液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電素子
【課題】環境負荷が小さく、且つ、リーク電流の発生を抑制することができ、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できるチタン酸バリウム系の圧電素子を具備する液体噴射ヘッドを提供する。
【解決手段】ノズル開口21から液体を吐出する液体噴射ヘッド1であって、圧電体層70と該圧電体層70を挟む電極60、80と前記圧電体層70の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層65とを備えた圧電素子300を具備し、前記圧電体層70は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる液体噴射ヘッドとする。
【解決手段】ノズル開口21から液体を吐出する液体噴射ヘッド1であって、圧電体層70と該圧電体層70を挟む電極60、80と前記圧電体層70の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層65とを備えた圧電素子300を具備し、前記圧電体層70は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる液体噴射ヘッドとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備し、ノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズルと連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズルからインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。インクジェット式記録ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層(圧電体膜)を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。
【0003】
そして、このような圧電体層の形成方法としては、例えば、金属錯体を溶媒に溶解したコロイド溶液を被対象物上に塗布した後、これを加熱して結晶化して薄膜の圧電体層とするゾル−ゲル法やMOD(Metal Organic Deposition)法等の化学溶液法や、スパッタリング法が知られており、これらの方法では薄膜の圧電体層が形成される。
【0004】
このような圧電素子に用いられる圧電材料としては、一般的に、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)に代表される鉛系の圧電セラミックスが使用されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、環境問題の観点から、非鉛又は鉛の含有量を抑えた圧電材料が求められている。鉛を含有しない圧電材料として、古くからチタン酸バリウム系の複合酸化物が知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開昭62−154680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このチタン酸バリウム系の圧電材料は、主にバルクの圧電材料として検討されているものであり、基板上に化学溶液法やスパッタリング法等で形成される薄膜のものとしてはあまり検討されていない。なお、チタン酸バリウム系のバルクの圧電材料とは、一般的に金属酸化物や金属炭酸塩の粉末を物理的に混合・粉砕・成形を行った後に1000〜1400℃程度で焼成して、それから両面研磨して電極を形成することにより作成されるものである。したがって、作製時にセラミックス自身の体積膨張・収縮に起因する応力は、化学溶液法やスパッタリング法で作成した場合と比較して非常に小さいものである。
【0007】
そして、このようなチタン酸バリウム系の圧電材料で基板上に薄膜の圧電体層を形成すると、上述したチタン酸ジルコン酸鉛等と比較して、顕著に変位量が小さいという問題がある。また、その他にも、圧電体層の緻密性を向上させることや、低温の焼成で製造できること等の要望も満足することが望ましい。
【0008】
そこで、本発明者らは、圧電体層を、チタン酸バリウム系であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすることにより、圧電体層の歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることを知見した。しかしながら、このように、圧電体層を、チタン酸バリウム系であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすると、リーク電流が発生するという問題が生じる。なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の圧電素子においても同様に存在する。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく、且つ、リーク電流の発生を抑制することができ、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を具備する液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の態様は、ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子を具備し、前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、チタン酸バリウム系の圧電材料でありチタンに対して3モル%以下の銅、2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含む圧電体層とし、該圧電体層の厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けることにより、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。そして、リーク電流の発生を抑制することもできる。また、鉛を含有しない又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減できる。
【0011】
また、前記バッファー層は、前記圧電体層の両側の面に設けられていることが好ましい。これによれば、リーク電流をより抑制することができる。
【0012】
また、前記圧電体層は、柱状結晶を有するものであることが好ましい。これによれば、高い電圧を印加しても絶縁破壊し難いようにすること、すなわち、耐圧を向上させることができる。
【0013】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。かかる態様では、環境への負荷を低減し、且つ、リーク電流の発生が抑制され、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電体層を有する液体噴射装置を実現することができる。
【0014】
また、本発明の他の態様は、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子であって、前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする圧電素子にある。
かかる態様では、チタン酸バリウム系の圧電材料でありチタンに対して3モル%以下の銅、2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含む圧電体層とし、厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けることにより、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。そして、リーク電流の発生を抑制することもできる。また、鉛を含有しない又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図及び要部拡大図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図9】実施例及び比較例のX線回折パターンを表す図。
【図10】比較例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図11】実施例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図12】実施例及び比較例のP−V曲線を示す図。
【図13】実施例及び比較例のI−V曲線を示す図。
【図14】参考例のX線回折パターンを表す図。
【図15】参考例のP−V曲線及びS−V曲線を示す図。
【図16】参考例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図17】参考例のX線回折パターンを表す図。
【図18】参考例の圧電体層の断面及び表面を観察した写真。
【図19】正の印加電圧に対する最大分極量及び変位量の関係を示す図。
【図20】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図であり、図3(a)は図2のA−A′線断面図、図3(b)は図3(a)の要部拡大図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0017】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0018】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0019】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ20〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0020】
さらに、この密着層56上には、第1電極60と、バッファー層65aと、厚さが3μm以下、好ましくは0.5〜1.5μmの薄膜であり、詳しくは後述するが化学溶液法またはスパッタリング法で作成された圧電体層70と、バッファー層65bと、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、バッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極、バッファー層65a、バッファー層65b、及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0021】
上述したように、本実施形態においては、圧電体層70と第1電極60との間にバッファー層65aが設けられ、また、圧電体層70と第2電極80との間にバッファー層65bが設けられている。バッファー層65aやバッファー層65bの厚さは特に限定されないが、圧電特性(変位量)を考慮すると、圧電体層70と比較して非常に薄いことが好ましく、それぞれ例えば20〜60nm程度であることが好ましい。
【0022】
そして、バッファー層65a及びバッファー層65bは、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe、Mn及びTiが位置している。このように、バッファー層65aや、バッファー層65bは、Ti及びBaも含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物であり、圧電体層70を構成する圧電材料の主成分であるチタン酸バリウムと構成元素が共通するため、バッファー層65aや、バッファー層65bを設けても、圧電特性(変位量)は殆ど低下しない。
【0023】
このようなBi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体として表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸マンガン酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0024】
ここで、鉄酸マンガン酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸マンガン酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、Bi(Fe,Mn)O3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸マンガン酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸マンガン酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。また、基本的な特性が変わらない限り、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの比も、種々変更することができる。
