説明

液体噴射ヘッドの製造方法

【課題】圧力発生素子の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去しても、良好なヒステリシス特性を確保できる液体噴射ヘッドの製造方法を提供する。
【解決手段】液体噴射ヘッドの製造方法は、圧力発生素子の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去する表面除去処理工程と、圧力発生素子上に配線を形成する配線工程と、を有し、表面除去処理工程におけるマグネトロン印加電流を、圧力発生素子の表面除去量と表面除去に伴うヒステリシス特性の変化量に基づいて設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体を噴射する液体噴射ヘッドには、ノズル開口に連通する圧力発生室が設けられた流路形成基板の一方面側に圧電素子を設け、圧電素子の変位によって圧力発生室内の圧力変動を行わせてインク滴をノズル開口から吐出するインクジェット式記録ヘッドが知られている。
【0003】
インクジェット式記録ヘッドとして、流路形成基板の圧電素子側に保護基板を接合し、保護基板上に設けられた駆動回路の各端子と、各圧電素子とをワイヤーボンディングによってボンディングワイヤーで電気的に接続し、駆動回路からの駆動信号をボンディングワイヤーを介して圧電素子に供給するようにしたものが提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0004】
また、インクジェット式記録ヘッドとして、複数の圧電素子に駆動信号を供給するCOF基板を接続したものが提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−053079号公報
【特許文献2】特開2007−301736号公報
【特許文献3】特開2008−023799号公報
【特許文献4】特開2006−281477号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した記録ヘッドを製造する場合には、流路形成基板上に圧力発生素子を形成し、更に圧力発生素子上に金属配線を形成している。
圧力発生素子と金属配線との良好な接合を確保するためには、圧力発生素子の表面に付着したカーボンや酸化膜等の汚染物質を除去する必要がある。このため、金属配線の形成に先立って、逆スパッタなどと呼ばれるマグネトロンドライエッチング処理により圧力発生素子上の汚染物質を除去する処理が行われている。
【0007】
ところが、圧力発生素子の表面を削り取り過ぎると、流路形成基板上に形成される複数の圧力発生素子のヒステリシス特性がばらついてしまうことを、発明者らは発見した。特に、流路形成基板用ウエハのうち、中央部分に配置された記録ヘッド(チップ)における複数の圧力発生素子間のヒステリシス特性がばらついてしまうことを、発明者らは発見した。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑み、圧力発生素子の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去しても、良好なヒステリシス特性を確保できる液体噴射ヘッドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
本発明に係る液体噴射ヘッドの製造方法は、流路形成基板上に設けられた圧力発生素子の駆動によって前記流路形成基板内の液体を噴射させる液体噴射ヘッドの製造方法であって、前記圧力発生素子の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去する表面除去処理工程と、前記圧力発生素子上に配線を形成する配線工程と、
を有し、前記表面除去処理工程におけるマグネトロン印加電流を、前記圧力発生素子の表面除去量と表面除去に伴うヒステリシス特性の変化量に基づいて設定することを特徴とする。
【0010】
前記ヒステリシス特性の変化量は、同一の流路形成基板に設けられる複数の圧力発生素子におけるヒステリシス特性のばらつきであることを特徴とする。
【0011】
前記流路形成基板が複数形成される流路形成基板用ウエハに対する前記マグネトロンの配置位置に応じて印加電流を設定することを特徴とする。
【0012】
前記流路形成基板用ウエハの中心部に対向する中心電磁石と外周部に対向する外周電磁石への印加電流比を設定することを特徴とする。
【0013】
前記中心電磁石への印加電流をIAとし、前記外周電磁石への印加電流をIBとしたとき、次の条件式1を満足することを特徴とする。
【数1】

【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態に係るインクジェット式記録装置Aの概略構成を示した斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係る記録ヘッド1の構成を示す分解斜視図である。
【図3】本発明の実施形態に係る記録ヘッド1の構成を示す平面図及び断面図である。
【図4】本発明の実施形態に係る記録ヘッド1の製造工程を説明する図である。
【図5】図4に続く製造工程を示す図である。
【図6】図5に続く製造工程を示す図である。
【図7】図6に続く製造工程を示す図である。
【図8】流路形成基板用ウエハ110に形成される複数の流路形成基板10(記録ヘッドチップ)を示す図である。
【図9】逆スパッタ処理装置の概略構成を示す図である。
