説明

液体噴射記録ヘッドおよびそのための基体並びに基体の製造方法

【課題】液体噴射記録ヘッド用基体に形成される保護層などの層において、その層が薄い場合であっても、被覆性や層質の低下を抑え、パーティクルの影響を回避し、長期間良好な吐出特性を得ることのできる基体およびその製造方法を提供する。長期間良好な吐出性能を示す液体噴射記録ヘッドを提供する。
【解決手段】吐出口から液滴を吐出する液体噴射記録ヘッドに用いられる基体8であって、支持体1と、前記支持体1上に形成された熱エネルギーを発生するための発熱抵抗体2aと、前記発熱抵抗体2aに導通するように前記支持体1上に形成される一対の電極と、前記一対の電極および前記発熱抵抗体2aを覆う保護層4とを備え、前記保護層4が、ECRスパッタ層よりなることを特徴とする液体噴射記録ヘッド用基体8。この基体の製造方法。上記液体噴射記録ヘッド用基体8を有する液体噴射記録ヘッド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記録用の液体を熱エネルギーを利用して吐出口から吐出させることにより記録を行なう液体噴射記録ヘッドに関し、またこのヘッドに用いられる基体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱エネルギーを利用して吐出口からインクなどの液滴を吐出、飛翔させることによって被記録媒体(多くの場合は紙)上に記録を行なう液体噴射記録方法は、ノンインパクト型の記録方法であって、騒音が少ないこと、普通紙に直接記録できること、多色のインクを用いることによりカラー画像記録が容易にできることなどの特長を有し、さらに記録装置の構造が簡単で高密度マルチノズル化が容易であり、高解像度、高速度のものを容易に得ることができるという利点を有しており、近年急速に普及しつつある。
【0003】
図2はこの液体噴射記録ヘッドの例の、液路に平行な平面での要部垂直断面図である。この液体噴射記録ヘッドは、図2に示すように、一般に、インクなどの記録用の液体を吐出するための多数の微細な吐出口7、吐出口7ごとに設けられて吐出口7に連通する液路6、各液路6に記録用の液体を供給するため各液路6に共通に設けられた液室(図示せず)、液室に液体を供給するため液室の天井部分に設けられた液体供給口(図示せず)、そして記録用の液体に熱エネルギーを加えるための発熱抵抗体2aを各液路6に対応して有する液体噴射記録ヘッド用基体8とから構成されている。液路6、吐出口7、液体供給口、液室は、一体的に天板5に形成されるようになっている。
【0004】
液体噴射記録ヘッド用基体8は、図2に示すように、基板1上に、ある程度の大きさの体積抵抗率を有する材料からなる発熱抵抗層2を設け、発熱抵抗層2の上に、電気伝導性のよい材料からなる電極層3を積層した構成である。電極層3は、発熱抵抗層2と同様の形状であるが一部分が欠落しており、この欠落した部分において発熱抵抗層2が露出し、この部分が発熱抵抗体2aすなわち発熱部となっている。電極層3は、発熱抵抗体2aをはさんで2つの電極となり、これら電極間に電圧を印加することにより、発熱抵抗体2aに電流が流れて発熱するようになっている。発熱抵抗体2aは、天板5の対応する液路6のそれぞれ底部に位置するように、液体噴射記録ヘッド用基体8上に形成されている。さらに液体噴射記録ヘッド用基体8には、電極や発熱抵抗体2aを被覆するようにして、保護層4が設けられている。この保護層4は、記録用の液体との接触やこの液体の浸透による発熱抵抗体2aおよび電極3の電蝕や電気的絶縁破壊を防止する目的で設けられたものである。保護層4は、SiN(シリコン窒化物)を用いて構成することが一般的であるが、SiO2を使用することも可能である。そして保護層4の上に耐キャビテーション層(図2には不図示)が設けられる。保護層4の形成方法としては、各種の真空成膜法、例えばプラズマCVD法、スパッタリング法、あるいはバイアススパッタリング法などが用いられている。
【0005】
特許文献1には、インクジェットヘッドにおける蓄熱層,発熱抵抗体,配線,保護膜の基本的な膜構成が記載されている。
【0006】
特許文献2には、電気熱変換素子を分割駆動するための多層配線の一方の配線を、蓄熱層内に形成する構成が記載されている。