【0025】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65aや、バッファー層65bの組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[Bi(Fe1−yMny)O3]−x[BaTiO3] (1)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMny)1−xTix)O3 (1’)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
【0026】
本実施形態においては、バッファー層65aとバッファー層65bとを同じ組成としたが、異なる組成としてもよい。また、本実施形態においては、バッファー層を、圧電体層70と第1電極60との間、及び、圧電体層70と第2電極80との間の両方に設けたが、バッファー層は少なくとも一方の電極側の面に設けていればよく、バッファー層65aのみとしてもよく、また、バッファー層65bのみとしてもよい。
【0027】
また、本発明においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物であるチタン酸バリウム系の圧電材料である。上述したように、ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBaが、BサイトにTiが位置している。なお、本発明でチタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、元素(Ba、Ti、O)の欠損や過剰により化学量論の組成(BaTiO3)からずれたものも、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0028】
そして、本発明においては、圧電体層70を構成する複合酸化物は、ほとんどすべてがチタン酸バリウム(例えばBaTiO3)であり、少量の銅(Cu)、少量のリチウム(Li)、及び、少量のホウ素(B)をさらに含むものである。Cuの含有量は、Tiに対して3モル%以下、好ましくは0.5モル%以上3モル%以下であり、Liの含有量はTiに対して2モル%以上5モル%以下であり、Bの含有量は、Tiに対して2モル%以上5モル%以下である。このように、ほとんどすべてがチタン酸バリウムであり、さらに、Tiに対して3モル%以下のCuと、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLiと、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBとを含むことにより、緻密性や結晶性が向上し、且つ、歪量が大きい圧電体層70となる。また、Cuの含有量を、Tiに対して1モル%以下とすると、ペロブスカイト構造ではない異相が検出されない圧電体層70とすることができる。また、詳しくは後述するが、圧電体層70を化学溶液法やスパッタリング法で製造する際に、低い温度で焼成して結晶化させることができる。したがって、熱に弱い部材を用いた液体噴射ヘッドとすることができる。
【0029】
なお、これらCuや、Li、Bを含んでいても、圧電体層70はペロブスカイト構造を有するものである。そして、Cu、Li、Bは、AサイトのBaやBサイトのTiの一部を置換する、または、グレインの界面に存在しているものと推測される。
【0030】
ここで、特許文献2等に記載されるように、チタン酸バリウム系の圧電材料はバルクについては種々検討がされているが、バルクの圧電材料は、応力が非常に小さいものであるため、一般的に化学溶液法やスパッタリング法で形成される薄膜の圧電材料とは異なる挙動を示すものである。したがって、バルクの圧電材料は薄膜の圧電材料として転用し難い。
【0031】
また、圧電体層70は、柱状結晶を有するものであることが好ましい。柱状結晶を有するものとすると、高い電圧を印加しても絶縁破壊し難いようにすること、すなわち、耐圧を向上させることができ、また、圧電体層70の結晶粒径が均一になる。
【0032】
このように、チタン酸バリウム系の圧電材料でありTiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi及びTiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含む薄膜の圧電体層70とし、厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65a及びバッファー層65bの少なくとも一方を設けることにより、後述する実施例に示すように、バッファー層65aや、バッファー層65bを設けない場合と比較して、リーク電流を抑制することができる。したがって、信頼性に優れたインクジェット式記録ヘッドとなる。勿論、上述したように、圧電体層70は、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できるものである。
【0033】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0034】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0035】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0036】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0037】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0038】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0039】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0040】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60、バッファー層65a、バッファー層65b及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0041】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図4〜図8を参照して説明する。なお、図4〜図8は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0042】
まず、図4(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図4(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0043】
次に、図5(a)に示すように、密着層56の上に、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる第1電極60をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成する。次に、図5(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0044】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、バッファー層65aを積層する。金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成して結晶化することで金属酸化物からなるバッファー層を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いてバッファー層65aを製造できる。その他、スパッタリング法でバッファー層65aを製造することもできる。
【0045】
バッファー層65aを化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図5(c)に示すように、第1電極60上に、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含有する金属錯体を、目的とする組成比になる割合で含むMOD溶液やゾルからなるバッファー層前駆体溶液をスピンコート法などを用いて、基板上に塗布してバッファー層前駆体膜66を形成する(バッファー層塗布工程)。
【0046】
塗布するバッファー層前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Mn、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナト)鉄などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、オクチル酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、オクチル酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0047】
次いで、このバッファー層前駆体膜66を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(バッファー層乾燥工程)。次に、乾燥したバッファー層前駆体膜66を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(バッファー層脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、バッファー層前駆体膜66に含まれる有機成分を離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、これらバッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程及びバッファー層脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0048】
次に、図6(a)に示すように、バッファー層前駆体膜66を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65aを形成する(バッファー層焼成工程)。バッファー層焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、図6(a)においては、バッファー層65aを1層からなるものとしたが、上述したバッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程及びバッファー層脱脂工程や、バッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数層からなるバッファー層65aとしてもよい。バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置、電気炉やホットプレート等が挙げられる。
【0049】
次いで、このバッファー層65a上に、薄膜の圧電体層70を積層する。金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成して結晶化することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、スパッタリング法等で圧電体層70を製造することもできる。
【0050】
