説明

溶接継手

【課題】特別な設計および施工を行うことなく溶接部の疲労き裂発生特性を改善できかつ疲労き裂が母材部に進入したときには母材部で疲労き裂進展抵抗特性を発揮する溶接継手を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.04〜0.60%、Mn:0.50〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、Al:0.003〜0.060%、Ti:0.001〜0.100%、N:0.0020〜0.0120%を含有し、残部はFeと不純物からなる化学組成を有し、硬質部の素地とこの素地中に分散した軟質部からなる複合組織を有し、硬質部と軟質部の硬度差がビッカース硬度で150以上である母材を溶接してなる溶接継手であって、溶接熱影響部の硬度が、母材、溶接金属の各々の硬度と所定の関係を満たすと共に、溶接熱影響部の加工硬化係数の値が0.12以下であることを特徴とする溶接継手。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物の疲労強度健全性を向上する技術に関するものである。特に、溶接部の疲労き裂発生特性を改善するとともに、疲労き裂がその後、成長し母材部に進入したときには、母材部で疲労き裂進展抵抗特性を発揮する溶接継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築、橋梁などの各種溶接鋼構造物や、船舶、自動車などの輸送用機械、さらには産業用機械、建築用機械などの各種機械には、多くの部位に構造部材として、鋼材が使われている。
【0003】
このような鋼材が使用された構造物や機械(以下、「鋼構造物」と記す。)には通常、供用中に繰返し荷重が負荷される。そのため、鋼構造物の強度健全性を確保するためには、繰返し荷重に対する抵抗性、すなわち、疲労強度を向上させることが必要不可欠である。
【0004】
鋼構造物においては、一般に、溶接継手の溶接部が損傷の起点となることが多く、疲労強度を向上させるためには溶接継手の疲労特性を改善することが必要になる。溶接継手の疲労特性を改善するための設計面からの検討としては、例えば、FEM(有限要素法)などの応力解析コードを用いて構造的な応力集中を回避するような最適形状設計が行なわれている。また、適切な形状・位置にリブ等を設置し、補強によって応力を下げる工夫などが行なわれている。一方、施工面からの検討としては、グラインダー処理、化粧盛り溶接などによる余盛り止端形状の仕上げ加工が行われている。
【0005】
しかしながら、設計面からの改善効果は既に飽和状態に近づいており、設計面でのさらなる改善は望めない状況にある。また、上記のような仕上げ加工により疲労特性の改善効果は期待できるものの、膨大な工数が必要となり、製造コストが増加するという問題が生じる。そこで、上記のような設計面又は施工面からのアプローチとは別に、材料面からのアプローチによって溶接部の疲労特性を改善する試みも行われている。
【0006】
例えば、特許文献1には、変態温度を低くした特殊な溶接材料を用いる溶接施工方法が提案されている。この方法によれば、溶接部に発生する引張り残留応力を緩和でき、疲労寿命を向上させることができるとしている。
【0007】
また、材料面からの検討として、母材となる鋼板の改善も試みられている(例えば、特許文献2〜5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−290972号公報
【特許文献2】特開2007−290032号公報
【特許文献3】特開2008−255469号公報
【特許文献4】特開2008−255468号公報
【特許文献5】特開2008−248314号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、鋼構造物に要求される疲労強度レベルに応じて溶接材料を使い分ける必要があり利便性に優れない。また、変態温度の低い溶接材料は必然的に溶接性が悪くなるので、余盛り止端形状をなだらかにすることは極めて困難である。そのため、余盛り止端において応力集中が発生し易くなり、疲労強度を十分に向上させることができない。
【0010】
また、特許文献1に記載の方法により作製された溶接継手の品質を保証するためには、溶接部に発生している残留応力を測定する必要がある。しかしながら、溶接部の残留応力を非破壊で測定するためには多くの工数が必要である。したがって、特許文献1に記載の方法は、利便性に優れてなく、工業的に品質を保証する方法を如何に実現するかという点で大きな課題を残している。
【0011】
特許文献2に記載の技術は、溶接部の疲労き裂発生特性に特化した技術であり、き裂が発生した後のことは考慮されておらず、き裂の進展を十分に阻止することができない。
【0012】
特許文献3〜5に記載の技術は、母材部の疲労き裂進展特性に特化した技術であり、溶接部における疲労き裂の発生を十分に防止することができない。
【0013】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、特別な設計および施工を行うことなく溶接部の疲労き裂発生特性を改善できかつ疲労き裂が母材部に進入したときには母材部で疲労き裂進展抵抗特性を発揮する溶接継手を提供することを目的とする。
