説明

無機多孔質分離膜およびその製造方法

【課題】 ガスや液体の透過性が高く且つ分離性能の高い無機多孔質分離膜およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 圧力及び周波数を制御したPLD法で一様な開口径の多数の細孔24が配向した中間層16が形成され、その表面やその細孔24内に多孔質の薄膜層18が形成されることから、その細孔24の開口径がその薄膜層18によって縮小される。そのため、微細且つ開口径が一様な細孔が形成される。したがって、水素やアルコール等の処理対象物に合わせて薄膜層18形成後の細孔径を制御することにより、分離性能の高い無機多孔質分離膜10が得られる。しかも、このように細孔径を縮小しても、中間層16の細孔24が配向していることから、配向していない場合に比較して細孔24内をガスや液体が流れるときの流通抵抗が低く留められるので、ガスや液体が通るときの透過速度も高くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機多孔質体から成る分離膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多孔質体は、その孔径を制御することによってガスや液体を分離・精製・または吸着することが可能である。特に、多孔質セラミック材料から構成される無機多孔質体は、耐熱性や耐薬品性等の点で優れているため、高温におけるガス分離や各種有機溶剤混合物の分離等、例えば、水素分離やアルコール分離、或いはパーベーパレーション等への応用が図られている(特許文献1〜6を参照)。また、無機多孔質体を利用する物理的な機構によるガス分離装置は、相変化を伴わず、装置や操作の簡略化が期待でき、更に、連続運転が可能である等の利点を有するため、省エネルギー型装置として期待されている。
【0003】
上記のような無機多孔質体は、例えば、比較的孔径の大きな高強度の支持体表面上に、所望の大きさの孔径を有する無機多孔質膜を形成して構成される。このとき、処理しようとするガスや液体に応じて無機多孔質膜の孔径を制御することによって、所望の物質を選択的に分離或いは吸着等できる。このような無機多孔質膜の製造方法としては、ゾル−ゲル法、化学蒸着(CVD)法、水熱合成法、電極酸化法などが提案されている(特許文献7,非特許文献1を参照)。これら各方法の中で、ゾル−ゲル法またはシランや塩化物を用いたCVD法により製膜されたシリカ薄膜は高い分離性能が得られている。
【特許文献1】特許第2972876号公報
【特許文献2】特許第2976010号公報
【特許文献3】特許第3122758号公報
【特許文献4】特開2002−241124号公報
【特許文献5】特開平8−24600号公報
【特許文献6】特開2001−120969号公報
【特許文献7】特開2000−189772号公報
【特許文献8】特開2003−147514号公報
【非特許文献1】浅枝正司著「触媒」触媒学会発行(1994年)、第36巻、第4号、第238〜245頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記シリカ薄膜の膜性能は水素透過速度が未だ低く、高効率のガス分離装置として用いるためには、水素透過速度を一層高くすることが望まれていた。例えば、上記非特許文献1に記載されたものでは、水素透過速度が10-8(mol/m2・s・Pa)のオーダーに留まっているのである。また、上記従来の無機多孔質膜は、細孔の物理的制御が不十分であって細孔径のバラツキが大きいことから、効率的なガスや液体の分離・精製・または吸着処理が困難であった。
【0005】
一方、多孔質セラミック支持基板表面に、パルスレーザアブレーション堆積法(以下、PLD法という)により、緻密で結晶の配向性を持った酸化物薄膜から成るイオン導電性膜を形成する方法が知られている(特許文献8参照)。しかし、この酸化物薄膜は緻密であって孔を有していないため、イオン導電性には優れるものの、ガスや液体に含まれる分子や粒子等を物理的に透過させることはできない。
【0006】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、ガスや液体の透過性が高く且つ分離性能の高い無機多孔質分離膜およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
斯かる目的を達成するため、第1発明の無機多孔質分離膜の要旨とするところは、(a)膜厚方向に配向し且つ貫通する一様な開口径の多数の細孔を備えた無機多孔質膜と、(b)その無機多孔質膜の表面および前記細孔内の少なくとも一方に形成された多孔質の無機薄膜とを、含むことにある。
【0008】
また、第2発明の要旨とするところは、所定の細孔径を有する無機多孔質分離膜を製造する方法であって、(a)多孔質基材および所定の無機材料を含むターゲットを気密室内に配置してそのターゲットに1乃至200(Pa)の範囲内の圧力下で5乃至500(Hz)の範囲内の周波数のパルスレーザを照射することにより、その無機材料の蒸気を発生させ且つその多孔質基材の表面に堆積して無機多孔質膜を形成する工程と、(b)前記無機多孔質膜の表面および細孔内の少なくとも一方に多孔質の無機薄膜を形成する工程とを、含むことにある。
【発明の効果】
【0009】
前記第1発明によれば、一様な開口径の多数の細孔が配向した無機多孔質膜の表面または細孔内に多孔質の無機薄膜が形成されることから、その無機多孔質膜の多数の細孔の開口径がその多孔質の無機薄膜によって実質的に縮小される。そのため、配向した細孔を微細な開口径で形成することは困難であると共に、多孔質の無機薄膜を一般的な多孔質体上に一様な開口径で形成することは困難であるが、上記のようにすれば、両者の欠点が相互に補われ、微細且つ開口径が一様な細孔が形成される。したがって、処理対象物に合わせて無機薄膜形成後の細孔径を制御することにより、高い分離性能が得られる。しかも、このように細孔を縮小しても、無機多孔質膜の細孔が配向していることから、配向していない場合に比較して細孔内をガスや液体が流れるときの流通抵抗が低く留められるので、ガスや液体が通るときの透過速度も高くなる。例えば、4×10-7(mol/m2・s・Pa)以上の透過速度が得られる。上記により、ガスや液体の透過性が高く且つ分離性能の高い無機多孔質分離膜が得られる。
【0010】