圧電体層70を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図6(b)に示すように、バッファー層65a上に、Ba、Ti、Cu、Li及びBを含有する金属錯体を、目的とする組成比になる割合で含む、具体的には、ほとんどすべてがチタン酸バリウムでありTiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含む複合酸化物が形成されるような割合で含むMOD溶液やゾルからなる圧電体膜前駆体溶液(以下「前駆体溶液」とも記載する)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0051】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBa、Ti、Cu、Li及びBを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Ba、Ti、Cu、Li、Bをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Ba、Ti、Cu、Li、Bをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Baを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムイソプロポキシド、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸チタン、チタニウムイソプロポキシド、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Cuを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸銅などが挙げられる。Liを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸リチウムなどが挙げられる。Bを含む金属錯体としては、2−エチルヘキサン酸ホウ素などが挙げられる。勿論、Ba、Ti、Cu、Li、Bを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0052】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
【0053】
次に、図6(c)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば700〜900℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、チタン酸バリウム系複合酸化物であってBa、Ti、Tiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi、及び、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。焼成工程は、酸素雰囲気中で行なうことが好ましい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置、電気炉やホットプレート等が挙げられる。
【0054】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程の一連の工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図6(d)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0055】
なお、Ba、Ti、Cu、Li及びBを含む原料を用い、上記所定量のCu、Li及びBを含むチタン酸バリウム系の複合酸化物を形成しているため、低い温度で結晶化でき且つ緻密な結晶が得られる。したがって、焼成工程での温度(焼成温度)を低温にすることができる。勿論、他の部材に支障がなければ高温で焼成してもよい。
【0056】
また、圧電体前駆体膜71を塗布した後、間にさらなる塗布工程を介さずに焼成工程を行う方法で圧電体膜72を形成し積層する、すなわち、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程の一連の工程を1層ごとに行う方法で圧電体膜72を積層して圧電体層70を形成することにより、粒状結晶ではなく、柱状結晶の圧電体層70を形成することができる。
【0057】
次に、圧電体層70上に、バッファー層65bを形成するためのバッファー層前駆体溶液を用いて、バッファー層65aを設ける方法と同様の方法で、バッファー層65bを形成する。本実施形態においては、バッファー層65aとバッファー層65bとを、同一の組成のバッファー層前駆体溶液を用いて形成することにより、バッファー層65aとバッファー層65bとを同一の組成になるようにしたが、勿論異なる組成のバッファー層前駆体溶液を用いてもよい。
【0058】
このようにバッファー層65bを形成した後は、図7(a)に示すように、バッファー層65b上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域にバッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60とバッファー層65aと圧電体層70とバッファー層65bと第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、バッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80のパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜750℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70とバッファー層65aやバッファー層65bとの界面、第1電極60とバッファー層65aとの界面、及び、第2電極80とバッファー層65bとの界面を良好に形成することができ、且つ、圧電体層70やバッファー層65a、65bの結晶性を改善することができる。
【0059】
次に、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0060】
次に、図7(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0061】
次に、図8(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0062】
そして、図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0063】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0066】
次いで、第1電極60上にバッファー層65aをスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガン、2−エチルヘキサン酸バリウム及び2−エチルヘキサン酸チタンの各n−オクタン溶液を、所定の割合で混合して、バッファー層前駆体溶液を調製した。そしてこのバッファー層前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、2500rpmで基板を回転させてバッファー層前駆体膜を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、400℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で、650℃で5分間焼成を行うことにより、バッファー層65aを形成した(バッファー層焼成工程)。
【0067】
次に、このバッファー層65a上に、圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0068】
そしてこの前駆体溶液を、バッファー層65a上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、800℃5分間焼成を行なった(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作を12回繰り返し、計12回の塗布により圧電体層70を形成した。
【0069】
次に、この圧電体層70上に、上記バッファー層65aを形成する際に用いたものと同じ組成のバッファー層前駆体溶液を滴下し、2500rpmで基板を回転させてバッファー層前駆体膜を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、400℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、650℃で5分間焼成を行うことにより、バッファー層65bを形成した(バッファー層焼成工程)。
【0070】
その後、バッファー層65b上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つTiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi、Tiに対して3モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.03:0.03(モル比)でペロブスカイト構造を有する厚さ1100nmの圧電体層70と、この圧電体層70の厚さ方向の両側に組成比が0.75Bi(Fe0.95Mn0.05)O3−0.25BaTiO3のペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、厚さが約40nmのバッファー層65a及び厚さが約40nmのバッファー層65bを有する圧電素子300を形成した。
【0071】
(比較例1)
バッファー層65a及びバッファー層65bを設けなかった以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0072】
(試験例1)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。比較例1の結果を図9(a)、実施例1の結果を図9(b)に示す。この結果、実施例1及び比較例1とも、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測され、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。また、実施例1のペロブスカイト構造の(110)面に由来するピーク強度は、比較例1のものよりも強かった。
【0073】
(試験例2)
実施例1及び比較例1において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。比較例1の結果を図10に、実施例1の結果を図11に示す。この結果、図10及び図11に示すように、実施例1及び比較例1では柱状結晶が形成され、また、結晶粒径も均一であった。
【0074】
(試験例3)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。比較例1の結果を図12(a)に、実施例1の結果を図12(b)に示す。この結果、バッファー層を有する実施例1は、バッファー層を有さない比較例1よりも端部が細いヒステリシスカーブであり、比較例1よりもリーク電流が低いことが分かった。
【0075】
(試験例4)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、±50Vまでの電圧を印加して、電流密度と電圧との関係(I−V曲線)を求めた。比較例1の結果を図13(a)に、実施例1の結果を図13(b)に示す。この結果、バッファー層を有する実施例1はバッファー層を有さない比較例1よりもリーク電流値が顕著に低く、耐圧が大幅に改善された。
【0076】
(参考例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0077】
次いで、第1電極60上に圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0078】
そしてこの前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程からなる工程を2回繰り返し行った後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で、850℃で5分間焼成を行った(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を4回繰り返し、計8回の塗布により全体で厚さ800nmの圧電体層70を形成した。
【0079】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つ、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して1モル%のLi、Tiに対して1モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.01:0.01(モル比)でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0080】
(参考例2)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して2モル%のLi及びTiに対して2モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とした以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0081】
