説明

無段変速機

【課題】適切な大きさの押圧制御の実行。
【解決手段】第1及び第2の回転部材10,20と、第1及び第2の回転部材10,20に挟持させた遊星ボール30と、遊星ボール30の傾転動作によって変速させる変速装置と、第1回転部材10から遊星ボール30への押付荷重及び第2回転部材20から遊星ボール30への押付荷重を発生させる為の押圧力を出力する押圧装置70と、第1回転部材10と遊星ボール30との間の基準転走軌道上の温度又は第2回転部材20と遊星ボール30との間の基準転走軌道上の温度の内の少なくとも一方を検出すべく配置した温度センサ81と、を備え、押圧装置70の押圧力に応じて生じる第1回転部材10、第2回転部材20及び遊星ボール30の弾性変形量を算出し、この弾性変形量に基づいて検出温度を補正することで実転走軌道上の温度を推定し、この推定された実転走軌道上の温度に基づいて押圧装置70の押圧力を制御すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共通の第1回転中心軸を有する第1及び第2の回転要素と、その第1回転中心軸に対して放射状に複数配置した第2回転中心軸を有する第3回転要素と、を備え、第1回転要素と第2回転要素とに挟持された夫々の第3回転要素を傾転させることによって第1回転要素と第2回転要素との間の回転比を無段階に変化させる無段変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種のトラクションドライブ方式の無段変速機が知られている。具体的には、第1回転要素としての入力ディスクと、第2回転要素としての出力ディスクと、第3回転要素としてのパワーローラと、を備えたトロイダル型の無段変速機が知られている。また、この種の無段変速機については、第1回転中心軸と同心の変速機軸と、第1回転要素としての第1回転部材(第1ディスク又は第1リング)と、第2回転要素としての第2回転部材(第2ディスク又は第2リング)と、第3回転要素としての転動部材(遊星ボール)と、外周面上に各遊星ボールが配置された第4回転要素(サンローラ)と、変速機軸に固定され、各遊星ボールを保持する固定要素(キャリア)と、を有する所謂トラクション遊星ギヤ機構を備えたものが知られている。
【0003】
ここで、前者のトロイダル式の無段変速機については、下記の特許文献1−4に開示されている。
【0004】
特許文献1には、パワーローラの転動面上に設けた温度センサで入出力ディスクとパワーローラとの接触部近傍温度(パワーローラの転動面温度)を検出する技術が記載されている。この特許文献1に記載の無段変速機においては、第1入力ディスク及び第1出力ディスクと第1パワーローラとの接触部近傍温度、第1入力ディスク及び第1出力ディスクと第2パワーローラとの接触部近傍温度、第2入力ディスク及び第2出力ディスクと第3パワーローラとの接触部近傍温度、並びに第2入力ディスク及び第2出力ディスクと第4パワーローラとの接触部近傍温度の内の2つの温度の差が所定値以上である場合、トラクション係数が最大値近傍であると判定し、その判定結果を挟圧制御に利用している。
【0005】
尚、特許文献2には、パワーローラの傾転角を検出する傾転角センサをパワーローラ毎に設ける技術が記載されている。この特許文献2に記載の無段変速機においては、その傾転角センサがトラニオンと揺動フレームとの間に配置されており、その内の何れかの傾転角センサが異常である場合、正常な傾転角センサの検出値で変速比制御を行っている。また、特許文献3には、変速機を通過するトルクの大きさと方向に基づいて構成部品の変位量と変位方向を求め、その変位量と変位方向に基づいて高速用クラッチと低速用クラッチの切り替え時期を補正する技術が記載されている。また、特許文献4には、入力ディスクとパワーローラとの接触部近傍の油温を検出する温度センサについて記載されている。
【0006】
更に、後者のトラクション遊星ギヤ機構を備える無段変速機については、下記の特許文献5に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−344867号公報
【特許文献2】特開2005−233377号公報
【特許文献3】特開2004−116576号公報
【特許文献4】特開2007−107626号公報
【特許文献5】米国特許出願公開第2010/0267510号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、この種の無段変速機においては、第1回転要素や第2回転要素を第3回転要素に押し付ける為の軸線方向の押圧力(挟圧力)を発生させている。このことから、第1及び第2の回転要素と第3回転要素との間の接触部においては、その夫々の回転要素が押圧力による押付荷重によって弾性変形している。従って、従来の無段変速機においては、その弾性変形によって温度センサの測定位置がずれ、そして、そのずれに伴い接触部の温度の検出値にもずれが生じるので、適切な大きさの押圧力を出力させることができず、スピンロスやグロススリップを発生させてしまう虞がある。
【0009】
そこで、本発明は、かかる従来例の有する不都合を改善し、適切な大きさの押圧制御を可能にする無段変速機を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する為、本発明は、対向させて配置した共通の第1回転中心軸を有する相対回転可能な第1及び第2の回転要素と、前記第1回転中心軸と同一平面上に配置された第2回転中心軸を有し、前記第1及び第2の回転要素に挟持させた第3回転要素と、前記第1回転要素と前記第2回転要素との間の回転比を前記第3回転要素の傾転動作によって変化させる変速装置と、前記第1回転要素から前記第3回転要素への押付荷重及び前記第2回転要素から前記第3回転要素への押付荷重を発生させる為の押圧力を出力する押圧装置と、前記第1回転要素と前記第3回転要素との間の基準転走軌道上の温度又は前記第2回転要素と前記第3回転要素との間の基準転走軌道上の温度の内の少なくとも一方を検出すべく配置した温度検出装置と、を備える。そして、前記押圧装置の押圧力に応じて生じる前記第1回転要素、前記第2回転要素及び前記第3回転要素の弾性変形量を算出し、該算出した弾性変形量に基づいて前記温度検出装置によって検出された温度を補正することで実転走軌道上の温度を推定し、該推定された実転走軌道上の温度に基づいて前記押圧装置の押圧力を制御することを特徴としている。
【0011】
ここで、前記実転走軌道上の温度の推定の際に、前記弾性変形量に基づいて前記温度検出装置の検出部の位置と前記実転走軌道とのずれ量を算出し、該ずれ量に応じて前記温度検出装置が検出した温度を補正することが望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る無段変速機は、第1回転要素、第2回転要素及び第3回転要素の弾性変形量を考慮して、温度検出装置の検出部の位置と実転走軌道とのずれに伴う検出温度のずれを補正している。これが為、この無段変速機においては、押圧装置の目標押圧力を過不足のない最適な大きさに設定することができ、第1及び第2の回転要素と第3回転要素との間に過不足のない最適な押付荷重を加えることができる。従って、この無段変速機は、その間の接触部に対してスピンロスやグロススリップを抑えた最適な大きさの接線力を発生させることができるので、トルクの伝達効率の向上や耐久性の向上が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明に係る無段変速機の実施例1の構成を示す部分断面図である。