また、前記第2発明によれば、無機多孔質膜を形成する工程において、前記のような圧力および周波数条件下でターゲットにレーザが照射されることから、膜厚方向に配向する多数の細孔を備えた無機多孔質膜が形成され、次いで、その表面または配向した細孔内に多孔質の無機薄膜が形成されることから、上記第1発明の無機多孔質分離膜が得られる。第1発明の無機多孔質分離膜を構成する無機多孔質膜は、好適には上記のようなPLD法を用いて製造され、無機多孔質分離膜は、一様な大きさの細孔が膜厚方向に配向したその無機多孔質膜を中間層として備えた構造を有する。因みに、PLD法を上記のような条件で用いると、膜厚方向に配向した多数の細孔を有する多孔質膜が得られる。このような膜は、ガスや液体の流通性が高く、透過しやすくなるため分離処理の効率が高められるが、形成される細孔の平均孔径が5〜200(nm)程度であって比較的大きいことから、分子ふるい機構を利用するガス分離には適さないのである。
【0011】
なお、本願において、細孔が「膜厚方向に配向する」とは、多数の細孔が無機多孔質膜の裏面から表面に向かう方向に沿って伸びた状態を意味する。但し、細孔が真直であることや全ての細孔の方向が揃っていることを意味するものではなく、無機多孔質膜に備えられている細孔が、一見して向きが揃っていると認識し得る程度で足りる。
【0012】
また、「多孔質の無機薄膜」は、無機多孔質膜上(細孔内を含む)に形成された無機薄膜が全体として多孔質であれば足りる。例えば、無機多孔質膜の細孔内に専ら無機薄膜が形成される場合には、その細孔を閉塞するような膜が形成されるのでなければ、その細孔の内周側に縮小された細孔が残るので、その無機薄膜自体は緻密質であっても差し支えない。一方、無機多孔質膜の表面全体を覆うように無機薄膜が形成される場合には、その無機薄膜自体が多孔質であることを必要とする。この場合にも、無機薄膜が設けられることによって無機多孔質膜の細孔径が実質的に縮小されることになる。多孔質の無機薄膜としては、例えば、網目構造を有するものが挙げられる。
【0013】
また、「一様な開口径」とは、細孔の開口径が用途に応じた十分に狭い細孔径分布を有することを意味する。すなわち、どの程度を一様と称するかは、用途に応じて異なる。なお、本願において、「細孔径」は、ガスの透過を用いて測定するパームポロメータ(西華産業製)を用いて測定しており、50(nm)以下の細孔径はナノパームポロメータ(西華産業製)を用いて測定した。
【0014】
また、無機多孔質膜(第2発明においては多孔質基材と無機薄膜との間に備えられる無機多孔質膜すなわち中間層)は、1層で構成してもよいが、2層以上で構成しても差し支えない。但し、層数が多くなるほどガスや液体の透過率が低下するため、層数は、透過率と選択性とを比較考量して決定することが望ましい。
【0015】
因みに、PLD法では、ターゲットにパルスレーザを照射することにより、ターゲットから蒸気を発生させ、基材の表面にそのターゲットの構成材料から成る蒸気を堆積させることができる。この蒸気は、例えば、パルスレーザ照射によりターゲットから発生した分子、原子、イオン、ナノ又はミクロンサイズの微小粒子(クラスター)等で構成される。従来から、このPLD法は、ターゲット材料が蒸気となって基材表面に堆積することから、緻密な膜を形成する用途に用いられてきた。
【0016】
ところが、本発明者がこのPLD法による膜形成条件について研究を重ねたところ、蒸気を発生させる際の条件を前記のように制御することにより、多孔質基材表面に無機多孔質膜を形成することができること、および、その形成された無機多孔質膜が膜厚方向に配向した多数の細孔を有することを見出した。すなわち、前記のような圧力およびパルスレーザ周波数とすると、意外にも、多孔質膜が形成されるだけでなく、無機材料をその条件に応じた所定の大きさに成長させて堆積させることができる。このとき、無機材料は結晶が膜厚方向に配向しつつ柱状に堆積するので、その柱状堆積物の相互間に略膜厚方向に配向した細孔が形成されるのである。
【0017】
ここで、好適には、前記無機多孔質膜は2〜200(nm)の範囲内の平均細孔径を備えたものである。このようにすれば、無機多孔質膜の細孔径が適度な大きさであることから、その表面または細孔内に無機薄膜を形成すると、ガス分離や液体分離に好適な範囲で細孔径を制御することが容易である。例えば、0.3〜10(nm)の範囲内の適度な大きさの細孔を備えた無機多孔質分離膜が得られる。一層好適には、無機多孔質膜の平均細孔径は、5〜200(nm)の範囲内、特に好適には30〜150(nm)の範囲内である。或いは、用いられる用途に応じて、好適な平均細孔径のものを選択することができる。例えば、30〜100(nm)の範囲の平均細孔径を有するものを提供することができる。或いは、100〜250(nm)の範囲の平均細孔径を有するものを提供することもできる。
【0018】
また、好適には、前記多孔質の無機薄膜は0.3〜0.5(nm)の範囲内の平均細孔径を備え、前記無機多孔質分離膜は水素分離に用いられるものである。このようにすれば、無機薄膜の細孔径が水素の分子径と同程度かそれよりも僅かに大きい程度であることから、水素を含む混合ガスから水素を効率よく分離し得る水素分離膜が得られる。
【0019】
また、好適には、前記多孔質の無機薄膜は1〜10(nm)の範囲内の平均細孔径を備え、無機多孔質分離膜はアルコール分離に用いられるものである。このようにすれば、無機薄膜の細孔径がアルコールの分子径と同程度かそれよりも僅かに大きい程度であることから、例えばパーベーパレーション法等を用いることにより、アルコールを含む混合ガスからアルコールを効率よく分離し得るアルコール分離膜が得られる。例えば、メタノールの分離には1〜3(nm)の範囲内の平均細孔径を持つ無機多孔質分離膜が好適である。なお、平均細孔径が0.5〜2(nm)程度の無機多孔質分離膜は、例えば二酸化炭素等の水素よりも分子径の大きなガス分離等に利用できる。
【0020】
また、前記第2発明において、好適には、前記多孔質の無機薄膜を形成する工程は、蒸着法、ゾル−ゲル法、および熱分解法の何れかで行われるものである。無機薄膜の形成方法は特に限定されるものではないが、これらの方法によれば、無機多孔質膜の表面や細孔内に多孔質の無機薄膜を形成するに際して、細孔径を容易に制御することができる。上記蒸着法は化学蒸着(以下、CVDという)および物理蒸着(以下、PVDという)の何れでもよい。一層好適には、無機薄膜の形成方法は、ゾル−ゲル法または熱分解法である。これらの方法によれば蒸着法に比較して膜厚を薄くできるので有利である。
【0021】
また、好適には、前記無機薄膜は、5〜200(nm)の範囲内の膜厚を備えたものである。このようにすれば、ガスや液体の分離性能が高く且つ透過速度が速い無機多孔質分離膜が得られる。一層好適には、膜厚は25〜50(nm)の範囲内である。このようにすれば、流通抵抗が小さくなるため、透過速度の速い無機多孔質分離膜が得られる。
【0022】
また、好適には、前記多孔質の無機薄膜は、アモルファス材料から成るものである。
【0023】