【図10】流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示す図である。
【図11】流路形成基板用ウエハ110に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示す図である。
【図12】流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線の変化量(ばらつき)と逆スパッタ処理による表面除去量との関係を示す図である。
【図13】圧電素子300の耐久試験(変位低下率)の結果を示す図である。
【図14】圧電素子300への駆動波形(印加電圧)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態に係る記録ヘッド1の製造方法について図面を参照して説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更している。
【0016】
[インクジェット式記録装置A]
図1は、本実施形態に係るインクジェット式記録装置Aの概略構成を示した斜視図である。
インクジェット式記録装置(液体噴射装置)Aは、インクを噴射する記録ヘッド1、記録ヘッド1を搭載するキャリッジ2及びインクが着弾する記録紙Sを支持するプラテン3等を備えている。
キャリッジ2は、キャリッジモータ4により駆動されるタイミングベルト5を介して、キャリッジ軸6に案内されて往復移動するように構成されている。
プラテン3は、記録媒体である記録紙Sをその裏面から支持して、記録ヘッド1に対する記録紙Sの位置を規定する。
【0017】
記録ヘッド1は、キャリッジ2の記録紙Sに対向する面側に搭載される。そして、キャリッジ2には、記録ヘッド1にインクを供給する複数のインクカートリッジ7が着脱可能に装着されている。
【0018】
[記録ヘッド1]
図2は、本発明の実施形態に係る記録ヘッド1を示す分解斜視図である。
図3は、本発明の実施形態に係る記録ヘッド1を示す平面図及び断面図である。
【0019】
流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0020】
流路形成基板10には、他方面側から異方性エッチングすることにより、複数の壁部11によって区画された圧力発生室12がその幅方向(短手方向)に並設された列が、圧力発生室12の長手方向に2列設けられている。
また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向一端部側には、圧力発生室12と共にノズル開口毎に個別流路を構成するインク供給路14と連通路13とが壁部11によって区画されている。インク供給路14及び連通路13は、圧力発生室12の各列において、圧力発生室12の2つの列の外側に配置されている。
【0021】
インク供給路14は、マニホールド100と圧力発生室12との間でインクに流路抵抗を生じさせるものであり、圧力発生室12の長手方向一端部側に連通し且つ圧力発生室12より小さい断面積を有する。例えば、インク供給路14は、圧力発生室12の流路を幅方向に絞ることで、圧力発生室12の幅より小さい幅で形成されている。
なお、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。
さらに、各達通路13は、インク供給路14の圧力発生室12とは反対側に連通し、インク供給路14の幅方向(短手方向)より大きい断面積を有する。連通路13を圧力発生室12と同じ断面積で形成した。
【0022】
すなわち、流路形成基板10には、圧力発生室12と、圧力発生室12の短手方向の断面積より小さい断面積を有するインク供給路14と、このインク供給路14に連通すると共にインク供給路14の短手方向の断面積よりも大きい断面積を有する連通路13とからなる個別流路が複数の壁部11により区画されて設けられた列が2列設けられている。
【0023】
流路形成基板10の圧力発生室12等の個別流路が開口する面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズル形成部材の一例でノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フイルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0024】
一方、このような流路形成基板10のノズルプレート20とは反対側の面には、上述したように、弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、絶縁体膜55が形成されている。さらに、この絶縁体膜55上には、厚さが例えば、第1電極60と圧電体層70と第2電極80とが、後述するプロセスで積層形成されて、圧電素子300を構成している。
ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。
第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。すなわち、圧力発生室12内のインク(液体)に圧力変化を生じさせるアクチュエーター装置として、圧電素子300を設けるようにした。
【0025】
また、このような各圧電素子300の第2電極80には、流路形成基板10のインク供給路14とは反対側の端部近傍まで延設された金(Au)等のリード電極90がそれぞれ接続されている。このリード電極90を介して各圧電素子300に選択的に電圧が印加される。すなわち、リード電極90の圧電素子300とは反対側の端部が、配線基板が電気的に接続される実装部となっている。
