説明

溝形断面部材を有する鋼矢板及び壁体

【課題】耐腐食性を高めた溝形断面部材を有する鋼矢板及びそれを用いた壁体の提供。
【解決手段】両側のウェブ9とフランジ10とにより形成される溝を備え、各ウェブにアーム部19が一体に連設され、各アーム部19に、継手12が一体に形成されて溝付き鋼矢板4が形成され、間隔をおいた両側面板14を一体に接続する正面板3aを有する溝形断面部材3が形成され、溝付き鋼矢板4の長手方向の所定範囲Lに、所定範囲Lに対応した長さで、各側面板14の他端が溶接等の手段で、溝付き鋼矢板4の表面に固定され、溝付き鋼矢板4と溝形断面部材3により空間部5が形成され、正面板3aの両端部は、溝付き鋼矢板4の各継手の中心軸線を結ぶ線分Cからの距離Rに差を設けて配置され、かつ空間部5に硬化性充填材7が充填されて耐腐食性が高められている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、港湾鋼構造物等の水域構造物や擁壁、土留壁などの陸域構造物に用いられる鋼矢板、特に、耐腐食性を高めた溝形断面部材を有する鋼矢板及びそれを用いた壁体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、港湾鋼構造物についての集中腐食対策として、下記[1]〜[3]に代表される工法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
[1]コンクリートライニング
[2]ペトロラタムライニング(FRPカバー等を保護カバーとして使用)
[3]有機質ライニング(ポリエチレン、ポリウレタンなど)
【0004】
前記[1]〜[3]の従来技術の問題点としては、下記のようなことがある。
【0005】
前記[1]、[2]の工法の場合は、鋼矢板を水底地盤上に打設等の手段で配設した後、支保工、型枠の設置や配筋などに潜水士等による作業が必要となる。このため、工事期間が長期化するとともに工事費用が嵩むといった問題があった。
【0006】
また、前記[1]、[2]の工法は[3]の工法に比較し、流木や氷盤の衝突、擦過などの機械的作用による損傷を受けづらいが、損傷が発生した場合には、損傷部の補修に手間を要するとともに、手直し部の耐久性が劣るといった問題があった。
【0007】
前記[3]の工法は、鋼矢板を水底地盤上に打設等の手段で配設する前に、工場などであらかじめ鋼矢板に被覆処理をしたもので、[1]、[2]の工法に比較し安価である。しかし、[1]、[2]の工法に比較して、流木や氷盤の衝突、擦過などの機械的作用により損傷を受けやすく、損傷部の補修に手間を要するとともに、手直し部の耐久性が劣るといった問題があった。
【0008】
前記のような従来技術を解決する技術として、図10に示すように、フランジ10の両端部に外側に向かって広がるように傾斜したウェブ9が一体に連設され、各ウェブ9に前記フランジ10と平行にアーム部19,19が一体に連設され、各アーム部19,19の端部に、継手12が一体に形成されている断面ハット形のハット形鋼矢板2とし、そのハット形鋼矢板2におけるアーム部19の水域側の外面でアーム部19幅方向中間部に、前記鋼製カバー材31における取り付け用帯状鋼板141を直角に当接して溶接により固定して、鋼製カバーを有する鋼矢板81を構成することが知られていると共に、前記のような鋼製カバーを有する鋼矢板81の継手相互を噛み合わせて水域地盤に打設して壁体161を構成することも知られている(例えば、特許文献1参照)。前記の場合、鋼製カバー材31内側の空間部5には、経時硬化性充填材7が充填されている。
【0009】
前記のハット形鋼矢板2は、図11に示すように、ハット形鋼矢板2における左右の各継手12は、アーム部19,19の中心軸線の中央点に対して、点対称形状の継手12とされ、隣り合うハット形鋼矢板2相互の継手12を嵌合した場合に、アーム部中心軸線上にハット形鋼矢板2を配設することも可能にされ、継手12には嵌合溝および係止爪部を備えているハット形鋼矢板2とされている。従来の形態では、溝付き鋼矢板としてのハット形鋼矢板2のアーム部中間部まで、鋼製カバー材31により被覆して防錆を図ることができる。
【0010】
前記従来の場合には、下記(1)〜(6)のような効果を発揮することができる。
(1) 溝付き鋼矢板には、予め鋼製カバー材が設けられているので、溝付き鋼矢板における集中腐食部位を鋼製カバー材により防護することができ、溝付き鋼矢板自身の集中腐食を回避することができる。
(2) 鋼製カバー材を使用するので、流木や氷盤が衝突しても機械的損傷を受けづらい。
(3) 工場などであらかじめ溝付き鋼矢板に鋼製カバーを取り付けることができるので、安価な溝付き鋼矢板とすることができる。
(4) 空間部への充填材の充填は、溝付き鋼矢板を打設する前に、充填しておく場合と、溝付き鋼矢板打設後に充填する場合があるが、いずれも、予め充填する空間部が形成されているので、充填作業が容易である。
(5) 鋼製カバー材において、集中腐食部位の腐食が進行した場合には、当該部位を覆うように鋼板を溶接するだけで、容易に鋼製カバー材としての機能を回復させることができる。
(6) 空間部に充填材が充填されているので、鋼矢板壁の点検作業時において、鋼製カバー材における集中腐食の進行を見逃し、鋼製カバー材に貫通孔が生じても、セメント硬化体などの充填材が本体鋼矢板を保護することができる。このため、集中腐食現象を見逃しても大きな問題は生じない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009−102906号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】港湾鋼構造物防食・補修マニュアル(改訂版)、平成9年4月、(財)沿岸開発技術研究センター、p83−108
【非特許文献2】港湾鋼構造物防食・補修マニュアル(改訂版)、平成9年4月、(財)沿岸開発技術研究センター、p13−17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前記従来の鋼製カバーを有する鋼矢板81の場合は、取り付け用帯状鋼板141を同じ幅で狭幅のものを用い同じ方向に設置しているため、部材断面上、以下(1)、(2)のことが言える。
(1)溝付き鋼矢板4と鋼製カバーは、壁体構築方向(継手中心軸線C方向)で、同一方向に配設されている。このため、互いの断面の重心位置が近く(重心の離間距離が小さい)、合成断面としての断面性能は、狭幅と広幅のものを用い同じ方向に設置し、溝付き鋼矢板4に対して鋼製カバーの左右両端部を壁体構築方向(継手中心軸線C方向)で、壁厚方向に対して前後に位置をずらしたり傾斜させたりすることで非同一方向に配置されている場合に比べて小さい。
