説明

温間での深絞り性に優れた高強度鋼板およびその温間加工方法

【課題】980MPa級以上の強度を確保しつつ深絞り性に優れた高強度鋼板およびその温間加工方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.3%、Si:1〜3%、Mn:1.8〜3%、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、N:0.002〜0.03%を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、全組織に対する面積率で、ベイニティック・フェライト:45〜85%、残留γ:3%以上、マルテンサイト+前記残留γ:10〜50%、フェライト:5〜45%の各相を含む組織を有し、前記残留γのC濃度が0.6〜1.2質量%であり、KAM値の頻度分布曲線において、全頻度に対する、該KAM値が0.4°以下の頻度の比率XKAM≦0.4°と、フェライトの面積率Vαとの関係が、XKAM≦0.4°/Vα≧0.8を満たし、かつ、前記フェライトと硬質第2相との界面に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子が、前記硬質第2相1μm2当たり3個以下である高強度鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温間での深絞り性に優れた高強度鋼板およびその温間加工方法に関する。なお、本発明の高強度鋼板としては、冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、および、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が含まれる。
【背景技術】
【0002】
自動車用骨格部品に供される薄鋼板は衝突安全性と燃費改善を実現するため、高強度化が求められている。そのため、鋼板強度を980MPa級以上に高強度化しつつも、プレス成形性を確保することが要求されている。980MPa級以上の高強度鋼板において、高強度化と成形性確保を両立させるにはTRIP効果を活用した鋼を用いることが有効であることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
上記特許文献1には、ベイナイトまたはベイニティック・フェライトを主相とし、残留オーステナイト(γR)を面積率で3%以上含有する高強度鋼板が開示されている。しかしながら、この高強度鋼板は、室温での引張強度980MPa以上で伸びが20%に達しておらず、さらなる機械的特性(以下、単に「特性」ともいう。)の改善が求められる。
【0004】
一方、TRIP鋼板は、短軸引張の伸びで代表される延性以上に、深絞り性で特に優位性を持つことが知られている(例えば、非特許文献1、特許文献2参照)。すなわち、一般に鋼板の深絞り性はr値が支配すると考えられているが、TRIP鋼板の場合には深絞りの縦壁部はTRIP効果発現により延性が改善される一方、縮フランジ部は逆にTRIP現象が抑制されることで硬化されにくく、材料の流入が容易になり深絞り性が改善することが知られている。
【0005】
しかしながら、上記知見は780MPa級以下のTRIP鋼板には適用できるものの、980MPa級以上のTRIP鋼板にはそのまま適用できない。
【0006】
そのため、自動車部品において最も重要な成形性の指標のひとつである深絞り性の改善は、980MPa級以上の超高強度鋼板を用いる際の重要なポイントとなる。
【0007】
一方、冷間での成形ではTRIP鋼板でも成形性に限界があることから、成形温度を高めることで成形性をさらに改善できることが見出されている。具体的には、延性が高まる150℃付近で成形することで、パンチ肩部でのひずみ誘起マルテンサイト変態による硬化を促進することにより、限界絞り比(LDR)を2.28まで改善できることが見出されている(非特許文献2参照)。
【0008】
しかしながら、上記非特許文献2に開示されている鋼板は、同文献のTable 1に示すように引張強度(TS)が980MPa未満であり、さらなる高強度化と一層の成形性改善の両立が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−193193号公報
【特許文献2】WO95/29268号パンフレット
【特許文献3】特開2004−190050号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】高橋学,「自動車用高強度鋼板の開発」,新日鉄技報,2003年,第378号,p.2−6