【0026】
また、圧電素子300が形成された流路形成基板10上には、圧電素子300に対向する領域に、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部31を有する保護基板30が、接着剤35等によって接合されている。圧電素子300は、この圧電素子保持部31内に配置されているため、外部環境の影響を殆ど受けない状態で保護されている。
なお、圧電素子保持部31は、密封されていても、密封されていなくてもよい。また、圧電素子保持部31は、各圧電素子300毎に独立して設けてもよく、複数の圧電素子300に亘って連続して設けるようにしてもよい。
【0027】
さらに、保護基板30上の圧電素子保持部31に相対向する領域には、複数の個別流路の共通のインク室(液体室)となるマニホールド100が設けられている。マニホールド100は、保護基板30の流路形成基板10との接合面とは反対側の面に設けられた凹部で形成されている。すなわち、保護基板30の流路形成基板10とは反対側に開口しており、マニホールド100の開口はコンプライアンス基板40によって封止されている。
なお、マニホールド100は、複数の個別流路の短手方向(幅方向)に亘って連続して設けられている。
【0028】
また、マニホールド100は、圧力発生室12の長手方向で保護基板30の両端部近傍まで設けられており、マニホールド100の一端部側は、個別流路の端部に相対向する領域まで設けられている。このようにマニホールド100を圧電素子保持部31の上方(平面視した際に圧電素子保持部31と重なる領域)に設けることで、マニホールド100を、圧力発生室12の長手方向における外側に拡幅する必要がなく、インクジェット式記録ヘッド1の圧力発生室12の長手方向の幅を小さくして小型化することができる。
【0029】
また、保護基板30には、個別流路である連通路13の端部に一端が連通すると共に、マニホールド100の一端部に他端が連通する厚さ方向に貫通した貫通孔である供給部101が設けられている。供給部101は、複数の個別流路である連通路13に亘って1つ設けられている。
そして、マニホールド100からのインクは、供給部101を介して各個別流路である連通路13、インク供給路14及び圧力発生室12に供給される。すなわち、供給部101もマニホールド100の一部として機能する。
【0030】
このような保護基板30の材料としては、例えば、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることが好ましく、流路形成基板10と同一材料であるシリコン単結晶基板を用いている。
【0031】
また、保護基板30には、圧力発生室12の2列の間に対応する領域に、厚さ方向に貫通する貫通孔102が設けられている。この貫通孔102には、配線基板200が挿通されており、配線基板200とアクチュエーター装置の実装部とを電気的に接続するものである。
ここで、アクチュエーター装置が圧電素子300であり、圧電素子300に接続されたリード電極90は、その端部が貫通孔102内に配置される位置に設けられている。
【0032】
また、貫通孔102は、圧電素子300の2列に対して1つずつ設けられている。すなわち、本実施形態では、圧電素子300の2列毎に配線基板200が接続されており、圧電素子300の列が2列あるため、貫通孔102は1つ設けられている。
そして、貫通孔102の内側底部には、実装部(リード電極90の端部)を区画する隔壁103が形成されている。
【0033】
貫通孔102内に露出したリード電極90の端部(実装部)には、配線基板200が電気的に接続されている。配線基板200は、図示しない配線上に圧電素子300を駆動するための駆動回路201が実装された可撓性を有するものであり、例えば、チップオンフイルム(COF)やテープキャリアパッケージ(TCP)などのフレキシブルプリント基板(FPC)を用いることができる。
【0034】
配線基板200とアクチュエーター装置の実装部であるリード電極90とは、例えば、半田や異方性導電性接着剤(ACP)を介して電気的に接続することができる。配線基板200とリード電極90とを異方性導電性接着剤210を介して電気的に接続するようにした。
また、異方性導電性接着剤210は、配線基板200とリード電極90とを電気的に接続すると共に、配線基板200を固定する接着剤としても機能する。
【0035】
また、保護基板30のマニホールド100が開口する面側には、封止膜41及び固定板42からなるコンプライアンス基板40が接合され、コンプライアンス基板40によってマニホールド100の開口が封止されている。
封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料、例えば、厚さが数μm程度のポリフェニレンサルファイド(PPS)フイルム等からなる。
【0036】
また、固定板42は、例えば、厚さが数十μm程度のステンレス鋼(SUS)などの金属などの硬質の材料からなる。固定板42は、図3に示すように、保護基板30のマニホールド100の周囲に亘って設けられており、マニホールド100に相対向する領域は厚さ方向に完全に除去された開口部43となっている。
また、固定板42には、開口部43側に突出する突出部44が設けられており、この突出部44には、厚さ方向に貫通してインクが貯留された貯留手段(不図示)からのインクをマニホールドに供給するための導入路45が設けられている。
