説明

炭素繊維束の製造方法

【課題】従来の炭素繊維束の牽切よりも容易に牽切することができ、短繊維炭素繊維束の製造コストを低減することが可能な炭素繊維束の製造方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、前記耐炎化工程後、前記前炭素化工程前に、前記耐炎化繊維束に対し耐炎化繊維束の長さ方向に一定間隔で分解促進物質を付与する炭素繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維配向が制御された繊維強化樹脂の代表的な中間体として、強化用連続繊維束を一方向に引揃えたシート状物に、常温で流動性を示さないマトリックス樹脂を含浸した一方向プリプレグがある。この一方向プリプレグは成形品に要求される性能に従って積層して用いられるが、従来のプリプレグには次のような課題がある。
(1)マトリックス樹脂が常温で流動性を示さないため、完全に層間が密着した積層体を形成することができない。
(2)シート状物が連続繊維束を引揃えたシート状物であるため、前記(1)を回避するために常温で流動性を有する樹脂を含浸させると、バッキングシートの除去又は僅かな外力の存在により連続繊維束が集束してプリプレグにスプリットが生じる。
(3)連続繊維束が一方向に引揃えられているため、長手方向には伸縮せず曲面積層が不可能である。
(4)連続繊維束が集束しやすいため、常温で流動性を示さないマトリックス樹脂を用いても厚さ斑が生じ易い。
【0003】
一方、FRP用補強材料に用いられる繊維には、長繊維と短繊維とがある。長繊維はその性質を最大限に利用するために一方向に引き揃えられた(配向された)トウ状物又はシート状物として使用される。短繊維は配向の制御が困難であることからランダム配向として、繊維の物性利用率を犠牲にした上で主として賦型性に利点が認められて用いられている。また、前記長繊維と短繊維の長所を両方具備した補強材料として、長繊維トウを牽切し、短繊維が一方向に配向したスライバーが提案されている。
【0004】
特許文献1には一方向に配向した強化用短繊維からなるシート状物に、常温で流動性を有する樹脂が含浸されたプリプレグが提案されている。この中で短繊維は、強化用連続繊維束を2対のロール間でドラフトをかけて牽切する、又は強化用連続繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させプレプリグを作製した後、樹脂を凍結させ、樹脂が凍結した状態で多数の刃で切断して作製されている。
【0005】
また、特許文献2にはピッチ系炭素繊維ロービングに、バックローラとフロントローラとの間に設置されたダメージデバイスでダメージを与え、バックローラとフロントローラとの間でドラフトし牽切後、加撚して紡績糸とする、ピッチ系炭素繊維の紡績方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平07−118412号公報
【特許文献2】特開平08−92824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2に記載された方法では、炭素繊維束を牽切する工程が煩雑であり加工費がかかる。そこで、本発明では従来の炭素繊維束の牽切よりも容易に牽切することができ、短繊維炭素繊維束の製造コストを低減することが可能な炭素繊維束の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、前記耐炎化工程後、前記前炭素化工程前に、前記耐炎化繊維束に対し耐炎化繊維束の長さ方向に一定間隔で分解促進物質を付与する方法である。
【0009】
また、本発明に係る炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、前記炭素化繊維束に電解液中で電圧を付与し電解酸化処理を施す表面処理工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、前記表面処理工程において前記炭素化繊維束に対し炭素化繊維束の長さ方向に一定間隔で、前記電解酸化処理の際に付与する電圧より高い電圧を付与する方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、予め炭素繊維束に一定間隔で欠陥又は傷が付与されているため、従来の炭素繊維束の牽切よりも容易に牽切することができ、短繊維炭素繊維束の製造において製造コストを低くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明における炭素化繊維束の電解酸化処理の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、前記耐炎化工程後、前記前炭素化工程前に、前記耐炎化繊維束に対し耐炎化繊維束の長さ方向に一定間隔で分解促進物質を付与する方法である。
【0013】
前記方法において、耐炎化繊維束に分解促進物質が付与されると、その後の前炭素化工程において繊維束の分解促進物質が付与された部分に欠陥が生じる。分解促進物質は耐炎化繊維束の長さ方向に対し一定間隔で付与されるため、製造される炭素繊維束には一定間隔で欠陥が存在し、該炭素繊維束を牽切した際に容易に牽切でき、簡便に短繊維炭素繊維を製造することができる。
【0014】
また、本発明に係る炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、前記炭素化繊維束に電解液中で電圧を付与し電解酸化処理を施す表面処理工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、前記表面処理工程において前記炭素化繊維束に対し炭素化繊維束の長さ方向に一定間隔で、前記電解酸化処理の際に付与する電圧より高い電圧を付与する方法である。