【図2】図2は、図1のX−X線又はY−Y線で切った断面図であって、温度センサの配置及び取り付けの一例を示す図である。
【図3】図3は、図1のX−X線又はY−Y線で切った断面図であって、温度センサの配置及び取り付けの他の例を示す図である。
【図4】図4は、図1のX−X線又はY−Y線で切った断面図であって、温度センサの配置及び取り付けの他の例を示す図である。
【図5】図5は、実施例1の無段変速機の弾性変形について説明する図である。
【図6】図6は、温度センサの位置ずれ量と転走面温度との関係を説明する図である。
【図7】図7は、本発明に係る無段変速機の押圧制御動作について説明するフローチャートである。
【図8】図8は、本発明に係る無段変速機の実施例2の構成を示す図である。
【図9】図9は、トラニオンについて示す図である。
【図10】図10は、図9のZ−Z線で切った断面図である。
【図11】図11は、実施例2の温度センサの配置の一例を示す図である。
【図12】図12は、実施例2の温度センサの配置の他の例を示す図である。
【図13】図13は、実施例2の無段変速機の弾性変形について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明に係る無段変速機の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
【0015】
[実施例1]
本発明に係る無段変速機の実施例1を図1から図7に基づいて説明する。
【0016】
最初に、本実施例の無段変速機の一例について図1を用いて説明する。図1の符号1は、本実施例の無段変速機を示す。
【0017】
この無段変速機1の主要部を成す無段変速機構は、第1から第4の回転要素10,20,30,40と、変速機軸としてのシャフト50と、固定要素60と、を備えた所謂トラクション遊星ギヤ機構と云われるものである。第1,第2及び第4の回転要素10,20,40は、共通の第1回転中心軸R1を有しており、その第1回転中心軸R1と同心のシャフト50を中心とした相互間での相対回転が可能である。第3回転要素30は、その第1回転中心軸R1と同一平面上に配置された第2回転中心軸R2を有しており、その第2回転中心軸R2を中心にして自転する。その第2回転中心軸R2は、後述する基準位置において第1回転中心軸R1と平行になる。この第3回転要素30は、シャフト50を中心にして放射状に複数個配置され、第1回転要素10と第2回転要素20とに挟持される。第4回転要素40は、その外周面上に夫々の第3回転要素30を配置している。シャフト50は、図示しない筐体や車体等における無段変速機1の固定部に固定したものであり、その固定部に対して相対回転させぬよう構成した円柱状の固定軸である。固定要素60は、シャフト50に固定され、夫々の第3回転要素30を傾転自在に保持する。
【0018】
この無段変速機1は、第2回転中心軸R2を第1回転中心軸R1に対して傾斜させ、第3回転要素30を傾転させることによって、入出力間の変速比を変えるものである。以下においては、特に言及しない限り、その第1回転中心軸R1に沿う方向を軸線方向と云い、その第1回転中心軸R1周りの方向を周方向と云う。また、その第1回転中心軸R1に直交する方向を径方向と云い、その中でも、内方に向けた側を径方向内側と、外方に向けた側を径方向外側と云う。
【0019】
この無段変速機1においては、第1回転要素10と第2回転要素20と第4回転要素40との間で各第3回転要素30を介したトルクの伝達が行われる。例えば、この無段変速機1においては、第1,第2及び第4の回転要素10,20,40の内の1つがトルク(動力)の入力部となり、残りの回転要素の内の少なくとも1つがトルクの出力部となる。これが為、この無段変速機1においては、入力部となる何れかの回転要素と出力部となる何れかの回転要素との間の回転速度(回転数)の比が変速比となる。例えば、この無段変速機1は、車両の動力伝達経路上に配設される。その際には、その入力部がエンジンやモータ等の動力源側に連結され、その出力部が駆動輪側に連結される。
【0020】
この無段変速機1は、第1及び第2の回転要素10,20の内の少なくとも一方を第3回転要素30に押し付けることによって、第1,第2及び第4の回転要素10,20,40と第3回転要素30との間に適切な接線力(トラクション力)を発生させ、その間におけるトルクの伝達を可能にする。また、この無段変速機1は、夫々の第3回転要素30を自身の第2回転中心軸R2と第1回転中心軸R1とを含む傾転平面上で傾転させ、第1回転要素10と第2回転要素20との間の回転速度(回転数)の比を変化させることによって、入出力間の回転速度(回転数)の比を変える。
【0021】
ここで、この無段変速機1においては、第1及び第2の回転要素10,20が遊星歯車機構で云うところのリングギヤの機能を為すものとなる。また、第3回転要素30は、トラクション遊星ギヤ機構のボール型ピニオンとして機能する。また、第4回転要素40は、トラクション遊星ギヤ機構のサンローラとして機能する。また、固定要素60は、トラクション遊星ギヤ機構のキャリアとして機能する。以下、第1及び第2の回転要素10,20については、各々「第1及び第2の回転部材10,20」と云う。また、第3回転要素30については「遊星ボール30」と云い、第4回転要素40については「サンローラ40」と云う。また、固定要素60については、「キャリア60」と云う。
【0022】
第1及び第2の回転部材10,20は、中心軸を第1回転中心軸R1に一致させた円盤部材(ディスク)や円環部材(リング)であり、軸線方向で対向させて各遊星ボール30を挟み込むように配設する。この例示においては、双方とも円環部材とする。
【0023】
この第1及び第2の回転部材10,20は、後で詳述する各遊星ボール30の径方向外側の外周曲面と接触する接触面を有している。その夫々の接触面は、例えば、遊星ボール30の外周曲面の曲率と同等の曲率の凹円弧面、その外周曲面の曲率とは異なる曲率の凹円弧面、凸円弧面又は平面等の形状を成している。ここでは、後述する基準位置の状態で第1回転中心軸R1から各遊星ボール30との接触部分までの距離が同じ長さになるように夫々の接触面を形成して、第1及び第2の回転部材10,20の各遊星ボール30に対する夫々の接触角θが同じ角度になるようにしている。その接触角θとは、基準から各遊星ボール30との接触部分までの角度のことである。ここでは、径方向を基準にしている。その夫々の接触面は、遊星ボール30の外周曲面に対して点接触又は面接触している。また、夫々の接触面は、第1及び第2の回転部材10,20から遊星ボール30に向けて軸線方向の力(押圧力)が加わった際に、その遊星ボール30に対して径方向内側で且つ斜め方向の押付荷重(法線力)が加わるように形成されている。
【0024】
この例示においては、第1回転部材10に入力軸11を連結し、第2回転部材20に出力軸21を連結する。
【0025】
