説明

生体光計測装置

【課題】従来の近赤外分光法においては、近赤外光源として複数のレーザーダイオードを用いていたため、装置が大型化し、また金額的にも高額な装置となりがちであった。また、レーザーを用いた測定においては、システム筐体内のレーザーダイオードからの光を光ファイバーで測定位置まで導くため、測定位置での光ファイバーと生体表面の接触具合が偶発的な光ファイバーの動きに大きく影響され、大きな計測誤差の原因となっていた。
【解決手段】レーザーの代わりに、安価な発光ダイオード(LED)を用い、非線形最適化問題を解くことによって推定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、近赤外光を用いた生体光計測技術に関し、特に、脳機能計測技術あるいは血中酸素濃度測定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外光を用いた生体光計測とは、血液中の酸素化ヘモグロビン/脱酸素化ヘモグロビンの光吸収特性の違いを利用することにより、それぞれの濃度を測定する技術である。具体的には、異なる波長の、生体における戻り光強度を測定し、modified Beer-Lambert則などを用いて濃度を計算している(非特許文献1参照)。生体深部を計測する場合には、生体透過性の高い約700nmから約900nmの範囲内にある波長の光を用いている。
【0003】
その際、従来は、光源から測定部位までは、光ファイバーにより光を導き、測定部位において測定された光は、光ファイバーにより情報処理装置まで導いていた(特許文献1参照)。
【非特許文献1】Koizumi,H., et al.,“Optical topography: practical problems and new applications”, Applied Optics, Vol.42, No.16, 3054-3062 (2003).
【特許文献1】特開2004−173751号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の近赤外分光法(以下「NIRS」ともいう。)では、近赤外光源として複数の単一波長のレーザーダイオードを用いていたため、装置が大型化し、また金額的にも高額な装置となりがちであった。また、レーザーを用いた測定においては、システム筐体内のレーザーダイオードからの光を光ファイバーで測定位置まで導き、ファイバー端面をプローブとして生体表面に密着させる必要があった。このため、生体の偶発的な体動が光ファイバーと生体表面の接触具合を大きく変化させ、大きな計測誤差(モーションアーティファクト)の原因となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
従来技術の問題点を解決するため、レーザーの代わりに、数ミリ程度の大きさの領域から多波長の光を発することができ、かつ安価な発光ダイオード(LED)を用いた計測技術を構築する。レーザーの場合には、単色性に優れているため、一次の線形方程式を解くことにより推定が行われるが、本発明においては、レーザーに比べると単色性に劣るので、非線形最適化問題を解くことによって推定が行われる。この最適化問題は、想定されるパラメータ範囲においてローカルミニマムを持たないため、非常に高速かつ安定に推定を行うことが可能である。また、各計測値に対してあらかじめ推定値を求めておき、実際の測定の際にはテーブルルックアップを行うことも可能である。
【発明の効果】
【0006】
本願発明は、発光部にLEDを用いたため、装置を小型・軽量化することができ、発光部(LED)および受光部(フォトダイオード)を一体化して直接頭部にマウントすることが可能となり、長い光ファイバーが不要となるため、従来の装置で問題とされたモーションアーティファクトの軽減が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
発明を実施するための最良の形態につき図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0008】
図1に、本願発明に係る装置の概略図を示す。コンピューター(PC)からのデジタル信号は、D/A変換器(DAC)によりアナログ信号に変換され、アナログスイッチを動作させる。このスイッチにより、特定の波長の光を発光する発光ダイオード(LED)が通電される。このLEDから発射された光は、光学アタッチメントを介して、脳内に照射される。脳内において、透過、反射、屈折及び散乱を繰り返し、光検出器(フォトダイオード)により検出される。検出された光は、A/D変換器(ADC)を介して、コンピューターに取り込まれ、信号処理がなされる。
【0009】
次に、上記光とは異なる波長の光についても同様の操作を行い、情報を取得する。これらの複数の波長の情報に基づき、血液中の酸素化ヘモグロビン/脱酸素化ヘモグロビン情報を得ることができる。
【0010】
波長λ、輝度Iの光を生体へ注光し、それを少し離れた所で観測した場合、観測される光の輝度は、modified Beer-Lambert 則を仮定するならば、次式のようになる。
【数1】

