説明

炭素繊維及びその製造方法

【課題】マトリックス材料と複合化して複合材料にする補強材として適した炭素繊維を提供する。
【解決手段】強度が6100MPa以上、弾性率が340GPa以上、比重が1.76以上の炭素繊維2であって、加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペースト14、16を用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)がA/B≦1.30の範囲であり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式y=aLn(X)+bにおいて傾き(a)が0≧a>−650の範囲であり、且つ、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが8〜11.5GPaの範囲である炭素繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス材料と炭素繊維を複合化して複合材料を作製する際に用いる、表面・界面特性に優れた炭素繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造方法としては、原料繊維にポリアクリロニトリル(PAN)等の前駆体繊維を使用し、耐炎化処理及び炭素化処理を経て炭素繊維を得る方法が広く知られている(例えば、特許文献1参照)。このようにして得られた炭素繊維は、高い比強度、比弾性率など良好な特性を有している。
【0003】
近年、炭素繊維を利用した複合材料[例えば、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)など]の工業的な用途は、大きく広がりつつある。特にスポーツ・レジャー分野、航空宇宙分野、自動車分野においては、(1)より高性能化(高強度化、高弾性化)、(2)より軽量化(繊維軽量化及び繊維含有量低減)、(3)複合化した際のより高い複合材料の物性の発現性向上(炭素繊維表面・界面特性の向上)に向けた要求が強まっている。
【0004】
炭素繊維と樹脂等のマトリックス材料との複合化において高性能化を追求する為には、マトリックス材料が有する特性も重要であるが、炭素繊維自体の表面特性、強度及び弾性率を向上させることが不可欠である。つまり、炭素繊維表面とマトリックス材料との接着性が高いもの同士を複合化し、マトリックス材料と炭素繊維をより均一に分散することで、複合材料のより高性能なもの(高強度、高弾性)を得ることができる。
【0005】
炭素繊維の表面特性、強度及び弾性率を向上させることについては、従来より検討されている(例えば、特許文献2〜4参照)。
【0006】
しかし、従来の炭素繊維は、上記複合材料の要求を満たすには不充分であった。
【0007】
そこで、本発明者は、上記問題を解決するため検討を重ねているうちに、樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率及び密度が所定範囲にあり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する炭素繊維が、マトリックス材料と複合化して複合材料にした場合、マトリックス材料との良好な接着性を発現することを見出し、先に出願した(特許文献5)。
【特許文献1】特開2001−131833号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特公平8−6210号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2003−73932号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献4】特開平11−152626号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2007−177368号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献4に記載の製造方法では、得られた炭素繊維において強度にばらつきがあること、例えば、ストランド強度が高くても、後述する単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)が良好でないことがあること、後述する単繊維のトランスバース方向の圧縮強度が低いことがあることが解った。
【0009】
本発明者は、上記問題について種々検討しているうちに、炭素繊維強度(Y)は、単繊維の測定長さ(X)が長くなる程、低下する関係にあることを見出した。この関係は、横軸に繊維の測定長さの対数値[Ln(X)]、縦軸に炭素繊維強度(Y)をとると、右下がりで傾き(a)の直線になり、この傾き(a)により炭素繊維強度のばらつきを評価でき、この傾き(a)を所定の範囲にすることにより単繊維測定長さについての強度のばらつきを少なくできることを見出した。同様に、単繊維のトランスバース方向の圧縮強度によって、単繊維の測定方向についての強度を評価できることを見出した。
【0010】
また、加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペーストを用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)が所定の範囲の炭素繊維は、その表面・界面特性が良好であり、高強度であることを見出した。
【0011】
更に、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが所定の範囲の炭素繊維は、高強度であり且つ高弾性率であることを見出した。
【0012】
また更に、アクリル系前駆体繊維を所定の条件で耐炎化処理、炭素化処理して原料炭素繊維を得、次いで硝酸中で電解酸化法により複数段の表面酸化処理を行う際に、1段目の表面酸化処理を所定の電気量で行うことにより上記良好な物性の炭素繊維を製造できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0013】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した炭素繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
