説明

燃料電池、燃料電池の使用方法、燃料電池用カソード電極、電子機器、電極反応利用装置および電極反応利用装置用電極

【課題】優れた電極特性を充分に発揮することのできる反応環境を実現することができる燃料電池、その使用方法、燃料電池用カソード電極、電極反応利用装置および電極反応利用装置用電極を提供する。
【解決手段】カソード電極1とアノード電極5との間に電解質溶液7を挟持する燃料電池10において、カソード電極1をカーボンなどの多孔質材料に酵素を固定したものにより構成し、このカソード電極1の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するようにする。カソード電極1には、好ましくは酵素に加えて電子伝達メディエータも固定する。気相の反応基質としては例えば空気または酸素を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池、燃料電池の使用方法、燃料電池用カソード電極、電子機器、電極反応利用装置および電極反応利用装置用電極に関し、例えば、携帯電話などの各種の電子機器の電源に用いられる燃料電池に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
生物内で行われている生体代謝は基質選択性が高く、極めて高効率の反応機構であり、室温・中性の比較的穏やかな雰囲気下で反応が進行するという特徴を有している。ここで言う生体代謝には、酸素や糖類・脂肪・タンパク質など種々の栄養素を、微生物や細胞の成長に必要なエネルギーに変換する呼吸や光合成などが含まれる。
このような生体内反応には、タンパク質からなる生体触媒、すなわち酵素が大きく関与している。この酵素の触媒作用を利用するという考え方は、人類の歴史とともに古くから実践されてきた。
【0003】
特に酵素を固定化して使用するという考え方や手法は、従来においても種々の技術的検討がなされている。酵素を高密度で固定化することにより、少量で高い触媒性能を示し、かつ特異性の高い酵素を一般の化学反応に用いられているような固体触媒と同様に取り扱うことができ、酵素の利用方法として非常に有用であることが知られている。
酵素を固定化して使用することの応用範囲は、醸造業、発酵業、繊維工業、皮革工業、食品工業、医薬品工業など多種にわたり、近年においては、その触媒機能を電極系に組み込んだバイオセンサー、バイオリアクター、バイオ燃料電池など、エレクトロニクス分野への応用も検討されてきている。
【0004】
従来、生体代謝を燃料電池に利用する技術に関しては、微生物中で発生した電気エネルギーを電子メディエータを介して微生物外に取り出し、この電子を電極に渡すことで電流を得るという、微生物電池についての報告がなされている(例えば、特許文献1参照)。これは、エネルギーの取り出しに酵素が用いられる技術に関するものである。
ところで、燃料電池に酵素を使用する技術を応用する場合において、電極上に酵素を高密度で固定化することにより、電極近傍で起こっている酵素反応現象を効率良く電気信号として捉えることが可能となる。
【0005】
なお、電極系を検討する場合、タンパク質である酵素と電極との間では、一般的に、電子媒介が起こり難いため、電子伝達媒体(電子伝達メディエータ)となる電子受容体化合物が必要となるが、この電子受容体化合物も酵素と同様に電極上に固定化することが望ましい。
一方、酵素の触媒作用が進行するためには、電子やプロトンの移動を可能にする環境下であることが不可欠であり、上述したような酵素および電子受容体化合物を固定化した機能性電極(酵素固定化電極)に関しても同様のことが言える。
【0006】
このような酵素固定化電極の評価を行う場合、有機溶媒中では酵素の活性低下が懸念されることから、従来においては、水あるいは緩衝液(緩衝溶液)中での評価が一般的であった。
このとき、酵素触媒反応の反応基質となる物質は、水あるいは緩衝液に溶解した方が均一に、かつ効率良く酵素の触媒作用を受けるようにすることができる。
【0007】
しかしながら、反応基質となる物質を、水あるいは緩衝液に溶解させる場合、これらの溶解度は物質固有の物性値であるため制限があり、これによって電極反応も制限されてしまう。
特に酸素は、空気中と比較して溶液中の溶存酸素濃度は非常に小さい物質であり、これにより、電極反応に著しい制限が課せられることになる。また、溶液中の酸素拡散は、空気中の酸素拡散と比べて非常に大きい。
上述したことから、反応基質として酸素を適用する場合において、水あるいは緩衝液を用いると、この水あるいは緩衝液への酸素の溶解度によって電極反応に限界が生じてしまい、これは酵素を燃料電池に実用化する上での大きな技術上の解決課題であると言える。
【0008】
しかも、使用される酵素固定化電極の触媒作用が優れているほど、反応基質となる物質の電極への供給が反応全体の律速となるため、物質固有の水あるいは緩衝液への溶解度によって制限されてしまうことにより、優れた酵素固定化電極特性を充分に発揮できないという問題があった。