(参考例3)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi及びTiに対して3モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とし、また、焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を800℃5分間とした以外は参考例1と同様の操作を行った。
【0082】
(参考例4)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して5モル%のLi及びTiに対して5モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とし、また、焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を800℃5分間とした以外は参考例1と同様の操作を行った。
【0083】
(参考例5)
2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素を混合しない前駆体溶液を用いた以外は参考例1と同様の操作を行って、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含む圧電材料、具体的には、BaTiO3でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0084】
(参考例6)
焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を950℃5分間とした以外は参考例5と同様の操作を行った。
【0085】
(試験例5)
参考例1〜6の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。結果の一例を図14に示す。
【0086】
この結果、参考例1〜6全てにおいて、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測され、また、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。
【0087】
(試験例6)
参考例1〜6の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。結果の一例として、参考例6について図15(a)に、参考例3について図15(b)に示す。
【0088】
この結果、参考例1〜4では、参考例5〜6と同様に、良好なP−Vヒステリシスループであった。
【0089】
(試験例7)
参考例1〜6の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))とV(電圧)との関係(S−V曲線)を求めた。結果の一例として、参考例6について図15(a)に、参考例3について図15(b)に示す。そして、この各S−V曲線から、電界400kV/cmを印加した時の歪み率(圧電体層70の変位量/圧電体層70の膜厚)を求めた。結果を表1に示す。
【0090】
この結果、表1に示すように、Tiに対して3モル%以下のCuを含む参考例1〜2は、焼成条件が同じ参考例5と比較して、顕著に歪み率が高かった。また、焼成温度が高いほど歪み率は高くなるが、Tiに対して3モル%以下のCuを含み焼成温度が800℃の参考例3〜4は、焼成温度が850℃や950℃の参考例5及び6と比較して、同等以上の歪み率であった。
【0091】
(試験例8)
参考例1〜6において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。結晶粒が大きく成長していた場合を○、結晶粒が大きく成長していなかった場合を△、結晶粒がほとんど成長していなかった場合を×として粒成長を評価した。また、結晶粒が隙間無く詰まっている場合を○、少し気孔があった場合を△、気孔が多かった場合を×として緻密性を評価した。評価結果を表1に示す。また、結果の一例として、参考例5の結果を図16(a)に、参考例6の結果を図16(b)に、参考例3の結果を図16(c)に示す。
【0092】
この結果、表1及び図16に示すように、Tiに対してCuを3モル%以下、Liを2〜5モル%、Bを2〜5モル%含む参考例2〜4は、RTA装置での焼成時間が短時間で且つ焼成温度が800〜850℃と低めであったにもかかわらず、結晶の粒が大きく緻密であった。一方、Cu、Li及びBを含まない参考例5及び6や、Li及びBの含有量が少ない参考例1は、参考例2〜4と比較して、結晶が小さくまた隙間があいていた。また、参考例2〜4は、クラックも発生していなかったが、参考例1はクラックが発生していた。参考例2〜4は結晶粒の成長が促進されたためクラックの発生が抑制されたと推測される。
【0093】
【表1】
【0094】
(参考例7)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0095】
次いで、第1電極60上に圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0096】
そしてこの前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、800℃5分間焼成を行なった(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作を14回繰り返し、計14回の塗布により全体で厚さ約1400nmの圧電体層70を形成した。
【0097】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つTiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi、Tiに対して3モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.03:0.03(モル比)でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0098】
(参考例8)
塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作とせず、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程からなる工程を2回繰り返し行い、その後、酸素雰囲気中で、RTA装置を用いて800℃で5分間焼成を行い、次いで、この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を7回繰り返し、計14回の塗布により圧電体層70を形成した以外は、参考例7と同様の操作を行った。
【0099】
(試験例9)
参考例7及び8の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。結果を図17に示す。この結果、参考例7及び8とも、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測された。また、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。
【0100】
(試験例10)
参考例7及び8において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の表面及び断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。結果の一例として、参考例8の結果を図18(a)に、参考例7の結果を図18(b)に示す。なお、図18中、上段が断面写真で、下段が表面写真である。
【0101】
この結果、図18に示すように、1層ごとに焼成した参考例7は、柱状結晶が形成され、また、結晶粒径も均一であった。一方、2層を一括して焼成した参考例8は、柱状ではなく粒状の結晶であり、また、結晶粒径も参考例7と比較して、不均一であった。
【0102】
(試験例11)
参考例7及び8の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。この結果、参考例7及び8では、良好なヒステリシスカーブとなっていた。
【0103】
(試験例12)
参考例7及び8の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))とV(電圧)との関係(S−V曲線)を求めた。この結果、参考例7及び8では、歪み率が高かった。
【0104】
また、試験例11及び試験例12の結果から、正の印加電圧に対する最大分極量(図19においてPmaxと表記する)、及び、変位量の関係を求めた。結果を、参考例8について図19(a)に、参考例7について図19(b)に示す。
【0105】
この結果、図19に示すように、1層ごとに焼成した参考例7は、50V程度まで電圧を印加しても圧電素子は破壊せず、耐圧性が優れていることが分かった。一方、2層を一括して焼成した参考例8は、40V程度を超えると最大分極量及び変位量共に急激に下がっており、参考例7と比較して、耐圧性が劣ることが分かった。
【0106】
上記参考例から、圧電体層を、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすることにより、圧電体層を歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることが分かる。また、さらに柱状結晶を有する圧電体層とすることにより、耐圧が良好になることも分かる。したがって、この圧電体層の少なくとも一方側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けた本発明においても、同様に圧電体層を歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることが類推できる。また、さらに柱状結晶を有する圧電体層とすることにより、耐圧が良好になることも類推できる。
【0107】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0108】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0109】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図20は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0110】
図20に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0111】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0112】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0113】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0114】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 65a、65b バッファー層、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備し、ノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズルと連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズルからインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。インクジェット式記録ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層(圧電体膜)を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。
【0003】
そして、このような圧電体層の形成方法としては、例えば、金属錯体を溶媒に溶解したコロイド溶液を被対象物上に塗布した後、これを加熱して結晶化して薄膜の圧電体層とするゾル−ゲル法やMOD(Metal Organic Deposition)法等の化学溶液法や、スパッタリング法が知られており、これらの方法では薄膜の圧電体層が形成される。
【0004】