この無段変速機1には、上記の押圧力を発生させる押圧装置70が設けられている。その押圧装置70は、第1回転部材10から遊星ボール30に向けた押圧力を発生させるもの、第2回転部材20から遊星ボール30に向けた押圧力を発生させるもの、その夫々の押圧力を発生させるものの何れであってもよい。例えば、この例示の押圧装置70は、第1回転部材10又は入力軸11の背面側(遊星ボール30とは反対側)に設けた油圧室の油圧を押圧制御装置で増減制御することで、第1回転部材10から遊星ボール30に向けた目標押圧力を発生させる。その押圧制御装置は、電子制御装置ECUの演算処理機能の1つとして用意されている。
【0026】
遊星ボール30は、サンローラ40の外周面上を転がる転動部材である。この遊星ボール30は、完全な球状体であることが好ましいが、少なくとも転動方向にて球形を成すもの、例えばラグビーボールの様な断面が楕円形状のものであってもよい。この遊星ボール30は、その中心を通って貫通させた支持軸31によって回転自在に支持する。例えば、遊星ボール30は、支持軸31の外周面との間に配設した軸受(図示略)によって、第2回転中心軸R2を回転軸とした支持軸31に対する相対回転(つまり自転)ができる。従って、この遊星ボール30は、支持軸31を中心にしてサンローラ40の外周面上を転動することができる。その支持軸31の両端は、遊星ボール30から突出させておく。
【0027】
その支持軸31の基準となる位置は、図1に示すように、第2回転中心軸R2が第1回転中心軸R1と平行になる位置である。この支持軸31は、その基準位置で形成される自身の回転中心軸(第2回転中心軸R2)と第1回転中心軸R1とを含む同一平面(以下、「傾転平面」と云う。)内において、基準位置とそこから傾斜させた位置との間を遊星ボール30と共に揺動(傾転)することができる。その傾転は、その傾転平面内で遊星ボール30の中心を支点にして行われる。
【0028】
サンローラ40は、中心軸を第1回転中心軸R1に一致させた円筒状のものであり、その外周面上に複数個の遊星ボール30が放射状に略等間隔で配置されている。このサンローラ40においては、その外周面が遊星ボール30の自転の際の転動面となる。
【0029】
キャリア60は、夫々の遊星ボール30の傾転動作を妨げないように支持軸31の夫々の突出部を保持する。このキャリア60は、例えば、中心軸を第1回転中心軸R1に一致させた第1及び第2の円盤部材61,62を対向させて配置し、その第1及び第2の円盤部材61,62を複数本の連結軸63(図2)で連結して、全体として籠状となるようにしている。これにより、このキャリア60は、外周面に開放部分を有することになる。各遊星ボール30は、第1及び第2の円盤部材61,62の間に配置し、その開放部分を介して第1回転部材10と第2回転部材20とに接している。
【0030】
このキャリア60は、第1及び第2の円盤部材61,62の内周面側をシャフト50の外周面側に固定し、そのシャフト50に対する周方向への相対回転や軸線方向への相対移動が行えないようにしている。例えば、このキャリア60は、第1及び第2の円盤部材61,62の内周面をシャフト50の外周面に対してスプライン嵌合することで、そのような周方向への相対回転を禁止できる。
【0031】
この無段変速機1には、夫々の遊星ボール30の傾転時に支持軸31を傾転方向へと案内する為のガイド部が設けられている。この例示では、そのガイド部をキャリア60に設ける。ガイド部は、遊星ボール30から突出させた支持軸31を傾転方向に向けて案内する径方向のガイド溝64,65であり、第1及び第2の円盤部材61,62の夫々の対向する部分に遊星ボール30毎に形成する(図2)。つまり、全てのガイド溝64と全てのガイド溝65は、軸線方向から観ると夫々が放射状を成している。
【0032】
この無段変速機1においては、夫々の遊星ボール30の傾転角が基準位置、即ち0度のときに、第1回転部材10と第2回転部材20とが同一回転速度(同一回転数)で回転する。つまり、このときには、第1回転部材10と第2回転部材20の回転比(回転速度又は回転数の比)が1となり、変速比γが1になっている。一方、夫々の遊星ボール30を基準位置から傾転させた際には、支持軸31の中心軸から第1回転部材10との接触部分までの距離が変化すると共に、支持軸31の中心軸から第2回転部材20との接触部分までの距離が変化する。これが為、第1回転部材10又は第2回転部材20の内の何れか一方が基準位置のときよりも高速で回転し、他方が低速で回転するようになる。例えば第2回転部材20は、遊星ボール30を一方へと傾転させたときに第1回転部材10よりも低回転になり(減速)、他方へと傾転させたときに第1回転部材10よりも高回転になる(増速)。従って、この無段変速機1においては、その傾転角を変えることによって、第1回転部材10と第2回転部材20との間の回転比(変速比γ)を無段階に変化させることができる。尚、ここでの増速時(γ<1)には、図1における上側の遊星ボール30を紙面時計回り方向に傾転させ且つ下側の遊星ボール30を紙面反時計回り方向に傾転させる。また、減速時(γ>1)には、図1における上側の遊星ボール30を紙面反時計回り方向に傾転させ且つ下側の遊星ボール30を紙面時計回り方向に傾転させる。
【0033】
この無段変速機1には、その変速比γを変える変速装置(図示略)が設けられている。変速比γは遊星ボール30の傾転角の変化に伴い変わるので、その変速装置としては、夫々の遊星ボール30を傾転させる傾転装置を用いる。この変速装置には、この技術分野において周知のものを利用する。例えば、変速装置としては、延設された支持軸31の一方の端部に取り付けられた長手方向が径方向の支持部材と、この支持部材に径方向の力を加えるアクチュエータと、で構成されたものが考えられる。この変速装置は、その支持部材を径方向へと動かすことにより、支持軸31を介して遊星ボール30を傾転させる。
【0034】
ところで、上述した押圧装置70の目標押圧力は、第1及び第2の回転部材10,20から遊星ボール30への法線方向の押付荷重Fnの大きさの目標値(以下、「目標押付荷重」と云う)Fn0と、この無段変速機1の幾何学条件と、に応じて決まる。その幾何学条件とは、接触角θ等のことであり、無段変速機1の諸元情報の1つである。そして、その目標押付荷重Fn0は、目標トラクション力Ft0とトラクション係数μとにより演算される(Fn=Ft/μ)。目標トラクション力Ft0は、動力源の出力トルク(無段変速機1への入力トルク)等により決まる。また、トラクション係数μは、第1回転部材10と遊星ボール30との間の接触部(入力側の接触部)や第2回転部材20と遊星ボール30との間の接触部(出力側の接触部)の面圧やすべり率、温度等により決まる。つまり、押圧制御装置が押圧装置70の目標押圧力を設定する際には、その接触部の温度に基づいてトラクション係数μを求め、このトラクション係数μと目標トラクション力Ft0とから目標押付荷重Fn0を求める。そして、この電子制御装置ECUは、その目標押付荷重Fn0と無段変速機1の幾何学条件に基づいて目標押圧力の算出を行う。
【0035】