このようなことから、溶液中における溶存酸素を反応基質とした系においては、酸素分圧を高めたり、溶液を攪拌したりすることにより、酸素の供給量を増大化させて、酵素固定化電極としての機能を向上させていた(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−133297号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】N.Mano, H.H Kim, Y.Zhang and A.Heller, J. Am. Chem. Soc. 124 ( 2002) 6480
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、従来は、酵素を用いた酸素還元電極においては、液中で反応させる構成を採りつつ、酸素分圧を高くしたり、溶液を攪拌したりすることによって酸素供給量を増加させて電極反応効率の向上を図っていた。
しかしながら、燃料電池の実用化の観点からは、酸素分圧を高めたり、溶液を攪拌することにより酸素供給量を高めたりするという操作は、設計上不向きである。
すなわち、静止した条件下で反応を行うことが必要であることや、溶存酸素の拡散律速の観点から、酸素供給量には制限があり、大きな酸素還元電流を得ることが困難である。
そこで、この発明は、優れた電極特性を充分に発揮することのできる反応環境を実現することができる燃料電池、この燃料電池の使用方法、この燃料電池に用いて好適な燃料電池用カソード電極およびこの燃料電池を搭載した電子機器を提供することである。
この発明は、より一般的には、優れた電極特性を充分に発揮することのできる反応環境を実現することができる燃料電池その他の電極反応利用装置および電極反応利用装置用電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、従来技術が有する上記の課題を解決するために鋭意研究を行った結果、酵素触媒反応における反応基質を、酵素を固定した多孔質材料、より一般的には電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料からなる電極に、気体として直接的に接触供給することを創案し、この方法で実際に酵素が気相の反応基質と効率良く酵素触媒反応を起こすことを実験的に確認した。本発明者らが知る限り、これまで、酵素触媒反応において、気相の反応基質を用いる報告は皆無であり、上述のように水あるいは緩衝液への浸漬が不可欠であったが、このように気相の反応基質を用いることが可能になったことにより、上記の課題を一挙に解決することができる。
【0013】
この発明は、以上の知見に基づいて案出されたものである。
すなわち、上記課題を解決するために、第1の発明は、
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持する燃料電池において、
カソード電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されたものであり、カソード電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されていることを特徴とするものである。
第2の発明は、
電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されていることを特徴とする燃料電池用カソード電極である。
【0014】
第3の発明は、
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持する燃料電池を搭載した電子機器において、
燃料電池は、カソード電極が電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されたものであり、カソード電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されていることを特徴とするものである。
【0015】
第1〜第3の発明において、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料は電極基板となるものであるが、この材料は、電極として用いることができる程度に良好な電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な内部構造を有するものであれば、基本的にはどのようなものであっても良いが、特に炭素(カーボン)などからなる高比表面積を有する多孔質材料は反応面積を稼ぐ上で有利であり、好ましい。
【0016】
