説明

生体に含有される生体成分の濃度を測定する方法

【課題】本発明の目的は、皮膚表面での反射光および妨害成分による精度の低下が抑制された、生体に含まれる生体成分の濃度測定方法を提供することである。
【解決手段】皮膚に埋め込まれた微粒子チップに、直線偏光光を、偏光方向を連続的に変調させながら照射する。当該微粒子チップ上で発生した生体成分の表面増強ラマン散乱光が観測される。観測された受光信号に基づいて、生体成分濃度を算出する。受光信号は、等式3を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体に含有される生体成分の濃度を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に照射された光の反射光または透過光に基づいて、当該生体に含有されるグルコースのような生体成分の濃度が測定される。
【0003】
特許文献1は、生体成分の生体内での3次元分布を測定する方法を開示している。当該方法によれば、まず、複数の波長を有するレーザ光が生体内で集束するように生体に照射される。レーザ光が照射される領域及び集束される位置が照射光によって走査されながら反射光が分光分析されることで、当該3次元分布が測定される。
【0004】
特許文献2は、グルコース濃度を測定する方法を開示している。当該方法によれば、まず、微粒子が皮膚上層に埋め込まれる。当該微粒子は、グルコースとの反応時に蛍光特性を変化させる試薬を含有する。次に、生体外から励起波長を有する光が微粒子に照射され、微粒子で発生した蛍光を経皮的に測定する。
測定された蛍光に基づき、グルコース濃度が測定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−301944号公報
【特許文献2】特表2004−510527号公報
【特許文献3】国際公開第2007/108453号公報
【特許文献4】特開2007−248284号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Melissa F. Mrozek, and Michael J. Weaver, "Detection and Identification of Aqueous Saccharides by Using Surface enhanced Raman Spectroscopy", Analytical Chemistry, Vol. 74, No. 16, 4069-4075, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、生体に照射された光は、皮膚の表面上で全ての方向に強く反射される。全反射光は、通常、照射光の4%以上の強度を有する。一方、ラマン散乱光は、照射光の10-7倍以下の強度しか有しない。
【0008】
即ち、検出されるべきラマン散乱光よりも、反射光ははるかに強い。従って、ごく一部の反射光が光センサに混入すると精度が低下する。言い換えれば、反射光は迷光であり、精度を低下させる。
【0009】
特定の波長を有する光のみが透過するフィルタを用いることによって、迷光の量は低減され得る。しかし、迷光は完全に除去され得ない。
【0010】
さらに、皮膚の表面は、グルコースおよびタンパク質のような生体成分の吸光スペクトルまたはラマンスペクトルと重なるスペクトルを有する成分(以下、「妨害成分」)を有する。当該妨害成分のスペクトル量は、フィルタを介しても低減され得ないので、当該妨害成分もまた、精度を低下させる。
【0011】
反射率および妨害成分の濃度に基づく皮膚表面の光学特性は、同一生体であっても測定される位置によって異なる。さらに、当該光学特性は、同一位置であっても経時的に変化する。これは、迷光および妨害成分の影響を補償する方法を用いても、精度が不十分であることを意味する。
【0012】
皮膚の表面上で反射された光だけでなく、皮膚の下で拡散または散乱された光も迷光である。当該迷光もまた、精度を低下させる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
以下の方法は上記課題を解決する。
[1]:計測装置を用いて生体に含まれる生体成分の濃度を測定する方法であって、以下の工程(A)〜(C)を具備する:
前記計測装置を準備する工程(A)
ここで、前記計測装置は、
λ1の波長を有する直線偏光光を出射する投射モジュール、
中心波長がλ2であるフィルタ、および
光センサ、
を具備しており、
前記投射モジュールは、前記直線偏光光の偏光方向を連続的に変調する偏光変調器を具備しており、
前記偏光変調器によって前記直線偏光光の偏光方向を連続的に変調させながら、前記投射モジュールから前記生体の皮膚に埋め込まれた微粒子チップ(3)に前記直線偏光光を照射して、前記微粒子チップ上で発生した表面増強ラマン散乱光を、前記フィルタを介して前記光センサによって受光された信号X(t)として受光する工程(B)、
前記微粒子チップは、長軸を有する複数の微粒子を表面に具備し、複数の微粒子の長軸は同一方向に配向する
ここで、以下の等式3および等式6が充足され、
【数3】


