説明

溶接熱影響部の靭性に優れた高強度鋼材

【課題】 780MPa級の高強度を有しながら、母材靭性や耐低温割れ性を確保した上で、大入熱溶接の際に優れたHAZ靭性を得ることができる高強度鋼材、鋼板を提供する。
【解決手段】 mass%で、C:0.010〜0.080%、Si:0.02〜1.00%、Mn:1.10〜2.90%、P:0〜0.030%、S:0〜0.010%、Al:0.20%以下、Ni:0.40〜2.40%、Cr:0.50〜1.95%、Mo:0.16〜1.10%、Ti:0.002〜0.030%、N:0.0058〜0.0120%で、1.0≦[Ti]/[N]<4.0
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記式で定義されるAS値およびDL値がAS≧3.60、DL≦2.80であり、組織が主としてベイニティック・フェライトからなるものである。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]、DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]
ただし、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば橋梁、建築、船舶、ペンストック、タンク、その他の大型構造物に使用される、引張強さが780MPa以上の高強度鋼材に係り、特に大入熱溶接後の溶接熱影響部(以下、「HAZ」ということがある。)の靭性に優れたものに関する。
【背景技術】
【0002】
780MPa以上の高強度鋼板では母材強度を確保する観点から合金成分が多量に添加されるため、小入熱溶接条件で冷却速度が速い場合、HAZが硬化して溶接割れ(低温割れ)が生じやすい。これを防ぐために溶接施工時に100℃以上の予熱が行われる。この予熱を省略することができれば施工効率が大きく上がり、かつコスト低下を実現することができる。このため耐低温割れ性に優れた780MPa級以上の高張力鋼板が要望されている。
【0003】
耐低温割れ性の指標として下記式で定義されるPcm(%)というパラメーターが提案され、従来、特開平9−3591号公報(特許文献1)や特開2001−200334号公報(特許文献2)に記載されているように、Pcmを制限して耐低温割れ性を改善する一方、Pcmを増加させ難く、微量添加で焼入性を向上させることができるNb、V、Moを積極的に添加することで母材強度を確保することが行われてきた。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]
ただし、[C]〜[B]は各元素のmass%を表す。
【0004】
一方、近年、構造物の大型化に伴い、大断面部材の溶接(大入熱溶接)が不可避となっており、この場合、HAZの組織が粗大化して、HAZ靭性が低下するという問題があった。これまで、鋼材のHAZ靭性を改善する技術として、例えば、特開平9−104949号公報(特許文献3)にはTiNを活用して、あるいは特開2002−121641号公報(特許文献4)にはTi含有酸化物系介在物を活用してHAZ靭性を改善する技術が提案されている。
【特許文献1】特開平9−3591号公報
【特許文献2】特開2001−200334号公報
【特許文献3】特開平9−104949号公報
【特許文献4】特開2002−121641号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
780MPa級の高強度鋼板は、上記のとおり、耐低温割れ性を確保すべく、Nb、V、Moを積極的に添加しているが、このためベイナイト変態時に亀裂伝播の抵抗として作用するベイナイト・ブロックが粗大化し、第二相として粗大な硬質のMA(Martensite-Austenite Constituent:マルテンサイトおよびオーステナイトの混合物)が生成するため、母材靭性やHAZ靭性が劣化するという問題がある。
近年、耐震性の向上など、構造物の安全性の向上に対する要求がますます強まっており、780MPa以上の高強度鋼板においても母材靭性や耐低温割れ性を確保した上で、大入熱溶接の際のHAZ靭性の改善が求められている。しかし、従来のHAZ靭性の改善技術ではかかる要望を満足させるに至っていない。
【0006】
