説明

溶接装置

【課題】 接合長さの長い突き合わせ部をハイブリット溶接する場合でも、プラズマアークを安定させて良好な接合部を得ることができる溶接装置を提供すること。
【解決手段】 ベース23に埋設した下部電極21上に2枚の被溶接部材80をその板端を付き合わせた状態で載置し、該被溶接部材80を、その上面をクランプ30により押さえて下部電極21上に固定し、突き合わせ部81の溶接線83に沿って溶接ヘッド40を走行させることにより、突き合わせ部81を溶接する溶接装置であって、下部電極21が溶接線83に平行で該溶接線83の下側に所定幅の間隙をもって互いに対向するように配置されており、ベース23が、その上角凹部に下部電極21を絶縁材25を介して保持し、溶接線83の下側で所定幅の間隙Kで離間するように配置されている溶接装置において、離間した下部電極21の、溶接ヘッド40の走行開始側の端面51を導電材211で連結した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2枚の被溶接部材の板端を突き合わせて溶接により接合する溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体を構成する薄板鋼板材料は、車体の部位により、板厚の異なるものが使用されるが、近年、生産性や歩留まりを向上させるために、予め平板状態で板厚の異なる薄板鋼板(被溶接部材)を溶接して接続しておき、これをプレス成形して車体の構造部材を構成することが行われるようになった。したがって、この溶接部位がプレス成形時の変形に追従して、柔軟かつ強靱に接合されることが望まれる。
【0003】
この溶接方法として、レーザ溶接とプラズマ溶接とを組み合わせたハイブリット溶接が用いられることが多いが、ハイブリット溶接は、レーザ溶接時にプラズマ化(イオン化)したガス雲にプラズマアークが導かれることで、被溶接部材の突き合わせ部に多少の隙間があっても高い安定した接合が可能である(ギャップ許容度が高い)が、接合長さの長い突き合わせ部の場合は、プラズマアークが不安定となり、接合部に欠陥が発生することがあるという問題がある。
これを防止するための関連技術として、特開2002−18582号公報(以下、「特許文献1」という。)、ならびに特開2003−71592号公報(以下、「特許文献2」という。)に記載された技術がある。
【0004】
特許文献1に記載の「ハイブリットアーク/レーザ溶接」は、上記のようなハイブリットアーク/レーザプロセスによって形成された溶接ビードには欠陥が生じることが非常に多く、そのため溶接ビードは外観にむらがあり満足できるものではない(特許文献1の段落(0009)参照)」という溶接ビードの欠陥を回避するために、溶接すべきワークピース6、7上の電気アーク4及びレーザビーム5の入射点12の下流に、アースコンタクタ10を配置したものである。
また、特許文献2には、その従来技術の図6に示されるように、中央に溝を有する凹状のテーブル5上に鋼板1、4を載置し、鋼板1、4の上面をクランプ8で押さえて溶接線Lをレーザビームにより溶接する溶接装置が記載されている。
【特許文献1】特開2002−18582号公報
【特許文献2】特開2003−71592号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、前記特許文献1に記載されたハイブリッドアーク/レーザ溶接では、アースコンタクタ10を電気アーク4およびレーザビーム5の入射点12の下流に配置し、この入射点12の移動と同期して移動させることにより、溶接によって誘導された磁界の効果が電気アークの安定性を乱すことを防止するもので、電気アーク4およびレーザビーム5を送出するハイブリッド溶接ヘッドの機構が複雑になり、高価なものとなるという問題がある。
【0006】
また、特許文献2に記載の溶接装置及び溶接方法では、テーラードブランク材の溶接箇所が複数ある場合には、溶接ヘッドの移動を考慮してこの特許文献2のような装置が好ましいが、単純に2枚の鋼板を突き合わせ溶接するような場合には装置が複雑となり、かつ、鋼板を電磁石で吸着してテーブルに固定することは、ハイブリッド溶接の場合、プラズマアークへの磁気的乱れを起こし溶接へ影響を与えるという問題がある。
【0007】
