説明

画像処理装置および画像処理プログラム

【課題】染色標本画像の色素量分布を標準標本画像の色素量分布に近似させ、染色標本画像の各画像位置における色素量を適切に補正すること。
【解決手段】標準標本クラス情報141は、標準標本画像の各画像位置の色素量分布に基づいて、各画像位置を標準標本クラスに分類した分類に係るデータを記憶する。クラス分類部153は、対象染色標本画像における各画像位置の色素量分布を算出し、この色素量分布に基づいて各画像位置を染色標本クラスにクラス分類する。分布形状特徴算出部154は、各染色標本クラスの部分色素量分布の重心位置および分散共分散行列を算出する。クラス特定部155は、各染色標本クラスに対応する標準標本クラスを特定する。色素量補正部156は、各染色標本クラスの部分色素量分布の分布形状を、対応する標準標本クラスの部分色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換し、各画像位置の推定色素量を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の色素によって染色された染色標本を撮像した染色標本画像を処理する画像処理装置および画像処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織標本、特に病理標本では、臓器摘出によって得たブロック標本や針生検によって得た標本を厚さ数ミクロン程度に薄切した後、様々な所見を得るために顕微鏡を用いて拡大観察することが広く行われている。中でも光学顕微鏡を用いた透過観察は、機材が比較的安価で取り扱いが容易である上、歴史的に古くから行われてきたこともあって、最も普及している観察方法の一つである。この場合、薄切された生体標本は光を殆ど吸収及び散乱せず無色透明に近いため、観察に先立って色素による染色を施すのが一般的である。
【0003】
染色手法としては種々のものが提案されており、その総数は100種類以上にも達するが、特に病理標本に関しては、色素として青紫色のヘマトキシリンと赤色のエオジンの2つを用いるヘマトキシリン−エオジン染色(以下、「H&E染色」と称す。)が標準的に用いられている。
【0004】
ヘマトキシリンは植物から採取された天然の物質であり、それ自身には染色性はない。しかし、その酸化物であるヘマチンは好塩基性の色素であり、負に帯電した物質と結合する。細胞核に含まれるデオキシリボ核酸(DNA)は、構成要素として含むリン酸基によって負に帯電しているため、ヘマチンと結合して青紫色に染色される。なお、前述の通り、染色性を有するのはヘマトキシリンでは無く、その酸化物であるヘマチンであるが、色素の名称としてはヘマトキシリンを用いるのが一般的であるため、以下それに従う。
【0005】
エオジンは好酸性の色素であり、正に帯電した物質と結合する。アミノ酸やタンパク質が正負どちらに帯電するかはpH環境に影響を受け、酸性下では正に帯電する傾向が強くなる。このため、エオジン溶液に酢酸を加えて用いることがある。細胞質に含まれるタンパク質は、エオジンと結合して赤から薄赤に染色される。
【0006】
H&E染色後の標本(染色標本)では、細胞核や骨組織等が青紫色に、細胞質や結合組織、赤血球等が赤色に染色され、容易に視認できるようになる。この結果、観察者は、細胞核等の組織を構成する要素の大きさや位置関係等を把握でき、染色標本の状態を形態学的に判断することが可能となる。
【0007】
標本の染色は、元々個体差を有する生体組織に対し、化学反応を用いて色素を固定する作業であるため、常に均一な結果を得ることが難しい。具体的には、同一濃度の染色液に同一時間標本を反応させた場合でも、固定される色素の量が同程度であるとは限らない。標本によっては比較的多くの色素が固定される場合や、比較的少ない色素しか固定されない場合がある。前者の場合には通常より濃く染色された標本となり、後者の場合には薄く染色された標本となる。このような染色のばらつきを抑えるため、専門の技能を有する染色技師を配置した施設もある。このような施設においては、染色技師の職人的な調整作業によって同一施設内での染色ばらつきをある程度軽減できるが、他の施設との間の染色ばらつきまで軽減することはできない。
【0008】
この染色ばらつきには、2つの問題がある。第1に、人間が目視観察する場合、観察対象の状態が不揃いであることが観察者のストレスに繋がる可能性がある。重度のばらつきが生じている場合には、決定的な所見を見落とす可能性も否定できない。第2に、染色標本をカメラで撮像して画像処理する場合、染色ばらつきが処理精度に悪影響を及ぼす可能性がある。例えば、ある病変が特定の色を呈することが判っていたとしても、画像から自動的にそれを抽出することが難しくなる。病変による色変化を染色ばらつきが撹乱してしまうからである。
【0009】
このような染色ばらつきの問題点を解決するために、画像処理によって染色状態を定量化・標準化しようとする試みがなされている。例えば、非特許文献1には、物理モデルに基づいて染色標本に固定された色素の相対的な量を推定する手法や、推定した色素の量を仮想的に増減させ、増減後の色素量を用いて仮想的な標本のRGB画像を合成する手法が開示されている。図12は、合成されたRGB画像の一例を示す図である。色素量の増減を適切に行えば、濃く染色された標本や薄く染色された標本を、適切に染色された標本と同等の色を有する画像に補正することができる。
【0010】
ここで、染色標本のマルチバンド画像からRGB画像を合成する方法について説明する。先ず、観察対象の標本のマルチバンド画像を撮像する。例えば、特許文献1に開示されている技術を用い、16枚の光学フィルタ(バンドパスフィルタ)をフィルタホイールで回転させて切り替えながら、面順次方式でマルチバンド画像を撮像する。これにより、標本の各点において16バンドの画素値を有するマルチバンド画像が得られる。なお、色素は、本来観察対象となる標本内に3次元的に分布しているが、通常の透過観察系ではそのまま3次元像として捉えることはできず、標本内を透過した照明光をカメラの撮像素子上に投影した2次元像として観察される。したがって、ここでいう各点は、投影された撮像素子の各画素に対応する標本上の点を意味している。
【0011】
撮像されたマルチバンド画像の位置xについて、バンドbにおける画素値g(x,b)と、対応する標本上の点の分光透過率t(x,λ)との間には、カメラの応答システムに基づく次式(1)の関係が成り立つ。
【数1】

