説明

環状加速器及びそれを用いた粒子線治療システム

【課題】ビーム取り出しの高速ON/OFFが可能な環状加速器、ならびにそれを用いた、柔軟な照射に対応可能な粒子線治療システムを提供する。
【解決手段】上記課題を解決する本発明の特徴は、周回する荷電粒子ビームを加速・減速する環状加速器200と、環状加速器を制御する加速器制御装置501とを備え、環状加速器200は、荷電粒子ビームのビーム軌道上に、少なくとも1台の六極電磁場成分発生装置26と、この六極電磁場成分発生装置26の設置位置での荷電粒子ビームのビーム軌道を変位させる少なくとも1台の軌道偏向電磁石とを有し、加速器制御装置500は、六極磁場成分発生装置26を励磁して環状加速器200から荷電粒子ビームを取り出している期間に、軌道偏向電磁石の励磁を開始するように制御することにある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速・減速するための環状加速器と前記環状加速器を用いた粒子線治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化社会を反映し、がん治療法の一つとして、低侵襲で体に負担が少なく、治療後の生活の質が高く維持できる放射線治療が注目されている。その中でも、環状加速器で加速した陽子や炭素などの荷電粒子ビームを用いた粒子線治療システムが、患部への優れた線量集中性のため特に有望視されている。粒子線治療システムは、イオン源で発生した荷電粒子ビームを光速近くまで加速するシンクロトロンなどの環状加速器と、環状加速器から取り出した荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系と、患部の位置や形状に合わせて荷電粒子ビームを患者に照射する照射装置を備える。
【0003】
前記環状加速器において、荷電粒子ビームを構成する各々の粒子はベータトロン振動と呼ばれる中心軌道(設計軌道)のまわりを振動(蛇行)運動しながら周回し、前記高周波加速空胴25により加速・減速される。1周あたりのこの振動数をチューンと呼び、このチューンの小数部が0(ゼロ),1/2,1/3,…,1/n(nは整数)の粒子に対して、それぞれ付加的な二極電磁場,四極電磁場,六極電磁場,…,2n極電磁場が存在した場合、共鳴と呼ばれる現象が発生し、各粒子のベータトロン振動振幅は急速に増大する。多くの場合、前述の付加的な電磁場は誤差電磁場等によるもので、それによるベータトロン振動振幅の増大はビームサイズの増大やビーム損失を引き起こす。一方でこの現象を巧みに利用し制御することにより前記環状加速器からビームを取り出す方法が遅い取り出し法もしくは共鳴取り出し法と呼ばれている取り出し方法である。遅い取り出し法を用いれば、荷電粒子ビームが環状加速器を1周する間にすべてのビームを取り出す速い取り出し法と異なり、複数周にわたってゆっくりと取り出すことができる。取り出したビームは粒子線治療や物理学実験で主に利用されている。
【0004】
図2,図3を用いて遅い取り出しの原理について三次共鳴を利用した場合を例に説明する。図2は横軸にビームの水平方向チューン,縦軸に垂直方向チューンを示している。ビームのチューンは四極電磁場成分によって制御でき、図中の共鳴の強度・幅(ストップバンド)は前述の付加的な電磁場強度によって制御できる。図3に三次共鳴を利用した遅い取り出しについて、共鳴線とチューンの関係の違いによる位相空間分布を示す。図2中の(A),(C)に示すチューンの場合、すなわち六極電磁場成分が小さい場合や、共鳴線から十分にチューンが離れている状況では図3(a)に示すように粒子は位相空間において1→2→3→4と安定な楕円運動を行う。一方で図2中の(B)に近い場合には、図3(b)に示すように振幅の小さな粒子は安定に周回するが、振幅の大きな粒子は共鳴現象により周回ごとに急速に振幅が増大する。この安定領域と不安定領域の境界をセパラトリックスと呼び、セパラトリックスの大きさは既述の通りチューンと共鳴の強さの関係によって決定される。遅い取り出しとはこの振幅の増大を利用して、振幅の大きくなったものから順に前記環状加速器から取り出す方法である。
【0005】
従来、遅い取り出し法において、取り出すビームのON/OFFを制御する手段には、前記環状加速器に設置した四極電磁場成分発生装置である四極電磁石を利用するものがある(例えば、特許文献1参照)。これは四極電磁場成分発生装置によってビームに四極磁場成分を作用させることによりチューンを共鳴線から遠ざけ、ビームを共鳴状態から安定周回状態へ、またその逆へ遷移させる方法である。また四極電磁場成分発生装置として、高周波空洞により四極電場を作用させる方法もある(例えば、特許文献2参照)。その他の方法として、高周波を用いた遅い取り出し法においては環状加速器内に設置した出射用高周波装置のON/OFFを利用してビームの取り出しをON/OFFするものがある。