【0007】
特許文献3には、基板の表面部のほぼ全域に形成されて一対の電極配線および電気熱変換素子を覆う第1保護層と、この第1保護層の表面に形成されて電気熱変換素子およびこの電気熱変換素子と一対の電極配線との接続部近傍を覆う第2保護層とを設け、一対の電極配線の厚みを1800〜2400Åの範囲内にし、第2保護層によって覆われた第1保護層の部分の厚みを2600〜3400Åの範囲内にすると共に第2保護層によって覆われていない第1保護層の部分の厚みを第2保護層によって覆われた第1保護層の部分の厚みよりも薄くする構成が記載されている。
【特許文献1】特公昭63−38306号公報
【特許文献2】特開平2−125741号公報
【特許文献3】特開2001−130003号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、吐出性能を向上させるために保護層4を従来よりも薄くすると、電極配線におけるカバレッジ性の低下、保護層自体の欠陥、あるいは保護層形成時のパーティクルなどの影響によって、液体噴射記録ヘッドとしての寿命は低下する傾向にある。
【0009】
以下に、プラズマCVD法、スパッタリング法、バイアススパッタリング法のそれぞれについて、SiN層、SiO2層を形成する場合について説明する。
【0010】
プラズマCVD法においては、配線の段差部において膜の形状が急峻である、配線段差部での膜質が必ずしも良好とは言えない、形成される膜の表面に微小な凹凸が生じやすいといった点で問題が生ずる場合がある。まず、段差部で形状が急峻になることについて説明する。
【0011】
図5(a)は、アルミニウム配線(薄膜)409上にプラズマCVD法により形成したSiN膜410の段差部の構造を示す断面図である。プラズマCVD法を用いて段差部を形成すると、図示矢印Aで指示される部分のように、段差部の切り込みが深いものとなる。このため、図5(b)に示すように、SiO2膜410上に蒸着、スパッタリング法などで薄膜411を形成すると、A部への膜のまわり込みが悪いために平坦部より薄くなってしまい、配線等を形成した場合には電流密度が大きくなって、発熱や断線の原因となる場合がある。保護層を薄くすればするほど、この傾向は一層顕著になる。
【0012】
プラズマCVD法でSiN膜を形成した場合、例えば図5(a)のBで示されるような段差部の膜質があまり良くないものとなる場合がある。平坦部の膜に対しB部の膜は緻密性が低いので、瞬時にエッチングされてしまうこともある。このように緻密性の低い膜の部分では、ヒータ(発熱部)の繰り返し加熱冷却の熱ストレスによりクラックが発生しやすく、保護層として使用した場合にその機能を失ないやすい。また、SiN膜上に積層される膜、例えば耐キャビテーション層として使用されるTa膜のパターニングには、フッ酸系のエッチング液の使用はできない場合がある。
【0013】
プラズマCVD法で形成したSiN膜表面の微小な凹凸について説明する。プラズマCVD法による膜は、一般的に、平坦な基板上に成膜したとしても表面には微小な凹凸が発生しやすい。このSiN膜の凹凸形状は、インクに直接接する耐キャビテーション層上にも残るため、ヒータ面上でのインクの発泡の際に発泡の開始点(発泡核)がヒータ面上に点在することになって、安定な膜沸騰現象が再現しにくく、吐出性能にも悪影響を及ぼす場合がある。
【0014】
スパッタリング法では、配線の段差部において膜の形状が急峻である、形成される膜の膜質があまり良くない、また、いわゆるパーティクルが多いといった点で問題が生じることがある。段差部で急峻となることはプラズマCVD法の場合と同様であるので説明を割愛し、まず、膜質について説明する。
【0015】
通常のスパッタリング法(SiNターゲットをArガスでスパッタする方法)でSiN膜を形成する場合、基板温度を300℃程度まで上げないと緻密な膜が形成できない。しかし、300℃程度まで昇温すると、配線に使用されるアルミニウム層に大きなヒロックが成長してしまう場合がある。特に、図7に示すようにアルミニウム配線409のエッジ部にヒロックが発生した場合には、その上のSiN膜410における実質的な膜厚段差が大きくなり、膜としての被覆性が悪化する場合がある。つまりステップ部でクラックが生じやすく、クラック部よりインクが電極に接すると電蝕が発生してしまう場合がある。また、300℃に基板温度を上げても段差部の膜質は改善されないため、プラズマCVD法によって形成された膜と同様の点で問題が生じることがある。
