説明

熱間プレス部材

【課題】スケールの生成がなく製造でき、優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに、腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱された鋼板をプレス加工して製造する熱間プレス部材、特に、自動車の足廻り部や車体構造部などで用いられる熱間プレス部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、特許文献1には、ダイとパンチからなる金型を用いて加熱された鋼板を加工すると同時に急冷することにより加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されている。しかし、この熱間プレスでは、熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため、鋼板表面にはスケール(Fe酸化物)が生成し、そのスケールが熱間プレス時に剥離して、金型を損傷させる、または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題がある。また、部材表面に残ったスケールは、外観不良や、塗装密着性の低下や、塗装後耐食性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行って部材表面のスケールは除去されるが、これは製造工程を複雑にし、生産性の低下を招く。
【0004】
このようなことから、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制し、熱間プレス後の部材の塗装密着性や塗装後耐食性を向上させることのできる熱間プレス技術が要望され、表面にめっき層などの被膜を設けた鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。例えば、特許文献2には、AlまたはAl合金が被覆された被覆鋼板が開示されている。この被覆鋼板を用いることにより、熱間プレス前の加熱時に脱炭や酸化が防止され、極めて高い強度と優れた耐食性を有する熱間プレス部材の得られることが示されている。また、特許文献3には、ZnまたはZnベース合金を被覆した鋼板を熱間プレスする際に、熱間プレス前の加熱時に、腐食や脱炭を防止するとともに、潤滑機能を有するZn-Feベースの化合物やZn-Fe-Alベースの化合物などの合金化合物を鋼板表面に生成させる熱間プレス方法が開示されている。この方法で製造された熱間プレス部材、特に、Zn-50〜55質量%Alの被覆された鋼板を用いた熱間プレス部材では、優れた腐食防止効果の得られることが示されている。さらに、特許文献4には、AlもしくはZnを主体とするめっきを施した鋼板を用い、水素濃度6体積%以下、露点10℃以下の雰囲気中でAc3変態点以上1100℃以下の加熱温度に加熱後熱間プレスする耐水素脆性に優れた熱間プレス方法が開示されている。この熱間プレス方法では、加熱時に雰囲気中の水素や水蒸気の量を低減して鋼中に侵入する水素量を低減し、1000MPaを超える高強度化に伴う水素脆化の回避が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3931251号公報
【特許文献3】特許第3663145号公報
【特許文献4】特開2006-51543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2から4に記載の熱間プレス部材では、熱間プレス前の加熱時の鋼中への水素侵入よりむしろ使用環境中の腐食に伴う鋼中への水素侵入による水素脆化の問題がある。
【0007】
本発明は、スケールの生成がなく製造でき、優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに、腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的とする熱間プレス部材について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0009】
i) 質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域を存在させると、腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。
【0010】
ii) Ni拡散領域上にZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層を設けると、優れた塗装後耐食性が得られる。
【0011】
iii) 金属間化合物層上にZnO層を設けると、優れた塗装密着性が得られる。
【0012】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材を提供する。
【0013】
本発明の熱間プレス部材では、部材を構成する鋼板の成分組成に、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種や、Sb:0.003〜0.03%が、個別にあるいは同時に含有されることが好ましい。
【0014】
また、Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在すること、金属間化合物層が島状に存在すること、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有すること、が好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、スケールの生成がなく製造でき、優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに、腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材を製造できるようになった。本発明の熱間プレス部材は、980MPa以上の強度を有する自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】熱間プレス部材を構成する鋼板の板厚断面方向の組織を模式的に示す図である。
【図2】本実施例で用いたプレス方法を模式的に示す図である。
【図3】本実施例で用いた電気化学セルを模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1) 熱間プレス部材