また、断面2次モーメントは重心軸線からの距離の3乗に比例するから、同じ部材を継手中心軸線Cに対して傾斜させる方が断面2次モーメントは大きくなる。

(2)溝付き鋼矢板がハット形鋼矢板の場合、
(a)取り付け用帯状鋼板(間隔保持部材)は、アーム部分に固定されている。このため、継手及びその近傍は鋼面が露出しており、このままだと腐食が進行し、断面性能の低下を招く。
(b)鋼製カバーとして、ハット形鋼矢板の両側継手を切断した、継手を有しない断面ハット形形状の鋼板を使用している。このため、継手の切断コストや切断に伴う発生ひずみの矯正コストが嵩む、切断した継手に対応した分だけ剛性が低下するという問題もある。
また、隣り合うハット形鋼矢板2の継手同士の水域側の外面は、カバー材間により形成される溝奥部にあるものの露出しているので、隣り合うハット形鋼矢板2の継手嵌合部の外面は、両方の継手とも、腐食する恐れがあるという問題がある。したがって、より一層、継手嵌合部の防錆を図ることが可能な鋼矢板及び壁体の余地がある。
本発明は、耐腐食性を高めた溝形断面部材を有する鋼矢板及びそれを用いた壁体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
第1発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、両側のウェブ(9)とこれらのウェブ(9)を一体に接続しているフランジ(10)とにより形成される溝を備え、各ウェブ(9)にアーム部(19)が一体に連設され、各アーム部(19)の端部に、継手(12)が一体に形成されて溝付き鋼矢板(4)が形成され、間隔をおいて両側に側面板(14)を有すると共にこれらの側面板(14)を一体に接続する正面板(3a)を有する溝形断面部材(3)が形成され、前記溝付き鋼矢板(4)の長手方向の所定範囲(L)に、前記所定範囲(L)に対応した長さで、前記各側面板(14)の他端が溶接等の手段で、前記溝付き鋼矢板(4)の表面に固定され、前記溝付き鋼矢板(4)と前記溝形断面部材(3)により空間部(5)が形成され、前記正面板(3a)の両端部は、溝付き鋼矢板(4)の各継手(12)の中心軸線を結ぶ線分からの距離(R)に差を設けて配置されて、溝付き鋼矢板(4)における継手相互を嵌合して壁体(27)を形成した場合に、隣り合う正面板(3a)の端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置可能にされ、かつ前記空間部(5)に経時硬化性充填材(7)が充填されて耐腐食性が高められていることを特徴とする。
【0015】
また、第2発明では、第1発明の溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記正面板(3a)を、平面視で、溝付き鋼矢板(4)に対して傾斜配置されていることを特徴とする。
【0016】
第3発明では、第1発明又は第2発明の溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記正面板(3a)は、前記溝付き鋼矢板(4)と同じ断面形態の鋼矢板が用いられていることを特徴とする。
【0017】
第4発明では、第1発明〜第3発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記溝形断面部材(3)における一方の側面板(14)は、前記溝付き鋼矢板(4)の継手(2)外面に溶接等の固定手段により固定されていることを特徴とする。
【0018】
第5発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第4発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記空間部(5)の少なくとも下端部は、溝付き鋼矢板(4)及び前記溝形断面部材(3)のいずれか一方又は両方に固定された閉塞板(6)が設けられて閉塞されていることを特徴とする。
【0019】
第6発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第5発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、溝付き鋼矢板(4)の所定箇所にスリット(28)を設け、前記正面板(3a)の空間部(5)側表面の前記スリット(28)に対応した箇所に係止用鋼板(29)を溶接等の手段で固定し、前記係止用鋼板(29)を前記スリット(28)に挿入し、前記係止用鋼板(29)の端部は溝付き鋼矢板(4)に溶接等の手段で固定されていることを特徴とする。
【0020】
第7発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第5発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、正面板(3a)の所定箇所に開孔(30)を設け、前記溝付き鋼矢板(4)の空間部(5)側表面の前記開孔(30)に対応した箇所に棒状部材(32)を溶接等の手段で固定し、前記棒状部材(32)を前記開孔(30)に挿入し、前記棒状部材(32)の端部は正面板(3a)に溶接やナットによる螺合等の手段で固定されていることを特徴とする。
【0021】
第8発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第7発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、溝付き鋼矢板(4)と正面板(3a)とが、それらの上部及び下部のいずれか一方又は両方の箇所において、鋼板等からなる間隔保持材(26)を溶接等の手段により固定していることを特徴とする。
【0022】
第9発明の壁体では、第1発明〜第8発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板を単独で複数枚配置し、又は請求項1〜8のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板間に少なくとも1枚の溝形断面部材を有しない鋼矢板を配置し、隣り合う鋼矢板の継手相互を連結して地盤に打設したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