これらの演算自体は、この種のトラクション駆動装置の技術分野において周知のものである。しかしながら、その演算の際、接触部の温度は、接触部近傍の潤滑油の油温が用いられており、実際の温度に対してずれがある。これが為、本実施例においては、その接触部の温度として、第1回転部材10と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度や第2回転部材20と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度を用いる。つまり、電子制御装置ECUが押圧装置70の目標押圧力を設定する際には、第1回転部材10と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度又は第2回転部材20と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度の内の少なくとも一方を用いる。
【0036】
入力側の接触部の温度については、第1回転部材10と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度であって、その第1回転部材10における遊星ボール30との間の転走面の温度、又は、遊星ボール30における第1回転部材10との間の転走面の温度を測定する。また、出力側の接触部の温度については、第2回転部材20と遊星ボール30との間の転走軌道上の温度であって、その第2回転部材20における遊星ボール30との間の転走面の温度、又は、遊星ボール30における第2回転部材20との間の転走面の温度を測定する。その転走面の温度(以下、「転走面温度」とも云う)の測定の為に、この無段変速機1には、温度センサ81を有する温度検出装置が配設されている。温度センサ81は、少なくとも1つの遊星ボール30に対して配備すればよい。
【0037】
図2及び図3には、遊星ボール30における第1回転部材10との間の転走面と、遊星ボール30における第2回転部材20との間の転走面と、に各々温度センサ81を設けた場合を例示している。この図2及び図3は、図1のX−X線及びY−Y線で切った断面図である。図2の例示の温度検出装置は、キャリア60の連結軸63に固定された保持部材82を有しており、この保持部材82で温度センサ81を保持している。図3の例示の温度検出装置は、無段変速機1の筐体Caの内壁面に固定された保持部材82を有しており、この保持部材82で温度センサ81を保持している。この温度センサ81は、シャフト50に対する相対回転や相対移動が行われない部材に取り付けることが好ましい。
【0038】
この温度センサ81は、例えば動力源からのトルク入力時の回転方向を考慮し、遊星ボール30の転走面における第1回転部材10や第2回転部材20との接触部を経た直後の温度が検出される場所に配置することが望ましい。これにより、その接触部の温度に最も近い値が検出できるので、トラクション係数μの推定精度が向上するからである。ここで、1つの遊星ボール30にのみ配備する場合には、第1回転部材10との接触部及び第2回転部材20との接触部を経た直後の温度が検出される場所に温度センサ81を各々配置することが好ましい。但し、この場合、一方の接触部の検出温度が他方の接触部の温度の影響で変わる可能性もあるので、入力側と出力側の夫々の温度を検出するときには、2つ以上の遊星ボール30に対して温度センサ81を1つずつ入力側と出力側とに分けて配備することが好ましい。
【0039】
また、複数個の遊星ボール30に対して夫々に温度センサ81を設ける場合には、例えば、どの温度センサ81の検出温度をトラクション係数μの演算に用いるのかについての優先順位を付けてもよい。例えば、入力側(又は出力側)に設けた複数の温度センサ81において、優先順位の一番高い入力側(又は出力側)の温度センサ81の検出温度が他の複数の入力側(又は出力側)の温度センサ81の検出温度に対して大きくずれている場合、優先順位が二番目の入力側(又は出力側)の温度センサ81の検出温度をトラクション係数μの演算に用いる。
【0040】
また、図4には、第1回転部材10における遊星ボール30との間の転走面と、第2回転部材20における遊星ボール30との間の転走面と、に各々温度センサ81を設けた場合を例示している。この図4は、図1のX−X線及びY−Y線で切った断面図である。その温度センサ81は、図2及び図3の例示と同様に、例えば動力源からのトルク入力時の回転方向を考慮し、第1回転部材10や第2回転部材20の転走面における遊星ボール30との接触部を経た直後の温度が検出される場所に配置することで、その接触部の温度に最も近い値が検出されるようにすることが望ましい。また、この温度センサ81は、少なくとも1つの遊星ボール30に対して配備すればよい。そして、この温度センサ81は、図2及び図3の例示と同様に、シャフト50に対する相対回転や相対移動が行われない部材に取り付けることが好ましい。この図4の例示の温度検出装置は、キャリア60の連結軸63に固定された保持部材82を有しており、この保持部材82で温度センサ81を保持している。
【0041】
このように、温度センサ81は、第1回転部材10や第2回転部材20の転走面温度、遊星ボール30の転走面温度を検出する。これが為、押圧装置70の目標押圧力の演算の際には、潤滑油の油温で代替するよりも、その転走面温度を用いることで演算結果の精度が高くなる。
【0042】
しかしながら、第1及び第2の回転部材10,20と遊星ボール30との間においては、図5に示すように、押付荷重Fnによって第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30が弾性変形し、転走軌道の軌跡が変わる。これが為、このときには、変化前の転走軌道に合わせて配置されている温度センサ81の検出部の位置(以下、「センサ位置」と云う)と実際の転走軌道との間にずれが生じてしまう可能性がある。そして、そのずれにより、温度センサ81で検出された温度と実際の転走軌道上の温度との間に差が生じる可能性があるので、押圧装置70の目標押圧力は、その差が大きくなるほど、換言するならば弾性変形量が大きくなるほど、その演算結果の精度が低下してしまう。
【0043】
そこで、本実施例においては、その弾性変形量に応じて温度センサ81の検出した温度を補正することで実際の転走軌道上の転走面温度を求め、この実際の転走面温度(温度センサ81の検出した温度の補正値)に基づいて目標押圧力の演算を行う。
【0044】
先ず、ここでは、温度センサ81での検出位置となる弾性変形前の理想的な転走軌道のことを「基準転走軌道」と云い、上記の弾性変形後の実際の転走軌道のことを「実転走軌道」と云う。従って、その基準転走軌道上の理想的な転走面については「基準転走面」となり、その実転走軌道上の転走面については「実転走面」となる。
【0045】
押圧制御装置には、目標押付荷重Fn0を算出させる。この演算の際には、温度センサ81で検出した温度を用いる。その目標押付荷重Fn0は、第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30が弾性変形する前の制御目標値であり、暫定的な値である。故に、以下においては、その目標押付荷重を「暫定目標押付荷重」と云う。尚、その暫定目標押付荷重は、従来の目標押付荷重に相当するものであり、従来の目標押付荷重と同じ演算処理によって算出される。
【0046】
