説明

濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法

【課題】 本発明方法は、易酸化性成分の酸化物生成によって引き起こされるめっき外観の劣化と焼鈍雰囲気下に存在する水素起因のふくれ、を解決する手段を提供する。
【解決手段】 易酸化性成分を含む高張力熱延鋼板を全還元方式の溶融亜鉛めっき設備を用いて還元性の雰囲気で焼鈍した後、該鋼板を大気に接触させることなく、溶融亜鉛めっき中を通板せしめる溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法において、焼鈍時の水素濃度を10%以上25%以下とし、焼鈍終了後、過時効炉にて、鋼板温度を200℃以上550℃以下、水素濃度を2%以上7%以下の雰囲気下で30秒以上400秒以下に保持して、均熱処理し、その後溶融めっきすることを特徴とする濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明方法は、高張力熱延鋼板を母材とする濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼板は耐食性に優れ、建材、家電、自動車用鋼板として幅広く使用されている。最近では、耐久性や低コスト化に対する要求が高く、これらの要求を満たす材料として、P、Siなどを添加して鋼板を高張力化することで耐久性を向上させ、また熱延材を利用することで低コスト化を実現できる高張力熱延鋼板を用いた溶融亜鉛めっき材料の使用量が拡大されつつある。
【0003】
このような高張力鋼板においては、鋼板の加熱前処理(焼鈍)時にPやSiを主体とする難還元性酸化物が鋼板表面や母材の粒界に生成する。このため、焼鈍後に鋼板を浸漬した際に溶融亜鉛が濡れないという、いわゆる不めっきという問題が生じる。不めっき抑制法としては、例えば、(特許文献1)のようにアルカリ性溶融塩浴に浸漬して、酸化物を除去して濡れ性を改善する方法、(特許文献2)のように、焼鈍に先立ちプレめっきして酸化物の表面濃化を抑制して濡れ性を改善する方法、(特許文献3)のようにFe3+イオンを含有した塩酸あるいは硫酸にて酸洗し、易酸化性成分の濃化層を除去することで濡れ性を改善する方法、など数多くの手法が公知となっているものの、いずれも設備投資を必要とし、設備コスト上の制約が大きい。
【0004】
一方、(特許文献4)で公知のように、焼鈍加熱段階での低温側と高温側の炉内水素濃度を高めて表面酸化の速度を抑制して濡れ性を改善する方法は、設備投資を必要としないメリットがある。特に、昨今主流の全還元炉式の溶融亜鉛めっき設備において、水素濃度を高めることは設備の支障にならず有効である。
【0005】
しかし、母材が熱延鋼板の溶融亜鉛めっき鋼板製造においては、単に高水素濃度雰囲気にすることによる問題が生じる。(特許文献5)から(特許文献8)で公知のように、熱延鋼板を用いた場合、焼鈍中に、熱延鋼板粒界に侵入した水素が溶融亜鉛めっき後に放出されて、ふくれを発生させる。水素の侵入は水素濃度が高いほど、そして、鋼板温度が高いほど顕著である。また、粒界の隙間が大きい熱延鋼板固有の現象であり、鋼成分に関わらず発生する。さらに、合金化溶融亜鉛めっき鋼板には生じず、溶融亜鉛めっき鋼板にのみ発生する現象である。
(特許文献4)において、焼鈍加熱段階での低温側と高温側の水素濃度を高めることは、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の濡れ性劣化や合金化遅延解消に対しては効果があるが、粒界隙間の大きい熱延鋼板を用いた溶融亜鉛めっき鋼板のふくれ発生抑制には効果がない。
【0006】
