説明

溶湯成分推定方法及び溶湯成分推定装置

【課題】吹錬中の溶湯の成分を精度高く推定すること。
【解決手段】演算処理部21が、溶鋼101の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、溶鋼101の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出し、算出された酸化反応量に基づいて、溶鋼101を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出し、算出された反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶鋼101を構成する各成分の濃度範囲を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吹錬中の溶湯の成分を推定する溶湯成分推定方法及び溶湯成分推定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶湯に含まれる不純物を取り除く精錬処理を行う際には、転炉に代表される酸素吹き込みを行う吹錬設備が使用される。この吹錬設備では、吹錬後の不純物濃度がオーダーの規格で指定される範囲内に入るように吹錬制御が行われる。ところが、溶湯は非常に高温であるために、溶湯の成分濃度を連続的に計測することは困難である。このため、実際の操業では、溶湯の成分濃度は、吹錬処理の直前、吹錬途中に1回又は数回、及び吹錬終了後に計測されることが多く、これらの計測によって得られる少ない情報を用いて吹錬制御が行われている。
【0003】
しかしながら、このような少ない情報によれば、吹錬中の溶湯の成分濃度を精度高く計測することができず、結果として、吹錬制御の精度が低下し、吹錬後の不純物濃度を所望の範囲内に制御することが困難になる。このため、溶湯中の成分濃度を推定する方法が提案されている(特許文献1,2参照)。具体的には、特許文献1記載の方法は、転炉において連続的に得られる排気ガス成分及びスラグレベルの情報からスラグ中の酸素ポテンシャルを計算し、計算された酸素ポテンシャルから溶湯中の成分濃度を推定するものである。また、特許文献2記載の方法は、溶湯の温度を連続的に測定することによって、溶湯中のシリコン濃度を推定するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−239524号公報
【特許文献2】特開平7−173516号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、溶湯中には、炭素(C)、シリコン(Si)、リン(P)、マンガン(Mn)、酸素(O)等の複数の不純物成分が含まれ、吹錬処理の際には、これらの複数の不純物成分を推定し、推定結果に基づいて不純物成分の濃度を所定の範囲内に制御する必要がある。しかしながら、特許文献1には、スラグ中の酸素ポテンシャルから各不純物成分の濃度を推定する方法は開示されていない。また、特許文献2には、シリコン以外の不純物成分の濃度を推定する方法は開示されていない。このため、溶湯中の各不純物成分の濃度を精度高く推定し、推定結果に基づいて吹錬処理を精度高く制御可能な方法の提供が期待されていた。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、吹錬中の溶湯の成分を精度高く推定可能な溶湯成分推定方法及び溶湯成分推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る溶湯成分推定方法は、溶湯の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、該溶湯の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出するステップと、前記酸化反応量に基づいて、溶湯を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出するステップと、前記反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶湯を構成する各成分の濃度範囲を算出するステップと、を含む。
【0008】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る溶湯成分推定装置は、溶湯の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、該溶湯の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出する酸化反応量算出手段と、前記酸化反応量に基づいて、溶湯を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出する反応平衡評価値算出手段と、前記反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶湯を構成する各成分の濃度範囲を算出する濃度範囲算出手段と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る溶湯成分推定方法及び溶湯成分推定装置によれば、吹錬中の溶湯の成分を精度高く推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置が適用される吹錬制御システムの構成を示す模式図である。
【図2】図2は、完了吹錬チャージ情報及び未完了吹錬チャージ情報の一例を示す図である。
【図3】図3は、モデル推定計算情報の一例を示す図である。
【図4】図4は、本発明の一実施形態である成分推定処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】図5は、本発明の一実施形態である反応平衡評価値算出処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置の構成及びその動作について説明する。
【0012】