そこで、本発明は、かかる課題を解決すべく、接合長さの長い突き合わせ部をハイブリット溶接する場合でも、プラズマアークを安定させて良好な接合部を得ることができる溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る請求項1に記載の溶接装置は、ベースに埋設した下部電極上に2枚の被溶接部材をその板端を付き合わせた状態で載置し、該被溶接部材をその上面をクランプにより押さえて前記下部電極上に固定し、前記突き合わせ部の溶接線に沿って溶接ヘッドを走行させることにより、前記突き合わせ部を溶接する溶接装置であって、前記下部電極が前記溶接線に平行で該溶接線の下側に所定幅の間隙をもって互いに対向するように配置されており、前記ベースが、その上角凹部に前記下部電極を絶縁材を介して保持し、前記溶接線の下側で所定幅の間隙で離間するように配置されている溶接装置において、離間した前記電極の、前記溶接ヘッドの走行開始側の端面を導電材で連結したことを特徴とする。
【0009】
よって、溶接ヘッドの走行開始側の端面を導電材で連結してアースを設置したので、プラズマアーク電流が被溶接部材からTIG電極に向かって流れ、それに伴う磁界が溶接部後方で左上から右下に向かい、電流が溶融池では溶接開始点から溶接進行方向に向かって流れ、これにともない、溶融池にはフレミングの左手の法則による溶融池を押さえる方向の力が掛かるため、ビードが安定し、良好な接合ビードを得ることができる。
【0010】
また、本発明に係る請求項2に記載の溶接装置は、請求項1に記載の溶接装置において、前記クランプは、各々の前記下部電極上に溶接線に平行に設置され、前記被溶接部材を跨ぐフレームと、該フレームに吊り下げられ、常に下方に付勢された弾性部材を介して上下方向に移動可能に設けられた複数の押圧部材とを備えることを特徴とする。
よって、下部電極との接触性が向上でき、被溶接部材と下部電極との接触抵抗が下がり、電流の回り込みが低減できる。
【0011】
また、本発明に係る請求項3に記載の溶接装置は、請求項2に記載の溶接装置において、前記クランプの押圧部材を、下方に付勢する弾性部材の付勢力を調整可能にする調整機構を介して前記フレームに吊り下げることを特徴とする。
よって、押圧部材を上下方向に移動可能で付勢力を調整可能に設けたので、溶接収縮等による被溶接部材の不安定な動きを吸収でき、良好な接合ビードとすることができる。
【0012】
また、本発明に係る請求項4に記載の溶接装置は、請求項2乃至請求項3に記載の溶接装置において、前記クランプの押圧部材の全数を(ステンレス材を含む)非磁性鋼で構成したことを特徴とする。
よって、電流の回り込みを低減でき、かつ、プラズマアーク近傍に残留磁気等による磁気的乱れを無くすことができる。
【0013】
また、本発明に係る請求項5に記載の溶接装置は、請求項1乃至請求項4に記載の溶接装置において、前記ベースを鉄材で、前記下部電極を銅材で構成したことを特徴とする。
よって、プラズマ溶接時の被溶接部材の溶融池にフレミングの左手の法則による溶融池を押さえる方向の下向きの力を発生させ、安定した接合ビードを形成することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の溶接装置によれば、プラズマ溶接とレーザ溶接とを組み合わせたハイブリット溶接で、その接合ビードを安定させることができ、溶接不良を低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明に係る溶接装置の一の実施の形態について図面を参照して説明する。本実施の形態の溶接装置は、自動車の車体製造工場のプレス工程に設けられたものである。
ここで、図1は、溶接装置の側面図であり、図2は、その縦断面図である。図3は、下型の斜視図である。
【実施例】
【0016】
溶接装置の構成について説明する。溶接装置10は、図1、図2に示すように、2枚の被溶接部材80、80がその端部が突き合わされて載置される下型20と、該下型20の上部に被溶接部材80を跨ぐように配置されたクランプ30、30と、被溶接部材80の前記突き合わせ部81の溶接線83に沿って走行する溶接ヘッド40とを備えている。
【0017】
被溶接部材80が載置される下型20は、図3に示すように、種々の幅寸法の該被溶接部材80を載置可能な長さを有し、その突き合わせ部81の下部で所定幅の間隙Kをもって互いに対向するように配置され、銅製の角柱状の下部電極21と、該下部電極21をその上角凹部に絶縁材25を介して保持する断面L字状のベース23と、下部電極21の、溶接ヘッド40の走行開始側の端面211で、該端面211同士を接続する導電材であるアース板215とを備えている。
【0018】
なお、銅製の下部電極21の比電気抵抗値は、1.72μΩ・cmであり、被溶接部材80の炭素鋼の比電気抵抗値は、9.8〜16μΩ・cmである。
ベース23の上角凹部の内角部に対応する下部電極21の下角部は、切り欠かれて絶縁材25とにより角断面の空間を形成し、この空間に冷却水配管27が埋設されている。
【0019】
クランプ30は、前記下型20上に載置した被溶接部材80の突き合わせ部81の両側上部に平行に設置されたフレーム31と、該フレーム31に弾性部材351を介して上下方向に移動可能に設けられた複数の押圧部材33とを備え、それぞれの被溶接部材80を前記下型20上に押さえつけるように配置される。