上記のカソード電極は、少なくともその一部が気相の反応基質と接触した状態で使用するが、使用に際しては、湿潤状態に置くことが還元反応を行わせる上で好ましい。具体的には、カソード電極を緩衝液に浸漬するなどして酵素に接触させて濡らしておくことで酵素活性を高めておくことが好ましい。気相の反応基質としては種々のものを用いることができるが、常温・常圧で気相である反応基質は酸素が代表的であり、一般的には空気または酸素ガスとして供給される。酸素は大気中に無尽蔵に存在し、環境への悪影響も全くないことから、その還元反応の利用は極めて有効である。気相の反応基質は、酸素のほかに例えばNOx を用いても良い。また、気相の反応基質は、気化可能な物質であれば、基本的には適用可能である。気相の反応基質は、カソード電極を液相中に置いて気泡の形で供給するようにしても良い。
【0017】
カソード電極の材料には、好適には酵素に加えて電子伝達メディエータが固定される。この電子伝達メディエータは本来、酵素反応によりこの電子伝達メディエータに受け渡される電子をカソード電極に受け渡すためのものであるが、この電子伝達メディエータをカソード電極の材料に充分高濃度に固定することにより、この電子伝達メディエータを一時的に電子を蓄積するための電子プールとして使用することが可能である。すなわち、これまでのバイオ燃料電池では、電池の持つ限界出力に対して低出力で放電しているときや無限抵抗に接続されているときに余った能力を生かすことができず、限界出力以上の出力を発電することも不可能であり、酸素濃度・燃料濃度が一時的に低下すると非常にセンシティブに出力に影響する問題点があったが、これらは電子伝達メディエータを電子プールとして使用することにより一挙に解決することができる。この場合、この電子伝達メディエータはカソード電極表面に充分に高濃度に固定するのが好ましく、具体的には、カソード電極表面の単位面積当たり平均値で例えば0.64×10-6mol/mm2 以上固定するのが好ましい。この電子伝達メディエータへの電子の蓄積は、バイオ燃料電池の外部回路に負荷として無限抵抗が接続されている時または低電力供給時において、酵素の余っている触媒能を最大限に活用することで、自発的に電子伝達メディエータに電子を一時的に蓄積する、すなわち充電することが可能となる。また、バイオ燃料電池の持つ限界出力以上の出力が必要になった時においても、バイオ燃料電池の触媒能に加えて、充電した電子伝達メディエータを利用することで、限界出力以上の出力が可能となる。電子プールとなる電子伝達メディエータは、アノード電極にも固定するようにしてもよい。
カソード電極とアノード電極との間に挟持するプロトン伝導体は電解質などである。
【0018】
電子機器は、基本的にはどのようなものであっても良く、携帯型のものと据え置き型のものとの双方を含むが、具体例を挙げると、携帯電話、モバイル機器、ロボット、パーソナルコンピュータ、車載機器、各種家庭電気製品などである。
【0019】
第4の発明は、
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持し、カソード電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素および電子伝達メディエータが固定されたものであり、この電子伝達メディエータにより、電子を蓄積する電子プールが形成され、カソード電極の少なくとも一部を気相の反応基質と接触させることにより発電を行う燃料電池の使用方法であって、
カソード電極に対する反応基質の供給が停止した時、カソード電極に対する反応基質の供給が減少した時、または、出力を増加させる時、電子プールからカソード電極に電子を供給するようにした
ことを特徴とするものである。
この第4の発明においては、上記以外のことは、その性質に反しない限り、第1〜第3の発明に関連して説明したことが成立する。
【0020】
第5の発明は、
一対の電極を有する電極反応利用装置において、
一対の電極のうちの一つの電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されたものであり、電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されていることを特徴とするものである。
【0021】
第6の発明は、
電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されていることを特徴とする電極反応利用装置用電極である。
電極反応利用装置としては、具体的には、例えば、生体代謝を模倣した、バイオ燃料電池、バイオセンサー、バイオリアクターなどが挙げられる。電極反応利用装置の一対の電極は、例えば、バイオ燃料電池においてはカソード電極およびアノード電極であり、バイオリアクターにおいては作用電極(ワーキング電極)および対向電極である。
第5および第6の発明においては、上記以外のことは、その性質に反しない限り、第1〜第3の発明に関連して説明したことが成立する。