〔吹錬プロセス〕
始めに、図1を参照して、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置が適用される吹錬プロセスについて説明する。
【0013】
図1に示すように、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置が適用される吹錬プロセスでは、転炉100内の溶鋼101上にランス102が配置され、ランス102の先端部から溶鋼101に向かって高圧酸素が噴出される。この高圧酸素によって溶鋼101内の不純物成分は酸化されてスラグ103内に取り込まれる(吹錬処理)。転炉100の上部には、排気ガス導煙用のダクト104が設置されており、ダクト104の内部には吹錬処理に伴い排出される排気ガスの成分(例えばCO,CO,O,N,HO等)を検出するための排気ガス検出部105が設けられている。
【0014】
転炉100内の溶鋼101には、転炉100の底部に形成された通気孔106を介して不活性ガスが吹き込まれ、不活性ガスによって溶鋼101を攪拌することにより、高圧酸素と溶鋼101との反応が促進されるようになっている。溶鋼101の温度は吹錬途中で一度計測され、計測された温度に基づいて高圧酸素の供給量(送酸量)及び速度(送酸速度)や不活性ガスの流量(攪拌ガス流量)等が決められる。また、吹錬開始直前と吹錬後には、溶湯101の温度と成分との分析が行われる。
【0015】
〔吹錬制御システムの構成〕
次に、図1を参照して、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置が適用される吹錬制御システムの構成について説明する。
【0016】
図1に示すように、本発明の一実施形態である溶湯成分推定装置が適用される吹錬制御システムは、制御端末10,溶湯成分推定装置20,及び表示装置30を主な構成要素として備える。制御端末10は、パーソナルコンピュータやワークステーション等の情報処理装置によって構成され、溶鋼101の成分濃度が所望の範囲内になるように送酸量,送酸速度,攪拌ガス流量を制御すると共に、送酸量,送酸速度,及び攪拌ガス流量の実績値のデータを収集する。
【0017】
溶湯成分推定装置20は、パーソナルコンピュータやワークステーション等の情報処理装置によって構成されている。溶湯成分推定装置20は、演算処理部21と操業データベース(DB)22とを主な構成要素として備える。演算処理部21は、CPU等の演算処理装置によって構成され、成分推定装置20全体の動作を制御する。演算処理部21は、本発明に係る酸化反応量算出手段,反応平衡評価値算出手段,及び濃度範囲算出手段として機能する。操業DB22は、後述する溶鋼成分推定処理を実行するために必要な各種情報を記憶する。具体的には、操業DB22には、完了吹錬チャージ情報23,モデル推定計算情報24,及び未完了吹錬チャージ情報25が格納されている。
【0018】
図2に示すように、完了吹錬チャージ情報23及び未完了吹錬チャージ情報25は、吹錬が完了した若しくは吹錬が未完了のチャージ(転炉1杯分の溶鋼)に関する時系列情報及び時系列以外の情報を含む。時系列情報には、送酸量,送酸速度,攪拌ガス流量,ランス高さ,原料(主原料,副原料)投入量等の吹錬処理の操作量情報、排気ガスの成分や流量等の排気ガス情報、及び溶鋼101の温度等の溶鋼情報が含まれる。時系列以外の情報には、送酸量実績情報(又は送酸量予定情報),原料投入実績情報(又は原料投入予定情報),及び吹錬前後の溶鋼101の温度や成分等の吹錬前後溶鋼情報が含まれる。図3に示すように、モデル推定計算情報24は、後述する成分推定処理によって推定された溶鋼101やスラグ103の成分に関する情報や酸化反応量に関する情報を含む。
【0019】
〔成分推定処理〕
このような構成を有する吹錬制御システムでは、成分推定装置20が、以下に示す成分推定処理を実行することによって、吹錬途中の温度計測時に溶鋼101の成分を推定する。以下、図4に示すフローチャートを参照して、この成分推定処理を実行する際の成分推定装置20の動作について説明する。
【0020】
図4は、本発明の一実施形態である成分推定処理の流れを示すフローチャートである。図4に示すフローチャートは、制御端末10を介して成分推定装置20に対し成分推定処理の実行指令が入力されたタイミングで開始となり、成分推定処理はステップS1の処理に進む。
【0021】
ステップS1の処理では、演算処理部21が、操業DB22から現在吹錬処理を行っているチャージに関する未完了吹錬チャージ情報25を取得する。これにより、ステップS1の処理は完了し、成分推定処理はステップS2の処理に進む。
【0022】
ステップS2の処理では、演算処理部21が、ステップS1の処理によって取得された未完了吹錬チャージ情報25及び排気ガス検出部105によって検出された排気ガスの成分に基づいて、溶鋼101中の成分の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量Ototalとして算出する。具体的には、始めに、演算処理部21は、ステップS1の処理によって取得された未完了吹錬チャージ情報25に基づいて、溶鋼101に供給した高圧ガスの総量(吹き込み酸素量)と投入済みの原料及び副原料に含まれる酸素量との和をINPUT酸素量として算出する。
【0023】
以下に示す表1は、吹き込み酸素量の時系列データの一例を示している。例えば、以後の処理において、吹き込みを開始してから時間が26だけ経過した時刻(吹き込み経過時間=26)における成分の濃度を予測する場合、表1に示すように、吹き込み酸素量(体積)の累積値は255である。また、副原料中の酸素量が100kgである場合、副原料中の酸素量は体積換算で70(=(100/32)×22.4)Nmとなる。従って、この場合、演算処理部21は、吹き込み酸素量の累積値と体積換算した副原料に含まれる酸素量との和(=255+70)をINPUT酸素量として算出する。なお、吹き込み経過時間、累積吹き込み酸素量は、各々例えば分及びNmの単位で表されるものである。
【0024】
【表1】