【数6】


前記Amおよび検量線から前記生体成分の濃度を算出する工程(C)。
[2]:[1]に記載の方法であって、
前記フィルタの半値幅が3nmである。
[3]:[1]に記載の方法であって、
前記生体成分はグルコースであり、
前記Bは1120cm-1である。
[4]:[3]に記載の方法であって、
前記λ1は785nmであり、前記λ2は860.7nmである。
[5]:[3]に記載の方法であって、
前記λ1は785nmであり、前記λ2は860.7nmである。
[6]:[1]に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
[7]:[3]に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
[8]:[4]に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
[9]:[5]に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、皮膚表面での反射光および妨害成分による精度の低下を抑制する。さらに、皮膚表面の光学特性の位置による違いおよび経時変化の影響も回避され得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、実施の形態1における皮膚の断面図を示す。
【図2】図2は、微粒子チップ3を示す。
【図3】図3は、長軸を有する微粒子8の例を示す。
【図4】図4は、微粒子8と直線偏光光5の偏光方向との間の関係を示す。
【図5】図5は、実施の形態1による測定装置を示す。
【図6】図6は、時間tと受光信号R(t)(Amは振幅である)との間の関係を示すグラフである。
【図7】図7は、実施の形態2における、x方向からの微粒子8のずれdを示す。
【図8】図8は、実施の形態2における、受光信号R(t)の位相差を示す。
【図9】図9は、実施の形態2による測定装置を示す。
【図10】図10は、検量線を作成する例を示す。
【図11】図11は、表面増強ラマン散乱光を示す。
【図12】図12は、投射モジュールの例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(実施の形態1)
実施の形態1による生体成分の濃度を測定する方法及び装置が、図1〜図4を参照しながら説明される。
【0017】
図1は、光を照射された皮膚の断面図を示す。表皮組織1は生体の表面に位置する。表皮組織1は、およそ0.2〜およそ0.5mmの厚さを有する。真皮組織2は、およそ0.5〜2mmの厚さを有する。微粒子チップ3は、真皮組織2に埋め込まれ、組織細胞間の体液である細胞間質液(interstitial fluid)に浸されて維持されている。本明細書において用いられる用語「体液」とは、細胞間質液(interstitial fluid)を意味する。
【0018】
真皮組織2は複数の毛細血管を有するので、体液は当該毛細血管中の生体成分を含有している。特にグルコースは高い浸透性を有するので、体液中のグルコース濃度は、血糖値との高い相関性を有する。
【0019】
皮下組織4は、主に脂肪組織から構成される。直線偏光光 (linear-polarized light)5は、例えば、785nmの波長を有し、100μmの直径を有する円形のビーム形状を有している。直線偏光光5は表皮組織1を透過し、微粒子チップ3に照射される。直線偏光光5は、図1に示されるz方向に沿って伝搬する。直線偏光光5の偏光方向はxy平面内に存在する。
【0020】
直線偏光光5が皮膚表面で反射され、反射光6が生じる。反射光6は、妨害成分のラマン散乱光および蛍光を含む。即ち、反射光6は、直線偏光光5の波長と同一波長を有する光だけでなく、より長い波長を有するラマン散乱光のストークス光成分および蛍光を含む。反射光6はまた、反ストークス光成分も含む。反ストークス光成分は、ストークス光成分よりも遥かに微弱であり、直線偏光光5よりも短い波長を有する。