上述のように構成されたこの発明においては、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な材料に酵素が固定されたカソード電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されていることにより、カソード電極に固定化した酵素が触媒となって気相の反応基質、例えば空気または酸素ガスとして供給される酸素の還元が起こる。この場合、溶液中における溶存酸素を反応基質に用いる場合に比べて反応基質の供給量の制限がなく、優れた効率で酵素触媒反応を行うことが可能となり、大きな還元電流を得ることができ、実用的に優れた発電効率を実現可能である。また、この燃料電池あるいは電極反応利用装置は、構造的にも簡易である。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、酵素固定化電極の優れた電極特性を充分に発揮することのできる反応環境を実現することができる。そして、高効率のバイオ燃料電池のほか、バイオセンサー、バイオリアクターなどの各種の高効率の電極反応利用装置を実現することができる。この電極反応利用装置によれば、環境リメディエーションや汚染物の分解を気相中で行うことが可能となり、この技術を用いたバイオセンサーでは基質選択性が広がり、新たなセンシングを行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】この発明の一実施形態による燃料電池の概略構成図である。
【図2】比較例における電極構成を示す略線図である。
【図3】実施例における電極構成を示す略線図である。
【図4】実施例サンプルおよび比較例サンプルのI−t測定結果を示す略線図である。
【図5】この発明の一実施形態による燃料電池の概略構成図である。
【図6】燃料電池を用いたときのI−t測定結果を示す略線図である。
【図7】電子伝達メディエータの濃度を変えたときのI−t測定結果を示す略線図である。
【図8】この発明の一実施形態による燃料電池のより実用に適した構成例を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、この発明の一実施形態について図面を参照しながら説明する。
図1はこの発明の一実施形態による燃料電池を示す。
図1に示すように、この一実施形態による燃料電池10は、カソード電極(正極)1を具備する第1構成部11と、アノード電極(負極)5を具備する第2構成部12とにより構成されており、これらの一対の電極がプロトン伝導体としての電解質溶液7を挟持した構成を有している。
カソード電極1は、例えばカーボンなどの多孔質材料の、電解質溶液7側の表面に酵素が固定された酵素固定化電極よりなる。酵素としては、酸素を反応基質とするオキシダーゼ活性を有する酵素、例えばラッカーゼ、ビリルビンオキシダーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼなどを用いることができる。また、多孔質材料には、酵素に加えて電子伝達メディエータも固定化することが望ましく、より望ましくは充分に高濃度、例えば、平均値で0.64×10-6mol/mm2 以上固定化する。これらの酵素および電子伝達メディエータを固定化する手法としては、従来公知のいずれの方法を用いても良く、特に従来、水あるいは緩衝液のpHやイオン強度などに影響を受けやすかった固定化手法の利用も可能である。
【0025】
第1構成部11において、酵素が固定されたカソード電極1は、例えばチタンメッシュよりなる集電体8と積層されており、集電を容易に行うことができる構造となっている。
アノード電極5は、従来公知のプロトン(H+ )を供給し得る電極であれば良く、例えば、水素白金電極、メタノール・ルテニウム・白金電極などのいずれも適用することができる。
第2構成部12において、アノード電極5は、電解質溶液7内に配置されている。電解質溶液7内には、必要に応じて参照電極(図示せず)が設置される。
【0026】
電解質溶液7としては、一般的には強酸性(硫酸など)や強塩基性(水酸化カリウムなど)の溶液があるが、バイオ燃料電池においては、カソード電極1に固定化した触媒である酵素がpH7付近においても触媒活性を持つため、pH7付近の緩衝液や水を用いることもできるので、穏やかな環境下である中性条件下においても作動させることができるという利点を有している。
【0027】
第1構成部11と第2構成部12とは、絶縁性かつプロトン透過性を有する膜、例えばセロハン(メチルセルロース)よりなるセパレータ9によって分離されており、電解質溶液7がカソード電極1側に流入しないようになっている。
燃料電池10においては、カソード電極1を気相の反応基質と接触させる。このためには、カソード電極1の少なくとも一部を気相中に置くことで反応基質と接触させる。カソード電極1は多孔質材料からなるため、このカソード電極1と接触した気相の反応基質はこのカソード電極1の中に入り込むことができ、この多孔質材料に固定された酵素と反応することができるようになっている。