これは出射用高周波装置で発生させる電場をOFFすることによりビーム振動振幅の増大を停止し、ビーム取り出しを停止する方法である。この方法において、さらに高速にON/OFFする目的で、加速用高周波のON/OFFとの同期運転を行っているものがある(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−332794号公報
【特許文献2】特開2005−353610号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“Advanced RF-KO slow-extraction method for the reduction spill ripple”, Nuclear Instruments and Methods in physics Research A 492(2002) 253-263.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、粒子線治療分野において照射した線量の管理、またスポットスキャニングといった観点から、数10マイクロ秒以下で照射ビームをON/OFFする手段が求められている。遅い取り出し法を利用した場合、取り出しビームのON/OFFを制御する手段として、特許文献1記載の四極電磁場成分発生装置として環状加速器内に設置した四極電磁石を利用したものがある。しかしながら、環状加速器を構成する一般的な四極電磁石を利用した場合、ビームON/OFFに数msの時間を必要とする。さらに高速にビームON/O
FFを制御したい場合には特許文献1に記載の高速に動作する四極電磁場成分発生装置を用いる必要があり、加速器の大きさ・コストの抑制が課題であった。また特許文献2では四極電磁場成分発生装置として、電場を利用する方法が記載されているが、この場合であっても新たに空洞を設置する必要があった。その他の方法としては高周波を用いた遅い取り出し法において、環状加速器内に設置した出射用高周波装置を利用してビームON/OFFを制御することが可能である。この場合、数100マイクロ秒でビーム出射を停止することが可能である。さらに高速化を実現する手段として非特許文献1記載の高周波加速空胴との同期運転法が考案されている。この方法では50マイクロ秒程度での高速ビーム停止を実現している。しかしながら、高周波加速空胴の制御パラメータである電圧を変化させるため、環状加速器内の周回ビームに擾乱を与える。このためビームロス抑制,出射ビーム量制御・タイミング制御等に高度な調整が必要であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の特徴は、周回する荷電粒子ビームを加速・減速する環状加速器と、環状加速器を制御する加速器制御装置とを備え、環状加速器が、荷電粒子ビームのビーム軌道上に、少なくとも1台の六極電磁場成分発生装置と、六極電磁場成分発生装置の設置位置での荷電粒子ビームのビーム軌道を変位させる少なくとも1台の軌道偏向電磁石とを有し、加速器制御装置が、六極磁場成分発生装置を励磁して環状加速器から荷電粒子ビームを取り出している期間に、軌道偏向電磁石の励磁を開始して荷電粒子ビームのビーム軌道を変位するように制御することにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、環状加速器からの荷電粒子ビームの取り出しON/OFF制御を高速にできるため、高精度に荷電粒子ビームを出射することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の好適な一実施例(実施例1)である粒子線治療システムの構成を示したシステム構成図である。
【図2】環状加速器における遅いビーム取り出し法の説明図である。
【図3】環状加速器における遅いビーム取り出し法の説明図である。
【図4】この発明の好適な一実施例(実施例1)である粒子線治療システムに備えられる環状加速器の運転パターンを示す図である。
【図5】この発明の他の実施例(実施例2)である粒子線治療システムに備えられる環状加速器の運転パターンを示す図である。
【図6】この発明の他の実施例(実施例3)である粒子線治療システムに備えられる環状加速器の運転パターンを示す図である。
【図7】スポットスキャニング照射法の説明図である。