【0015】
[1] 強度が6100MPa以上、弾性率が340GPa以上、比重が1.76以上の炭素繊維であって、
加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペーストを用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)が
A/B ≦ 1.30
の範囲であり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式
y = aLn(X) + b
において傾き(a)が
0 ≧ a > −650
の範囲であり、且つ、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが8〜11.5GPaの範囲である炭素繊維。
【0016】
[2] 紡糸口金から紡糸原液を紡出して得たアクリル系前駆体繊維を、加熱空気中200〜280℃で熱処理して耐炎化繊維を得、得られた耐炎化繊維を、不活性ガス雰囲気中、温度1600〜2000℃で炭素化処理を行った後、硝酸中の電解酸化法による表面酸化処理を複数段で行う際に、1段目の表面酸化処理を50〜270c/gの電気量で行うことを特徴とする[1]に記載の炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の炭素繊維は、横軸に繊維の測定長さの対数値[Ln(X)]、縦軸に炭素繊維強度(Y)をとって形成される直線の傾き(a)、加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペーストを用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)、並びに、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが所定の範囲にあるので、炭素繊維強度のばらつきが少なく、高強度且つ高弾性率である。
【0018】
本発明の製造方法によれば、アクリル系原料炭素繊維を、硝酸中で電解酸化法により複数段の表面酸化処理を行う際に、1段目の表面酸化処理を通常よりも多量の電気量で行っているので、上記の良好な物性の炭素繊維を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明の炭素繊維は、強度が6100MPa以上、好ましくは6150MPa以上、弾性率が340GPa以上、好ましくは340〜370GPa、比重が1.76以上、好ましくは1.76〜1.80である。本発明の炭素繊維は、加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペーストを用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)が
A/B ≦ 1.30
の範囲である。
【0021】
電気抵抗値(A)は、以下の方法により測定する。図1(A)に示すように、評価用炭素繊維ストランド2を25cm採取し、両端部側2cmの位置に加電圧用電極4、6、電圧、電流測定用の検出端8、10を取り付ける。これらの電極、検出端を電極クリップで挟んで下記測定装置と電気的に接続する。加電流I[A]を変えて、それぞれについて加電圧E[v]を測定する。12は電圧、電流測定装置である。電圧、電流測定装置12には、北斗電工(株)製 電気化学測定装置HSV100を使用する。
【0022】
この測定値から、次式
電気抵抗値(Ω・g/m2)
=(E[v]/I[A]) × 100/25 × 繊度[tex]/1000
により、電気抵抗値(A)を求める。
【0023】
次に、図1(B)に示すように、同じ評価用炭素繊維ストランド2の両端からそれぞれの電極、検出端の取付位置までストランドの表面及び両端を覆って、導電性ペースト(ドータイト)14、16を塗布し、導電性ペーストが乾燥した後、電極、検出端を電極クリップで挟み、以下同様に、電気抵抗値(B)を求める。
【0024】
電気抵抗値(A)を電気抵抗値(B)で除して電気抵抗値比(A/B)を求める。
【0025】
本発明において、定義される電気抵抗値(A)、(B)は上述の通りである。電気抵抗値(A)は、炭素繊維ストランド中の単繊維の表面を伝って流れる電流を主として測定していると考えられる。電気抵抗値(B)は、銀ペースト等の導電性ペーストでストランドの端面を覆っている炭素繊維ストランドを用いる。このため、電気抵抗値(B)の測定においては、電流は単繊維表面と単繊維内部を流れる電流を測定していると考えられる。
【0026】
炭素化工程が終了して、電解酸化処理する前の炭素繊維は、表面が不規則で欠陥のある炭素層で覆われている。この炭素層は、電気抵抗値が高く且つ欠陥があるので、この欠陥を出発点として炭素繊維の切断が起き易く、強度が弱い。
【0027】
しかし、本発明のように第1段の電解酸化処理を50c/g以上と通常よりも多量の電気量で処理すると、この欠陥のある炭素層が除去され、その結果、高強度の炭素繊維を得ることができる。
【0028】
上記電解酸化処理で除去される欠陥を有する炭素層はnmオーダー以下と考えられ、通常の顕微鏡観察では確認できない。しかし、明確に表面構造上の変化は生じており、その変化は電気抵抗値(A)、(B)、電気抵抗値比(A/B)として観察される。
【0029】
本発明においては、A/B≦1.30になるまで電解酸化処理を行うことにより、目に見えない欠陥を有する炭素繊維から、欠陥を有する炭素層を除去し、高強度の炭素繊維を得るものである。A/B>1.3の場合は欠陥の多い表面層が多く残り、低強度の炭素繊維となる。
【0030】