【0028】
燃料電池10において、カソード電極1は、このカソード電極1が接触している気相から酸素(O2 )の供給を受けるとともに、電解質溶液7からH+ の供給を受け、カソード電極1に固定化された酵素が触媒となって、下記に示す反応(1)が起こる。一方、アノード電極5においては、これがメタノール・ルテニウム・白金電極の場合には下記に示す反応(2)、水素白金電極の場合には下記に示す反応(3)が起こり、カソード電極1とアノード電極5との間において外部回路を通して電子のやりとりが行われ電流が流れる。
なお、カソード電極1における酸素還元反応は、湿潤状態において良好な反応進行が確認されている。
カソード電極:O2 +4H+ +4e- →2H2 O・・・(1)
アノード電極(メタノール・ルテニウム・白金電極):CH3 OH+H2 O→CO2 +6H+ +6e- ・・・(2)
アノード電極(水素白金電極):H2 →2H+ +2e- ・・・(3)
【実施例】
【0029】
この発明による燃料電池およびこれを構成するカソード電極としての酵素固定化電極(正極)の具体的なサンプルを作製し、評価を行った。
以下においては、酵素固定化電極について、緩衝液中の溶存酸素を反応基質とした場合と気相中の酸素を反応基質とした場合とで、それぞれについての反応性を評価した。
【0030】
反応基質(酸素)を還元する酵素固定化電極については、気相中の酸素を反応基質としているかを確認するためには、酵素固定化電極の触媒反応速度が、溶存酸素拡散の速度と比較して充分速くなければならない。
そこで、下記に示す例においては、酵素としてビリルビンオキシダーゼを用い、電子伝達メディエータとしてヘキサシアノ鉄酸カリウムを適用することとした。これらを、ポリ−L−リシンの静電相互作用を用いて電極表面に固定化した。
このようにして作製した酵素固定化電極は非常に高い酸素還元能を有することが知られており、溶液中では溶存酸素拡散が律速状態となることが確認されている(Nakagawa, T., Tsujimura, S., Kano, K., and Ikeda, T. Chem. Lett., 32 (1), 54-55 (2003))。
【0031】
まず、酵素固定化電極を次のようにして作製した。
多孔質材料として、市販のカーボンフェルト(TORAY製 B0030)を用い、このカーボンフェルトを直径6mmの円形に打ち抜いた。
次に、ポリ−L−リシン(1wt%)を20μl、電子伝達メディエータであるヘキサシアノ鉄酸イオン(10mM)を10μl、ビリルビンオキシダーゼ(Myrothecium verrucaria)の溶液を10μl(100mg/ml)を上記カーボンフェルトに順に染み込ませ、乾燥することで、酵素固定化電極を得た。
【0032】
〔比較例〕
この例においては、図2に示すような構造の電極構成を有する測定系を組み立てた。
上述したようにして作製した酵素固定化電極101を市販のグラッシーカーボン電極102(BAS社製 No.002012)に、ナイロンネットよりなる固定手段103を用いて物理的に固定して、容易に集電を行うことができる構造の作用電極100を構成した。
【0033】
なお、図2においては、酵素固定化電極101は、グラッシーカーボン電極102の先端が視認できるように、このグラッシーカーボン電極102から離れているように見えるが、実際にはこのグラッシーカーボン電極102と物理的に接触している状態であるものとする。
このような構成の電極を酸素飽和状態の緩衝液104に浸漬させ、さらに所定の位置に白金線よりなる対向電極105と参照電極(Ag|AgCl)106とを設置した。
【0034】
〔実施例〕
この例においては、図3に示すような構造の電極構成を有する測定系を組み立てた。
上述したようにして作製した酵素固定化電極101を市販のグラッシーカーボン電極102(BAS社製 No.002012)に、ナイロンネットよりなる固定手段103を用いて物理的に固定して、容易に集電を行うことができる構造の作用電極100を構成した。
【0035】
なお、図3においては、酵素固定化電極101は、グラッシーカーボン電極102の先端が視認できるように、このグラッシーカーボン電極102から離れているように見えるが、実際にはこのグラッシーカーボン電極102と物理的に接触している状態であるものとする。
このような構成の電極を緩衝液104の外側に配置し、大気と接触させた状態とした。また、酵素固定化電極101を、カーボンフェルトよりなるリード110により緩衝液104と連結させ、電気化学測定系を構成した。
さらに、所定の位置に白金線よりなる対向電極105と参照電極(Ag|AgCl)106とを設置した。
【0036】
図2および図3に示すような構成の測定系についてそれぞれ電気化学測定を行った。