また、好適には、前記多孔質の無機薄膜は、シリカ(SiO2)、窒化珪素(Si3N4)、これらの複合材料、或いはゼオライトから成るものである。ゼオライトは結晶質であるが、液体分離に好適である。また、例えばゾル−ゲル法で形成したシリカ膜は0.3〜0.5(nm)程度の細孔径を有するため、水素分離に好適に用いられる。
【0024】
例えば、前記多孔質の無機薄膜をゾル−ゲル法で形成する場合には、その無機薄膜の構成材料のゾルを有機溶媒で適宜の濃度に希釈し、その希釈液中に前記無機多孔質膜を浸漬してディップコートにより製膜し、或いはその希釈液を無機多孔質膜の表面に塗布し、これに乾燥処理および焼成処理を施すことによって多孔質の無機薄膜が得られる。
【0025】
上記ゾルは、形成しようとする無機薄膜の構成材料に応じて適宜の原料組成のものが用いられる。例えば、シリカ薄膜を形成する場合には、シリカ源となる有機化合物、有機溶媒、および水を適宜の割合で混合し、加熱しつつ攪拌することによってシリカゾルを製造する。シリカ源は加水分解してシリカを生成するものであれば特に限定されないが、例えば、Si(OR4)(但し、Rは炭素数が1〜8のアルキル基)で表されるアルコキシシランが好適であり、特に、テトラエチルオルトシリケート(TEOS)等のテトラ低級アルコキシシランが好適に用いられる。有機溶媒は、シリカ源を溶解し得るものであれば特に限定されないが、例えばエタノール等の低級アルコールが用いられる。また、シリカゾルは、上記の他、酸(例えば硝酸)やアルカリなどが適宜添加される。
【0026】
また、多孔質の無機薄膜を熱分解法で形成する場合には、加熱により分解してその無機薄膜の構成材料を生成する適宜の有機化合物を、前記無機多孔質膜の表面に塗布し、或いはその有機化合物を含む溶液中に無機多孔質膜を浸漬してディップコートにより製膜し、適当な雰囲気下で焼成処理を施すことにより多孔質の無機薄膜が得られる。
【0027】
上記有機化合物は、形成しようとする無機薄膜の構成材料に応じて適宜のものが用いられる。例えば、シリカ薄膜を形成する場合には、プリセラミック・ポリマ(加熱処理によってセラミックスとなる無機高分子)であるペルヒドロポリシラザン等が好適に用いられ、酸化雰囲気で焼成処理が施される。また、窒化珪素薄膜を形成する場合には、同様にペルヒドロポリシラザン等が好適に用いられるが、非酸化性雰囲気で焼成処理が施される。なお、ペルヒドロポリシラザンは、珪素、窒素、および水素から構成される-(SiH2NH)-を基本単位とする無機ポリマーであって、例えば分子量600〜4000程度、密度1.3(g/cm3)程度の液状物であり、不純物量が数(ppm)以下と極めて高い純度を有している。
【0028】
また、好適には、前記無機多孔質膜は、10(μm)以下の膜厚を備えたものである。本製造方法によれば、配向性の高い孔を有する無機多孔質膜をこのような範囲の薄層として容易に多孔質基材上に形成することができる。無機多孔質膜の膜厚は、一層好適には10(nm)〜10(μm)の範囲、更に好適には50(nm)〜5(μm)の範囲、特に好適には100(nm)〜3(μm)の範囲である。
【0029】
また、好適には、前記無機多孔質膜には、水素に対して親和性を有するRh、Ru、Pd、Pt、Ir、V、Ni、Co、Fe等が含まれる。このようにすれば、これら金属元素と水素ガスとの親和性に基づき、水素ガスの透過性が一層向上させられるので、水素を含む混合ガスから水素を分離するに際して、一層高い分離性能を得ることができる。上記金属元素の中でも、PdおよびPtが水素との親和性が高いことから特に好ましく、Pdが最も好ましい。これらの元素は、例えば、PLD法や液含浸等の適宜の方法で無機多孔質膜内に導入される。
【0030】
また、好適には、前記無機多孔質膜には、触媒として機能する材料が含まれる。このようにすれば、無機多孔質分離膜をメンブレンリアクターとして機能させることができる。このような触媒は、例えば、PLD法、液含浸、スラリーコーティング、ゾル−ゲル法、スピンコーティング等の適宜の方法で無機多孔質膜内すなわちその表面や細孔内に担持される。上記触媒として機能する材料としては、従来公知の種々のものを任意に用い得るが、例えば、パラジウム、白金、ニッケル、ロジウム、ルテニウム、銀、錫、鉄、および銅からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属触媒材料が挙げられる。また、これらのうちの何れかを組み合わせた合金および混合物(すなわち、2種以上の材料)であってもよい。このうち、パラジウム、白金、ニッケル、ロジウム、およびルテニウムの少なくとも一種が好ましく、特にパラジウムおよび白金の少なくとも一種が好ましい。或いは、Ln1-xSrxMnO3(式中、Lnはランタノイドのうちのいずれかの元素、好ましくはLaを表し、xは0≦x<1を満たす数である)、およびLn1-xSrxCoO3(式中、Lnはランタノイドのうちのいずれかの元素、好ましくはLaを表し、xは0≦x<1を満たす数である)からなる群から選ばれる少なくとも一種の複酸化物触媒材料が挙げられる。更に、これらのうちのいずれかの組み合わせの混合物(すなわち、2種以上の材料)であってもよい。
【0031】
なお、PLD法で無機多孔質膜内に触媒を導入するに際しては、例えば、PLD法を実施する反応容器内に無機多孔質膜の構成材料および触媒を含む1または2以上のターゲットを配置し、そのターゲットをパルスレーザの照射位置に対して相対的に移動させることにより、無機多孔質膜構成材料または触媒材料を択一的に蒸発させ、多孔質基材上に堆積させればよい。
【0032】
また、好適には、前記無機多孔質分離膜の表層部分は、疎水性を有する材料で構成される。このようにすれば、アルコール分離性能の高い液分離膜が得られる。疎水性を有する上記表層部分は、例えば、前記無機多孔質膜および前記多孔質の無機薄膜の少なくとも一方で構成され、多孔質の無機薄膜で構成することが特に好ましい。なお、疎水性を有する材料としては例えばペルヒドロポリシラザンが挙げられる。また、シリカ、ジルコニア、或いはチタニア等に疎水化剤を導入したものも用い得る。疎水化剤は公知の各種のものを適宜用い得るが、例えば、トリメチルクロロシランなどが挙げられる。
【0033】
また、好適には、前記無機多孔質分離膜の表層部分は、親水性を有する材料で構成される。このようにすれば、水分離性能の高い液分離膜が得られる。親水性を有する上記表層部分は、例えば、前記無機多孔質膜および前記多孔質の無機薄膜の少なくとも一方で構成され、多孔質の無機薄膜で構成することが特に好ましい。なお、親水性を示す材料としては、例えば、シリカ、ジルコニア、チタニア、およびこれらの複合物等が挙げられる。
【0034】