λは波長、f(b,λ)はb番目の光学フィルタの分光透過率、s(λ)はカメラの分光感度特性、e(λ)は照明の分光放射特性、n(b)はバンドbにおける撮像ノイズをそれぞれ表す。bはバンドを識別する通し番号であり、ここでは1≦b≦16を満たす整数値である。
【0012】
実際の計算では、式(1)を波長方向に離散化した次式(2)を用いる。
G(x)=FSET(x)+N ・・・(2)
ここで、波長方向のサンプル点数をD、バンド数をBとすれば(ここではB=16)、G(x)は、位置xにおける画素値g(x,b)に対応するB行1列の行列である。同様に、T(x)は、t(x,λ)に対応するD行1列の行列、Fは、f(b,λ)に対応するB行D列の行列である。一方、Sは、D行D列の対角行列であり、対角要素がs(λ)に対応している。同様に、Eは、D行D列の対角行列であり、対角要素がe(λ)に対応している。Nは、n(b)に対応するB行1列の行列である。なお、式(2)では、行列を用いて複数のバンドに関する式を集約しているため、バンドを表す変数bが陽に記述されていない。また、波長λに関する積分は行列の積に置き換えられている。
【0013】
次に、撮像したマルチバンド画像から標本各点における分光透過率を推定する。推定手法としては、例えばウィナー(Wiener)推定を用いる。ウィナー推定は、ノイズの重畳された観測信号から原信号を推定する線形フィルタ手法の一つとして広く知られている。このウィナー推定を用いた場合、分光透過率の推定値T^(x)は、次式(3)で計算することができる。なお、T^は、Tの上に推定値を表すハット「^」が付いていることを示す。
【数2】

SSは、D行D列の行列であり、標本の分光透過率の自己相関行列を表す。また、RNNは、B行B列の行列であり、撮像に使用するカメラのノイズの自己相関行列を表す。
【0014】
このようにして分光透過率T^(x)を推定したならば、次に、このT^(x)に基づいて標本の各点xにおける色素量を推定する。推定の対象とする色素は、第1の色素量に相当する細胞核を染色したヘマトキシリン、第2の色素量に相当する細胞質を染色したエオジン、第3の色素量に相当する赤血球を染色したエオジンの3種類である。ここで、ヘマトキシリンを色素H、細胞質を染色したエオジンを色素E、赤血球を染色したエオジンを色素Rと略記する。なお、厳密には、染色を施さない状態であっても赤血球はそれ自身特有の色を有しており、H&E染色後は、赤血球自身の色と染色過程において変化したエオジンの色が重畳して観察される。このため、正確には両者を併せたものを色素Rと呼称する。
【0015】
一般に、光を透過する物質では、波長λ毎の入射光の強度I0(λ)と射出光の強度I(λ)との間に、次式(4)で表されるLambert-Beer則が成り立つことが知られている。
【数3】

k(λ)は波長に依存して決まる物質固有の値、dは物質の厚さをそれぞれ表す。また、式(4)の左辺は分光透過率を意味している。
【0016】
ここで、H&E染色された対象染色標本が、色素H、色素E、色素Rの3種類の色素で染色されている場合、Lambert-Beer則により各波長λにおいて次式(5)が成立する。
【数4】

ここでkH(λ),kE(λ),kR(λ)は、それぞれ色素H、色素E、色素Rに対応したk(λ)を表す。またdH,dE,dRは、マルチバンド画像の各画像位置における色素H、色素E、色素Rの仮想的な厚さを表す。本来色素は、標本中に分散して存在するため、厚さという概念は正確ではないが、標本が単一の色素で染色されていると仮定した場合と比較して、どの程度の量の色素が存在しているかを表す相対的な色素量の指標となる。すなわち、dH,dE,dRはそれぞれ色素H、色素E、色素Rの色素量を表しているといえる。なお、kH(λ),kE(λ),kR(λ)は、単一の色素で染色した標本を予め用意し、その分光透過率を分光計で測定することによって、Lambert-Beer則から容易に求めることができる。
【0017】
式(5)の両辺の対数を取ると、次式(6)となる。
【数5】

【0018】
式(3)を用いて推定された分光透過率データT^(x)の波長λに対応する要素をt^(x,λ)とし、これを式(6)に代入すると、次式(7)を得る。
【数6】

ここで、式(7)において未知変数はdH,dE,dRの3つであるから、少なくとも3つの異なる波長λに対して式(7)を連立させれば、これらを解くことができる。より精度を高めるために、4つ以上の異なる波長λに対して式(7)を連立させ、重回帰分析を行ってもよい。
【0019】
マルチバンド画像の各位置における色素量dH,dE,dRが一度求まれば、これらを修正することで、標本における色素量の変化をシミュレートすることができる。すなわち、適当な係数αH,αE,αRを各色素量dH,dE,dRにそれぞれ乗じて調整し、式(5)に代入すれば、次式(8)によって新たな分光透過率t*(x,λ)が得られる。係数αH,αE,αRは、例えば、標準的に染色された標準染色標本を用意し、この標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置における色素量を推定した結果から決定することができる。具体的には、観察対象の標本の色素H,色素E,色素Rそれぞれの平均色素量を算出する。そして、算出した色素H,色素E,色素Rそれぞれの平均色素量の、標準標本画像の該当色素の平均色素量に対する比率を係数αH,αE,αRとして決定する。
【数7】