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、780MPa級の高強度を有しながら、母材靭性や耐低温割れ性を確保した上で、大入熱溶接の際に優れたHAZ靭性を得ることができる高強度鋼材、鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のポイントの一つは、鋼成分の設計に際し、これまで耐低温割れ割れ性の指標とされていたPcmにとらわれず、鋼組織を考慮した成分設計を行うこと、すなわちCを極低量に制限した上で、母材靭性、HAZ靭性に悪影響を与えるNb、V、Moの添加を抑制し、焼き入れ性向上元素であるMn及びNi、あるいはさらにCuを積極的に添加し、これによって熱間圧延後の冷却速度が高速、低速のいずれにおいても、ベイニティック・フェライトを主体とする組織を生成させた点にある。
また、本発明の他のポイントは、大入熱溶接の際にボンド付近のHAZにおいて吸収エネルギーが低下する原因を調べた結果、旧オーステナイト粒(γ粒)径の粗大化が原因となってHAZ組織が全体的に粗大化するためHAZ靭性が劣化するとの知見を得て、この知見を基に、微細分散することができるTiNを高温まで安定化し、旧γ粒の微細化が可能な成分系とした点にある。
【0008】
すなわち、本発明の高強度鋼材あるいは高強度鋼板は、mass%で、
C:0.010〜0.080%、
Si:0.02〜1.00%、
Mn:1.10〜2.90%、
P:0〜0.030%、
S:0〜0.010%、
Al:0.20%以下、
Ni:0.40〜2.40%、
Cr:0.50〜1.95%、
Mo:0.16〜1.10%、
Ti:0.002〜0.030%、
N:0.0058〜0.0120%
で、1.0≦[Ti]/[N]<4.0
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記式で定義されるAS値およびDL値がAS≧3.60、DL≦2.80であり、組織が主としてベイニティック・フェライトからなるものである。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]
DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]
ただし、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。
【0009】
本発明鋼材あるいは高強度鋼板は、前記化学成分にさらに、(1) Cu:1.60%以下、(2) B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、V:0.060%未満のいずれか一種以上、(3) Ca、REMの1種または2種を合計で0.0050%以下、(4) Mg:0.0050%以下、(5) Hf:0.050%以下、Zr:0.100%以下のいずれか1種または2種、(6) W:5.0%以下、Co:5.0%以下のいずれか1種または2種、の各群から選ばれる元素を単独で、あるいは複合してさらに含有することができる。
【0010】
また、上記高強度鋼板は、上記成分を有する鋼をオーステナイト域温度に加熱し、熱間圧延し、冷却して製造するに際し、熱間圧延の仕上温度を870℃以下とすることが好ましい。仕上温度を870℃以下とすることにより、溶接後の旧γ粒が微細化し、大入熱溶接の際のHAZ靭性をより向上させることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明鋼材、鋼板によれば、Cを極低量とし、Mn及びNi、あるいはさらにCuをAS値が3.60以上になるように積極的に添加する一方、Mo、Nb、Vの添加をDL値が2.80以下となるように抑制したので、熱延後の冷却速度の高低に拘わらず、また板厚が厚い場合であっても、ベイニティック・フェライトを主体とする組織とすることができ、母材強度、母材靭性に優れる。さらに比較的多量のNを所定の[Ti]/[N]比の範囲内で添加したので、TiNを高温で安定化させることができ、これによってボンド近傍の旧γ粒を微細化することができるので、大入熱溶接を行った場合でも、優れたHAZ靭性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明鋼板の成分上の第一の要点は、極低C量の下で焼き入れ性向上元素であるMn、Ni、Cuを所定の母材強度を確保すべくAS≧3.60となるように積極的に添加し、他方、Nb、V、Moを母材靭性を確保すべくDL≦2.80となるように積極的に抑制した点にある。まず、本発明鋼板の鋼成分によって熱間圧延後に生じる組織、特性をCCT図を参照して説明する。
【0013】