第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30は、その暫定目標押付荷重で押圧制御を行うことによって弾性変形する。このときの温度センサ81のセンサ位置と実転走軌道との間のずれ量(以下、「センサずれ量」と云う)は、その第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の夫々の弾性変形の状態によって決まる。ここでは、その弾性変形の状態について、例えば、軸線方向や径方向の弾性変形量で表すことができる。本実施例においては、第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の弾性変形量(実際に押圧制御が実行されていれば実測相当の推定値、実際に押圧制御が実行されていなければ、実行したと仮定した場合の推定値)における軸線方向成分及び径方向成分の算出が可能な弾性変形量算出装置を備える。その弾性変形量算出装置は、電子制御装置ECUの演算処理機能の1つとして用意されている。
【0047】
ここで、その弾性変形量は、暫定目標押付荷重と、無段変速機1の諸元情報(幾何学条件、変速比γ、第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の材質の情報等)と、に基づいて求めることができる。その無段変速機1の諸元情報は予め把握できるので、弾性変形量算出装置には、例えば暫定目標押付荷重に対する第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の弾性変形量のマップを予め用意しておくことで、そのマップと暫定目標押付荷重とに基づいて夫々の弾性変形量を演算させればよい。例えば、その夫々のマップには、弾性変形量の軸線方向成分と径方向成分が示されている。尚、その弾性変形量は、第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30に設けた歪みセンサの検出値から求めてもよい。
【0048】
その第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分からは、その夫々の弾性変形の状態を知ることができ、予め実験やシミュレーションを行っておくことで、実転走面の位置、つまりセンサずれ量を推定することができる。従って、温度推定装置には、その弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分に基づいてセンサずれ量を求めさせる。ここでは、その第1回転部材10、第2回転部材20又は遊星ボール30の内、温度センサ81に接しているものの弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分からセンサずれ量を求めてもよい。温度推定装置には、その弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分に対するセンサずれ量のマップを予め用意しておくことで、そのマップと弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分とに基づいてセンサずれ量を演算させればよい。ここで、その温度推定装置は、電子制御装置ECUの演算処理機能の1つとして用意されている。
【0049】
一方、実転走面や実転走面近傍の温度分布についても、予め実験やシミュレーションによって把握しておくことができる。この温度分布は、例えば図6に示すように、最高温度となる実転走面を境にして、第1回転部材10や第2回転部材20、遊星ボール30の表面上で実転走面から離れるほど温度が低下していくものである。この図6の温度分布においては、横軸が距離を表しており、縦軸が温度を表している。実転走面からの距離に対する温度の低下代については、実転走面の転走面温度の高低に拘わらず略同等の傾向を示す。従って、その横軸においては、実転走面の位置を起点にしたセンサずれ量を表すことができ、温度分布上のセンサ位置を知ることができる。また、縦軸においては、そのセンサ位置と温度分布上で交わっている温度を温度センサ81で検出された温度として表すことができる。この温度分布においては、その検出された温度と転走面温度との差が温度補正量になる。故に、温度推定装置には、その補正量を温度センサ81で検出された温度に加えることで、実転走面の転走面温度を推定させる。
【0050】
この無段変速機1においては、その推定した実転走面の転走面温度に基づいて押圧装置70の目標押圧力を求め、その目標押圧力を出力させるように押圧制御を行う。以下、その押圧制御時の演算処理動作について図7のフローチャートに基づき説明する。尚、温度センサ81の検出温度に上述した優先順位が設定されている場合には、その優先順位に基づいて下記の演算処理に用いる温度センサ81の検出温度を決める。
【0051】
先ず、電子制御装置ECUは、演算条件を取得する(ステップST1)。その演算条件とは、無段変速機1の諸元情報、無段変速機1への入力トルク(動力源の出力トルク)、無段変速機1の変速比γ、温度センサ81の検出した温度等である。無段変速機1の諸元情報は、不変の値であるので、例えば電子制御装置ECUの記憶装置等に予め記憶させておく。無段変速機1への入力トルクは、動力源の出力制御信号等から得ることができる。変速比γは、無段変速機1への変速制御信号等から得ることができる。
【0052】
電子制御装置ECUは、その取得した演算条件に基づいて暫定目標押付荷重を求め(ステップST2)、この暫定目標押付荷重で押圧制御された場合の第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の弾性変形量を求める(ステップST3)。そして、この電子制御装置ECUは、その弾性変形量に基づいて、温度センサ81の検出した温度に対する温度補正量を求める(ステップST4)。
【0053】
そのステップST4では、前述したように、第1回転部材10、第2回転部材20又は遊星ボール30の内、温度センサ81に接しているものの弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分に応じたセンサずれ量を求める。例えば、図2や図3の例示では、温度センサ81が接している遊星ボール30の弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分を上記のマップに照らし合わせることで、第1回転部材10側と第2回転部材20側の夫々のセンサずれ量を求める。また、図4の例示では、第1回転部材10と第2回転部材20の夫々の弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分を上記のマップに照らし合わせることで、第1回転部材10側と第2回転部材20側の夫々のセンサずれ量を求める。そして、このステップST4では、そのセンサずれ量を図6の温度分布に相当するマップに照らし合わせることで、そのマップ(温度分布)上における温度センサ81のセンサ位置に対応する温度を求める。このステップST4では、その温度とマップ(温度分布)上の転走面温度との差を求め、この差を温度補正量とする。ここでは、第1回転部材10と遊星ボール30との間の温度補正量、第2回転部材20と遊星ボール30との間の温度補正量が求められる。
