説明

球状黒鉛鋳鉄の製造方法

【要約書】
【課題】 鋳鉄溶湯中の効率的な溶存酸素の低下を可能とするものであり、その結果、鋳造時に硬くて脆いセメンタイト(Fe3C)の晶出を抑制し、厚さ3mm以下、さらには2mm以下の、高強度で延性に富んだ薄肉球状黒鉛鋳鉄の製造を可能とする。
【解決手段】 真空タンク内で鋳鉄溶湯を減圧処理して脱酸すると共に脱酸剤を添加し、鋳鉄溶湯中の酸素を3massppm未満にした後、黒鉛球状化剤を添加することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、減圧処理及び脱酸剤併用によって、短時間に鋳鉄溶湯内の酸素量を低減させ、単位面積当たりの黒鉛粒数を増加させることのできる球状黒鉛鋳鉄の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋳鉄を急速に冷却すると黒鉛の生成が阻害され、硬くて脆弱なセメンタイトが形成され、いわゆるチル組織となる。このため、1〜3mmの肉厚を有する延性に富んだ鋳鉄の製造が極めて困難とされてきた。
薄肉球状黒鉛鋳鉄の製造でも同様であり、延性に富んだ材料の製造に際しては、硬くて脆いセメンタイト(Fe3C)の晶出を抑制することが主眼とされてきた。例えば、注湯後徐冷すること、あるいはセメンタイトの晶出を抑える元素(たとえばSi、Al)を添加すること、などである。
しかし、3mm以下の肉厚ではセメンタイトの晶出を阻止できず、延性のある球状黒鉛鋳鉄の製造が難しかった。
【0003】
球状黒鉛鋳鉄の延性向上のためには、均一微細な多量の球状黒鉛の存在が必要であるが、鋳鉄溶湯中の、球状黒鉛の生成には溶存酸素の存在が強く影響していることが分かった。すなわち、溶存酸素は黒鉛の生成を大きく阻害するものである。
このような視点から、鋳鉄溶湯の酸素を減少させるための工夫がなされ、その一つとして減圧処理が提案された。しかし、減圧処理のみでは、多量の溶湯中の溶存酸素を低減するには、長時間の処理を必要とし、またこの間の鋳鉄溶湯温度の低下が問題となってきた。
したがって、減圧処理による多量の溶湯脱ガス法は、一般に効率が悪く、溶湯温度の低下をもたらし、溶存酸素量の低減に限界があるとされた。
【0004】
一方、鋳鉄溶湯の脱酸用として、種々の脱酸剤が開発された。例えば、大気中でCaC2、CaF2、CaSi等の添加が効果的であると言われている。
しかし、これらの脱酸剤を添加するだけでは、必ずしも脱酸効果が上がらず、問題があった。
また、黒鉛粒数を増大させるために、希土類元素単体または希土類元素とCaを同時添加する場合には、希土類元素の原料スクラップへの混入および濃化が指摘され、リサイクル性の視点から問題が残った。
【0005】
特許に見られる球状黒鉛鋳鉄の製造方法としては、不活性ガスが吹き込まれた溶湯流表面から溶湯流中に接種剤添加を添加する方法(例えば、特許文献1参照)あるいは接種剤のガス巻き込みによる不良率を少なくし、接種の効果を上げるために、湯道よりも高い位置に接種剤ストレーナを設ける技術(例えば、特許文献2参照)がある。
しかし、これらはいずれも接種効果を高めるための工夫をしているものであって、溶存酸素を低減化する技術とは無関係の技術である。
この他、極薄高珪素鋳鉄及び極薄珪素球状黒鉛鋳鉄を製造する際に、減圧タンクの鋳鉄溶湯中に、希土類、亜希土類元素と共に珪素を添加する技術がある(例えば、特許文献3参照)。これ自体は高珪素(3%以上)を含有させるためのもので、珪素を大量に添加する際の温度低下防止と、添加剤の酸化損耗を防止するためのものである。
したがって、珪素の大量添加が必須となっており、脱酸による溶存酸素量を低減させるものではないので、数10ppmに近い溶存酸素あると考えられる。
また、この技術は、珪素を大量に添加しない球状黒鉛鋳鉄には適用できないという問題がある。なお、本件発明とは直接関係するものではないが、珪素接種の機構については、非特許文献1を挙げることができる。
【特許文献1】特開平6−264128号公報
【特許文献2】特開平9−19740号公報
【特許文献3】特開平8−134522号公報
【非特許文献1】柳沢平、丸山益輝著「Fe-C-Si系合金のけい素接種の機構について」、鋳物、50巻6号(1978年)、pp.362-367
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、鋳鉄溶湯中の効率的な溶存酸素の低下を可能とするものであり、その結果、鋳造時に硬くて脆いセメンタイト(Fe3C)の晶出を抑制し、厚さ3mm以下、さらには2mm以下の、高強度で延性に富んだ薄肉球状黒鉛鋳鉄の製造を可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を達成するため、次の方法を提供するものである。
1.真空タンク内で鋳鉄溶湯を減圧処理して脱酸すると共に脱酸剤を添加し、鋳鉄溶湯中の酸素を3massppm未満にした後、黒鉛球状化剤を添加することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