【0020】
そして、式(8)を式(1)に代入すれば、色素量を仮想的に変化させた標本の画像を合成することができる。ただしこの場合は、ノイズn(b)をゼロとして計算してよい。
【0021】
以上の手順により、標本の各点xにおける色素量を推定することにより、各点における色素量を仮想的に調整し、調整後の標本の画像を合成することで染色標本の色素量を補正することができる。したがって、例えば、染色標本に染色ばらつきがあっても、ユーザは、適正な染色状態に調整された画像を観察することができ、染色ばらつきの問題が解決できる。
【0022】
【特許文献1】特開平7−120324号公報
【非特許文献1】“Color Correction of Pathological Images Based on Dye Amount Quantification”,OPTICAL REVIEW,Vol.12,No.4,2005,p.293-300
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
染色ばらつきの問題を解決するためには、観察対象の標本を撮像したマルチバンド画像の色素量の調整を適切に行い、標準的な染色状態にある標本の色素量に近づけることが望ましい。特許文献1の技術では、マルチバンド画像の各画像位置において推定された色素量を定数倍することによって、色素量を仮想的に調整している。しかしながら、マルチバンド画像の各画像位置を推定された色素量に基づいて変換した色素量の分布空間において、その分布形状が、標準染色標本を撮像した標準標本画像における色素量の分布空間での分布形状と比較して異なる場合や、マルチバンド画像の色素量分布において推定誤差等によって分布から大きく外れた値が存在する場合は、その違いが定数倍によって強調されてしまうという問題が生じる。このため、例えば、調整後の色素量を用いて標本のマルチバンド画像から表示用の画像を合成した場合に、不自然な発色となって現れてしまうという問題もある。
【0024】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みて為されたものであり、染色標本を撮像した染色標本画像の色素量分布を標準標本画像の色素量分布に精度よく近似させることができる画像処理装置および画像処理プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明に係る画像処理装置は、複数種類の色素によって染色された染色標本を撮像した染色標本画像を処理する画像処理装置において、前記複数種類の色素によって標準的に染色された標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置を、該各画像位置における色素量の色素量分布に基づいて分類した標準標本クラスの色素量分布を記憶する標準データ記憶手段と、前記染色標本画像の各画像位置における色素量を推定する色素量推定手段と、前記色素量推定手段によって推定された各画像位置における色素量に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置の色素量分布を算出し、算出した色素量分布に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置を染色標本クラスに分類するクラス分類手段と、前記クラス分類手段によって分類された前記染色標本クラスの色素量分布の分布形状特徴と、前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴とを比較し、該比較結果をもとに前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を補正する色素量補正手段と、を備えることを特徴とする。
【0026】
また、本発明に係る画像処理プログラムは、複数種類の色素によって染色された染色標本を撮像した染色標本画像を処理するコンピュータに、前記複数種類の色素によって標準的に染色された標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置を、該各画像位置における色素量の色素量分布に基づいて分類した標準標本クラスの色素量分布を記憶する標準データ記憶ステップ、前記染色標本画像の各画像位置における色素量を推定する色素量推定ステップ、前記色素量推定ステップによって推定された各画像位置における色素量に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置の色素量分布を算出し、算出した色素量分布に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置を染色標本クラスに分類するクラス分類ステップ、前記クラス分類ステップによって分類された前記染色標本クラスの色素量分布の分布形状特徴と、前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴とを比較し、該比較結果をもとに前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を補正する色素量補正ステップ、を実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、染色標本を撮像した染色標本画像の色素量分布を、標準標本画像の色素量分布に近似させることができる。したがって、染色標本画像の各画像位置における色素量を、標準染色標本の標準的な染色状態に合わせて適切に補正することができ、不自然な発色を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面を参照し、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。本実施の形態では、細胞核、細胞質、赤血球および背景の4つの主要要素を含むH&E染色された病理標本を撮像対象とし、撮像したマルチバンド画像から、表示用のRGB画像を合成する場合について説明する。なお、主要要素の数および種類は一例であって、適宜設定できる。例えば、細胞核や細胞質、赤血球の他、例えばヘマトキシリンによって染色される骨組織や、エオジンによって染色される結合組織等を分類対象としてもよい。
【0029】
先ず、本実施の形態に係る画像処理装置の構成について説明する。図1は、画像処理装置の機能構成を示すブロック図である。本実施の形態では、画像処理装置10は、画像取得部110と、操作部120と、表示部130と、記憶部140と、画像処理部150と、装置各部を制御する制御部160とを備える。
【0030】
画像取得部110は、H&E染色された観察対象の病理標本(以下、「対象染色標本」と称す。)を撮像して6バンドのマルチバンド画像を取得する。図2は、画像取得部110の構成を示す図である。図2に示すように、画像取得部110は、CCD等の撮像素子等を備えたRGBカメラ111、対象染色標本Sが載置される標本保持部113、標本保持部113上の対象染色標本Sを透過照明する照明部115、対象染色標本Sからの透過光を集光して結像させる光学系117、結像する光の波長帯域を所定範囲に制限するためのフィルタ部119等を備える。
【0031】
RGBカメラ111は、デジタルカメラ等で広く用いられているものであり、モノクロの撮像素子上にモザイク状にRGBのカラーフィルタを配置したものである。このRGBカメラ111は、撮像される画像の中心が照明光の光軸上に位置するように設置される。図3は、カラーフィルタの配列例を模式的に示す図である。この場合、各画素はR,G,Bいずれかの成分しか撮像することはできないが、近傍の画素値を利用することで、不足するR,G,B成分が補間される。この手法は、例えば特許第3510037号公報で開示されている。なお、3CCDタイプのカメラを使用すれば、最初から各画素におけるR,G,B成分を取得できる。本実施の形態では、いずれの撮像方式を用いても構わないが、以下ではRGBカメラ111で撮像された画像の各画素においてR,G,B成分が取得できているものとする。
【0032】
フィルタ部119は、それぞれ異なる分光透過率特性を有する2枚の光学フィルタ1191a,1191bを具備しており、これらが回転式の光学フィルタ切替部1193に保持されて構成されている。図4−1は、一方の光学フィルタ1191aの分光透過率特性を示す図であり、図4−2は、他方の光学フィルタ1191bの分光透過率特性を示す図である。例えば先ず、光学フィルタ1191aを用いて第1の撮像を行う。次いで、光学フィルタ切替部1193の回転によって使用する光学フィルタを光学フィルタ1191bに切り替え、光学フィルタ1191bを用いて第2の撮像を行う。この第1の撮像及び第2の撮像によって、それぞれ3バンドの画像が得られ、両者の結果を合わせることによって6バンドのマルチバンド画像が得られる。なお、光学フィルタの数は2枚に限定されるものではなく、2枚以上の光学フィルタを用いることができる。取得されたマルチバンド画像は制御部160に出力され、対象染色標本画像として記憶部140に保持される。
【0033】
この画像取得部110において、照明部115から照射された照明光は、標本保持部113上に載置された対象染色標本Sを透過する。そして、対象染色標本Sを透過した透過光は、光学系117及び光学フィルタ1191a,1191bを経由した後、RGBカメラ111の撮像素子上に結像する。光学フィルタ1191a,1191bを具備するフィルタ部119は、照明部115からRGBカメラ111に至る光路上のいずれかの位置に設置されていればよい。照明部115からの照明光を、光学系117を介してRGBカメラ111で撮像する際の、R,G,B各バンドの分光感度の例を、図5に示す。
【0034】
操作部120は、例えば、キーボードやマウス、タッチパネル、各種スイッチ等によって実現されるものであり、操作入力に応じた操作信号を制御部160に出力する。
【0035】
表示部130は、LCDやELD等の表示装置によって実現されるものであり、制御部160から入力される表示信号に基づいて各種画面を表示する。
【0036】
記憶部140は、更新記憶可能なフラッシュメモリ等のROMやRAMといった各種ICメモリ、内蔵或いはデータ通信端子で接続されたハードディスク、CD−ROM等の情報記憶媒体及びその読取装置等によって実現されるものであり、画像処理装置10の動作に係るプログラムや、画像処理装置10の備える種々の機能を実現するためのプログラム、これらプログラムの実行に係るデータ等が格納される。また、標準標本クラス情報141が格納される。この標準標本クラス情報141は、後述する標準標本画像の各画像位置における推定色素量の色素量分布に基づいて、各画像位置を主要要素数で分類した標準標本クラスに係るデータを記憶する。また、対象染色標本の色素量分布を標準標本画像の色素量分布に近似させ、対象染色標本の各画像位置の推定色素量を補正するための画像処理プログラム143が格納される。
【0037】
画像処理部150は、CPU等のハードウェアによって実現される。この画像処理部150は、スペクトル推定部151と、色素量推定部152と、クラス分類部153と、分布形状特徴算出部154と、クラス特定部155と、色素量補正部156と、スペクトル算出部157と、RGB画像合成部158とを含む。スペクトル推定部151は、対象染色標本画像の画素値に基づいて、対象染色標本画像の各画像位置の分光特性を推定する。色素量推定部152は、対象染色標本の染色に用いたヘマトキシリンおよびエオジンの各色素の基準分光特性をもとに、対象染色標本画像の各画像位置における細胞核を染色したヘマトキシリン(色素H)の色素量、細胞質を染色したエオジン(色素E)の色素量、および赤血球を染色したエオジン(色素R)の色素量を推定する。クラス分類部153は、推定された各推定色素量に基づいて、対象染色標本画像の各画像位置の色素量分布を算出し、算出した色素量分布に基づいて、各画像位置を染色標本クラスにクラス分類する。分布形状特徴算出部154は、各染色標本クラスの部分色素量分布の分布形状特徴として、重心位置および分散共分散行列の各値を算出する。クラス特定部155は、標準標本クラス情報141に記憶された各標準標本クラスの部分色素量分布に基づいて、各染色標本クラスに対応する標準標本クラスを特定し、各染色標本クラスと各標準標本クラスとの対応関係を設定する。色素量補正部156は、各染色標本クラスの部分色素量分布を、対応する標準標本クラスの部分色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換し、各画像位置における推定色素量を補正する。スペクトル算出部157は、補正後の各画像位置における補正色素量を用いて分光透過率特性を算出する。RGB画像合成部158は、スペクトル算出部157によって算出された分光透過率特性を用いて表示用のRGB画像を合成する。
【0038】
制御部160は、CPU等のハードウェアによって実現される。この制御部160は、操作部120から入力される操作信号や画像取得部110から入力される画像データ、記憶部140に格納されるプログラムやデータ等に基づいて画像処理装置10を構成する各部への指示やデータの転送等を行い、画像処理装置10全体の動作を統括的に制御する。また、この制御部160は、画像取得部110の動作を制御して対象染色標本画像を取得する標本画像取得制御部161と、RGB画像合成部158によって合成されたRGB画像を表示部130に表示する制御を行うRGB画像表示制御部163とを含む。
【0039】
図6は、画像処理装置10における処理の手順を示すフローチャートである。なお、ここで説明する処理は、記憶部140に格納された画像処理プログラム143に従って画像処理装置10の各部が動作することによって実現される。
【0040】
画像処理装置10では、先ず、標本画像取得制御部161が、画像取得部110の動作を制御して対象染色標本をマルチバンド撮像し、対象染色標本画像を取得する(ステップS11)。
【0041】
続いて、スペクトル推定部151が、ステップS11で取得した対象染色標本画像の画素値に基づいて、対象染色標本のスペクトル(分光透過率)を推定する(ステップS13)。具体的には、スペクトル推定部151は、ウィナー推定を用い、背景技術で示した次式(3)に従って、対象染色標本画像の点xにおける画素値の行列表現G(x)から、この画像位置における分光透過率の推定値T^(x)を推定する。
【数8】