【図8】この発明の他の実施例(実施例4)である粒子線治療システムに備えられる環状加速器の運転パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施の形態を、図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0013】
以下、図1,図4を用いて、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成及び動作について説明する。
【0014】
まず、図1を用いて本実施形態による粒子線治療システム1の全体構成を説明する。粒子線治療システム1は、低エネルギービーム入射系100,環状加速器200(例えば、シンクロトロン),ビーム輸送系300,全体制御装置400及び加速器制御装置500を備える。
【0015】
低エネルギービーム入射系100は、イオン源11,前段加速器12,必要に応じて配置されたビーム輸送系偏向電磁石13,集束/発散用四極電磁石14を備える。環状加速器200は、前段加速器12で予備加速した荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速した後、加速された荷電粒子ビームを出射する機能を有する。ビーム輸送系300は、ビーム輸送系偏向電磁石31及び集束/発散用四極電磁石32を備え、環状加速器200から出射された荷電粒子ビームを、患者41の患部に照射する照射装置33まで導く機能を有する。全体制御装置400は、取り出しビームのON/OFFを制御する機能を有する。全体制御装置400が加速器制御装置500に接続される。
【0016】
加速器制御装置500は、入射用バンプ電磁石制御部501,共鳴励起用六極電磁石制御部502,出射用高周波装置制御部503を有し、環状加速器200を制御する機能を備える。この入射用バンプ電磁石制御部501は、入射用バンプ電磁石221につながる入射用バンプ電磁石電源221A及び入射用バンプ電磁石222につながる入射用バンプ電磁石電源222Aに接続され、この入射用バンプ電磁石電源221,222を制御する。入射用バンプ電磁石制御部501が、入射用バンプ電磁石電源221Aから入射用バンプ電磁石221に励磁する励磁電流を変更することによって、入射用バンプ電磁石221の励磁量を制御する。また、同様に、入射用バンプ電磁石制御部501が、入射用バンプ電磁石電源222Aから入射用バンプ電磁石222に励磁する励磁電流を変更することによって、入射用バンプ電磁石222の励磁量を制御する。共鳴励起用六極電磁石制御部502は、共鳴励起用六極電磁石26につながる共鳴励起用六極電磁石電源26Aに接続され、この共鳴励起用六極電磁石電源26Aを制御する。共鳴励起用六極電磁石制御部502が、共鳴励起用六極電磁石電源26Aから共鳴励起用六極電磁石26に励磁する励磁電流を変更することによって、共鳴励起用六極電磁石26の励磁量を制御する。出射用高周波装置制御部503は、出射用高周波装置27につながる出射用高周波電源27Aに接続され、この出射用高周波電源27Aを制御する。出射用高周波装置制御部503が、出射用高周波電源27Aから出射用高周波装置27に励磁する励磁電流を制御することによって、出射用高周波装置27の励磁量を制御する。
【0017】
環状加速器200は、前段加速器12で予備加速した荷電粒子ビームを入射する入射用偏向装置(入射セプタ)21と、入射の際に、周回軌道をずらすための入射用バンプ電磁石221,222と、荷電粒子ビームを偏向し一定の軌道上を周回させる偏向電磁石23と、荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散用四極電磁石24と、高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速するための高周波加速空胴25と、周回する荷電粒子ビームの振動振幅に対してセパラトリックスを形成する共鳴励起用六極電磁石26と、高周波電磁場で荷電粒子ビームの振動振幅を増大しセパラトリックスを超えさせて外部に取り出す出射用高周波装置27と、荷電粒子ビームを出射するために偏向する出射用偏向装置28を備える。入射用偏向装置21、入射用バンプ電磁石221,222,偏向電磁石23,四極電磁石24,高周波加速空胴25,六極電磁石26,出射用高周波装置27及び出射用偏向装置28はビーム軌道に沿って配置される。入射用偏向装置21が低エネルギービーム入射系100に接続される。入射用バンプ電磁石221と入射用バンプ電磁石222は、入射用偏向装置21を挟んで複数個(本実施例では2台の入射用バンプ電磁石221,222)が配置されている。