【0015】
前記方法では、炭素化繊維束への表面処理工程において、炭素化繊維束が電解液中を通過する際に一定間隔で電圧を上昇させることで、一定間隔で炭素化繊維束にダメージを与えることができる。これにより、該炭素繊維束を牽切した際に容易に牽切でき、簡便に短繊維炭素繊維を製造することができる。
【0016】
(ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束)
本発明に係るポリアクリロニトリル系(PAN系)前駆体繊維束は、ポリアクリロニトリルの単独重合体又は共重合体を含む紡糸原液を紡糸することで製造することができる。PAN系前駆体繊維束の繊維径としては特に制限されないが、4〜10μmのものを用いることができる。また、繊維束を構成する繊維数についても特に制限されないが、1000〜175000本とすることができる。また、単繊維繊度も特に制限されないが、0.6〜3.0dtexとすることができる。
【0017】
(耐炎化工程)
耐炎化工程では、PAN系前駆体繊維束を200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱して耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得る。酸化性雰囲気としては、空気、酸素、二酸化窒素等公知の酸化性雰囲気を採用できるが、経済性の面から空気が好ましい。耐炎化処理の時間は、炭素繊維の生産性及び性能を高める観点から30〜120分が好ましい。耐炎化処理の時間を30分以上とすることで耐炎化反応が十分となり、斑を生じにくくなり、また後に行われる炭素化工程で毛羽、束切れを生じにくくなり、結果的に生産性が向上する。一方、耐炎化処理の時間を120分以下とすることで、耐炎化装置を大型化したり耐炎化処理速度を下げたりする必要がなくなり、生産性が向上する。
【0018】
(分解促進物質付与工程)
本発明に係る方法では、前記耐炎化工程終了後、前炭素化工程前に、前記耐炎化繊維束に対し分解促進物質を一定間隔で付与する。
【0019】
分解促進物質とは前記耐炎化繊維束と反応し、前炭素化工程及び炭素化工程を施した後に容易に牽切可能となる物質を示す。本発明において分解促進物質は、硫酸カリウム、塩化カリウム、カーボンブラック及び二酸化珪素からなる群から選択される少なくとも1種であることが、得られる炭素繊維をより容易に牽切できる観点から好ましい。
【0020】
分解促進物質として硫酸カリウム、塩化カリウムを付与した場合には、後述する前炭素化工程において耐炎化繊維が温度300℃以上、1000℃未満の不活性雰囲気中で前炭素化処理される際に、硫酸カリウム、塩化カリウムが溶融する。これにより、一部炭素化された耐炎化繊維中の炭素と反応することで欠陥点を形成する。また、分解促進物質としてカーボンブラック、二酸化珪素を用いた場合には、不活性雰囲気中で前炭素化処理される際、熱エネルギーによって耐炎化された繊維束の環化反応が起こるが、カーボンブラック、二酸化珪素によって該環化反応が阻害されるため欠陥点を形成すると推測される。
【0021】
耐炎化繊維束に対し分解促進物質を付与する方法としては特に限定されないが、例えば、分解促進物質を耐炎化繊維束に直接付与(接触付与)する方法が挙げられる。また、無機塩を用いる場合には無機塩の水溶液を付与する方法、カーボンブラック、二酸化珪素を用いる場合にはこれらを水に懸濁させて付与する方法等が挙げられる。
【0022】
耐炎化繊維束に対する分解促進物質の付与量は10〜100質量%が好ましい。10質量%未満の場合は耐炎化繊維束との反応性が低い場合がある。一方、100質量%を超える場合には耐炎化繊維束と著しく反応するため耐炎化繊維束が完全に切断され、工程通過性が低下する場合がある。耐炎化繊維束に分解促進物質を付与する際の耐炎化繊維束長さ方向の間隔としては、25〜500mmの間隔で付与することが好ましい。
【0023】
なお、耐炎化工程前、或いは炭素化工程以降に分解促進物質を付与しても炭素繊維への牽切効果はなく、目的の短繊維炭素繊維を製造することはできない。また、短繊維炭素繊維を製造するために、耐炎化工程中に耐炎化繊維束に傷を付け欠陥点を生じさせる等の加工を行うことは、耐炎化繊維束にダメージを大きく与えるため安全上問題となる場合があり、工程を停止することになる場合もあるため好ましくない。
【0024】
(前炭素化工程)
前炭素化工程では、前記耐炎化繊維束を第1の炭素化炉に投入して前炭素化処理し、前炭素化繊維束を得る。第1の炭素化炉内には温度が300℃以上、1000℃未満の不活性雰囲気が循環しており、耐炎化処理されたPAN系前駆体繊維束は、前記不活性雰囲気中を走行する間に前炭素化処理される。なお、第1の炭素化炉内を循環する不活性雰囲気の流れは、走行する被処理繊維に対して平行方向でも垂直方向でもよく、特に限定されない。不活性雰囲気としては、窒素、アルゴン、ヘリウム等公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が好ましい。前炭素化工程における前炭素化処理時間としては、0.5〜3分であることが好ましい。
【0025】
(炭素化工程)