【0042】
光学フィルタ1191a,1191bの分光透過率F、RGBカメラ111の分光感度特性Sおよび照明の分光放射特性Eは、使用する機器を選定の後、分光計等を用いて予め測定しておく。なお、ここでは、光学系117の分光透過率は1.0と近似しているが、この近似値1.0からの乖離が許容できない場合には、光学系117の分光透過率も予め測定し、照明の分光放射特性Eに乗じればよい。また、標本の分光透過率の自己相関行列RSSおよびRGBカメラ111の撮像ノイズの自己相関行列RNNについても、事前に測定しておく。RSSは、H&E染色された典型的な標本を用意し、分光計によって複数の点の分光透過率を測定して自己相関行列を求めることによって得られる。統計的な精度を高めるために、標本内での偏り無く100点程度の測定を行った方がよい。一方、RNNは、標本無しの状態で画像取得部110によってマルチバンド画像を取得し、得られた6バンドのマルチバンド画像の各バンドについて画素値の分散を求め、これを対角成分とする行列を生成することによって得られる。得られた分光透過率の推定値(分光透過率データ)T^(x)は、記憶部140に格納される。
【0043】
続いて、色素量推定部152が、ステップS13で推定した分光透過率データに基づいて、対象染色標本の色素量を推定する(ステップS15)。具体的には、色素量推定部152は、対象染色標本画像の各画像位置における分光透過率データに基づいて、各画素に対応する対象染色標本の標本各点に固定された色素H,色素E,色素Rそれぞれの色素量を推定して推定色素量を求める。すなわち、背景技術で示した次式(7)を複数の波長λに関して連立させ、dH,dE,dRについて解く。
【数9】

