説明

炭化物粉末被覆酸化物粉末の製造方法

【課題】分散の良いセラミックス焼結体の材料として、微細な炭化物を酸化物粉末に被覆した粉末の提供。
【解決手段】酸化物表面が、平均粒子径100nm以下のW、Ta、Nb、Cr、Si、Vなどの金属の炭化物によって被覆された粉末は、金属とそれに配位した有機物とからなる組成物と、酸化物粉末を溶媒中で混合後、乾燥し、非酸化物雰囲気中にて800〜1800℃で金属を炭化することにより得られる。この酸化物複合材料は、炭化物による酸化物結晶の粒成長抑制効果により酸化物の結晶粒子が従来に比べ微細化され、炭化物粒子の接触点でも容易に焼結が進行してマイクロポアの発生も抑制される。容易に光学的鏡面でき、研磨速度も大きいため、生産の効率化に寄与する。更に、焼結体はイオン加工においても優れた表面粗さが得られ、強度や破壊靭性(耐クラック発生・伝播性)に優れ、加工時のクラック発生や粒子脱落(プルアウト)が無い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な炭化物にて表面が被覆された酸化物粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
W、Ta、Nb、Cr、Si、V等の金属炭化物、それらの代表的な炭化物としてWC、TaC、NbC、Cr、SiC、VC等はエンジニアリングセラミックスの主成分、副成分、焼結助材などとして使用されてきた。
これらの炭化物は、最近では「ナノコンポジット」とよばれるような、セラミックスや金属マトリックス中に微細な分散材として用いられることも増えてきた。分散による組織の強化(強度や靭性)や、電気的、熱的特性の改善を狙って添加されるものである。
これらの炭化物を微細分散したセラミック類の製造方法とは、通常、セラミック類の粉末と微細な炭化物の粉末とを混合、粉砕することによって得られるものである。
ところが、通常市販されている炭化物粉末の平均粒子径は1.0μm以上のものが殆どであり、0.5μmより小さい粉末はほぼ見当たらない。この粉末をミリング等にて粒子径を小さくするのには、膨大な時間を要する。
【0003】
前記問題を解決するために、特許文献1には無機材料または金属材料の超微粒子で表面が被覆された無機材料、金属材料が提案されている。無機材料および金属材料表面に超微粒子を被覆するには、CVD法やPVD法が示されている。
しかしこの手段は被覆を均等に行うことや、粉末を流動させながら処理を行うといった、技術面でも費用面でも実施が困難な手段であった。CVD法やPVD法に用いることのできる炉は、高価である。また、それらの処理は真空中で行うバッチ式であるために、生産効率が極めて低く、量産に適さない。