【0025】
次に、演算処理部21は、排気ガス検出部105によって検出された排気ガスの成分に基づいて、排気ガス中の酸素(O),一酸化炭素(CO),及び二酸化炭素(CO)に含まれる酸素量をOUTPUT酸素量として算出する。そして、演算処理部21は、INPUT酸素量からOUTPUT酸素量を減算した値を酸化反応量Ototalとして算出する。なお、OUTPUT酸素量を算出する際、演算処理部21は、排気ガス成分のサンプリング時刻と排気ガス成分の算出時刻との差や転炉に流入する外気に含まれる酸素量を考慮してOUTPUT酸素量を補正することが望ましい。
【0026】
OUTPUT酸素量の具体的な計算方法を以下に示す。以下に示す表2は、単位時間あたりの排気ガス流量の時系列データの一例を示し、吹き込み経過時間が1つ増える間にどれだけの流量の排気ガスが排出されたかを示しており、例えばNmの単位で表されるものである。また、以下に示す表3は、排気ガス成分の計測値の時系列データを示しており、各成分の体積%濃度を示す。なお、排気ガスは導管によって分析計まで移動させて計測されるために、排気ガス成分の計測値は吹き込み経過時間に対する遅れ時間を考慮して保存される。具体的には、遅れ時間が5である場合には、吹き込み経過時間10の時点で成分分析を行った結果は吹き込み経過時間5の成分データとして保存される。
【0027】
【表2】

【表3】

【0028】
始めに、演算処理部21は、吹き込み経過時間をτ、吹き込み経過時間τにおける成分iの成分比(0〜1)をρ(i,τ)、吹き込み経過時間τにおける排気ガスの流量をV(τ)として、吹き込み経過時間26までの排気ガス中の成分iの累積流量X(i,26)を以下に示す数式(1)により算出する。なお、数式(1)中のΣ(i,τ)(Σ下部のiは記載を省略)は全ての成分比ρ(i,τ)の合計値であり、誤差等の原因によってこの値が1にならない場合に補正が行われる計算になっている。ここで、ρ(i,τ)は表3から得られる値であり、例えば、ρ(CO,τ)は吹き込み経過時間におけるCO濃度41体積%を100で割った0.41である。
【0029】
【数1】

【0030】
次に、演算処理部21は、累積流量X(i,26)を用いて以下に示す数式(2)によりOUTPUT酸素量を算出する。なお、数式(2)では、各成分の累積流量には係数が掛けられている。例えばCOの場合、1NmのCO中に含まれる酸素から生成可能な酸素は0.5Nmであるので、これを係数としている。また、転炉の排気ガスには、吹き込み酸素や原料及び副原料中に含まれる酸素以外の酸素も含まれている。これは、流入した外気中に含まれる酸素であり、この酸素が排気ガス中で反応してCOやCO等になっていることもある。そこで、この流入量を考慮してOUTPUT酸素量を補正する方法の一例を以下に示す。
【0031】
【数2】

