説明

溶接方法および溶接継手

【課題】ガセット板と高張力鋼の角廻し溶接部の疲労強度を飛躍的に向上させることができる溶接方法および溶接継手を提供する。
【解決手段】ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、ガセット板の端部の長手方向に17mm以上の長さのビードを形成する溶接方法。前記溶接方法を用いて、ガセット板が高張力鋼に溶接されている溶接継手。既存の鋼構造物におけるガセットと母材からなる角廻し溶接部を溶接により補修または補強する溶接方法であって、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、角廻し溶接部のガセット板の端部の長手方向に、ガセット板の端部からのビード部の長さが17mm以上となるようにビードを形成する溶接方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼を用いた溶接構造物においてガセット板を高張力鋼に角廻し溶接する際の溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、海洋構造物、橋梁等の溶接構造物の大型化とそれに伴う軽量化や安全性を目的として、近年では、抗張力が従来の500MPaから1000MPaにまで高められた高張力鋼が使用されるようになってきている。
【0003】
高張力化に比例して母材の疲労寿命や疲労限度で代表される疲労強度も向上するが、溶接部については、従来の溶接技術を用いている限り、疲労強度は向上しない。
【0004】
溶接部には、突き合わせ溶接部、隅肉溶接部、角廻し溶接部など種々の溶接部があるが、なかでも母材の高張力鋼にガセット板を溶接する際の角廻し溶接部は、最も疲労強度が低い(母材に比べて1/7程度)ため、溶接構造物の設計荷重(許容荷重)はこの角廻し溶接部により決まることになる。
【0005】
しかし、このガセット板の角廻し溶接部について従来の溶接技術を用いている場合、前記した通り、溶接部の疲労強度が向上しないため、前記した近年の高張力化した高張力鋼を使用することによる軽量化や安全性の利点を充分に引き出せない。
【0006】
従来のガセット板の角廻し溶接部において疲労強度が低下する原因は、溶接止端部において断面形状変化に起因する応力集中度が大きいことに加えて、溶接熱応力に起因する引張残留応力の生成による悪影響も重なって溶接止端部において引張力が局部的に非常に高くなることにある。
【0007】
この点について図11を用いて説明する。図11は、ガセット板が取り付けられている状態で引張力を加えた際に平板に生じる引張力の様子を示す斜視図である。図11において、10は母材である平板、20はガセット板である。ガセット板20は下部側面部21および下部止端部22で平板10に溶接されて、下部側面の溶接部31および角廻し溶接部32を形成している。
【0008】
また、Fは平板10の長手方向に作用する引張力であり、90はこの引張力で平板10に発生する角廻し溶接部32の溶接止端部33を通る短辺方向(幅方向)に沿った引張力の分布を示し、91は平板10の短辺方向の端面部の応力であり、92は中央部の応力である。
【0009】
図11に示すように、平板10に発生する応力は、ガセット板20の下部止端部22の角廻し溶接部32の溶接止端部33で最も大きくなる。
【0010】
また、ガセット板20は、溶接時の加熱で膨張し、その後の冷却により収縮するが、平板10の膨張と収縮は、ガセット板20の膨張、収縮より小さいため、ガセット板20の溶接部31、32に溶接熱応力に起因する引張残留応力が発生し、この引張残留応力も角廻し溶接部32の溶接止端部33で最大となる。
【0011】
以上のため、ガセット板の角廻し溶接部において疲労強度が大きく低下する。
【0012】
疲労強度を向上させる技術として、古くより、溶接部にハンマーピーニング処理やレーザピーニング処理を施す技術が開発されているが、作業負荷が大きいため、現状、汎用的には普及していない。
【0013】
また、この10年、溶接金属のマルテンサイト変態点を低下させて、低温域でマルテンサイト変態を起こさせ、変態膨張によって溶接部の残留引張応力を軽減させたり、若干の圧縮応力を導入する低変態点溶接材料や、このような溶接材料を用いた溶接施工法が開発されている(特許文献1〜6)。しかし、このような技術を用いても、溶接部の疲労寿命の向上は高々従来の1.5〜2倍程度に留まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平11−138290号公報
【特許文献2】特開2000−288728号公報
【特許文献3】特開2000−17380号公報
【特許文献4】特開2002−113577号公報
【特許文献5】特開2003−275890号公報
【特許文献6】特開2003−290972号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前記の従来技術の問題点に鑑み、本発明は、ガセット板と高張力鋼の角廻し溶接部の疲労強度を飛躍的に向上させることができる溶接方法、および前記溶接方法により溶接されている溶接継手を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題の解決につき鋭意研究する中で、角廻し溶接部におけるガセット板端部からのビードの長さに着目し、通常の角廻し溶接を一般に脚長と呼ばれるビード長7mmで行った後、この角廻し溶接部の先端に種々の長さの伸長ビードを設けて、伸長ビードの長さと伸長ビード先端部の応力集中度との関係について実験を行った。