また、好適には、前記多孔質基材、無機多孔質膜、および無機薄膜は、相互に同一または異なるセラミック材料から成るものである。このようにすれば、セラミック材料は高温および薬品に対する安定性に優れることから、高温における流体処理に好適な無機多孔質分離膜が得られる。一層好適には、これらは、安定化ジルコニアで構成される。安定化ジルコニアは機械的強度が高く且つ破壊靭性が大きいことから、特に安定性に優れ且つ高い耐久性が得られる。但し、多孔質基材と無機多孔質膜とは、熱膨張の相違に起因する破損や機械的強度の低下が少なくなるように、同一または類似の材料で構成することが好ましい。
【0035】
また、前記無機多孔質膜は用途に応じて種々のものを用い得るが、PLD法によって多孔質基材上に蒸着できるセラミック材料から成るものが好ましく、例えば、ジルコニア、シリカ、アルミナ、チタニア、セリア、およびマグネシア等の酸化物材料や、ムライト、ゼオライト、ガーネット等の複酸化物材料、窒化珪素、炭化珪素、炭化ジルコニウム、炭化ハフニウム等の非酸化物材料が挙げられる。上記ジルコニアは、安定化ジルコニア、特にイットリア安定化ジルコニア(特にイットリア8(mol%)安定化)が好ましい。また、アルミニウム、パラジウム、ニッケル、白金、ルテニウム、シリコン等の単体又はそれら単体の合金若しくは混合物から成るものも好適に用いられる。また、ガラス質の材料も用い得る。更に、これらのうちのいずれか二種以上の混合物であってもよい。
【0036】
但し、前述したように温度および薬品に対する安定性の観点から、セラミック材料を主体に構成されるか、或いはセラミック材料を含むことが好ましい。例えば、セラミック材料としては、ゼオライト、ジルコニア,シリカ、アルミナ、チタニアが挙げられる。特に、このうち、ゼオライト、ジルコニア、およびシリカの少なくとも一種から成るものが好ましく、中でも安定化ジルコニアが好ましい。したがって、前記第2発明において用いられるターゲットは、上記のような各材料から成るもの或いは含むものが好適に用いられるが、安定化ジルコニアから成るものが最も好ましい。
【0037】
また、前記多孔質基材は用途に応じて種々のものを用い得るが、例えば、アルミナ、ジルコニア、シリカ、チタニア、マグネシア等の酸化物セラミック材料、ムライト、ゼオライト等の複酸化物セラミック材料、窒化珪素、炭化珪素、炭化ジルコニウム、炭化ハフニウム等の非酸化物材料が挙げられる。アルミナ材料としては、例えば、α−アルミナ又はγ−アルミナが好適である。また、ジルコニア材料としては、安定化ジルコニア、特にイットリア安定化ジルコニアが好適であり、中でも、イットリアを3〜8(mol%)含むものが好ましい。また、鉄、アルニミウム、ニッケル、コバルト、シリコン等の単体又は合金若しくは混合物でもよい。また、ガラス質の材料も用い得る。更に、これらのうちのいずれか二種以上の混合物であってもよいが、このうち、セラミック材料から構成することが好ましい。例えば、好ましいセラミック材料としては、アルミナ、ジルコニア、シリカ、およびチタニアのうちの少なくとも一種から成るものが挙げられる。特に、アルミナおよびジルコニアの少なくとも一方が好ましい。このうち、安定化ジルコニアが特に好ましい。
【0038】
また、前記多孔質基材は、その厚み方向の全体が一様な多孔質組織で構成された対称構造のものであっても、そのような対称構造のものの一方の面に中間層(ここでは前記無機多孔質膜とは別の層を意味する)が設けられた非対称構造のものであっても差し支えない。
【0039】
また、前記多孔質基材の平均細孔径は、所望とする無機多孔質分離膜の特性に応じて好適な値が異なるが、好適には1(nm)〜10(μm)の範囲内、一層好適には1〜5000(nm)の範囲内、特に好適には、2〜2000(nm)の範囲内である。
【0040】
また、前記多孔質基材の表面粗さは、Ra値では、好適には100(μm)以下であり、一層好適には0.001〜100(μm)の範囲内、更に好適には0.001〜50(μm)の範囲内、特に好適には0.001〜10(μm)の範囲内である。また、Rmax値では、好適には0.1〜100(μm)の範囲内、一層好適には0.1〜30(μm)の範囲内、特に好適には0.1〜10(μm)の範囲内である。
【0041】
また、前記多孔質基材は、好適には、20〜70(%)の範囲内の気孔率を備えたものである。このようにすれば、配向した無機多孔体を支持しつつ透過速度の大きい基材を得ることができる。多孔質基材の気孔率は、一層好適には30〜50(%)の範囲内である。
【0042】
また、前記無機多孔質膜は、前記多孔質基材の表面に直接形成してもよいが、多孔質基材の細孔径と形成しようとする無機多孔質膜の細孔径の相違が大きい場合には、それらの間に中間層を設けることもできる。すなわち、中間層を形成して、その表面に無機多孔質膜をPLD法で形成しても差し支えない。このようにする場合には、その中間層は、例えば2〜500(nm)の範囲内の平均細孔径となるように形成することが好ましい。中間層の形成方法は特に限定されないが、例えば、従来から公知のディップコーティング法等が好ましい。中間層の材質は特に限定されないが、熱膨張係数を合わせる観点から選択することが好ましい。例えば、多孔質基材の熱膨張係数と多孔質膜の熱膨張係数とが異なる場合には、これらの中間の熱膨張係数を有する材質の中間層を形成することが好ましい。中間層の厚さは特に限定されないが、10(μm)以下、例えば、10(nm)〜10(μm)の範囲内が好ましく、一層好適には50(nm)〜5(μm)の範囲内、特に好適には100(nm)〜3(μm)の範囲内である。
【0043】
また、前記無機多孔質膜を形成する工程を行う際の雰囲気は、その構成材料に応じて適宜定められるが、酸化物材料で構成される場合には、酸素ガスや大気等の酸化雰囲気とすることが好ましい。非酸化物材料で構成される場合には、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気とすることが好ましい。
【0044】
また、パルスレーザ照射時の圧力は、前記1〜200(Pa)の範囲が好ましいが、一層好適には1〜100(Pa)の範囲、更に好適には5〜80(Pa)の範囲、更により好適には10〜60(Pa)の範囲、特に好適には15〜50(Pa)の範囲、最も好適には20〜40(Pa)の範囲である。
【0045】
また、前記パルスレーザの照射回数(即ち、ショット数)は特に限定されず、所望とする無機多孔質膜の厚さや細孔径等に応じて適宜選択することができるが、200000回以下が好ましい。このようにすれば、細孔の配向性の高い無機多孔質膜を安定して形成することができる。一層好適には500〜200000回の範囲であり、更に好適には500〜50000回、更により好適には1000〜50000回、特に好適には3000〜40000回、最も好適には5000〜30000回である。このような範囲の照射回数とすれば、孔の配向性に特に優れた無機多孔質膜を安定して形成することができる。