【0014】
具体的には、造船、建築構造物、橋梁、建設機械などの分野に用いられる疲労強度に優れた溶接継手、特に引張強さが490〜570MPa級の溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、溶接継手としての利便性を重視し、母材の静的強度特性、破壊靱性、溶接性および溶接部の破壊靱性などにも留意を払い検討した。具体的には、種々の母材の組織観察、CT試験片を用いた疲労き裂進展試験、種々の溶接継手を用いた疲労試験および溶接熱履歴を再現した試験片を用いた引張試験を行った。その結果、次の知見を得た。
【0016】
(a)溶接継手の母材となる鋼板は、硬質部と軟質部の2種類の組織が複合形成されたものであればよい。この場合、硬質部と軟質部との界面近傍においてき裂進展の停留効果を得ることができる。
【0017】
(b)硬質部の硬度と軟質部の硬度との差は、ビッカース硬度(Hv)で150以上であればよい。この場合、き裂先端の転位の移動が軟質部と硬質部との界面で阻止されるとともに、バーガースベクトルが界面に直交する転位が、軟質部と硬質部との界面近傍の軟質部内に配列するため、傾角粒界が形成される。この傾角粒界は、粒界一次転位のみにより構成されるため、粒界凝集力が高く、破壊の抵抗となりやすい。さらに、形成された傾角粒界には転位が突入しにくいため、引続き繰り返し応力が作用する場合には、粒界に隣接する軟質部側に新しい傾角粒界が形成される。このような経過を繰返すことにより、大きな体積を有する傾角粒界の集合部が形成される。この集合部はき裂進展の抵抗となり、母材のき裂進展抑制特性を向上させることができる。
【0018】
(c)溶接部における疲労き裂の発生を防止するためには、疲労損傷領域の局所化をマクロ的およびミクロ的に避ける必要がある。疲労損傷領域の局所化をマクロ的に避けるためには、溶接継手の溶接部に応力集中が発生することを防止すればよい。溶接部において応力集中が発生することを防止するためには、溶接熱影響部(HAZ)、母材、溶接金属の3つの材料の硬度を近づけることができればよい。本発明者らは、数多くの鋼材から複数の溶接継手を作製し、硬度分布測定ならびに疲労試験を実施した。その結果、溶接熱影響部の硬度(HAZ硬度)が下記の不等式(1)を満たすことにより、溶接継手の疲労特性が向上することが判明した。
{Min(母材硬度、溶接金属硬度)}×1.5≧(HAZ硬度の最大値) ・・・(1)
上記の(1)式において、Min(母材硬度、溶接金属硬度)とは、母材の硬度および溶接金属の硬度のうちの低い方の値を意味する。また、HAZ硬度の最大値とは、溶接熱影響部における硬度の最大値を意味する。
【0019】
なお、溶接継手では、通常、溶接金属の強度を母材強度より高めに設定するオーバーマッチという思想に基づいて溶接金属が選定される。そのため、多くの場合は、式(1)中のMin(母材硬度、溶接金属硬度)は母材硬度を意味することになる。また、通常、溶接熱影響部はサブmmから数mm程度の領域に形成される。
【0020】
(d)一方、疲労損傷領域の局所化をミクロ的に避けるためには、溶接余盛り止端近傍のできるだけ広い領域で溶接部に発生する応力を受け持たせることにより、溶接余盛り止端にのみ高い局所応力が発生することを防止すればよい。そのためには、溶接熱影響部の加工硬化係数が0.12以下になればよい。この場合、溶接余盛り止端近傍に高い応力が発生したとしても、溶接余盛り止端での加工硬化の進行が抑制されるので、溶接余盛り止端ではさらなる応力を受け持つことができない。そのため、溶接余盛り止端において受け持つことができない応力は溶接余盛り止端周辺の領域が受け持たざるを得ない状況となり、溶接余盛り止端に応力集中が発生することを防止することができる。
【0021】
なお、上記(d)の知見は、溶接熱影響部の引張特性に注目することにより見出されたものである。これまでは、溶接の実継手においては、溶接熱影響部の引張特性が疲労強度にどのように影響するかということについては検討されてこなかった。これは、実継手においては、溶接熱影響部がサブmmから数mm程度の領域しか形成されず、この部分の引張特性を評価することは困難であったためである。
【0022】
そこで、本発明者らは、溶接熱影響部の引張特性を評価するために、種々の鋼材から複数の小型の供試材を作製し、熱サイクルシミュレータ装置を用いて各供試材に溶接熱履歴を再現した。そして、溶接熱履歴を再現した各供試材から精密加工により極微小引張試験片を切り出し、専用の超小型引張試験機を用いて引張試験を実施し、引張特性と疲労強度との関係を評価した。
【0023】
本発明は、上記の知見を基礎として完成したものであって、その要旨は下記の溶接継手にある。
【0024】
(1)質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.04〜0.60%、Mn:0.50〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、Al:0.003〜0.060%、Ti:0.001〜0.100%、N:0.0020〜0.0120%を含有し、残部はFeと不純物からなる化学組成を有し、硬質部の素地とこの素地中に分散した軟質部からなる複合組織を有し、硬質部と軟質部の硬度差がビッカース硬度で150以上である母材を溶接してなる溶接継手であって、溶接熱影響部の硬度が、母材、溶接金属の各々の硬度と下記の(1)式の関係を満たすと共に、溶接熱影響部の加工硬化係数の値が0.12以下であることを特徴とする溶接継手。