1-1) 部材を構成する鋼板のNi拡散領域
上述したように、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域を存在させると、腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。この理由は必ずしも明確ではないが、次のように考えられる。すなわち、腐食による鋼板内部への水素侵入は湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応に関係しており、水素侵入を抑制するにはFe錆が変化しにくい安定な錆であることが必要である。Fe錆の安定化にはNi拡散領域が有効であり、Ni拡散領域の存在が腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制することになる。
【0018】
しかし、こうした水素侵入の抑制を効果的に図るには、部材を構成する鋼板の深さ方向に1μm以上、好ましくは2μm以上、より好ましくは3μm以上にわたってNi拡散領域を存在させることが好ましい。深さの上限は、特に限定しないが、50μm程度でその効果は飽和する。Ni拡散領域の深さは、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)による厚み方向断面の分析、またはGDS(Glow Discharge Spectroscopy)による深さ方向の分析によって求めることができる。
【0019】
なお、本発明におけるNi拡散領域とは、熱間プレス前の加熱時にNi系めっき層から鋼中に拡散してくるNiが固溶状態で存在している領域をいう。また、本発明の熱間プレス部材はZn-Ni合金層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスして製造されるため、Ni拡散領域に不純物としてZnが含まれる場合もあるが、本発明の効果が損なわれることはない。
【0020】
1-2) Ni拡散領域上のZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層
Ni拡散領域上に設けたこの金属間化合物層は、その腐食電位が鋼に対する犠牲防食効果を有するので、塗装後耐食性の向上に効果的である。なお、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層とは、Ni2Zn11、NiZn3、Ni5Zn21のいずれかの金属間化合物からなる層のことをいう。こうした金属間化合物は、部材表面に直接X線回折を行い、または厚み方向断面からFIB(Focused Ion Beam)加工して作製した薄片をTEM(Transmission Electron Microscopy)で観察しながら電子線回折を行い検出できる。
【0021】
この金属間化合物層の上記効果を得るには、その存在量を次のように制御する必要がある。
【0022】
金属間化合物層の存在量は、電気化学的な方法で、すなわち25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す標準水素電極を基準とした自然浸漬電位で測定できる。金属間化合物層が少なく、自然浸漬電位が-360mVより貴になると、鋼に対する犠牲防食効果が失われ、塗装後耐食性が劣化する。一方、金属間化合物層が多く、自然浸漬電位が-600mVより卑になると、腐食に伴い水素発生量が増大し、Ni拡散領域が存在しても水素侵入が起こる場合が生じる。したがって、25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVとなるような存在量の金属間化合物層を設けることが必要である。上記のような存在量とするには、金属間化合物層を島状に存在させることが好ましい。ここで、本発明において、島状の金属間化合物層とは断面SEM(Scanning Electron Microscopy)観察を行い、以下のように定義する。
(1) 部材より10mm×10mm×板厚の検体を切り出し、樹脂モールドに埋め込み研磨する。
(2) (1)の埋め込み研磨した検体を用いて、SEMにて加速電圧5〜25kVで反射電子組成像を倍率500倍で撮影する。
(3) 任意の10視野で写真を撮影する。
(4) 撮影した写真において、図1に模式的に例示するように、金属間化合物層が鋼板の表面に不連続に存在していれば評点1とし、金属間化合物層が連続的に存在している、あるいは金属間化合物層が視野の中に存在していなければ評点0とする。
(5) 10枚の写真の評点の合計点が7点以上の場合に、島状であると判断する。
【0023】
1-3) Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層上のZnO層
最表層に設けられるZnO層は、上記金属間化合物層との密着性に優れるのみならず、塗装下地処理時に形成される化成処理皮膜との密着性にも優れているため、塗装密着性を大きく向上させる。その厚みは、0.1μm以上とすると化成処理皮膜との密着性が十分となり、また、5μm以下とするとZnO層自体が凝集破壊して、塗料密着性を損なうことがないので、0.1〜5μmとすることが好ましい。
【0024】
なお、ZnO層は、上記の金属間化合物層の場合と同様、X線回折、またはTEM観察による電子線回折で確認でき、また、その厚みも測定できる。
【0025】
ZnO層はその下の金属間化合物層との密着性に優れているが、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けるとその密着性がさらに向上し、その結果、より優れた塗装密着性が得られる。
【0026】
2) 製造方法
本発明の熱間プレス部材は、鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を、Ac3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって製造できる。
【0027】
上記のようなNi系めっき鋼板をAc3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱することにより、めっき層のNiが鋼板内へ拡散し、Ni拡散領域を形成する。また、表面にある13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層により、上記のような金属間化合物層が形成されるとともに、Znの一部が表面まで拡散し、最表層にZnO層が形成される。