【0021】
表面組織1内の屈折率が不均一であるため、直線偏光光5が照射されると、上記反射光6に加え拡散光及び散乱光7が生じる。拡散光および散乱光7もまた、反射光6と同様に、直線偏光光5と同一の波長を有する光だけでなく、妨害成分のラマン散乱光および蛍光を含む。
【0022】
図2は、微粒子チップ3を示す。微粒子チップ3は、基板と当該基板の表面に配置され、長軸を有する微粒子8(以下、場合により単に『微粒子』と称する。)を具備する。長軸を有する微粒子8は、光を照射することによって局在化表面プラズモン共鳴を発生する。長軸を有する微粒子8の一例は、およそ10nmの直径、およびおよそ38nmの長さを有する金ナノロッドである。当該微粒子8は、785nmの局在化表面プラズモン共鳴波長を有する。
【0023】
基板は、およそ100μmの直径およびおよそ100μmの厚みを有する。基板の材料の例は、アクリルなどの樹脂、ガラス、またはシリコンである。微粒子8は、各長軸方向がx方向に平行になるように配置されている。y方向は基板の表面においてx方向と直交する。z方向は、基板の厚みに沿った方向である。国際公開第2007/108453号公報および特開2007−248284号公報は、微粒子チップ3を詳細に開示している。
【0024】
図1に示されるように、微粒子8を具備する面が表皮組織1と平行になる様に、微粒子チップ3は真皮組織2中に埋め込まれる。表皮組織1から微粒子チップ3までの距離は、およそ1.5mmである。
【0025】
x方向に偏光した直線偏光光5が微粒子チップ3に照射されると、微粒子8上で局在化表面プラズモン共鳴が生じ、微粒子8の近傍における電磁場強度を増強する。これは、微粒子8の近傍(0.5〜30nm)に位置する生体成分のラマン散乱光の増強ももたらす。このようにして、表面増強ラマン散乱光が発生する。
【0026】
表面増強ラマン散乱光の強度は、通常のラマン散乱光の強度の10倍以上である。従って、微粒子8の近傍で発生する表面増強ラマン散乱光は、皮膚表面、表皮組織1、または真皮組織2において発生するラマン散乱光よりも遥かに大きい強度を有する。これは、微粒子8の近傍の体液に含有されている生体成分のラマン散乱光が選択的に増強されていることを意味する。このようにして、迷光および妨害成分の影響が低減される。
【0027】
生体に含有されるグルコースのような生体成分の量は、生体に含有される妨害成分の量よりもずっと低い。従って、グルコースの通常のラマン散乱光は、迷光ならびに皮膚表面および表皮組織1の妨害成分のラマン散乱光と比べて極めて小さい強度を有する。このような理由から、グルコースの通常のラマン散乱光は抽出され得ない。
【0028】
しかし、微粒子チップ3により、真皮組織2の体液に含有されるグルコースのラマン散乱光が増強され得る。これにより、グルコースのラマン散乱光が選択的に抽出される。グルコースの表面増強ラマン散乱光の強度は、グルコースの濃度に比例するため、グルコースの表面増強ラマン散乱光の強度より、グルコースの濃度が算出され得る。
【0029】
図4は、微粒子8と直線偏光光5の偏光方向との間の関係を示す。図3における点線が偏光方向を指し示す。各微粒子8の長軸はx軸に平行である。直線偏光光5の偏光方向と、x軸がなす角はθである。
【0030】
z方向に沿って直線偏光光5が微粒子8に照射されながら、直線偏光光5の偏光方向が変調される。即ち、図4におけるθが変化する。直線偏光光5のx方向に沿った成分強度(すなわち、パワー)Iは、θの変化に応じて変化する。当該成分強度は、次の等式1によって表される。
【0031】
【数1】