【0017】
このときの主要な実験条件は次の通りである。即ち、母材として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅200×長さ1000×厚さ20mm)、ガセット板として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅50×長さ200×厚さ20mm)を用いた。
【0018】
実験結果を図6に示す。図6において、縦軸は応力集中度であり、横軸は角廻し溶接部の先端から伸長させた伸長ビードの長さである。なお、応力集中度は、伸長ビードが設けられていない通常の角廻し溶接の場合における溶接部止端位置の応力に対する比率で示してある。図6より、伸長ビードが短い領域において応力集中度が急激に低下し、伸長ビードが7mmあれば応力集中度が0.4程度まで低下し、10mmで0.3程度まで充分に低下していることが分かる。また、20mm以上では0.2弱で安定していることが分かる。
【0019】
このように、伸張ビードを10mm以上設けることにより応力集中が充分に緩和され、その結果、角廻し溶接部における疲労強度が向上する。
【0020】
本発明者は、次に、溶接熱応力に起因する引張残留応力と伸長ビードの長さ、および溶接材料の種類の関係について実験を行った。即ち、従来溶接材料および溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms温度)が350℃以下の低変態点溶接材料を用いて、通常の角廻し溶接(ビード長(脚長)10mm)後、伸長ビードの長さを変化させて伸長ビード先端部の表面位置および深さ5mmの位置における引張残留応力を測定した。
【0021】
なお、前記の低変態点溶接材料は、被溶接材料との溶接により形成された溶接金属のMs温度が350℃以下の溶接材料を指し、溶接材料自体のMs温度は250度以下である。
【0022】
そして、このときの主要な実験条件は次の通りである。即ち、母材として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅200×長さ1000×厚さ20mm)、ガセット板として800MPaの高張力鋼(サイズ:幅50×長さ200×厚さ20mm)を用いた。そして、従来溶接材料の化学組成は、C0.12wt%、Ni1.5wt%、Mo0.5wt%であり、低変態点溶接材料の化学組成は、C0.05wt%、Cr14wt%、Ni9wt%である。
【0023】
測定結果を図7に示す。図7において、縦軸は残留応力であり、横軸はガセット板端部からのビード長さ(角廻し溶接部のビード長)である。そして、従来溶接材料(図7では「従来材」と表示)の表面位置における残留応力を●、深さ5mmの位置における残留応力を■で示し、低変態点溶接材料(図7では「低変態溶材」と表示)の表面位置における残留応力を○、深さ5mmの位置における残留応力を□で示している。また、引張残留応力は正の値で示し、圧縮残留応力は負の値で示してある。なお、これらの測定結果は、中性子回折による残留応力測定とFEM有限要素解析の応力解析から得られた結果である。
【0024】
図7に示すように、従来溶接材料を用いた場合、角廻し溶接が施された時(ビード長(脚長)10mm)には、表面位置で300MPa程度、深さ5mm位置で680MPa程度の引張残留応力が発生しており、その後、ビード長が長くなるに従っていずれの位置でも引張残留応力が上昇して、ビード長が80mm(伸長ビード長さ:70mm)となった場合には800MPa程度の大きな引張残留応力が発生している。
【0025】
これに対して、低変態点溶接材料を用いた場合、角廻し溶接が施された時(ビード長(脚長)10mm)の引張残留応力は、深さ5mm位置の場合、300MPaであるものの、ビード長17mm(伸長ビード長7mm)の位置で引張残留応力が消失している。そして、ビード長が17mm以上になると、逆に圧縮残留応力が発生している。そして、ビード長が長くなるに従って、この圧縮残留応力は大きくなり、最終的には、300MPa程度もの大きな圧縮残留応力が発生している。
【0026】
また、表面位置の場合には、角廻し溶接が施された時に、既に170MPa程度の圧縮残留応力が発生しており、ビード長が80mmの位置では580MPa程度の圧縮残留応力が発生している。
【0027】
そして、前記の伸長ビードの長さ7mmは、前記した通り、図6において応力集中度を充分に低下させられる長さでもある。
【0028】
このように、従来溶接材料と低変態点溶接材料とではビード長の伸長が残留応力に対して逆の影響を及ぼし、低変態点溶接材料の場合、ガセット板の長手方向端部(以下、単に「ガセット板端部」ともいう)から、長さ17mm以上のビードを設けることにより確実に圧縮残留応力が発生するため、角廻し溶接部における疲労強度を大きく向上させることができることが分かった。
【0029】
以上より、通常の角廻し溶接後、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、ガセット板と平行にガセット板端部からのビード長が17mm以上となるように伸長ビードを設けることにより、溶接止端部の幾何学的要因からくる応力集中を緩和することができると共に、大きな圧縮残留応力を発生させることができ、これにより、疲労強度を大きく向上させることができることが分かる。