【0025】
{Min(母材硬度、溶接金属硬度)}×1.5≧(HAZ硬度の最大値) ・・・(1)
ただし、Min(母材硬度、溶接金属硬度)とは、母材の硬度および溶接金属の硬度のうちの低い方の値を意味する。HAZ硬度の最大値とは、溶接熱影響部における硬度の最大値を意味する。
【0026】
(2)母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:2.0%以下、Mo:1.0%以下、Ni:1.5%以下、Cu:1.5%以下のうちの1種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の溶接継手。
【0027】
(3)母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下のうちの1種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の溶接継手。
【0028】
(4)母材が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0030%以下を含有することを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の溶接継手。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る溶接継手によれば、特別な設計および施工を行うことなく溶接部の疲労き裂発生特性を改善できかつ疲労き裂が母材部に進入したときには母材部で疲労き裂進展抵抗特性を発揮することができる。より具体的には、従来通りの構造設計の下、溶接施工に関しては、特殊な溶接材料を使用することなく、また、溶接後の余盛り止端形状をグラインダーなどで形状処理を行うことなく、溶接継手の疲労強度健全性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】溶接熱履歴を再現するための供試材を示す図である。
【図2】溶接熱履歴の一例を示す図である。
【図3】引張試験片を示す図である。
【図4】引張試験結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
1.母材組成
以下、本発明に係る溶接継手の母材の化学組成の作用効果を、その含有量の限定理由とともに説明する。なお、含有量に関する「%」は「質量%」を意味する。
【0032】
C:0.01〜0.10%
Cは、鋼の強度を高める成分である。C含有量が0.01%未満では、母材が鋼構造物に必要な強度を確保することが困難になる。したがって、母材が鋼構造物に必要な強度レベルを確保するために、C含有量は0.01%以上とする。一方、C含有量が0.10%を超えると溶接性が低下するので、C含有量の上限は0.10%とする。望ましいC含有量は0.03〜0.06%である。
【0033】
Si:0.04〜0.60%
Siは、鋼の脱酸のために必要な成分である。Si含有量が0.04%未満では適切な脱酸効果を期待できない。一方、Si含有量が0.60%を超えると母材の靱性が損なわれ、構造用鋼としての適正を欠くおそれがある。したがって、Si含有量は、0.04〜0.60%とする。望ましいSi含有量は、0.20〜0.50%である。
【0034】
Mn:0.50〜2.00%
Mnは、鋼の強度を向上させる成分である。Mn含有量が0.50%未満では鋼構造物に必要な強度を確保できなくなる。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、溶接熱影響部(HAZ)が硬化し溶接割れが発生しやすくなる。したがって、Mn含有量は、0.50〜2.00%とする。望ましいMn含有量は、0.80〜1.60%である。
【0035】
P:0.025%以下
Pは、中心偏析を助長するなどして鋼の靭性を劣化させる成分である。そのため、Pの含有量は、0.025%以下とする。望ましいP含有量は、0.020%以下である。
【0036】
S:0.020%以下
Sは、溶接割れの原因となる成分であり、割れの起点となり得るMnS等の介在物を形成する。そのため、Sの含有量は、0.020%以下とする。溶接熱影響部の靭性を十分に確保するためには、S含有量は0.015%以下とすることが望ましい。
【0037】
Al:0.003〜0.060%
Alは、鋼の脱酸のために必要な成分である。Al含有量が0.003%未満では適切な脱酸効果を期待できない。一方、Al含有量が0.060%を超えると母材の清浄度および靱性が損なわれるおそれがある。したがって、母材のAl含有量は0.003〜0.060%とする。
【0038】
Ti:0.001〜0.100%