【0016】
また、スパッタリング装置の成膜室には、ターゲットやシールド板、シャッター板などが設けられており、プラズマCVD装置の反応室と比較して構造が複雑である。そしてSiNなどの絶縁膜を形成するときは、チャージアップなどにより火花放電が発生することもある。火花放電による部材の飛散や複雑な成膜室内のメンテナンス(クリーニング)で取りきれない堆積ゴミなどが、基板上にパーティクルとなって降り積もるという点で問題が生じることがある。SiN膜は応力が高いために、特に成膜室壁から剥がれやすくパーティクルの原因になりやすい。すなわち、これらのパーティクルが膜中に取り込まれると数μmのブツ状の欠陥となり、その欠陥上に発熱抵抗体が形成されると、吐出の際にキャビテーション破壊が起きることがある。基板に導電性がある場合は、ブツ欠陥部から電流がリークし、電気的にショートすることもある。このため、製造される記録ヘッドの信頼性および耐久性を高くすることは容易とは言えない。
【0017】
バイアススパッタリング法は基板側にも高周波電力を印加し、自己バイアスによるスパッタ効果を利用して段差部の形状をなだらかにする方法であり、スパッタリングやプラズマCVDとは異なり段差部の平坦化を良好に行うことが容易である。
【0018】
図8はバイアススパッタリング法でアルミニウム配線409の上にSiN層410を成膜させたときの段差部の構造を模式的に示すものであり、この図から、プラズマCVD法などの場合に比べ、段差部が平坦化されていることがわかる。しかし、通常のスパッタリング法と同様にパーティクルが生じやすいという点で問題が生じることがある。またバイアススパッタは、膜厚安定性が悪い場合がある。
【0019】
以上説明したように、液体噴射記録ヘッド用基体では、保護層等の絶縁膜を形成する場合には、膜質や表面の平滑度あるいは成膜速度などの改良されるべき点がある。
【0020】
本発明の目的は、液体噴射記録ヘッド用基体に形成される保護層などの層において、その層が薄い場合であっても、被覆性や層質の低下を抑え、パーティクルの影響を回避し、もって長期間良好な吐出特性を得ることのできる基体を提供することである。
【0021】
本発明の別の目的は、このように優れた液体噴射記録ヘッド用基体を製造するに好適な方法を提供することである。
【0022】
本発明のさらに別の目的は、長期間良好な吐出特性を示すことのできる液体噴射記録ヘッドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明により、吐出口から液滴を吐出する液体噴射記録ヘッドに用いられる基体であって、
支持体と、前記支持体上に形成された熱エネルギーを発生するための発熱抵抗体と、前記発熱抵抗体に導通するように前記支持体上に形成される一対の電極と、前記一対の電極および前記発熱抵抗体を覆う保護層とを備え、
前記保護層が、ECRスパッタ層よりなることを特徴とする液体噴射記録ヘッド用基体が提供される。
【0024】
本発明により、液体に熱エネルギーを付与して膜沸騰を生じさせ、これによって吐出口から液滴を吐出する液体噴射記録ヘッドに用いられる基体であって、支持体と、前記支持体上に形成された熱エネルギーを発生するための発熱抵抗体と、前記発熱抵抗体に導通するように前記支持体上に形成される一対の電極と、前記一対の電極および前記発熱抵抗体を覆う保護層とを備える液体噴射記録ヘッド用基体の製造方法であって、
前記保護層を、ECRスパッタ法により形成することを特徴とする液体吐出ヘッド用基体の製造方法が提供される。
【0025】
本発明により、上記の液体噴射記録ヘッド用基体;
前記液体噴射記録ヘッド用基体に備わる発熱抵抗体に対応して設けられた、記録用の液体を流通させるための液路;および、
前記液路に連通し記録用の液体を吐出するための吐出口