図1は本発明にかかるMn、Ni、Cuを積極的に添加した極低C系鋼(A)および従来の高C系鋼(B1)、低C系鋼(B2)のCCT図を示す。図中、BFはベイニティック・フェライト、GBFはグラニュラ・ベイニティック・フェライト、Mはマルテンサイト、Bはベイナイト、Fはフェライトを示す。同図より、本発明の鋼板では、熱間圧延後の冷却が高冷却速度(CR1)、低冷却速度(CR2)のいずれにおいても、BFが面積率で85%以上、より好ましくは90%以上生成し、第二相MAが微細に分散した微細ベイナイト(ベイニティックフェライト)組織が得られるようになる。かかるBFを主体とする組織により、肉厚が50mm程度以上の厚板であっても、母材の機械的性質として780MPa以上の強度が得られ、また優れた靭性を備えたものになる。しかも、高冷却速度(CR1)、低冷却速度(CR2)のいずれにおいても、上記のとおり、ほぼ全組織が硬さの冷却速度感受性の低いBFとなるため、小入熱溶接条件(入熱数kJ/cm程度)においてはHAZの硬さを低減(耐低温割れ性を向上)させることができ、また大入熱溶接条件(入熱数百kJ/cm程度)下での低速冷却時においても比較的良好なHAZ靭性を得ることができる。一方、従来の高C系鋼(B1)は高冷却速度(CR1)では、フェライトや粗大ベイナイトが生成し、それに伴い粗大かつ塊状のMAが生成するため、母材強度や靭性が低下し、また前記中入熱溶接時のHAZ靭性を確保することも難しかった。
【0014】
次に、本発明鋼板の成分上の第二の要点について説明する。
上記BFを主体とする組織にすることにより、母材靭性、HAZ靭性が向上するが、800kJ/cm程度の大入熱溶接下においても、十分なHAZ靭性を確保するには、前記組織を前提として、HAZにおける旧γ粒径の粗大化を抑制すべく、比較的多量のNを[Ti]/[N]比が1.0〜4.0となる範囲で添加することが重要である。
前記Nの多量添加により、大入熱溶接下においてHAZ靭性が向上する理由は必ずしも明らかではないが、以下のように推測される。まず、高N化することによって、TiN生成時の駆動力を増加させ、常法により製造しても、TiNを微細分散することが出来るものと考えられる。さらに、それと同時にNとTiの添加バランスを上記のように制御することにより、TiNの高温での安定性を増加させることができたものと考えられる。すなわち、高N化およびNとTiの添加バランスによって、ボンド近傍の旧γ粒の微細化が安定的に達成され、HAZ靭性のバラツキが大幅に改善(低減)するとともに、さらにAS、DLの適正な調整と相まって変態後のγ粒内の組織(ベイニティックフェライト)も微細化することができ、これらによって大入熱溶接後においても優れたHAZ靭性を確保することができたものと推測される。
なお、本発明者の研究により、従来のように母相がフェライト・パーライト組織では、母相中に固溶Nが存在すると靭性が劣化するため、十分に高N化することができないが、本発明のように母相をBF主体の組織とすることにより、固溶Nを第二相MA中に濃化させることができるため、高N化しても靭性が劣化しないことがわかった。
【0015】
ここで、本発明の高強度鋼材、鋼板の成分限定理由を説明する。単位は全てmass%である。
C:0.010〜0.080%
Cは母材強度を確保するために必要な元素である。0.010%未満では焼き入れ性向上元素を積極的に添加しても780MPa以上の母材強度を確保できないようになる。一方、0.080%超になると、MAが多量に生成するようになり、母材靭性、HAZ靭性が劣化するようになる。このため、C量の下限を0.01%とし、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上とするのがよく、一方その上限を0.080%とし、好ましくは0.070%、より好ましくは0.060%とするのがよい。
【0016】
Si:0.02〜1.00%
Siは固溶強化作用を有するが、過剰に添加すると母材、HAZにMAが多く生成するようになり、母材靭性、HAZ靭性が劣化する。このため、Si量の下限を0.02%、好ましくは0.10%とし、その上限を1.00%、好ましくは0.80%とする。
【0017】
Mn:1.10〜2.90%
Mnは焼き入れ性を向上させ、強度、靭性を確保するのに有効な元素であるが、過剰に添加すると強度が過大になり、母材靭性、HAZ靭性が却って低下するようになる。このため、Mn量の下限を1.10%とし、好ましくは1.40%、より好ましくは1.70%、さらに好ましくは1.90%とするのがよい。
【0018】
P:0〜0.030%以下、S:0〜0.010%以下