Tiは、炭化物を生成することにより、軟質部を細粒化して強化するため、疲労き裂進展抑制特性の改善に有効な成分である。この効果を得るためには、Tiを0.001%含有させる必要があるので、Ti含有量は0.001%以上とする。一方、Ti含有量が0.100%を超えると、疲労き裂進展抑制特性の改善効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎ、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、母材のTi含有量は0.001〜0.100%とする。望ましいTi含有量は、0.010〜0.030%である。
【0039】
N:0.0020〜0.0120%
Nは、TiNを生成して、溶接熱影響部の物性に影響する重要な成分である。Nの含有量は、継手疲労特性を向上させるためには、0.0020%以上必要である。一方、Nを過剰に添加するとTiNを形成しないNが母材の靱性を損なうおそれがある。したがって、N含有量は0.0020〜0.0120%とする。望ましいN含有量は、0.0050〜0.0090%である。
【0040】
本発明に係る溶接継手の母材は、上記の元素を有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼材である。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0041】
本発明に係る溶接継手の母材は、上記の元素の他に、さらにCr、Mo、Ni、Cu、Nb、V、およびBよりなる群から選ばれた1種または2種以上を含有させてもよい。これらの元素を含有させてもよい理由とそのときの含有量は、次の通りである。
【0042】
Cr:2.0%以下
Crは、必要に応じて含有させることができる。含有させれば、耐食性を向上させるとともに腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制に効果がある。しかし、2.0%を超えて含有させても、これらの効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のCr含有量は2.0%以下、望ましくは1.8%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制の効果を確実に得るためには、0.01%以上含有させることが望ましく、0.5%以上含有させることがより望ましい。
【0043】
Mo:1.0%以下
Moは、必要に応じて含有させることができる。MoもCrと同様に、耐食性を向上させるとともに腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制に効果がある。しかし、1.0%を超えて含有させても、これらの効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のMo含有量は1.0%以下、望ましくは0.8%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制の効果を確実に得るためには、0.05%以上含有させることが望ましく、0.10%以上含有させることがより望ましい。
【0044】
Ni:1.5%以下
Niは、必要に応じて含有させることができる。NiもCrおよびMoと同様に、耐食性を向上させるとともに腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制に効果がある。しかし、1.5%を超えて含有させても、これらの効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のNi含有量は1.5%以下、望ましくは1.0%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制の効果を確実に得るためには、0.1%以上含有させることが望ましく、0.5%以上含有させることがより望ましい。
【0045】
Cu:1.5%以下
Cuは、必要に応じて含有させることができる。CuもCr、MoおよびNiと同様に、耐食性を向上させるとともに腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的組成変形の抑制に効果がある。しかし、1.5%を超えて含有させても、これらの効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のCu含有量は1.5%以下、望ましくは1.2%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善、軟質部の転位構造の制御および微視的塑性変形の抑制の効果を確実に得るためには、0.1%以上含有させることが望ましく、0.3%以上含有させることがより望ましい。
【0046】
Nb:0.1%以下
Nbは、必要に応じて含有させることができる。Nbは、炭化物を生成することにより、軟質部を細粒化して強化するため、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善に効果がある。しかし、0.1%を超えて含有させても、この効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のNb含有量は0.1%以下、望ましくは0.05%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善の効果を確実に得るためには、0.01%以上含有させることが望ましく、0.02%以上含有させることがより望ましい。