【0020】
フレーム31は、上部の水平梁311と、該水平梁311の両端に接続され、被溶接部材80を跨ぐように下方に垂下する脚部313、313とを備えている。脚部313の下端は、下型20の下面に固定されたアクチュエータ32の下向きのピストンロッドの先端に接続されて、アクチュエータ32により水平梁311を上下移動可能にしている。
水平梁311には、垂直方向に多数の貫通孔3111が設けられ、押圧部材33を後述する調整機構35を介して支持している。
【0021】
押圧部材33は、非磁性鋼であるステンレス鋼製で、下端の押圧面3311が被溶接部材80の突き合わせ部81の近くで下部電極21の上方に位置し、上部で前記突き合わせ部81から離れる方向に傾斜する傾斜部331と、該傾斜部331の上端で水平方向に所定長さ延在する天井部333と、該天井部333から下方に伸びる縦壁部335と、該縦壁部335の下端から前記押圧面3311と同一面で該押圧面3311に向かって延びる押圧面3351とからなる下向きの略コ字状を呈したものである。
なお、押圧部材33を構成するステンレス鋼(SUS304)の比電気抵抗値は、72μΩ・cmである。
【0022】
フレーム31に押圧部材33を支持させる調整機構35は、押圧部材33の天井部333に螺植された長尺のボルト353と、水平梁311の下面と押圧部材33の上面との間に介在させた弾性部材351と、フレーム31の水平梁311に設けた貫通孔3111に下方から差し込まれて、水平梁311の上面から突出したボルト353の頭部に螺合した調整ナット355とから構成されている。
したがって、被溶接部材80の板厚が異なる場合でも、弾性部材351によりその板厚の差を吸収して一定の押圧力で被溶接部材80を押圧することができる。
【0023】
被溶接部材80の突き合わせ部81を溶接する溶接ヘッド40は、レーザヘッド50とTIG電極60とを図略の移動装置に取り付けたものである。
レーザヘッド50は、図略のレーザ発振器に接続され、被溶接部材80の突き合わせ部81にレーザ光線を照射するために、突き合わせ部81の真上に移動可能に設置されるものである。
TIG電極60は、タングステン電極に電流を流してプラズマを発生させ、その周囲に不活性ガスを吐出してプラズマを安定させながら被溶接部材80を溶融し溶接するために、レーザヘッド50の横に傾斜して設けられ、レーザヘッド50と同期して移動可能に支持されているものである。
【0024】
以上のように構成した溶接装置10の作用を図4、図5を参照して説明する。なお、図4、図5では、レーザヘッド50の記載を省略し、TIG電極60を突き合わせ部81の真上に配置して模式的に記載している。
下型20に2枚の被溶接部材80を、その端部を突き合わせて下型20の下部電極21が離間している間隙Kの略中央に突き合わせ部81が位置するように載置する。
そして、クランプ30を支持しているアクチュエータ32を作動させて、クランプ30を下降させる。クランプ30の下降により、該クランプ30に支持されている押圧部材33の押圧面3311、3351が両被溶接部材80の上面に当接してこれを押圧し、該被溶接部材80を下部電極21及びベース23の上面と押圧部材33の前記押圧面3311、3351とにより電気的に導通状態で狭持し固定する。
【0025】
その後、被溶接部材80の突き合わせ部81の上方に、該突き合わせ部81と平行に移動可能に設置されたレーザヘッド50とTIG電極60を作動させて、該突き合わせ部81を溶接する。すなわち、TIG電極60により、該TIG電極60と被溶接部材80との間にプラズマアークを発生させて被溶接部材80の突き合わせ部81を溶融させて溶融池85を形成させる。
【0026】
このとき、TIG電流Aは、図4に示すように、比電気抵抗値の低い下部電極21(銅の比電気抵抗値1.72μΩ・cm)から比電気抵抗値の低い被溶接部材80(炭素鋼の比電気抵抗値9.8〜16μΩ・cm)を介してTIG電極60の先端へ流れ(太い矢印の電流A)、比電気抵抗値の高い押圧部材33(SUS304の比電気抵抗値72μΩ・cm)からはほとんど流れず(細い矢印の電流a)、押圧部材33からの電流の回り込みを低減して、プラズマアークのエネルギーを効率よく利用している。
【0027】
そして、上記の被溶接部材80からTIG電極60に流れるTIG電流Aにより、図5に示すように、TIG電極60と被溶接部材80との間には反時計回りの磁界Bが発生するとともに、溶融池85では溶接開始点から溶接進行方向Wに向かいTIG電流Aが流れる。これにより溶融池85にはフレミングの左手の法則により、特に溶融池85の進行方向後方においても下向きの電磁力Fが発生し、溶融池85を押さえる方向の力が掛かる。