第1発明の溝形断面部材を有する鋼矢板によると、両側のウェブ(9)とこれらのウェブ(9)を一体に接続しているフランジ(10)とにより形成される溝を備え、各ウェブ(9)にアーム部(19)が一体に連設され、各アーム部(19)の端部に、継手(12)が一体に形成されて溝付き鋼矢板(4)が形成され、間隔をおいて両側に側面板(14)を有すると共にこれらの側面板(14)を一体に接続する正面板(3a)を有する溝形断面部材(3)が形成され、前記溝付き鋼矢板(4)の長手方向の所定範囲(L)に、前記所定範囲(L)に対応した長さで、前記各側面板(14)の他端が溶接等の手段で、前記溝付き鋼矢板(4)の表面に固定され、前記溝付き鋼矢板(4)と前記溝形断面部材(3)により空間部(5)が形成され、前記正面板(3a)の両端部は、溝付き鋼矢板(4)の各継手(12)の中心軸線を結ぶ線分からの距離(R)に差を設けて配置されて、溝付き鋼矢板(4)における継手相互を嵌合して壁体(27)を形成した場合に、隣り合う正面板(3a)の端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置可能にされ、かつ前記空間部(5)に硬化性充填材(7)が充填されて耐腐食性が高められているので、一方の側面板の設置位置を、溝付き鋼矢板(4)の継手部に固定していることで、その継手部の大半の防錆を図ることができ、しかも、隣り合う正面板(3a)の端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置可能にされるので、内側に位置する隣り合う正面板(3a)の端部に対して、流砂・漂砂・浮遊砂や漂流物の接触による損耗を防止することができる等の効果が得られる。また、空間部(5)に硬化性充填材(7)が充填されているので、溝形断面部材が腐食して貫通しても、硬化性充填材(7)があるため、溝形鋼矢板(4)の部分の腐食を確実に遅らせることができる等の効果が得られる。
【0024】
第2発明によると、第1発明の溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記正面板(3a)を、平面視で、溝付き鋼矢板(4)に対して傾斜配置されているので、正面板(3a)を単に傾斜させるだけで、隣り合う正面板(3a)の端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置することができるので、構造が簡単である等の効果が得られる。
【0025】
第3発明によると、第1発明又は第2発明の溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記正面板(3a)は、前記溝付き鋼矢板(4)と同じ断面形態の鋼矢板が用いられているので、安価な溝形断面部材を有する鋼矢板とすることができる等の効果が得られる。
【0026】
第4発明では、第1発明〜第3発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記溝形断面部材(3)における一方の側面板(14)は、前記溝付き鋼矢板(4)の継手(2)外面に溶接等の固定手段により固定されているので、水域側に露出する継手外面を少なくして、継手部の一層の防錆を図ることができる等の効果が得られる。
【0027】
第5発明の溝形断面部材を有する鋼矢板によると、第1発明〜第4発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、前記空間部5の少なくとも下端部は、溝付き鋼矢板(4)及び前記溝形断面部材3のいずれか一方又は両方に固定された閉塞板(6)が設けられて閉塞されているので、閉塞板を有する空間部を容易に形成することができると共にねじり剛性も向上させることができ、さらに空間部に容易にコンクリート等の硬化性充填材を充填して硬化させることができ、溝付き鋼矢板(4)又は閉塞板(6)及び断面溝形部材3が腐食して開口しても、硬化性充填材が硬化して存在しているため、硬化性充填材により保護されている部分の溝付き鋼矢板(4)又は閉塞板(6)及び断面溝形部材(3)(裏埋土側に配置の場合)の腐食を防止でき、溝形断面部材を有する鋼矢板の耐腐食性能を向上させることができる等の効果が得られる。
【0028】
第6発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第5発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、溝付き鋼矢板(4)の所定箇所にスリット(36)を設け、前記正面板(3a)の空間部(5)側表面の前記スリット(36)に対応した箇所に係止用鋼板(29)を溶接等の手段で固定し、前記係止用鋼板(29)を前記スリット36に挿入し、前記係止用鋼板29の端部は溝付き鋼矢板4に溶接等の手段で固定されているので、係止用鋼板(29)により溝付き鋼矢板4に正面板(3a)を係止しているため、正面板(3a)の左右方向の端部又は側面板(14)が損耗しても、正面板(3a)が脱落するのを防止することができると共に、溝付き鋼矢板(4)に対する正面板(3a)の位置を保持することができる等の効果が得られる。
【0029】
第7発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第5発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、正面板3aの所定箇所に開孔(30)を設け、前記溝付き鋼矢板4の空間部5側表面の前記開孔(30)に対応した箇所に棒状部材(32)を溶接等の手段で固定し、前記棒状部材(32)を前記開孔(30)に挿入し、前記棒状部材(32)の端部は正面板(3a)に溶接やナットによる螺合等の手段で固定されているので、棒状部材(32)により溝付き鋼矢板(4)に正面板(3a)を連結しているため、正面板(3a)の左右方向の端部又は側面板(14)が損耗しても、正面板(3a)が脱落するのを防止することができると共に、溝付き鋼矢板(4)に対する正面板(3a)の位置を保持することができる等の効果が得られる。
【0030】
第8発明の溝形断面部材を有する鋼矢板では、第1発明〜第7発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板において、溝付き鋼矢板(4)と正面板(3a)とが、それらの上部及び下部のいずれか一方又は両方の箇所において、鋼板等からなる間隔保持材26を溶接等の手段により固定しているので、打設時の正面板(3a)及び溝付き鋼矢板(4)のブレ止めを図ることができ、ブレることによる溶接部に不測の応力の発生、溶接部に亀裂が発生することの懸念を排除できるため、溶接部の疲労破壊対策&2次応力発生防止の役割を果たすことができる等の効果が得られる。