【0044】
例として、3つの波長λ1,λ2,λ3について式(7)を連立させた場合を考えると、次式(9)のように行列表記できる。
【数10】

【0045】
したがって、dH,dE,dRは、次式(10)に従って推定できる。
【数11】

このようにして推定された各画像位置における色素H、色素E、色素Rの各推定色素量dH,dE,dRは、記憶部140に格納される。
【0046】
続いて、クラス分類部153が、対象染色標本画像の各画像位置を染色標本クラスにクラス分類する。すなわち先ず、クラス分類部153は、ステップS15で推定した各画像位置における色素Hの推定色素量dHおよび色素Eの推定色素量dEに基づいて、各画像位置の色素量分布(以下、「HE色素量分布」と称す。)を算出する(ステップS17)。図7は、対象染色標本画像の各画像位置のHE色素量分布図の一例を示す図である。図7に示すように、HE色素量分布は、横軸を色素Hの推定色素量dH、縦軸を色素Eの推定色素量dEとし、各画像位置を、その色素Hの推定色素量dHおよび色素Eの推定色素量dEに基づいてプロットして得られる。以下、この各画像位置に対応するプロットデータそれぞれを、「HE分布データ」と称す。そして、クラス分類部153は、算出したHE色素量分布に基づいて、各画像位置(実際には、各HE分布データ)を所定数kの染色標本クラスci(i=1,2,・・・,k)にクラス分類する(ステップS18)。分類する染色標本クラスの数kは、例えば、対象染色標本画像に含まれる主要要素の数とする。本実施の形態では、対象染色標本画像に含まれる主要要素の数は、細胞核、細胞質、赤血球および背景領域の4種類であり、各各HE分布データを4つの染色標本クラスに分類する。すなわちk=4とし、例えばk-means法を用いて分類する。k-means法は、分類するクラス数を予め設定し、所定の判定基準に基づいて分類結果を修正しながら分類処理を繰り返し行うことにより、よりよい分類を探索する手法として広く知られている。なお、分類する染色標本クラスの数kは、ユーザ操作に従って設定することとしても構わない。
【0047】
ここで、分類処理の手順について説明する。先ず、HE色素量分布からk個のHE分布データを代表点として選出し、選出したk個の代表点を各染色標本クラスci(i=1,2,3,4)の重心位置とする。この重心位置のベクトルは、次式(11)で表される。
【数12】

【0048】
なお、重心位置の初期値となるk個の代表点は、例えば、ランダムに選出することとしてもよいし、ユーザ操作に従って選出することとしてもよい。ユーザ操作に従って選出する場合には、制御部160が、例えば、図7に例示したHE色素量分布図を表示部130に表示する制御を行うとともに、k個の代表点の選出依頼の通知を表示する制御を行う。そして、これに応答して操作部120から入力された操作信号に従ってk個の代表点を選出する。これによれば、ユーザは、HE色素量分布の分布状態に応じて代表点を直接指定することができる。また、各染色標本クラスciを代表するような平均ベクトルを予め算出しておき、これを重心位置の初期値としてもよい。例えば、適切に染色された各主要要素を含む標本のマルチバンド画像をもとに算出したHE色素量分布から、各主要要素の標準的なベクトルを求める。そして、求めた各値を、各染色標本クラスciの重心位置の初期値として用いることとしてもよい。
【0049】
各染色標本クラスciの重心位置を決定したならば、各HE分布データを、最も近い距離にある重心位置の染色標本クラスciに帰属するものとして分類する。次いで、分類結果に基づいて、各染色標本クラスciの重心位置を再計算して更新する。そして、得られた新たな重心位置に従って各HE分布データを分類する処理を繰り返し行い、全ての染色標本クラスciの重心位置が変化しなくなった時点で処理を終了する。これにより、HE色素量分布における各HE分布データが、いずれかの染色標本クラスciにクラス分類される。図8は、図7に示したHE色素量分布における各HE分布データを染色標本クラスciにクラス分類した結果を示す図である。図8では、HE色素量分布における各HE分布データは、破線で囲まれた各領域それぞれに対応する4つの染色標本クラスc1〜c4にクラス分類されている。後述のステップS19では、染色標本クラスci毎に、その染色標本クラスciに分類された各HE分布データのHE色素量分布(以下、「部分HE色素量分布」と称す。)の分布形状特徴を算出する。このクラス分類結果は、記憶部140に格納される。
【0050】
なお、クラス分類の仕方はこれに限定されるものではなく、例えばユーザ操作に従って各HE分布データを染色標本クラスciにクラス分類することもできる。例えば、制御部160が、図7に例示したHE色素量分布図を表示部130に表示する制御を行うとともに、HE色素量分布中の境界線の指定依頼の通知を表示する制御を行う。この場合には、クラス分類部153は、境界線の指定依頼の通知に応答して操作部120から入力された操作信号に従って、HE色素量分布をk個の領域に分割し、各HE分布データを染色標本クラスciにクラス分類する。これによれば、ユーザは、HE色素量分布を、その分布状態に応じて領域分割することによって、各HE分布データのクラス分類を直接指定することができる。
【0051】
続いて、分布形状特徴算出部154が、ステップS17でクラス分類した各染色標本クラスciの部分HE色素量分布の分布形状特徴を算出する(ステップS19)。例えば、分布形状特徴として、染色標本クラスci毎に、その染色標本クラスciの部分HE色素量分布の重心位置および分散共分散行列を求める。
【0052】
ここで、染色標本クラスciに属する各HE分布データの数をそれぞれni(i=1,2,3,4)とすると、染色標本クラスciに属する各HE分布データのベクトルは、次式(12)によって表される。
【数13】