【0028】
上記により形成された溶融池85の底部に焦点を結ぶようにレーザヘッド50からレーザビームを照射すると、プラズマアークを集中させて安定させることができる。
したがって、このプラズマアークの集中と前述の溶融池85への押圧力とにより、接合長の長い溶接であっても安定したビードが形成でき、きれいな溶接線83を形成することができるようになった。
【0029】
なお、本発明は前記実施の形態のものに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
すなわち、本実施の形態では、アーク溶接にTIG溶接を用いたもので説明したが、ミグ溶接等プラズマを用いる溶接であればよい。
また、レーザ溶接装置はYAGレーザ、CO2レーザ等種々のレーザ溶接装置が利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、間隙Kで離間させた下部電極21の、溶接ヘッド40の走行開始側の端面211を導電材のアース板215で連結したので、TIG電流Aが被溶接部材80からTIG電極60に流れる際に、フレミングの左手の法則により下向きの電磁力Fが発生し、溶融池85を押さえる方向の力が掛かるため、安定したビードが形成でき、きれいな溶接線83を形成することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一の実施の形態に係る溶接装置の側面図である。
【図2】本発明の一の実施の形態に係る溶接装置の縦断面図である。
【図3】本発明の一の実施の形態に係る溶接装置に用いる下型の斜視図である。
【図4】本発明の一の実施の形態に係る溶接装置による溶接時の電流が流れる状況を示す断面図である。
【図5】本発明の一の実施の形態に係る溶接装置による溶接時の磁界や磁力の状況を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0032】
10 溶接装置
20 下型
21 下部電極
211 導電材(アース板)
25 絶縁材
30 クランプ
31 フレーム
33 押圧部材
35 調整機構
351 弾性部材
353 ボルト
355 調整ナット
40 溶接ヘッド
50 レーザヘッド
60 TIG電極
80 被溶接部材
81 突き合わせ部
85 溶融池
87 ビード
K 間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベースに埋設した下部電極上に2枚の被溶接部材をその板端を付き合わせた状態で載置し、該被溶接部材を、その上面をクランプにより押さえて前記下部電極上に固定し、前記突き合わせ部の溶接線に沿って溶接ヘッドを走行させることにより、前記突き合わせ部を溶接する溶接装置であって、
前記下部電極が前記溶接線に平行で該溶接線の下側に所定幅の間隙をもって互いに対向するように配置されており、前記ベースが、その上角凹部に前記下部電極を絶縁材を介して保持し、前記溶接線の下側で所定幅の間隙で離間するように配置されている溶接装置において、
離間した前記電極の、前記溶接ヘッドの走行開始側の端面を導電材で連結したことを特徴とする溶接装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接装置において、
前記クランプは、各々の前記下部電極上に溶接線に平行に設置され、前記被溶接部材を跨ぐフレームと、
該フレームに吊り下げられ、常に下方に付勢された弾性部材を介して上下方向に移動可能に設けられた複数の押圧部材と
を備えることを特徴とする溶接装置。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接装置において、
前記クランプの押圧部材を、下方に付勢する弾性部材の付勢力を調整可能にする調整機構を介して前記フレームに吊り下げることを特徴とする溶接装置。
【請求項4】
請求項2乃至請求項3に記載の溶接装置において、
前記クランプの押圧部材の全数を(ステンレス材を含む)非磁性鋼で構成したことを特徴とする溶接装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4に記載の溶接装置において、
前記ベースを鉄材で、前記下部電極を銅材で構成したことを特徴とする溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−61830(P2007−61830A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−247713(P2005−247713)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】