【0032】
θが変化すると、皮膚の表面において直線偏光光5が照射される位置および直線偏光光5の強度が変化せずに維持されながら、直線偏光光5のx方向に沿った成分強度(パワー)Iが変化され得る。微粒子8がナノロッドである場合、以下の等式2に示される表面増強ラマン散乱光が発生する。表面増強ラマン散乱光の強度Sは、成分強度Iに比例する。
【0033】
【数2】

【0034】
上記等式2から、表面増強ラマン散乱光の強度は、直線偏光光5の偏光方向の変調に依存して変化することが理解できる。従って、直線偏光光5の偏光方向の変調に同期しながら変化するラマン散乱光のみを抽出することによって、微粒子8の近傍に位置する生体成分の表面増強ラマン散乱光のみが測定される。
【0035】
図5は、実施の形態1による測定装置を示す。投射モジュール21は、直線偏光光5を微粒子チップ3に照射しながら、直線偏光光5の偏光方向を変調する。投射モジュール21は、半導体レーザおよび照射光学系を具備する光源9、および偏光方向を変調する偏光変調器10を具備する。当該半導体レーザは、785nmの波長および10μWの強度を有する直線偏光光5を発光する。偏光変調器10は、変調信号(後述)に同期しながら直線偏光光5の偏光方向を連続的に変調させる。
【0036】
図12は、投射モジュール21の他の例を示す。ハロゲンランプ22は白色光を発光する。レンズ23は、ハロゲンランプが放射している光を平行光にする。785nmの波長を有する光は、フィルタ24を透過する。フィルタ24を透過した光に含まれる直線偏光光のみが偏光子25を透過する。偏光変調器10は、偏光子25を透過した直線偏光光の偏光方向を連続的に変調する。
【0037】
図5に示されるように、微粒子チップ3で発生した表面増強ラマン散乱光11は、光学系12を介して光センサ14に集束される。光学系12はレンズ群から構成されている。
【0038】
特定範囲の波長を有する光のみがフィルタ13を透過する。フィルタ13を透過する光の波長は、生体成分のラマン散乱光の波長に一致する。
【0039】
信号発生器15は、偏光方向を回転させるための変調信号を偏光変調器10に供給する。ロックインアンプ16は、当該変調信号を参照信号として用いて、光センサ14からの出力信号の位相検波を行う。コンピュータ17は、ロックインアンプ16の出力信号に基づき生体成分の濃度を算出し、信号発生器15を制御する。支持体18は、投射モジュール21、光学系12、フィルタ13、および光センサ14を保持する。
【0040】
偏光変調器10は、直線偏光光5の偏光方向を連続的に変調させる。
【0041】
図6は、直線偏光光5を連続的に変調させた際の、表面増強ラマン散乱光11と時間tとの間の関係を示す。表面増強ラマン散乱光11は、光センサ14によって受光された信号として測定される。縦軸は受光信号R(t)を表す。横軸は時間tを表す。当該関係は、以下の等式3を充足する。
【0042】
【数3】

【0043】
直線偏光光5の回転周波数の一例は、270Hzである。当該回転周波数は、等式3に影響を与えない。
光センサ14によって受光された信号R(t)は、正弦波により表される。振幅の上端pとして記される信号強度が観測されるとき、直線偏光光5の偏光方向はx方向に平行(θ=0°)である。振幅の下端qとして記される信号強度が観測されるとき、直線偏光光5の偏光方向がyに平行である(θ=90°)。上記等式2から、表面増強ラマン散乱光の強度はθが0°のとき最大となり、θが90°のとき最小となることが理解される。
【0044】
振幅Amが、生体成分の表面増強ラマン散乱光の強度に相当する。即ち、表面増強ラマン散乱光の強度に比例して振幅Amは変化する。
【0045】
Dは、直線偏光光5が微粒子チップ3に照射される状況に拘わらず変化しない成分である。Dは、迷光および妨害成分の強度を表す。Dはロックインアンプ16の出力信号に影響を与えない。
【0046】
振幅Amから生体成分の濃度を算出する手順が以下、説明される。以下の説明では、生体成分としてグルコースが例示される。
【0047】
非特許文献1の図1は、グルコースの表面増強ラマン散乱光スペクトルを示す。グルコースの表面増強ラマン散乱光スペクトルは、1000cm-1〜1500cm-1のラマンシフトの範囲に、グルコースに特有の複数のピークを有する。
【0048】
当該複数のピークの中でも、1120(cm-1)のラマンシフトを有するピークは、アルブミンおよびクレアチニンのラマン散乱光スペクトルのピークに重ならない。従って、1120(cm-1)のラマンシフトを有する表面増強ラマン散乱光の強度は、グルコースの濃度にのみ比例する。
【0049】
投射モジュール21からの直線偏光光5の波長が785nmである場合、波長860.7の光を透過し得るフィルタがフィルタ13として使用される。その理由が以下に述べられる。
【0050】
波長λと波数kとの間の関係は以下の等式4を充足する。
【0051】
【数4】