共鳴励起用六極電磁石26は、入射用バンプ電磁石221と入射用バンプ電磁石222の間に配置される。この共鳴励起用六極電磁石26は、入射用バンプ電磁石221,222で生成されるバンプ軌道内であって、この軌道変位が大きい領域に設置されるのが更に良い。これは、共鳴励起用六極電磁石26による磁場強度とバンプ軌道の軌道変位との積が、チューンを動かす力(図2に示す、AからBに移動させる力)になるためである。本実施例では、図1に示すように、2台の入射用バンプ電磁石221,222をビーム軌道上に設置する例を示したが、3つ以上の入射用バンプ電磁石装置を設置してもよい。例えば、3つの入射用バンプ電磁石を設置する場合、本実施例の入射用バンプ電磁石221と共鳴励起用六極電磁石26の間のビーム軌道上に配置する構成や、共鳴励起用六極電磁石26と入射用バンプ電磁石222の間に配置する構成が考えられる。このように複数台の入射バンプ電磁石を配置する場合にも、共鳴励起用六極電磁石26は、複数台の入射バンプ電磁石で生成されるバンプ軌道内であって、この軌道変位が大きい領域に設置されるのが更に良い。出射用偏向装置28がビーム輸送系300に接続される。
【0018】
次に、図4に示す環状加速器200の運転パターンの一例を用いて、実施例1における環状加速器200の動作について説明する。
【0019】
前段加速器12が荷電粒子ビームを所定のエネルギー(環状加速器200の入射に必要なエネルギー)まで加速すると、加速された荷電粒子ビームは入射用偏向装置21を通って環状加速器200に入射される。多くの荷電粒子ビームを効率良く入射するため、円形加速器200は2台以上のバンプ電磁石を備える。本実施例では、2つのバンプ電磁石221,222がバンプ軌道(中心軌道からずれた軌道)を形成し、これを時間的に変化させながら荷電粒子ビームの入射を行う。加速器制御装置501が、入射用バンプ電磁石電源221A及び入射用バンプ電磁石電源222Aを制御することによって、入射用バンプ電磁石221及び入射用バンプ電磁石222の励磁量を制御する。入射された荷電粒子ビームは、偏向電磁石23と四極電磁石24で安定に周回しながら高周波加速空胴25により加速される。この際、加速に伴い荷電粒子ビームは曲げにくくなるため、偏向電磁石23,四極電磁石24の磁場強度を調整し、周回軌道が一定となるように変化させる。共鳴を励起するための手段である六極電磁石26は、図1に示すように、複数のバンプ電磁石に挟まれた領域であって入射バンプ電磁石が形成するバンプ軌道内に配置される。これによりバンプ電磁石221,222を励磁することで、周回ビームに四極磁場成分を作用させチューンの制御が可能となる。
【0020】
次に、ビーム取り出しON/OFFの手順を以下に示す。図4(a)に示すように、荷電粒子ビームが入射,加速,出射,減速を繰り返すように、環状加速器200は制御されている。円形加速器200に入射された荷電粒子ビームが所定のエネルギーまで加速された後、動作チューンを図2に示すB点付近に設定し、共鳴を励起するための手段である六極電磁石26の励磁を開始し、図4(b)に示すように励磁することでセパラトリックスが形成され、ビーム出射の準備が完了する。六極電磁石26を励磁した状態で、全体制御装置400が、図4(c)に示すように、ビームの出射開始を示す出射開始信号(ON信号)を加速器制御装置500に送信すると、加速器制御装置500は、この出射開始信号に従って、図4(d)に示すように、出射用高周波装置27をONする。出射用高周波装置27による高周波印加により荷電粒子ビームの振幅が増大し、セパラトリックスの外側まで拡がった荷電粒子ビームが環状加速器200から取り出される。全体制御装置400が出射停止信号(OFF信号)を加速器制御装置500に出力すると、加速器制御装置500は出射用高周波装置27への高周波印加を停止(OFF)する。それと同時、もしくは所定のタイミングで、加速器制御装置500は、図4(e)に示すように、入射用バンプ電磁石221,222を励磁する。従来、この入射バンプ電磁石は入射時にのみ使用されるもので、出射時に励磁されることはなかった。この入射用バンプ電磁石は、一般的な入射時間である数100マイクロ秒の間に軌道を変化させるために使用されるもので、その目的から100〜300マイクロ秒程度で磁場が立ち上がる高速応答が可能な機器である。本実施例では、荷電粒子ビームを環状加速器200から出射する時に入射用バンプ電磁石221,222を励磁することにより、周回軌道を中心軌道から高速に変化させることが可能である。その軌道上に設置した共鳴励起用六極電磁石26と入射用バンプ電磁石221,222との相互作用により、荷電粒子ビームに対して四極磁場成分を作用させることができる。これによってチューンが共鳴からはずれ、図4(f)に示すようビームの取り出しが停止する。本実施例によれば、環状加速器200からの荷電粒子ビームの出射を停止する際、共鳴励起用六極電磁石26を励磁している期間に、入射用バンプ電磁石221,222の励磁量を増加させることによって、環状加速器200から出射される荷電粒子ビームが停止までの時間は上記立ち上り時間の数分の一程度、すなわち数十マイクロ秒まで短縮することができる。