このような圧電素子に用いられる圧電材料としては、一般的に、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)に代表される鉛系の圧電セラミックスが使用されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、環境問題の観点から、非鉛又は鉛の含有量を抑えた圧電材料が求められている。鉛を含有しない圧電材料として、古くからチタン酸バリウム系の複合酸化物が知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開昭62−154680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このチタン酸バリウム系の圧電材料は、主にバルクの圧電材料として検討されているものであり、基板上に化学溶液法やスパッタリング法等で形成される薄膜のものとしてはあまり検討されていない。なお、チタン酸バリウム系のバルクの圧電材料とは、一般的に金属酸化物や金属炭酸塩の粉末を物理的に混合・粉砕・成形を行った後に1000〜1400℃程度で焼成して、それから両面研磨して電極を形成することにより作成されるものである。したがって、作製時にセラミックス自身の体積膨張・収縮に起因する応力は、化学溶液法やスパッタリング法で作成した場合と比較して非常に小さいものである。
【0007】
そして、このようなチタン酸バリウム系の圧電材料で基板上に薄膜の圧電体層を形成すると、上述したチタン酸ジルコン酸鉛等と比較して、顕著に変位量が小さいという問題がある。また、その他にも、圧電体層の緻密性を向上させることや、低温の焼成で製造できること等の要望も満足することが望ましい。
【0008】
そこで、本発明者らは、圧電体層を、チタン酸バリウム系であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすることにより、圧電体層の歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることを知見した。しかしながら、このように、圧電体層を、チタン酸バリウム系であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすると、リーク電流が発生するという問題が生じる。なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の圧電素子においても同様に存在する。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく、且つ、リーク電流の発生を抑制することができ、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を具備する液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の態様は、ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子を具備し、前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、チタン酸バリウム系の圧電材料でありチタンに対して3モル%以下の銅、2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含む圧電体層とし、該圧電体層の厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けることにより、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。そして、リーク電流の発生を抑制することもできる。また、鉛を含有しない又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減できる。
【0011】
また、前記バッファー層は、前記圧電体層の両側の面に設けられていることが好ましい。これによれば、リーク電流をより抑制することができる。
【0012】
また、前記圧電体層は、柱状結晶を有するものであることが好ましい。これによれば、高い電圧を印加しても絶縁破壊し難いようにすること、すなわち、耐圧を向上させることができる。
【0013】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。かかる態様では、環境への負荷を低減し、且つ、リーク電流の発生が抑制され、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電体層を有する液体噴射装置を実現することができる。
【0014】
また、本発明の他の態様は、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子であって、前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする圧電素子にある。
かかる態様では、チタン酸バリウム系の圧電材料でありチタンに対して3モル%以下の銅、2モル%以上5モル%以下のリチウム及び2モル%以上5モル%以下のホウ素を含む圧電体層とし、厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けることにより、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できる圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。そして、リーク電流の発生を抑制することもできる。また、鉛を含有しない又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図及び要部拡大図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図9】実施例及び比較例のX線回折パターンを表す図。
【図10】比較例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図11】実施例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図12】実施例及び比較例のP−V曲線を示す図。
【図13】実施例及び比較例のI−V曲線を示す図。
【図14】参考例のX線回折パターンを表す図。
【図15】参考例のP−V曲線及びS−V曲線を示す図。
【図16】参考例の圧電体層の断面を観察した写真。
【図17】参考例のX線回折パターンを表す図。
【図18】参考例の圧電体層の断面及び表面を観察した写真。
【図19】正の印加電圧に対する最大分極量及び変位量の関係を示す図。
【図20】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図であり、図3(a)は図2のA−A′線断面図、図3(b)は図3(a)の要部拡大図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0017】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0018】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0019】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ20〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0020】
さらに、この密着層56上には、第1電極60と、バッファー層65aと、厚さが3μm以下、好ましくは0.5〜1.5μmの薄膜であり、詳しくは後述するが化学溶液法またはスパッタリング法で作成された圧電体層70と、バッファー層65bと、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、バッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極、バッファー層65a、バッファー層65b、及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0021】
上述したように、本実施形態においては、圧電体層70と第1電極60との間にバッファー層65aが設けられ、また、圧電体層70と第2電極80との間にバッファー層65bが設けられている。バッファー層65aやバッファー層65bの厚さは特に限定されないが、圧電特性(変位量)を考慮すると、圧電体層70と比較して非常に薄いことが好ましく、それぞれ例えば20〜60nm程度であることが好ましい。
【0022】
そして、バッファー層65a及びバッファー層65bは、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe、Mn及びTiが位置している。このように、バッファー層65aや、バッファー層65bは、Ti及びBaも含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物であり、圧電体層70を構成する圧電材料の主成分であるチタン酸バリウムと構成元素が共通するため、バッファー層65aや、バッファー層65bを設けても、圧電特性(変位量)は殆ど低下しない。
【0023】
このようなBi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体として表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸マンガン酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0024】
ここで、鉄酸マンガン酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸マンガン酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、Bi(Fe,Mn)O3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸マンガン酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸マンガン酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。また、基本的な特性が変わらない限り、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの比も、種々変更することができる。
【0025】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65aや、バッファー層65bの組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[Bi(Fe1−yMny)O3]−x[BaTiO3] (1)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMny)1−xTix)O3 (1’)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
【0026】
本実施形態においては、バッファー層65aとバッファー層65bとを同じ組成としたが、異なる組成としてもよい。また、本実施形態においては、バッファー層を、圧電体層70と第1電極60との間、及び、圧電体層70と第2電極80との間の両方に設けたが、バッファー層は少なくとも一方の電極側の面に設けていればよく、バッファー層65aのみとしてもよく、また、バッファー層65bのみとしてもよい。
【0027】
また、本発明においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物であるチタン酸バリウム系の圧電材料である。上述したように、ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBaが、BサイトにTiが位置している。なお、本発明でチタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、元素(Ba、Ti、O)の欠損や過剰により化学量論の組成(BaTiO3)からずれたものも、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0028】
そして、本発明においては、圧電体層70を構成する複合酸化物は、ほとんどすべてがチタン酸バリウム(例えばBaTiO3)であり、少量の銅(Cu)、少量のリチウム(Li)、及び、少量のホウ素(B)をさらに含むものである。Cuの含有量は、Tiに対して3モル%以下、好ましくは0.5モル%以上3モル%以下であり、Liの含有量はTiに対して2モル%以上5モル%以下であり、Bの含有量は、Tiに対して2モル%以上5モル%以下である。このように、ほとんどすべてがチタン酸バリウムであり、さらに、Tiに対して3モル%以下のCuと、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLiと、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBとを含むことにより、緻密性や結晶性が向上し、且つ、歪量が大きい圧電体層70となる。また、Cuの含有量を、Tiに対して1モル%以下とすると、ペロブスカイト構造ではない異相が検出されない圧電体層70とすることができる。また、詳しくは後述するが、圧電体層70を化学溶液法やスパッタリング法で製造する際に、低い温度で焼成して結晶化させることができる。したがって、熱に弱い部材を用いた液体噴射ヘッドとすることができる。