炭素化工程では、前記前炭素化繊維束を第2の炭素化炉に投入して炭素化処理し、炭素化繊維束を得る。第2の炭素化炉内には最高温度が1000℃以上、3000℃以下の不活性雰囲気が循環しており、前炭素化繊維束は該不活性雰囲気中を走行する間に炭素化処理される。なお、第2の炭素化炉内を循環する不活性雰囲気の流れは、走行する被処理繊維に対して平行方向でも垂直方向でもよく、特に限定されない。不活性雰囲気としては、先に例示した公知の不活性雰囲気の中から選択して用いることができるが、経済性の面から窒素が好ましい。炭素化工程における炭素化処理時間としては、0.5〜3分であることが好ましい。
【0026】
(表面処理工程)
分解促進物質付与工程が行われ、前炭素化工程、炭素化工程が行われた前記炭素化繊維束は、後述するサイジング剤付与工程の前に表面処理が行われても良い。例えば、該炭素化繊維束に対し電解液中で電解酸化処理を施したり、気相又は液相での酸化処理を施したりすることによって、複合材料における炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性や接着性を向上させることが好ましい。この中でも表面処理として電解液中で電解酸化処理を行うことがより好ましい。
【0027】
ここで、図1を用いて炭素化繊維束の電解酸化処理の一例について説明する。図1に示す電解酸化装置1は、炭素化繊維束21の走行方向に沿って、電解液が充填された3つの電解槽22a、22b、22cが直列に設置されている。この3つの電解槽のうち、中央の電解槽22bは中に陰極23が配されており、陰極槽となっている。また、電解槽22bの上流側及び下流側の電解槽22a、22cは中に陽極24、25がそれぞれ配されており、陽極槽となっている。陽極24、25と陰極23とは直流電源26に接続されている。さらに、電解槽22aの上流側、電解槽22cの下流側には、それぞれ炭素化繊維束21、電解酸化処理された炭素繊維束28を搬送する搬送ロール27が設置されている。
【0028】
炭素化繊維束21は、搬送ロール27により上流側の電解槽から順に、すなわち電解槽22a、22b、22cの順に導かれて、各電解槽において電解液の液面に接触しながら走行する。炭素化繊維束21は、陽極槽である電解槽22aにおいて電解液の液面に接触しながら通過するときに、電解液を介して間接的に電気が付与される。そして、陰極槽である電解槽22bに導かれて電解液の液面に接触しながら走行する。電解槽22bを走行の際、炭素化繊維束21は陽極として作用し、炭素化繊維束21自身には電解酸化処理が施される。すなわち、電解槽22bにおいて電解酸化処理が行われる。その後、陽極槽である電解槽22cを通過し、電解酸化処理された炭素繊維束28が得られる。
【0029】
前記電解液の種類は特に限定されず、公知の電解液を用いることができる。炭素化繊維束21に付与される電圧としては、1V以上、24V未満であることが好ましい。また、炭素化繊維束21に通電される電気量としては、1C/g以上、50C/g未満であることが好ましい。
【0030】
また、本発明に係る別の方法としては、前記分解促進物質付与工程を行う代わりに、前記電解液中で電解酸化処理を行う表面処理工程において、炭素化繊維束の長さ方向に対し一定間隔で、前記電解酸化処理の際に付与する電圧より高い電圧を付与する。一定間隔に電解酸化処理の際に付与する電圧より高い電圧(以下、高電圧と示す場合有)を付与することにより一定間隔で炭素化繊維束に対してダメージを与え、容易に短繊維炭素繊維を製造することが可能になる。一定間隔で付与する高電圧は、24V以上、40V以下であることが好ましい。該高電圧がこの範囲であると、炭素化繊維束にダメージを与えるための処理時間を適正に設定することが可能となる。また、該高電圧付与時に炭素化繊維束に通電する電気量としては、50〜100C/gであることが好ましい。前記高電圧を付与する際の炭素化繊維束長さ方向の間隔としては、25〜500mmの間隔で付与することが好ましい。なお、前述した分解促進物質付与工程の行われた炭素化繊維束に対し、表面処理工程において更に前記一定間隔で高電圧を付与する処理を行ってもよい。
【0031】
(サイジング剤付与工程)
サイジング剤付与工程では、サイジング剤付与処理と乾燥処理とを行う。サイジング剤付与処理の方法は特に限定されず、炭素化繊維束に所望のサイジング剤を付与することができればよい。付与する方法としては、例えばローラーサイジング法、ローラー浸漬法、スプレー法等を挙げることができる。
【0032】
サイジング剤付与処理において炭素化繊維束に付与するサイジング処理液中のサイジング剤の割合は特に限定されないが、0.2〜20質量%が好ましく、3〜10質量%がより好ましい。サイジング処理液中のサイジング剤の割合を0.2質量%以上とすることで、炭素繊維に所望する機能を充分に付与することができる。また、サイジング処理液中のサイジング剤の割合を20質量%以下とすることで、サイジング剤の付着量が適切なものとなり、複合材料として利用する際にマトリックス樹脂の含浸性を良好にすることができる。
【0033】
サイジング処理液に用いる溶媒又は分散媒は特に限定されないが、取り扱い性及び安全性の面から水を用いることが好ましい。サイジング処理液に含まれるサイジング剤としては、特に限定されないが、例えば、エポキシ樹脂、エポキシ変性ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ビスマレイミド樹脂、ウレタン変性エポキシ樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂等が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0034】