【0052】
波長785nmを波数に換算すると12739cm−1である。従って、グルコースに特有なラマン散乱光(ラマンシフト1120cm−1)の波数は、以下の等式から算出される。
等式4により波長に換算すると、860.7nmである。
【0053】
フィルタ13としては、例えば、中心波長が850.7nmであり、半値幅が3nmであるフィルタが用いられ得る。当該フィルタの透過域は859.2〜862.2nmである。
【0054】
当該透過域を波数で表すと11599〜11639cm-1である。つまり、フィルタ13はラマンシフトが1100〜1140cm−1((11619−20)〜(11619+20)cm−1)であるラマン散乱光のみを選択的に透過し、反射光6、及び妨害成分のラマン散乱光を透過しない。表面増強ラマン散乱光の強度を強くする目的で直線偏光光5の強度が強められると、反射光6、及び妨害成分のラマン散乱光の強度も強められる。しかしながら、実施の形態1の測定装置によれば、反射光6、及び妨害成分のラマン散乱光はフィルタ13により遮蔽され、光センサ14に到達しない。このようにして標的物質に特有な信号R(t)のみを十分な強度で測定することができる。
【0055】
グルコースの濃度検出のために、フィルタ13として用いられるフィルタの中心波長λは、下記等式5によって算出される。λは、投射モジュール21から発光される直線偏光光5の波長を示す。
【0056】
【数5】

【0057】
図11に示されるグラフは、照射光、表面増強ラマン散乱光、ラマンシフト、および半値幅の関係を示す。
【0058】
グルコースに特有の表面増強ラマン散乱光スペクトルの波長およびその幅が、フィルタ13の透過スペクトルの波長および幅とそれぞれ合致する。なぜなら、グルコースに特有の表面増強ラマン散乱光はフィルタ13を透過するが、他の光はフィルタ13を透過しないからである。
【0059】
以上のように、実施の形態1による測定装置によって、1120(cm-1)のラマンシフトを有するグルコースの表面増強ラマン散乱光が選択的に測定できる。表面増強ラマン散乱光の強度は振幅Amに比例する。
【0060】
強度Amを求めることとは別に、空腹時の生体の血液に含有されるグルコースの濃度(血糖値)が通常の血糖計を用いて測定される。同時に実施の形態1による測定装置を用いて振幅Amが測定される。
【0061】
検量線の作成例が以下に示される。例えば、所定量のグルコース服用の10分後に、被験者の血糖値が従来の方法により測定される。同時に、被験者の真皮組織中の微粒子チップ3上で発生した表面増強ラマン散乱光を、上記実施の形態1による測定装置を用いて測定し、振幅Amが得られる。これが10分ごとに2時間繰り返され、血糖値と振幅Amとの13組のデータセットを得る。当該データセットから、血糖値と振幅Amとの間の検量線が作成される。
【0062】
図10は、当該検量線のグラフの例を示す。縦軸は振幅Amを示す。横軸は血糖値を示す。13組のデータセットが当該グラフ上にプロットされ、これらに最も近似する直線を検量線として作成する。検量線に基づいて、振幅Amから血糖値が算出される。言うまでもないが、データセットの数は13組に限られない。少なくとも2つのデータセットから検量線は作成され得る。
【0063】
健康なヒトの血糖値は70〜160[mg/dl] の範囲で変化する。糖尿病に罹患している患者の血糖値は70〜500[mg/dl]の範囲で変化する。
【0064】
各個人の皮膚は異なる光の伝搬特性を有するので、好ましくは、各個人ごとに検量線が作成される。埋め込み位置の違いも光の伝搬特性を異ならせることに繋がるので、好ましくは微粒子チップ3を皮膚に埋め込む毎に、検量線が作成される。これらは、血糖値が高精度に測定されることをもたらす。
【0065】
実施の形態1による生体成分の濃度を測定する方法及びそれに用いられる装置は、皮膚表面での反射光および妨害成分による影響を受けない。
【0066】
実施の形態1では、生体成分の表面増強ラマン散乱光の中から生体成分に特異的な波長を有する光がフィルタ13により抽出される。フィルタ13に代えて、光センサ14に分光器が配置され、表面増強ラマン散乱光のスペクトルが検出され得る。当該スペクトルから、生体成分に特異的な波長を有する光の信号が抽出され得る。
【0067】
金ナノロッドに代えて、シリカからなる誘電体材料の表面が金又は銀のような金属によって被覆された微粒子が用いられ得る。
【0068】
実施の形態1では、投射モジュール21が発光する照射光は785nmの波長を有する。このことは、以下の利点を有する。
【0069】
一般的に、生体は、700〜900nmの波長を有する光に対する高い透過性を有する。グルコースに特異的なラマン散乱光は、照射光の波数よりもおよそ1100〜1200cm-1小さい波数を有する。従って、照射光の波長を700〜800nmに設定することによって、照射光および表面増強ラマン散乱光の双方が、上述された高い透過性を利用できる。すなわち、光源9から照射される照射光の波長は785nmに限られず、700〜800nmの範囲内で選択することができる。
【0070】
実施の形態1では、直線偏光光5の円形ビームが、円盤状の微粒子チップ3と同じ大きさ(直径:例えば、100μm)を有しているので、振幅Amが最大化され、S/Nが向上する。
【0071】
等式5は等式6に一般化される。すなわち、標的生体成分が当該生体成分に特有のラマンシフト量Bcm−1を有する場合、フィルタ13として用いられるフィルタの中心波長λは、等式6により算出される。
【0072】
【数6】