【0037】
突出部44は、供給部101とは反対側に、且つ圧力発生室12の並設方向の一部をマニホールド100に相対向する領域まで突出させるように設けられる。このため、導入路45は、保護基板30に設けられた供給部101とは圧力発生室12の長手方向における反対側の端部に設けるようにした。
このように、導入路45を保護基板30の供給部101とは反対側の端部に設けることによって、貯留手段から導入されたインクの動圧による影響が供給部101を介して圧力発生室12に及ぼされるのを低減させることができる。
【0038】
そして、このような固定板42の開口部43によって、マニホールド100の一方面は、可撓性を有する封止膜41のみで封止された撓み変形可能な可撓部46となっている。すなわち、可撓部46は、マニホールド100に相対向する領域の保護基板30の供給部101に相対向する領域と、マニホールド100に相対向する領域の固定板42の導入路45の周囲とに設けられており、可撓部46は、これらの供給部101に相対向する領域と導入路45の周囲とに亘って連続して設けられている。
このように、可撓部46を供給部101に相対向する領域と導入路45の周囲とに亘って連続して設けることで、可撓部46を広い面積で形成することができ、マニホールド100内のコンプライアンスを増大させて、圧力変動の悪影響によるクロストークの発生を確実に低減させることができる。
【0039】
また、駆動回路201が実装された配線基板200をリード電極90に接続するようにしたため、保護基板30上に駆動回路201を実装する必要がない。したがって、マニホールド100を圧電素子保持部31の上方に拡幅することができると共に、保護基板30上に広い可撓部46を有するコンプライアンス基板40を設けることができる。
【0040】
このようなインクジェット式記録ヘッド1では、インクカートリッジ7からマニホールド100内にインクを取り込み、マニホールド100から供給部101を介してノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路201からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、圧電素子300及び振動板をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインクが噴射(吐出)する。
【0041】
以下、このようなインクジェット式記録ヘッドの製造方法について、図4〜図7を参照して説明する。
まず、図4(a)に示すように、シリコンウエハであり流路形成基板10が複数一体的に形成される流路形成基板用ウエハ110の表面に弾性膜50を構成する酸化膜51を形成する。
【0042】
そして、図4(b)に示すように、弾性膜50(酸化膜51)上に、弾性膜50とは異なる材料の酸化膜からなる絶縁体膜55を形成する。
【0043】
次いで、図4(c)に示すように、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層形成すると共に所定形状にパターニングして圧電素子300を形成する。
【0044】
次に、各圧電素子300上に金(Au)等からなるリード電極90を配線(形成)する。
リード電極90を形成するに先立って、流路形成基板用ウエハ110の全面(圧電素子300)を、逆スパッタ処理する。圧電素子300の上面等に付着したカーボン(炭素)や酸化膜等の表面汚染物質を除去するためである。表面汚染物質を除去することにより、金等からなるリード電極90を良好に形成することが可能となる。
この逆スパッタ処理の処理条件等の詳細については、後述する。
【0045】
そして、リード電極90の形成では、図5(a)に示すように、流路形成基板用ウエハ110の全面に亘って、例えば金(Au)等からなるリード電極90を形成する。その後に、例えばレジスト等からなるマスクパターン(不図示)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0046】
次に、図5(b)に示すように、保護基板用ウエハ130を、流路形成基板用ウエハ110上に接着剤35によって接着する。ここで、この保護基板用ウエハ130には、圧電素子保持部31、マニホールド100、供給部101、貫通孔102及び隔壁103等が予め形成されている。
なお、この保護基板用ウエハ130は、比較的厚いため、保護基板用ウエハ130を接合することによって流路形成基板用ウエハ110の剛性は著しく向上することになる。
【0047】
次に、図6(a)に示すように、流路形成基板用ウエハ110を所定の厚みに薄くする。
【0048】
次いで、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウエハ110にマスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。そして、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウエハ110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧力発生室12、連通路13及びインク供給路14等を形成する。
【0049】