【0054】
電子制御装置ECUは、その温度補正量と温度センサ81で検出された温度とに基づいて、実転走軌道上の転走面温度を推定する(ステップST5)。このステップST5においては、その温度補正量を温度センサ81で検出された温度に加算することで、その加算値を実転走面の転走面温度とする。
【0055】
電子制御装置ECUは、その推定された実転走軌道上の転走面温度や、該当する接触部のすべり率等に基づいて、第1回転部材10と遊星ボール30との間及び第2回転部材20と遊星ボール30との間におけるトラクション係数μを求める(ステップST6)。
【0056】
電子制御装置ECUは、そのトラクション係数μと目標トラクション力Ft0とに基づいて、第1回転部材10と遊星ボール30との間及び第2回転部材20と遊星ボール30との間における目標押付荷重Fn0を求める(ステップST7)。
【0057】
この電子制御装置ECUは、その夫々の目標押付荷重Fn0に基づいて目標押圧力を設定し、この目標押圧力を出力させるように押圧装置70を制御する(ステップST8)。
【0058】
このように、本実施例の無段変速機1は、押圧制御を行う際に、第1及び第2の回転部材10,20並びに遊星ボール30の弾性変形を考慮することで求めた実転走軌道上の転走面温度の情報を用いている。これが為、この無段変速機1においては、押圧装置70の目標押圧力を過不足のない最適な大きさに設定することができ、第1及び第2の回転部材10,20と遊星ボール30との間に過不足のない最適な押付荷重を加えることができる。従って、この無段変速機1は、第1及び第2の回転部材10,20と遊星ボール30との間の接触部に対して、スピンロス(駆動損失)やグロススリップ(過大な滑り)を抑えた最適な大きさの接線力を発生させることができるので、トルクの伝達効率の向上や耐久性の向上が可能になる。
【0059】
[実施例2]
次に、本発明に係る無段変速機の実施例2について説明する。
【0060】
実施例1で説明した押圧制御は、所謂トロイダル型の無段変速機にも適用可能である。そこで、本実施例においては、この種の無段変速機に実施例1の押圧制御を適用した場合について説明する。
【0061】
図8は、トロイダル型の無段変速機の主要部を示したものである。この図8の符号100は、そのトロイダル型の無段変速機を示す。
【0062】
この無段変速機100は、第1回転要素としての入力ディスク111,112と、第2回転要素としての出力ディスク121,122と、第3回転要素としてのパワーローラ131,132と、動力源の出力トルクが伝達される入力軸としてのシャフト150と、を備える。
【0063】
この無段変速機100においては、入力ディスク111,112と第2回転要素としての出力ディスク121,122とシャフト150とが共通の第1回転中心軸R1を有すると共に、夫々のパワーローラ131,132が個々に第2回転中心軸R2を有している。その第1回転中心軸R1と第2回転中心軸R2は、同一平面上に配置される。その同一平面は、パワーローラ131,132毎に形成される。本実施例においては、特に言及しない限り、その第1回転中心軸R1に沿う方向を軸線方向と云い、その第1回転中心軸R1周りの方向を周方向と云う。また、その第1回転中心軸R1に直交する方向を径方向と云い、その中でも、内方に向けた側を径方向内側と、外方に向けた側を径方向外側と云う。
【0064】
入力ディスク111,112と出力ディスク121,122は、円板形状を成しており、シャフト150と同心状に配置される。その際、出力ディスク121,122は、入力ディスク111,112の間に配置される。入力ディスク111と出力ディスク121との夫々の対向する面には、キャビティC1を成す接触面111a,121aが各々形成されている。これと同様に、入力ディスク112と出力ディスク122との夫々の対向する面には、キャビティC2を成す接触面112a,122aが各々形成されている。
【0065】
入力ディスク111,112は、シャフト150と一体になって周方向に回転すると共に、そのシャフト150に対する軸線方向への相対移動が可能である。例えば、この入力ディスク111,112は、シャフト150に対してスプライン嵌合している。これにより、この入力ディスク111,112には、動力源の出力トルクが伝達される。一方、出力ディスク121,122は、軸受(図示略)を介してシャフト150に対する周方向への相対回転が可能である。この出力ディスク121,122は、歯車群を介して駆動輪に連結されており、パワーローラ131,132を介して伝えられた動力源の出力トルクを駆動輪側に伝達する。
【0066】
この無段変速機100においては、入力ディスク111と出力ディスク121との間に形成されたキャビティC1内に、複数個のパワーローラ131が第1回転中心軸R1を中心として放射状に配置されている。これと同様に、入力ディスク112と出力ディスク122との間に形成されたキャビティC2内には、複数個のパワーローラ132が第1回転中心軸R1を中心として放射状に配置されている。そして、この無段変速機100においては、各パワーローラ131が入力ディスク111と出力ディスク121とに挟持され、且つ、各パワーローラ132が入力ディスク112と出力ディスク122とに挟持される。
【0067】
夫々のパワーローラ131,132は、図9及び図10に示すトラニオン140によって個別に支持されており、そのトラニオン140に対する第2回転中心軸R2を中心とした相対回転が行える。つまり、夫々のパワーローラ131,132は、そのトラニオン140によって入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122に対する相対回転が行えるよう支持されている。そのトラニオン140は、入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122に対してパワーローラ131,132を径方向に移動させると共に、その入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122に対してパワーローラ131,132を傾転させることができる。
【0068】
この無段変速機100においては、そのパワーローラ131,132の傾転角を変化させることで、入力ディスク111と出力ディスク121との間の回転比及び入力ディスク112と出力ディスク122との間の回転比を変化させ、これにより変速比γを変える。従って、この無段変速機100の変速装置(図示略)には、夫々のパワーローラ131,132を傾転させる傾転装置を用いる。例えば、この変速装置としては、油圧によりパワーローラ131,132を中立位置からストロークさせることで、パワーローラ131,132に傾転力を作用させ、これによりパワーローラ131,132を傾転させる油圧サーボ機構が知られている。その中立位置とは、パワーローラ131,132の第2回転中心軸R2が第1回転中心軸R1に対して直交している状態のことを云う。そして、パワーローラ131,132が中立位置のときには、傾転角が0度になり、入力ディスク111,112と出力ディスク121,122とが同一回転数で回転するので、変速比γが1になる。
【0069】