【0031】
第9発明の壁体によると、第1発明〜第8発明のいずれかの溝形断面部材を有する鋼矢板を単独で複数枚配置し、又は請求項1〜8のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板間に少なくとも1枚の溝形断面部材を有しない鋼矢板を配置し、隣り合う鋼矢板の継手相互を連結して地盤に打設したので、継手部の一部を含めて、従来の場合よりも耐腐食性能の高い壁体とすることができる等の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態の溝形断面部材を有する鋼矢板を示す横断平面図である。
【図2】本発明の一実施形態の溝形断面部材を有する鋼矢板を用いた壁体の横断平面図である。
【図3】本発明の一実施形態の溝形断面部材を有する鋼矢板の説明図である。
【図4】(a)は、図3に示す本発明の一実施形態の溝形断面部材を有する鋼矢板の正面図、(b)は他の形態の正面図である。
【図5】閉塞板の下側に設ける傾斜板付近を示す縦断側面図である。
【図6】溝付き鋼矢板の継手又は継手付近に側面板が固定する場合の位置及び溶接部を示す拡大横断平面図である。
【図7】溝形断面部材の正面板を本体側の溝付き鋼矢板に固定する場合の形態を示す横断平面図である。
【図8】(a)(b)は、本発明の他の実施形態の溝形断面部材を有する鋼矢板を示す横断平面図である。
【図9】(a)(b)は、本発明の溝付き鋼矢板を用いた壁体の2例を示す一部縦断側面図である。
【図10】従来の鋼製カバー材を有する鋼矢板を用いた壁体を示す横断平面図である。
【図11】ハット形鋼矢板を示す平面図である。
【図12】本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板の他の形態を示し、(a)は正面図、(b)は平面図、(c)は断面図である。
【図13】前面側の傾斜板と側面閉塞板を用いた本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板の他の形態を示す横断平面図である。
【図14】本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板のさらに他の形態を示し、(a)は正面図、(b)は縦断側面図である。
【図15】本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板における溝形断面部材と鋼矢板とを係止用鋼板により連結した形態を示すものであって、(a)は図14(a)における矢視の縦断側面図、(b)は(a)の正面図である。
【図16】(a)〜(d)は、本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板を用いた壁体の他の形態を示す一部縦断側面図である。
【図17】(a)〜(d)は、本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板を用いた壁体の他の形態を示す一部縦断側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
次に、本発明を図示の実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0034】
まず、本発明において使用する溝付き鋼矢板4としての代表形態として、図11に示すハット形鋼矢板2について簡単に説明する。なお、本発明では、鋼矢板の継手相互を嵌合接続して壁体とした場合で、壁体に直角な水平力が作用した場合に、曲げモーメントに対して主として抵抗する部分をフランジ(アーム部13、継手部12も曲げモーメントに対して抵抗する部分で、フランジと同様な機能を発揮する。)と、せん断力に対して主として抵抗する部分をウェブとして説明する。
【0035】
図11には、溝付き鋼矢板4の代表形態の一例として示すハット形鋼矢板2を示し、このハット形鋼矢板2の特徴として、フランジ10の両端部に外側に向かって広がるように傾斜したウェブ9が一体に連設され、各ウェブ9に前記フランジ10と平行にアーム部19,19が一体に連設され、各アーム部19,19の端部に、継手12が一体に形成されている断面ハット形のハット形鋼矢板2であり、左右の各継手12は、アーム部19,19の中心軸線の中央点に対して、点対称形状の継手12とされ、隣り合うハット形鋼矢板2相互の継手12を嵌合した場合に、アーム中心軸線上にハット形鋼矢板2を配設することも可能にされている。なお、継手12には嵌合溝および係止爪部を備えている。このようなハット形鋼矢板2を複数用い継手12相互を嵌合した壁体は、壁厚方向の両縁端に継手12が位置することになるため、壁体の壁面に直角な水平力が作用した場合に、壁体に上下方向のせん断力(曲げモーメントの発生に伴って発生するもので、嵌合継手を相対的にずらそうとする力)が作用しても、継手12は壁厚方向の最外縁に位置しているために、隣り合う鋼矢板の継手間でのずれは生じないため、壁剛性の高い壁体であり、図11に示すハット形鋼矢板はこのような壁体を構築できる特徴のある鋼矢板である。
【0036】
ハット形鋼矢板2からなる溝付き鋼矢板4における前面に、その溝付き鋼矢板4の長手方向の所定範囲Lに、前記所定範囲Lに対応した長さで、断面ハット形の鋼製の溝形断面部材3における正面板3aが、溝付き鋼矢板4におけるフランジ10に対して所定間隔h隔てるように配設されて、帯状鋼板からなる側面板14を介在させて間接的に溶接等の固定手段で前記溝付き鋼矢板4に固定され、前記溝付き鋼矢板4と前記溝形断面部材3により形成された空間部5の下端部には、溝付き鋼矢板4及び溝形断面部材3のいずれか一方又は両方に固定された閉塞板6が設けられて閉塞されている。なお、前記空間部5の上端部にも蓋としての閉塞板(図示を省略した)を、溝付き鋼矢板4及び溝形断面部材3のいずれか一方又は両方に固定して閉塞するようにしてもよい。閉塞板6を溝付き鋼矢板4及び溝形断面部材3の両方に溶接により固定すると、曲げ剛性及びねじり剛性をより高めることができる。
【0037】
溝付き鋼矢板4に溝形断面部材3を取付ける前記の所定の範囲Lは、基本的には、構造設計(計算)や設置環境(劣化環境(腐食環境、漂砂・流砂環境、漂流物環境等)によって決定される。
構造計算によって決定される場合を、次の(1)、(2)に例示する。
(1)部材断面が応力で決定する構造の場合には、例えば、図17に示すように、曲げモーメントの大きな部位を含む範囲等の発生応力の大きな部位を含む範囲Lに設置する。