【0021】
このように軌道を高速制御する手段として、入射用バンプ電磁石221,222を使用し、共鳴励起に用いる共鳴励起用六極電磁石26をそのバンプ軌道内に配置することにより、新たに環状加速器200に機器を追加することなく、簡便かつ安価にビームの高速出射・停止を実現することができる。これにより、非常時の高速ビーム停止や照射時の不要なビーム照射低減が可能となり、照射精度の向上ならびに計画的な治療が実現できる。
【0022】
本実施例では、荷電粒子ビームを加速・減速する環状加速器200が、バンプ軌道を形成する入射用バンプ電磁石(軌道偏向電磁石)と、そのバンプ軌道内に少なくともひとつの共鳴励磁用六極電磁石(六極電磁場成分発生装置)とを有し、励磁中の六極電磁場成分発生装置の位置での周回ビーム軌道を軌道偏向電磁石により変位させることにより、環状加速器のビーム軌道を周回する周回ビームに対して四極電磁場成分を作用させている。これによりビームのチューンを変化させ、不安定領域から安定領域に高速に状態を遷移させることができ、荷電粒子ビームの取り出しを高速にON/OFF制御が可能となる。つまり、本実施例によれば、環状加速器200からの取り出しビームのON/OFF時間を高速化できる。これによりビームON/OFF時に照射される不要な線量を低減できる環状加速器ならびに粒子線治療システムを提供可能となる。また、ビームON/OFF時間の高速化により時間分解能が向上するため、その他の工業用加速器システム,物理実験用加速器システム等においても有用となる。
【0023】
本実施例によれば、バンプ軌道を形成する軌道偏向電磁石とそのバンプ軌道内に少なくともひとつの六極電磁場成分発生装置を配置し、励磁中の六極電磁場成分発生装置の位置での周回ビーム軌道を軌道偏向電磁石により変位させることで荷電粒子ビームの取り出しをON/OFF制御することが可能となる。この場合、ビーム取り出しのON/OFFを高速に行うには、軌道偏向電磁石を高速化すればよく、同等の応答時間を有する四極電磁場成分発生装置と比較して電極・磁極形状が単純であるため製作が容易であり、電磁場精度の確保も容易である。そのため比較的安価にかつ高精度に荷電粒子ビーム取り出しON/OFFの高速化が実現できる。
【0024】
本実施例では、図4に示すように、加速器制御装置500は、共鳴励起用六極電磁石26に励磁する極性を正(図4(b))、入射用バンプ電磁石221,222に励磁する極性を正(図4(e))に制御している。つまり、環状加速器200から出射する荷電粒子ビームを停止する際(図4(c)に示すビームOFF信号が出力されると)、加速器制御装置500は、共鳴励起用六極電磁石26には正の磁場を励磁した状態で、入射用バンプ電磁石221,222に対しては共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が正になるように磁場を励磁する。本実施例では入射用バンプ電磁石221,222を正に励磁した場合に共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が正となる場合を示している。このように、入射用バンプ電磁石221,222を正に励磁することによって、チューンを共鳴から遠ざけ、環状加速器200から荷電粒子ビームの出射を停止する。また入射用バンプ電磁石221,222の励磁を停止することで、チューンは共鳴状態にもどり、環状加速器200から荷電粒子ビームの出射を開始する。しかし、加速器制御装置500は、本実施例(図4)と同様のタイミングで、共鳴励起用六極電磁石26を負の極性に励磁し、及び入射用バンプ電磁石221,222を共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が負になるように励磁(本実施例とは逆の極性をもつ磁場を励磁)しても良い。このような場合も、本実施例と同様の効果を得ることができる。
【実施例2】
【0025】