【0047】
V:0.1%以下
Vは、必要に応じて含有させることができる。VもNbと同様に、炭化物を生成することにより、軟質部を細粒化して強化するため、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善に効果がある。しかし、0.1%を超えて含有させても、この効果が飽和するとともに、母材の強度が上昇しすぎて、靱性が損なわれるおそれがある。したがって、含有させる場合のV含有量は0.1%以下、望ましくは0.07%以下とする。なお、腐食環境下での疲労き裂進展抑制特性の改善の効果を確実に得るためには、0.005%以上含有させることが望ましく、0.01%以上含有させることがより望ましい。
【0048】
B:0.0030%以下
Bは、必要に応じて含有させることができる。Bは、焼入性を著しく高める作用があり、強度上昇と疲労き裂進展抵抗性を向上させる効果がある。しかし、0.0030%を超えて含有させると靱性が劣化するおそれがある。したがって、含有させる場合のB含有量は0.0030%以下とする。なお、強度上昇と疲労き裂進展抵抗性向上の効果を確実に得るためには、0.0003%以上含有させることが望ましい。
【0049】
2.母材の組織および硬度
本発明に係る溶接継手の母材は、硬質部の素地とこの素地中に分散した軟質部からなる複合組織を有するものである。硬質部はマルテンサイト、ベイナイト、パーライト、疑似パーライトおよび焼戻しマルテンサイトのうちの1種以上からなる組織であり、軟質部はフェライト組織である。母材を上記のように複合組織とするのは、硬質部と軟質部の2種類の組織を複合形成させて、硬質部と軟質部との界面近傍においてき裂進展の停留効果を得るためである。この効果は、硬質部と軟質部との存在比率(体積率)によっては、あまり影響を受けない。したがって、本発明に係る溶接継手の母材では、上記の存在比率は特に限定されない。
【0050】
本発明に係る溶接継手の母材において、硬質部の硬度と軟質部の硬度との差は、ビッカース硬度(以下、Hvという。)で150以上である。軟質部と硬質部との硬度差をHvで150以上にする理由は次のとおりである。硬度差が150以上になると、き裂先端の転位の移動が軟質部と硬質部との界面で阻止されるとともに、バーガースベクトルが界面に直交する転位が、軟質部と硬質部との界面近傍の軟質部内に配列するため、傾角粒界が形成される。この傾角粒界は、粒界一次転位のみにより構成されるため、粒界凝集力が高く、破壊の抵抗となりやすい。さらに、形成された傾角粒界には転位が突入しにくいため、引続き繰り返し応力が作用する場合には、粒界に隣接する軟質部側に新しい傾角粒界が形成される。このような経過を繰返すことにより、大きな体積を有する傾角粒界の集合部が形成される。この集合部はき裂進展の抵抗となり、母材のき裂進展抑制特性を向上させることができる。
【0051】
3.溶接継手の硬度分布ならびに溶接熱影響部の加工硬化係数
溶接継手の疲労強度を向上させるためには、疲労損傷領域の局所化をマクロ的、ミクロ的に避けて、溶接部においてき裂が発生することを防止する必要がある。
【0052】
まず、疲労損傷領域の局所化をマクロ的に回避する技術について述べる。
【0053】
一般に、溶接継手には、通常、溶接に伴い溶接余盛りが形成される。溶接余盛りは応力集中源となり、余盛り止端に大きな応力集中を生じさせる。この余盛り止端の形状に基づく応力集中を母材側で改善することは困難である。
【0054】
ここで、溶接継手に応力集中を発生させる要因には、上記のような形状に起因する形状ノッチの他に、材質ノッチと呼ばれるものがある。材質ノッチとは、材料内の材質の変化・分布、すなわち、溶接継手の場合には、強度の変化・分布に基づく応力集中現象である。強度の変化・分布は硬度分布の測定で評価することができる。溶接継手は、溶接熱影響部(HAZ)、母材、溶接金属の3つの材料が連続して存在している。通常、これらの3つの材料の中では、溶接熱影響部の硬度が最も高い。材質ノッチの観点から応力集中を抑制するためには、上記の3つの材料の硬度がほぼ等しく、略均一な硬度分布となることが望ましい。言い換えると、最も硬度の高い溶接熱影響部の硬度を、母材および溶接金属の硬度(母材と溶接金属のうち硬度の低い材料の硬度)にできるだけ近づけることが望ましい。具体的には、上述した式(1)の関係を満たすように、母材、溶接金属および溶接熱影響部の硬度を規定することにより、溶接継手の疲労特性を向上させることができる。
【0055】
次に、疲労損傷領域の局所化をミクロ的に回避する技術について述べる。
【0056】
上述したように、溶接継手には溶接余盛り止端の形成が避けられず、溶接余盛り止端において応力が集中し、疲労き裂の発生起点となる。ミクロ的に応力集中を回避する技術とは、溶接余盛り止端にのみ高い局所応力が発生することを避けるために、溶接余盛り止端近傍のできるだけ広い領域で応力を受け持たせることである。
【0057】