これらの元素は偏析し易い不純物元素であり、母材靭性、HAZ靭性に悪影響を及ぼすため、少ない程よく、本発明ではPを0.030%以下、Sを0.010%以下に止める。
【0019】
Al:0.20%以下
Alは脱酸元素として添加するが、過剰に添加するとMAが多く生成するようになり、母材靭性、HAZ靭性が劣化する。このため、Al量の上限を0.20%、好ましくは0.15%、より好ましくは0.10%とするのがよい。
【0020】
Ni:0.40〜2.40%
Niは鋼の低温靭性の向上および焼き入れ性を高めて強度を向上させるとともに、熱間割れおよび溶接高温割れの防止にも効果がある。しかし、過剰に添加すると、スケール疵が発生しやすくなる。このため、Ni量の下限を0.40%、好ましくは0.60%、より好ましくは0.80%、さらに好ましくは1.00%以上とし、その上限を2.40%とする。
【0021】
Cr:0.50〜1.95%
Crは母材、溶接部の強度を高めるが、過剰に添加すると母材靭性、HAZ靭性を却って劣化させる。このため、Cr量の下限を0.50%、好ましくは0.70%、より好ましくは1.00%とし、その上限を1.95%、好ましくは1.70%、より好ましくは1.50%とする。
【0022】
Mo:0.16〜1.10%
Moは焼き入れ性を向上させ、高強度を確保するために有効であり、焼き戻し脆性を防止するために有効な元素であるが、過剰に添加すると母材靭性、HAZ靭性が却って低下する。このため、Mo量の下限を0.16%、好ましくは0.22%、より好ましくは0.25%、さらに好ましくは0.40%とし、その上限を1.10%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%とする。
【0023】
Ti:0.002〜0.030%
TiはNと結合して窒化物を形成し、溶接時におけるHAZのオーステナイト粒を微細化し、HAZ靭性改善に有効な元素である。Ti量が0.002%未満では細粒化効果が過小でありため、その下限を0.002%、好ましくは0.007%、より好ましくは0.010%、さらに好ましくは0.012%とする。一方、過剰に添加すると、TiNが粗大化し、却って母材靭性、HAZ靭性を劣化させるおそれがあるため、上限を0.030%、好ましくは0.025%、より好ましくは0.020%とする。
【0024】
N:0.0058〜0.0120%
Nは、Tiと共に大入熱溶接時のHAZ靭性を向上させるための重要な元素であり、Tiと結合し、TiNを形成して大入熱溶接時のオーステナイト粒を微細化し、HAZ勒性を向上させる効果を有する。しかし、Nの過剰添加は、母材靭性、HAZ靭性に悪影響を与えるようになる。前記Nの効果を有効に発揮させるため、N量の下限を0.0058%とし、好ましくは0.0060%、より好ましくは0.0070%、さらに好ましくは0.0080とするのがよく、その上限を0.0120%とし、好ましくは0.0100%、より好ましくは0.0090%とするのがよい。
【0025】
[Ti]/[N]:1.0〜4.0
[Ti]/[N]の比が1.0未満では固溶Nが過剰となり、母材靭性、HAZ靭性が劣化する。一方、4.0を超えるとTiNが微細分散し難くなり、やはり母材靭性、HAZ靭性が低下するようになる。このため、前記比の下限を1.0とし、その上限を4.0、好ましくは3.0、より好ましくは2.0とする。
【0026】
AS値:3.60以上
Mn、Ni、Cuの添加量は、母材強度、HAZ靭性と密接な関係があり、CuはMn、Niに比して2倍程度、強度向上効果が高い。熱延後、高冷却速度から低冷却速度の範囲で母材強度を780MPa以上にするには、後述の実施例から明らかなようにAS値を3.60以上にする必要がある。それにより、母相のBF量も85面積%以上得られるようになる。母材靭性、HAZ靭性は、BF量が多いほど向上するため、BF量は好ましくは90面積%以上、より好ましくは95面積%以上とするのがよく、そのためには前記AS値を高くするようにMn、Ni、後述するCuの添加量を調整する。AS値が高いほど、低冷却速度(大入熱溶接)時に低温で変態したBFが得られ、BF量が増大する。このため、AS値は、好ましくは4.00以上、より好ましくは4.50以上、さらに好ましくは5.00以上とするのがよい。
【0027】
DL値:2.80以下