なお、電解酸化処理において、第1段の処理電気量及び/又はトータル電気量が過多の場合は、得られる炭素繊維の、SPM測定によるインデント表面モジュラスが小さい数値になったり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になったり、ストランド強度が低下したりするので好ましくない。
【0031】
本発明の炭素繊維は、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式
y = aLn(X) + b
において傾き(a)が
0 ≧ a > −650
の範囲であり、且つ、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが8〜11.5GPaの範囲であり、好ましくは繊維軸方向に配向する襞を表面に有する。
【0032】
傾き(a)の絶対値が小さいことは、単位長さ中の欠陥数が少ないことを示す。
【0033】
走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが8より小さい炭素繊維は、電解酸化処理が過度である場合、処理温度が低く所定の弾性率が取れない場合などに得られる炭素繊維であり、複合材料用の炭素繊維として好ましくない。他方、インデント表面モジュラスが11.5GPaを超える炭素繊維は、電解酸化処理が不足している場合などに得られる炭素繊維であり、複合材料用の炭素繊維として好ましくない。
【0034】
以上の構成にすることにより、本発明の炭素繊維は、上述したように、マトリックス材料と複合化して複合材料にした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する。しかも、この炭素繊維は、毛羽や糸切れの少ない繊維である。
【0035】
本発明の炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0036】
<前駆体繊維>
本例の炭素繊維の製造方法に用いる前駆体繊維は、紡糸口金から紡糸原液を紡出して得たアクリル系前駆体繊維を使用する。具体的にはアクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有し、その他の単量体を10質量%以下含有する単量体を単独又は共重合した紡糸溶液を紡糸して製造する、アクリル系前駆体繊維が好ましい。その他の単量体としてはイタコン酸、(メタ)アクリル酸エステル等が例示される。
【0037】
紡糸方法としては湿式又は乾湿式紡糸方法いずれの方法も用いることができるが、最終的に得られた炭素繊維が表面に襞を形成し、樹脂との接着性が期待できるので、湿式紡糸方法がより好ましい。なお、紡糸溶剤としては、塩化亜鉛等の無機塩水溶液、DMF等の有機溶媒等を用いる事ができ、特に限定するものでは無い。繊維表面襞の形状の制御は、紡糸条件(紡糸液の粘度、紡糸速度等)を変えることにより調節できる。
【0038】
紡糸後の原料繊維を、水洗、乾燥、延伸、オイリング処理することにより、前駆体繊維が得られる。
【0039】
<耐炎化処理>
得られた前駆体繊維は、引き続き加熱空気中200〜280℃で耐炎化処理される。この時の処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.30の範囲で処理されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理は、繊維密度1.3〜1.5g/cm3の耐炎化繊維とするものであり、耐炎化時の張力(延伸配分)は特に限定されるものでは無い。
【0040】
<第一炭素化処理>
上記耐炎化繊維は、従来の公知の方法を採用して炭素化することができる。例えば、窒素雰囲気下300〜800℃で第一炭素化炉で徐々に温度を高めると共に、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の第一炭素化をする。
【0041】
<第二炭素化処理>
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下800〜1500℃で第二炭素化炉で徐々に温度を高めると共に、第一炭素化繊維の張力を制御して焼成する。
【0042】
<第三炭素化処理>
第三炭素化工程においても、窒素等の不活性ガス雰囲気下で徐々に温度を高めると共に、第二炭素化繊維の張力を制御して焼成する。
【0043】
焼成温度については、最高温度領域で、好ましくは1600℃から2000℃、より好ましくは1800℃から2000℃に保つことがよい。
【0044】
なお、各炭素化炉において、炉の入り口付近からに急激な温度変化、例えば最高温度に急激に繊維を導入することは、表面欠陥、内部欠陥を多く発生させるため好ましくない。また、炉内の高温部で必要以上に滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られることになるので好ましくない。
【0045】
<表面酸化処理>
上記第三炭素化処理繊維は、前述したように目に見えない欠陥を有する炭素繊維から欠陥を有する炭素層を除去するために、引き続いて硝酸中の電解酸化法による表面酸化処理を複数段、好ましくは2〜5段で行う。複数段のうち、1段目の表面酸化処理を50〜270c/g、好ましくは50〜120c/gの電気量で行う。複数段全体を通しての電気量、即ちトータル電気量は、130〜320c/gとすることが好ましい。
【0046】
各段の表面酸化処理は、陽極と陰極とを互いに逆方向に配列した2槽を1セットとした電解処理装置が用いられる。硝酸の濃度は、0.1〜2.0Nの範囲が好ましく、0.5〜1.5Nの範囲がより好ましい。
【0047】
表面酸化処理において、1段目の処理電気量及び/又はトータル電気量が過少の場合は、得られる炭素繊維の、電気抵抗値比(A/B)が大きい数値になり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、及び/又は、ストランド強度が低下するので好ましくない。
【0048】