0.1Vの一定電圧下における、I(電流)−t(時間)測定を行った。測定結果を図4に示す。図2に示した構成の比較例サンプルにおいては、破線Yに示すように、測定開始時より、緩衝液104中の酸素の溶解量に対し、酵素固定化電極101の性能が勝っているため、酸素の枯渇が始まり、酸素還元による触媒電流は徐々に減少し、最終的に17μA/cm2 となった。
一方、実施例サンプルにおいては、カーボンフェルトよりなるリード110を緩衝液104に浸したとき、触媒作用による電流値は3μA/cm2 であった(図4中、実線Xの状態A)。
【0037】
次に、酵素固定化電極101自体を一度緩衝液104に湿らせ、僅かながら酵素に活性を与えると、266μA/cm2 の極めて高い電流密度が得られた(図4中、実線Xの状態B)。
これは、緩衝液104中の溶存酸素濃度に比べ、気相中の酸素濃度が非常に高く、酵素固定化電極101が気相中の酸素を効率良く還元しているためである。
上述したことから、酵素固定化電極101に固定化した酵素と気相中の酸素とで、優れた効率をもって反応を行うことが可能であることが明らかになった。
【0038】
〔燃料電池〕
次に、上述したようにして作製した酵素固定化電極101の酸素還元反応を利用して燃料電池のカソード電極として適用し、電池性能の評価を行った。
図5に示すように、燃料電池200は、カソード電極(正極)としての酵素固定化電極101と、メタノール・ルテニウム・白金電極よりなるアノード電極(負極)115とが電解質溶液107を介して対向した構成を有している。
カソード電極としての酵素固定化電極101は、10mm×10mmの大きさに切り取ったカーボンフェルトに上述した実施例と同様の方法によって酵素固定を行ったものとする。
【0039】
図5に示すように、電池下部201にある、連通孔120が設けられた電極接触領域121上に酵素固定化電極101を載せ、さらにその上に集電体108としてチタンメッシュを置いて集電を容易に行うことができる構造とし、作用電極を形成した。さらに、酵素固定化電極101上にセパレータ109として、絶縁性でかつプロトン透過性を有する所定のフィルム、例えばセロハン(メチルセルロース)を載せ、電池上部202と分離された構成とした。
電池上部202においては、電解質溶液107中に、メタノール・ルテニウム・白金電極よりなるアノード電極115が配置されており、さらに参照電極106が電解質溶液107と接触した形で配置されている。これらのアノード電極115および参照電極106は、充分量の反応表面積を有しているものとする。符号122は蓋を示す。
セパレータ109により、電池上部202から電解質溶液107が染み出さないようになっている。そして、カソード電極としての酵素固定化電極101は、気相中に存在する状態となっている。
【0040】
上述したような構成の燃料電池200においては、カソード電極としての酵素固定化電極101は、この酵素固定化電極101が接触している気相からO2 の供給を受けるとともに、電解質溶液107からH+ の供給を受け、酵素固定化電極101に固定化された酵素が触媒となって、下記に示す反応(1)が起こる。一方、アノード電極115においては下記に示す反応(2)が起こり、カソード電極としての酵素固定化電極101とアノード電極115との間において外部回路を通して電子のやりとりが行われ電流が流れる。
カソード電極:O2 +4H+ +4e- →2H2 O・・・(1)
アノード電極:CH3 OH+H2 O→CO2 +6H+ +6e- ・・・(2)
【0041】
図5中の電極接触領域121に空気を入れ、連通孔120を介してカソード電極としての酵素固定化電極101に酸素が供給されるようにした状態で、0.1VでのI(電流)−t(時間)測定を行った。測定結果を図6の曲線aに示す。
この場合は、気相中の酸素が反応基質となり、電池上部202に電解質溶液107を入れた直後より、酸素還元電流が観測され、図6中、曲線aの左端部に示すように、1.5mA/cm2 の触媒定常電流を得ることができた。
【0042】
一方、図5中の電極接触領域121に電解質溶液を入れ、カソード電極としての酵素固定化電極101をこの電解質溶液に完全に浸した状態として0.1VでのI(電流)−t(時間)測定を行った。測定結果を図6の曲線bに示す。
この場合は、電解質溶液中の溶存酸素が反応基質となり、溶存酸素の拡散により、図6中、曲線bの左端部に示すように、測定開始から触媒電流が減少し、50μA/cm2 で定常となった。
上述した結果から、カソード電極として酵素固定化電極101を用いた燃料電池においては、気相中の酸素を効率よく還元し、従来のように電解質溶液中の溶存酸素を用いた場合と比較すると、30倍もの電流密度が得られることを確認できた。
【0043】