Moは上記のとおり焼き入れ性を向上させる作用がある。後述するNb、Vも同様の作用がある。その一方、これらの元素が過剰に添加されると、粗大なベイナイト組織が生成し、母材靭性、HAZ靭性が劣化する。このような靭性の劣化作用は各元素について一様ではなく、発明者等の実験によりMoを1としたとき、Nbは12倍程度、Vは4倍程度である。後述の実施例から明らかなように、vE-20=200J以上の良好な母村靭性を確保するには、DL値を2.80以下とし、好ましくは2.50以下、より好ましくは2.00以下、さらに好ましくは1.50%、さらにより好ましくは1.00以下とするようにMo、Nb、Vの添加を制限するのがよい。
【0028】
本発明の鋼板は以上の成分のほか、残部Feおよび不可避的不純物によって形成されるが、上記成分の作用、効果を損なわない範囲で特性をより向上させる元素の添加を妨げるものではない。例えば、(1) Cu:1.60%以下、(2) B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、V:0.060%未満のいずれか一種以上、(3) Ca、REMの1種または2種を合計で0.0050%以下、(4) Mg:0.0050%以下、(5) Hf:0.050%以下、Zr:0.100%以下のいずれか1種または2種、(6) W:5.0%以下、Co:5.0%以下のいずれか1種または2種、の各群から選ばれる元素を単独で、あるいは複合してさらに含有することができる。以下、これらの補助元素の限定理由を述べる。
【0029】
Cu:1.60%以下
Cuは固溶強化と析出強化によって母材強度を向上させ、またMo、Mn、Ni、Crほどではないが焼き入れ性を向上させる作用を有する。かかる作用を効果的に発現させるには、好ましくは0.30%以上、より好ましくは0.50%以上添加することが望ましい。もっとも、1.60%を超えると母材靭性、HAZ靭性を低下させるようになるので、Cu量の上限を1.60%とし、好ましくは1.40%、より好ましくは1.20%、さらに好ましくは1.00%とするのがよい。
【0030】
B:0.0050%以下
Bは焼き入れ性を向上させてHAZ靭性を改善する作用を有する。特に、入熱量の大きい溶接の際にその効果は大きい。かかる作用を効果的に発現させるためには、0.0005%以上の添加が好ましい。もっとも多量に添加すると、かえって母材靭性、HAZ靭性を劣化させるようになる。このため、B量の上限を0.0050%とし、好ましくは0.030%、より好ましくは0.0020とするのがよい。
【0031】
Nb:0.100%以下
NbもBと同様、焼き入れ性を向上させる。すなわち、固溶Nbは母材の焼入れ性を向上させて母材強度、溶接継手強度を向上させる効果があるが、過剰に添加すると、強度が過大になり、母材靭性、HAZ靭性を劣化させるようになる。このため、Nb量の上限を0.100%、好ましくは0.040%、より好ましくは0.020%とする。
【0032】
V:0.060%未満
VもB、Nbと同様、少量の添加により焼入れ性を向上させる。また、焼き戻し軟化抵抗を高める効果がある。しかし、過剰に添加すると、強度が過大になり、母材靭性、HAZ靭性を劣化させるようになる。このため、V量の上限を0.060%、好ましくは0.050%、より好ましくは0.040%とする。
【0033】
Ca、REM:合計で0.0050%以下
これらの元素は、MnSを球状化するという介在物の形態制御により異方性を低減する効果を有し、HAZ靭性を向上させる効果を有する。しかし、過剰に添加すると、母材靭性をかえって劣化させるようになる。このため、これらの元素は合計で、その上限を0.0050%、好ましくは0.0030%とする。
【0034】
Mg:0.0050%以下
MgはMgOを形成し、HAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制することによってHAZ靭性を向上させる効果を有する。しかし、過剰に添加すると、母材靭性をかえって劣化させるようになる。このため、その上限を0.0050%、好ましくは0.0035%とする。
【0035】
Zr:0.100%以下
Hf:0.050%以下
Zr、HfはTiと同様、Nと窒化物を形成して溶接時におけるHAZのオーステナイト粒を微細化し、HAZ靭性改善に有効な元素である。しかし、過剰に添加すると返って母材靭性、HAZ靭性を低下させる。このため、Zr量の上限を0.100%、好ましくは0.050%とし、Hf量の上限を0.050%、好ましくは0.030とする。
【0036】
W :5.0%以下
Co:5.0%以下
W、Coは、少量で焼入れ性を向上させ、強度を容易に確保するために有効である。Wはさらに焼き戻し軟化抵抗を向上させる作用を併有する。一方、過剰に添加すると、強度が高くなり過ぎて、却って母材靭性、HAZ靭性を低下させる。このため、これらの元素の上限を各々5.0%、好ましくは2.5%とする。