【0046】
また、前記パルスレーザとしては、ターゲットに照射してターゲットから無機材料の蒸気を発生可能なパワーを有するレーザであって、前記所定範囲の周波数を有するものであれば、特に制限なくその用途に応じて適宜選択して使用することができる。例えば、ナノ秒パルスレーザが挙げられる。このうち、エキシマレーザ、YAGレーザ、およびルビーレーザが好ましく、エキシマレーザおよびYAGレーザが特に好ましい。特に、エキシマレーザのうち、KrFレーザ、ArFレーザ、XeClレーザが好ましく、例えば248(nm)の波長で30(ns)パルス幅のKrFレーザが好適である。
【0047】
また、パルスレーザの周波数は、10〜100(Hz)の範囲が一層好ましく、更に好ましくは10〜80(Hz)の範囲、更により好ましくは10〜50(Hz)の範囲、特に好ましくは20〜40(Hz)の範囲である。また、パルスエネルギーの大きさは特に限定されないが、一般的なPLD法において用いられている範囲が好適である。例えば、100〜1200(mJ/パルス)のものを用いれば、細孔の配向性が高い無機多孔質膜が得られるが、一層好適には100〜650(mJ/パルス)、更に好適には200〜500(mJ/パルス)、特に好適には300〜450(mJ/パルス)のものが用いられる。但し、このエネルギーの範囲は装置による制限もあるため、より高いエネルギーを使用可能な装置であれば、更に高いエネルギーを用いることができる。
【0048】
また、パルスレーザの照射時間は、所望とする無機多孔質膜の厚さやその細孔径、またはパルスレーザの照射回数や周波数等に応じて適宜選択することができるが、例えば、1〜30000秒の範囲内が好ましい。一層好適には10〜10000秒の範囲、更に好適には50〜5000秒の範囲、特に好適には100〜3000秒の範囲である。このような範囲の照射時間であることにより、特に配向性の高い細孔を有する無機多孔質膜を得ることができる。
【0049】
また、前記パルスレーザを前記ターゲットに照射して前記無機多孔質膜を形成する際の前記多孔質基材の温度や雰囲気温度は、多孔質基材の機械的強度が保持し得る温度であれば特に限定されない。但し、温度が高くなるに従って配向する柱状堆積物の大きさが小さくなり、延いては細孔径が小さくなる傾向がある。そのため、この温度を略一定に保持すれば、無機多孔質膜の細孔径を略一定に制御して形成することができる。例えば1000(℃)以下とすれば、平均細孔径を種々の用途に好適な例えば2〜200(nm)の範囲に制御できる。また、30〜800(℃)の範囲で一定の温度に保持すれば、平均細孔径を例えば略30〜150(nm)の範囲に制御できる。また、500〜800(℃)の範囲内の一定温度に保持すれば、平均細孔径を例えば30〜100(nm)の範囲に制御できる。また、30〜400(℃)の範囲内の温度に制御すれば、平均細孔径を例えば100〜150(nm)の範囲に制御できる。
【0050】
したがって、用いる多孔質基材およびターゲットの種類に対して、多孔質基材の温度を所定範囲に制御することにより、形成される無機多孔質膜の平均細孔径を所望の範囲に制御して形成することができる。多孔質基材を所定温度に加熱する際の昇温速度は、特に制限されないが、例えば1〜30(℃/分)の範囲が好ましく、3〜20(℃/分)の範囲が一層好ましく、特に5〜15(℃/分)の範囲が好ましい。なお、無機多孔質膜の形成中に多孔質基材の温度を変化させることにより、無機多孔質膜の細孔径を膜厚方向に変化させることもできる。例えば、次第に基材の温度を低下させることにより、膜の表面方向に向かって次第にその細孔径を広げることもできる。
【0051】
また、例えば400(℃)以上の比較的高温に設定された温度条件で無機多孔質膜を形成し、その後に多孔質基材をほぼ室温まで冷却する場合には、その冷却速度を好適には50(℃/分)以下に制御する。冷却速度がこれよりも速いと、形成された無機多孔質膜にクラックが発生し易くなる。冷却速度は、一層好適には30(℃/分)以下である。
【0052】
また、前記ターゲットの表面粗さは、Ra値では、好適には100(μm)以下であり、0.001〜100(μm)の範囲内、一層好適には0.01〜50(μm)の範囲内、特に好適には0.1〜10(μm)の範囲内である。また、Rmax値では、好適には0.1〜100(μm)の範囲内、一層好適には0.1〜30(μm)の範囲内、特に好適には0.1〜10(μm)の範囲内である。
【0053】
また、前記無機多孔質膜には、PLD法で形成された後に、熱処理または他の種々の後処理を施すことができる。熱処理は、例えば、100〜2000(℃)の範囲、好適には500〜1500(℃)の範囲、特に好適には800〜1300(℃)の範囲の温度で実施する。この熱処理によって、無機多孔質膜の成形性および機械的強度を向上させることができる。その昇温速度は特に限定されないが、例えば、1〜30(℃/分)の範囲、好適には3〜20(℃/分)の範囲、特に好適には5〜15(℃/分)の範囲である。また、他の処理、例えば、表面改質等を目的として、酸処理、アルカリ処理、プラズマ処理、マイクロウェーブ処理等を行うこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0054】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【0055】
図1は、本発明の一実施例の無機多孔質分離膜10の全体を側面視にて模式的に示す図である。この無機多孔質分離膜10は、全体が例えば円板状を成すものであって、例えば円板状の支持体12の一面14に、中間層16を介して薄膜層18が固着されたものである。
【0056】
上記支持体12は、例えばα−アルミナ等から成る無機多孔質体すなわち多孔質基材である。図2は、無機多孔質分離膜10の断面構造を拡大して模式的に示したものであり、支持体12内には一面14から裏面20に貫通する多数の細孔22が備えられている。細孔22は、例えば、平均細孔径が0.7(μm)程度の大きさで形成されており、支持体12の気孔率は40(%)程度である。なお、支持体12は、例えば、一面14の表面粗さがRaで0.34(μm)程度、Rmaxで3.84(μm)程度になっている。
【0057】
また、前記の中間層16は、例えば8(mol%)のイットリアで安定化されたジルコニア等から成る無機多孔質膜であり、例えば100(μm)程度の厚さ寸法を備えている。中間層16内には、上記の図2に模式的に示すように、その膜厚方向に配向した多数の細孔24が備えられている。細孔24は、例えば、平均細孔径が0.03(μm)程度の大きさに形成されており、中間層16の気孔率は40(%)程度である。
【0058】