を有する液体噴射記録ヘッドが提供される。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、液体噴射記録ヘッド用基体に形成される保護層などの層において、その層が薄い場合であっても、被覆性や層質の低下を抑え、パーティクルの影響を回避し、もって長期間良好な吐出特性を得ることのできる基体が提供される。
【0027】
また本発明により、このように優れた液体噴射記録ヘッド用基体を製造するに好適な方法が提供される。
【0028】
さらに本発明により、長期間良好な吐出特性を示すことのできる液体噴射記録ヘッドが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明においては、従来の真空成膜方法(プラズマCVD,スパッタリング、バイアススパッタリング)を用いて、例えばSiNやSiO2などの保護層、を成膜する代わりに、ECR(電子サイクロトロン共鳴)スパッタ成膜法により層を形成する。ECRスパッタ法によって形成された層をECRスパッタ層という。
【0030】
まず、ECRスパッタ法について説明する(参考資料:精密工学会誌VOl.66,No.4,2000,天沢敬生,及川秀男,廣野滋,松尾誠太郎)。ECRスパッタ法は、磁場(例えば875ガウス)とマイクロ波(例えば2.45GHz)の相互作用で電子がサイクロトロン運動し、スパッタガスの電離確率が高くなり、例えば10-5〜10-4Torr(10-3〜10-2Pa)の高真空下で安定したプラズマが得られる。勾配磁場によりプラズマの中性を保ちながら引き出されたプラズマ流中イオンは途中に配置した負にバイアスされたターゲットに加速され衝突しスパッタされる。スパッタされた中性粒子はプラズマ中でイオン化されプラズマ流とともに基板方向に加速され成膜される。
【0031】
このときプラズマ流のエネルギーは例えば10〜30eVである。ECRスパッタの特徴の一つに、高品質な薄膜形成をあげることができるが、これの最大の理由は、このようにエネルギー制御された大量のイオンが照射するなかで薄膜成長が進むことである。
【0032】
基板に入射するイオンのエネルギーが50eV程度以上になると、イオンが基板内に入り込んだり、基板を構成する原子がたたき出されたり、あるいは基板に欠陥を発生させるなどにより、薄膜の不純物汚染やラフネスなどの問題を引き起こす場合がある。逆に蒸着法のように熱的なエネルギーのみで成膜する場合には、入射粒子のエネルギーは0.1eVという低いオーダーであり、基板表面で十分にマイグレーションできなくなる場合がある。これに対しECRスパッタでは、圧力などを変えることにより、照射イオンのエネルギーを好適な値に制御することが可能である。基板表面に到達した原子は、薄膜成長に好適なエネルギーを与えられて表面上をマイグレーションし、安定な位置に留まることができる。これによって、化合物薄膜においては、化学的に安定となるような高い結合力も期待できる。また、成膜中の圧力が低く、CVDにおけるような不要な反応生成物などの汚染が発生することもない。例えば、ターゲットがSiの場合、Arガスを用いるとSi膜が成膜され、Ar+O2ガスでは、SiO2膜,Ar+N2ではSi34膜が成膜される。従って、化学量論的にも、バルク材に匹敵するものとなる。SiH4ガスを用いるCVDと異なり、水素フリーな膜が得られる。従って、化学量論的にも、バルク材に匹敵するものとなる。そればかりでなく、危険なガスを全く用いない、優れた環境適合性も有する。
【0033】
すなわち、プラズマCVDや一般的なスパッタリングよりも、より化学量論比的にバルクに近く、環境適合性の優れた膜を形成することが可能となる。
【0034】
このようにECRプラズマは、理想に近い薄膜成長環境を提供することから、緻密・平滑性に優れたバルクの物性に近い薄膜の形成が可能になる。ECR薄膜の平滑性に関しては、膜の凸凹は原子レベルである。例えば、ECR膜と一般のRFスパッタ膜に関して、厚み100nmのAl23のAFM(原子間力顕微鏡による像)を比較すると、ECR膜の最大粗さRmaxが0.48nm程度であるのに対して、RFスパッタ膜の最大粗さは5.3nm程度である。
【0035】