次に、燃料電池のカソード電極表面に酵素とともに固定化する電子伝達メディエータの濃度を変え、電子伝達メディエータからなる電子プールを電子で満たしておき、カソード電極に対する酸素の供給を停止した時からの電流値の経時変化を測定した結果について説明する。
このために、酵素としてビリルビンオキシダーゼを、電子伝達メディエータとしてヘキサシアノ鉄酸イオン(Fe(CN)6 3-/4- )を用い、これらをポリカチオンであるポリ−L−リシンの静電相互作用にて5mm×5mmのカーボンフェルト上に固定した。この電極を用い、単極評価を行った。図7にその結果を示す。図7において、(1)の曲線は比較例であり、カソード電極に白金触媒を用いた場合、(2)の曲線は上記のカーボンフェルトに酵素に加えて電子伝達メディエータを1.6×10-6mol(濃度で平均0.64×10-7mol/mm2 )固定した場合、(3)の曲線は上記のカーボンフェルトに酵素に加えて電子伝達メディエータを1.6×10-5mol(濃度で平均0.64×10-6mol/mm2 )固定した場合、(4)の曲線は上記のカーボンフェルトに酵素に加えて電子伝達メディエータを1.6×10-4mol(濃度で平均0.64×10-5mol/mm2 )固定した場合を示す。図7から明らかなように、カソード電極に白金触媒を用いた場合(曲線(1))には、酸素の供給停止後約20秒で電流値は0に激減し、電子伝達メディエータを1.6×10-6mol(濃度で平均0.64×10-7mol/mm2 )固定した場合(曲線(2))にも酸素の供給停止後数十秒で電流値は激減し、約100秒経過後は初期電流値の約5%になった。これに対し、電子伝達メディエータを1.6×10-5mol(濃度で平均0.64×10-6mol/mm2 )固定した場合(曲線(3))には、酸素の供給停止後の電流値の減少は緩やかであり、600秒経過後でも初期電流値の約20%の電流値を維持しており、電子伝達メディエータを1.6×10-4mol(濃度で平均0.64×10-5mol/mm2 )固定した場合(曲線(4))には、電流を流し始めてからの電流値の減少はより緩やかであり、600秒経過後でも初期電流値の約50%以上の電流値を維持している。図7には600秒(10分)までの測定結果しか載せていないが、それ以降は、(2)の場合は30分後に2%、1時間後に1%、2時間後に1%、(3)の場合は30分後に6.3%、1時間後に5%、2時間後に3%、(4)の場合は30分後に25%、1時間後に18.9%、2時間後に14.1%であった。このように長時間高い電流値を維持することができるのは、カソード電極に電子伝達メディエータを高濃度に固定したためであり、この高濃度に固定した電子伝達メディエータが電子プールとなってこれに一次的に蓄えられていた電子が、酵素反応により生じる電子に加えて外部回路に流れることによるものである。
以上の結果から、カソード電極に電子伝達メディエータを平均値で0.64×10-6mol/mm2 以上固定することにより、カソード電極に対する酸素の供給が停止した後にも、電流値を長時間高いレベルに維持することができることがわかる。
【0044】
図8は、より実用に適した構成の燃料電池300を示す。図8においては、図5と同一または対応する部分に同一の符号を付し、繰り返しの説明を適宜省略する。
図8に示すように、この燃料電池300は、カソード電極(正極)としての酵素固定化電極101とアノード電極(負極)115とが、プロトン伝導体としてのセパレータ109を介して対向した構成を有している。この場合、セパレータ109はプロトン伝導性を有する所定のフィルム、例えばセロハンからなる。アノード電極115は燃料123と接触している。燃料123としては、グルコースなどの各種のものを用いることができる。酵素固定化電極101の下およびアノード電極115の上にそれぞれ集電体108が置かれ、集電を容易に行うことができるようになっている。
【0045】
以上、この発明の一実施形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
例えば、上述の実施形態および実施例において挙げた数値、構造、構成、形状、材料などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれらと異なる数値、構造、構成、形状、材料などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0046】
1…カソード電極、5…アノード電極、7…電解質溶液、8…集電体、9…セパレータ、10…燃料電池、11…第1構成部、12…第2構成部、100…作用電極、101…酵素固定化電極、102…グラッシーカーボン電極、103…固定手段、104…緩衝液、105…対向電極、106…参照電極、107…電解質溶液、108…集電体、109…セパレータ、110…リード、120…連通孔、121…電極接触領域、200、300…燃料電池、201…電池下部、202…電池上部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持し、