炭素繊維束に対するサイジング剤の付着量は、0.3〜5質量%が好ましく、0.4〜3質量%がより好ましい。サイジング剤の付着量を0.3質量%以上とすることにより、炭素繊維に所望する機能を十分に付与することができる。また、サイジング剤の付着量を5質量%以下とすることにより、複合材料として利用する際にマトリックス樹脂の含浸性を良好にすることができる。
【0035】
サイジング剤付与処理後の乾燥処理では、サイジング処理液の溶媒又は分散媒を乾燥除去する。乾燥処理の方法は特に限定されず、例えば、蒸気を熱源とするホットロールに接触させて乾燥させる方法や、熱風が循環している装置内で乾燥させる方法が挙げられる。乾燥条件は、120〜300℃の温度で、10秒〜10分間の範囲が好ましく、より好ましくは150〜250℃の温度で、30秒〜4分間の範囲である。乾燥温度を120℃以上とすることで、溶媒を十分に除去することができる。また、乾燥温度を300℃以下とすることで、サイジング剤付与処理された炭素繊維束の品質を維持することができる。
【0036】
以上の工程により炭素繊維束を製造することができる。該炭素繊維束は容易に牽切することができ、簡便に短繊維炭素繊維を製造することができる。なお、本発明において、長繊維とは、長さが500mm以上の繊維のことであり、短繊維とは長さが500mm未満の繊維のことである。本発明に係る方法において、牽切後の炭素繊維束の繊維長は通常25〜500mm程度である。該繊維長は、補強材料の使用目的により適宜選定される。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお炭素繊維のストランド強度及びストランド弾性率の測定は、JIS R−7601に準拠して炭素繊維にエポキシ樹脂を含浸させたエポキシ樹脂含浸ストランドの引張物性を測定することで行った。また、巻き取り時の張力は、ボビンに巻かれる直前の炭素繊維束にかかる張力をテンションメータで測定し、最大値と最小値から求めた平均値とした。
【0038】
(実施例1)
単繊維繊度1.2dtex、フィラメント数15000本のPAN系前駆体繊維束を耐炎化処理温度220〜270℃で56分、伸長率−6%で連続的に耐炎化処理を行い、密度1.35g/cm3の耐炎化繊維束を得た。
【0039】
前記耐炎化工程終了後、前炭素化工程に至るまでに耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸カリウムを10秒毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した。この時の耐炎化繊維束の処理速度は3.0m/minであり、耐炎化繊維束の長さ方向に500mm間隔で硫酸カリウムが付与された。なお、硫酸カリウムの耐炎化繊維束への付与は一定間隔で硫酸カリウムに耐炎化繊維束を接触付与させることで行った。
【0040】
続いて、300〜700℃の温度分布を有する窒素雰囲気からなる炭素化炉中にて、該耐炎化繊維束に対し伸長率+3%、炭素繊維束1束当たり1.0kgの張力を付与し、1.4分間前炭素化処理を行った。これにより前炭素化繊維束を作製した。
【0041】
さらに、最高温度1250℃、窒素雰囲気の炭素化炉中にて、前炭素化繊維束に対し伸長率−3.8%、炭素繊維束1束当たり1.5kgの張力を付与し、1.4分間炭素化処理を施した。これにより炭素化繊維束を作製した。
【0042】
引き続き、図1に示す電解酸化装置を用いて8質量%硝酸水溶液中に前記炭素化繊維束を通過させ、該炭素化繊維束に8.4Vの電圧を付与し18C/gの電気量で通電して表面処理を施した。
【0043】
さらに、サイジング剤を付与し、巻取機(製品名:KTW型、神津製作所製)で巻き取り、炭素繊維束を5000m得た。巻取時の張力は、巻始めは0.5kgであり、巻終りは0.4kgであった。
【0044】
得られた炭素繊維束のうち、硫酸カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は4900MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、2対のロール間でドラフトをかける、あるいは切断刃物等を用いなくとも該炭素繊維束を容易に牽切することができ、平均繊維長500mmの炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができた。
【0045】
(実施例2)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの塩化カリウムを10秒毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、塩化カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は4900MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、2対のロール間でドラフトをかける、あるいは切断刃物等を用いなくとも該炭素繊維束を容易に牽切することができ、平均繊維長500mmの炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができた。
【0046】
(実施例3)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径0.022nm以下のカーボンブラック(商品名:MA−100、三菱化学製)を耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、カーボンブラックを付与しなかった部分のストランド強度は4900MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、2対のロール間でドラフトをかける、あるいは切断刃物等を用いなくとも該炭素繊維束を容易に牽切することができ、平均繊維長500mmの炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができた。
