説明

焼結部材の製造方法

【課題】潤滑剤の内部への侵入を抑制することができ、鍛造により充分な密度と強度を得ることができる焼結部材の製造方法を提供する。
【解決手段】原料粉末を混合する混合工程と、前記原料粉末を圧縮して圧粉体とする成形工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体とする焼結工程と、前記焼結体の表面に塑性加工を加えるか表面を溶融して該表面に露出した気孔を塞ぐ封孔工程と、封孔した前記焼結体を潤滑剤を用いて鍛造する鍛造工程とを備えたことを特徴とする焼結部材の製造方法を適用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結部材の製造方法に係り、特に、焼結後に鍛造を行うことにより溶製材と同等の高い密度と強度を得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金法は、金属粉末等からなる原料粉末を所定の形状および寸法に固め、これを溶融しない温度で加熱することにより、粉末粒子を強固に結合して金属製品を製造する技術であり、ニアネットシェイプに造形することができ、かつ、大量生産に向くこと、および溶製材料では得られない特殊な材料を製造できること、等の特長から、自動車用機械部品や各種産業用の機械部品に適用が進んでいる。
【0003】
しかしながら、粉末冶金法による焼結部材は、一般に、原料粉末を圧粉縮成形した際の粉末間の空隙が、焼結後に気孔として残留するため、溶製材に比してその強度が低くなるという欠点がある。この欠点に対しては、焼結部材に多量の合金成分を与えて合金元素により基地を強化すること、すなわち、溶製材料で用いられるよりも上位のグレードの鋼種とすることで対応してきた。しかしながら、近年の各種合金元素の価格高騰により、原料粉末のコストの増加が問題となってきている。また、焼結時に液相を発生する成分を添加して、液相で気孔を満たし気孔を消失させることもできるが、寸法精度を確保することが難しく、焼結後に機械加工が必要となり、ニアネットシェイプに造形できるという粉末冶金法の利点が乏しくなる。
【0004】
このような状況の下、焼結部材の一部もしくは全体の密度を、塑性加工により高めて、破壊の基点となる気孔の量を低減することで基地の強度を高めて、焼結部材の強度を高める検討(特許文献1〜4等)がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2000−511975号公報
【特許文献2】特表2004−502028号公報
【特許文献3】特表2001−513143号公報
【特許文献4】特開2004−091929号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2に開示された技術では、緻密化されて一部の強度は向上するものの、気孔の存在のため全体としての強度は低いという課題がある。また、特許文献3,4に開示された技術では、焼結後に冷間鍛造して気孔のほぼ全てを圧壊させて溶製材と同等の密度が得られているにも拘わらず、強度は溶製材に及ばないという問題があった。
【0007】
したがって、本発明は、焼結後に鍛造を行うことにより溶製材と同等の高い密度と強度を得ることができる焼結部材の製造方法と、その製造方法で製造されたギヤ、スプロケット、または高密度焼結磁心を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、焼結後に鍛造した焼結部材の強度を高めるべく鋭意研究を重ねた。その結果、鍛造した焼結部材の表面から内側にかけて気孔が残存していることに注目した。この現象を踏まえ、本発明者等は、焼結体に潤滑剤を塗布してから冷間鍛造するため、潤滑剤が気孔を通じて内部に侵入し、気孔内に存在する潤滑剤により気孔が圧壊されないとの結論に達した。また、圧壊しているように見える気孔であっても、気孔の金属面どうしの間に潤滑剤の膜が介在し、金属接合が生じないために強度が不充分になるとの結論に達した。
【0009】
本発明の焼結部材の製造方法は、上記知見に基づいてなされたもので、原料粉末を混合する混合工程と、前記原料粉末を圧縮して圧粉体とする成形工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体とする焼結工程と、前記焼結体の表面に塑性加工を加えるか表面を溶融して該表面に露出した気孔を塞ぐ封孔工程と、封孔した前記焼結体を潤滑剤を用いて鍛造する鍛造工程とを備えたことを特徴とする。
【0010】