(2)部材断面が変位で決定する構造の場合には、例えば、図9(b)或は図16(a)〜(d)に示すような自立鋼矢板壁の場合は、設計地盤面近傍(主として設計地盤面以深)を含む範囲等の変位を小さくするのに効果的な範囲Lに溝形断面部材3を設置する。
なお、図9(a)(b)又は図16(c)に示すように、標準的な海洋環境において集中腐食が生じる恐れが高い干満帯直下付近(水深0.5m,好ましくはL.W.Lより下方水深1mまでの範囲)をカバーする範囲が前記Lに含まれる形態では、防食及び剛性の両方で有利になる。なお、前記の所定の範囲Lは、前記の構造設計による条件を満たした上で、例えば、図9(b)に示すように、水域における波や河川流の影響による洗掘を考慮する場合には、水底地盤23中の所定の深度まで含むようにしてもよい。
【0038】
なお、図16(a)に示す壁体27は、自立鋼矢板壁で、溝形断面部材を有する鋼矢板8の溝形断面部材3を、水底地盤23中の所定の深度から水中に渡るように設置する形態としている。このような形態では、水底地盤において砂などの動きが激しい場合には、砂摩耗対策を兼ねることができる。
図16(b)に示す壁体27は、自立鋼矢板壁で、溝形断面部材3を裏埋土17側に配置する形態としてもよい。
このような形態では、裏埋土を投入するまでの期間が長く、その間、水底地盤において砂などの動きが激しい場合には、砂摩耗対策を兼ねることができる。
図16(c)(d)に示す自立鋼矢板壁の壁体27のように、溝形断面部材3を水底地盤23中の所定の深度から上方に連続して設け、溝形断面部材3及びハット形鋼矢板2からなる鋼矢板4の上端部を上部コンクリート33に埋め込むようにしてもよい。
このような形態では、より高い剛性を発揮する。
図16(d)に示す形態では、溝形断面部材3が裏埋土17側に埋め込まれているので、海側は溝付き鋼矢板4のみとなるから、海側の側壁面が溝形断面部材3による凹凸がない分、平坦な側壁面とすることができる。
また、図17に示す壁体27では、控え工34と溝形断面部材を有する鋼矢板8の上部とを、適宜受梁及び支承板を介在させてタイロッド35及びこれに装着される雌ねじ部材を用いて連結する、タイロッド式(控え工式)鋼矢板壁としている。
なお、硬化性充填材7は、空間部5の全長に亘り充填する場合と、必要な範囲に充填する場合がある。前記の必要な範囲に充填する場合には、適宜中間型枠を設けて硬化性充填材7を充填する。
【0039】
溝形断面部材を有する鋼矢板8を水底地盤23に打設する場合には、閉塞板6が水平に突出しているため、打設時に抵抗が大きくなり、その抵抗低減のために、閉塞板6先端から鋼矢板に向って、下方に傾斜する貫入抵抗低減用の傾斜板13を配置して、溝形断面部材3と鋼矢板に溶接等により固定して設ける。閉塞板6を省略して、傾斜板13により閉塞板6を兼用して溝形断面部材の下端側を閉塞する場合には、図12(a)〜(c)に示す実施形態のように、正面板3aと帯状の側面板14の下端と、鋼矢板2に渡って、鋼矢板2に向って下方に傾斜する正面側の複数の傾斜板13、及び鋼矢板2と前記正面側の傾斜板13と、溝形断面部材3の下端との間を閉塞する鋼製側面閉塞板16を、溶接等により固定すると、簡単な構造で溝形断面部材3の下端側の前面及び側面を閉塞とすることができる。前記の側面閉塞板16は、鋼矢板側の継手溝を閉塞しないように配設及び溶接されて固定される。なお、図4(b)に示すように、溝形断面部材3を鋼矢板2の下端まで設ける場合には、前記の閉塞板6及び傾斜板13を設けなくてもよく、打設した部分の水底地盤を閉塞手段として利用してもよい。
【0040】
次に、前記の溝形断面部材3について、図3〜5を参照して説明する。前記の溝形断面部材3は、図示の実施形態では、幅寸法の小さい一方の側面板14(14a)と、それよりも幅寸法の大きい他方の側面板14(14b)とを、正面板3aの背面に上下方向に所定の範囲に渡って配置されて、隅肉溶接Wにより固定することで形成されている。前記の正面板3aは、図1に示す形態では、ハット形鋼矢板2からなる溝付き鋼矢板4と同じ材料からなり、これをほぼ所定範囲Lになるように短尺又は長尺に切断することで、正面板3aとして用いて、前記の所定範囲Lをカバーされるようにされる。実施形態では、ハット形鋼矢板2と同じ断面形態の部材を、カバー材としての溝形断面部材3の正面板3aとして使用しているため、横断平面図において、わかりやすくするために、鋼矢板壁を形成しているハット形鋼矢板2には、ハッチングを付し、カバー材としての溝形断面部材3には、ハッチングを付さないで示している。
【0041】
溝形断面部材3における正面板3aは、フランジ10aの両端部に外側に向かって広がるように傾斜したウェブ9aが一体に連設され、各ウェブ9aに前記フランジ10aと平行にアーム部19aが一体に連設され、各アーム部19aの端部に、継手12aが一体に形成されている断面ハット形のハット形鋼矢板を所定の長さに切断して形成されているため、中央部がフランジ10aにより凸となる形態の正面板とされる場合(図1の場合)と、反転配置した場合(図8a)とがあるが、各アーム部19aの中心軸線の中央点に対して、点対称形状の継手12aとされている点も同様である。左右の各継手12aは、隣接する継手と嵌合するための継手としての機能を期待しないで、一方の側面板14の基端側を固定するため、及び鋼矢板側の継手12の水域側への露出を少なくし、耐腐食性能を向上するための部分としている。
【0042】
図3に示すように、溝形断面部材3には、他方の側面板に比べて、小幅寸法H1とされた一方の帯状鋼板からなる側面板14(14a)と、前記幅寸法H1よりも幅寸法の大きい幅寸法H2とされた他方の側面板14(14b)が設けられている。溝形断面部材3における前記の一方の側面板14aの基端部は、正面板3aにおける一方の継手12の溝側の爪先端部に立設するように配置されて、外側からの溶接W1により固定され、他方の側面板14(14b)は、他方の継手12近傍のアーム部19aに立設するように配置されて、外側からの溶接W1により固定された溝形断面部材3とされている。前記の一方の側面板14aと他方の側面板14bの幅寸法は、設計により設定される。
【0043】
前記のように構成された溝形断面部材3では、平面視で、溝付き鋼矢板(4)に対して傾斜配置することが可能になることから、正面板3aにおける一方の継手12aは、隣り合う鋼矢板の正面板3aとの関係では、他方の正面板3aの継手の背面側に位置するようになるために、壁厚方向の内側に位置する部分は、流砂・漂砂・浮遊砂や漂流物の接触・衝突による損耗を回避することができる。
【0044】