【0047】
(実施例4)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの二酸化珪素を耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、二酸化珪素を付与しなかった部分のストランド強度は4900MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、2対のロール間でドラフトをかける、あるいは切断刃物等を用いなくとも該炭素繊維束を容易に牽切することができ、平均繊維長500mmの炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができた。
【0048】
(実施例5)
耐炎化繊維束への硫酸カリウムの付与を行わなかったこと以外は実施例1と同様に炭素化繊維束を作製した。図1に示す電解酸化装置を用いて8質量%硝酸水溶液中に該炭素化繊維束を通過させ、該炭素化繊維束に8.4Vの電圧を付与し、18C/gの電気量で通電して表面処理を施した。この表面処理工程において、10秒毎に電気量を86C/g、電圧を40Vまで上げた。この時の炭素化繊維束の表面処理速度は3.0m/minであり、炭素化繊維束の長さ方向に500mm間隔で、前記高電圧が付与された。その後、実施例1と同様にサイジング剤付与工程を経て巻取機で巻き取り、炭素繊維束を5000m得た。得られた炭素繊維束のうち、電圧を40Vに上げなかった部分の炭素繊維束のストランド強度は5000MPa、ストランド弾性率は242GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、2対のロール間でドラフトをかける、あるいは切断刃物等を用いなくとも該炭素繊維束を容易に牽切することができ、平均繊維長500mmの炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができた。
【0049】
(比較例1)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸カルシウムを10秒後毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、硫酸カルシウムを付与しなかった部分のストランド強度は5000MPa、ストランド弾性率は243GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0050】
(比較例2)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸アンモニウムを10秒後毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、硫酸アンモニウムを付与しなかった部分のストランド強度は5000MPa、ストランド弾性率は245GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0051】
(比較例3)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸アルミニウムを10秒後毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、硫酸アルミニウムを付与しなかった部分のストランド強度は5050MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0052】
(比較例4)
耐炎化工程後、前炭素化工程前に耐炎化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸鉄を10秒後毎に耐炎化繊維束1g当たり0.2g付与した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、硫酸鉄を付与しなかった部分のストランド強度は5020MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0053】
(比較例5)
単繊維繊度1.2dtex、フィラメント数15000本のPAN系前駆体繊維束に、粒子径100〜500nmの硫酸カリウムを10秒毎にPAN系前駆体繊維束1gに対し0.2g付与した。この時のPAN系前駆体繊維束の処理速度は3.0m/minであり、PAN系前駆体繊維束の長さ方向に500mm間隔で硫酸カリウムが付与された。硫酸カリウムの付与方法は実施例と同様である。その後、実施例1と同様に耐炎化工程、前炭素化工程、炭素化工程、表面処理工程、サイジング剤付与工程を行い、炭素繊維束を5000m得た。得られた炭素繊維束のうち、硫酸カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は5100MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0054】
(比較例6)
粒子径100〜500nmの塩化カリウムを10秒毎にPAN系前駆体繊維束1gに対し0.2g付与した以外は比較例5と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、塩化カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は5300MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0055】