【0029】
なお、これらCuや、Li、Bを含んでいても、圧電体層70はペロブスカイト構造を有するものである。そして、Cu、Li、Bは、AサイトのBaやBサイトのTiの一部を置換する、または、グレインの界面に存在しているものと推測される。
【0030】
ここで、特許文献2等に記載されるように、チタン酸バリウム系の圧電材料はバルクについては種々検討がされているが、バルクの圧電材料は、応力が非常に小さいものであるため、一般的に化学溶液法やスパッタリング法で形成される薄膜の圧電材料とは異なる挙動を示すものである。したがって、バルクの圧電材料は薄膜の圧電材料として転用し難い。
【0031】
また、圧電体層70は、柱状結晶を有するものであることが好ましい。柱状結晶を有するものとすると、高い電圧を印加しても絶縁破壊し難いようにすること、すなわち、耐圧を向上させることができ、また、圧電体層70の結晶粒径が均一になる。
【0032】
このように、チタン酸バリウム系の圧電材料でありTiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi及びTiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含む薄膜の圧電体層70とし、厚さ方向の少なくとも一方の側の面に、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65a及びバッファー層65bの少なくとも一方を設けることにより、後述する実施例に示すように、バッファー層65aや、バッファー層65bを設けない場合と比較して、リーク電流を抑制することができる。したがって、信頼性に優れたインクジェット式記録ヘッドとなる。勿論、上述したように、圧電体層70は、歪量が大きく、緻密で、さらに低温で焼成できるものである。
【0033】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0034】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0035】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0036】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0037】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0038】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0039】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0040】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60、バッファー層65a、バッファー層65b及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0041】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図4〜図8を参照して説明する。なお、図4〜図8は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0042】
まず、図4(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図4(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0043】
次に、図5(a)に示すように、密着層56の上に、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる第1電極60をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成する。次に、図5(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0044】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、バッファー層65aを積層する。金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成して結晶化することで金属酸化物からなるバッファー層を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いてバッファー層65aを製造できる。その他、スパッタリング法でバッファー層65aを製造することもできる。
【0045】
バッファー層65aを化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図5(c)に示すように、第1電極60上に、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含有する金属錯体を、目的とする組成比になる割合で含むMOD溶液やゾルからなるバッファー層前駆体溶液をスピンコート法などを用いて、基板上に塗布してバッファー層前駆体膜66を形成する(バッファー層塗布工程)。
【0046】
塗布するバッファー層前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Mn、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナト)鉄などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えばオクチル酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、オクチル酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、オクチル酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0047】
次いで、このバッファー層前駆体膜66を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(バッファー層乾燥工程)。次に、乾燥したバッファー層前駆体膜66を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(バッファー層脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、バッファー層前駆体膜66に含まれる有機成分を離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、これらバッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程及びバッファー層脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0048】
次に、図6(a)に示すように、バッファー層前駆体膜66を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層65aを形成する(バッファー層焼成工程)。バッファー層焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、図6(a)においては、バッファー層65aを1層からなるものとしたが、上述したバッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程及びバッファー層脱脂工程や、バッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数層からなるバッファー層65aとしてもよい。バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置、電気炉やホットプレート等が挙げられる。
【0049】
次いで、このバッファー層65a上に、薄膜の圧電体層70を積層する。金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成して結晶化することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、スパッタリング法等で圧電体層70を製造することもできる。
【0050】
圧電体層70を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図6(b)に示すように、バッファー層65a上に、Ba、Ti、Cu、Li及びBを含有する金属錯体を、目的とする組成比になる割合で含む、具体的には、ほとんどすべてがチタン酸バリウムでありTiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含む複合酸化物が形成されるような割合で含むMOD溶液やゾルからなる圧電体膜前駆体溶液(以下「前駆体溶液」とも記載する)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0051】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBa、Ti、Cu、Li及びBを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Ba、Ti、Cu、Li、Bをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Ba、Ti、Cu、Li、Bをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Baを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムイソプロポキシド、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸チタン、チタニウムイソプロポキシド、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Cuを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸銅などが挙げられる。Liを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸リチウムなどが挙げられる。Bを含む金属錯体としては、2−エチルヘキサン酸ホウ素などが挙げられる。勿論、Ba、Ti、Cu、Li、Bを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0052】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
【0053】
次に、図6(c)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば700〜900℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、チタン酸バリウム系複合酸化物であってBa、Ti、Tiに対して3モル%以下のCu、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のLi、及び、Tiに対して2モル%以上5モル%以下のBを含むペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。焼成工程は、酸素雰囲気中で行なうことが好ましい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置、電気炉やホットプレート等が挙げられる。
【0054】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程の一連の工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図6(d)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0055】