ここでmo(λ)、md(λ) はオキシヘモグロビン,デオキシヘモグロビン の吸光度、Co、Cd は血液中におけるそれぞれの濃度、dは組織に占める血液の割合である。また、Lはパス長である。さらに、sはその大きさが波長に依存しない散乱項、rはその他の減衰項(やはり大きさが波長に依存しないとする)とする。
Co、Cd、d が時間とともに変化するため、これを正規化したものを変数として考える。
【数2】

C0は血液中の平均ヘモグロビン濃度、d0はレスト時の血液割合である。さらに
【数3】

とすると、
【数4】

と書ける。
【0011】
発光スペクトル A(λ)を持つLEDにより注光し、感度スペクトル R(λ) を持つセンサーにより受光した場合の、各波長に対するセンサーの出力は
【数5】

となる。これから、センサーの出力は
【数6】

となる。
【0012】
このことから、それぞれ異なる発光スペクトル(A,B,C)を持つ3個のLEDを用いて測定を行ったとすると、それぞれの場合のセンサーの出力は次のようになる。
【数7】

ここで、簡単のために
【数8】

などとした。
【0013】
さて以上の準備のもとで、生体からの光検出器出力の比の対数を考えると、
【数9】

となる。ここで左辺は測定量であり、右辺の Ai、Bi、Ci、ai、biは既知の量であるから、2個の未知数(x、y)に対して2個の式が与えられたことになり原理的には、この非線型の方程式を解くことにより、x、yを求めることができる。実際には、上式の左辺から右辺を引いた量の二乗和を最小化する非線型最適化問題として解を求める。
【0014】
図3は、3個のLEDが正規分布のスペクトル(中心発光波長が780nm、805nm及び830nmであり、標準偏差が10,20、及び30)を持つと仮定して、その発光スペクトルをしめしたものである。この図から明らかなように、標準偏差が大きくなるに従い、各波長の光が分別しにくなり、測定誤差が大きくなることが予想される。
【0015】
図4は、上記各標準偏差において、単色光(レーザー)を用いて吸収度を求めた場合(図において○印)、非単色光(LED)を用いるが本願発明の方法を用いた場合(図において×印)、及び非単色光(LED)を注光するにもかかわらず、それぞれの波長分散の中心波長の単色光を用いたと仮定して従来のアルゴリズムに従って計算した場合(図において*印)を示している。ここから明らかなように、標準偏差が大きい場合には、*プロットは○印と大きく異なってしまうことがわかる。つまり、単純にレーザーの代わりにLEDを用い、レーザーを用いた場合のアルゴリズムを流用した場合には、正しい推定が困難である。一方、本願発明の方法を用いる場合には、正しい推定が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0016】
現在脳科学・医学分野で急速に普及しつつあるレーザー光を用いた大型で高価な生体光計測装置に代わり、安価で軽量な装置の実現の可能性がある。それに伴い、現在の大型の装置では困難な、屋外での行動/運動中における脳機能計測への応用や、BMIにおけるインターフェースとしての応用などが考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本願発明に係る装置の概略図
【図2】照射する光の波長に対する酸化化ヘモグロビン(実線)及び脱酸素化ヘモグロビン(破線)の吸収スペクトル
【図3】LEDの発光波長が780nm、805nm及び830nmである3つのLEDを採用し、その発光スペクトルが正規分布(標準偏差が10、20及び30)と仮定した場合の発光スペクトル
【図4】単色光を用いて吸光度を求めた場合(図において○印)、ブロードな光(LED)を用いるが本願発明の方法を用いた場合(図において×印)及びブロードな光(LED)を中心波長で代表させて計算した場合の比較図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
近赤外光を生体の所定の部位に照射し、該所定の部位の近傍において出射してくる光を検出し、生体物質に関する情報を獲得する光計測装置であって、
該近赤外光の光源、光検出素子及び情報処理部を備えており、
該光源は、発光ダイオードであり、
該ダイオード及び該光検出素子は、生体に装着されるアタッチメントに取り付けられており、
該情報処理部においては、検出された幅広いスペクトルを持つ透過光の総輝度から、非線形最適化問題の解として生体物質に関する情報を獲得する工程を有することを特徴とする光計測装置。
【請求項2】
上記光源は、複数であることを特徴とする請求項1に記載の光計測装置。
【請求項3】
上記光検出素子は、フォトダイオードであることを特徴とする請求項1に記載の光計測装置。
【請求項4】
上記生体物質は、血液中のヘモグロビンであることを特徴とする請求項1に記載の光計測装置。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−157832(P2008−157832A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−348801(P2006−348801)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】