また、溝形断面部材3における各側面板14(14a、14b)と、正面板3aとにより形成される溝外側面には、全ねじボルト21等のジベル18が上下方向及び左右方向に間隔をおいて予め設けられている。また、同様にハット形鋼矢板2からなる溝形鋼矢板4側のウェブ9及びフランジ10により形成される溝内側面及びアーム部19とに全ねじボルト21等のジベル18が設けられ、必要に応じ溶接金網等のメッシュ材28、鉄筋20等を前記ジベル18に固定するように設けてもよく、図13に示すように、空間5を形成している鋼矢板2及び側面板14の内側にボルト21の基端部を溶接等により固定して、ナット25を固定する形態のジベルとしてもよい。
【0045】
そして、図6に示すように、溝形断面部材3の一方の側面板14(14a)及び他方の側面板14(14b)は、矢板壁側の継手中心を結ぶ中心軸線に直角に配置されて、一方の側面板14(14a)の先端部は、ハット形鋼矢板2からなる溝付き鋼矢板4の継手12の溝底部裏面に外側からの溶接W2により固定されていることで、他方の側面板14(14b)の先端部は、前記ハット形鋼矢板2のアーム部19に外側からの溶接W2により固定されていることで、溝底部裏面までの防食層15を越えて、防食範囲を溶接部W2間までの広い範囲の防食範囲とされた溝形断面部材を有する鋼矢板8とされ、さらに空間部5に硬化性充填材7が充填されていることで、剛性及び防食の両方の性能を向上させた溝形断面部材を有する鋼矢板8としている。なお、硬化性充填材7により防食され、しかも側面板14(14a,14b)並びにその外側の溶接W2があり確実に防食されているので、前記の防食層15を省略してもよい。
【0046】
図7の中央部又は図13及び図14に示すように、溝付き鋼矢板4の所定箇所に(例えば、フランジ10の幅方向中央部で上下方向に間隔をおいて)スリット36を設け、前記正面板3aの空間部5側表面の前記スリット36に対応した箇所に、長方形等の係止用鋼板29の基端側を溶接等の手段で固定し、前記係止用鋼板29を前記スリット36に挿入し、前記係止用鋼板29の端部は溝付き鋼矢板4に溶接による固定手段で固定されている。このように、係止用鋼板29により溝付き鋼矢板4に正面板3aを係止していると、正面板3aの左右方向の端部又は側面板14が損耗しても、正面板3aが脱落するのを防止することができると共に、溝付き鋼矢板4に対する正面板3aの位置を保持することができる。前記のスリット36を溝付き鋼矢板4に、係止用鋼板29を溝形断面部材3に予め設けておき、溝形断面部材3の側面板14を溝付き鋼矢板4に溶接等の手段により連結一体化する時に、スリット36に係止用鋼板29の先端部を挿入して、溶接等の手段により固定するようにすればよい。前記の係止用鋼板29の中間部に凹部又は孔を設けておくと、経時硬化性充填材7が充填硬化していると、ジベルとしての機能を発揮することができ、経時硬化性充填材7との一体化、さらには、溝形鋼矢板4及び断面溝形部材3との一体化を向上あせることができる。
【0047】
また、前記の係止用鋼板29と同様な目的で、図7の右端部に示すように、正面板3aの所定箇所に(例えば、フランジ10の幅方向中央部で上下方向に間隔をおいて)開孔30を設け、前記溝付き鋼矢板4の空間部5側表面の前記開孔30に対応した箇所に棒状部材32の基端部を溶接等の手段で固定し、前記棒状部材32を前記開孔30に挿入し、前記棒状部材32の端部は正面板3aに溶接やナット25による螺合等の手段で固定されていると、棒状部材32により溝付き鋼矢板4に正面板3aを連結しているため、正面板3aの左右方向の端部又は側面板14が損耗しても、正面板3aが脱落するのを防止することができると共に、溝付き鋼矢板4に対する正面板3aの位置を保持することができる。
【0048】
前記のように、係止用鋼板29或は棒状部材32を溝形断面部材3における正面板3aに設けた状態で、前記の一方の側面板14(14a)及び他方の側面板14(14b)の先端側を鋼矢板本体側に外側からの溶接により固定する。また、図12の上部に示すように、ハット形鋼矢板2と正面板3aとを、鋼板等からなる間隔保持材26の両端部を溶接により固定することで、溝付き鋼矢板4と正面板3aとの間隔を保持するようにしてもよい。前記の間隔保持材26は、溝形断面部材を有する鋼矢板8の打設時のブレ止めの役割を果たす。溝付き鋼矢板4と溝形断面部材3がブレると、溶接部に不測の応力が発生し、溶接部に亀裂が発生することが懸念され、溶接部の疲労破壊対策及び2次応力発生防止の効果がある。前記のようにして、溝形断面部材を有する鋼矢板8を製作する。なお、間隔保持材26を複数設ける場合に、上部に設置した間隔保持材26に吊り金具を取り付ける開孔を設け、間隔保持材26と吊り金具を兼用するとよい。
【0049】
前記のように、一方の側面板14(14a)と他方の側面板14(14b)が、幅寸法が異なること、ほぼ直角状態で配置されていることで、溝形断面部材3における正面板3aの両端部は、溝付き鋼矢板4の各継手12の中心軸線を結ぶ線分Cからの距離Rに差を設けて配置されている。正面板3aの一方の端部(継手12a)外側面までの距離R1(R)と、他方の端部(継手12a)外側面までの距離R2(R)には、少なくとも端部(継手12a)の厚さ寸法分の差を設けている。溝付き鋼矢板4における継手相互を嵌合して壁体27を形成した場合に、隣り合う正面板3aの端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置可能にされている。尤も、前記の一方の側面板14(14a)を傾斜させて配置し、図1左側の一方のアーム部19に固定する場合には、一方の側面板14(14a)と他方の側面板14(14b)の幅寸法が同じ場合もありえるから、側面板の幅寸法の大小のみで、溝形断面部材3における正面板3aの傾斜配置が決まるものでもない。したがって、同じ幅寸法の側面板14としていずれか一方の側面板を傾斜配置してもよく、また、幅寸法の大きい側面板を傾斜配置することでもよい。しかし、側面板14(14a、14b)を立設するように配置して、その幅寸法の大小により、正面板を傾斜させる構造であると、構造が簡単であり、壁面に直角な水平力が作用した場合には、傾斜している側面板よりも直角に立設する形態の方が溶接部の負担が大きくなる恐れがなく有利である。
【0050】
なお、水底地盤を底型枠として利用する場合には、前記の傾斜板13及び閉塞板6を省略してもよいが、前記のように、下端側が閉塞板又は傾斜正面板等により閉塞された形態では、上部に構造物を構築する場合に支持可能な形態になっていると共に剛性を高めている。また、溝形鋼矢板4と共同して空間部5を形成している溝形断面部材3の下端部が開放された状態の溝形断面部材を有する鋼矢板8でも、溝形断面部材3の下端部が地盤中に比較的深く打設され、空間部5に土が侵入し、溝形断面部材3の先端が閉塞された状態になるときにも、溝形断面部材を有する鋼矢板8の上部に構造物を構築する場合に支持可能な形態になっていると共に剛性(ねじり剛性)を高めている。