さらには、化合物を含むほとんどの薄膜形成において特別な基板加熱を必要としないことから、高温プロセスを嫌う、様々な目的にも利用しうる。そしてまた、ECRスパッタ法はビーム方式であり、基板をイオン流に対して斜め方向に配置することによって、カバレッジを向上させることが可能になる。
【0036】
次に、図4を用いてECRスパッタ法の装置構成の一例について説明する。装置全体は、排気口321に接続された排気ポンプ(不図示)によって、高真空まで排気されるようになっている。プラズマ室314にはマイクロ波導波管413より2.45GHzのマイクロ波が導入され、第1のガス導入口315よりArが導入される。このとき、プラズマ発生室314の外側部分に周設されたコイル312の磁力を調節してECR(電子サイクロトロン共鳴)条件を成立させると、プラズマ室314内に、高密度高活性なプラズマが生成する。このプラズマ化されたガスは、試料室317に移動する。このときターゲット320にRF(高周波電圧)13.56MHzを印可するとスパッタリングが行われ、試料室317に設けられた第2のガス導入口316よりN2を導入することによって、試料室317内に設置された基板ホルダー318上に載置された基板319上にSi34膜が積層される。
【0037】
例えば図1(a)および(b)に示すような電極層3および発熱抵抗体層2を所定の形状にパターニングして発熱抵抗体2aを形成し、さらに上記のようにしてECRスパッタ法によりSi34よりなる保護層4を設けることによって、液体噴射記録ヘッド用基体8を得ることができる。
【0038】
なお、発熱抵抗体の形状や保護層4の構成などは図示されるものに限定されない。次に、液体噴射記録ヘッド用基体8上に例えば図2に示すように液路6、吐出口7及び必要に応じて液室(図示せず)を形成することによって本発明の液体噴射記録用ヘッドを形成することができる。
【0039】
なお、液体噴射記録ヘッドの構造も図示されるものに限定されない。
【0040】
例えば図2に示した例は吐出口から液体が吐出する方向と液路の熱エネルギー発生体の発熱部が設けられた箇所へ液体が供給される方向とがほぼ同じである構成を取るが、本発明はこれに限られるものではなく、例えば前記2つの方向が互いに異なる(例えばほぼ垂直である)液体噴射記録用ヘッドに対しても適用できるものである。
【0041】
本発明における液体噴射記録ヘッドの基本的構成は公知のものと同様でよい(ECRスパッタ法により形成された層を有する液体噴射記録ヘッド用基体を用いる点は除く)。従って、製造プロセスは基本的に変えることなく製造できる(上記層をECRスパッタ法で形成することを除く)。
【0042】
例えば、蓄熱層(例えば2〜2.8μm)としてはSiO2、発熱抵抗体(発熱抵抗層)(例えば0.02〜0.2μm)としてはHfB2など、電極(例えば0.1〜0.5μm)としてはTi、Al、Crなど、上部保護層(第1の保護層)(例えば0.5〜2μm)としてはSiN,あるいはSiO2など、第2の保護層(例えば0.3〜0.6μm)としてはTa,Ta25など、第3の保護層としては感光性ポリイミド等を用いることができる。
【0043】
ここでいう第1〜第3の保護層は、保護層を三層構成としたものである。第1の保護層は、SiO2等の無機酸化物やSi34等の無機窒化物等の比較的電気絶縁性、熱伝導性、及び耐熱性に優れた無機材料で構成される。第2の保護層は、粘りがあって、比較的機械的強度に優れ、第1の保護層に対して密着性と接着力のある、例えば第1の層がSiO2で形成されている場合には、Ta等の金属材料で構成される。第3の保護層は、共通液室部も含めた液流路における液体と接触する可能性のある基板の主たる表面に設けられ、その主たる役目は液浸透防止と耐液作用にある。さらには、共通液室より後方の電極配線部をも被覆するように設けることによって、電極配線部の製造工程中に起こる電極配線部のキズの発生、断線の発生等を防止することが出来る。
【0044】