【特許文献1】特開平03−075302号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、W、Ta、Nb、Cr、Si、Vなどの微細な炭化物を、酸化物粉末に被覆した粉末を得ようとするものである。得られた粉末からは、炭化物の非常に分散の良いセラミックス焼結体を得ることができる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するために、以下の方法を用いた。
平均粒子径が100nm以下の微細な炭化物粉末で被覆された酸化物粉末は、金属アルコキシドの金属に配位可能な官能基であるOH基またはCOOH基を1個以上含み、かつ、C、H、N、O以外の元素を含まない有機物を炭素源として溶媒中に溶解して液体とし、これに、炭素源と金属アルコキシドのモル比率(炭素源/金属アルコキシド)をαとすると、αが0.7≦α≦1.0となるように金属アルコキシドを混合した溶液すなわち、前駆体溶液を得て、酸化物粉末と混合した状態で、得られた前駆体溶液中の生成物を乾燥した後、非酸化雰囲気または真空雰囲気中で、800〜1800℃で熱処理することにより得ることができる。
【0006】
炭素源として、金属アルコキシドの金属に配位可能な配位子を有している有機物を使うことで、金属アルコキシドに存在する配位子と炭素源の官能基を溶液中で置換し、炭素源と金属源の分子レベルでの均一組成物が得られる。この均一組成物にて、炭化物の粒成長を抑制することが可能となり、酸化物粉末の表面に被覆した状態で、平均粒子径が100nm以下の微細な粒子を得ることができる。
【0007】
前記前駆体溶液中の炭素源と金属源の分子レベルでの均一組成物は、炭素源の偏りが無く、金属源に対し炭素源の量が不足しないため、酸化物等の炭化物以外の物質を生成することがない。
前記有機物を炭素源として溶媒中に溶解した液体中への金属アルコキシドの混合量を前記のように適正化することによって、炭化物が得られる。例えば、金属源に対し炭素源の配合比率が高い場合には、遊離炭素が生成し好ましくない。一方、金属源に対し炭素源の配合比率が低すぎる場合、炭化物以外の物質が生成され好ましくない。
【0008】
炭素源の官能基としては、配位結合を形成しやすいOH基またはCOOH基が挙げられ、炭素源の例としては、フェノールやカテコール等のフェノール類、ノボラック型フェノール樹脂、サリチル酸、フタル酸、カテコール、無水クエン酸等の有機酸、EDTA等が挙げられる。これらの有機化合物は、1種単独で使用しても良いし、2種以上を併用しても良い。しかしながら、C、H、N、O以外の元素を含む炭素源は、これらの元素を、不純物として残存することがあるので好ましくない。
【0009】
炭化温度は、平均粒子径を100nm以下に抑えるためには、800℃〜1800℃以下であることが好ましい。800℃以下では、炭化にかかる時間が長時間となり、生産性が悪く、1800℃以上では炭化物の粒成長が著しく粒径が100nmを越える。
【0010】
炭素源としては、2個以上の配位子を有しかつ環状化合物を有するである有機物を使用することが好ましい。配位子が2個以上の多座配位子である場合、金属に対しキレートを形成することで、単座配位子化合物に比べ、金属との間でより強固な配位結合が可能となり、炭素源との極めて均一な混合状態が得られる。また、環状化合物は残炭率が高く、使用する炭素源の量を抑制できるため、コスト削減に有効である。
【0011】
金属に対し極めて高い配位結合が可能な炭素源は、前駆体溶液を加熱し乾燥した段階においても配位状態が保持され、金属源との極めて均一な混合状態が得られるため、炭素源の偏りがなく、遊離炭素量の抑制に効果的である。
【0012】
また、金属アルコキシドとしては各金属に応じてペンタエトキシタングステン、ペンタイソプロポキシタングステン、テトラメトキシシラン、テトラ―i―プロポキシシラン、テトラ―n―ブトキシシラン、ペンタメトキシタンタル、ペンタ―n―ブトキシタンタル、ペンタメトキシニオブ、ペンタ―i―ブトキシニオブ、クロム(III)ベンゾイルアセトナート、バナジウムトリ―i―プロポキシドオキシド、バナジウムトリ―t―ブトキシドオキシド、クロム(III)ベンゾイルアセトナートなどが挙げられる。
【0013】
炭素源と金属源の分子レベルでの均一組成物である前駆体溶液とセラミックス粉末を混合してスラリー化し、その後、スラリーから有機溶媒を除去して、前駆体溶液乾燥物が非被覆体である酸化物セラミックス粉末の表面に被覆したコアシェル型の粉末を得る。そして、その被覆粉末を非酸化雰囲気または真空雰囲気で熱処理するものである。
この場合、炭素源と金属アルコキシドのモル比率(炭素源/チタンアルコキシド)をαとすると、αが0.75≦α≦1.1とすることにより、炭化物−酸化物複合粉末が得られる。
【0014】
この得られた、コアシェル型構造を有する粉末を、真空雰囲気または窒素雰囲気あるいはアルゴン雰囲気など非酸化雰囲気中にて、1,400〜2,000℃の温度および5〜50MPaのプレス圧にてホットプレスを行い焼結すると、粒成長が抑制された微細な炭化物分散酸化物焼結体を得ることができる。雰囲気炉でも、非酸化雰囲気では、前期焼結体と同様の焼結体を得ることができる。