【0028】
Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が13質量%未満であっても、Ni含有率を10質量%以上とし、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量を50g/m2超えとし、12℃/秒以上の平均昇温速度でAc3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって本発明の熱間プレス部材を製造できる。Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が10質量%未満だったり、平均昇温速度が12℃/秒未満だと、Ni拡散領域の形成が不十分となるだけでなく、Znの蒸発が活発となり過ぎるため上記のような金属間化合物層を形成することができない。また、鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量が50g/m2以下では、Ni拡散領域の形成が不十分となる。ここで、Ac3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱するに際の平均昇温速度とは、室温から最高到達板温に至るまでの温度差を、室温から最高到達板温に至るまでの時間で除した値で定義する。
【0029】
Ni含有量にかかわらず、鋼板表面がZn-Ni合金めっき層で被覆されているため、熱間プレス前の加熱時にスケールが生成することはない。
【0030】
Ac3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱するに際しては、85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが好ましい。昇温速度を速めることは、それだけ鋼板が高温維持される時間を短縮することになるため、加熱時の鋼板のオーステナイト粒を細粒化できるため熱間プレス後の部材の靱性を向上でき、また、Znの蒸発を著しく抑制できるため上記のような金属間化合物層を形成させて塗装後耐食性を良好にでき、さらには、過度のZnO層の形成を防止できるため塗装密着性を安定して確保できることになる。なお、こうした昇温速度は通電加熱や高周波加熱で実現できる。
【0031】
Ni系めっき鋼板のNi系めっき層は、Zn-Ni合金めっき単層でもよいが、Ni層上あるいはZnを含まないNi基合金層上に上記Zn-Niめっき合金層を設けた多層としてもよい。Ni基合金としては、NiにFe、Co、Cr、Mn、Cu、Moなどから選ばれた少なくとも1種の元素を合計で20質量%以下含有されるものが挙げられる。
【0032】
Ni拡散領域の深さやZnO層の厚みは加熱条件(温度、時間)により、また、金属間化合物層の存在量はNi系めっきの付着量により調整可能である。なお、ZnO層は、通常行われているような大気中における加熱のみならず、酸素濃度が0.1体積%以上である雰囲気中での加熱であっても自然形成される。
【0033】
こうしたNi系めっき層は、電気めっき法などで形成できる。
【0034】
鋼板表面にあるZn-Ni合金めっき層上に、さらにSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けて、Ac3変態点〜1200℃の温度範囲に加熱すると、Znの一部はこれらの化合物層を貫通して表面まで拡散し、最表層にZnO層を形成するので、ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けることが可能になる。このとき、Zn-Ni合金層上に設けるこうした化合物層の厚みは、0.1μm以上とすると塗装密着性を十分に向上でき、3.0μm以下とするとSi含有化合物層が脆くなることがなく、塗装密着性が低下することがないので、0.1〜3.0μmが好ましく、より好ましくは0.4〜2.0μmである。
【0035】
Si含有化合物としては、例えば、シリコーン樹脂、リチウムシリケート、珪酸ソーダ、コロイダルシリカ、シランカップリング剤などを適用できる。Ti含有化合物としては、例えば、チタン酸リチウムやチタン酸カルシウムなどのチタン酸塩、チタンアルコキシドやキレート型チタン化合物を主剤とするチタンカップリング剤などを適用できる。Al含有化合物としては、例えば、アルミン酸ナトリウムやアルミン酸カルシウムなどのアルミン酸塩、アルミニウムアルコキシドやキレート型アルミニウム化合物を主剤とするアルミニウムカップリング剤などを適用できる。Zr含有化合物としては、例えば、ジルコン酸リチウムやジルコン酸カルシウムなどのジルコン酸塩、ジルコニウムアルコキシドやキレート型ジルコニウム化合物を主剤とするジルコニウムカップリング剤などを適用できる。
【0036】
Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、上記のSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物をZn-Ni合金めっき層上に付着処理した後、水洗することなく加熱乾燥すればよい。これらの化合物の付着処理は塗布法、浸漬法、スプレー法のいずれでもよく、ロールコーター、スクイズコーター、ダイコーターなどを用いればよい。このとき、スクイズコーターなどによる塗布処理、浸漬処理、スプレー処理の後に、エアナイフ法やロール絞り法により塗布量の調整、外観の均一化、厚みの均一化を行うことも可能である。また、加熱乾燥は鋼板最高到達温度が40〜200℃となるように行うことが好ましい。50〜160℃で行うことがより好ましい。
【0037】
また、Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、Si、Ti、Al、Zrのうちから選ばれた少なくとも一種のカチオンを含有し、リン酸イオン、フッ素酸イオン、フッ化物イオンのうちから選ばれた少なくとも一種のアニオンを含有する酸性の水溶液にZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を浸漬する反応型処理を行った後、水洗するかまたは水洗することなく加熱乾燥する方法によっても可能である。
【0038】
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、Ni系めっき鋼板の下地鋼板として、例えば、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を、個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。