潤滑剤は、内部の気孔に侵入して鍛造時の気孔の圧壊を妨げるとともに、気孔中に僅かに存在するだけで気孔が圧壊されたときに膜を形成して金属面どうしの接合を阻害する。この点、本発明では、封孔工程により焼結体の表面に露出した気孔を塞ぐから、潤滑剤が焼結体の内部に侵入する現象が抑制される。したがって、鍛造により充分な密度と強度を得ることができる。
【0011】
また、封孔処理として塑性加工を行う場合には、焼結体の表面に露出している気孔が変形を受けて切欠感受性が低下する。表面に露出している気孔は深く、鍛造を行っても切欠として残ってしまうが、鍛造前に表面に塑性加工を行うことで気孔の周囲が陥没して気孔が浅くなり、鍛造後に切欠として作用する気孔が減少するのである。
【0012】
さらに、塑性加工により表面が加工硬化し、表面と金型との摩擦抵抗が低減される。たとえば、軟鋼などのような軟質な材料を鍛造すると、材料が金型内面にかじり付く現象が見られるが、表面を加工硬化させることにより、かじり付きの発生を抑制することができる。
【0013】
上記の塑性加工または表面の溶融は、少なくとも鍛造後の製品として強度が必要とされる部位に適用される。例えば、機械部品として外歯歯車あるいは内歯歯車に適用する場合には、少なくとも強度が必要とされる歯部は、鍛造した焼結部材を金型から抜き出す際に焼結部材と金型あるいはコアロッドとが摺接する面により形成されるから、少なくとも焼結体の鍛造工程における圧縮方向と直交する方向を向く面に行うことが望ましい。また、かさ歯車やフェースギアに適用する場合、少なくとも強度が必要とされる歯部は、型孔に段部が形成され型孔が大径部と小径部を有する段付き金型の段部あるいはパンチ面により形成されるから、この場合には、少なくとも焼結体の鍛造工程における圧縮方向を向く面に行うことが望ましい。
【0014】
ここで、「気孔を塞ぐ」とは、焼結体の表面に露出した気孔と内部の気孔、あるいは内部の気孔どうしの連通を遮断することをいう。塑性加工では、焼結部材の表面から深さが25〜150μmの範囲に存在する気孔を塞ぐことが望ましい。気孔が塞がれた範囲の深さが25μm未満であると、鍛造の際に気孔どうしが内部まで連通し易くなり、潤滑剤が内部に侵入するようになる。その一方で、気孔が塞がれた範囲の深さが150μmを超えても、それ以上の効果はなく、塑性加工に費やすエネルギーが無駄となる。また、塑性加工が後述するショットピーニングの場合には、気孔が塞がれた範囲(塑性加工可能な範囲)の深さは150μmが限界である。気孔が塞がれた範囲の深さの上記のような作用を考慮すると、その深さは50〜100μmであることがより望ましい。
【0015】
ここで、本発明における鍛造には、材料を加熱しない冷間鍛造、材料を400〜700℃の範囲で加熱する温間鍛造、および材料を700〜1200℃の範囲で加熱する熱間鍛造が含まれる。冷間鍛造ではステアリン酸系の潤滑剤が使用され、温間鍛造および熱間鍛造ではカーボン系の潤滑剤が用いられる。
【0016】
冷間鍛造の場合、潤滑剤は、融点が異なる少なくとも2種類の粉末を含むことが望ましい。そして、潤滑剤を焼結体に塗布した後、融点の低い粉末を溶融した後に固化して融点の高い粉末を焼結体に固着する。これにより、潤滑剤が焼結体から容易に離脱しなくなり、潤滑剤の歩留まりを向上させることができる。低融点の粉末の融点は60〜140℃であり、高融点の粉末の融点は200〜250℃であることが望ましい。低融点の粉末の例としては例えばステアリン酸亜鉛が挙げられ、高融点の粉末の例としては例えばステアリン酸リチウムが挙げられる。
【0017】
低融点粉末の平均粒径は10〜20μmであることが望ましく、高融点粉末の平均粒径は10〜100μmであることが望ましい。高融点粉末の平均粒径の上限値が100μmを超えると全体として粉末の量が多くなり、鍛造時に粉末が焼結体表面にめり込んで焼結部材に肌荒れが生じる。一方、粉末の平均粒径は、小さい方が少ない量で潤滑効果が得られ、また、焼結部材の肌荒れの発生が抑制されるが、供給され得る粉末の大きさに限界があるため、高融点粉末の平均粒径の下限値を10μmとした。高融点粉末の平均粒径のより望ましい範囲は、入手のし易さ等を勘案すると15〜60μmである。
【0018】
塑性加工としてはショットピーニングが挙げられる。ショットピーニングにより焼結体の表面粗さをRa2μm〜Ra6μmとすることが望ましい。焼結体の表面粗さをRa2μm以上とすることにより、焼結体の比表面積が増加し、潤滑剤の粉末が焼結体の表面に効率良く保持され、潤滑剤の歩留まりを向上させることができる。ただし、表面粗さがRa6μmを超えると、凹部が鍛造後に切欠として作用するようになる。表面粗さのより望ましい範囲は、Ra2μm〜Ra4μmである。
【0019】