なお、Ba、Ti、Cu、Li及びBを含む原料を用い、上記所定量のCu、Li及びBを含むチタン酸バリウム系の複合酸化物を形成しているため、低い温度で結晶化でき且つ緻密な結晶が得られる。したがって、焼成工程での温度(焼成温度)を低温にすることができる。勿論、他の部材に支障がなければ高温で焼成してもよい。
【0056】
また、圧電体前駆体膜71を塗布した後、間にさらなる塗布工程を介さずに焼成工程を行う方法で圧電体膜72を形成し積層する、すなわち、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程の一連の工程を1層ごとに行う方法で圧電体膜72を積層して圧電体層70を形成することにより、粒状結晶ではなく、柱状結晶の圧電体層70を形成することができる。
【0057】
次に、圧電体層70上に、バッファー層65bを形成するためのバッファー層前駆体溶液を用いて、バッファー層65aを設ける方法と同様の方法で、バッファー層65bを形成する。本実施形態においては、バッファー層65aとバッファー層65bとを、同一の組成のバッファー層前駆体溶液を用いて形成することにより、バッファー層65aとバッファー層65bとを同一の組成になるようにしたが、勿論異なる組成のバッファー層前駆体溶液を用いてもよい。
【0058】
このようにバッファー層65bを形成した後は、図7(a)に示すように、バッファー層65b上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域にバッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60とバッファー層65aと圧電体層70とバッファー層65bと第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、バッファー層65a、圧電体層70、バッファー層65b及び第2電極80のパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜750℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70とバッファー層65aやバッファー層65bとの界面、第1電極60とバッファー層65aとの界面、及び、第2電極80とバッファー層65bとの界面を良好に形成することができ、且つ、圧電体層70やバッファー層65a、65bの結晶性を改善することができる。
【0059】
次に、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0060】
次に、図7(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0061】
次に、図8(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0062】
そして、図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0063】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0066】
次いで、第1電極60上にバッファー層65aをスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガン、2−エチルヘキサン酸バリウム及び2−エチルヘキサン酸チタンの各n−オクタン溶液を、所定の割合で混合して、バッファー層前駆体溶液を調製した。そしてこのバッファー層前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、2500rpmで基板を回転させてバッファー層前駆体膜を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、400℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で、650℃で5分間焼成を行うことにより、バッファー層65aを形成した(バッファー層焼成工程)。
【0067】
次に、このバッファー層65a上に、圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0068】
そしてこの前駆体溶液を、バッファー層65a上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、800℃5分間焼成を行なった(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作を12回繰り返し、計12回の塗布により圧電体層70を形成した。
【0069】
次に、この圧電体層70上に、上記バッファー層65aを形成する際に用いたものと同じ組成のバッファー層前駆体溶液を滴下し、2500rpmで基板を回転させてバッファー層前駆体膜を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、400℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、650℃で5分間焼成を行うことにより、バッファー層65bを形成した(バッファー層焼成工程)。
【0070】
その後、バッファー層65b上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つTiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi、Tiに対して3モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.03:0.03(モル比)でペロブスカイト構造を有する厚さ1100nmの圧電体層70と、この圧電体層70の厚さ方向の両側に組成比が0.75Bi(Fe0.95Mn0.05)O3−0.25BaTiO3のペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、厚さが約40nmのバッファー層65a及び厚さが約40nmのバッファー層65bを有する圧電素子300を形成した。
【0071】
(比較例1)
バッファー層65a及びバッファー層65bを設けなかった以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0072】
(試験例1)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。比較例1の結果を図9(a)、実施例1の結果を図9(b)に示す。この結果、実施例1及び比較例1とも、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測され、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。また、実施例1のペロブスカイト構造の(110)面に由来するピーク強度は、比較例1のものよりも強かった。
【0073】
(試験例2)
実施例1及び比較例1において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。比較例1の結果を図10に、実施例1の結果を図11に示す。この結果、図10及び図11に示すように、実施例1及び比較例1では柱状結晶が形成され、また、結晶粒径も均一であった。
【0074】
(試験例3)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。比較例1の結果を図12(a)に、実施例1の結果を図12(b)に示す。この結果、バッファー層を有する実施例1は、バッファー層を有さない比較例1よりも端部が細いヒステリシスカーブであり、比較例1よりもリーク電流が低いことが分かった。
【0075】
(試験例4)
実施例1及び比較例1の各圧電素子について、±50Vまでの電圧を印加して、電流密度と電圧との関係(I−V曲線)を求めた。比較例1の結果を図13(a)に、実施例1の結果を図13(b)に示す。この結果、バッファー層を有する実施例1はバッファー層を有さない比較例1よりもリーク電流値が顕著に低く、耐圧が大幅に改善された。
【0076】
(参考例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0077】
次いで、第1電極60上に圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0078】
そしてこの前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程からなる工程を2回繰り返し行った後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で、850℃で5分間焼成を行った(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を4回繰り返し、計8回の塗布により全体で厚さ800nmの圧電体層70を形成した。
【0079】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つ、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して1モル%のLi、Tiに対して1モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.01:0.01(モル比)でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0080】
(参考例2)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して2モル%のLi及びTiに対して2モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とした以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0081】
(参考例3)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi及びTiに対して3モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とし、また、焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を800℃5分間とした以外は参考例1と同様の操作を行った。
【0082】
(参考例4)
前駆体溶液の2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の混合割合を変更して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、Tiに対して1モル%のCu、Tiに対して5モル%のLi及びTiに対して5モル%のBを含む圧電材料からなる複合酸化物を圧電体層70とし、また、焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を800℃5分間とした以外は参考例1と同様の操作を行った。
【0083】
(参考例5)
2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素を混合しない前駆体溶液を用いた以外は参考例1と同様の操作を行って、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含む圧電材料、具体的には、BaTiO3でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0084】
(参考例6)
焼成工程においてRTA装置を用いた焼成条件を950℃5分間とした以外は参考例5と同様の操作を行った。
【0085】
(試験例5)
参考例1〜6の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。結果の一例を図14に示す。
【0086】
この結果、参考例1〜6全てにおいて、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測され、また、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。
【0087】
(試験例6)
参考例1〜6の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。結果の一例として、参考例6について図15(a)に、参考例3について図15(b)に示す。
【0088】
この結果、参考例1〜4では、参考例5〜6と同様に、良好なP−Vヒステリシスループであった。
【0089】
(試験例7)