【0039】
各成分元素の限定理由を、以下に説明する。ここで、成分の含有率を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0040】
C:0.15〜0.5%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.15%以上とする必要がある。一方、C量が0.5%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性が著しく低下する。したがって、C量は0.15〜0.5%とする。
【0041】
Si:0.05〜2.0%
Siは、C同様、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si量が2.0%を超えると、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥の発生が著しく増大するとともに、圧延荷重が増大したり、熱延鋼板の延性の劣化を招く。さらに、Si量が2.0%を超えると、ZnやAlを主体としためっき皮膜を鋼板表面に形成するめっき処理を施す際に、めっき処理性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、Si量は0.05〜2.0%とする。
【0042】
Mn:0.5〜3%
Mnは、フェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させるのに効果的な元素であり、また、Ac3変態点を低下させるので、熱間プレス前の加熱温度を低下するにも有効な元素である。このような効果の発現のためには、その量を0.5%以上とする必要がある。一方、Mn量が3%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下する。したがって、Mn量は0.5〜3%とする。
【0043】
P:0.1%以下
P量が0.1%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.1%以下とする。
【0044】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると、熱間プレス部材の靭性が低下する。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0045】
Al:0.1%以下
Al量が0.1%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、Al量は0.1%以下とする。
【0046】
N:0.01%以下
N量が0.01%を超えると、熱間圧延時や熱間プレス前の加熱時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、N量は0.01%以下とする。
【0047】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、以下の理由により、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を、個別にあるいは同時に含有させることが好ましい。
【0048】
Cr:0.01〜1%
Crは、鋼を強化するとともに、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果の発現のためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が1%を超えると、著しいコスト高を招くため、その上限は1%とすることが好ましい。
【0049】
Ti:0.2%以下
Tiは、鋼を強化するとともに、細粒化により靭性を向上させるのに有効な元素である。また、次に述べるBよりも優先して窒化物を形成して、固溶Bによる焼入れ性の向上効果を発揮させるのに有効な元素でもある。しかし、Ti量が0.2%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間プレス部材の靭性が低下するので、その上限は0.2%以下とすることが好ましい。
【0050】
B:0.0005〜0.08%
Bは、熱間プレス時の焼入れ性や熱間プレス後の靭性向上に有効な元素である。こうした効果の発現のためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、B量が0.08%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間圧延後にマルテンサイト相やベイナイト相が生じて鋼板の割れなどが生じるので、その上限は0.08%とすることが好ましい。
【0051】
Sb:0.003〜0.03%
Sbは、熱間プレス前に鋼板を加熱してから熱間プレスの一連の処理によって鋼板を冷却するまでの間に鋼板表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有する。このような効果の発現のためにはその量を0.003%以上とする必要がある。一方、Sb量が0.03%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003〜0.03%とする。
【0052】
熱間プレス前の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などを例示できるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0053】