他方、表面酸化処理において、1段目の処理電気量及び/又はトータル電気量が過多の場合は、得られる炭素繊維の、SPM測定によるインデント表面モジュラスが小さい数値になり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、及び/又は、ストランド強度が低下するので好ましくない。
【0049】
<サイジング処理>
上記第三炭素化処理繊維は、引き続いてサイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。付着量は0.3〜2.6質量%が好ましい。サイジング剤としては、一般にエポキシ樹脂、ウレタン樹脂が例示されるが、特に限定されるものではない。
【0050】
このようにして得られた炭素繊維は、繊維軸方向に配向する襞を表面に有するので、マトリックス材料と複合化して複合材料にした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する。しかも、この炭素繊維は、樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率、及び密度が高いことに加えて、毛羽や糸切れの少ない繊維である。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における処理条件及び炭素繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0052】
<比重>
アルキメデス法により測定した。試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0053】
<ストランド強度、ストランド弾性率>
評価用炭素繊維ストランドについて、JIS R 7601に規定された方法により強度、弾性率を測定した。
【0054】
<SPMによるインデント表面モジュラス>
SPMによるインデント表面モジュラスは、以下の方法で測定した。
【0055】
評価用炭素繊維ストランドを数mmにカットした。これをエタノール中に分散させ、マイカ板上に滴下した。風乾して炭素繊維をマイカ板上に固定し、走査型プローブ顕微鏡 Nano ScopeIIIa(DI社製 SPM)にて表面インデントを測定した。得られたデータを付属のソフトを用いてモジュラスを算出した。
【0056】
使用したプローブは#9を用いた。
【0057】
<単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)>
評価用炭素繊維ストランドから単繊維を取り出し、JIS7606に従い強度測定を実施した。単繊維の測定長さ(X)を3、5、10、50mmとして強度測定を行い、n=20の平均値を単繊維強度(Y)とした。横軸に繊維の測定長さの対数値[Ln(X)]、縦軸に炭素繊維強度(Y)をとって得られた直線について傾き(a)を求めた。
【0058】
<単繊維のトランスバース方向の圧縮強度>
評価用炭素繊維ストランドから単繊維を取り出し、この単繊維をスライドグラス上に固定したサンプルを作製した。このサンプルについて、島津製作所製微小圧縮試験機「MCTM−200」を用いて、平面50μm圧子を使用し、負荷速度0.071mN/sec(7.25mgf/sec)にて圧縮強度の測定を行い、n=5の平均値を単繊維のトランスバース方向の圧縮強度とした。
【0059】
単繊維のトランスバース方向の圧縮強度とは、単繊維の繊維軸方向に直角方向の圧縮強度を意味するものである。この圧縮強度は、評価用炭素繊維を用いて複合材料を作製した場合、複合材料の衝撃後圧縮強度(CAI)や圧縮特性に反映される。
【0060】
実施例1
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を湿式紡糸し、水洗・乾燥・延伸・オイリングして繊維直径9.1μmのアクリル系前駆体繊維を得た。この前駆体繊維を、熱風循環式耐炎化炉の最高温度域を250℃に設定した加熱空気中で耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。
【0061】
この耐炎化繊維を、第一炭素化炉の不活性雰囲気中300〜800℃の温度域を通過させて第一炭素化処理を施した。
【0062】
この第一炭素化処理繊維を、第二炭素化炉の不活性雰囲気中800〜1500℃の温度域を通過させて第二炭素化処理を施した。
【0063】
さらに、この第二炭素化処理繊維を、第三炭素化炉の不活性雰囲気中、最高温度1850℃の温度域を通過させて第三炭素化処理を施した。
【0064】
次いで、この第三炭素化処理繊維を、30℃、濃度1.0Nの硝酸水溶液を電解液(処理剤)として用いたトータル処理段数が2段の表面酸化処理において、1段目の処理電気量70c/g、トータル処理電気量150c/gで、表面酸化処理を施した。
【0065】
引き続き公知の方法で、サイジング剤を施し、乾燥して表1に示すストランド強度、ストランド弾性率、比重、電気抵抗値(A)、(B)、電気抵抗値比(A/B)、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の炭素繊維を得た。その結果、複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。
【0066】
実施例2〜5及び比較例1〜4
実施例1で得られた第三炭素化処理繊維を表1に示す条件で処理した以外は、実施例1と同様に、表面酸化処理、サイジング処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維を得た。
【0067】
以上の結果、実施例2〜5で得られた炭素繊維は表1に示すように、実施例1と同様に複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。また、実施例2で得られた炭素繊維は、単繊維のトランスバース方向の圧縮強度が1280MPaと高く、この圧縮強度からも複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られたことが解る。
【0068】