【非特許文献2】長坂明彦,杉本公一,小林光征,橋本俊一,「TRIP型複合組織鋼の深絞り性に及ぼす温間成形の影響」,鉄と鋼,1999年,第85巻、第7号,p.52−57
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、980MPa級以上の強度を確保しつつ温間における深絞り性に優れた高強度鋼板およびその温間加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明は、
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C :0.02〜0.3%、
Si:1.0〜3.0%、
Mn:1.8〜3.0%、
P :0.1%以下(0%を含む)、
S :0.01%以下(0%を含む)、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.002〜0.03%
を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、
全組織に対する面積率で(以下、組織について同じ。)、
ベイニティック・フェライト:45〜85%、
残留オーステナイト:3%以上、
マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜50%、
フェライト:5〜45%
の各相を含む組織を有し、
前記残留オーステナイトのC濃度(Cγ)が0.6〜1.2質量%であり、
Kernel Average Misorientation値(以下、「KAM値」と略称する。)の頻度分布曲線において、
全頻度に対する、該KAM値が0.4°以下の頻度の比率XKAM≦0.4°(単位:%)と、フェライトの面積率Vα(単位:%)との関係が、XKAM≦0.4°/Vα≧0.8を満たし、かつ、
前記フェライトと該フェライト以外の相(以下、「硬質第2相」と総称する。)との界面に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子が、前記硬質第2相1μm当たり3個以下であることを特徴とする温間での深絞り性に優れた高強度鋼板である。
【0013】
請求項2に記載の発明は、
成分組成が、さらに、
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1に記載の温間での深絞り性に優れた高強度鋼板である。
【0014】
請求項3に記載の発明は、
成分組成が、さらに、
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1または2に記載の温間での深絞り性に優れた高強度鋼板である。
【0015】
請求項4に記載の発明は、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度鋼板を、100〜400℃に加熱後、3600s以内に加工することを特徴とする高強度鋼板の温間加工方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、全組織に対する面積率で、ベイニティック・フェライト:45〜85%、残留オーステナイト:3%以上、マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜50%、フェライト:5〜45%を含む組織を有し、前記残留オーステナイトのC濃度(Cγ)が0.6〜1.2質量%であり、KAM値の頻度分布曲線において、全頻度に対する、該KAM値が0.4°以下の頻度の比率XKAM≦0.4°(単位:%)と、フェライトの面積率Vα(単位:%)との関係が、XKAM≦0.4°/Vα≧0.8を満たし、かつ、前記フェライトと該フェライト以外の硬質第2相との界面に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子が、前記硬質第2相1μm当たり3個以下であることを満足するものとすることで、980MPa級以上の強度を確保しつつ、温間における深絞り性に優れた高強度鋼板、およびその温間加工方法を提供できるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上述したように、本発明者らは、上記従来技術と同様の、転位密度の高い下部組織(マトリックス)を有するベイニティック・フェライトと残留オーステナイト(γR)を含有するTRIP鋼板に着目し、強度を確保しつつ、深絞り性を一層向上させるべく、さらに検討を重ねてきた。
【0018】