【0030】
そして、従来溶接材料を用いて通常の角廻し溶接後、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、ガセット板と平行にガセット板端部からのビード長が17mm以上となるように伸長ビードを設けても、同様に、疲労強度を大きく向上させることができる。
【0031】
また、ガセット板端部からのビード長が残留応力の内容を大きく支配しているため、前記した長さ17mm以上のビードの形成は、上記のように、通常の角廻し溶接の後に伸長ビードを形成する他に、角廻し溶接時に一度に17mm以上のビードの形成を行っても、同様に、疲労強度を大きく向上させることができる。
【0032】
角廻し溶接部における疲労強度を向上させる工夫として、従来より、溶接後、ドレッシングなどの後処理を行うことがなされているが、これらの処理による疲労強度の向上は充分とは言えず、また、その効果も不安定であった。
【0033】
これに対して、本発明においては、溶接金属のMs温度が350度以下である低変態点溶接材料を用いて、17mm以上のビードを設けることにより、安定して、高い疲労強度を得ることができる。
【0034】
本発明は、これらの知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、
前記ガセット板の端部の長手方向に17mm以上の長さのビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法である。
【0035】
そして、請求項2に記載の発明は、
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接後、角廻し溶接により形成された前記ガセット板の長手方向端部のビード先端部に、さらに伸長ビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0036】
また、請求項3に記載の発明は、
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接時に、前記ガセット板の長手方向端部に17mm以上の長さのビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0037】
本発明は、さらに以下の特徴を有する。
【0038】
前記した長さ17mm以上のビードはガセット板の長手方向に形成される。そして、ビード幅は図8に示す廻し溶接部幅(D)以上であれば特に限定されないが、応力集中の緩和および圧縮残留応力の発生の観点からは、図8に示すように、廻し溶接部幅(D)より大きいことが好ましい。
【0039】
即ち、請求項4に記載の発明は、
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0040】
次に、伸長ビードは通常の角廻し溶接により形成されたビード部の先端に設けられるが、角廻し溶接部を覆うようにガセット板端部から設けてもよい。この場合、図9に示すように、角廻し溶接後、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状で伸長ビードを形成することにより、より疲労強度を向上させることができる。
【0041】
同様に、角廻し溶接時に長いビードを形成する際にも、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状でビードの形成を行うことにより、より疲労強度を向上させることができる。
【0042】
即ち、請求項5に記載の発明は、
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、ビードを形成することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0043】
次に、角廻し溶接後、角廻し溶接により形成されたビード部の先端に伸長ビードを設ける場合、伸長ビードは、通常、角廻し溶接部の先端の一部に重ねた状態で設けられる。この場合においても、角廻し溶接部と伸長ビードとの接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状で伸長ビードを設けることが、疲労強度の向上の観点から好ましい。
【0044】
即ち、請求項6に記載の発明は、
前記角廻し溶接により形成されたビード溶接部との接続部を滑らかな形状にしながら、伸長ビードを形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の溶接方法である。
【0045】
以上のような溶接方法を用いて溶接された溶接継手は、応力集中が大きく緩和され、さらに、大きな圧縮残留応力が発生しているため、疲労強度が充分に向上された溶接継手として提供することができる。
【0046】
即ち、請求項7に記載の発明は、
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の溶接方法を用いて、ガセット板が高張力鋼に溶接されていることを特徴とする溶接継手である。
【0047】
次に、本発明に係る溶接方法は、既存の鋼構造物における疲労寿命や破壊寿命の延長に大きな効果を発揮する。