他方、比較例1〜3におけるトータル処理段数、トータル処理電気量は、それぞれ実施例1、3、5と同じであるが、1段目の処理電気量は30c/g又は40c/gと少ないものであった。その結果、得られた炭素繊維は何れも、電気抵抗値比(A/B)が大きい数値、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、ストランド強度が低下し、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0069】
また、比較例4では電解液(処理剤)として硫酸アンモニウムの水溶液を用いた。その結果、得られた炭素繊維は、SPM測定によるインデント表面モジュラスが大きい数値、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、強度が低下し、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0070】
比較例5〜10
実施例1で得られた第二炭素化処理繊維を表1に示す条件で処理した以外は、実施例1と同様に、第三炭素化処理、表面酸化処理、サイジング処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維を得た。
【0071】
比較例5では第三炭素化処理温度が低いものであった。その結果、得られた炭素繊維は、SPM測定によるインデント表面モジュラスが小さい数値になり、弾性率が低下し、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0072】
比較例6〜7では第三炭素化処理温度が高いと共に、トータル処理段数、トータル処理電気量は実施例1〜5と同程度であるが、1段目の処理電気量は20c/gであった。その結果、得られた炭素繊維は何れも、ストランド強度は高いものであったが、電気抵抗値比(A/B)が大きい数値であった。また、比較例6で得られた炭素繊維は、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。比較例7で得られた炭素繊維は、単繊維のトランスバース方向の圧縮強度が1100MPaと低く、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0073】
比較例8では第三炭素化処理温度が高いと共に、トータル処理段数、トータル処理電気量は実施例1〜5と同程度であるが、1段目の処理電気量は280c/gであった。その結果、得られた炭素繊維は、ストランド強度は高いものであったが、SPM測定によるインデント表面モジュラスが小さい数値になり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0074】
比較例9では、第三炭素化処理温度、トータル処理段数、1段目の処理電気量は比較例6〜7と同程度であるが、トータル処理電気量は100c/gであった。その結果、得られた炭素繊維は、電気抵抗値比(A/B)が大きい数値、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、ストランド強度が低下し、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0075】
比較例10では、第三炭素化処理温度、トータル処理段数、1段目の処理電気量は比較例8と同程度であるが、トータル処理電気量は350c/gであった。その結果、得られた炭素繊維は、ストランド強度が低下し、SPM測定によるインデント表面モジュラスが小さい数値になり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式における傾き(a)の絶対値が大きい数値になり、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0076】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】炭素繊維ストランドの電気抵抗値測定装置の一例を示す概念図であり、(A)は導電性ペーストを用いないで電気抵抗値(A)を測定する場合の概念図であり、(B)は導電性ペーストを用いて電気抵抗値(B)を測定する場合の概念図である。
【符号の説明】
【0078】
2 評価用炭素繊維ストランド
4、6 加電圧用電極
8、10 電圧、電流測定用の検出端
12 電圧、電流測定装置
14、16 導電性ペースト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
強度が6100MPa以上、弾性率が340GPa以上、比重が1.76以上の炭素繊維であって、
加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(A)と、導電性ペーストを用いて加電流−加電圧測定より求めた傾きより得られる電気抵抗値(B)との比(A/B)が
A/B ≦ 1.30
の範囲であり、単繊維の測定長さ(X)と強度(Y)とで得られる関係式
y = aLn(X) + b
において傾き(a)が
0 ≧ a > −650
の範囲であり、且つ、走査型プローブ顕微鏡(SPM)測定によるインデント表面モジュラスが8〜11.5GPaの範囲である炭素繊維。
【請求項2】
紡糸口金から紡糸原液を紡出して得たアクリル系前駆体繊維を、加熱空気中200〜280℃で熱処理して耐炎化繊維を得、得られた耐炎化繊維を、不活性ガス雰囲気中、温度1600〜2000℃で炭素化処理を行った後、硝酸中の電解酸化法による表面酸化処理を複数段で行う際に、1段目の表面酸化処理を50〜270c/gの電気量で行うことを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−13772(P2010−13772A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−175819(P2008−175819)
【出願日】平成20年7月4日(2008.7.4)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】