本発明者らは、上記の技術を可能にするために必要となる材料特性を種々検討した。その結果、溶接熱影響部の機械的特性を制御することによって、上記の技術が可能となることを新たに見出した。具体的には、溶接熱影響部の機械的特性のうち、塑性加工に伴う応力の上昇程度、つまり、加工硬化係数が重要であることを見出した。より具体的には、溶接熱影響部の加工硬化係数が0.12よりも大きい場合は、溶接余盛り止端において加工硬化が進み、高応力域が局在化してしまうことを見出した。一方、溶接熱影響部の加工硬化係数が0.12以下の場合には、溶接余盛り止端近傍に高い応力が発生したとしても、溶接余盛り止端での加工硬化の進行が抑制される。この場合、溶接余盛り止端ではさらなる応力を受け持つことができず、溶接余盛り止端において受け持つことができない応力は、溶接余盛り止端周辺の領域が受け持たざるを得ない状況となる。
【0058】
4.母材の製造
本発明の溶接継手の母材として使用する鋼板は、例えば、以下の手順により製造できる。
【0059】
まず、上述の化学組成を有するスラブを900℃〜1250℃に加熱した後に熱間圧延を施すことにより鋼板を作製する。次いで、熱間圧延された鋼板を冷却する。その冷却工程においては、平均冷却速度が20℃/秒以上(好ましくは25℃/秒〜60℃/秒)の加速冷却でスラブを800℃から500℃まで冷却し、500℃以下(好ましくは450℃〜室温)で上記加速冷却を停止し、その後、鋼板表面における復熱温度幅が、加速冷却停止時の鋼板表面の温度の40%以下となるようにして冷却を終了する。ここで復熱温度幅とは、加速冷却を停止した直後の鋼板表面の温度と、冷却停止後に鋼板内部に蓄積された熱で再び鋼板表面の温度が上昇し、その上昇が安定した状態での鋼板表面の温度との差を意味する。
【0060】
なお、スラブの加熱温度が900℃以上である場合には、鋼材のフェライト率が高くなり過ぎることが防止され、疲労き裂の進展抵抗特性が向上する。また、スラブの加熱温度が1250℃以下である場合には、結晶粒径が粗大になり過ぎることが防止され、鋼材の靱性が向上する。したがって、スラブの加熱温度は900℃〜1250℃であることが好ましい。また、上記の冷却工程において、鋼板を800℃から500℃まで冷却する際の平均冷却速度が20℃/秒以上である場合には、フェライトの析出が抑制され、疲労き裂の進展抵抗特性が向上する。したがって、冷却工程における平均冷却速度は20℃/秒以上であることが好ましい。このフェライトの析出を確実に防止するためのより好ましい冷却速度は、25℃/秒以上である。加速冷却を停止した後の復熱温度幅が加速冷却停止時の鋼板表面の温度の40%以下である場合には、鋼材中の初期転位密度の減少が防止され、鋼材の繰返し軟化特性を引き出すことができるので疲労特性が向上する。したがって、加速冷却を停止した後の復熱温度幅は、加速冷却停止時の鋼板表面の温度の40%以下であることが好ましい。加速冷却停止時の鋼板表面の温度が500℃以下の場合には、鋼材のフェライト率が高くなり過ぎることが防止され、疲労き裂進展抵抗特性が向上する。したがって、加速冷却停止時の鋼板表面の温度は500℃以下であることが好ましい。フェライト率が高くなり過ぎることを確実に防止するためのより好ましい加速冷却停止温度は、450℃以下である。
【0061】
5.溶接継手の製造
溶接継手の製造は、例えば、アーク溶接により行えばよい。なお、アーク溶接においては、一般に、大気ガス等のガス成分の溶接金属への溶け込みにより、溶接部の強度や靭性の低下が生じる。このため、フラックスまたはガスによるシールド効果を期待して、被覆アーク溶接(SMAW溶接; Shielded Metal Arc Welding)、マグ溶接(MAG溶接; Metal Active Gas Arc Welding)または炭酸ガスアーク溶接(CO溶接)によって溶接を行うことが好ましい。ここで、フラックスまたはガスの量が少ないとガス成分の溶接金属への溶け込みが多くなり、HAZ硬度あるいはHAZの加工効果係数の値(n値)が大きくなる。また、溶接継手の製造工程では、一般に、溶接後、溶接継手は大気中において放冷される。このとき、HAZの熱が十分に放出されず、他の領域からHAZに熱が伝達されるなどした場合にも、HAZ硬度あるいは加工効果係数の値が大きくなる。そのため、溶接継手の製造する際には、十分なシールドを行い、HAZの熱管理を十分に行う必要がある。
【実施例】
【0062】
表1に示す化学組成の母材を、通常の溶製、鋳造により製造した。その後、表2に示す熱間圧延、冷却条件で供試材となる溶接継手の母材鋼板を製造した。なお、表1に示す製造条件のA〜Eは、表2に示す製造条件のA〜Eにそれぞれ対応している。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
母材鋼板の組織調査と硬度の測定は、母材鋼板をエポキシ樹脂に埋め込み、切断、断面の研磨、エッチングを施して、顕微鏡観察および微小領域の硬度測定を行うことにより行った。表1には、各母材鋼板の金属組織を素地相と分散相に分け、各々の相が軟質相であるのか、硬質相であるのかを記載すると共に、硬質相のビッカース硬度から軟質相のビッカース硬度を差し引いた硬度差を記載した。硬度測定はJIS Z2244−2003に従って実施した。
【0066】