これらの問題に対し、(特許文献5)では、還元処理を600℃〜720℃の範囲で実施することで水素侵入を抑制しているが、鋼の材質設計の観点で、焼鈍温度の制限は好ましいものではない。また、(特許文献6)では、水素濃度8〜20%、鋼板温度450〜550℃で脱水素することでふくれ発生を抑制しているが、(特許文献6)は、油脂分や汚れを加熱により分解あるいは焼却する無酸化炉と無酸化炉にて酸化した表面を強還元(水素濃度30〜75%)する還元炉の二つの焼鈍炉を有している設備が前提であり、無酸化炉で発生する酸化物起因の不めっき外観が発生する。また、無酸化炉−還元炉型設備ゆえに必要となる強還元(水素濃度30〜75%)雰囲気下では、当然ながら吸蔵水素量が多く、ふくれが顕著に発生するため、これを完全に抑制する目的の水素脱離には、10分以上の処理工程が必要となり、設備上、生産効率上支障がある。(特許文献7)では、鋼板にBやNを添加せしめBNとして粒界に存在せしめて水素侵入を抑制しているが、材質の設計に制約を与える。(特許文献8)では、焼鈍温度と水素濃度の相関からふくれを回避する範囲を特定しているが、この範囲では、高張力鋼板の濡れ性が必ずしも十分ではなく、不めっきを発生させ、製品としての価値を損なう危険性がある。
【特許文献1】特開2001−158918号公報
【特許文献2】特開昭57−79160号公報
【特許文献3】特開平8−85858号公報
【特許文献4】特開2005−240107号公報
【特許文献5】特開昭52−95543号公報
【特許文献6】特開昭54−130443号公報
【特許文献7】特開昭56−163250号公報
【特許文献8】特開平10−121218号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の問題に鑑み、全還元方式の溶融めっき設備において、易酸化性成分の酸化物生成によって引き起こされるめっき外観の劣化を、可能な限りコストをかけずに解決するとともに、侵入した水素によるふくれも発生しない、濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法、を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは全還元方式の炉内雰囲気として、まず水素濃度と濡れ性の相関について検討した。SiやPといった易酸化性成分は、母材の鉄にとって還元雰囲気に相当するような一般的な炉内雰囲気(水素1〜50%−残窒素)下においても、酸化領域に相当するため、このような還元ガスの環境下においてですら、わずかな水蒸気や酸素でも酸化してしまう。ところが、焼鈍・溶融めっきの一連の工程における水素濃度を高位(10%以上)に調整すると、たとえ易酸化性成分にとって、熱力学的な酸化領域にあっても、必ずしも、不めっきを引き起こすほどの酸化物を生成するわけではないこと、水素濃度が高いほど濡れ性改善に有利であることを見出した。一方、高水素雰囲気下では、合金化溶融亜鉛めっきには発生しないふくれが、溶融亜鉛めっきではふくれが発生することを確認し、不めっき抑制とふくれ抑制の両立を鋭意検討した。その結果、焼鈍の加熱処理が終了後、過時効炉にて、材質に悪影響を与えない程度の低い温度加熱下で水素濃度をある範囲まで低下せしめて均熱処理することでふくれ発生が良化すること、その均熱時間は30秒以上必要であることを見出した。さらに、易酸化性成分を含む鋼板においては、過時効炉での水素濃度低下は濡れ性を劣化させる傾向にあるものの、そこでの均熱時間が400秒以下であれば濡れ性を確保できることを見出した。さらに、焼鈍温度から冷却して、過時効炉での均熱温度域(550℃以下)へ到達する時間や水素濃度など、焼鈍炉から過時効炉への経路の途中にある冷却炉での制御も濡れ性改善に影響を与えることなどを見出した。
【0009】
本発明は上記の知見に基づきなされたもので、本発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
(1)易酸化性成分を含む高張力熱延鋼板を全還元方式の溶融亜鉛めっき設備を用いて還元性の雰囲気で焼鈍した後、該鋼板を大気に接触させることなく、溶融亜鉛めっき中を通板せしめる溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法において、焼鈍時の水素濃度を10%以上25%以下とし、焼鈍終了後、過時効炉にて、鋼板温度を200℃以上550℃以下、水素濃度を2%以上7%以下の雰囲気下で30秒以上400秒以下に保持して、均熱処理し、その後溶融めっきすることを特徴とする濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法。