その結果、深絞りを行う際には、パンチ肩部近傍で強度が高まりつつ、縮フランジ部では強度が低いほうが好ましい。深絞り時のパンチ肩部近傍および縮みフランジ部でのひずみの変化挙動を見ると、パンチ肩部近傍では材料の流動が小さいためひずみ速度が小さいが、縮みフランジ部では逆に材料の流動が大きくひずみ速度が大きい。そのため、低ひずみ速度域では強度が高くなり、高ひずみ速度域では強度が低くなるような、強度のひずみ速度依存性が大きい材料を用い、そのひずみ速度依存性が最も大きくなる温度領域で成形することが深絞り性を向上させるのに有効となることを見出した。
【0019】
すなわち、強度のひずみ速度依存性を高めるには、TRIP鋼を用いて、低ひずみ速度域ではひずみ誘起変態を促進させる一方、高ひずみ速度域ではTRIP鋼のひずみ誘起変態を抑制しつつ、マトリックス(母相)の強度を低くすることが有効なことがわかった。
【0020】
具体的には、高強度化と高延性化の両立を実現するために面積率で5〜45%のフェライトを導入しつつ、KAM値が0.4°以下の領域の比率XKAM≦0.4°(単位:%)と、フェライト面積率Vα(単位:%)との関係が、XKAM≦0.4°/Vα≧0.8を満たすようにすることで、マトリックス(母相)の強度を低くし、残留オーステナイト(γ)の面積率を3%以上、該γ中のC濃度(Cγ)を0.6〜1.2質量%とすることで、低ひずみ速度域でのTRIP現象(ひずみ誘起変態)を促進して加工硬化を促し強度向上を図ることにより、パンチ肩部と縮フランジ部との間に強度差を付与することによって、深絞り性が高められることを見出した。
【0021】
さらに、2相域加熱(後述)で上記のような組織をつくり込む際に、粗大なセメンタイトが溶解せずに残存し、γの面積率の低下や、破壊の起点として作用することで局部伸びの低下をもたらし、特性を劣化させる。そのため、粗大なセメンタイトをなくすことでさらなる特性改善が図れる。具体的には、フェライトと硬質第2相との界面に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子を、前記硬質第2相1μm当たり3個以下とすればよいことを見出した。
【0022】
そして、上記知見に基づいてさらに検討を進め、本発明を完成するに至った。
【0023】
以下、まず本発明鋼板を特徴づける組織について説明する。
【0024】
〔本発明鋼板の組織〕
上述したとおり、本発明鋼板は、上記従来技術と同じくTRIP鋼の組織をベースとするものであるが、特に、フェライトを所定量含有したうえで、該フェライト中のひずみ量が制御されているとともに、所定の炭素濃度のγを所定量含有し、さらに、フェライトと硬質第2相との界面に析出したセメンタイト粒子の存在密度が制御されている点で、上記従来技術と相違している。
【0025】
<ベイニティック・フェライト:45〜85%>
本発明における「ベイニティック・フェライト」とは、ベイナイト組織が転位密度の高いラス状組織を持った下部組織を有しており、組織内に炭化物を有していない点で、ベイナイト組織とは明らかに異なり、また、転位密度がないかあるいは極めて少ない下部組織を有するポリゴナル・フェライト組織、あるいは細かいサブグレイン等の下部組織を持った準ポリゴナル・フェライト組織とも異なっている(日本鉄鋼協会 基礎研究会 発行「鋼のベイナイト写真集−1」参照)。この組織は、光学顕微鏡観察やSEM観察するとアシキュラー状を呈しており、区別が困難であるため、ベイナイト組織やポリゴナル・フェライト組織等との明確な違いを判定するには、TEM観察による下部組織の同定が必要である。
【0026】
このように本発明鋼板の組織は、均一微細で延性に富み、かつ、転位密度が高く強度が高いベイニティック・フェライトを母相とすることで強度と成形性のバランスを高めることができる。
【0027】
本発明鋼板では、上記ベイニティック・フェライト組織の量は、全組織に対して面積率で45〜85%(好ましくは55〜85%、より好ましくは65〜85%)であることが必要である。これにより、上記ベイニティック・フェライト組織による効果が有効に発揮されるからである。なお、上記ベイニティック・フェライト組織の量は、γRとのバランスによって定められるものであり、所望の特性を発揮し得るよう、適切に制御することが推奨される。
【0028】
<残留オーステナイト(γ)を全組織に対して面積率で3%以上含有>
γRは全伸びの向上に有用であり、このような作用を有効に発揮させるためには、全組織に対して面積率で3%以上(好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上)存在することが必要である。
【0029】
<マルテンサイト+上記残留オーステナイト(γ):10〜50%>
強度確保のため、組織中にマルテンサイトを一部導入するが、マルテンサイトの量が多くなりすぎると成形性が確保できなくなるので、全組織に対してマルテンサイト+γの合計面積率で10%以上(好ましくは12%以上、より好ましくは16%以上)50%以下に制限した。