表1に示す各母材鋼板に対し、疲労き裂進展試験を実施した。また、被覆アーク溶接(SMAW溶接)、マグ溶接(MAG溶接)および炭酸ガスアーク溶接(CO溶接)のうちのいずれかの溶接方法で、各母材鋼板を用いて溶接継手を作製し、各溶接継手に対して疲労試験を実施した。なお、溶接継手の疲労試験では、荷重非伝達型十字継手を採用した。また、溶接継手に対しては、HAZ、母材、溶接金属の硬度を各々測定し、(HAZ硬度の最大値)/{Min(母材硬度, 溶接金属硬度)}を算出した。算出した値を、HAZ硬度比と称して表1に記載した。硬度測定はJIS Z2244−2003に従って実施した。
【0067】
各溶接は、溶接材料メーカーの推奨条件で実施した。例えば、炭酸ガスアーク溶接(CO溶接)では、溶接材料として神戸製鋼所製のDW−100(ワイヤ径1.2mm)を用いて、溶接電圧250V、溶接電流26A、溶接速度26cm/minで溶接入熱量1.5kJ/mmとして実施した。被覆アーク溶接(SMAW溶接)では、溶接材料として神戸製鋼所製の被覆アーク溶接棒LB−52(棒径4.0mm)を用いて、溶接電圧25V、溶接電流160A、溶接速度16cm/minで溶接入熱量1.5kJ/mmとして実施した。マグ溶接(MAG溶接)では、溶接材料として神戸製鋼所製のDW−100(ワイヤ径1.2mm)を用いて、溶接電圧250V、溶接電流26A、溶接速度26cm/minで溶接入熱量1.5kJ/mmとして実施した。このとき、シールドガスをCO(20%)とアルゴン(80%)からなる混合ガスとし、流量を25 L/minに調節した。
【0068】
疲労き裂進展試験および疲労試験においては、母材鋼板および溶接継手を、電気油圧式閉ループ型疲労試験機に装着し、荷重制御下で試験を実施した。なお、疲労き裂進展試験では動的荷重容量が±98kNの試験機を、溶接継手疲労試験では動的荷重容量が±490kNの試験機を各々使用した。
【0069】
母材鋼板の疲労き裂進展試験では、ASTM E−647に準拠したCT試験片を用い、応力拡大係数範囲ΔK(最大応力拡大係数と最小応力拡大係数との差)が20MPa・m1/2での疲労き裂進展速度を評価した。表1では、疲労き裂進展特性を、き裂進展速度が2.5×10−5mm/cycle以下の場合を“◎”、4.0×10−5mm/cycle以下の場合を“○”、4.0×10−5mm/cycleを超えた場合を“×”として記載した。
【0070】
溶接継手の疲労試験では、応力振幅を試験条件として変化させ、応力振幅と疲労破断寿命との関係をSN線図で表し、疲労限度を導出した。この疲労試験において、荷重比(最小荷重を最大荷重で除した値)は0.1とした。また、疲労限度は5E6回(5×10回)疲労強度で定義した。なお、疲労破断寿命は、最大荷重時の変位(試験体に荷重を負荷するアクチュエータのシリンダーの変位)が、試験開始時に比べ1mm増した時点と定義したが、この時点で、疲労き裂は断面の5〜8割程度の面積まで成長していた。表1には、溶接継手の疲労強度を、5E6回疲労強度が100MPa以上の場合を“◎”、80MPa以上の場合を“○”、80MPa未満の場合を“×”として記載した。
【0071】
本実施例においては、さらに、各溶接継手の溶接熱影響部(HAZ)の加工硬化指数(n値)を求めるための試験を行った。
【0072】
具体的には、まず、図1に示すように、各母材鋼板から、厚み:11mm、長辺:60mm、短辺11mmの供試材を作製した。そして、各溶接継手(表1のNo.1〜No48に溶接継手)の溶接法および溶接条件にそれぞれ合致するよう、熱サイクルシミュレータ装置(富士電波工機製、15kW高周波加熱、Heガス冷却)を用いて各供試材に溶接熱履歴を再現した。図2に、溶接熱履歴の一例として、CO溶接法で溶接入熱1.5kJ/mmに対応した熱履歴を示す。なお、このシミュレーター装置は、供試材に装着された熱電対の出力を基に、設定された加熱速度および高温保持をIHヒータで、設定された冷却速度を液体窒素で制御できるようになっている。
【0073】
上記のシミュレーター装置により溶接熱履歴が再現された各供試材(以下、再現材と称する。)から、精密加工により、図3に示す引張試験片(厚みt:0.5mm、平行部の長さ:3.8mm)をそれぞれ採取した。なお、溶接熱履歴の再現材の極表層部は特異な組織となっている可能性があるため、図1に示すように、再現材の表面から1mmの部分が引張試験片の板厚方向における中心となるように引張試験片が採取されている。このようにして作製された各引張試験片を、荷重容量4.9kNの引張試験機に予ひずみが付与されないように特殊治具を用いて取り付けた。
【0074】
本実施例においては、上記の各引張試験片の引張試験結果からHAZの加工硬化係数を求めた。以下、加工硬化係数の導出方法を具体的に説明する。図4は、引張試験結果の一例を示す図である。図4において、横軸は真塑性ひずみを対数で示し、縦軸は真応力を対数で示している。本実施例では、まず、各引張試験片について真応力と真塑性ひずみとの関係を多数導出し、その導出した関係を図4に示すように両対数グラフにプロットした。次に、真塑性ひずみが10−4から2×10−3の範囲を評価対象として上記の複数のプロットを直線で近似した。本実施例では、この直線の傾きを溶接継手のHAZの加工硬化係数(n値)として表1に記載した。なお、真塑性ひずみが10−4から2×10−3の範囲では、真応力と真塑性ひずみの関係は、下記式(2)で近似される。