【0051】
前記のような溝形断面部材を有する鋼矢板8を水底地盤23に打設すると共に隣り合う溝形断面部材を有する鋼矢板8の継手12相互を噛み合わせて打設し、予め又は打設後、空間5に経時硬化性充填材7を充填して、図2に示すような壁体27を構築する。
【0052】
前記の硬化性充填材7としては、設計により、次の[1]〜[4]のいずれかの硬化性充填材を充填することもできる。
[1] セメント系経時硬化性充填材(セメントミルク、モルタル、コンクリート、レジンモルタルなど)
[2] 高分子樹脂系充填材(エポキシ樹脂、ウレタン樹脂等)
[3] ソイル系充填材(ソイルセメントなど)
[4] 歴性質系充填材(アスファルトなど)
【0053】
図2に示すような壁体27では、一方の正面板3aの端部(継手12a)が内側に位置しているため、流砂・漂砂・浮遊砂や漂流物の接触・衝突による損耗を防止していると共に溝形断面部材を有する鋼矢板8側の継手12は、水域側に露出している部分が、従来の場合より格段に少なくなっているので、この部分の耐腐食性能を向上していると共に、断面溝形部材3及び硬化性充填材7により2重に耐腐食性能を向上させている。なお、図示を省略するが必要に応じ、溝形断面部材を有する鋼矢板8における溝形断面部材を含めて水域地盤等の地盤に貫入させた場合の壁体27の上部に構造物を構築する。
【0054】
前記のような本発明の場合には、さらに、下記(1)〜(6)のような効果を発揮することもできる。
(1) 溝付き鋼矢板には、予め鋼製の溝形断面部材が設けられているので、溝付き鋼矢板における集中腐食部位を溝形断面部材により防護することができ、溝付き鋼矢板自身の集中腐食を回避することができる。
(2) 鋼製の溝形断面部材を使用するので、流木や氷盤が衝突しても機械的損傷を受けづらい。
(3) 工場などであらかじめ溝付き鋼矢板に溝形断面部材及び傾斜板並びに側面板を取り付けることができるので、安価な溝付き鋼矢板とすることができる。
(4) 空間部への硬化性充填材の充填は、溝付き鋼矢板を打設する前に、充填しておく場合と、溝付き鋼矢板打設後に充填する場合があるが、いずれも、予め充填する空間部が形成されているので、充填作業が容易である。
(5) 溝形断面部材において、集中腐食部位の腐食が進行した場合には、当該部位を覆うように鋼板を溶接するだけで、容易に溝形断面部材としての機能を回復させることができる。
(6) 空間部に充填材が充填されている形態では、鋼矢板壁の点検作業時において、溝形断面部材における集中腐食の進行を見逃し、溝形断面部材に貫通孔が生じても、セメント硬化体などの充填材が本体鋼矢板を保護することができる。このため、集中腐食現象を見逃しても大きな問題は生じない。
【0055】
図8(a)(b)には、本発明の他の形態の溝形断面部材を有する鋼矢板8を用いて壁体27を形成した形態が示されている。図2に示す形態と比較して相違する点は、溝形断面部材3側の正面板3aは、素材はハット形鋼矢板と同じであるため、図8(a)に示す形態では、正面板3aを180°回転させた状態で配置して、一方の側面板14(14a)と他方の側面板14(14b)を正面板3aに設置した溝形断面部材3とし、そのような溝形断面部材3を、ハット形鋼矢板2のアーム部19に固定した形態である。このような形態では、正面板3a側の溝とハット形鋼矢板2の溝が対向するようになり、壁厚寸法が大きく、剛性を大きくしていると共に、経時硬化性充填材7により耐腐食性能をより向上している形態である。また、図8(b)に示す形態は、ハット形鋼矢板2を180°回転させた状態で、溝形断面部材3の側面板をハット形鋼矢板2のアーム部19に取り付けた形態である。図8(b)に示す形態では、各側面板が前記各実施形態に比べて、広幅となることから、鋼矢板の継手部12から正面板3aまでの距離が長くなり、その分、継手12に対する流砂の影響を少なくして、磨耗を低減していると共に、側面板間をより静水域として継手12に対する流砂・漂砂・浮遊砂や漂流物の接触・衝突による損耗を。低減していると共に、側面板間をより静水域として継手12の損耗を低減するようにしている。
【0056】
前記実施形態では、ハット形鋼矢板2からなる溝付き鋼矢板4と溝形断面部材3の正面板3aが、図10に示す従来のように、同じ狭幅の取り付け用側面板141を用いて取り付けて壁体構築方向と同じ方向ではなく、幅の異なる側面板を用いて、或は一方の側面板を傾斜配置することで、溝付き鋼矢板4と溝形断面部材3の正面板3aが非同一方向に配設されているため、溝付き鋼矢板と溝形断面部材の重心位置が、従来技術の同一方向配置の場合に比較し離間しているようになり、合成断面としての断面性能は、同一方向(従来技術)の場合に比較し大きい。また、図示の実施形態のように、正面板3aに、ハット形鋼矢板2に同じ素材のハット形鋼矢板を使用しているため、経済的である。
【0057】
なお、壁体27を構築する場合に、空間部5に経時硬化性充填材7を充填しない状態の溝形断面部材を有する鋼矢板8を水底地盤に打設してもよく、経時硬化性充填材7を充填しない状態の溝形断面部材を有する鋼矢板8の隣り合う継手相互を噛み合わせて、水底地盤に打設し、次いで、空間部5に経時硬化性充填材(7)を充填して壁体27を構築する形態としてもよい。
なお、壁体27を構築する場合には、(A)本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板のみを用いた形態の壁体としてもよく、(B)本発明の溝形断面部材を有する鋼矢板と溝形断面部材を有しない鋼矢板とを交互に配置した形態の壁体としてもよく、(C)溝形断面部材を有する鋼矢板の間に2枚以上の溝形断面部材を有しない鋼矢板を介在させる形態の壁体としてもよく、前記(A)(B)(C)のように一定の規則で配置した形態の壁体でもよい。このように、溝形断面部材を有する鋼矢板を組み込んだ壁体では、従来の場合よりも剛性の高い壁体を経済的に実現できる。なお、前記の溝形断面部材を有しない鋼矢板としては、例えば、ハット形鋼矢板2を用いるとよい。
なお、溝付き鋼矢板や溝形断面部材にズレ止め(スタッドボルト、孔明鋼板ジベル、曲げ鉄筋、形鋼ジベル等)を設置したり、硬化性充填材を補強するための補強材(鉄筋、ガラス繊維などの繊維、スチールファイバーなど)を配設・混入させても良い。