ショットピーニングは、インペラからショットを投射する方式のものや、ノズルからショットを噴射する方式のものを用いることができる。後者の方式では、ノズルの先端側に反射板を備えたショットピーニング装置を用いることができ、この場合には、中央部に孔や穴を備えた焼結体の内周面に塑性加工を施すことができる。
【0020】
塑性加工は転造で行うこともできる。また、超音波発生装置に工具を装着し、工具を焼結体の表面に接触させることで塑性加工することもできる。このように、塑性加工の方法は任意であり、公知の手段を採用することができる。
【0021】
表面を溶融して表面に露出した気孔を塞ぐ手段としては、焼結体の表面をレーザ光で走査して溶融することが挙げられる。レーザ光による走査は焼結体表面の全面に行い、したがって、表面全体を溶融させる。
【0022】
鍛造では、密度比を97.8%以上にすることにより、溶製材と同等の高い密度と強度を得ることができる。
【0023】
焼結体に対して鍛造した後に光輝焼入れあるいは浸炭焼入れ等の焼入れ処理を行うことができる。焼き入れ処理の条件は、一般的な条件を採用することができる。浸炭焼入れの後に焼戻しを行うことが望ましい。
【0024】
素材となる焼結体の材料は、従来から用いられている各種機械構造部品用の鉄系焼結材料を用いることができる。例えば、日本工業規格(JIS)のZ2550に規定されているSMF1種(純鉄系)、SMF2種(鉄−銅系)、SMF3種(鉄−炭素系)、SMF4種(鉄−銅-炭素系)、SMF5種(鉄−ニッケル−銅−炭素系)、SMF6種(鉄−銅−炭素系)、SMF7種(鉄−ニッケル系)、SMF8種(鉄−ニッケル−炭素系)、
SMS1種(オーステナイト系ステンレス鋼)、SMS2種(フェライト系ステンレス鋼)等のほか、アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4100種(鉄−ニッケル−モリブデン系)や4600種(鉄−クロム−マンガン系)等が挙げられる。
【0025】
また、これらの鉄系焼結材料においては、鍛造時に変形を起こして緻密化し易くするため、C含有量を0.6質量%以下に止めることが好ましい。この場合に、製品として0.6質量%を超えるC含有量が求められる場合、鍛造後に浸炭雰囲気で熱処理を行い、不足するC量を補うことが好ましい。あるいは、鍛造前に球状化焼鈍等を施し、焼結材料の基地を塑性変形し易くしておくこともできる。
【0026】
本発明で使用する原料粉末としては、上記鉄系焼結材料が得られるよう、鉄粉末、各種合金元素の単味粉末、黒鉛粉末等を混合した原料粉末や、各種合金元素を合金化した鉄合金粉末、あるいはこれに各種合金元素の単味粉末、黒鉛粉末等を混合した原料粉末等を用いることができる。その一例として、焼結材料として上記アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4600種の材料とする場合に、例えば、質量%で、Ni:0.4〜1.0%、Mo:0.2〜1.0%、Mn:0.1〜0.5%、残部:鉄および不可避不純物からなる鉄合金粉末に、0.2〜0.6%の黒鉛粉を混合したものを用いることができる。また、焼結材料として上記アメリカ鉄鋼協会規格(AISI)の4100種の材料とする場合に、例えば、Cr:0.4〜1.0%、Mo:0.2〜1.0%、Mn:0.1〜0.8%、残部:鉄および不可避不純物からなる鉄合金粉末に、0.2〜0.6%の黒鉛粉を混合したものを用いることができる。
【0027】
本発明では、ギヤ、スプロケット等の構造用機械部品、あるいは焼結磁心等の磁気部品を製造することができ、それら焼結部材も本発明の特徴である。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、潤滑剤の内部への侵入を抑制することができ、鍛造により溶製材と同等の高い密度と強度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態で製造するギヤを示す(A)平面図、(B)側面図、(C)(A)のC−C線断面図、(D)斜視図である。
【図2】本発明の実施例で使用したショットピーニング装置を示す側面図である。
【図3】本発明の実施形態で使用する鍛造金型を(A)〜(C)の動作の順に示す断面図である。
【図4】本発明の実施例で製造したギヤの歯部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(1)焼結部材
本実施形態では、例えば図1に示すようなギヤGを製造する。図1に示すギヤGは、円板状をなすギヤ本体10の外周に、半径方向へ突出する複数の歯部11を等間隔に形成するとともに、ギヤ本体10の中央部に取付孔12を形成したものである。