液体噴射記録ヘッド用基体においてECRスパッタ法によって層を形成することにより、化学量論比からのずれが極めて小さい良質な層を薄膜で形成可能で、薄膜化してもバルク材に極めて近い物性の良質の層を成膜することが可能である。そして、配線段差部の形状および膜質が良好であり、表面形状がなだらかなものとすることができる。また、低温で成膜可能であるため、下部配線にヒロックの発生などの悪影響を与えず、層の平坦性も非常に高く、製造プロセスの選択の幅が広い。従って、欠陥がほとんどなく絶縁耐圧が高い層を形成することが容易である。その結果、ショートする心配のない、長期使用に耐え得る液体噴射記録ヘッド用基体が得られ、吐出が安定され、信頼性が高く、高品位な印字が可能な高耐久の液体噴射記録ヘッドを得ることができる。
【0045】
本発明の液体噴射記録ヘッド用基体においては、ECRスパッタ層を電気絶縁のために設けることができる。
【0046】
本発明の液体噴射記録ヘッド用基体においては、ECRスパッタ層と支持体との間に、前記発熱抵抗体および一対の電極を配することが出来る。そして、本発明の液体噴射記録ヘッド用機体の製造方法においては、発熱抵抗体および一対の電極より支持体とは反対側に、前記ECRスパッタ法で層を形成することが出来る。
【0047】
本発明の液体噴射記録ヘッド用基体が、さらに、前記電極とは別に、前記ECRスパッタ層と支持体との間に、配線層を有することが出来る。
【0048】
本発明の液体噴射記録ヘッド用基体においては、ECRスパッタ層がシリコン窒化物またはシリコン酸化物を含むことができる。そして、本発明の液体噴射記録ヘッド用基体の製造方法においては、前記ECRスパッタ法で形成する層が、シリコン窒化物またはシリコン酸化物を含むことができる。
【実施例】
【0049】
〔実施例1〕
図6に示す層構成を有する液体噴射記録ヘッド用基体を作成し、この基体を用いて図2に示すように天板を設けて吐出口や液路を形成して液体噴射記録ヘッドを作成した。
【0050】
製造方法としては、基体上にドライフィルムによって液流路パターンを形成し、これの上に接着材を用いて天板を貼り合わせた。天板の材料としては、例えばガラスを用いることが可能である。基体と天板を貼り合わせた後、天板,基体に対して垂直に切断し、この切断面をフェイス面とすることにより、発熱抵抗体に対して水平方向にインクが吐出するインクジェットヘッドを製作することが可能となる。
【0051】
まず、支持体であるシリコン基板(シリコンウエハー)上に、バブリング法による酸素導入によって熱酸化のSiO2を形成した。温度は1150℃であり、時間は12時間である。図6に示すように、これを蓄熱層402とする。
【0052】
次に、蓄熱層上に、一般的なスパッタによってHfB2からなる発熱抵抗層(20μm×100μm、膜厚0.16μm、配線密度16Pel)を、電子ビーム蒸着によってAlからなる電極層(膜厚0.6μm、幅20μm)を形成した。
【0053】
その後、レジストによりパターンを形成し、その次にこれをマスクとしてウエットエッチングを行い、図1(a)に示すパターンと同様のパターンで発熱抵抗層404および電極層405を形成した。Alのウエットエッチングには燐酸:硝酸:酢酸:水=16:1:2:1の混合液を使用し、HfB2のエッチングには、ふっ酸と硝酸の混合液を用いた。その後レジストを剥離し、AlとHfB2のパターンが完成した。すなわち各発熱抵抗体2aに互いに離間して電極3aおよび3bが接続されるようにした。このとき発熱抵抗体は256個並べて設けた。
【0054】
次に、電極および発熱抵抗体が形成された部分の上部にECRスパッタによりSi34から成る保護層406(膜厚0.3μm)と、一般的なスパッタによりTa(0.23μm)からなる耐キャビテーション層407を成膜し、液体噴射記録ヘッド用基体を得た。
【0055】
ECRスパッタ装置には、エヌ・ティ・ティアフティ株式会社製のAFTEX−7800L(商品名)を使用した。ECRスパッタによる成膜条件は、アルゴン30sccm,窒素7sccmであり、成膜圧力は1.26×10-0.1Pa,マイクロ波のパワーは500W,ターゲットに印可したパワーも500W、磁場を形成するコイルには26A印可した。このとき成膜レートは約50Å/minである。また、成膜時においては、図3に示すように、基板ホルダー323の配置を調整して基板322をイオン流に対して30°傾斜させ、且つ基板を自転させながら成膜した。
【0056】
