をガス用導管6とアンモニアガス用タンク(不図示)、窒素ガス用タンク(不図示)との間に配置することが好ましい。また、アンモニアガス、窒素ガスの逆流を防ぐため、ガス用導管6とアンモニアガス用タンク(不図示)、窒素ガス用タンク(不図示)との間、又はさらに好適にはガス用導管6とガスフロー制御手段10との間に逆止弁(不図示)を設けるようにすることが好ましい。
【0035】
鉄鋼品配置用ステージ7は、前述したので説明を省略する。
真空引き用導管8は、真空チャンバ2の壁の所定箇所(図1では左下箇所)を貫通して真空溶接によってエアーシール状態で取り付けられたステンレス製の円筒管である。真空引き用導管8は、逆止弁11を介して真空ポンプ9に接続されている。
【0036】
真空ポンプ9は、一般にロータリポンプを用いる。かかる熱処理炉1においては蒸着やイオンプレーティングのように、内部雰囲気の真空度が要求されないため、ロータリポンプで十分である。ただし、ロータリポンプにはオイルフィルタ(不図示)は備えるようにする。
【0037】
真空ポンプ9は、後述する還元工程で、アンモニアガス、窒素ガスを真空チャンバ2の内部に導入する前に動作させて、真空チャンバ2の内部を真空引きする。特に、酸素、湿気をポンプ引きし、好適な還元処理及び浸窒処理が行われる準備をするためである。当該真空引き完了後、信号線12を介してガスフロー制御手段10に、アンモニアガス、窒素ガスを真空チャンバ2の内部に導入する命令を出力することが好ましい。
【0038】
以上の構成により成る熱処理炉1を用いて、本実施形態による鉄鋼品に対する浸窒焼入れに係る製造プロセスを以下説明する。
当該製造プロセスは、真空引き工程、ガス導入工程、還元工程、鉄鋼品搬入工程、浸窒焼入れ工程、鉄鋼品搬出工程および冷却工程を含む。
【0039】
<真空引き工程>
真空引き工程は、真空チャンバ2の真空ドア(不図示)をエアーシールし、外部の大気と真空チャンバ2の内部とを遮断した状態で、真空ポンプ9を動作させ、真空チャンバ2の内部雰囲気を真空度65Pa以下の真空状態とする工程である。真空度が65Paより大きいと炉内を酸化させるため好ましくない。
<ガス導入工程>
ガス導入工程は、上記の真空引き工程で形成された真空状態の真空チャンバ2の内部に、アンモニアガスと窒素ガスを導入し、真空雰囲気をアンモニアガスと窒素ガスとの混合ガスへとガス置換する工程である。アンモニアガスと窒素ガスの流量比率は、アンモニアガスの分解反応式に基づくストイキ比から2対1とすることが好ましい。そのためにはガスフロー制御手段10でかかる流量比率になるように制御する。
【0040】
<還元工程>
還元工程は、熱処理炉1の内部の表面、特にインコネル(登録商標)製のヒータ5の、表面の酸化膜を除去する工程である。そのために、上記の流量比率で規定されたアンモニアガスと窒素ガスの還元ガス雰囲気で、ヒータ5に電流を供給しかつヒータ5の加熱温度を制御しながら、例えば760〜810℃の高温で、熱処理炉1内のヒータ等の表面が十分還元されるまで保持される。十分還元するための保持時間は、炉内の残留アンモニア濃度が所定の値になるまでの時間とすることができる。本実施形態では、残留アンモニア濃度が0.14vol%になるまで、例えば90〜160min保持するようにする。760〜810℃の高温とするのは、後工程の浸窒焼入れ工程で保持される温度と同程度にするためである。後工程の浸窒焼入れ工程で保持される温度と異なると、浸窒焼入れ工程にて真空度が変化するため好ましくないからである。また90〜160min保持するのは、90minより短いと還元が不十分のため好ましくなく、一方160minより長いと、反応速度が低下して効果が小さくなるため好ましくないからである。
【0041】
上記の温度制御も、熱処理炉1の真空チャンバ2の内部に設置した熱電対(不図示)で熱処理炉1の内部温度を測定し、測定した内部温度を温度制御手段(不図示)を備えたシーケンサ(不図示)のような制御手段にフィードバックしながら、熱処理炉1の内部温度を一定温度で一定時間保持することが好ましい。
【0042】
この還元工程を導入することによって、以下の理由から従来の課題を解決することができる。
まず、アンモニアガス、窒素ガスを用いた、浸窒焼入れをすべき鉄鋼品の表面への窒素の拡散・浸透のし易さを示す窒化ポテンシャルP(N)は、
P(N)=P(NH)/{P(H3/2}・・・式(1)
と表すことができる。