【0048】
即ち、現在、世界のインフラ構造物である例えば橋や高速道路等の鋼構造物においては、角廻し溶接部について定期的に補修や補強が行われて、疲労寿命や破壊寿命の延長が図られている。また、造船やタンクなどの乗り物や圧力容器等においても、同様に検査や処理が行われて、疲労寿命や破壊寿命の延長が図られている。
【0049】
例えば、図10(a)およびその拡大図(b)に示すように、鋼構造物の角廻し溶接部32には、長時間の使用により疲労によるクラック(疲労クラック)40が発生する場合がある。この疲労クラック40に対して、従来は、(c)に示すように、補修溶接を行って補修溶接部34を形成することにより補修を行っていた。
【0050】
しかし、従来の補修方法の場合、補修溶接部34の長さが短いため、応力集中を充分に緩和することができず、疲労寿命や破壊寿命を充分に延長することができなかった。
【0051】
これに対して、予め従来の補修溶接部を形成した後、本発明を適用し、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、角廻し溶接部のガセット板の端部の長手方向に、ビード長が17mm以上となるように伸長ビードを形成して補修した場合には、前記したように、疲労寿命や破壊寿命を充分に延長することが可能となる。
【0052】
なお、本発明に基づく伸長ビードの形成は、事前に補修溶接部を形成しなくても、また、かつて補修溶接部を形成した既存の鋼構造物に対して適用しても、疲労寿命や破壊寿命の延長効果を発揮する。
【0053】
また、クラックが発生している場合の補修に限られず、事前の予防としての補強についても、本発明を適用することによる効果を発揮させることができ、同様に、疲労寿命や破壊寿命を大幅に延長することが可能となる。この結果、定期検査の期間を大幅に伸ばすことができ、メインテナンス費用の大幅な削減を図ることが可能となる。
【0054】
なお、前記ビードの形成に際しては、前記した通り、角廻し溶接部の廻し溶接部幅より大きなビード幅でビードを形成することが好ましく、また、角廻し溶接部のビード先端部との接続部を滑らかな形状にしながら形成するとより好ましい。
【0055】
図10(d)に補修方法の具体的な例を示す。図10(d)においては、補修溶接部34の形成に加えて、補修溶接部34を覆う形で、角廻し溶接部のガセット板20の端部の長手方向に、17mm以上の長さで、角廻し溶接部の廻し溶接部幅より大きなビード幅の伸長ビード35を形成している。
【0056】
即ち、請求項8に記載の発明は、
既存の鋼構造物におけるガセットと母材からなる角廻し溶接部を溶接により補修または補強する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、前記角廻し溶接部のガセット板の端部の長手方向に、前記ガセット板の端部からのビード部の長さが17mm以上となるようにビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法である。
【0057】
そして、請求項9に記載の発明は、
前記角廻し溶接部のビード先端部に補修溶接または補強溶接を形成した後に、前記ビードが形成されることを特徴とする請求項8に記載の溶接方法である。
【0058】
また、請求項10に記載の発明は、
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項8または請求項9に記載の溶接方法である。
【0059】
さらに、請求項11に記載の発明は、
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、前記ビードを形成することを特徴とする請求項8ないし請求項10のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【発明の効果】
【0060】
本発明によれば、ガセット板と高張力鋼の角廻し溶接部の疲労強度を飛躍的に向上させることができるため、溶接構造物の許容荷重を向上させることができ、溶接構造物の高張力化が大きく拡大する。その結果、重量軽減等による低炭素化社会ニーズへ大きく貢献することが可能となり、さらには許容応力上昇による安全性向上にもつながる。
【0061】
また、溶接構造物の寿命を著しく延命させることが可能となるため、構造物の補修や補強の観点からも利点がある。戦後、建設され、40年以上経過する構造物が、この10年で多くが寿命を迎えるが、本発明は補修や補強による寿命延長の面でも大きな効果を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明に係る溶接方法で作製された溶接継手の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図2】従来の溶接方法で作製された溶接継手の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図3】本発明に係る溶接方法で作製された溶接継手の他の一例の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図4】本発明に係る溶接方法で作製された溶接継手の他の一例の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図5】本発明に係る溶接方法で作製された溶接継手の他の一例の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図6】伸長ビードの長さと応力集中度の関係を示す図である。