【0073】
(実施の形態2)
実施の形態2による生体成分の濃度を測定する方法及びそれに用いられる測定装置が以下、説明される。
【0074】
図7は、微粒子8の長軸方向を示す。図8は、光センサ14によって受光された信号R(t)と、直線偏光光5の偏光方向の位相との関係を示す。図9は、実施の形態2による測定装置を示す。以下、実施の形態1との相違点が説明される。
【0075】
切替型フィルタ19は、透過する光の波長を、直線偏光光5の波長または生体成分に特異的なラマン散乱光の波長のどちらかに切り替え得る。成分がグルコースであり、直線偏光光5の波長が785nmである場合には、切替型フィルタ19は、透過する光の中心波長を、785nmまたはグルコースに特異的なラマン散乱光の波長である860.7nmのどちらかに切り替える。
【0076】
コンピュータ17は、切替型フィルタ19を制御し、どちらの波長の光が透過するかを決定する。
【0077】
移相器(Phase shifter)20は、コンピュータ17による指示に基づいて、信号発生器15から偏光変調器10へ送信される変調信号の位相をずらす。変調信号の位相をずらすことが、直線偏光光5の偏光方向の位相をずらすことを可能にする。
【0078】
実施の形態2では、生体へ微粒子チップ3を埋込む際に生じた配置の誤差、生体の成長、または生体の老化のため、図7に示されるように、微粒子8の長軸方向がxy平面においてx方向からdradだけずれたことが仮定される。
【0079】
当該ずれの結果、微粒子8の長軸方向とx方向が交差する。これが、当該長軸方向とx方向とが平行でない場合の信号R(t)と、直線偏光光5の偏光方向との間の位相差を生じさせる。当該位相差mtは、以下の等式7により表される。
【0080】
【数7】