上記カソード電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素が固定されたものであり、上記カソード電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されている燃料電池。
【請求項2】
上記カソード電極が湿潤状態にある請求項1記載の燃料電池。
【請求項3】
上記電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料がカーボンからなる請求項1または2記載の燃料電池。
【請求項4】
上記電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に上記酵素に加えて電子伝達メディエータが固定されている請求項1〜3のいずれか一項記載の燃料電池。
【請求項5】
上記電子伝達メディエータにより、電子を蓄積する電子プールが形成されている請求項4記載の燃料電池。
【請求項6】
上記電子伝達メディエータは平均値で0.64×10-6mol/mm2 以上固定されている請求項4または5記載の燃料電池。
【請求項7】
負荷として無限抵抗が接続されている時または低電力供給時に自発的に上記電子プールに電子が蓄積される請求項4〜6のいずれか一項記載の燃料電池。
【請求項8】
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持し、上記カソード電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素および電子伝達メディエータが固定されたものであり、この電子伝達メディエータにより、電子を蓄積する電子プールが形成され、上記カソード電極の少なくとも一部を気相の反応基質と接触させることにより発電を行う燃料電池を使用する場合に、
上記カソード電極に対する上記反応基質の供給が停止した時、上記カソード電極に対する上記反応基質の供給が減少した時、または、出力を増加させる時、上記電子プールから上記カソード電極に電子を供給するようにした燃料電池の使用方法。
【請求項9】
電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素が固定され、少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されている燃料電池用カソード電極。
【請求項10】
上記電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に上記酵素に加えて電子伝達メディエータが固定されている請求項9記載の燃料電池用カソード電極。
【請求項11】
カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導体を挟持する燃料電池を搭載し、
上記燃料電池は、上記カソード電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素が固定されたものであり、上記カソード電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されている電子機器。
【請求項12】
一対の電極を有し、
上記一対の電極のうちの一つの電極が、電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素が固定されたものであり、上記電極の少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されている電極反応利用装置。
【請求項13】
上記電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に上記酵素に加えて電子伝達メディエータが固定されている請求項12記載の電極反応利用装置。
【請求項14】
上記電極反応利用装置はバイオ燃料電池、バイオセンサーまたはバイオリアクターである請求項12または13記載の電極反応利用装置。
【請求項15】
電気伝導性を有し、かつ気体が透過可能な多孔質材料に酵素が固定され、少なくとも一部が気相の反応基質と接触するように構成されている電極反応利用装置用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−48096(P2013−48096A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−204121(P2012−204121)
【出願日】平成24年9月18日(2012.9.18)
【分割の表示】特願2005−135726(P2005−135726)の分割
【原出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】