実施例1では、入射用バンプ電磁石221,222を励磁した場合に取り出しビームがOFFされる(環状加速器200から出射する荷電粒子ビームを停止する)場合を示したが、本実施例では、入射用バンプ電磁石221,222を励磁したときに取り出しビームをONし(環状加速器200から荷電粒子ビームを出射し)、入射用バンプ電磁石221,222の励磁を停止したときに取り出しビームをOFFする(環状加速器200から出射する荷電粒子ビームを停止する)例を示す。
【0026】
本実施例の環状加速器200の運転パターンを図5に示す。この場合、共鳴を励起するための手段である六極電磁石26を励磁するとともに、動作チューンを図2に示すA点に設定する。六極電磁石26を励磁した状態で、全体制御装置400が、図5(c)に示すように、ビーム出射開始を示す出射開始信号(ON信号)を加速器制御装置500に出力すると、加速器制御装置500は、この出射開始信号に従って、図5(d)に示すように、所定のタイミングで出射用高周波装置27を制御するとともに、図5(e)に示すように、所定のタイミングで入射用バンプ電磁石221,222を励磁してバンプ軌道を形成し、チューンを図2B点に近づける。これにより荷電粒子ビームは共鳴状態となり、ベータトロン振動の大きくなったものから順次、環状加速器200から取り出される。荷電粒子ビームの取り出しを停止する際には、加速器制御装置500が出射用高周波装置27を制御して出射用高周波を停止(OFF)するとともに、入射用バンプ電磁石221,222を制御してバンプ軌道をさげることで、チューンを共鳴から遠ざける。
【0027】
本実施例によれば、バンプ軌道を形成する軌道偏向電磁石とそのバンプ軌道内に少なくともひとつの六極電磁場成分発生装置を配置し、励磁中の六極電磁場成分発生装置の位置での周回ビーム軌道を軌道偏向電磁石により変位させることで荷電粒子ビームの取り出しをON/OFF制御することが可能となる。ビーム取り出しのON/OFFを高速に行うには、軌道偏向電磁石を高速化すればよく、同等の応答時間を有する四極電磁場成分発生装置と比較して電極・磁極形状が単純であるため製作が容易であり、電磁場精度の確保も容易となる。そのため比較的安価にかつ高精度に荷電粒子ビーム取り出しON/OFFの高速化が実現できる。
【0028】
本実施例によれば、環状加速器200からの取り出しビームのON/OFF時間を高速化できる。これによりビームON/OFF時に照射される不要な線量を低減できる環状加速器ならびに粒子線治療システムを提供可能となる。また、ビームON/OFF時間の高速化により時間分解能が向上するため、その他の工業用加速器システム、物理実験用加速器システム等においても有用となる。
【0029】
本実施例によれば、バンプ軌道形成により荷電粒子ビームを共鳴状態に持っていくことで入射用バンプ電磁石221,222を励磁している場合に荷電粒子ビームを取り出し、入射用バンプ電磁石221,222が非励磁の場合に環状加速器200から出射する荷電粒子ビーム(出射ビーム)をOFFすることが可能となる。この場合、入射用バンプ電磁石221,222が励磁中のときのみ環状加速器200から荷電粒子ビームを出射して患者に照射するため、さらに照射精度が向上する。
【0030】
本実施例では、図5に示すように、加速器制御装置500は、共鳴励起用六極電磁石26に励磁する極性を正(図5(b))、入射用バンプ電磁石221,222に励磁する極性を負(図5(e))に制御している。つまり、環状加速器200からの荷電粒子ビームの出射を開始する際(図5(c)に示すビームON信号が出力されると)、加速器制御装置500は、共鳴励起用六極電磁石26には正の磁場を励磁した状態で、入射用バンプ電磁石221,222に対しては共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が負なるように励磁する。この状態で環状加速器200から荷電粒子ビームが出射される。また、環状加速器200からの荷電粒子ビームの出射を停止する際(図5(c)に示すビームOFF信号が出力されると)、共鳴励起用六極電磁石26には正の磁場を励磁した状態で、入射用バンプ電磁石221,222への励磁を停止することでチューンを共鳴から遠ざける。このように、入射用バンプ電磁石221,222を共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が負になるように励磁することによって、チューンを共鳴に近付けることで環状加速器200からの荷電粒子ビームの出射を開始し、入射用バンプ電磁石221,222の励磁を停止することで、チューンを共鳴から遠ざけて環状加速器200からの荷電粒子ビームの出射を停止する。しかし、加速器制御装置500は、本実施例(図5)と同様のタイミングで、共鳴励起用六極電磁石26を負の極性に励磁し、入射用バンプ電磁石221,222を共鳴励起用六極電磁石26の位置での変位が正になるように励磁(本実施例とは逆の極性をもつ磁場を励磁)しても良い。このような場合も、本実施例と同様の効果を得ることができる。