(2)焼鈍終了後の過時効炉で鋼板温度550℃以下の均熱処理工程に到達するまでの冷却工程における冷却炉の炉内雰囲気が水素5%以上15%以下であり、到達までに100秒以内であることを特徴とする請求項1に記載の濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
以上述べたように、本発明は、水素濃度、露点、鋼板温度といった制御容易な条件にて、高張力熱延溶融亜鉛鋼板の濡れ性を担保するとともに、高水素濃度下では顕著に発生しうる熱延溶融亜鉛めっき鋼板のふくれ抑制との両立を可能としたものであり、産業への貢献はきわめて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
まず本発明における溶融亜鉛めっき設備は全還元方式であることが前提である。無酸化炉−還元炉方式では、無酸化炉において、易酸化性成分を含む熱延鋼板は酸化されるため、本発明の基本的な考えから逸脱している。ここで全還元方式とは、Feにとっての還元雰囲気であることを意味し、例えば水素−窒素雰囲気などが相当する。また、その設備は、材質の作りこみに必須の加熱焼鈍工程である焼鈍炉、加熱焼鈍工程が終了し、所定の鋼板温度まで冷却するための冷却炉、所定の板温まで鋼板を冷却した後、低温均熱処理する過時効炉を有したものであり、それぞれ独立に炉内温度や炉内雰囲気を制御できる設備である。
【0012】
焼鈍炉内において、酸化物の生成を抑制し、めっきの濡れ性を担保するための水素濃度は、10%以上必要である。これ未満では、不めっきの懸念がある。また、25%を超えると、不めっき性は問題ないが、溶融めっき後のふくれが極めて顕著に発生するため、25%以下とする。
【0013】
さらに、焼鈍終了後、過時効炉にて、鋼板温度を200℃以上550℃以下、水素濃度を2%以上7%以下の雰囲気下で30秒以上400秒以下均熱保持することで水素起因のふくれを解消できる。鋼板温度が200℃を下回ると、水素脱離が進まず、また、550℃を超えると、組織強化型の高張力鋼種を中心に材質が劣化する懸念があり、550℃以下とする。水素濃度は2%を下回ると不めっきを発生し、7%を超えると水素脱離が遅れる。この条件下での鋼板保持時間は、30秒を下回ると水素脱離が不十分となりふくれが発生する。また、400秒を超えると、ふくれへの効果は飽和している一方で、易酸化性成分が顕著に酸化し、不めっきを発生せしめるため、400秒以内が好ましい。
【0014】
本発明において、焼鈍温度は、特に定めないが、析出強化型、固溶強化型、組織強化型の高張力鋼板の材質発揮に必要な一般的な温度を考慮し、例えば780〜880℃程度が適当である。
【0015】
焼鈍温度780〜880℃から、550℃以下に到達するまでの550℃〜780℃超の温度範囲ではまだ鋼板温度が高く、Si、Pなどの易酸化性成分の酸化が起こりやすい領域にある。したがって、780〜880℃での焼鈍終了後の冷却工程においても可能な限り還元雰囲気下におくとともに、550℃までの冷却時間を短くすることは不めっき性改善にはさらに有効である。具体的には、水素5%以上15%以下、550℃以下に到達までに100秒以内であることが好ましい。
【0016】
易酸化性成分とは、P、Mn、Si、B、Alなど、熱力学的にFeより酸化しやすい元素である。その鋼中濃度としては、例えばP:0.02〜0.1mass%、Mn:0.8〜3.0mass%、Si:0.01〜0.60mass%、B:0.0005〜0.0030mass%、Al:0.01〜3.00mass%の条件の1種または2種以上を満足するものが該当する。易酸化性成分を含む高張力熱延鋼板とは、上記元素のうち、少なくとも一種を上記濃度含む熱延鋼板のことを言う。前記高張力熱延鋼板には、他の成分としてC:0.0005〜0.30mass%、S≦0.01mass%、残Feおよび不可避的不純物を含み、更に選択元素としてTi,Nb,Ni,Cu,Cr,Zr,V,Mo,Mg,Co,Ca,REM,N,Oの1種または2種以上を合計で5mass%以下含有しても構わない。