参考例1〜6の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))とV(電圧)との関係(S−V曲線)を求めた。結果の一例として、参考例6について図15(a)に、参考例3について図15(b)に示す。そして、この各S−V曲線から、電界400kV/cmを印加した時の歪み率(圧電体層70の変位量/圧電体層70の膜厚)を求めた。結果を表1に示す。
【0090】
この結果、表1に示すように、Tiに対して3モル%以下のCuを含む参考例1〜2は、焼成条件が同じ参考例5と比較して、顕著に歪み率が高かった。また、焼成温度が高いほど歪み率は高くなるが、Tiに対して3モル%以下のCuを含み焼成温度が800℃の参考例3〜4は、焼成温度が850℃や950℃の参考例5及び6と比較して、同等以上の歪み率であった。
【0091】
(試験例8)
参考例1〜6において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。結晶粒が大きく成長していた場合を○、結晶粒が大きく成長していなかった場合を△、結晶粒がほとんど成長していなかった場合を×として粒成長を評価した。また、結晶粒が隙間無く詰まっている場合を○、少し気孔があった場合を△、気孔が多かった場合を×として緻密性を評価した。評価結果を表1に示す。また、結果の一例として、参考例5の結果を図16(a)に、参考例6の結果を図16(b)に、参考例3の結果を図16(c)に示す。
【0092】
この結果、表1及び図16に示すように、Tiに対してCuを3モル%以下、Liを2〜5モル%、Bを2〜5モル%含む参考例2〜4は、RTA装置での焼成時間が短時間で且つ焼成温度が800〜850℃と低めであったにもかかわらず、結晶の粒が大きく緻密であった。一方、Cu、Li及びBを含まない参考例5及び6や、Li及びBの含有量が少ない参考例1は、参考例2〜4と比較して、結晶が小さくまた隙間があいていた。また、参考例2〜4は、クラックも発生していなかったが、参考例1はクラックが発生していた。参考例2〜4は結晶粒の成長が促進されたためクラックの発生が抑制されたと推測される。
【0093】
【表1】
【0094】
(参考例7)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により酸化シリコン(SiO2)膜を形成した。次に、SiO2膜上に厚さ40nmの酸化チタンを積層し、その上にスパッタリング法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0095】
次いで、第1電極60上に圧電体層70をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸銅、2−エチルヘキサン酸リチウム及び2−エチルヘキサン酸ホウ素の各n−オクタン溶液を所定の割合で混合して、前駆体溶液を調製した。
【0096】
そしてこの前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、150℃で1分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で3分間脱脂を行った(脱脂工程)。次に、酸素雰囲気中で、RTA装置で、800℃5分間焼成を行なった(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作を14回繰り返し、計14回の塗布により全体で厚さ約1400nmの圧電体層70を形成した。
【0097】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタリング法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成して、チタン酸バリウム系であってBaとTiとを1:1(モル比)で含み、且つTiに対して1モル%のCu、Tiに対して3モル%のLi、Tiに対して3モル%のBを含む圧電材料、具体的には、BaTiO3:Cu:Li:B=1:0.01:0.03:0.03(モル比)でペロブスカイト構造を有する圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0098】
(参考例8)
塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程からなる一連の操作とせず、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程からなる工程を2回繰り返し行い、その後、酸素雰囲気中で、RTA装置を用いて800℃で5分間焼成を行い、次いで、この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を7回繰り返し、計14回の塗布により圧電体層70を形成した以外は、参考例7と同様の操作を行った。
【0099】
(試験例9)
参考例7及び8の各圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温(25℃)で、圧電体層70のX線回折パターンを求めた。結果を図17に示す。この結果、参考例7及び8とも、ペロブスカイト構造に起因するピークと基板由来のピークが観測された。また、ペロブスカイト構造ではない異相に由来するピークは観察されなかった。
【0100】
(試験例10)
参考例7及び8において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の表面及び断面を、50,000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。結果の一例として、参考例8の結果を図18(a)に、参考例7の結果を図18(b)に示す。なお、図18中、上段が断面写真で、下段が表面写真である。
【0101】
この結果、図18に示すように、1層ごとに焼成した参考例7は、柱状結晶が形成され、また、結晶粒径も均一であった。一方、2層を一括して焼成した参考例8は、柱状ではなく粒状の結晶であり、また、結晶粒径も参考例7と比較して、不均一であった。
【0102】
(試験例11)
参考例7及び8の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた。この結果、参考例7及び8では、良好なヒステリシスカーブとなっていた。
【0103】
(試験例12)
参考例7及び8の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))とV(電圧)との関係(S−V曲線)を求めた。この結果、参考例7及び8では、歪み率が高かった。
【0104】
また、試験例11及び試験例12の結果から、正の印加電圧に対する最大分極量(図19においてPmaxと表記する)、及び、変位量の関係を求めた。結果を、参考例8について図19(a)に、参考例7について図19(b)に示す。
【0105】
この結果、図19に示すように、1層ごとに焼成した参考例7は、50V程度まで電圧を印加しても圧電素子は破壊せず、耐圧性が優れていることが分かった。一方、2層を一括して焼成した参考例8は、40V程度を超えると最大分極量及び変位量共に急激に下がっており、参考例7と比較して、耐圧性が劣ることが分かった。
【0106】
上記参考例から、圧電体層を、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物とすることにより、圧電体層を歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることが分かる。また、さらに柱状結晶を有する圧電体層とすることにより、耐圧が良好になることも分かる。したがって、この圧電体層の少なくとも一方側の面に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けた本発明においても、同様に圧電体層を歪量が大きく、緻密で、且つ低温で焼成できることが類推できる。また、さらに柱状結晶を有する圧電体層とすることにより、耐圧が良好になることも類推できる。
【0107】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0108】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0109】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図20は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0110】
図20に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0111】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0112】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0113】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0114】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 65a、65b バッファー層、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子を具備し、
前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、
前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
前記バッファー層は、前記圧電体層の両側の面に設けられていることを特徴とする請求項1に記載する液体噴射ヘッド。
【請求項3】
前記圧電体層は、柱状結晶を有するものであることを特徴とする請求項1または2に記載する液体噴射ヘッド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項5】
圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子であって、
前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、
前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする圧電素子。
【請求項1】
ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子を具備し、
前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、
前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
前記バッファー層は、前記圧電体層の両側の面に設けられていることを特徴とする請求項1に記載する液体噴射ヘッド。
【請求項3】
前記圧電体層は、柱状結晶を有するものであることを特徴とする請求項1または2に記載する液体噴射ヘッド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項5】
圧電体層と該圧電体層を挟む電極と前記圧電体層の少なくとも一方側の面に設けられたバッファー層とを備えた圧電素子であって、
前記圧電体層は、チタン酸バリウム系複合酸化物であってバリウム、チタン、チタンに対して3モル%以下の銅、チタンに対して2モル%以上5モル%以下のリチウム及びチタンに対して2モル%以上5モル%以下のホウ素を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、
前記バッファー層は、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなることを特徴とする圧電素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図17】
【図19】
【図20】
【図10】
【図11】
【図16】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図17】
【図19】
【図20】
【図10】
【図11】
【図16】
【図18】
【公開番号】特開2013−98370(P2013−98370A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−240067(P2011−240067)
【出願日】平成23年11月1日(2011.11.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月1日(2011.11.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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