【0053】
そして、染色標本クラスciの部分HE色素量分布の重心ベクトルは、次式(13)によって表される。
【数14】

【0054】
また、染色標本クラスciの部分HE色素量分布の分散共分散行列は、次式(14)によって表される。
【数15】

【0055】
分布形状特徴算出部154は、各染色標本クラスciを処理対象とし、式(13)〜(15)を用いてそれぞれの重心位置および分散共分散行列を算出する。算出された各染色標本クラスciの部分HE色素量分布の重心位置および分散共分散行列は、記憶部140に格納される。
【0056】
続いて、クラス特定部155が、記憶部140から標準標本クラス情報141を読み出し、各染色標本クラスciに対応する標準標本クラスstd_cj(j=1,2,3,4)を特定し、各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定する(ステップS21)。
【0057】
ここで、標準標本クラス情報141は、標準標本画像の各画像位置のHR色素量分布を主要要素数である4つにクラス分類した標準標本クラスに係るデータであるが、先ず、この標準標本クラス情報141の取得方法について説明する。この標準標本クラス情報141の取得に際しては、予め標準染色標本を用意する。ここでいう標準染色標本とは、H&E染色された標本であって、4つの主要要素である、ヘマトキシリンで染色された細胞核、エオジンで染色された細胞質、エオジンで染色された赤血球、および背景を全て含む標本を意味する。
【0058】
先ず、この標準染色標本を対象として、図6のステップS11〜ステップS15と同様の処理を行う。画像取得部110を用いて標準染色標本をマルチバンド撮像し、標準標本画像を取得する。そして、取得した標準標本画像の画素値に基づいて、標準染色標本の各画像位置の分光透過率データを推定し、推定した分光透過率データに基づいて、各画像位置における色素H,色素E,色素Rの各推定色素量を求める。
【0059】
次に、標準標本画像の各画像位置を、そのHE色素量分布に基づいて標準標本クラスにクラス分類する。例えば、ステップS17の処理と同様にして、推定された標準染色標本の各画像位置における色素Hの推定色素量および色素Eの推定色素量に基づいて、各画像位置のHE色素量分布を算出する。図9は、標準標本画像の各画像位置のHE色素量分布図の一例を示す図である。次いで、ステップS18の処理と同様に、算出した各画像位置のHE色素量分布に基づいて、各画像位置を主要要素数k(k=4)の標準標本クラスstd_cj(j=1,2,3,4)にクラス分類する。図10は、図9に示したHE色素量分布を標準標本クラスstd_cjにクラス分類した結果を示す図である。図10では、HE色素量分布における各画像位置(HE分布データ)は、実線で囲まれた各領域それぞれに対応する4つの標準標本クラスstd_c1〜std_c4にクラス分類されている。なお、クラス分類の仕方はこれに限定されるものではなく、例えばユーザによるHE色素量分布中の境界線の指定操作に従って各HE分布データを染色標本クラスciにクラス分類することもできる。
【0060】
そして、ステップS19の処理と同様に、分類された各標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の分布形状特徴を算出する。すなわち、各標準標本クラスstd_cjを処理対象とし、式(13)〜(15)を用いてそれぞれの重心位置および分散共分散行列を算出する。そして、クラス分類結果と、この分類結果に従って算出した各標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の分布形状特徴である重心位置および分散共分散行列とを対応付けて、標準標本クラス情報141として記憶部140に格納する。
【0061】
クラス特定部155は、このようにして得られた標準標本クラス情報141を用いて、各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定する。設定された対応関係は、記憶部140に格納される。具体的には、クラス特定部155は、各染色標本クラスciをそれぞれ処理対象とし、処理対象の染色標本クラスciの部分HE色素量分布の重心位置と、標準標本クラス情報141に設定されている各標準標本クラスstd_cjそれぞれの部分HE色素量分布の重心位置とを比較する。そして、クラス特定部155は、重心位置間の距離が最小となる処理対象の染色標本クラスciと標準標本クラスstd_cjとの組み合わせを特定することによって、各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定する。図11は、この対応関係の設定処理を、染色標本クラスc1に対応する標準標本クラスstd_cjを特定する場合を例にとって説明するための説明図である。図11では、染色標本クラスc1と各標準標本クラスstd_cjそれぞれとの重心距離Δ1〜Δ4から、最小の重心間距離Δ1に従って、染色標本クラスc1に対応する標準標本クラスstd_c1が特定される。
【0062】
染色標本クラスciの部分HE色素量分布の重心位置と、標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の重心位置との重心位置間の距離は、次式(15)で表される。
【数16】

【0063】
続いて、色素量補正部156が、ステップS21で特定した染色標本クラスciと標準標本クラスstd_cjとの対応関係に基づいて、各画像位置の推定色素量dE,dH,dRを補正する。具体的には、色素量補正部156は、先ず、各染色標本クラスciの部分HE色素量分布の分布形状特徴を、対応する標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の分布形状特徴に合わせて変換し、各画像位置における色素量を補正する(ステップS23)。ここでは、色素量補正部156は、各染色標本クラスciを順次処理対象として、それぞれ以下の処理を行う。すなわち先ず、標準標本クラス情報141から、処理対象の染色標本クラスciに対応する標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の重心位置および分散共分散行列を読み出す。そして、読み出した分布形状特徴に基づいて、処理対象の染色標本クラスciの部分HE色素量分布をアフィン変換することで分布形状変換を行う。
【0064】
染色標本クラスciに属する各HE分布データについて、重心位置からの偏差を標準偏差により正規化すると、次式(16)となる。
【数17】

ここで、τk(ci)は染色標本クラスciについての部分HE色素量分布の重心位置をHE色素量分布の原点、標準偏差を1に正規化した結果となる。なお、τk(ci)は、τの右下に「k」、右上に「(ci)」が付いていることを示す。
【0065】
このτk(ci)を、読み出した処理対象の染色標本クラスciに対応する標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換する分布形状変換処理を行い、処理対象の染色標本クラスciに属する各HE分布データを変換する。変換後の染色標本クラスciの各HE分布データは、次式(17)によって表される。
【数18】

【0066】
各染色標本クラスciそれぞれについて同様の処理を行って、染色標本クラスci毎に、その染色標本クラスciのHE部分色素量分布を、対応する標準標本クラスstd_cjの部分HE色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換することによって、ステップS15で推定した対象染色標本画像の各HE分布データ、すなわち色素H及び色素Eの推定色素量dH,dEを、補正色素量dH´,dE´に変換して補正する。補正した補正色素量dH´,dE´の各値は、記憶部140に格納される。
【0067】
続いて、スペクトル算出部157が、ステップS23で補正された補正色素量dH´,dE´と、ステップS15で推定した各画像位置における色素Rの推定色素量dRとから第2の分光透過率データを算出する(ステップS25)。具体的には、背景技術で示した式(5)に補正色素量dH´,dE´および推定色素量dRを代入し、次式(18)によって新たな分光透過率t**(x,λ)を得る。t**(x,λ)は、第2の分光透過率データのうち、波長λに対応する成分である。
【数19】