【0031】
(2)混合工程
本実施形態では、全体組成が例えば肌焼き鋼(浸炭鋼)となるように原料粉末を調整する。例えば、質量%でNi:0.5%、Mo:0.5%、Mn:0.2%、残部Feおよび不可避不純物からなる鉄系合金粉末に、全体組成で0.3%の黒鉛粉末と0.8%のステアリン酸亜鉛等の成形潤滑剤とを混合する。鉄系合金粉末の平均粒径は、70μmとする。
【0032】
(3)成形工程
粉末成形は通常の金型により行われ、図1に示すギヤGよりも直径方向の寸法が小さく、かつ、厚さが厚い圧粉体を成形する。圧粉体の密度は、全体として7.0Mg/m3以上とする
【0033】
(4)焼結工程
焼結は通常の条件で行うことができるが、焼結工程において酸化が生じると素材となる焼結体が硬くなり塑性変形し難くなるため、焼結雰囲気は、窒素ガス、窒素水素混合ガス等の通常の非酸化性ガス雰囲気あるいは真空雰囲気とすることが好ましい。焼結温度は1000〜1250℃程度とすることができる。
【0034】
(5)封孔工程
本実施形態では、封孔工程をショットピーニングにより行う。図2はショットピ−ニング装置を示す側面図であり、(A)は焼結体Sの外周面へショットピ−ニングする構成、(B)は取付孔12の内周面にショットピ−ニングする構成を示す。符号20は、ショットを下方へ向けて噴射するノズルであり、符号21は焼結体Sの取付孔12を貫通して把持し、水平方向の軸線回りに回転するチャックである。ノズル20から噴射されたショットは、焼結体Sの外周に衝突して表面を塑性加工する。これにより、焼結体Sの表面に露出した気孔が塞がれる。ショットとしては平均粒径が300〜400μmの鋼球が好適である。
【0035】
図2(B)に示すように、ノズル20の下方にはワーク台22が配置され、ワーク台22の上面には焼結体Sを外周から把持するチャック23が配置されている。また、ワーク台22には、その上面に出没自在な反射ロッド24が上下方向へ移動可能に配置されている。反射ロッド24の上端面には、頂角が90°をなす円錐面24aが形成されている。
【0036】
ノズル20から噴射されたショットは、取付孔12の内部に入り、円錐面24aで反射して取付孔12の内周面に衝突する。この場合、反射ロッド24は下方へ移動し、取付孔12の内周面の全域に亘ってショットピーニングが行われるようにする。
【0037】
(6)鍛造工程
図3は鍛造用金型を示す断面図である。図において符号30はダイである。ダイ30の内周面には、図1に示すギヤの歯部11に対応する凹部31が形成されている。ダイ30の中央部には、円筒状のイジェクトピン32が上下方向へ移動可能に嵌合させられている。イジェクトピン32の中央部には、円柱状のコアロッド33が挿入されている。ダイ30の上方には、ダイ30の内周面と嵌合するパンチ34が上下方向へ移動可能に支持されている。
【0038】
図3に示す金型を用いて焼結体Sを鍛造するには、先ず、焼結体Sの外周面と内周面に潤滑剤を塗布する。潤滑剤は、例えば125℃程度の融点を持つステアリン酸亜鉛と、220℃程度の融点を持つステアリン酸リチウムからなる。塗布は刷毛塗りや圧縮空気で粉末を噴射するスプレーガンで行うことができる。次いで、焼結体Sを加熱炉などに入れて加熱し、ステアリン酸亜鉛が溶融する温度まで昇温させる。次いで、焼結体Sを加熱炉から取り出して冷却し、ステアリン酸亜鉛を固化する。これにより、焼結体Sの表面にステアリン酸亜鉛の固体の膜が形成され、その膜によってステアリン酸リチウムが表面に固着される。
【0039】
次に、焼結体Sをダイ30に装入する。焼結体Sは、その外周面とダイ30の内周面およびその取付孔12とコアロッド33との間にクリアランスが設けられるように成形されている。この状態でパンチ34を下降させて焼結体Sを1500〜2500MPaの圧力で圧縮する(図3(A)参照)。そのときの圧縮率(圧縮厚さ/元の厚さ)は8.1〜9.3%とされる。また、密度は7.7Mg/m以上、密度比は97.8%以上とされる。
【0040】
次に、イジェクトピン32を上昇させ、鍛造したギヤGをダイ30の上面まで押し上げる。そのときのギヤGとダイ30およびコアロッド33との摩擦熱により潤滑剤の粉末が溶融し、摺接面を潤滑する。また、パンチ34を下降させて鍛造する際にも、焼結体Sの材料がダイ30と摺接し、摩擦熱により潤滑剤の粉末が溶融して摺接面を潤滑する。この場合において、焼結体SおよびギヤGの側面および内周面に露出している気孔が塞がれているので、潤滑剤が気孔を通じて内部に侵入する現象が抑制される。
【0041】
(7)熱処理工程