【0081】
ロックインアンプ16により位相検波がされる際には、位相差mtが0の時に信号R(t)が最大になる。従って、位相差mtを0にするように、信号発生器15から偏光変調器10へ送信される変調信号の位相が調整され、信号R(t)を最大化する。
【0082】
局在化表面プラズモン共鳴が発生している間に微粒子8によって散乱される光(共鳴レイリー散乱光)の強度は、直線偏光光5の偏光方向が微粒子8の長軸方向に合致した際、すなわち、偏光方向とx方向との間の角の大きさがdradと等しくなる際に最大になる。
【0083】
従って、測定に先立って直線偏光光5の偏光方向を変化させて、微粒子8によって散乱される光の強度の変化が測定されながら、散乱光の強度が最大になる偏光方向dが確認される。当該確認は、共鳴レイリー散乱光を観測することによりなされる。共鳴レイリー散乱光は、微粒子8の周辺に位置する生体成分の表面増強ラマン散乱光よりもはるかに高い強度を有するため、当該確認の精度は高い。
【0084】
そして、測定の際に、信号発生器15からロックインアンプ16へ送信される参照信号の位相が−d/ωずらされ、ロックインアンプ16によって受光される信号が最大化される。
【0085】
次に、実施の形態2による測定方法が説明される。まず、コンピュータ17は、785nmの波長を有する光が切替型フィルタ19を透過するように指示する。そして、コンピュータ17は信号発生器15および偏光変調器10を駆動し、直線偏光光5の偏光方向を360°回転させる。得られた信号R(t)をコンピュータ17は記憶する。信号R(t)を最大にする直線偏光光5の偏光方向(即ち、d)が求められる。コンピュータ17は、移相器20によってずらされる位相を−d/ωに設定する。
【0086】
その後、実施の形態1と同様に、直線偏光光5の偏光方向が変調され、ロックインアンプ16によって受光される信号に基づいて生体成分の濃度が算出される。
【0087】
実施の形態2においては、生体成分の濃度が測定される前に、当該ずれによって生じる位相差が補償される。そのため、生体へ埋込む際の配置誤差、生体の成長、または生体の老化により、微粒子チップ3の方向が変化しても、高精度な測定が維持される。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明に係る生体成分を測定する方法及びそれに用いられる測定装置は、迷光および妨害成分の影響を低減する。特に、本発明は、生体内に局在化表面プラズモン共鳴を発生させ得る微粒子を用いて体液に含有される生体成分の濃度を測定するために用いられる。
【符号の説明】
【0089】
1:表皮組織
2:真皮組織
3:微粒子チップ
4:皮下組織
5:直線偏光光
6:反射光
7:拡散光および散乱光
8:長軸を有する微粒子
9:光源
10:偏光変調器
11:表面増強ラマン散乱光
12:光学系
13:フィルタ
14:光センサ
15:信号発生器
16:ロックインアンプ
17:コンピュータ
18:支持体
19:切替型フィルタ
20:移相器
21:投射モジュール
22:ハロゲンランプ
23:レンズ
24:フィルタ
25:偏光子


【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測装置を用いて生体に含まれる生体成分の濃度を測定する方法であって、以下の工程(A)〜(C)を具備する:
前記計測装置を準備する工程(A)
ここで、前記計測装置は、
λ1の波長を有する直線偏光光を出射する投射モジュール、
中心波長がλ2であるフィルタ、および
光センサ、
を具備しており、
前記投射モジュールは、前記直線偏光光の偏光方向を連続的に変調する偏光変調器を具備しており、
前記偏光変調器によって前記直線偏光光の偏光方向を連続的に変調させながら、前記投射モジュールから前記生体の皮膚に埋め込まれた微粒子チップに前記直線偏光光を照射して、前記微粒子チップ上で発生した表面増強ラマン散乱光を、前記フィルタを介して前記光センサによって受光された信号X(t)として受光する工程(B)、
前記微粒子チップは、長軸を有する複数の微粒子を表面に具備し、複数の微粒子の長軸は同一方向に配向する
ここで、以下の等式3および等式6が充足され、
【数3】


【数6】


前記Amおよび検量線から前記生体成分の濃度を算出する工程(C)。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記フィルタの半値幅が3nmである。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、
前記生体成分はグルコースであり、
前記Bは1120cm-1である。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって、
前記λ1は785nmであり、前記λ2は860.7nmである。
【請求項5】
請求項3に記載の方法であって、
前記λ1は785nmであり、前記λ2は860.7nmである。
【請求項6】
請求項1に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
【請求項7】
請求項3に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
【請求項8】
請求項4に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。
【請求項9】
請求項5に記載の方法であって、
前記計測装置はコンピュータを備え、
前記コンピュータは前記検量線を記憶しており、
前記工程(C)において、前記コンピュータが前記生体成分の濃度を算出する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公表番号】特表2012−519833(P2012−519833A)
【公表日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−538198(P2011−538198)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【国際出願番号】PCT/JP2011/000984
【国際公開番号】WO2011/132355
【国際公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】