図3〜図5は、それぞれ電界放射型走査電子顕微鏡(FESEM)によって撮影した、薄膜層18の形成前における中間層16の表面の200000倍、表面の50000倍、断面の30000倍の拡大写真である。図3、図4に示すように、中間層16は、相互間に前記細孔24に相当する空隙を有する膜厚方向に配向した多数の多結晶体で構成されている。これら多数の多結晶体は、後述するようにPLD法でジルコニア蒸気(例えばクラスター)が柱状に堆積したものであることから、図5に示すように略膜厚方向に沿って伸びており、その結果、膜厚方向に配向した多数の細孔24が形成されているのである。また、この多結晶体の高さ寸法すなわち中間層16の膜厚は、一面14上の全体で略一様になっている。なお、図5において、下方に現れている黒っぽい部分は、アルミナから成る支持体12の一部である。
【0059】
また、前記薄膜層18は、例えばシリカ等から成るアモルファス多孔質体である。図6に薄膜層18の断面の100000倍の拡大写真を、図7にその表面の15000倍の拡大写真をそれぞれ示す。図6において、下方に位置する白っぽい部分は、前記中間層16の表面およびこれを構成するジルコニア多結晶体の各々の先端部を覆うように形成された薄膜層18である。この写真は図5とは上下が反対になっており、白っぽい部分の下端が薄膜層18の表面である。
【0060】
また、上記図7に示されるように、薄膜層18は多数の空隙を有する組織に構成されており、図2には明示されていないが、薄膜層18には平均細孔径が0.3〜0.5(nm)程度の多数の細孔が形成されている。また、薄膜層18の膜厚は、例えば5〜200(nm)程度である。
【0061】
図8は、本発明の他の実施例であって、上記無機多孔質分離膜10とは構造の異なる無機多孔質分離膜30の層構成を説明するための図2に対応する模式図である。この無機多孔質分離膜30は、前記支持体12の表面14に、その支持体12と同様なα−アルミナから成る中間層32を設けた支持体34を、その支持体12に代えて用いたものである。すなわち、前記無機多孔質分離膜10では両面が対称的に構成された対称構造の支持体12が用いられていたが、この実施例では、これに中間層32を設けることによって厚み方向において非対称構造となった支持体34が用いられる。
【0062】
上記中間層32は、支持体12と同程度の気孔率を有するが、それよりも平均細孔径が小さい構造を有するものである。そのため、上記支持体34の気孔率は支持体12と同様な40(%)程度であるが、平均細孔径は60(nm)程度であって、支持体12の1/10以下の小さい値になっている。また、この支持体34の表面粗さは、例えば、Raで0.12(μm)程度、Rmaxで2.68(μm)程度である。中間層16を形成するためのベースとしては、前記のような支持体12の他、このようなものも用い得る。
【0063】
ところで、上記無機多孔質分離膜10,30は、例えば図9に示される工程に従って以下のようにして製造される。先ず、多孔質支持体製造工程P1では、例えば市販の適宜のアルミナ原料を用いて、粉末プレス成形、射出成形、押出成形等の適宜の方法を用いて成形した後、焼成処理を施すことによって前記支持体12を製造する。成形後には必要に応じて静水圧加圧(CIP)によって成形密度を均一化し、或いは所望の形状となるように切削処理を施す。また、焼成処理の後には、必要に応じて所望の寸法および形状とするための研削処理を施す。
【0064】
なお、無機多孔質分離膜30を製造する場合には、上記の支持体12が得られた後、例えば、適当な粒径のアルミナ原料を分散させたスラリーを調製し、支持体12の一面14側をスラリー中に浸漬する等によって塗布した後、焼成処理を施す。これにより、前記中間層32が形成され、前記支持体34が得られる。
【0065】
次いで、中間層形成工程P2では、例えば8(mol%)イットリア安定化ジルコニアから成るターゲットを用意して、PLD法によって中間層16を形成する。ターゲットは、例えばジルコニア粉末をプレス成形によってペレット状に成形し、その原料特性に応じた所定の温度、例えば1350(℃)で焼成処理を施すことによって製造する。ターゲットは例えば直径38(mm)程度、厚さ4(mm)程度の大きさとした。表面粗さはRa値で0.22(μm)程度、Rmax値で2.06(μm)程度である。
【0066】
PLD法によって中間層16を形成するに際しては、上記のターゲットおよび支持体12或いは34を真空室内に配置し、支持体12、34を所定の温度、例えば650(℃)程度に加熱して保持し、その真空室内が適当なガス圧、例えば27(Pa)程度の圧力となるように、例えば酸素ガスを真空室内に導入する。なお、昇温速度は例えば毎分10(℃)程度である。この状態でパルスレーザをターゲットに照射することによってターゲットからジルコニア蒸気を発生させ、支持体12、34上に堆積させる。レーザは例えば波長248(nm)程度でパルス幅30(ns)程度のKrFレーザを用い、レーザのパルスエネルギーは例えば450(mJ/パルス)、周波数は30(Hz)とした。また、照射回数は30000回とした。したがって、照射時間は1000秒程度である。このようにしてレーザを照射した後、支持体12,34を毎分20(℃)程度の冷却速度で室温まで冷却し、真空室内を大気圧に増圧した後に支持体12,34を取り出す。前記の図3〜図5は、この段階で撮影したものであり、上記のような圧力およびレーザ周波数で蒸気を発生させることから、これらに示されるような配向した多孔質の組織が得られるのである。
【0067】
次いで、薄膜層製膜工程P3では、上記のようにして形成した中間層16上にシリカ源を塗着し、焼成工程P4において、そのシリカ源に応じた所定の温度で焼成処理を施すことによって前記の薄膜層18を形成する。これら工程P3,P4は、具体的には、例えば、以下のようにして実施される。
【0068】
すなわち、多孔質の無機薄膜から成る薄膜層18は、公知の適宜の方法を用いて形成し得るが、例えば、シリカから成るアモルファス膜は、シリカ源を中間層18の表面や細孔24内に導入して、そこでシリカを生成することによって形成することができる。このようにして形成されたシリカ薄膜すなわち薄膜層18は無機多孔質膜すなわち中間層16の外表面を略完全に覆うが、薄膜層18が多孔質であることから、前述したような例えば0.3〜0.5(nm)程度の適度な細孔径の細孔が形成される。中間層18の細孔24内にシリカ薄膜を形成する方法としては、例えば、ゾル−ゲル法、熱分解法、CVD法、PVD法等を用い得る。
【0069】