2.脱酸剤として、CaC、CaF、CaSiから選択した一種又は二種以上を用い、鋳鉄溶湯重量の0.1〜5%を添加することを特徴とする上記1記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
3.3mm以下の肉厚の球状黒鉛鋳鉄を製造することを特徴とする上記1又は2記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
4.真空タンク内を、1kPa〜1Paで減圧処理することを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
5.30分以内で脱酸処理を完了することを特徴とする上記1〜4のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
6.球状黒鉛鋳鉄の黒鉛粒数が700個/mm以上であることを特徴とする上記1〜5のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
7.C:2.8〜4.5mass%、Si:1.0〜3.0mass%、Mn:0.05〜0.5mass%を含有することを特徴とする上記1〜5のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法
【発明の効果】
【0008】
本発明は、上記の通り薄肉球状黒鉛鋳鉄を製造することを目的とした溶湯処理法であり、従来の球状黒鉛鋳鉄とは単位面積当たりの黒鉛粒数および黒鉛粒径が異なる材質が得られる。すなわち、単位面積当たりの黒鉛粒数が増大し、均一かつ微細な黒鉛粒径を持つ球状黒鉛鋳鉄が得られる。
さらに、本処理法により製造された薄肉球状黒鉛鋳鉄の引張強さは、マトリックス組織を制御することによって、任意の強度特性を有する材質が得ることができ、特に、厚さ3mm以下、さらには2mm以下の、高強度で延性に富んだ薄肉球状黒鉛鋳鉄の製造を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明はセメンタイトの晶出を防止し、球状黒鉛鋳鉄を得るために、鋳鉄溶湯中の溶存酸素を極限まで低減することにある。具体的には、真空タンク内に鋳鉄溶湯を取鍋又は耐火容器に保持し、真空圧1kPa〜1Paの範囲で鋳鉄溶湯を減圧処理し、溶湯中の酸素を低減させる。同時に、CaC2、CaF2、CaSi等の脱酸剤を鋳鉄溶湯重量の0.1〜5%添加し、その後真空タンク内または大気中で接種剤及び球状化処理剤を添加して鋳型内に注湯する。
これによって、厚さ1〜3mmの球状黒鉛鋳鉄を製造することができる。脱酸剤が0.1%未満であると脱酸効果が少ない。また5%を超えると効果が飽和し、それ以上の添加は無駄となるので、脱酸剤を鋳鉄溶湯重量の0.1〜5%添加するのが望ましい。
【0010】
本発明は、脱酸処理時間を著しく短縮化でき、作業能率を向上させることができる。30分以内、通常10分以内で脱酸を完了することができる。
本発明の球状黒鉛鋳鉄の製造方法により、球状黒鉛鋳鉄の黒鉛粒数を700個/mm以上、さらには1000個/mm以上とすることができる。700/mm未満であるとセメンタイトの形成抑制が期待できない。
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、C:2.8〜4.5mass%、Si:1.0〜3.0mass%、Mn:0.05〜0.5mass%を含有する鋳鉄に適用でき、大量の珪素の含有を必要としない。
Cが2.8mass%未満では、セメンタイトが出やすく、4.5mass%を超えると、黒鉛の晶出量が増大し、強度が低下するので、C:2.8〜4.5mass%の範囲とするのが好ましい。また、Siが1.0mass%未満では、セメンタイトが出やすく、3.0mass%を超えるとフェライト量が増加するので、Si:1.0〜3.0mass%の範囲とするのが良い。さらに、Mnが0.05mass%未満では、強度が低下し、0.5mass%を超えると、セメンタイトが出やすく、最適な球状黒鉛鋳鉄が得られ難いので、Mn:0.05〜0.5mass%の範囲とするのが望ましい。
【実施例】
【0011】
以下に、本発明の実施例及び比較例を説明する。なお、実施例はあくまで、発明の理解を容易にするためであり、この実施例の条件に制限されない。すなわち、本願発明の技術思想に基づく変形、他の態様、他の実施条件は、本願発明に全て含まれるものである。
高周波誘導電気炉にて、銑鉄および鋼屑を溶解し、炭素、ケイ素、マンガン等を添加して、表1に示す範囲内で成分を調整し溶製する。
実施例1として、炭素:3.88mass%、ケイ素:1.46mass%、マンガン:0.15mass%の鋳鉄、及び実施例2として、炭素:3.49mass%、ケイ素:1.10mass%、マンガン:0.12mass%の2種の鋳鉄を用いた。