【0037】
本発明の高強度高靭性鋼板は、常法によって製造することができ、鋼片をオーステナイト温度域、好ましくはAC3 〜1350℃程度に加熱後、熱間圧延を行い、熱間圧延後、空冷あるいは直接冷却により60℃/sec程度以下の平均冷却冷却速度で冷却すればよい。MAやGBFの生成をできるだけ抑制するには、好ましくは5℃/sec程度以上の平均冷却速度で加速冷却を行うのがよい。この加速冷却は、BF変態点(650〜400℃程度)以下の温度域まで行えばよい。確実にBF変態点以下にするには、200℃程度以下まで行えばよい。なお、加速冷却は、高温では冷却速度が速いので、少なくとも800℃以下で行えばよい。
【0038】
熱間圧延の仕上温度は、常法のように1000℃以下とすればよいが、870℃以下にすることにより、HAZ靭性をより向上させることができる。その理由は、母材を圧延するときに未再結晶域圧延を多く行うと、溶接熱影響を受けて逆変態する際に、変態核(圧延加工による歪)が多く存在するため、溶接後の旧γ粒径が結果的に高温(870℃超)で仕上げるよりも微細化するからである。このような理由から、仕上温度を870℃以下とすることが望ましいが、好ましくは800℃以下、より好ましくは750℃以下とることによって、より効果的にHAZ靭性を向上させることができる。また、このような低温仕上圧延を行うことにより、常法にて熱間圧延する場合に比して、ASの下限を3.20程度まで下方に拡大することができる。
【0039】
上記製造方法により、熱間圧延後、高冷却速度から低冷却速度に渡ってBFが面積%で85%以上、好ましくは90%以上を含み、残部がGBF、MAで形成された高強度、高靭性組織が得られる。MAはBFやGBFの界面に微細に生成するため、塊状MAにように靭性を劣化させないが、少ない方が優れた靭性が得られるため、好ましくは5.0面積%以下、より好ましくは3.0%以下とするのがよい。
【0040】
本発明の鋼板は、上記のとおり、熱間圧延後の冷却が高冷却速度から低冷却速度に渡ってBFを主体とした組織が得られるので、比較的厚い鋼板、例えば肉厚が50mm程度のものでも780MPa以上の強度を有しながら、良好な母材靭性、HAZ靭性、耐低温割れ性を有するするものとなる。
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものはでない。
【実施例】
【0041】
下記表1〜3に示す鋼を溶製し、その溶湯を鋳造して得られたスラブ(厚さ250mm)を1150℃で加熱した後、熱間圧延を行い、表4及び5に示す仕上温度にて熱間圧延を終了し、800〜200℃の温度域を10℃/secの平均冷却速度にて直接冷却(オンラインでの水冷)した。なお、表4及び5の試料の鋼は、試料番号と同様の鋼番号(表1〜3)の鋼に対応する。
【0042】
得られた熱延板(板厚50mm)に対し、熱延板の板厚の1/4部位から組織観察試験片を採取し、光学顕微鏡観察(倍率400倍)を行ったところ、BFを主体とし、残部がGBF及びMAによって形成されていた。また、BFの面積分率を測定するため、組織観察試験片をナイタール腐食後、SEM(走査電子顕微鏡)を用いて倍率1000倍で組織を撮影し、撮影した画像を画像解析ソフト(名称 Image-Pro、プラネトロン社製)を用いて解析し、BFの面積率を求めた。その結果を表4及び5に併せて示す。なお、発明例(試料No. 1〜59)についてはMA量を測定したところ、3.0面積%以下であった。
【0043】
また下記要領にて引張試験、衝撃試験を行い、母材の機械的性質を調べた。合格レベルは、引張強さが780MPa以上、靭性が吸収エネルギー(vE-20 )で200J以上である。
・引張試験
各鋼板の板厚1/4部位からJIS4号試験片を得て、引張試験を行い、0.2%耐力、引張強さを測定した。
・衝撃試験
各鋼板の板厚1/4部位からJIS4号試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を行い、−40℃での吸収エネルギー(vE-20 )を求め、母材靭性を評価した。
【0044】
さらに、下記の要領にてHAZ靭性を調べた。
入熱800kJ/cmの1パス大入熱溶接(エレクトロスラグ溶接)を行い、ボンド(溶融線)から0.5mm離れたHAZからJIS4号試験片を採取し、Vノッチシャルピー衝撃試験を行い、−40℃での吸収工ネルギー(vE-40 )を測定した。このとき、サンプル数を5個とし、その平均値を求め、HAZ靭性を評価した。合格レベルは、吸収エネルギー(vE-40 )が平均値で150J以上である。