【0043】
理想的な浸窒焼入れでは、式(1)を満たすように、アンモニアガスと窒素ガスを流すことが好ましい。
そして、より具体的には、アンモニア(NH)と窒素(N)のガスの流量比を2対1(ストイキ比)にし、アンモニアガス濃度で窒化ポテンシャルP(N)を管理する。この流量比は、
NH(アンモニア)→1/2N(窒素)+3/2H(水素)・・・式(2)
と分解することから導かれる。
【0044】
一方、未分解の残留アンモニアガス(NH)は、ガスフロー制御手段10にフィードバックし、ガスフロー制御手段10で、ガス流量比を2対1になるように調整しながら再利用する。すなわち、フィードバックされた残留アンモニアガス(NH)は、再度流すアンモニアガス、窒素ガスの流量を増減し、アンモニアガス濃度を一定にする。
【0045】
しかし、従来、このような理想通りの処理が行われなかったのが実情である。これは、アンモニアガスの流量のハンチングが大きいためアンモニアガス濃度を一定にすることができないためである。そのため、導入されるアンモニアガスの流量の増減が大きくなり、熱処理炉1の内部のアンモニアガス濃度のバラツキが大きくなり、かかる状態の下では、浸窒焼入れされた鉄鋼品の表面硬さのバラツキが大きくなる。
【0046】
そこで、本発明では、熱処理炉1の内部のうち、特に、多数のヒータ5の材料となっているインコネル(登録商標)の酸化膜が還元剤として働き、インコネル(登録商標)の表面の酸化膜の発生状況がアンモニアガスの分解に大きな影響が与えることに着眼し、浸窒焼入れ工程の直前に、インコネル(登録商標)の表面の酸化膜を除去する還元工程を導入する。
これにより、熱処理炉1の内部、すなわち、真空チャンバ2内の、アンモニア(アンモニアガス)の分解反応のバラツキが抑制され、アンモニア(アンモニアガス)濃度を一定にすることができ、後工程の浸窒焼入れを好適に実施でき、浸窒焼入れされた鉄鋼品の表面硬度のバラツキが安定する。
【0047】
<鉄鋼品搬入工程・浸窒焼入れ工程>
上記の還元工程の完了後、浸窒焼入れすべき鉄鋼品を熱処理炉1内の鉄鋼品配置室4の鉄鋼品配置用ステージ7に配置する。このとき、浸窒焼入れすべき鉄鋼品は、前述したように真空雰囲気の準備チャンバ(不図示)から搬出され、熱処理炉1内の鉄鋼品配置室4内に搬入されるようにすることが好ましい。
そして、ヒータ5に供給される電流を調整して、鉄鋼品配置室4内の温度を、好適には760〜810℃になるように加熱して、かつ、アンモニアガスと窒素ガスの流量比を、好適には2対1になるように、所定時間保持して、鉄鋼品に浸窒焼入れを施す。
【0048】
鉄鋼品配置室4内の温度は760℃未満では鉄鋼品の温度がオーステナイト領域まで上昇しないため好ましくなく、一方810℃より高いと鉄鋼品の表面付近にボイドが発生するため好ましくないからである。
アンモニアガスと窒素ガスの流量比を、好適には2対1とするのは、前述の式(2)から導かれるストイキ比からである。
【0049】
なお、保持時間は、浸窒焼入れすべき鉄鋼品の嵩、或いは、熱処理炉1の内容積(真空チャンバ2の内容積)、鉄鋼品配置室4により適宜調整される。
【0050】
この浸窒焼入れ工程によれば、従来は、ヒータ5の材料のインコネル(登録商標)が酸化して酸化膜を表面に有していたために、アンモニアガスの流量がハンチングし、浸窒焼入れのバラツキが大きかった。しかし、前述したように還元工程を本実施形態で浸窒焼入れ工程の直前に導入した結果、係る不具合を解決し、鉄鋼品の表面硬化層の深さ、即ち鉄鋼品の表面硬度のバラツキが抑制された好適な浸窒焼入れを達成することが可能となる。
【0051】
<鉄鋼品搬出工程、冷却工程>
上記の浸窒焼入れ工程完了後の、冷却工程において、ヒータ5への電流の供給を停止し、鉄鋼品搬出工程において、真空チャンバ7の真空ドア(不図示)を開き、浸窒焼入れされた鉄鋼品を搬出する。その後、冷却工程において、浸窒焼入れされた鉄鋼品を網かご等に入れながら油中に浸漬して急冷・硬化し、油中から引き上げ、油分を適宜脱脂除去して浸窒焼入れされて表面硬度が均一に高められた鉄鋼品を得る。
【0052】
以上より、本実施形態によれば、浸窒焼入れ工程前に熱処理炉内、特にヒータ材であるインコネル(登録商標)の表面が還元される結果、浸窒焼入れ中に流されるアンモニアガスの流量が安定し、浸窒焼入れされる鉄鋼品の表面硬度のバラツキを防止することができる。
【0053】