そして、式(18)によって算出した複数の波長に対するt**(x,λ)を行列形式にまとめたものをT**(x)と記述すると、T**(x)は第2の分光透過率データを表す。この第2の分光透過率データT**(x)は、記憶部140に格納される。
【0068】
続いて、RGB画像合成部158が、第2の分光透過率データT**(x)を用いて表示用のRGB画像を合成する(ステップS27)。T**(x)をRGB値GRGB(x)に変換するには、背景技術で示した式(2)におけるノイズ成分Nを除外した次式(19)を用いる。
RGB(x)=FSET**(x) ・・・(19)
ここで行列Sは、RGBカメラ111の分光感度特性に対応している。なお、この分光感度特性は、RGBカメラ111のものを用いるのが簡便であるが、他のRGBカメラのものであっても構わない。対象染色標本画像の全ての画像位置xについての第2の分光透過率データT**(x)が算出されているので、画像位置xについてT**(x)をRGB値に変換する処理を画像全体に渡って反復すれば、撮像したマルチバンド画像と同じ幅と高さを有するRGB画像が得られる。合成された表示用のRGB画像に係るデータは、記憶部140に格納される。
【0069】
そして、RGB画像表示制御部163が、RGB画像合成部158によって合成されたRGB画像を表示部130に表示する制御を行う(ステップS29)。
【0070】
以上説明した本実施の形態によれば、標準的な染色状態にある標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置における色素量の色素量分布に基づいて、各画像位置を主要要素数で分類した標準標本クラスに係るデータを予め設定しておく。そして、対象染色標本を撮像した対象染色標本画像の各画像位置における推定色素量の色素量分布に基づいて各画像位置を染色標本クラスに分類し、各染色標本クラスに対応する標準標本クラスをそれぞれ特定することによって、各染色標本クラスと各標準標本クラスとを対応付けることができる。そして、各染色標本クラスの部分色素量分布の分布形状を、対応する標準標本クラスの部分色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換する分布形状変換処理を行い、染色標本クラスに属する各画像位置における推定色素量を変換して補正することができる。これによれば、染色標本画像の各画像位置の色素量分布を、標準標本画像の各画像位置の色素量分布に近似させることができる。さらに、補正した色素Hおよび色素Eの補正色素量と、色素Rの推定色素量とを用いて表示用のRGB画像を合成することができる。これによれば、対象染色標本画像の色素量分布と標準標本画像の色素量分布とが大きく異なる場合や、対象染色標本画像の色素量分布において推定誤差等によって分布から大きく外れた値が存在する場合であっても、染色標本画像の各画像位置における推定色素量を、標準染色標本の標準的な染色状態に合わせて適切に補正することができ、不自然な発色を抑えることができる。
【0071】
なお、上記の実施の形態では、推定された色素Hおよび色素Eの色素量dH,dEについて補正色素量dH´,dE´を求めることとしたが、色素Rについても、同様にして補正色素量dR´を算出することとしてもよい。ただし、色素Rは、染色状態による影響を受け難く、常に鮮やかな赤色に発色しているため、実用上変換・補正の必要がない場合が多い。
【0072】
また、上記した実施の形態では、染色標本クラスciのHE色素量分布の重心位置と標準標本クラスstd_cjのHE色素量分布の重心位置との間の距離が最小となる組み合わせを特定することによって、各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定することとしたが、これに限定されるものではない。例えば、上記した実施の形態のように、対象染色標本に含まれる主要要素の数と標準標本に含まれる主要要素の数とが同じ場合、すなわち染色標本クラスciの数と標準標本クラスstd_cjの数とが同じ場合には、各染色標本クラスciの部分色素量分布の重心位置を、対象染色標本画像の各画像位置の色素量分布の原点からの距離に従って順序付けるとともに、各標準標本クラスstd_cjの部分色素量分布の重心位置を、標準標本画像の各画像位置の色素量分布の原点からの距離に従って順序付け、各順序付けに従って各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定することとしてもよい。あるいは、各染色標本クラスciの部分色素量分布の重心位置を、該重心位置における所定の色素(例えば、色素H)の色素量に従って順序付けるとともに、各標準標本クラスstd_cjの部分色素量分布の重心位置を、該重心位置における所定の色素(例えば、色素H)の色素量に従って順序付け、各順序付けに従って各染色標本クラスciと各標準標本クラスstd_cjとの対応関係を設定することとしてもよい。
【0073】
また、観測対象の染色標本から表示用のRGB画像を合成する際に算出したHR色素量分布を、図7に例示したようなHR色素量分布図として表示部130に表示させることとしてもよい。また、最終的に合成された表示用のRGB画像を記憶部140に蓄積・記憶しておき、これらをユーザ操作に従って表示部130に表示させることとしてもよい。例えば、全てのRGB画像を一覧で表示させたり、ユーザ操作に従って選択されたRGB画像を表示させる制御が可能である。また、RGB画像と対応付けて、この表示用のRGB画像を合成する際に算出したHR色素量分布のデータを記憶部140に格納しておくこととしてもよい。この場合には、ユーザ操作に従って、選択されたRGB画像あるいはHR色素量分布図を表示させることができる。
【0074】
また、上記の実施の形態では、H&E染色された病理標本を透過観察する場合について説明したが、他の染色法を用いて染色した生体標本に対しても適用することができる。また、透過光の観察だけでなく、反射光、蛍光、発光の観察においても、同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】画像処理装置の機能構成を示すブロック図である。
【図2】画像取得部の構成を示す図である。
【図3】カラーフィルタの配列例を模式的に示す図である。
【図4−1】一の光学フィルタの分光透過率特性を示す図である。
【図4−2】他の光学フィルタの分光透過率特性を示す図である。
【図5】R,G,B各バンドの分光感度の例を示す図である。
【図6】画像処理装置における処理の手順を示すフローチャートである。
【図7】対象染色標本画像の各画像位置のHE色素量分布図の一例を示す図である。
【図8】図7に示したHE色素量分布における各画像位置のクラス分類結果を示す図である。
【図9】標準標本画像の各画像位置のHE色素量分布図の一例を示す図である。
【図10】図9に示したHE色素量分布における各画像位置のクラス分類結果を示す図である。
【図11】染色標本クラスと標準標本クラスとの対応関係の設定処理を説明するための説明図である。
【図12】染色標本を撮像したマルチバンド画像の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0076】
10 画像処理装置
110 画像取得部
120 操作部
130 表示部
140 記憶部
141 標準標本クラス情報
143 画像処理プログラム
150 画像処理部
151 スペクトル推定部
152 色素量推定部