パワーローラ131,132における入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122との接触部においては、入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122からパワーローラ131,132に向けて軸線方向の力(押圧力)を加えることで、パワーローラ131,132やキャビティC1,C2の形状に応じた法線方向の押付荷重(法線力)Fnが加わる。この無段変速機100には、その押圧力を発生させる押圧装置170が設けられている。その押圧装置170は、夫々の入力ディスク111,112の内の少なくとも一方から出力ディスク121,122に向けた押圧力を発生させるものである。例えば、この例示の押圧装置170は、入力ディスク111の背面側(パワーローラ131とは反対側)に設けた油圧室の油圧を押圧制御装置で増減制御することで、入力ディスク111からパワーローラ131に向けた目標押圧力を発生させる。その押圧制御装置は、電子制御装置ECUの演算処理機能の1つとして用意されている。
【0070】
その押圧装置170の目標押圧力は、入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122からのパワーローラ131,132に対する目標押付荷重Fn0と、この無段変速機100の幾何学条件と、に応じて決まる。その幾何学条件とは、押付荷重Fnの荷重方向を決める形状(キャビティC1,C2やパワーローラ131,132等の形状)等のことであり、無段変速機100の諸元情報の1つである。そして、その目標押付荷重Fn0は、実施例1でも説明したように、目標トラクション力Ft0とトラクション係数μとにより演算される(Fn=Ft/μ)。そのトラクション係数μは、入力ディスク111,112とパワーローラ131,132との間の接触部(入力側の接触部)や出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間の接触部(出力側の接触部)の面圧やすべり率、温度等により決まる。つまり、押圧制御装置が押圧装置170の目標押圧力を設定する際には、その接触部の温度に基づいてトラクション係数μを求め、このトラクション係数μと目標トラクション力Ft0とから目標押付荷重Fn0を求める。そして、電子制御装置ECUは、その目標押付荷重Fn0と無段変速機100の幾何学条件に基づいて目標押圧力の算出を行う。これらの演算自体は、前述したように、この種のトラクション駆動装置の技術分野において周知のものである。
【0071】
この無段変速機100においても、電子制御装置ECUが押圧装置170の目標押圧力を設定する際には、入力ディスク111,112とパワーローラ131,132との間の転走軌道上の温度又は出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間の転走軌道上の温度の内の少なくとも一方を用いる。
【0072】
入力側の接触部の温度については、入力ディスク111,112とパワーローラ131,132との間の転走軌道上の温度であって、そのパワーローラ131,132における入力ディスク111,112との間の転走面温度を測定する。また、出力側の接触部の温度については、出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間の転走軌道上の温度であって、そのパワーローラ131,132における出力ディスク121,122との間の転走面温度を測定する。その転走面温度の測定の為に、この無段変速機100には、温度センサ181を有する温度検出装置が配設されている。
【0073】
この例示の温度検出装置は、トラニオン140のセンサ保持部141に固定された保持部材182を有しており、この保持部材182で温度センサ181を保持している。温度センサ181は、各パワーローラ131,132の内の少なくとも1つに対して配備する。ここでは、全てのパワーローラ131,132に設けられている。
【0074】
この温度センサ181は、例えば動力源からのトルク入力時の回転方向を考慮し、パワーローラ131,132の転走面における入力ディスク111,112や出力ディスク121,122との接触部を経た直後の温度が検出される場所に配置することが望ましい。これにより、その接触部の温度に最も近い値が検出できるので、トラクション係数μの推定精度が向上する。ここで、1つのパワーローラ131(132)にのみ配備する場合には、入力ディスク111(112)との接触部及び出力ディスク121(122)との接触部を経た直後の温度が検出される場所に温度センサ181を各々配置することが好ましい。但し、この場合、一方の接触部の検出温度が他方の接触部の温度の影響で変わる可能性もあるので、入力側と出力側の夫々の温度を検出するときには、図11及び図12に示すように、2つ以上のパワーローラ131,132に対して温度センサ181を1つずつ入力側と出力側とに分けて配備することが好ましい。
【0075】
また、複数個のパワーローラ131,132に対して夫々に温度センサ181を設ける場合には、例えば、どの温度センサ181の検出温度をトラクション係数μの演算に用いるのかについての優先順位を付けてもよい。例えば、入力側(又は出力側)に設けた複数の温度センサ181において、優先順位の一番高い入力側(又は出力側)の温度センサ181の検出温度が他の複数の入力側(又は出力側)の温度センサ181の検出温度に対して大きくずれている場合、優先順位が二番目の入力側(又は出力側)の温度センサ181の検出温度をトラクション係数μの演算に用いる。
【0076】
ここで、その温度センサ181は、パワーローラ131,132の基準転走面(図10)の温度を測定すべく配設される。しかしながら、この無段変速機100においても、入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132は、これらの間の押付荷重Fnによって弾性変形する(図13はキャビティC1側を例示)。そして、その弾性変形によって転走軌道の軌跡が変わるので、この無段変速機100においても、温度センサ181のセンサ位置が実転走軌道上から外れてしまい、温度センサ181の検出温度と実転走軌道上の温度との間に差が生じる可能性がある。図10には、パワーローラ131,132の基準転走面と実転走面について例示している。
【0077】
そこで、本実施例においても、弾性変形量に応じて温度センサ181の検出温度を補正することで実転走軌道上の転走面温度を求め、この実際の転走面温度(温度センサ181の検出した温度の補正値)に基づいて目標押圧力の演算を行う。そして、この無段変速機100は、そのようにして求めた目標押圧力で押圧制御を行う。その押圧制御については、前述した実施例1と略同様にして行われるので、図7のフローチャートを用いて簡単に説明する。尚、温度センサ181の検出温度に上述した優先順位が設定されている場合には、その優先順位に基づいて下記の演算処理に用いる温度センサ181の検出温度を決める。
【0078】