熱処理は、鍛造により閉塞した気孔を冶金的に結合したり、Cを含有する材料の場合、鍛造により破壊された金属組織を修復して調質する目的、および/または、金属組織を強度の高いマルテンサイトとして鍛造体の強度を向上させる目的で行われる。これらの熱処理は、いずれの目的の場合も焼結材料のオーステナイト化温度領域以上に加熱される。
【0042】
熱処理の目的が、金属組織を強度の高いマルテンサイトを得るものである場合には、加熱後、油中あるいは水中に焼入れされる。このような焼入れ処理を行う場合、加熱雰囲気を、浸炭性ガスを含有しない非酸化性雰囲気で行うと光輝焼入れ処理となる、これは、焼結体が含有するC量で製品として充分な場合、すなわち製品のC量が少なくてよい場合に行われる。
【0043】
一方、製品に求められるC量が多い場合に、焼結体のC量を0.6質量%以下に止め、不足したC量を補うため、熱処理時の加熱雰囲気を浸炭性雰囲気として浸炭焼入れ処理を行ってもよい。このように焼結体のC量を少なくして、後の熱処理時に浸炭雰囲気として不足したCを与えるようにすると、前述の鍛造の時点で素材となる焼結体が変形し易くなるので、好ましい。
【0044】
焼入れされた熱処理体は焼入れ歪みが大きく、脆いため焼入れ処理後に焼きもどし処理を行うことが好ましい。焼戻しは、一般の鉄鋼材料あるいは焼結材料に施す焼戻しと同様に、温度を180℃前後とし、大気中で行うことができる。
【0045】
以上のように、上記実施形態では、潤滑剤が気孔を通じて内部に侵入する現象が抑制されるので、鍛造により充分な密度と強度が付与されたギヤGを製造することができる。
【実施例】
【0046】
(1)ギヤの製造
以下、具体的な実施例により本発明をさらに詳細に説明する。全て質量%で、Cr:0.5%、Mo:0.2%、Mn:0.2%、残部:Feおよび不可避不純物からなる鉄系合金粉末(平均粒径:70μm)に、0.3%の黒煙粉末と0.8%のステアリン酸亜鉛粉末とを混合して原料粉末を調整した。
【0047】
上記原料粉末を所定量秤量して金型に充填し、700MPaの圧力で成形した。成形した圧粉体の密度は7.0Mg/m、密度比は90%であった。
【0048】
雰囲気をH2:5体積%、N2:95体積%とした焼結炉に上記圧粉体を入れ、1120℃で20分保持した後、焼結炉から取り出して冷却した。得られた焼結体の密度は7.0Mg/m、密度比は90%であった。
【0049】
図2(A)に示すショットピーニング装置のチャック21に焼結体を装着し、30rpmで回転させながらノズル20からショット(新東工業製、SB−3)を6秒間噴射した。ショットの噴射の圧力は0.2MPaとした。また、ノズル20の先端からチャック21の回転中心までの距離を200mmに設定した。ショットピーニングによるアークハイトは0.172mmA(アルメンストリップ材)、カバレージは98%以上であった。
【0050】
次に、ショットピーニングを行った焼結体の側面(歯部)に潤滑剤を塗布した。潤滑剤は、平均粒径が20μmのステアリン酸亜鉛を50質量%を含み、残部が、平均粒径が30μmのステアリン酸リチウムからなる。
【0051】
上記焼結体を図3に示す金型に装入した。焼結体とダイ30およびコアロッドとのクリアランスは0.1mmに設定した。また、加圧力は1800MPa、圧縮率(圧縮厚さ/元の厚さ)は10%とした。鍛造で得られたギヤの密度は7.7Mg/m3、密度比は97.8%であった。
【0052】
次に、鍛造により得られたギヤを浸炭性ガス雰囲気の加熱炉に入れて920℃で120分保持した。次いで、炉内温度を820℃まで下げて15分間保持し、油中で急冷した。次いで、180℃で60分間保持する焼戻しを行った。
【0053】
(2)表面粗さの調査
焼結、ショットピーニング、潤滑剤塗布、および鍛造までの各工程を経た焼結体またはギヤの3カ所の歯元で表面粗さRaを測定した。その結果を表1に示す。焼結体では表面粗さがRa1.0μmでかなり平滑である。その焼結体にショットピーニングを行うと、表面粗さがRa3.9μmまで上昇することが確認された。また、ショットピ−ニングを行っても、潤滑剤塗布後に鍛造を行うことにより、平均表面粗さはRa1.3μmまで低下することが確認された。
【0054】
【表1】

【0055】
(3)気孔の調査
図4は、焼結体と鍛造体においてショットピーニングを行った場合と行わなかった場合の歯元から歯先まで至る部分の断面の写真である。図4に示すように、焼結体にショットピーニングをしない状態では、焼結体の表面に多くの気孔が露出しているが、ショットピーニングを行うと、表面に露出する気孔は消失し、表面から内部に至る部分に気孔が存在しない層が存在している。そして、この焼結体に鍛造を行うと、ほぼ全体の気孔が圧壊されることが確認された。これに対して、ショットピーニングを行わずに鍛造を行った場合には、表面に気孔が露出し、内部にも多くの気孔が残存していることが確認された。