【発明の効果】
【0015】
本発明は、ナノメータ単位の粒径を有する微細な金属炭化物(WC、TaC、Nb、VC、Crなど)粉末が酸化物粉末を被覆した粉末の製造手段として、気相法に比べ量産性に優れた液相法を採用したものである。
また、酸化物粉末に被覆する前の前駆体は炭素源の官能基の構造および官能基の量と金属源の配位子との置換反応を制御することによって、金属と結合しない遊離炭素量を著しく低減できる。
さらにまた、前駆体は分子レベルで金属と炭素が結合しているため炭化反応を飛躍的に低温化でき、炭化物粒子の粒成長を抑制できる結果、微細で高品質な、酸化物を被覆した複合粉末が得られる。
【0016】
たとえば、本発明の100nm以下の炭化物を粒子に被覆したAl系複合粉末では、炭化物によるAl結晶の粒成長抑制効果によりアルミナの結晶粒子が従来に比べ微細化され、Al結晶の炭化物粒子との接触点でも容易に焼結が進行してマイクロポアの発生も抑制される。
【0017】
このようなマイクロ組織を有する焼結体は、優れた鏡面加工性を有しており容易に光学的鏡面(Rtmが0.1nm以下)を得ることが可能であり、研磨速度も大きいため、生産の効率化にも寄与する。更に、この焼結体はイオン加工(反応性イオンエッチング、イオンビーム加工)においても優れた表面粗さが得られる。
【0018】
また、強度や破壊靭性(耐クラック発生・伝播性)にも優れており、加工時、使用時のクラック発生や粒子脱落(プルアウト)が無い材料である。さらに、炭化物が微細な為、2〜15重量%の炭化物含有量でも従来の焼結体と同等以上の機械的特性や電気的特性、加工特性が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を実施例に基づき説明する。
【実施例】
【0020】
(実施例1)
前駆体の原料として、炭素源となる分子量138.1のサリチル酸20gを溶媒である2−メトキシエタノール60mlに加えて撹拌し溶解して無色透明な液体を得た。
この溶液にTa含有量が約54.8gの常温で液状の分子量542のタンタルイソプロポキシド182.4gを加え、撹拌させてタンタルイソプロポキシドの一部にサリチル酸が配位置換した均一な赤褐色を呈する透明性の高い組成物(前駆体)を得た。
【0021】
続いて、平均粒子径が0.3μmのAl粉末を42(g)を加えて、更に2時間攪拌したあと、撹拌しながらオイルバス中で加熱して乾燥体を得た。この乾燥体はタンタルイソプロポキシドと炭素源であるサリチル酸のモル比率(炭素源/タンタルアルコキシド)αがα=0.9であった。
【0022】
次に、得られた乾燥体を、内径200mm、高さ80mmの黒鉛製のるつぼ内で、13.33Pa(0.1Torr)の真空雰囲気下、最高処理温度1600℃まで昇温した後、その最高処理温度で4時間保持し、その後自然冷却して熱処理し、組成物を得た。X線回折測定結果により、得られた組成物はAlとTaCのみであり、他の結晶質の不純物は含まれていなかった。
【0023】
図1に、得られたTaC粉末に被覆されたAl粉末を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した写真を示す。中央の径が大きい粒子がAl粉末であり、その周りに付着している多数の小さい粉末がTaC粉末である。0.3μm程度のAl粒子の周囲をTaCの微粒子が覆っている。この写真などによって、TaC粉末の平均粒径が100nm以下、そのほとんどは50nm以下であることが分かった。得られたTaC粉末中の遊離炭素量量は、炭素沈殿分離燃焼赤外線吸収法により調べた結果、0.05重量%であった。
【0024】
この実施例以外の炭化物粉末(WC,NbC、Cr、SiC、VC)でも、同様の試験を行ったが、総て結果はTaCの場合と同じで、良好であった。また、酸化物をAl以外のZrO、HfO、CaO,MgO、SiOまたはそれらの組成を2種以上含む酸化物を選定した場合でも同様であった。
【0025】
これらによって得られた粉末は、プレスによる成形を行い、各組成に合わせた条件で非酸化雰囲気中または還元雰囲気中で焼結を行うことができる。それにより得られる酸化物と微細な炭化物からなる焼結体は、緻密で炭化物の分散がきわめて高いものが得られる。
【0026】
また、粉末をそのままカーボンの型につめて、ホットプレス法にて焼結することも可能である。いずれの場合にも、より緻密な焼結体を得るために、焼結後、HIP(熱間静水圧プレス)を行うことも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の粉末の製造方法は、磁気ヘッドスライダー基板、レンズ成形型、半導体製造用治具、切削工具、刃物、電圧非直線抵抗体、真空チャック、半導体保持具、発熱体、ヒートシンク、摺動部材、精密金型、光学用反射鏡、高温用部材、耐摩耗用部材、摺動部材、ベアリング、ガスセンサー、圧電性素子、溶融金属容器、スライディングノズル、浸漬ノズルなどに使用できる焼結体用材料を得る手段として使用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の方法で得られた、TaC粉末に被覆されたAl粉末のTEM写真像

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属とそれに配位した有機物とからなる組成物と、酸化物粉末とを溶媒中にて混合し、
乾燥して得られた酸化物の表面に金属と有機物が被覆した粉末を、
非酸化物雰囲気中にて800〜1800℃で金属を炭化することにより得られる、
酸化物表面を平均粒子径が100nm以下の微細な炭化物が被覆した構造を持つ粉末の製造方法。
【請求項2】
炭化物が特にW、Ta、Nb、Cr、Si、Vのいずれか1種または2種以上炭化物である、請求項1に記載の酸化物表面を微細な炭化物が被覆した構造を持つ粉末の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−105937(P2008−105937A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−256954(P2007−256954)
【出願日】平成19年9月29日(2007.9.29)
【出願人】(000229173)日本タングステン株式会社 (80)
【Fターム(参考)】