なお、流路形成基板用ウエハ110に個別流路を形成する際には、保護基板用ウエハ130の流路形成基板用ウエハ110側とは反対側の表面を、耐アルカリ性を有する材料、例えば、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PPTA(ポリパラフェニレンテレフタルアミド)等からなる封止フイルムで封止するのが好ましい。
また、保護基板用ウエハ130に予めマニホールド100及び供給部101を設けるようにしたが、特にこれに限定されない。例えば、流路形成基板用ウエハ110と保護基板用ウエハ130とを接合後、流路形成基板用ウエハ110をウェットエッチングして圧力発生室12等を形成する際に、同時にウェットエッチングによりマニホールド100及び供給部101を形成するようにしてもよい。
これにより製造工程を簡略化してコストを低減することができる。
【0050】
次いで、図7に示すように、保護基板用ウエハ130にコンプライアンス基板40を接合した後、貫通孔102に露出されている圧電素子300のリード電極90の列に配線基板200(図示しない配線)を電気的に接続する。配線基板200とリード電極90との接合は、異方性導電性接着剤210を介して行う。
【0051】
具体的には、異方性導電性接着剤210を貫通孔102内において隔壁103により区画されている空間内に充填した後、配線基板200をリード電極90上に押圧しながら加熱することで、リード電極90と配線基板200とを接続する。配線基板200をリード電極90上に押圧しながら加熱するには、配線基板200の裏面に当接される実装ツールを利用する。
【0052】
なお、配線基板200を接続する前の工程又は後の工程において、流路形成基板用ウエハ110及び保護基板用ウエハ130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去し流路形成基板用ウエハ110の保護基板用ウエハ130とは反対側の面にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合する。
そして、これら流路形成基板用ウエハ110等を、図3に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することで、インクジェット式記録ヘッド1が製造される。もちろん、コンプライアンス基板40も、配線基板200を接続した後に固定するようにしてもよい。
【0053】
[逆スパッタ処理(マグネトロンドライエッチング)]
次に、圧電素子300上に配線を形成する配線形成工程に先だって行われる逆スパッタ処理について詳述する。
図8は、流路形成基板用ウエハ110に形成される複数の流路形成基板10(記録ヘッドチップ10A〜10D)を示す図である。
図9は、逆スパッタ処理装置400の概略構成を示す図である。
【0054】
逆スパッタ処理装置400は、流路形成基板用ウエハ110を保持する基板保持台401を収容する処理容器402を備える。処理容器402の上部には、基板保持台401に対向するように、スパッタターゲット403が配設される。処理容器402内部には、ガス源404のアルゴン(Ar)ガス等のプラズマガスが、ガスポート405より供給され、排気ポート406から排気される。
【0055】
逆スパッタ処理装置400は、スパッタターゲット403の背後に中心電磁石411、外周電磁石412からなるマグネトロン410を備える。このマグネトロン410からの磁場により、高密度プラズマをスパッタターゲット403の全面にわたり発生させる。
なお、中心電磁石411、外周電磁石412に対する印加電流は、0〜10mAの範囲で変化させることができる。
【0056】
そして、スパッタターゲット403には、交流電源407から交流バイアスが印加され、基板保持台401には、負の直流バイアスが印加される。これにより、基板表面の構成粒子を飛ばして、流路形成基板用ウエハ110(流路形成基板10)の表面を一様にドライエッチングする。
【0057】
このように、流路形成基板10の圧電素子300の上面等に付着したカーボン(炭素)や酸化膜等の表面汚染物質を、逆スパッタ処理(マグネトロンドライエッチング)により除去する。
【0058】
図10は、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示す図である。
図10では、流路形成基板用ウエハ110のうち、ウエハ中心Cの近傍に存在した1つの流路形成基板10(図8の記録ヘッドチップ10B)に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示している。より詳細には、記録ヘッドチップ10B(流路形成基板10)には、356個の圧電素子300が形成され、そのうちウエハ中心Cに近い圧電素子300(No.1,5,10、25,30,35,60:ノズルのナンバーに対応)のヒステリシス特性曲線を示している。
【0059】
流路形成基板10上には、複数の圧電素子300が存在する(図2等参照)。記録ヘッド1として高い印刷品質を得るためには、これら複数の圧電素子300のヒステリシス特性が均一であることが望まれる。
しかし、図10に示すように、複数の圧電素子300のヒステリシス特性にはばらつきが生じている。特に、圧電素子300の分極量(Polarization)が0[μC/cm]となる印加電圧Vcの位置に注目すると、複数の圧電素子300同士のヒステリシス特性のばらつきが顕著であることが分かる。
ヒステリシス特性のばらつきは、圧電素子300の上面を逆スパッタ処理した際に、圧電素子300に電荷がチャージされることが原因だと推測される。
【0060】