なお、発明例については、JISZ3158に規定されたy形溶接割れ試験方法に基づいて、試験に供した鋼板を0℃及び−20℃に冷やした状態(ルート割れ防止予熱温度=0℃,−20℃)で、入熱1.7kJ/mmで被覆アーク溶接を行い、耐低温割れ性を調べたが、いずれの温度においても、割れが生じなかった。
【0045】
上記調査結果を表4及び5に併せて示す。同表より、発明例は、母材靭性については、引張強さが780MPa以上であり、またvE-20 がすべて200J以上であり、高強度にして母材靭性に優れる。また、800J/cmという大入熱溶接時のHAZ靭性についても、vE-40 が150J以上の吸収エネルギーを有し、大入熱溶接においてもHAZ靭性が優れていることが確かめられた。
一方、合金組成、[Ti]/[N]、AS値、DL値のいずれかが発明範囲を外れる比較例(表5、No. 81〜115)は、発明例と同様、熱間圧延後、10℃/sec程度の加速冷却を行ったにもかかわらず、HAZ靭性が60J程度に達しないものが大部分であり、また母材のvE-20 が総じて200J未満で、母材靭性に劣るものであった。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】従来鋼および本発明鋼の熱間圧延後の冷却速度と組織との関係を説明するための模式的CCT図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%で、
C:0.010〜0.080%、
Si:0.02〜1.00%、
Mn:1.10〜2.90%、
P:0〜0.030%、
S:0〜0.010%、
Al:0.20%以下、
Ni:0.40〜2.40%、
Cr:0.50〜1.95%、
Mo:0.16〜1.10%、
Ti:0.002〜0.030%、
N:0.0058〜0.0120%
で、1.0≦[Ti]/[N]<4.0
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記式で定義されるAS値およびDL値がAS≧3.60、DL≦2.80であり、組織が主としてベイニティック・フェライトからなることを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた高強度鋼板。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]
DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]
ただし、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。
【請求項2】
さらに、Cu:1.60%以下を含む、請求項1に記載した高強度鋼材。
【請求項3】
さらに、B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、V:0.060%未満のいずれか一種以上を含む請求項1又は2に記載した高強度鋼材。
【請求項4】
さらに、Ca、REMの1種または2種を合計で0.0050%以下含む請求項1から3のいずれか1項に記載した高強度鋼材。
【請求項5】
さらに、Mg:0.0050%以下を含む請求項1から4のいずれか1項に記載した高強度鋼材。
【請求項6】
さらに、Hf:0.050%以下、Zr:0.100%以下のいずれか1種または2種を含む請求項1から5いずれか1項に記載した高強度鋼材。
【請求項7】
さらに、W:5.0%以下、Co:5.0%以下のいずれか1種または2種を含む請求項1から6のいずれか1項に記載した高強度鋼材。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載した高強度鋼材によって形成された、高強度鋼板。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項に記載した成分を有する鋼をオーステナイト域温度に加熱し、仕上温度を870℃以下として熱間圧延し、冷却する、高強度鋼板の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−118007(P2006−118007A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−307856(P2004−307856)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】