例えば、ゾル−ゲル法で製膜する場合には、例えばテトラエチルオルトシリケート(TEOS)を出発原料とし、先ず、これにエタノールおよび硝酸(HNO3)を加え、室温で30分間程度攪拌し、その後、80(℃)で2時間程度加熱しつつ攪拌することにより、シリカゾルを得る。このシリカゾルの原料組成は、形成しようとする膜性状に応じて適宜変更されるが、例えば、TEOS:エタノール:水:硝酸=1:5:6.8:0.12(mol%)とする。得られたシリカゾルを適当な溶剤、例えばエタノールで0.1(mol/l)程度の濃度に希釈することにより、製膜液が得られる。この製膜液中に前記中間層16が設けられた支持体12を浸漬すること(すなわちディップコート)によって、その中間層16上にシリカゾルの膜を形成する。そして、これに製膜液に応じた乾燥処理および焼成処理を施すことにより、シリカ薄膜が得られる。乾燥処理は例えば40(℃)で2時間程度保持することによって行われ、焼成処理は例えば600(℃)で3時間程度保持することによって行われる。これにより、前記のような膜厚および細孔径を備えた薄膜層18が得られる。
【0070】
また、熱分解法で製膜する場合には、先ず、例えば、ペルヒドロポリシラザンをキシレン等の適宜の有機溶剤で希釈して製膜用溶液を調製し、その溶液を前記中間層16が設けられた支持体12、34の表面に適当な厚さ、例えば1〜3(μm)程度の厚さで塗布する。次いで、これに乾燥処理を施して有機溶剤を除去し、ペルヒドロポリシラザンから成る薄層を形成した後、空気中すなわち酸化雰囲気で焼成処理を施す。これにより、前記のような膜厚および細孔径を備えた薄膜層18が得られる。
【0071】
なお、薄膜層18をシリカ薄膜に代えてこれと同様な微細孔を備えた窒化珪素薄膜で構成する場合には、上記焼成処理雰囲気を不活性雰囲気すなわち非酸化性雰囲気とすればよい。すなわち、この熱分解法で薄膜層18を形成する場合には、出発材料を適宜選択することにより、焼成処理雰囲気の変更だけで形成される膜材質を変更できる。
【0072】
また、前記ペルヒドロポリシラザンは市販のものを用いても良いが、必要に応じ、原料から以下のようにして合成したものを用いる。先ず、例えば、ジハロシラン(R1SiHX2)或いはこれと他のジハロシラン(R2R3SiX2)との混合物をアンモニアと反応させることによってシラザンオリゴマーを得る。次いで、塩基性触媒の存在下でそのシラザンオリゴマーを脱水素反応させる。これにより、珪素原子に隣接する窒素原子の脱水素が行われるので、シラザンオリゴマーが相互に脱水素架橋して成るペルヒドロポリシラザンが得られる。
【0073】
また、液体分離用にも同様にして製造した無機多孔質分離膜10、30を用い得るが、例えば、アルコール分離用等に用いるものは、前記薄膜層18に代えてメソポーラスシリカ薄膜を形成し、これを例えばトリメチルクロロシランを用いて疎水化することによって製造する。すなわち、例えば、先ず、エタノール中にテトラエトキシシラン(TEOS)と、1(mol/l)の塩酸と、塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(CTAC)と、PO−EOブロックポリマー(EOn-POm-EOn型の構造を持つ非イオン性界面活性剤。但し、EO:エチレンオキサイド、PO:プロピレンオキサイド。例えば、BASF社製Pluronicなど。好適には、EO100-PO65-EO100のPluronic F127。)を加え、30(℃)で攪拌した後、アンモニア水を加えてpHを調節し、更に30(℃)で攪拌することにより、シリカゾルを得る。このとき、シリカゾルの組成は所望とする膜性状に応じて適宜変更されるが、例えば、TEOS:PO−EOブロックポリマー:CTAC:塩酸:水:エタノール=1:0.0035:0.12:0.15:15:40(mol%)とする。
【0074】
このようにして得られたシリカゾルを、例えばエタノールで0.1(mol/l)の濃度に希釈したものを製膜液とする。すなわち、この製膜液に前記中間層16を設けた支持体12,34を浸漬することによってこれを塗布し、例えば40(℃)で2時間程度乾燥した後、例えば600(℃)で3時間程度焼成する。これにより、シリカゾルからメソポーラスなシリカ膜すなわち薄膜層18が形成される。このようにして得られた薄膜層18は、例えば4〜10(nm)程度の平均細孔径を備えたシリカ膜であるが、細孔の大きさは界面活性剤の種類や量を変更することにより、適宜の範囲、例えば1〜10(nm)程度の範囲で調節できる。アルコール分離用途では、これにトリメチルクロロシランを反応させて疎水化処理を施せばよい。
【0075】
本実施例によれば、上述した何れの方法で薄膜層18を形成した場合にも、圧力及び周波数を制御したPLD法で一様な開口径の多数の細孔24が配向した中間層16が形成され、その表面やその細孔24内に多孔質の薄膜層18が形成されることから、その細孔24の開口径がその薄膜層18によって実質的に縮小される。そのため、比較的大きいが配向した細孔24の細孔径が縮小されるので、微細且つ開口径が一様な細孔が形成される。したがって、水素やアルコール等の処理対象物に合わせて薄膜層18形成後の細孔径を制御することにより、分離性能の高い無機多孔質分離膜10が得られる。しかも、このように細孔径を縮小しても、中間層16の細孔24が配向していることから、配向していない場合に比較して細孔24内をガスや液体が流れるときの流通抵抗が低く留められるので、ガスや液体が通るときの透過速度も高くなる。すなわち、ガスや液体の透過性が高く且つ分離性能の高い無機多孔質分離膜10が得られる。
【実施例1】
【0076】
次に、本発明の無機多孔質分離膜10の性能を評価した結果を説明する。評価には図10に示す水素透過試験装置40を用いた。水素透過試験装置40は、中間部に配置された無機多孔質分離膜10によって2つの部分に分割された試験容器42と、開口部が無機多孔質分離膜10の近傍に位置するようにその試験容器42の一方側から挿入された処理ガス供給筒44と、他方側から挿入されたスイープガス供給筒46と、処理ガス供給筒44に接続された処理ガス供給路48と、試験容器42内から無機多孔質分離膜10を透過できなかったガスを排出するための供給側排気路50と、スイープガス供給筒46に接続されたスイープガス供給路52と、無機多孔質分離膜10を透過したガスを排出するための透過側排気路54と、試験容器42を所定の試験温度に加熱するためのヒータ56とを備えたものである。上記透過側排気路54には、透過したガスを分析するためのガスクロマトグラフ58に向かう分岐路が設けられている。なお、無機多孔質分離膜10は、薄膜層18側が処理ガス供給側に向けられている。
【0077】
上記試験装置40を用いて水素透過試験を実施するに際しては、試験容器42を予め定められた温度、例えば150(℃)程度の温度に加熱し、処理ガス供給路48から試験容器42内に水素および窒素の混合ガスを供給する一方、スイープガス供給路52から試験容器42内にアルゴンガスを供給する。これら混合ガスおよびアルゴンガスの供給量は、水素ガスの差圧が0.1(MPa)となるように調節した。供給側排気路50および透過側排気路54からそれぞれ排出されたガスの流量を図示しないマスフローメータを用いて測定すると共に、ガスクロマトグラフ58で分析することにより、それぞれのガスの透過速度を求めた。