以下、本発明に対応する実施例と、従来技術に略対応する比較例の処理条件を示す。また、図2に、処理時間(min)に対するアンモニア流量(m/hr)のグラフを示すことによって、アンモニア流量(m/hr)の安定度に関する比較例に対する実施例の有意差を示す。そして、図3に浸窒焼入れによる表面の硬化層のバラツキに関する比較例に対する実施例の有意差を示す。
【0054】
[実施例と比較例の還元工程の処理条件(実施例と比較例で共通条件)]
・鉄鋼品:SCM20材の外径30、内径20の寸法の円筒状の鉄鋼品。
・熱処理炉:径1456mm×高さ2080mm(略円筒形状)
・ヒータ:径210mm×長さ1300mmのインコネル(登録商標)製のものを14本、鉄鋼品処理室4の周囲かつ鉛直方向に平均的に配置し、かつ、径210mm×長さ650mmのインコネル(登録商標)製のものを4本、鉄鋼品処理室4の周囲かつ水平方向に平均的に配置。
・浸窒焼入れ時の保持温度:800℃
・導入ガス流量:アンモニアガス(NHガス)の流量;1.2m/hr、窒素ガス(Nガス)の流量;0.6m/hr
【0055】
[実施例と比較例の還元工程の保持時間(実施例と比較例で異なる条件)]
・実施例:100min
・比較例:15min
【0056】
<アンモニア流量(m/hr)の安定度の評価>
図2は、浸窒焼入れ工程における、横軸を浸窒焼入れの処理時間(min)に、縦軸をアンモニア流量(m/hr)にして描いたグラフであり、実施例を点状模様のプロットの折れ線グラフで示し、比較例を黒四角のプロットの折れ線グラフで示した。
【0057】
図2に示したグラフから分かるように、還元工程の時間が100minと長い実施例の方が同時間が15minと短い比較例よりも、経過時間に沿って観察するとプロットの上下方向の揺れ幅が小さく、実施例の方が比較例よりもアンモニア流量(m/hr)が安定していることが分かる。
【0058】
<浸窒焼入れによる表面の硬化層のバラツキの評価>
図3では、浸窒焼入れ工程、鉄鋼品搬出工程、冷却工程が完了した後に、浸窒焼入れされた鉄鋼品を樹脂埋めし、表面から深さ方向に向かう断面を金属顕微鏡で撮影し、写真像から浸窒焼入れされた深さに相当するマルテンサイト層の深さを測定し、さらに、統計学上、バラツキを示す一つの指標、3σについて計算を行い、縦軸に浸窒焼入れの深さ(mm)をとりつつ、右に還元工程の時間が100minと長い実施例の統計的な計算結果を、左に還元工程の時間が15minと短い比較例の統計的な計算結果をプロットした。
【0059】
図3に示したグラフから分かるように、還元工程の時間が100minと長い実施例の方が同時間が15minと短い比較例よりも、3σの長さが短く、実施例の方が比較例よりも浸窒焼入れされた層のバラツキが少ないことが分かった。
【0060】
<総合評価>
本発明に対応する条件の実施例の方が、従来技術に近い条件の比較例よりも、浸窒焼入れ中のアンモニアガス流量(m/hr)が安定しており、かつ、浸窒焼入れ後の表面硬化された層の深さのバラツキが少なくなった。これは、実施例が比較例よりも浸窒焼入れ工程の直前に導入した還元工程の時間をより長く、即ち実施例は100minに還元工程の時間を設定したのに対して比較例は15minに同時間を設定したためと判断される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼品の浸窒焼入れ工程前に、熱処理炉内の金属材の表面に存在する酸化膜を還元する還元工程を有することを特徴とする浸窒焼入れ方法。
【請求項2】
前記浸窒焼入れ工程は、前記還元工程にて前記熱処理内のアンモニア濃度が所定値まで低下した後、実行されることを特徴とする浸窒焼入れ方法。
【請求項3】
前記還元工程は、アンモニアガスと窒素ガスを一定の比率で前記熱処理炉内に導入した後、前記熱処理炉内の温度を前記浸窒焼入れ工程時に保持される所定温度と略同一に設定することにより、前記熱処理炉内を還元することを特徴とする請求項1又は2に記載の浸窒焼入れ方法。

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−7065(P2013−7065A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−138350(P2011−138350)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】