(比較例7)
粒子径100〜500nmの二酸化珪素を10秒毎にPAN系前駆体繊維束1gに対し0.2g付与した以外は比較例5と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、二酸化珪素を付与しなかった部分のストランド強度は5000MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0056】
(比較例8)
耐炎化繊維束への硫酸カリウムの付与を行わなかったこと以外は実施例1と同様に炭素化繊維束を作製した。該炭素化繊維束に対して粒子径100〜500nmの硫酸カリウムを10秒毎に炭素化繊維束1gに対し0.2g付与した。この時の炭素化繊維束の処理速度は3.0m/minであり、炭素化繊維束の長さ方向に500mm間隔で硫酸カリウムが付与された。なお、硫酸カリウムの炭素化繊維束への付与は実施例1と同様に行った。その後、実施例1と同様に表面処理工程、サイジング剤付与工程を行い、炭素繊維束を5000m得た。得られた炭素繊維束のうち、硫酸カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は5190MPa、ストランド弾性率は240GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0057】
(比較例9)
粒子径100〜500nmの塩化カリウムを10秒毎に炭素化繊維束1gに対し0.2g付与した以外は比較例8と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、塩化カリウムを付与しなかった部分のストランド強度は5000MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0058】
(比較例10)
粒子径100〜500nmの二酸化珪素を10秒毎に炭素繊維束1gに対し0.2g付与した以外は比較例8と同様にして炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束のうち、二酸化珪素を付与しなかった部分のストランド強度は4900MPa、ストランド弾性率は241GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0059】
(比較例11)
耐炎化繊維束への硫酸カリウムの付与を行わなかったこと以外は実施例1と同様に耐炎化工程、前炭素化工程、炭素化工程、表面処理工程、サイジング剤付与工程を行い、炭素繊維束を5000m得た。得られた炭素繊維束のストランド強度は5200MPa、ストランド弾性率は242GPaであった。該炭素繊維束を一方向に引揃えたシート状物に樹脂を含浸させるプリプレグを作製する工程で用いたところ、該炭素繊維束を牽切できず、短繊維炭素繊維束を含むプリプレグを製造することができなかった。
【0060】
実施例1〜4及び比較例1〜11の結果を表1に、実施例5及び比較例11の結果を表2に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【符号の説明】
【0063】
1 電解酸化装置
21 炭素化繊維束
22a、22b、22c 電解槽
23 陰極
24、25 陽極
26 直流電源
27 搬送ロール
28 電解酸化処理された炭素繊維束

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、
前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、
前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、
前記耐炎化工程後、前記前炭素化工程前に、前記耐炎化繊維束に対し耐炎化繊維束の長さ方向に一定間隔で分解促進物質を付与する炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記分解促進物質が、硫酸カリウム、塩化カリウム、カーボンブラック及び二酸化珪素からなる群から選択される少なくとも1種である請求項1に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に耐炎化処理を施し耐炎化繊維束とする耐炎化工程と、
前記耐炎化繊維束に前炭素化処理を施し前炭素化繊維束とする前炭素化工程と、
前記前炭素化繊維束に炭素化処理を施し炭素化繊維束とする炭素化工程と、
前記炭素化繊維束に電解液中で電圧を付与し電解酸化処理を施す表面処理工程と、を含む炭素繊維束の製造方法において、
前記表面処理工程において前記炭素化繊維束に対し炭素化繊維束の長さ方向に一定間隔で、前記電解酸化処理の際に付与する電圧より高い電圧を付与する炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記炭素化繊維束に対し炭素化繊維束の長さ方向に一定間隔で付与する電圧が、24V以上、40V以下である請求項3に記載の炭素繊維束の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−21238(P2012−21238A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157823(P2010−157823)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】