【0032】
底吹き攪拌ガスにNを使っていない場合、排気ガス中に含まれるN量は全て外気から流入したと考えられる。空気の窒素及び酸素の比を78:21とすると、流入酸素量は以下に示す数式(3)より計算できるので、この値を使ってOUTPUT酸素量は以下に示す数式(4)のように補正できる。このため、演算処理部21は、上記の値を利用して酸化反応量Ototalを以下に示す数式(5)のように算出する。これにより、ステップS2の処理は完了し、成分推定処理はステップS3の処理に進む。
【0033】
【数3】

【数4】

【数5】

【0034】
ステップS3の処理では、演算処理部21が、ステップS2の処理によって算出されたに酸化反応量Ototal対する成分の反応量の組を複数生成する。具体的には、溶鋼101中に含まれる成分が鉄(Fe),炭素(C),リン(P)のみであり、酸化反応量Ototalで使用された酸素は一酸化鉄(FeO),五酸化リン(P)のみを生成する場合(例えば、脱珪、脱燐処理が予備処理設備で完了済みの場合、この状態になる)、演算処理部21は、以下のようにして酸化反応量Ototalに対する成分の反応量の組を生成する。
【0035】
始めに、成分推定装置20は、吹錬前のリン濃度と原料及び副原料の投入量とを用いて、五酸化リン(P)の生成に使用された酸素量の最大値O(max)及び最小値O(min)を算出する。なお、最大値O(max)及び最小値O(min)は、最小値O(min)を0、最大値O(max)を溶鋼101中の全てのPを酸化させるために必要な酸素量として計算してもよいし、このときに制約条件を付けて最小値O(min)をより大きく、最大値O(max)をより小さくしてもよい。
【0036】
次に、演算処理部21は、以下に示す数式(6)を用いてリンの酸化に使用された酸素量O(t)(但し、0≦t≦1)を算出する。次に、演算処理部21は、パラメータtにn個の値(t1,t2,…,tn)を代入して、リンの酸化に使用された複数の酸素量O(t1),O(t2),…O(tn)を算出する。そして最後に、演算処理部21は、以下に示す数式(7)に各酸素量を代入することによって、FeOの生成に使用された酸素量OFeOを算出する。この結果、複数の反応量の組[O(t1),OFeO(t1)],[O(t2),OFeO(t2)],…,[O(tn),OFeO(tn)]を生成することができる。
【0037】
【数6】

【数7】

【0038】
例えば、最小値O(min)を0、最大値O(max)を5、酸化反応量Ototalを15として、パラメータtがt1=0,t2=0.1,t3=0.3,…,t10=0.9,t11=1.0と0.1刻みで設定されていたとすると、反応量の組は以下に示す(8)のように生成される。リンの酸化に使用された酸素量O(t)とFeOの生成に使用された酸素量OFeOとの合計値は酸化反応量Ototalと等しくなっており、反応量の組は使用される比率を変えた組になっている。これにより、ステップS3の処理は完了し、成分推定処理はステップS4の処理に進む。
【0039】
【数8】

【0040】
ステップS4の処理では、演算処理部21が、ステップS3の処理によって生成された反応量の各組について反応平衡評価値を算出する。本明細書において、反応平衡評価値とは、吹錬時に酸化反応と逆反応が平衡状態になっていると仮定して、平衡状態になっている時に0に近い値をとるような数式を実績データから導出し、数式に含まれる変数を計測値や操作量等を代入することによって計算された、吹錬毎の平衡状態への近さを評価する値のことを意味する。
【0041】
具体的には、リンの酸化反応は、以下に示す化学反応式(9)で与えられる。また、この化学反応式(9)における左辺から右辺への反応速度V1は以下に示す数式(10)のように表され、右辺から左辺への反応速度V2は以下に示す数式(11)のように表される。なお、数式(10),(11)中における[P],[Fe]はそれぞれ、溶鋼中のリン及び鉄の濃度を示し、(FeO),(CaO),(P)はそれぞれ、スラグ中の一酸化鉄,一酸化カルシウム,及び五酸化リンの濃度を示す。
【0042】
【数9】