153 クラス分類部
154 分布形状特徴算出部
155 クラス特定部
156 色素量補正部
157 スペクトル算出部
158 RGB画像合成部
160 制御部
161 標本画像取得制御部
163 RGB画像表示制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類の色素によって染色された染色標本を撮像した染色標本画像を処理する画像処理装置において、
前記複数種類の色素によって標準的に染色された標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置を、該各画像位置における色素量の色素量分布に基づいて分類した標準標本クラスの色素量分布を記憶する標準データ記憶手段と、
前記染色標本画像の各画像位置における色素量を推定する色素量推定手段と、
前記色素量推定手段によって推定された各画像位置における色素量に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置の色素量分布を算出し、算出した色素量分布に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置を染色標本クラスに分類するクラス分類手段と、
前記クラス分類手段によって分類された前記染色標本クラスの色素量分布の分布形状特徴と、前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴とを比較し、該比較結果をもとに前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を補正する色素量補正手段と、
を備えることを特徴とする画像処理装置。
【請求項2】
前記色素量補正手段は、前記染色標本クラスを前記標準標本クラスと対応付ける対応関係設定手段を有し、前記対応関係設定手段によって設定された対応付けに従って、前記染色標本クラスの色素量分布の分布形状特徴と、対応する前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴とを比較した比較結果をもとに、前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を補正することを特徴とする請求項1に記載の画像処理装置。
【請求項3】
前記対応関係設定手段は、前記染色標本クラスの色素量分布の重心位置と、前記標準標本クラスの色素量分布の重心位置それぞれとを比較し、重心位置間の距離が最小となる前記染色標本クラスと前記標準標本クラスとの組み合わせを特定することによって、前記染色標本クラスを前記標準標本クラスと対応付けることを特徴とする請求項2に記載の画像処理装置。
【請求項4】
前記標準データ記憶手段は、前記標準標本画像の各画像位置を、所定のカテゴリーの数で分類して前記標準標本クラスの色素量分布を記憶し、
前記クラス分類手段は、前記染色標本画像の各画像位置を、前記所定のカテゴリーの数で分類し、
前記対応関係設定手段は、各染色標本クラスの色素量分布の重心位置を、前記染色標本画像の各画像位置の色素量分布の原点からの距離に従って順序付けるとともに、各標準標本クラスの色素量分布の重心位置を、前記標準標本画像の各画像位置の色素量分布の原点からの距離に従って順序付け、各順序付けに従って前記各染色標本クラスを前記各標準標本クラスと対応付けることを特徴とする請求項2に記載の画像処理装置。
【請求項5】
前記標準データ記憶手段は、前記標準標本画像の各画像位置を、所定のカテゴリーの数で分類して前記標準標本クラスの色素量分布を記憶し、
前記クラス分類手段は、前記染色標本画像の各画像位置を、前記所定のカテゴリーの数で分類し、
前記対応関係設定手段は、各染色標本クラスの色素量分布の重心位置を、該重心位置における所定の色素の色素量に従って順序付けるとともに、各標準標本クラスの色素量分布の重心位置を、該重心位置における前記所定の色素の色素量に従って順序付け、各順序付けに従って前記各染色標本クラスを前記各標準標本クラスと対応付けることを特徴とする請求項2に記載の画像処理装置。
【請求項6】
前記色素量補正手段は、前記対応関係設定手段によって設定された対応付けに従って、前記染色標本クラスの色素量分布を、対応する前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴に基づいて分布形状変換することで、前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を変換することを特徴とする請求項2〜5のいずれか一つに記載の画像処理装置。
【請求項7】
前記色素量分布の分布形状特徴は、少なくともその重心位置と分散共分散行列とによって定義されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一つに記載の画像処理装置。
【請求項8】
前記標準染色標本は、予め定められた複数の主要要素を含み、
前記標準データ記憶手段は、前記標準標本画像の各画像位置を、前記複数の主要要素の数で分類して前記標準標本クラスの色素量分布を記憶し、
前記クラス分類手段は、前記染色標本画像の各画像位置を、前記染色標本に含まれる前記主要要素の数の染色標本クラスに分類することを特徴とする請求項1に記載の画像処理装置。
【請求項9】
前記色素量補正手段によって補正された色素量に基づいて、表示用画像を生成する表示画像生成手段を備えることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一つに記載の画像処理装置。
【請求項10】
前記色素量補正手段によって補正された色素量をもとに分光特性値を算出する分光特性値算出手段を備え、
前記表示画像生成手段は、前記分光特性値算出手段によって算出された分光特性値から前記表示用画像を生成することを特徴とする請求項9に記載の画像処理装置。
【請求項11】
複数種類の色素によって染色された染色標本を撮像した染色標本画像を処理するコンピュータに、
前記複数種類の色素によって標準的に染色された標準染色標本を撮像した標準標本画像の各画像位置を、該各画像位置における色素量の色素量分布に基づいて分類した標準標本クラスの色素量分布を記憶する標準データ記憶ステップ、
前記染色標本画像の各画像位置における色素量を推定する色素量推定ステップ、
前記色素量推定ステップによって推定された各画像位置における色素量に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置の色素量分布を算出し、算出した色素量分布に基づいて、前記染色標本画像での前記各画像位置を染色標本クラスに分類するクラス分類ステップ、
前記クラス分類ステップによって分類された前記染色標本クラスの色素量分布の分布形状特徴と、前記標準標本クラスの色素量分布の分布形状特徴とを比較し、該比較結果をもとに前記染色標本クラスに属する各画像位置における色素量を補正する色素量補正ステップ、
を実行させることを特徴とする画像処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−14355(P2009−14355A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−173246(P2007−173246)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】