先ず、電子制御装置ECUは、演算条件を取得する(ステップST1)。そして、この電子制御装置ECUは、その取得した演算条件に基づいて暫定目標押付荷重を求め(ステップST2)、この暫定目標押付荷重で押圧制御された場合の入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132の弾性変形量を求める(ステップST3)。
【0079】
ここで、その弾性変形量は、暫定目標押付荷重と、無段変速機100の諸元情報(幾何学条件、変速比γ、入力ディスク111,112と出力ディスク121,122とパワーローラ131,132の材質の情報等)と、に基づいて求めることができる。その無段変速機100の諸元情報は予め把握できるので、弾性変形量算出装置には、例えば暫定目標押付荷重に対する入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132の弾性変形量のマップを予め用意しておくことで、そのマップと暫定目標押付荷重とに基づいて夫々の弾性変形量を演算させればよい。例えば、その夫々のマップには、弾性変形量の軸線方向成分と径方向成分が示されている。尚、その弾性変形量は、入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132に設けた歪みセンサの検出値から求めてもよい。
【0080】
電子制御装置ECUは、そのステップST3の弾性変形量に基づいて、温度センサ181の検出した温度に対する温度補正量を求める(ステップST4)。
【0081】
その入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132の弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分からは、その夫々の弾性変形の状態を知ることができ、予め実験やシミュレーションを行っておくことで、実転走面の位置、つまりセンサずれ量を推定することができる。従って、温度推定装置には、その弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分に基づいてセンサずれ量を求めさせる。ここでは、温度センサ181に接しているパワーローラ131,132の弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分からセンサずれ量を求めてもよい。温度推定装置には、その弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分に対するセンサずれ量のマップと弾性変形量の軸線方向成分及び径方向成分とに基づいてセンサずれ量を演算させる。そして、このステップST4では、そのセンサずれ量を図6と同等の温度分布に相当するマップに照らし合わせることで、そのマップ(温度分布)上における温度センサ181のセンサ位置に対応する温度を求める。このステップST4では、その温度とマップ(温度分布)上の転走面温度との差を求め、この差を温度補正量とする。
【0082】
電子制御装置ECUは、その温度補正量と温度センサ181で検出された温度とに基づいて、実転走軌道上の転走面温度を推定し(ステップST5)、その推定された実転走軌道上の転走面温度や、該当する接触部のすべり率等に基づいて、入力ディスク111,112とパワーローラ131,132との間及び出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間におけるトラクション係数μを求める(ステップST6)。この電子制御装置ECUは、そのトラクション係数μと目標トラクション力Ft0とに基づいて、入力ディスク111,112とパワーローラ131,132との間及び出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間における目標押付荷重Fn0を求める(ステップST7)。この電子制御装置ECUは、その夫々の目標押付荷重Fn0に基づいて目標押圧力を設定し、この目標押圧力を出力させるように押圧装置170を制御する(ステップST8)。
【0083】
このように、本実施例の無段変速機100においても、押圧制御を行う際には、入力ディスク111,112、出力ディスク121,122及びパワーローラ131,132の弾性変形を考慮することで求めた実転走軌道上の転走面温度の情報を用いている。これが為、この無段変速機100においては、押圧装置170の目標押圧力を過不足のない最適な大きさに設定することができ、入力ディスク111,112及び出力ディスク121,122とパワーローラ131,132との間に過不足のない最適な押付荷重を加えることができる。従って、この無段変速機100は、その間の接触部に対してスピンロスやグロススリップを抑えた最適な大きさの接線力を発生させることができるので、トルクの伝達効率の向上や耐久性の向上が可能になる。
【符号の説明】
【0084】
1,100 無段変速機
10 第1回転部材(第1回転要素)
20 第2回転部材(第2回転要素)
30 遊星ボール(第3回転要素)
40 サンローラ(第4回転要素)
60 キャリア(固定要素)
70,170 押圧装置
81,181 温度センサ
111,112 入力ディスク(第1回転要素)
121,122 出力ディスク(第2回転要素)
131,132 パワーローラ(第3回転要素)
140 トラニオン
ECU 電子制御装置
R1 第1回転中心軸
R2 第2回転中心軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向させて配置した共通の第1回転中心軸を有する相対回転可能な第1及び第2の回転要素と、
前記第1回転中心軸と同一平面上に配置された第2回転中心軸を有し、前記第1及び第2の回転要素に挟持させた第3回転要素と、
前記第1回転要素と前記第2回転要素との間の回転比を前記第3回転要素の傾転動作によって変化させる変速装置と、
前記第1回転要素から前記第3回転要素への押付荷重及び前記第2回転要素から前記第3回転要素への押付荷重を発生させる為の押圧力を出力する押圧装置と、
前記第1回転要素と前記第3回転要素との間の基準転走軌道上の温度又は前記第2回転要素と前記第3回転要素との間の基準転走軌道上の温度の内の少なくとも一方を検出すべく配置した温度検出装置と、
を備え、
前記押圧装置の押圧力に応じて生じる前記第1回転要素、前記第2回転要素及び前記第3回転要素の弾性変形量を算出し、該算出した弾性変形量に基づいて前記温度検出装置によって検出された温度を補正することで実転走軌道上の温度を推定し、該推定された実転走軌道上の温度に基づいて前記押圧装置の押圧力を制御することを特徴とする無段変速機。
【請求項2】
前記実転走軌道上の温度の推定の際に、前記弾性変形量に基づいて前記温度検出装置の検出部の位置と前記実転走軌道とのずれ量を算出し、該ずれ量に応じて前記温度検出装置が検出した温度を補正することを特徴とした請求項1記載の無段変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−211612(P2012−211612A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76632(P2011−76632)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】