【0030】
<フェライト:5〜45%>
フェライトは軟質相であるため、高強度化には寄与しないが、延性を高めるのには有効であることから、強度と伸びのバランスを高めるため、強度が保証できる面積率5%以上(好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上)45%以下(好ましくは40%以下、より好ましくは35%以下)の範囲で導入する。
【0031】
<残留オーステナイト(γ)のC濃度(Cγ):0.6〜1.2質量%>
Cγは、加工時にγRがマルテンサイトに変態する安定度に影響する指標である。CγRが低すぎると、γRが不安定なため、応力付与後、塑性変形する前に加工誘起マルテンサイト変態が起るため、張り出し成形性が得られなくなる。一方、CγRが高すぎると、γRが安定になりすぎて、加工を加えても加工誘起マルテンサイト変態が起らないため、やはり張り出し成形性が得られなくなる。十分な張り出し成形性を得るためには、Cγは0.6〜1.2質量%とする必要がある。好ましくは0.7〜0.9質量%である。
【0032】
<KAM値0.4°以下の比率XKAM≦0.4°と、フェライト面積率Vαとの関係:XKAM≦0.4°/Vα≧0.8>
フェライト中のひずみ量は伸びに大きな影響を及ぼし、フェライト面積率が一定の場合、該ひずみ量が大きければ伸びが低下する。このため、フェライト中のひずみ量を評価する指標として、XKAM≦0.4°/Vαを採用した(特開2010−255090号公報の段落[0032]〜[0036]参照)。この指標は、その値が高いほど、KAM値が低くひずみの少ない軟質なフェライトが多いことを意味しており、γを除いたマトリックスの軟質の度合い、すなわち変形能の高さを示す指標となる。フェライト中のひずみ量をできるだけ小さくしてフェライトの導入量を少なくすることで、強度の低下度合いを小さくしつつ伸びを確保するため、XKAM≦0.4°/Vαは0.8以上(好ましくは0.9以上、さらに好ましくは1.1以上)とする。
【0033】
<前記フェライトと界面を接する硬質第2相中に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子:該硬質第2相1μm当たり3個以下>
本規定は、2相域加熱の際に溶解せずに残存したセメンタイト粒子の存在形態を規定するものであり、粗大なセメンタイト粒子の存在密度が高いと、γの形成に寄与しうる炭素量が減少するため、伸びが低下する。また、破壊の起点として作用することで、より小さなひずみで破壊が起るようになるため、深絞り性が劣化する。深絞り性を確保するためには、円相当直径0.1μm以上の粗大なセメンタイト粒子は、硬質第2相1μm当たり3個以下、好ましくは2.5個以下、さらに好ましくは2個以下に制限する。
【0034】
<その他:ベイナイト(0%を含む)>
本発明の鋼板は、上記組織のみ(ベイニティック・フェライト、マルテンサイト、ポリゴナル・フェライトならびにγRの混合組織)からなっていてもよいが、本発明の作用を損なわない範囲で、他の異種組織として、ベイナイトを有していてもよい。この組織は本発明鋼板の製造過程で必然的に残存し得るものであるが、少なければ少ない程よく、全組織に対して面積率で5%以下、より好ましくは3%以下に制御することが推奨される。
【0035】
〔各相の面積率、γのC濃度(Cγ)、KAM値、ならびに、セメンタイト粒子のサイズおよびその存在密度の各測定方法〕
ここで、各相の面積率、γのC濃度(Cγ)、KAM値、ならびに、セメンタイト粒子のサイズおよびその存在密度の各測定方法について説明する。
【0036】
鋼板中組織の各相の面積率については、鋼板をレペラー腐食し、透過型電子顕微鏡(TEM;倍率1500倍)観察により、例えば白い領域を「マルテンサイト+残留オーステナイト(γ)」と定義して組織を同定した後、光学顕微鏡観察(倍率1000倍)により各相の面積率を測定した。
【0037】
なお、γRの面積率およびγRのC濃度(Cγ)については、各供試鋼板の1/4の厚さまで研削した後、化学研磨してからX線回折法により測定した(ISIJ Int.Vol.33,(1933),No.7,p.776)。また、フェライトの面積率については、各供試鋼板をナイタール腐食し、走査型電子顕微鏡(SEM;倍率2000倍)観察により、黒い領域をフェライトと同定して面積率を求めた。
【0038】
KAM値については、各供試鋼板を鏡面研磨し、さらに電解研磨した後、走査型電子顕微鏡(Philips社製XL30S−FEG)にて、1step 0.2μmで500μm×500μmの領域の電子線後方散乱回折像を測定し、それを解析ソフト(テクセムラボラトリーズ社製OIMシステム)を用いて、各測定点におけるKAM値を求めた。