さらに、硬化性充填材の少なくとも上方部と上部コンクリート内部にまたがるように鉄筋などの補強材を配設しても良い。これにより、壁体と上部コンクリートの一体性・密着性がより向上する。
【0058】
本発明を実施する場合に、正面板3aとしては、正面視で縦長の長方形状の平板状鋼板あるいは表面に溝或は凹凸を有する形態であってもよい。
【0059】
本発明を実施する場合に、正面板3aとしては、溝形鋼矢板4と同じ断面のハット形鋼矢板を用いると経済的であるが、ハット形鋼矢板に限定されるものではなく、ハット形鋼矢板以外にも、正面視で縦長の長方形状の平板状鋼板あるいは表面に溝或は凹凸を有する形態の鋼板を用いた正面板であってもよい。隣り合う鋼矢板における正面板3aの側端縁間で壁厚方向に位置をずらすために、横断平面で、一方の正面板3aの側端縁を壁厚方向の後方に、他方の正面板3aの側端縁を壁厚方向の前方に、湾曲させた湾曲部としたり、屈折させた断面L形部としたり、傾斜させた傾斜部とすることも可能である。
【0060】
本発明を実施する場合、溝形断面部材を有する鋼矢板を港湾鋼構造物等の水域構造物や擁壁、土留壁などの陸域構造物に用いるようにしてもよい。
【0061】
側面板14等の固定手段としては、溶接以外にもボルト等により固定してもよく、溶接及びボルトとを併用するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0062】
W 有効幅
2 ハット形鋼矢板
3 溝形断面部材
3a 正面板
4 溝付き鋼矢板
5 空間部
6 閉塞板
7 硬化性充填材
8 溝形断面部材を有する鋼矢板
9 ウェブ
9a ウェブ
10 フランジ
10a フランジ
11 溝
12 継手
13 傾斜板
14 側面板
15 防食層
16 側面閉塞板
17 裏埋土
18 ジベル
19 アーム部
20 鉄筋
21 ボルト
22 ボルト
23 水底地盤
25 ナット
26 間隔保持材
27 壁体
28 メッシュ材
29 係止用鋼板
30 開口
31 鋼製カバー材
32 棒状部材
33 上部コンクリート
34 控え工
35 タイロッド
36 スリット
81 鋼製カバーを有する鋼矢板
141 取り付け用帯状鋼板
161 壁体(鋼矢板壁)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両側のウェブ(9)とこれらのウェブ(9)を一体に接続しているフランジ(10)とにより形成される溝を備え、各ウェブ(9)にアーム部(19)が一体に連設され、各アーム部(19)の端部に、継手(12)が一体に形成されて溝付き鋼矢板(4)が形成され、間隔をおいて両側に側面板(14)を有すると共にこれらの側面板(14)を一体に接続する正面板(3a)を有する溝形断面部材(3)が形成され、前記溝付き鋼矢板(4)の長手方向の所定範囲(L)に、前記所定範囲(L)に対応した長さで、前記各側面板(14)の他端が溶接等の手段で、前記溝付き鋼矢板(4)の表面に固定され、前記溝付き鋼矢板(4)と前記溝形断面部材(3)により空間部(5)が形成され、前記正面板(3a)の両端部は、溝付き鋼矢板(4)の各継手(12)の中心軸線を結ぶ線分(C)からの距離(R)に差を設けて配置されて、溝付き鋼矢板(4)における継手相互を嵌合して壁体(27)を形成した場合に、隣り合う正面板(3a)の端部が壁厚方向の内外に位置をずらして配置可能にされ、かつ前記空間部(5)に硬化性充填材(7)が充填されて耐腐食性が高められていることを特徴とする溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項2】
前記正面板(3a)を、平面視で、溝付き鋼矢板(4)に対して傾斜配置されていることを特徴とする請求項1に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項3】
前記正面板(3a)は、前記溝付き鋼矢板(4)と同じ断面形態の鋼矢板が用いられていることを特徴とする請求項1又は2に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項4】
前記溝形断面部材(3)における一方の側面板(14)は、前記溝付き鋼矢板(4)の継手(2)外面に溶接等の固定手段により固定されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項5】
前記空間部(5)の少なくとも下端部は、溝付き鋼矢板(4)及び前記溝形断面部材(3)のいずれか一方又は両方に固定された閉塞板(6)が設けられて閉塞されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項6】
溝付き鋼矢板(4)の所定箇所にスリット(36)を設け、前記正面板(3a)の空間部(5)側表面の前記スリット(36)に対応した箇所に係止用鋼板(29)を溶接等の手段で固定し、前記係止用鋼板(29)を前記スリット(36)に挿入し、前記係止用鋼板(29)の端部は溝付き鋼矢板(4)に溶接等の手段で固定されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項7】
正面板(3a)の所定箇所に開孔(30)を設け、前記溝付き鋼矢板(4)の空間部(5)側表面の前記開孔(30)に対応した箇所に棒状部材(32)を溶接等の手段で固定し、前記棒状部材(32)を前記開孔(30)に挿入し、前記棒状部材(32)の端部は正面板(3a)に溶接やナットによる螺合等の手段で固定されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項8】
溝付き鋼矢板(4)と正面板(3a)とが、それらの上部及び下部のいずれか一方又は両方の箇所において、鋼板等からなる間隔保持材(26)を溶接等の手段により固定していることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板を単独で複数枚配置し、又は請求項1〜8のいずれか1項に記載の溝形断面部材を有する鋼矢板間に少なくとも1枚の溝形断面部材を有しない鋼矢板を配置し、隣り合う鋼矢板の継手相互を連結して地盤に打設したことを特徴とする壁体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−11082(P2013−11082A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143576(P2011−143576)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】