【図7】角廻し溶接部に形成されたビードの長さと残留応力の関係を示す図である。
【図8】本発明に係る溶接継手の他の例の概要を示す平面図である。
【図9】本発明に係る溶接継手の他の例の概要を示す(a)平面図、および(b)側面図である。
【図10】本発明に係る溶接方法を補修に適用した例を説明する図である。
【図11】ガセット板が取り付けられている状態で引張力を加えた際に平板に生じる引張力の様子を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0063】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0064】
はじめに、本発明の溶接継手の概要と、従来の溶接継手の概要とを図面を用いて説明する。図1に本発明に係る溶接方法で作製された溶接継手を、また、図2に従来の溶接方法で作製された溶接継手を示す。図1、2において、それぞれ(a)は平面図、(b)は側面図である。
【0065】
図2に示す従来の溶接継手においては、従来の角廻し溶接を用いて、母材である平板10とガセット板20とが溶接されて、ガセット板20の下部側面の溶接部31および角廻し溶接部32が形成されている。
【0066】
そして、図1に示す本発明の溶接継手においては、角廻し溶接部32の先端に、ガセット板端部からのビード長さが17mm以上となるように、さらに伸長ビード35が形成されている。このように溶接継手を作製することにより、前記したように、疲労強度が大きく向上する。なお、伸長ビード35の形成は、先に形成された角廻し溶接部32のビード温度がMs点まで冷却する前に行うことが好ましい。Ms点まで冷却した後、伸長ビード35を設けようとすると、再加熱により、表面の一部に変態しない領域ができて、変態領域との境に引張り応力が生じるため好ましくない。
【0067】
次に、図1に示したビード形成方法以外の好ましい形態について図3〜図5に基づいて説明する。
【0068】
図3の場合は、角廻し溶接部32のビードの先端部近くから、接続部を滑らかな形状にしながら廻し溶接部幅と同じ幅で伸長ビード35を形成して、所定の長さのビードを設けている。
【0069】
図4の場合は、角廻し溶接部32のビード全体を覆う状態で、ガセット板端部から廻し溶接部幅より大きな幅で伸長ビード35を設けている。この場合、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状でビードを形成することが好ましい。
【0070】
また、図5の場合は、角廻し溶接時に一度に長いビードを、ガセット板端部から廻し溶接部幅より大きな幅で形成している。この場合も、ガセット板端部との接続部に段差を設けることなく、滑らかな形状でビードを形成することが好ましい。
【0071】
(実験−1)
次に、本発明の優れた効果を示すために行った実験結果を示す。実験は、溶接材料として、(C0.1wt%以下、Cr8〜13wt%、Ni5〜12wt%をベースとする化学組成であって、溶接金属のMs温度350℃以下の溶接材料)を用い、通常の角廻し溶接を行った後、同じ溶接材料を用いて表1に示す長さの各伸長ビードを形成し、各伸長ビード先端部における応力集中度および残留応力の大きさを測定すると共に、疲労強度として、応力範囲150MPaの荷重(±150MPaの荷重)を10回/秒繰り返し掛け、破断した時の繰り返し回数(疲労破断回数)を測定した。そして、比較のために、従来溶接材料を用いて通常の角廻し溶接を行い、同様の測定を行った。
【0072】
なお、角廻し溶接におけるビード長(脚長)は一般的なビード長である7mmに設定した。また、母材としては800MPaの高張力鋼(サイズ:幅200×長さ1000×厚さ20mm)を、またガセット板としては800MPaの高張力鋼(サイズ:高さ50×長さ200×厚さ20mm)を用いた。
【0073】
測定結果を、表1に併せて示す。なお、表1において、応力集中度は、各溶接材料を用いて作製された図2の溶接継手、即ち、伸長ビードが設けられていない溶接継手における応力集中度を1とした相対値で示しており、数値が高いほど応力集中度が高いことを示している。また、残留応力については、+が引張残留応力、−が圧縮残留応力であることを示している。
【0074】
また、疲労強度は従来溶接材料を用いて作製された図2の溶接継手における疲労破断回数δを基準として示している。なお、このδは試験体の形状に依存し、例えば、幅70×長さ1000×厚さ12mmの母材および高さ50×長さ100×厚さ12mmのガセット板の場合には500万回程度、幅160×長さ1000×厚さ20mmの母材および高さ50×長さ150×厚さ20mmのガセット板の場合には30万回程度である。
【0075】
【表1】

【0076】
表1より、10mmの伸長ビード、即ち、長さ17mmのビードを形成することにより、応力集中度が1から0.4まで急激に低下しており、40mm以上の伸長ビードでは0.2に安定していることが分かる。
【0077】