質量%で、C:0.23%、Si:0.12%、Mn:1.5%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.4%、B:0.0022%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、Ac3変態点が818℃で、板厚1.6mmの冷延鋼板の両面に、50g/L(リットル)の硫酸ナトリウム、100g/Lの硫酸ニッケル・6水和物、50g/Lの硫酸亜鉛・7水和物からなるpH2、温度50℃のめっき浴中で電流密度を10〜50A/dm2に変えて電気めっき処理を施し、表1、2に示すNi含有率および付着量の異なるZn-Ni合金めっき層を形成した。その後、一部の鋼板を除いて表1、2に示すSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物を塗布後、到達温度が140℃となる条件で乾燥し、厚み0.5μmのSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のいずれかの化合物層を形成した。こうして得られた素材の鋼板から採取した200mm×220mmのブランクを、平均昇温速度8℃/秒で加熱する場合は大気雰囲気の電気炉内で、表1、2に示す加熱温度で10分間加熱後、炉内から取り出し、直ちに図2に模式的に示したようなプレス方法で絞り加工し、熱間プレス部材No.1、4、7〜21、28〜30、31、34、37、38を作製した。また、一部の鋼板については、直接通電加熱により平均昇温速度12℃/秒または90℃/秒で加熱し、表1、2に示す加熱温度に到達後、炉内から取り出し、直ちに上記と同様のプレス方法で絞り加工し、熱間プレス部材No.2、3、5、6、22〜27、32、33、35、36を作製した。なお、絞り加工を行うときのポンチ幅は70mm、加工高さは30mmとした。そして、部材頭部の平坦部から試料を採取し、上記の方法で、Ni拡散領域の深さ、ZnO層の厚み、金属間化合物層の存在量の指標となる自然浸漬電位を測定するとともに、金属間化合物層の状態を上記した断面SEM観察により確認した。また、次の方法により、耐スケール性、塗装密着性、塗装後耐食性、耐水素侵入性を調査した。
耐スケール性:熱間プレス後の非ポンチ接触面を目視観察し、以下の基準で評価した。
○:スケールの付着なし
×:スケールの付着あり
塗装密着性:部材頭部の平坦部から試料を採取し、非ポンチ接触面に日本パーカライジング株式会社製PB-SX35を使用して標準条件で化成処理を施した後、関西ペイント株式会社製電着塗料GT-10HTグレーを170℃×20分間の焼付け条件で膜厚20μm成膜して、塗装試験片を作製した。そして、作製した試験片の化成処理および電着塗装を施した面に対してカッターナイフで碁盤目(10×10個、1mm間隔)の鋼素地まで到達するカットを入れ、接着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。以下の基準で評価し、○、△であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:剥離なし
△:1〜10個の碁盤目で剥離
×:11個以上の碁盤目で剥離
塗装後耐食性:上記塗装密着性の場合と同様な方法で作製した塗装試験片の化成処理および電着塗装を施した面に、カッターナイフで塗膜にクロスカットを入れた後、SAE-J2334に準拠した腐食試験サイクル条件で腐食試験を行い、25サイクル後の最大片側塗膜膨れ幅を測定し、以下の基準で評価し、○、△であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:0mm≦膨れ幅<1.5mm
△:1.5mm≦膨れ幅<3.0mm
×:3.0mm≦膨れ幅
耐水素侵入性:部材頭部の平坦部から試料を採取し、一方の面(ポンチ接触面)を鏡面研削して板厚を1mmとした。次に、作用極を試料、対極を白金とし、研削面にNiめっきを行い水素検出面として、図3に模式的に示す電気化学セルにセットし、非研削面を大気中、室温で腐食させながら鋼中に侵入する水素量を電気化学的水素透過法で測定した。すなわち、水素検出面側には0.1MNaOH水溶液を充填し、塩橋を通じて参照電極(Ag/AgCl)をセットして、非研削面(評価面:非ポンチ接触面)側に0.5MNaCl溶液を滴下し、大気中、室温で腐食させ、水素検出面側の電位が0VvsAg/AgClになるようにして、1回/日の頻度で腐食部に純水を滴下しながら水素透過電流値を連続的に5日間測定し、その最大電流値から腐食に伴う耐水素侵入性を、以下の基準で評価した。◎、○であれば本発明の目的を満足しているとした。なお、熱間プレス時のスケールの生成が著しい部材に対しては、ショットブラストで表面のスケールを除去してから試験を行った。
◎:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10以下
○:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10超〜1/2以下
×:最大電流値が冷延鋼板の場合の1/2超〜冷延鋼板と同じ
結果を表3、4に示す。本発明である熱間プレス部材No.1〜27、30は、耐スケール性、塗装密着性、塗装後耐食性のみならず、耐水素侵入性にも優れていることがわかる。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に、Ni拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、およびZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項2】
部材を構成する鋼板の成分組成に、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種が含有されることを特徴とする請求項1に記載の熱間プレス部材。
【請求項3】
部材を構成する鋼板の成分組成に、さらに、質量%で、Sb:0.003〜0.03%が含有されることを特徴とする請求項1または2に記載の熱間プレス部材。
【請求項4】
Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材。
【請求項5】
金属間化合物層が島状に存在することを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の熱間プレス部材。
【請求項6】
ZnO層の直下にSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有することを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の熱間プレス部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−1816(P2012−1816A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−154708(P2011−154708)
【出願日】平成23年7月13日(2011.7.13)
【分割の表示】特願2010−218094(P2010−218094)の分割
【原出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】