【数10】

【数11】

【0043】
平衡状態では、左辺から右辺の反応速度V1と右辺から左辺の反応速度V2とが等しくなっていると考えられるので、以下に示す数式(12)が成立する。この数式(12)の両辺の自然対数を計算すると以下に示す数式(13)が得られ、この数式(13)を用いて以下の数式(14)に示すパラメータEqを定義すると、パラメータEqの値が0に近づいた時に反応が平衡状態に達していると考えることができる。そこで、本実施形態では、このパラメータEqを反応平衡評価値と定義する。
【0044】
【数12】

【数13】

【数14】

【0045】
上述の数式(14)においてリン濃度[P],鉄濃度[Fe],一酸化鉄濃度(FeO),及び五酸化リン濃度(P)は反応量の組[O(t),OFeO(t)]から計算することができる。例えば、反応量の組[O(t2),OFeO(t2)]=[0.5,14.5]の場合、[生成されたPに含まれる酸素量]=0.5、及び[生成されたFeOに含まれる酸素量]=14.5として計算する。
【0046】
上述の[生成されたPに含まれる酸素量]及び[生成されたFeOに含まれる酸素量]をそれぞれ用いて、P及びFeOの重量を算出することができる。算出されたP及びFeOの重量をそれぞれスラグ中P重量及びスラグ中FeO重量とする。また、原料投入実績から炉内に入ったCaOの重量がわかる。CaOの重量に定数(歩留まり率)を掛けたものをスラグ中のCaO重量とし、CaO以外の投入原料のうち、スラグ内に入り込む重量を(原料投入量)×(スラグ内に入り込む成分の比)×(歩留まり)で計算すると、スラグのトータル重量は以下に示す数式(15)により算出される。また、対象時刻(例えば吹き込み経過時間26)における溶鋼中成分の濃度は以下に示す数式(16)により算出できる。他の反応量の組についても[生成されたPに含まれる酸素量]及び[生成されたFeOに含まれる酸素量]を変えることによって同様に計算できる。
【0047】
【数15】

【数16】

【0048】
演算処理部21は、後述する反応平衡評価値算出処理を実行することによって数式(14)の係数a,b,c,d,e,及び定数項lnk1−lnk2(以下、fと表記)を決定することによって、各反応量の組毎に反応平衡評価値Eqを計算することができる。なお、化学反応式(9)に示す反応は、スラグや温度等の変化にも影響を受けるので、これらの説明変数について以下に示す数式(17)のように関数f(x)を加えた形で反応平衡評価値Eqを設定してもよい(例えば、説明変数を溶鋼温度T、係数をαとして、関数部分をα/T等とすることが可能である)。これにより、ステップS4の処理は完了し、成分推定処理はステップS5の処理に進む。
【0049】
【数17】

【0050】
ステップS5の処理では、演算処理部21が、ステップS4の処理によって算出された反応平衡評価値Eqに基づいて、反応平衡評価値Eqの絶対値が所定値未満になる反応量の組を抽出し、抽出された反応量の組に基づいて溶鋼101に含まれる成分の濃度の上限値及び下限値を算出する。具体的には、反応量の組[O(t5),OFeO(t5)],[O(t6),OFeO(t6)],[O(t7),OFeO(t7)]について求められた反応平衡評価値Eqの絶対値が所定値未満であり、五酸化リン(P)及び一酸化鉄(FeO)の生成に使用された酸素量O,OFeOが以下に示す数式(18),(19)を満たす場合、演算処理部21は、O(t7)及びO(t5)から計算されるリン濃度をそれぞれリン濃度の下限値及び上限値として計算する。これにより、ステップS5の処理は完了し、成分推定処理はステップS6の処理に進む。
【0051】
【数18】