また、角廻し溶接部のみで伸長ビードを設けない場合(実験例1−1)には、表面では圧縮残留応力が発生しているものの、深さ5mmの位置ではまだ引張残留応力が発生しているため、疲労強度は従来の1.5倍に留まっている。しかし、10mmの伸長ビードを形成することにより、深さ5mmの位置にも圧縮残留応力が発生し、表面の圧縮残留応力の増大とも相俟って、疲労強度は3倍にまで向上している(実験例1−2)。さらに、40mm以上の伸長ビードでは、表面、深さ5mmいずれも圧縮残留応力が増大して、疲労強度は15倍にまで大きく向上している(実験例1−4〜1−6)。
【0078】
なお、上記の実験においては、角廻し溶接後、伸長ビードの形成を行っているが、角廻し溶接時に長いビードを形成しても、同様の効果を得ることができる。
【0079】
以上より、低変態点溶接材料を用いて、10mm以上の伸長ビード、即ち、ガセット板端部から17mm以上のビードを形成することにより、疲労強度を飛躍的に向上させることができることが分かる。そして、40mm以上の伸長ビードを形成させても、疲労強度を向上させる効果は飽和するため、低変態点溶接材料を用いた伸長ビードの形成は40mm、即ち、ガセット板端部から47mmのビードを形成することが最も好ましいことが分かる。
【0080】
このように、本発明によれば、応力集中度の低下と圧縮残留応力の発生により、疲労強度の飛躍的な向上を図ることができる。
【0081】
(実験−2)
以下においては、既存の鋼構造物における角廻し溶接部の補修、補強における本発明の効果を確認した。
【0082】
具体的には、図10(d)に示すように、補修溶接部34を覆う形で、低変態点溶接材料を用いて40mm長さの伸長ビード35を形成させ、溶接止端の応力集中度、表面位置および深さ5mmでの残留応力、および疲労強度を求めた。
【0083】
結果を表2に示す。なお、表2には、補強処理のために、補修の場合と同様に伸長ビードを形成させた時の結果も示している。
【0084】
【表2】

【0085】
表2より、補修、補強のいずれの場合においても、本発明を適用して、伸長ビードを設けることにより、疲労強度を大幅に改善でき、疲労寿命や破壊寿命を大幅に延長することが可能となることが分かる。
【符号の説明】
【0086】
10 平板
20 ガセット板
21 ガセット板の下部側面部
22 ガセット板の下部止端部
31 ガセット板の下部側面の溶接部
32 角廻し溶接部
33 角廻し溶接部の溶接止端部
34 補修溶接部
35 伸長ビード
40 疲労クラック
90 引張力の分布
91 平板の短辺方向の端面部の応力
92 平板の短辺方向の中央部の応力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、
前記ガセット板の端部の長手方向に17mm以上の長さのビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法。
【請求項2】
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接後、角廻し溶接により形成された前記ガセット板の長手方向端部のビード先端部に、さらに伸長ビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記ビードを形成する方法が、角廻し溶接時に、前記ガセット板の長手方向端部に17mm以上の長さのビードを形成するビード形成方法であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、ビードを形成することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項6】
前記角廻し溶接により形成されたビード溶接部との接続部を滑らかな形状にしながら、伸長ビードを形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の溶接方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の溶接方法を用いて、ガセット板が高張力鋼に溶接されていることを特徴とする溶接継手。
【請求項8】
既存の鋼構造物におけるガセットと母材からなる角廻し溶接部を溶接により補修または補強する溶接方法であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、前記角廻し溶接部のガセット板の端部の長手方向に、前記ガセット板の端部からのビード部の長さが17mm以上となるようにビードを形成する
ことを特徴とする溶接方法。
【請求項9】
前記角廻し溶接部のビード先端部に補修溶接または補強溶接を形成した後に、前記ビードが形成されることを特徴とする請求項8に記載の溶接方法。
【請求項10】
前記ビードのビード幅が、廻し溶接部幅より大きいことを特徴とする請求項8または請求項9に記載の溶接方法。
【請求項11】
前記ガセット板の長手方向端部との接続部を滑らかな形状にしながら、前記ビードを形成することを特徴とする請求項8ないし請求項10のいずれか1項に記載の溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−99764(P2013−99764A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245441(P2011−245441)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】