【0039】
セメンタイト粒子のサイズおよびその存在密度については、各供試鋼板の抽出レプリカサンプルを作成し、2.4μm×1.6μmの領域3視野について倍率50000倍の透過型電子顕微鏡(TEM)像を観察し、画像のコントラストから白い部分をセメンタイト粒子と判別してマーキングし、画像解析ソフトにて、前記マーキングした各セメンタイト粒子の面積Aから円相当直径D(D=2×(A/π)1/2)を算出するとともに、単位面積あたりに存在する所定のサイズのセメンタイト粒子の個数を求めた。なお、複数個のセメンタイト粒子が重なり合う部分は観察対象から除外した。
【0040】
次に、本発明鋼板を構成する成分組成について説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0041】
〔本発明鋼板の成分組成〕
C:0.02〜0.3%
Cは、高強度を確保しつつ、所望の主要組織(ベイニティック・フェライト+マルテンサイト+γR)を得るために必須の元素であり、このような作用を有効に発揮させるためには0.02%以上(好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.10%以上)添加する必要がある。ただし、0.3%超では溶接に適さない。
【0042】
Si:1.0〜3.0%
Siは、γRが分解して炭化物が生成するのを有効に抑制する元素である。特にSiは、固溶強化元素としても有用である。このような作用を有効に発揮させるためには、Siを1.0%以上添加する必要がある。好ましくは1.1%以上、より好ましくは1.2%以上である。ただし、Siを3.0%を超えて添加すると、2相域加熱時におけるセメンタイトの溶解を妨げ、円相当直径0.1μm以上の粗大なセメンタイト粒子の存在密度が上昇し特性が劣化するとともに、ベイニティック・フェライト+マルテンサイト組織の生成が阻害される他、熱間変形抵抗が高くなって溶接部の脆化を起こしやすくなり、さらには鋼板の表面性状にも悪影響を及ぼすので、その上限を3.0%とする。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0043】
Mn:1.8〜3.0%
Mnは、固溶強化元素として有効に作用する他、変態を促進してベイニティック・フェライト+マルテンサイト組織の生成を促進する作用も発揮する。さらにはγを安定化し、所望のγRを得るために必要な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、1.8%以上添加することが必要である。好ましくは1.9%以上、より好ましくは2.0%以上である。ただし、3.0%を超えて添加すると、上記Mnと同様に2相域加熱時におけるセメンタイトの溶解を妨げ、円相当直径0.1μm以上の粗大なセメンタイト粒子の存在密度が上昇し特性が劣化するとともに、鋳片割れが生じる等の悪影響が見られる。好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.5%以下である。
【0044】
P :0.1%以下(0%を含む)
Pは不純物元素として不可避的に存在するが、所望のγRを確保するために添加してもよい元素である。ただし、0.1%を超えて添加すると二次加工性が劣化する。より好ましくは0.03%以下である。
【0045】
S :0.01%以下(0%を含む)
Sも不純物元素として不可避的に存在し、MnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となって加工性を劣化させる元素である。好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。
【0046】
Al:0.001〜0.1%
Alは、脱酸剤として添加されるとともに、上記Siと相俟って、γRが分解して炭化物が生成するのを有効に抑制する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Alを0.001%以上添加する必要がある。ただし、過剰に添加しても効果が飽和し経済的に無駄であるので、その上限を0.1%とする。
【0047】
N:0.002〜0.03%
Nは、不可避的に存在する元素であるが、AlやNbなどの炭窒化物形成元素と結びつくことで析出物を形成し、強度向上や組織の微細化に寄与する。N含有量が少なすぎるとオーステナイト粒が粗大化し、その結果、伸長したラス状組織が主体になるためγのアスペクト比が大きくなる。一方、N含有量が多すぎると、本発明の材料のような低炭素鋼では鋳造が困難になるため、製造自体ができなくなる。