【実施例3】
【0031】
実施例1,2では、複数の入射用バンプ電磁石221,222の間に、共鳴を励起するための手段である六極電磁石26を設置する例を示したが、本実施例では、この六極電磁石26に替えてクロマティシティ補正用の六極電磁石等の六極電磁場成分を有する機器(補正用六極電磁石)26Aを設置する例を示す。
【0032】
本実施例の環状加速器200の運転パターンを図6に示す。補正用六極電磁石26Aの典型的な運転パターンは図6(g)に示すように入射から加速終了、取り出しの全期間に渡って励磁される。出射時に、励磁状態の補正用六極電磁石26Aと、入射用バンプ電磁石221,222を制御してバンプ軌道の変位を制御することで実施例1,2と同様にチューンを変えることができ、荷電粒子ビームを高速にON/OFFすることが可能となる。
【0033】
本実施例によれば、環状加速器200からの取り出しビームのON/OFF時間を高速化できる。これによりビームON/OFF時に照射される不要な線量を低減できる環状加速器ならびに粒子線治療システムを提供可能となる。また、ビームON/OFF時間の高速化により時間分解能が向上するため、その他の工業用加速器システム、物理実験用加速器システム等においても有用となる。
【0034】
本実施例によれば、バンプ軌道を形成する軌道偏向電磁石とそのバンプ軌道内に少なくともひとつの補正用六極電磁石26Aを配置し、励磁中の補正用六極電磁石26Aの位置での周回ビーム軌道を軌道偏向電磁石により変位させることで荷電粒子ビームの取り出しをON/OFF制御することが可能となる。この場合、ビーム取り出しのON/OFFを高速に行うには、軌道偏向電磁石を高速化すればよく、同等の応答時間を有する四極電磁場成分発生装置と比較して電極・磁極形状が単純であるため製作が容易であり、電磁場精度の確保も容易である。そのため比較的安価にかつ高精度に荷電粒子ビーム取り出しON/OFFの高速化が実現できる。
【実施例4】
【0035】
実施例1〜3において、ビーム取り出し時の入射用バンプ電磁石221,222の励磁回数が1回の場合を示したが、本実施例では、入射用バンプ電磁石221,222を複数回ON/OFFするように制御する例を示す。本実施例によれば、1回の出射期間で複数のスポットを照射するディスクリートスポットスキャニングと呼ばれる照射法に適用可能となる。
【0036】
図7を用いてスポットスキャニング照射法について簡単に説明する。図7(a)に示すようにビーム照射装置にはビーム輸送系300で導かれた荷電粒子ビームを患部42の断面形状に合わせて2次元的に走査させるための手段である水平及び垂直走査電磁石33a,33b、また必要に応じてビーム電流,形状,位置などを測定する計測器(例えば、ビームモニタ33c)が備えられている。患部42は図7(a)に示すように、深さ方向に複数層に分割し、図7(b)に示すように、さらに各層を2次元的に分割する。深さ方向には環状加速器(シンクロトロン)200の取り出しビームのエネルギー変更などで照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射する。各層内では、前記走査電磁石33a,33bで照射ビームを2次元的に走査して各照射スポットSPに所定の線量を与える。
【0037】
次に、本実施例の環状加速器200の運転パターンを図8に示す。ビーム取り出し開始までは実施例1と同様であるため、ここでは省略する。1つの照射スポットSPの線量が満了すると、全体制御装置400が照射終了信号(c)を加速器制御装置500に出力し、加速器制御装置500が出射用高周波装置27への出射用高周波(d)をOFF(停止)する。照射終了信号(c)を受信した加速器制御装置500は、それと同時もしくは所定のタイミングで、(e)入射用バンプ電磁石を励磁する。これにより取り出しビーム(f)がOFF(停止)できる。取り出しビームをOFFした状態で次の照射スポットに前記走査電磁石33a,33bの設定値を変化させることで移動する。移動後、入射用バンプ電磁石221,222をOFFすることにより次のスポットSPの照射が開始される。
同様にこれらの照射,停止を複数回行うことにより同一層内の複数スポットSPの照射を行う。
【0038】