図11は、流路形成基板用ウエハ110に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示す図である。縦軸は、圧電素子300の分極量が0[μC/cm]となる印加電圧Vcの値である。
図11では、流路形成基板用ウエハ110のウエハ中心Cを通る線上に沿って配置された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示している。つまり、ウエハ中心Cを通って長手方向に並列配置された記録ヘッドチップ10A〜10Dにおける複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を示している。
また、図11では、逆スパッタ処理(マグネトロンドライエッチング)においてマグネトロン410への印加電流を5種類に異ならせた場合のヒステリシス特性曲線の変化量を示している。
【0061】
図11では、マグネトロン410への印加電流(印加電流比)は、中心電磁石411への印加電流をIAとし、外周電磁石412への印加電流をIBとしたとき、以下の条件式の値(K)が異なるように設定している。
K=3×IA−IB
具体的には、K=0.75、1.33、2.0、2.75、3.21 の5種類に異ならせている。
なお、この条件式は、実験的に求めたものである。
【0062】
図11に示すように、逆スパッタ処理において、マグネトロン410への印加電流(印加電流比)を、K=3×IA−IB=3.21とした場合には、ウエハ中心Cに最も近く配置された記録ヘッドチップ10B,10Cにおける複数の圧電素子300の分極量が0となる印加電圧Vcがばらついている、つまり、ヒステリシス特性曲線の変化量が均一でないことが分かる。
一方、ウエハ外周Tに配置された記録ヘッドチップ10A,10Dにおける複数の圧電素子300の分極量が0となる印加電圧Vcは、記録ヘッドチップ10A,10Dに比べてばらつきが小さいことが分かる。
この結果から、逆スパッタ処理におけるマグネトロン410への印加電流(印加電流比)の値(K)を、以下のように設定することが望ましい。
K=3×IA−IB<3.0
【0063】
図12は、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線の変化量(ばらつき)と逆スパッタ処理による表面除去量との関係を示す図である。
図12において、横軸はマグネトロン410への印加電流(印加電流比)の値(K)を示す。曲線1はヒステリシス特性曲線の変化量(印加電圧Vcにおけるばらつき(平均値))を示す。曲線2は、圧電素子300の表面除去量(表面傾き(平均値))を示す。
【0064】
図12に示すように、逆スパッタ処理において、マグネトロン410への印加電流(印加電流比)を、K=3×IA−IB=3.21とした場合には、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線の変化量が大きくなることが分かる。つまり、印加電圧Vcにおけるばらつきが大きく、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線が均一でないことが分かる。この結果は、図11の場合と同一である。
そして、同時に、圧電素子300の表面が除去されて、表面傾き(平均値)が良好に低下していることが分かる。
【0065】
一方、逆スパッタ処理において、マグネトロン410への印加電流(印加電流比)を、K=3×IA−IB=0.75とした場合には、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線の変化量が小さくなることが分かる。つまり、印加電圧Vcにおけるばらつきが少なく、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線が均一化できることが分かる。
同時に、圧電素子300の表面除去量が少なく、表面傾き(平均値)が低下していないことが分かる。
【0066】
この結果から、逆スパッタ処理におけるマグネトロン410への印加電流(印加電流比)の値(K)を、以下のように設定することが望ましい。
K=3×IA−IB>1.0
【0067】
以上より、逆スパッタ処理におけるマグネトロン410への印加電流(印加電流比)の値(K)を、以下の条件式1のように設定することが望ましい。
【0068】
【数2】

【0069】
そして、以下に示す実験結果からも、流路形成基板10上に形成された複数の圧電素子300のヒステリシス特性曲線を均一化することが望ましいことが理解できる。
【0070】
図13は、圧電素子300の耐久試験(変位低下率)の結果を示す図である。耐久試験の試験サンプル数は、印加電圧(Vbs−Vc)枚に4〜5個である。
図14は、圧電素子300への駆動波形(印加電圧)を示す図である。
圧電素子300の耐久試験は、圧電素子300に対してインク吐出電圧信号(駆動波形)を連続して印加して、圧電素子300の変位量の低下率を測定するものである。図14に示すように、圧電素子300への駆動波形における最小電圧をVbsとする。
【0071】
図13に示すように、Vbs−Vc=0の場合には、圧電素子300の耐久試験後の変位低下率は低くなる。このため、駆動波形における最小電圧Vbsを分極量が0となる印加電圧Vcに設定するのが理想である。
一方、Vbs−Vc≠0の場合には、変位低下率が悪化する。特に、Vbs−Vc<0となった場合には、耐久試験後の変位低下率が急激に悪化する。
【0072】