【0078】
上記の試験条件で、ゾル−ゲル法により作製したシリカ薄膜から成る薄膜層18を備えた無機多孔質分離膜10を用いてガス分離を行った。その結果、150(℃)において、水素−窒素の分離における透過係数比はPH2/PN2=120、水素透過速度は4.0×10-6(mol・m-2・s-1・Pa-1)であり、高い水素分離能を有することが確かめられた。また、600(℃)における透過係数比は154、水素透過速度は6.0×10-6(mol・m-2・s-1・Pa-1)であり、この高い水素分離能は100時間以上の長時間に亘って維持された。
【実施例2】
【0079】
また、上記の試験条件で、ペルヒドロポリシラザンを用いて作成したシリカ薄膜から成る薄膜層18を備えた無機多孔質分離膜10を用いてガス分離を行った。その結果、150(℃)において、水素−窒素の分離における透過係数比はPH2/PN2=250、水素透過速度は1.0×10-6(mol・m-2・s-1・Pa-1)であり、高い水素分離能を有することが確かめられた。また、600(℃)における透過係数比は410、水素透過速度は1.8×10-6(mol・m-2・s-1・Pa-1)であり、この高い水素分離能は100時間以上に亘って維持された。
【実施例3】
【0080】
次に、メタノール分離能の評価結果を説明する。この評価試験には、例えば、図11に示すメタノール透過試験装置60を用いた。このメタノール透過試験装置60は、前記図10に示す水素透過試験装置40と略同様に構成されたものであるが、前記処理ガス供給路48および前記透過側排気路54に、それぞれリボンヒータ等の可撓性を有する発熱体62,64が巻き付けられている点が相違する。これら発熱体62,64は、常温で液体であるメタノールを加熱することにより、所望の圧力の気体の状態で処理ガス供給路48および透過側排気路54内を送るためのものである。他の部分の構成は水素透過試験装置40と同様に構成されているため、説明を省略する。
【0081】
上記試験装置60を用いてメタノール透過試験を実施するに際しては、試験容器42を予め定められた温度、例えば100(℃)程度の温度に加熱すると共に、処理ガス供給路48および透過側排気路54を予め定められた温度、例えば100(℃)程度に加熱する。そして、処理ガス供給路48から試験容器42内にメタノールおよびヘリウムの混合ガスを供給する一方、スイープガス供給路52からアルゴンガスを供給する。これら混合ガスおよびアルゴンガスの供給量は、メタノールガスの差圧が0.1(MPa)となるように調節し、水素透過試験の場合と同様にしてガスの透過速度を求めた。
【0082】
上記の試験条件で、前述したようにゾル−ゲル法により作製したメソポーラスシリカ薄膜にトリメチルクロロシラン処理を施して疎水性を付与した分離膜を用い、メタノール分離試験を行った。その結果、100(℃)において、ヘリウム−メタノールの分離における透過係数比はPメタノール/PHe=22、メタノール透過速度は8(kg・m-2・h-1)であり、高いメタノール分離能を有することが確かめられた。
【0083】
以上、本発明を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明の一実施例の無機多孔質分離膜の構成を説明するための模式図である。
【図2】図1の無機多孔質分離膜の層構成を説明するための断面模式図である。
【図3】図1の無機多孔質分離膜に備えられる中間層の表面を200000倍に拡大して示すSEM写真である。
【図4】図1の無機多孔質分離膜に備えられる中間層の表面を50000倍に拡大して示すSEM写真である。
【図5】図1の無機多孔質分離膜に備えられる中間層の断面を30000倍に拡大して示すSEM写真である。
【図6】図1の無機多孔質分離膜に備えられる薄膜(シリカ膜)の断面を100000倍に拡大して示すSEM写真である。
【図7】図1の無機多孔質分離膜に備えられる薄膜(シリカ膜)の表面を15000倍に拡大して示すSEM写真である。
【図8】本発明の他の実施例の無機多孔質分離膜の構成を説明するための断面の模式図である。
【図9】図1の無機多孔質分離膜の製造工程の要部を説明するための工程図である。
【図10】水素透過試験装置の構成を説明する図である。
【図11】メタノール透過試験装置の構成を説明する図である。
【符号の説明】
【0085】
10:無機多孔質分離膜、12:支持体、16:中間層、18:薄膜層、24:細孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜厚方向に配向し且つ貫通する一様な開口径の多数の細孔を備えた無機多孔質膜と、
その無機多孔質膜の表面および前記細孔内の少なくとも一方に形成された多孔質の無機薄膜と
を、含むことを特徴とする無機多孔質分離膜。
【請求項2】
前記無機多孔質膜は2乃至200(nm)の範囲内の平均細孔径を備えたものである請求項1の無機多孔質分離膜。
【請求項3】
前記無機薄膜は0.3乃至0.5(nm)の範囲内の平均細孔径を備え、水素分離に用いられるものである請求項1の無機多孔質分離膜。
【請求項4】
前記無機薄膜は2乃至10(nm)の範囲内の平均細孔径を備え、アルコール分離に用いられるものである請求項1の無機多孔質分離膜。
【請求項5】
所定の細孔径を有する無機多孔質分離膜を製造する方法であって、
多孔質基材および所定の無機材料を含むターゲットを気密室内に配置してそのターゲットに1乃至200(Pa)の範囲内の圧力下で5乃至500(Hz)の範囲内の周波数のパルスレーザを照射することにより、その無機材料の蒸気を発生させ且つその多孔質基材の表面に堆積して無機多孔質膜を形成する工程と、
前記無機多孔質膜の表面および細孔内の少なくとも一方に多孔質の無機薄膜を形成する工程と
を、含むことを特徴とする無機多孔質分離膜の製造方法。
【請求項6】
前記無機薄膜を形成する工程は、蒸着法、ゾル−ゲル法、および熱分解法の何れかで行われるものである請求項5の無機多孔質分離膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−263566(P2006−263566A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−85019(P2005−85019)
【出願日】平成17年3月23日(2005.3.23)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】