【0017】
溶融亜鉛めっき浴の温度は従来から適用されている条件で良く、例えば、440℃〜480℃といった条件が適用できる。また、溶融金属としては、亜鉛であれば不可避的にPb、Cd、Ni、Fe、Al、Ti、Nb、Mg、Mn、等を含んでも良く、さらに、めっき層の品質等を向上するために、Mg、Ti、Mn、Fe、Ni、Co、Alを所定量添加してもよい。このようにして溶融亜鉛めっきを30〜550g/m施すことにより、種々の用途に適用することができる。
このようにして得られた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板表面に塗装性や溶接性、潤滑性、耐食性等を改善する目的で、必要に応じて各種の電気めっきやクロメート処理、潤滑性向上処理、りん酸塩処理、樹脂塗布処理、溶接性向上処理等を施すことができる。
次に、本発明の実施例を比較例とともにあげる。
【実施例】
【0018】
供試材は表1に成分を示す板厚3.0mmの熱延鋼板を用いた。溶融亜鉛めっき浴の組成は、0.25%Al、0.03%Fe残り亜鉛とした。浴温度は460℃とした。焼鈍は850℃−200秒とし、焼鈍時の水素濃度、焼鈍終了後の冷却条件、過時効炉での鋼板温度と保持時間、水素濃度等の詳細条件は表2に記載した。なお、過時効炉での鋼板温度が各種異なるため、冷却条件は、焼鈍終了後の550℃到達までの溶融めっきは、実施例、比較例ともに浴中の通板時間を3秒とし、Nガスワイパーにて亜鉛の付着量を120g/mに調整した。評価は、外観、ふくれ性について調べた。評価の外観は、目視にて外観に不めっきやむら等がなく均一外観であるものを◎、実用上差し支えない程度の外観むらを○、外観にむらや不めっきが生じ実用不可のものを×で評価した。ふくれ性は、10cm×10cm面積の溶融亜鉛めっき鋼板表面を倍率20倍で実体顕微鏡観察し、ふくれなしを○、ふくれ5個以下を△、ふくれ5個超を×で評価した。結果を表2に示す。
表2の本発明例は何れも、外観、ふくれ性に優れた。一方、焼鈍時の水素濃度が高かった比較例14、過時効炉での均熱温度が低すぎた比較例13、過時効炉での保持時間が短すぎた比較例16では、ふくれが発生した。また、焼鈍時の水素濃度が低かった比較例17、過時効炉での鋼板温度が高すぎた比較例12、過時効炉で水素濃度が低すぎた比較例16、過時効炉での保持時間が長すぎた比較例15では、不めっきが発生し、外観に劣った。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
易酸化性成分を含む高張力熱延鋼板を全還元方式の溶融亜鉛めっき設備を用いて還元性の雰囲気で焼鈍した後、該鋼板を大気に接触させることなく、溶融亜鉛めっき中を通板せしめる溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法において、焼鈍時の水素濃度を10%以上25%以下とし、焼鈍終了後、過時効炉にて、鋼板温度を200℃以上550℃以下、水素濃度を2%以上7%以下の雰囲気下で30秒以上400秒以下に保持して、均熱処理し、その後溶融めっきすることを特徴とする濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法。
【請求項2】
焼鈍終了後の過時効炉で鋼板温度550℃以下の均熱処理工程に到達するまでの冷却工程における冷却炉の炉内雰囲気が水素5%以上15%以下であり、到達までに100秒以内であることを特徴とする請求項1に記載の濡れ性、ふくれ性に優れた高張力溶融亜鉛めっき熱延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2007−291445(P2007−291445A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−120364(P2006−120364)
【出願日】平成18年4月25日(2006.4.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】