【0048】
本発明の鋼は上記成分を基本的に含有し、残部が実質的に鉄および不可避的不純物であるが、その他、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0049】
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
これらの元素は、鋼の強化元素として有用であるとともに、γRの安定化や所定量の確保に有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Mo:0.01%以上(より好ましくは0.02%以上)、Cu:0.01%以上(より好ましくは0.1%以上)、Ni:0.01%以上(より好ましくは0.1%以上)、B:0.00001%以上(より好ましくは0.0002%以上)を、それぞれ添加することが推奨される。ただし、Crは3.0%、Moは1.0%、CuおよびNiはそれぞれ2.0%、Bは0.01%を超えて添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄である。より好ましくはCr:2.0%以下、Mo:0.8%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、B:0.0030%以下である。
【0050】
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
これらの元素は、鋼中硫化物の形態を制御し、加工性向上に有効な元素である。ここで、本発明に用いられるREM(希土類元素)としては、Sc、Y、ランタノイド等が挙げられる。上記作用を有効に発揮させるためには、CaおよびMgはそれぞれ0.0005%以上(より好ましくは0.0001%以上)、REMは0.0001%以上(より好ましくは0.0002%以上)添加することが推奨される。ただし、CaおよびMgはそれぞれ0.01%、REMは0.01%を超えて添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄である。より好ましくはCaおよびMgは0.003%以下、REMは0.006%以下である。
【0051】
〔温間加工方法〕
上記本発明鋼板は、100〜400℃の間の適正な温度に加熱した後、3600s以内(より好ましくは1200s以内)に加工するのが特に推奨される。
【0052】
γRの安定度が最適になる温度条件下で、γRの分解が起る前に加工することにより、伸びおよび深絞り性を最大化させることができる。
【0053】
この温間加工方法で加工された部品は、その断面内で冷却後の強度が均一化され、同一断面内における強度分布が大きい部品に比べて低強度の部分が少なくなるので、部品強度を高めることができる。
【0054】
すなわち、γRを含む鋼板は一般に低降伏比であり、かつ、低ひずみ域での加工硬化率が高い。そのため、付与するひずみ量が小さい領域での、ひずみ付与後の強度、特に降伏応力のひずみ量依存性が非常に大きくなる。プレス加工により部品を成形する場合、部位により加わるひずみ量が異なり、部分的には殆どひずみが加わらないような領域も存在する。このため、部品内において加工の加わる領域と加工の加わらない領域とで大きな強度差が生じ、部品内に強度分布が形成されることがある。このような強度分布が存在する場合、強度の低い領域が降伏することで変形や座屈が起こるため、部品強度としては最も強度の低い部分が律速することとなる。
【0055】
γRを含む鋼で降伏応力が低い原因は、γRを導入する際に、同時に形成されるマルテンサイトが、変態時に周囲の母相中に可動転位を導入するためと考えられる。したがって、加工量の少ない領域でもこの転位の移動を防止すれば、降伏応力が向上でき、部品強度を高められる。可動転位の移動を抑制するには、素材を加熱して可動転位をなくしたり、固溶炭素などのひずみ時効で止めたりすることが有効であり、そうすることで降伏応力を高めることができる。
【0056】
そのため、γRを含む鋼板を100〜400℃の間の適正温度に加熱してプレス成形(温間加工)すると、ひずみの小さい部分でも降伏強度が高くなって、部品中の強度分布が小さくなることで部品強度を向上させることができることとなる。
【0057】
次に、上記本発明鋼板を得るための好ましい製造方法を以下に説明する。
【0058】
〔本発明鋼板の好ましい製造方法〕
本発明鋼板は、上記成分組成を満足する鋼材を、熱間圧延し、ついで冷間圧延した後、熱処理を行って製造する。
【0059】
[熱間圧延条件]