【0056】
(4)他の実施例
全て質量%で、Ni:0.5%、Mo:0.5%、Mn:0.2%、残部:Feおよび不可避不純物からなる鉄系合金粉末(平均粒径70μm)に、0.3%の黒煙粉末と0.8%のステアリン酸亜鉛粉末とを混合して原料粉末を調整した以外は上記実施例と同じ条件でギヤを製造した。その結果、上記実施例と同等の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、溶製材と同等の密度と強度を付与することができるので、ギヤやスプロケットなどのように相手部材から大きな応力を受ける焼結部材や、モータ用の焼結磁心などのように大きな遠心力が作用する焼結部材に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料粉末を混合する混合工程と、
前記原料粉末を圧縮して圧粉体とする成形工程と、
前記圧粉体を焼結して焼結体とする焼結工程と、
前記焼結体の表面に塑性加工を加えるか表面を溶融して該表面に露出した気孔を塞ぐ封孔工程と、
封孔した前記焼結体を潤滑剤を用いて鍛造する鍛造工程とを備えたことを特徴とする焼結部材の製造方法。
【請求項2】
前記塑性加工もしくは溶融は、少なくとも鍛造後の製品として強度が必要とされる部位に行うことを特徴とする請求項1に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項3】
前記塑性加工により、焼結部材の表面から深さが25〜150μmの範囲に存在する気孔を塞ぐことを特徴とする請求項1または2に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項4】
前記塑性加工により、焼結部材の表面から深さが50〜100μmの範囲に存在する気孔を塞ぐことを特徴とする請求項1または2に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項5】
前記潤滑剤は、融点が異なる少なくとも2種類の粉末を含み、潤滑剤を前記焼結体に塗布した後、融点の低い粉末を溶融した後に固化して融点の高い粉末を前記焼結体に固着することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の焼結部材の製造方法。
【請求項6】
前記鍛造は冷間鍛造であり、前記粉末のうち一方の融点は60〜140℃であり、前記粉末のうち他方の融点は200〜250℃であることを特徴とする請求項5に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項7】
前記粉末のうち高融点の粉末の平均粒径は10〜100μmであることを特徴とする請求項5または6に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項8】
前記粉末のうち高融点の粉末の平均粒径は15〜60μmであることを特徴とする請求項5または6に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項9】
前記塑性加工はショットピーニングであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の焼結部材の製造方法。
【請求項10】
前記ショットピーニングにより前記焼結体の表面粗さをRa2μm〜Ra4μmとすることを特徴とする請求項9に記載の焼結部材の製造方法。
【請求項11】
前記鍛造により、密度比を97.8%以上にすることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の焼結部材の製造方法。
【請求項12】
前記焼結体に対して鍛造した後に浸炭焼入れを行い、その後焼戻しすることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の焼結部材の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の焼結部材の製造方法で製造されたギヤ、スプロケット、または焼結磁心。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−77348(P2012−77348A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−222956(P2010−222956)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】