保護層成膜後、断面形状(特に電極による段差部)を観察したところ、図5(a)や図5(b)に示したような形状にはなっておらず、図8に非常に近い形状になっていた。なお、図8は、バイアススパッタリング法によってアルミニウム配線409の上にSiN層410を成膜した様子を示すものである。ECRスパッタ成膜法によって成膜した場合は、バイアススパッタリング法を用いた場合に比較して、パーティクルの発生が非常に少なく、実用上非常に好ましいレベルであった。
【0057】
また、Si34保護層表面の凸凹も非常に小さかった。
【0058】
さらに実験的に基板表面へサーモラベルを貼り付け、ECRスパッタ成膜中の基板温度を測定したところ、150℃以下であることが確認できた。また、アルミからなる電極層405にヒロックなどの現象も認められなかった。
【0059】
なお、Taのエッチングには、HF+NHO3の混合液を用いた。Taエッチングに際してオーバーエッチングを行ったが、ECRスパッタによる保護層Si34のダメージは極めて小さかった。
【0060】
上述の液体噴射記録ヘッド用基体の上に、図2に示すように液路6および液室(不図示)等をドライフィルムにより形成し、天板を接着材で貼り合わせ、最後にスライサー切断により吐出口面を形成する面を切断して液体噴射記録ヘッドを得た。
【0061】
このようにして作成した液体噴射記録ヘッド1000個について、吐出耐久試験を実施した。
【0062】
各発熱抵抗体に15V、パルス幅0.8μsの印字信号を印加して各吐出口から液体を吐出させ、発熱抵抗体が断線するまでの電気信号のサイクル数を測定し、その耐久性を評価した。上記ヘッドは1ヘッド当たり256個の発熱抵抗体を持つが、そのうち1個の発熱抵抗体でも断線した時点でそのヘッドは試験打ち切りとした。
【0063】
得られた結果は表1に示すとおりである。すなわち、1000個のヘッドのうちの99.5%において、109回以上の液体吐出を良好に行うことができた。
【0064】
【表1】

【0065】
〔比較例1〕
ECRスパッタ法ではなく、プラズマCVD法により保護層を形成したこと以外は実施例1と同様にして液体噴射記録ヘッドを1000個作成し、吐出耐久試験を実施した。プラズマCVDの成膜温度は200℃で、成膜時の圧力は2.0torr(270Pa)であり、ガスはSiH4:N2O=300sccm:2000sccmである。
【0066】
保護層成膜後に断面形状観察したところ、プラズマCVDによって形成したSi34保護層は図5(a)や図5(b)に示したような形状になっていた。
【0067】
吐出耐久試験で得られた結果は次のとおりである。
【0068】
【表2】

【0069】
パルス数1×107にて断線したヘッドを分解し原因を調べたところ、図5(a)に示すB部に相当する部位においてクラックが発生し、そのクラックがきっかけとなって破損した保護層および耐キャビテーション層からインクがしみ込み、アルミニウム配線が腐食していた。
【0070】
さらには、耐キャビテーション層が存在しない保護層の部分においては、Si34保護層の欠陥に起因するアルミニウム配線のインクによる腐食が発生していた。これは、吐出性能を向上させる目的で膜厚を薄くしたため、プラズマCVDによって形成したSi34膜の欠陥が顕在化したものである。
【0071】
〔比較例2〕
段差部の膜質改善をねらって、保護層Si34のプラズマCVD成膜時の基板温度を300℃に上げたこと以外は比較例1と同様にして液体噴射記録ヘッドを作成し、評価した。
【0072】
しかしながら、耐キャビテーション層をHF+HNO3によってエッチングした際に、やはり図5(a)B部に相当する部分にダメージが生じてしまい、膜質が改善されていないことがわかった。そればかりではなく、プラズマCVD−Si34(保護層)の下部に位置するアルミ配線(電極)のエッジ部に、図7に示すようなヒロックが生じてしまった。耐久試験を行ったところ、結果は比較例1より悪化してしまった。
【0073】