熱間圧延条件は特に限定されるものではないが、例えば熱間圧延の仕上げ温度(圧延終了温度、FDT)を800〜900℃、巻取り温度を300〜600℃としてもよい。
【0060】
[冷間圧延条件]
また、冷間圧延の際の冷延率は10〜90%(より好ましくは30〜60%)としつつ、以下の熱処理条件にて熱処理を施す。
【0061】
[熱処理条件]
熱処理条件については、加熱中にα単相域の高温域に所定時間滞在させてフェライト中のひずみを開放した後、(γ+α)2相域で均熱して一定量をオーステナイト化し、所定の冷却速度で急冷して過冷した後、その過冷温度で所定時間保持してオーステンパ処理することで所望の組織を得ることができる。なお、所望の組織を著しく分解させることなく、本発明の作用を損なわない範囲で、めっき、さらには合金化処理してもよい。
【0062】
具体的には、上記冷間圧延後の冷延材を、600〜Ac1の温度域を(Ac1−600)s以上の滞在時間で昇温し、(0.5Ac1+0.5Ac3)〜(0.1Ac1+0.9Ac3)の温度域(均熱温度)で3600s以下の時間保持した後、10℃/s以下の平均冷却速度で600℃以上の適正温度まで徐冷し、その後15℃/s超の平均冷却速度で、350〜500℃の温度域まで急冷して過冷し、この急冷停止温度(過冷温度)で100〜1800sの時間保持してオーステンパ処理した後、常温まで冷却する。
【0063】
<600〜Ac1℃の温度域を(Ac1−600)s以上の滞在時間で昇温>
逆変態前に高温域に長時間滞在させることでフェライトの回復・再結晶を促進させ、 フェライト中のひずみを開放させるためである。600〜Ac1℃の温度域を200s以上の滞在時間で昇温することが好ましく、1000s以上の滞在時間で昇温することがさらに好ましい。
【0064】
<(0.5Ac1+0.5Ac3)〜(0.1Ac1+0.9Ac3)の温度域(均熱温度)で3600s以下の時間保持>
均熱時に面積率で45〜85%の領域をオーステナイトに変態させることにより、その後の冷却時に十分な量の硬質第2相を変態生成させるためである。
【0065】
また、焼鈍保持時間が3600sを超えると、生産性が極端に悪化するので好ましくない。
【0066】
焼鈍加熱保持時間の好ましい下限は60sである。加熱時間を長時間化することでさらにフェライト中のひずみを除去したり、粗大セメンタイトの溶解を促進することができる。
【0067】
<5℃/s未満の平均冷却速度で600℃以上の適正温度まで徐冷>
フェライトの面積率を調整するためである。
【0068】
<その後5℃/s以上の平均冷却速度で、350〜500℃の温度域まで急冷して過冷し、この急冷停止温度(過冷温度)で100〜1800sの時間保持>
オーステンパ処理することで所望の組織を得るためである。
【実施例】
【0069】
本発明の効果を確証するため、成分組成および熱処理条件を変化させた場合における高強度鋼板の室温および温間における機械的特性の影響について調査した。下記表1に示す各成分組成からなる供試鋼を真空溶製し、板厚30mmのスラブとした後、当該スラブを1200℃に加熱し、圧延終了温度(FDT)900℃、巻取り温度650℃で板厚2.4mmに熱間圧延し、その後、冷延率50%で冷間圧延して板厚1.2mmの冷延材とし、下記表2に示す熱処理を施した。具体的には、上記冷延材を、600℃から均熱温度T1℃までをHR1℃/sの昇温速度で加熱し、その温度でt1秒保持した後、CR1℃/sの冷却速度で冷速変更温度T2℃まで冷却し、その後CR2℃/sの冷却速度で冷却停止温度(過冷温度)T3℃まで冷却し、その温度でt3秒保持した後、空冷するか、もしくは、冷却停止温度(過冷温度)T3℃でt3秒保持した後、さらに保持温度T4℃でt4秒保持したのち、空冷した。
【0070】
このようにして得られた鋼板について、上記[発明を実施するための形態]の項で説明した測定方法により、各相の面積率、γのC濃度(Cγ)、KAM値、ならびに、セメンタイト粒子のサイズおよびその存在密度を測定した。
【0071】
また、上記鋼板について、冷間および温間での機械的特性を評価するため、下記要領で、室温にて引張強度(TS)を、温間にて低ひずみ速度域および高ひずみ速度域での引張強度(TS)ならびに深絞り性[限界絞り比(LDR)]を、それぞれ測定した。
【0072】
TSは、引張試験によりJIS5号試験片を用いて測定した。なお、室温での引張試験はひずみ速度1mm/sで行い、温間での引張試験は、所定温度に加熱後直ちに(すなわち3600s以内に)、低ひずみ速度域(下記表3中では「低速」と略記)に相当するひずみ速度10mm/sおよび高ひずみ速度域(下記表3中では「高速」と略記)に相当するひずみ速度1000mm/sの2水準でそれぞれ行った。また、温間でのLDRは、ダイ径:53.4mm、パンチ径:50.0mm、肩R:8mmの円筒金型を用いて、しわ抑え圧9.8kNにて径80〜140mm試験片を所定温度に加熱後直ちに(すなわち3600s以内に)深絞り成形して測定した。