σ=C×(εp) ・・・(2)
上記式(2)において、σは真応力、εpは真塑性ひずみ、Cは材料定数を示す。
【0075】
表1に示すように、本発明例(No.1〜No.24)では、母材鋼板の疲労き裂進展特性および溶接継手の疲労強度が優れていることが分かる。一方、本発明の要件を満足しない比較例(No.25〜No.48)は母材鋼材の疲労き裂進展特性または溶接継手の疲労強度が優れていないことが分かる。
【0076】
具体的には、No.25〜No.38では、本発明で規定する母材鋼材の組成を満足せず、かつ一部のものについては母材組織、硬質・軟質相の硬度差、HAZ硬度比またはHAZのn値(加工硬化係数)が本願発明の規定を満足しなかったため、母材鋼材の疲労き裂進展特性または溶接継手の疲労強度が優れなかった。
【0077】
No.39〜No.42では、本発明で規定する母材鋼材の組成を満足するものの、製造条件が好ましくなかった。具体的には、表1および表2に示すように、No.39では冷却停止温度が高く、No.40および41では、復熱温度幅が大きく、No.42では、平均冷却速度が低くかつ冷却停止温度が高かった。そのため、母材組織または硬質・軟質相の硬度差が本発明の規定を満足せず、母材鋼材の疲労き裂進展特性または溶接継手の疲労強度が優れなかった。
【0078】
No.43〜No.46においては、母材鋼材が本発明で規定する組成を満足し、母材組織および硬質・軟質相の硬度差を満足している。しかし、溶接継手を適切に製造できなかったため、溶接継手の疲労強度が優れなかった。具体的にはNo.43〜NO.45の溶接継手はシールドガスの量を少なくしたため、また、No.46の溶接継手は1パス目の溶接を行った直後に2パス目の溶接を行ったため、溶接継手の疲労強度が優れなかった。
【0079】
No.47および48においては、母材鋼材が本発明で規定する組成を満足している。しかし、製造方法が好ましくなかった。具体的には、表1および表2に示すように、No.47では平均冷却速度が低く、No.48では平均冷却速度が低くかつ冷却停止温度が高かった。そのため、母材組織または硬質・軟質相の硬度差が本発明の規定を満足せず、HAZ硬度比またはn値(加工効果係数)も本発明の規定を満足しなかったため、母材鋼材の疲労き裂進展特性および溶接継手の疲労強度が優れなかった。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る溶接継手によれば、特別な設計および施工を行うことなく溶接部の疲労き裂発生特性を改善できかつ疲労き裂が母材部に進入したときには母材部で疲労き裂進展抵抗特性を発揮することができる。より具体的には、従来通りの構造設計の下、溶接施工に関しては、特殊な溶接材料を使用することなく、また、溶接後の余盛り止端形状をグラインダーなどで形状処理を行うことなく、溶接継手の疲労強度健全性を高めることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01〜0.10%、
Si:0.04〜0.60%、
Mn:0.50〜2.00%、
P:0.025%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.003〜0.060%、
Ti:0.001〜0.100%、
N:0.0020〜0.0120%
を含有し、
残部はFeと不純物からなる化学組成を有し、
硬質部の素地とこの素地中に分散した軟質部からなる複合組織を有し、硬質部と軟質部の硬度差がビッカース硬度で150以上である母材を溶接してなる溶接継手であって、
溶接熱影響部の硬度が、母材、溶接金属の各々の硬度と下記の(1)式の関係を満たすと共に、溶接熱影響部の加工硬化係数の値が0.12以下であることを特徴とする溶接継手。
{Min(母材硬度、溶接金属硬度)}×1.5≧(HAZ硬度の最大値) ・・・(1)
ただし、Min(母材硬度、溶接金属硬度)とは、母材の硬度および溶接金属の硬度のうちの低い方の値を意味する。HAZ硬度の最大値とは、溶接熱影響部における硬度の最大値を意味する。
【請求項2】
母材が、Feの一部に代えて、質量%で、
Cr:2.0%以下、
Mo:1.0%以下、
Ni:1.5%以下、
Cu:1.5%以下
のうちの1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接継手。
【請求項3】
母材が、Feの一部に代えて、質量%で、
Nb:0.1%以下、
V:0.1%以下
のうちの1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接継手。
【請求項4】
母材が、Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.0030%以下を含有することを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−25270(P2011−25270A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−172479(P2009−172479)
【出願日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】