【数19】

【0052】
ステップS6の処理では、演算処理部21が、ステップS5の処理によって算出された成分濃度に関する情報を表示装置30に出力する。以後、オペレータは、吹錬終了後の成分濃度が所定の範囲内になるように、表示装置30に出力された情報に基づいて吹錬制御の操作量を調整する。これにより、ステップS6の処理は完了し、一連の成分推定処理は終了する。
【0053】
〔反応平衡評価値算出処理〕
次に、図5に示すフローチャートを参照して、上記ステップS4の処理において数式(14)の係数a,b,c,d,e,fを決定する処理の流れについて説明する。
【0054】
図5は、本発明の一実施形態である反応平衡評価値算出処理の流れを示すフローチャートである。図5に示すフローチャートは、ステップS3の処理が完了したタイミングで開始となり、反応平衡評価値算出処理はステップS11の処理に進む。
【0055】
ステップS11の処理では、演算処理部21が、対象チャージの説明変数Y,Y,…,Yの値を取得する。具体的には、反応平衡評価値Eqが上述の数式(17)のように表される場合、演算処理部21は、対象チャージのln[P],ln(FeO),ln(CaO),ln(P),及びln(Fe)の値を取得する。ここで、説明変数の値をy,y,…,yと表現すると、反応平衡評価値Eqは以下に示す数式(20)のように表現することができる。ここで、y,y,…,yの説明変数のうち、値がほとんど変化しないものや他の説明変数と相関の強いものは取り除いてもよい。また、数式(20)中のパラメータa(j=0,…,m)が決定すべき係数であるが、以下に示す数式(20)によれば、パラメータaが全て0になる場合、反応平衡評価値Eqの値は0になってしまう。このため、以下に示す数式(21)のように、右辺をいずれかのパラメータa(本例ではa)で割った値を反応平衡評価値Eqとしてもよい。なお、数式(21)では、ln[P]に対応する説明変数がyになっているものとする。これにより、ステップS11の処理は完了し、反応平衡評価値算出処理はステップS12の処理に進む。
【0056】
【数20】

【数21】

【0057】
ステップS12の処理では、演算処理部21が、処理対象のチャージと完了吹錬チャージとの類似度を計算するために、操業DB22に格納されている完了吹錬チャージ情報23に基づいて、以下に示す数式(22)を用いて説明変数の重み付きノルムNr(z)を計算する。なお、数式(22)中、パラメータZは対象チャージの初期溶湯成分、初期溶湯温度、吹き込み済みの酸素量、投入済み原料量、及び投入済み副原料量を示し、パラメータzはi番目の完了吹錬チャージのパラメータZに対する値を示し、パラメータwは各説明変数に掛けられる重みを示す。そして、演算処理部21は、重み付きノルムNr(z)の値が小さいものから順に完了吹錬チャージ情報を設定数だけ抽出する。すなわち、演算処理部21は、処理対象のチャージの説明変数と類似する説明変数を有する完了吹錬チャージ情報を設定数だけ抽出する。これにより、ステップS12の処理は完了し、反応平衡評価値算出処理はステップS13の処理に進む。
【0058】
【数22】

【0059】
ステップS13の処理では、演算処理部21が、完了吹錬チャージ情報23から過去チャージに関する情報(時系列情報、吹錬前後溶湯情報)を収集し、吹錬前後溶湯情報に入っている各成分の分析情報の中から吹錬前後(又は吹錬途中)のリン濃度の情報を取得する。また、演算処理部21は、取得したリン濃度の情報を用いて以下に示す数式(23)より吹錬後のPの量を算出する。次に、演算処理部21は、時系列情報を用いてステップS2の処理と同様の処理により、リン及び鉄の酸化に使用された酸素量の合計値を算出する。吹錬後のPの量からリンの酸化に使用された酸素量が得られ、リンの酸化に使用された酸素量が求まることにより鉄の酸化に使用された酸素量が決まり、FeOの生成量を計算できる。スラグ中のCaOの量は、完了吹錬チャージ23情報の原料投入実績情報から計算される。このようにして、ln(P)、ln(FeO)、ln(CaO)、ln[P]、及びln[Fe]の値が算出される。すなわち、これ以外のパラメータが反応平衡評価値Eqの説明変数に入っている場合であっても、必要な値を完了チャージ情報から抽出することによって、全ての説明変数を得ることができる。
【0060】
【数23】