本実施例によれば、バンプ軌道を形成する軌道偏向電磁石とそのバンプ軌道内に少なくともひとつの六極電磁場成分発生装置を配置し、励磁中の六極電磁場成分発生装置の位置での周回ビーム軌道を軌道偏向電磁石により変位させることで荷電粒子ビームの取り出しをON/OFF制御することが可能となる。この場合、ビーム取り出しのON/OFFを高速に行うには、軌道偏向電磁石を高速化すればよく、同等の応答時間を有する四極電磁場成分発生装置と比較して電極・磁極形状が単純であるため製作が容易であり、電磁場精度の確保も容易である。そのため比較的安価にかつ高精度に荷電粒子ビーム取り出しON/OFFの高速化が実現できる。
【0039】
本実施例によれば、取り出しビームのON/OFF時間を高速化できる。これによりビームON/OFF時に照射される不要な線量を低減できる環状加速器ならびに粒子線治療システムを提供可能となる。さらにビームON/OFFを複数回行うことによりスポットスキャニング照射法に適した時間構造をもった取り出しビームを供給できる環状加速器ならびに粒子線治療システムが提供可能となる。またビームON/OFF時間の高速化により時間分解能が向上するため、その他の工業用加速器システム,物理実験用加速器システム等においても有用となる。
【0040】
本実施例を用いた場合、前述の通り安価かつ簡便に上記のビーム取り出しON/OFFが可能なスポットスキャニング照射を実現できる。この方法では事前に散乱体等を使ってビームを広げ、患部形状に合わせて切り取り照射する方法と比較して、患者の患部を精細に照射することが可能となるため、正常組織への不要な照射を低減でき、高い治療効果を見込むことができる。さらにはビームの利用効率を高めることができるため治療時間を短縮でき、患者の負担を軽減することができる。
【符号の説明】
【0041】
1 粒子線治療システム
11 イオン源
12 前段加速器
13,31 ビーム輸送系偏向電磁石
14,32 ビーム輸送系収束/発散用四極電磁石
21 入射用偏向装置(入射セプタ)
23 偏向電磁石
24 収束/発散用四極電磁石
25 高周波加速空胴
26 共鳴励起用六極電磁石
26A 共鳴励起用六極電磁石電源
27 出射用高周波装置
27A 出射用高周波電源
28 出射用偏向装置
33 照射装置
33a 走査電磁石1
33b 走査電磁石2
33c ビームモニタ
41 患者
42 患部
51 制御装置
100 低エネルギービーム入射系
200 環状加速器(円形加速器)
221,222 入射用バンプ電磁石
221A,222A 入射用バンプ電磁石電源
300 ビーム輸送系
400 全体制御装置
500 加速器制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周回する荷電粒子ビームを加速・減速する環状加速器と、
前記環状加速器を制御する加速器制御装置とを備え、
前記環状加速器は、
前記荷電粒子ビームのビーム軌道上に、少なくとも1台の六極電磁場成分発生装置と、
前記六極電磁場成分発生装置の設置位置での前記荷電粒子ビームのビーム軌道を変位させる少なくとも1台の軌道偏向電磁石とを有し、
前記加速器制御装置は、
前記六極磁場成分発生装置を励磁して前記環状加速器から前記荷電粒子ビームを取り出している期間に、前記軌道偏向電磁石の励磁を開始して前記荷電粒子ビームのビーム軌道を変位するように制御することを特徴とする環状加速器。
【請求項2】
前記六極電磁場成分発生装置が共鳴励起用六極電磁石であり、
前記軌道偏向磁石が入射用バンプ電磁石であり、
前記共鳴励起用六極電磁石は、前記入射用バンプ電磁石が形成したバンプ軌道内に配置されることを特徴とする請求項1に記載の環状加速器。
【請求項3】
前記共鳴励起用六極電磁石は、第1の入射用バンプ電磁石及び第2の入射用バンプ電磁石の間であって、前記入射用バンプ電磁石が形成したバンプ軌道内に配置されることを特徴とする請求項2に記載の環状加速器。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の環状加速器と、
前記環状加速器から出射された前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する照射装置と、
前記環状加速器と前記照射装置を接続し、加速された前記荷電粒子ビームを前記照射装置に輸送するビーム輸送系とを備えることを特徴とする粒子線治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−76819(P2011−76819A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−225913(P2009−225913)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】