断線したヘッドを分解して調べたところ、ヒロックが発生したために、その上のSiN膜における実質的な膜厚段差が大きくなった部分において、膜としての被覆性が悪化し、ステップ部でクラックが生じ、このクラック部よりインクが電極に接し電蝕の発生したことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の液体噴射記録ヘッドは、インクジェットプリンターなどにおいて用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】(a)は液体噴射記録ヘッド用基体の一例の平面模式図であり、(b)はX−X’線における模式的断面図である。
【図2】液体噴射記録ヘッドの一例の、液路を含む平面における垂直断面模式図である。
【図3】基板を傾斜させて配置したECRスパッタ装置の構造例を示す模式図である。
【図4】ECRスパッタ装置の基本構造例を示す模式図である。
【図5】(a)はアルミニウム配線の段差がある場合のSiO2層の断面形状を示す模式図、(b)はSiO2層の上にさらに薄膜を積層した場合の断面形状を示す模式図、(c)はその平面形状を示す模式図である。
【図6】液体噴射記録ヘッド用基体の一例の断面模式図である。
【図7】アルミニウム配線のヒロックがある場合のSiO2層の断面形状を示す模式図である。
【図8】アルミニウム配線の段差によるSiO2層の断面形状を示す模式図である。
【符号の説明】
【0076】
1 支持体
1b 蓄熱層
2 発熱抵抗層
2a 発熱抵抗体
3 電極層
3a,3b 電極
4 保護層
5 天板
6 液流路
7 吐出口
8 液体噴射記録ヘッド用基体
312 コイル
314 プラズマ室
315 第一のガス導入口
316 第二のガス導入口
317 試料室
318、323 基板ホルダー
319、322 基板
320 ターゲット
321 排気口
413 マイクロ波導波管
401 シリコン基板
402 蓄熱層
404 発熱抵抗層
405 電極層
406 保護層
407 耐キャビテーション層
409 アルミニウム配線
410 SiO2薄膜
411 薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吐出口から液滴を吐出する液体噴射記録ヘッドに用いられる基体であって、
支持体と、前記支持体上に形成された熱エネルギーを発生するための発熱抵抗体と、前記発熱抵抗体に導通するように前記支持体上に形成される一対の電極と、
前記一対の電極および前記発熱抵抗体を覆う保護層とを備え、
前記保護層が、ECRスパッタ層よりなることを特徴とする液体噴射記録ヘッド用基体。
【請求項2】
前記ECRスパッタ層がシリコン窒化物を含む請求項1に記載の液体噴射記録ヘッド用基体。
【請求項3】
前記ECRスパッタ層がシリコン酸化物を含む請求項1に記載の液体噴射記録ヘッド用基体。
【請求項4】
液体に熱エネルギーを付与して膜沸騰を生じさせ、これによって吐出口から液滴を吐出する液体噴射記録ヘッドに用いられる基体であって、支持体と、前記支持体上に形成された熱エネルギーを発生するための発熱抵抗体と、前記発熱抵抗体に導通するように前記支持体上に形成される一対の電極と、前記一対の電極および前記発熱抵抗体を覆う保護層とを備える液体噴射記録ヘッド用基体の製造方法であって、
前記保護層を、ECRスパッタ法により形成することを特徴とする液体吐出ヘッド用基体の製造方法。
【請求項5】
前記ECRスパッタ法で形成する層がシリコン窒化物を含む請求項4に記載の液体噴射記録ヘッド用基体の製造方法。
【請求項6】
前記ECRスパッタ法で形成する層がシリコン酸化物を含む請求項4に記載の液体噴射記録ヘッド用基体の製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載の液体噴射記録ヘッド用基体;
前記液体噴射記録ヘッド用基体に備わる発熱抵抗体に対応して設けられた、記録用の液体を流通させるための液路;および、
前記液路に連通し記録用の液体を吐出するための吐出口
を有する液体噴射記録ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−160776(P2007−160776A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−361798(P2005−361798)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】