【0012】
【表1】

【0013】
溶製後、真空タンク内に溶湯を移動し(真空タンク内で溶解した場合は、そのまま加熱を継続し)、タンク内の圧力を1kPa〜1Paに減圧する。
本実施例では、真空圧力:0.13kPaとした。また、酸素分析:ジルコニアセンサーによる起電力より換算して求めた。
なお、比較例1及び比較例2として、実施例1及び実施例2と同成分組成の鋳鉄を溶製し、それぞれ減圧処理を実施しない条件を設定した。
所定の溶存酸素量に到達するための減圧時間は、原料銑鉄中の溶存酸素量、真空排気能力、溶湯体積(重量)等に依存するが、表2に示すように、例えば2massppmオーダの溶存酸素量に到達するには、30分程度の真空排気が必要であり、真空タンク内に加熱装置が具備されていない場合は、鋳鉄溶湯温度の低下は避け難い。
減圧処理しない場合(比較例1及び比較例2)の酸素量は、いずれの場合も4.5massppmであり、多量に存在した。
また、減圧処理しない場合の黒鉛粒数は、約500個/mmであった。この顕微鏡写真を図2(×100)に示す。図2に示すように、黒鉛粒数は少ない。
【0014】
【表2】

【0015】
本実施例1において、真空脱酸効果に加え、脱酸剤による溶存酸素の低減を検討した。すなわち、酸素の低減時間をできる限り短時間とする目的で、下記の脱酸剤添加を検討した。表3に、真空脱酸処理と脱酸剤添加併用による溶存酸素の変化を示す。
真空圧力:0.13kPa、処理時間:2分で一定とした。また、酸素分析は、ジルコニアセンサーによる起電力よる換算により求めた。
表3より明らかなように、いずれの場合においても短時間で溶存酸素量は2ppmオーダに低減し、真空脱酸のみの処理に比べて顕著な脱酸効果が認められた。
また、この場合の黒鉛粒の存在量を調べた結果、約1400個/mmが確認された。顕微鏡写真(×100)を図1に示す。図1に示すように、均一微細な黒鉛粒が多量に存在していた。
【0016】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0017】
真空脱酸処理のみで鋳鉄溶湯中の溶存酸素を低減させるよりも、真空雰囲気中でCaC2、CaF2、CaSi等の脱酸剤を添加すると、短時間で顕著な溶存酸素の低下が可能であり、鋳鉄溶湯の温度低下を著しくが抑制できる。鋳鉄溶湯中の溶存酸素の短時間での効果的な低減は、セメンタイトの晶出を抑制し、高強度で延性に富んだ薄肉球状黒鉛鋳鉄の製造に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】真空脱酸処理と脱酸剤添加を併用した場合の、黒鉛粒の存在量を示す顕微鏡写真(×100)である
【図2】減圧処理しない場合の黒鉛粒の存在量を示す数顕微鏡写真(×100)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空タンク内で鋳鉄溶湯を減圧処理して脱酸すると共に脱酸剤を添加し、鋳鉄溶湯中の酸素を3massppm未満にした後、黒鉛球状化剤を添加することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項2】
脱酸剤として、CaC、CaF、CaSiから選択した一種又は二種以上を用い、鋳鉄溶湯重量の0.1〜5%を添加することを特徴とする請求項1記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項3】
3mm以下の肉厚の球状黒鉛鋳鉄を製造することを特徴とする請求項1又は2記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項4】
真空タンク内を、1kPa〜1Paで減圧処理することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項5】
30分以内で脱酸処理を完了することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項6】
球状黒鉛鋳鉄の黒鉛粒数が700個/mm以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項7】
C:2.8〜4.5mass%、Si:1.0〜3.0mass%、Mn:0.05〜0.5mass%を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−45620(P2006−45620A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−228768(P2004−228768)
【出願日】平成16年8月5日(2004.8.5)
【出願人】(504193837)国立大学法人室蘭工業大学 (70)
【出願人】(398068510)財団法人北海道科学技術総合振興センター (4)
【Fターム(参考)】