上述したように、圧電素子300のヒステリシス特性がばらつくことが想定される。このため、Vbs−Vc≧0にするために、Vbsの値を大きく設定する必要がある。
言い換えれば、圧電素子300のヒステリシス特性のばらつきが小さくなれば、Vbsの値をできるだけ小さく設定しつつ、Vbs−Vc≧0にすることができる。つまり、圧電素子300の耐久試験後の変位低下率も低く抑えることが可能となる。
よって、圧電素子300の耐久試験の結果からもVcが安定していること、つまり圧電素子300のヒステリシス特性が均一化させることが望ましいことが分かる。
【0073】
以上、説明したように、本実施形態に係る記録ヘッド1の製造方法によれば、圧電素子300が形成された流路形成基板10上の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去する際に、圧電素子300の表面除去量と表面除去に伴うヒステリシス特性の変化量に基づいてマグネトロン印加電流を設定しているので、良好なヒステリシス特性を有する圧電素子300が得られる。したがって、良好な印刷品質を有する記録ヘッド1が得られる。
【0074】
特に、流路形成基板用ウエハ110の中心部に配置された流路形成基板10(記録ヘッドチップ10B、10C)において、複数の圧電素子300のヒステリシス特性を均一化することができる。
【0075】
具体的には、逆スパッタ処理装置400のマグネトロン410(中心電磁石411、外周電磁石412)への印加電流を調整することで、容易かつ確実に、流路形成基板10上の複数の圧電素子300のヒステリシス特性を均一化することができる。
【0076】
上述した実施形態では、圧力発生室内の液体に圧力を付与する圧力発生素子として、撓み振動型の圧電素子を例示したが、特に限定されない。例えば、圧力発生素子として、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子であってもよいし、発熱素子等であってもよい。
【0077】
また、上述した実施形態では、インク滴を吐出するインクジェット式記録ヘッドを例示して本発明を説明したが、本発明は、広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものである。液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンタ等の画像記録装置に用いられる記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(電界放出ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等を挙げることができる。
【符号の説明】
【0078】
A…インクジェット式記録装置、 1…インクジェット式記録ヘッド、 10…流路形成基板、 10A〜10D…記録ヘッドチップ、 90…リード電極、 110…流路形成基板用ウエハ、 300…圧電素子(圧力発生素子)、 400…逆スパッタ処理装置(マグネトロンドライエッチング処理装置)、 410…マグネトロン、 411…中心電磁石、 412…外周電磁石、 IA,IB…印加連流、 C…ウエハ中心(中心部)、 T…ウエハ外周(外周部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流路形成基板上に設けられた圧力発生素子の駆動によって前記流路形成基板内の液体を噴射させる液体噴射ヘッドの製造方法であって、
前記圧力発生素子の表面汚染をマグネトロンドライエッチングにより除去する表面除去処理工程と、
前記圧力発生素子上に配線を形成する配線工程と、
を有し、
前記表面除去処理工程におけるマグネトロン印加電流を、前記圧力発生素子の表面除去量と表面除去に伴うヒステリシス特性の変化量に基づいて設定することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記ヒステリシス特性の変化量は、同一の流路形成基板に設けられる複数の圧力発生素子におけるヒステリシス特性のばらつきであることを特徴とする請求項1に記載の液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項3】
前記流路形成基板が複数形成される流路形成基板用ウエハに対する前記マグネトロンの配置位置に応じて印加電流を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載の液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項4】
前記流路形成基板用ウエハの中心部に対向する中心電磁石と外周部に対向する外周電磁石への印加電流比を設定することを特徴とする請求項4に記載の液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記中心電磁石への印加電流をIAとし、前記外周電磁石への印加電流をIBとしたとき、
次の条件式1を満足することを特徴とする請求項5に記載の液体噴射ヘッドの製造方法。
【数1】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2012−213968(P2012−213968A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81695(P2011−81695)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】