【0073】
これらの結果を表3および表4に示す。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
【表3】

【0077】
【表4】

【0078】
これらの表に示すように、本発明鋼板である、鋼No.1〜3、9〜16、21、24はいずれも、本発明の成分組成の範囲を満足する鋼種を用い、推奨の熱処理条件で熱処理を施した結果、本発明の組織規定の要件を充足しており、温間成形時における強度(TS)のひずみ依存性が大きく、室温での980kPa以上の強度(TS)を確保しつつ、温間での深絞り性(LDR)に優れた高強度鋼板が得られた。
【0079】
これに対し、比較鋼である、鋼No.4〜8はいずれも、本発明で規定する成分組成の要件を満足しない鋼種を用いたため、推奨の熱処理条件で熱処理を施しているものの、本発明の組織規定の要件を充足せず、温間成形時における強度(TS)のひずみ依存性が小さく、温間での深絞り性(LDR)が劣っている。
【0080】
また、別の比較鋼である、鋼No.17〜20、22、23はいずれも、本発明の成分組成の範囲を満足する鋼種を用いたものの、推奨の熱処理条件を外れた条件で熱処理を施した結果、本発明の組織の要件を充足せず、やはり温間成形時における強度(TS)のひずみ依存性が小さく、温間での深絞り性(LDR)が劣っている。
【0081】
また、鋼No.24、25、26は、温間加工温度の適正範囲を確認するために、同じ鋼種を用いてほぼ同じ熱処理条件で熱処理を施して作製した鋼板を、加熱温度を変えて温間特性の測定を行ったものである。これらのデータを比較することにより、鋼No.25、26はともに、推奨の温間加工温度範囲を外れた温度で加工したため、所望の深絞り性(LDR)が得られないのに対し、鋼No.24は、推奨の温間加工温度範囲内の温度で加工したため、所望の深絞り性(LDR)が得られることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C :0.02〜0.3%、
Si:1.0〜3.0%、
Mn:1.8〜3.0%、
P :0.1%以下(0%を含む)、
S :0.01%以下(0%を含む)、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.002〜0.03%
を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、
全組織に対する面積率で(以下、組織について同じ。)、
ベイニティック・フェライト:45〜85%、
残留オーステナイト:3%以上、
マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜50%、
フェライト:5〜45%
の各相を含む組織を有し、
前記残留オーステナイトのC濃度(Cγ)が0.6〜1.2質量%であり、
Kernel Average Misorientation値(以下、「KAM値」と略称する。)の頻度分布曲線において、
全頻度に対する、該KAM値が0.4°以下の頻度の比率XKAM≦0.4°(単位:%)と、フェライトの面積率Vα(単位:%)との関係が、XKAM≦0.4°/Vα≧0.8を満たし、かつ、
前記フェライトと該フェライト以外の各相(以下、「硬質第2相」と総称する。)との界面に存在する、円相当直径0.1μm以上のセメンタイト粒子が、前記硬質第2相1μm当たり3個以下であることを特徴とする温間での深絞り性に優れた高強度鋼板。
【請求項2】
成分組成が、さらに、
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1に記載の温間での深絞り性に優れた高強度鋼板。
【請求項3】
成分組成が、さらに、
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1または2に記載の温間での深絞り性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度鋼板を、100〜400℃に加熱後、3600s以内に加工することを特徴とする高強度鋼板の温間加工方法。

【公開番号】特開2012−180569(P2012−180569A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45162(P2011−45162)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】