【0061】
次に、演算処理部21が、ステップS12の処理によって抽出された過去チャージの説明変数を数式(21)に代入した時の反応平衡評価値Eqの二乗和ΣWeqEq(y)が最小になるように、最適化計算を用いてパラメータaj(j=0,…,m、j≠1)の値を決定する。ここで、二乗和ΣWeqEq(y)中のパラメータWeqは完了吹錬チャージにつけられた重み係数である。なお、パラメータyはリン濃度[P]の非線形関数ln[P]であるため、リン濃度[P]の値によって反応平衡評価値Eqとリン濃度[P]の変化量比が大きく異なる。このため、リン濃度[P]の値を基準にして反応平衡評価値Eqの値を評価する場合には、重み係数Weqを(d[P]/dEq)2とするとよい。また、d[P]/dEqは近似的に[P]となるので、重み係数Weqを([P])2としてもよい。最適化計算の手法としては、反応平衡評価値Eqが1次式であれば通常の回帰計算、非線形関数であれば非線形計画法(例えばニュートン法,共役勾配法,準ニュートン法,逐次二次計画法等。詳しくは参考文献(“最適化の手法”茨木、福島著、共立出版)を参照)を用いることができる。これにより、ステップS13の処理は完了し、一連の反応平衡評価値算出処理は終了する。
【0062】
以上の説明から明らかなように、本発明の一実施形態である成分推定処理では、演算処理部21が、溶鋼101の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、溶鋼101の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出し、算出された酸化反応量に基づいて、溶鋼101を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出し、算出された反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶鋼101を構成する各成分の濃度範囲を算出するので、溶鋼101の成分を精度高く推定することができる。
【0063】
以上、本発明者によってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0064】
10 制御端末
20 溶湯成分推定装置
21 演算処理部
22 操業データベース(DB)
23 完了吹錬チャージ情報
23 モデル推定計算情報
24 未完了吹錬チャージ情報
30 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶湯の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、該溶湯の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出するステップと、
前記酸化反応量に基づいて、溶湯を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出するステップと、
前記反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶湯を構成する各成分の濃度範囲を算出するステップと、
を含むことを特徴とする溶湯成分推定方法。
【請求項2】
前記反応平衡評価値は、溶湯情報、吹錬処理の操作量情報、排気ガス情報、及びスラグ情報のうちの少なくとも一つを説明変数として含むことを特徴とする請求項1に記載の溶湯成分推定方法。
【請求項3】
前記反応平衡評価値を算出するステップは、成分の濃度範囲を算出する前の溶湯情報、吹錬処理の操作量情報、排気ガス情報、及びスラグ情報のうちの少なくとも一つに関して処理対象のチャージに類似する過去のチャージを抽出し、抽出された過去のチャージの説明変数を用いて該反応平衡評価値を算出するステップを含むことを特徴とする請求項2に記載の溶湯成分推定方法。
【請求項4】
溶湯の吹錬中に発生する排気ガスの成分に基づいて、該溶湯の酸化反応に使用された酸素量を酸化反応量として算出する酸化反応量算出手段と、
前記酸化反応量に基づいて、溶湯を構成する各成分の酸化に使用された酸素量の組を複数生成し、生成された各組について反応平衡評価値を算出する反応平衡評価値算出手段と、
前記反応平衡評価値が所定範囲内にある組を抽出し、抽出された組に基づいて溶湯を構成する各成分の濃度範囲を算出する濃度範囲算出手段と、
を備えることを特徴とする溶湯成分推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−149341(P2012−149341A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−272061(P2011−272061)
【出願日】平成23年12月13日(2011.12.13)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】