説明

発酵乳酸桿菌のN−デオキシリボシルトランスフェラーゼと、その酵素を利用した2’,3’−ジデオキシヌクレオシドと2’,3’−ジデヒドロ−2’,3’−ジデオキシヌクレオシドの合成

以下のステップ:a)ランダムな突然変異誘発によって発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdの突然変異体を取得するステップ;b)表現型[P-]をもつ細胞で得られた、変化したタンパク質X*をコードするように突然変異した核酸を含むベクターを用いて形質転換するステップ、ここで、P-は、その細胞が栄養要求性であって物質Pを求めることを意味し、Pは、Xがその天然基質Sに作用して得られた産物であり;上記細胞を、基質S*を含む培地の中で培養するステップ、ここで、S*は、上記タンパク質Xの天然基質Sのアナログであり;及びd)細胞内でタンパク質X*が基質S*から産物Pの生合成を実現できるためにステップc)を生き延びた細胞[P-::X*]を選択するステップを含む方法によってその特徴が変化された、発酵乳酸桿菌(L.fermentum)の遺伝子ntdによってコードされているタンパク質Xの評価のための本発明の方法。突然変異した発酵乳酸桿菌のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼは、核酸、発現ベクター、該発現ベクターを含む宿主細胞、2’−3’−ジデオキシヌクレオシド及び2’,3’ジデヒドロ−2’,3’−ジデオキシヌクレオシドの酵素的合成への適用に対応する、N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵乳酸桿菌の新規なN-デオキシリボシルトランスフェラーゼと、その酵素を利用した2',3'-ジデオキシヌクレオシドと2',3'-ジデヒドロ-2',3'-ジデオキシヌクレオシドの合成に関する。
【背景技術】
【0002】
抗ウイルス療法や抗がん化学療法においてヌクレオシドのアナログが非常に広く利用されている。例えば抗HIV療法ではddI(ジダノシン)、ddC(ザルシタビン)、d4T(スタブジン)、AZT(ジドブジン)を挙げることができ、ヘルペスの治療ではACV(アシクロビル)を挙げることができ、抗腫瘍療法ではGCV(ガンシクロビル)がヘルペスのチミジンキナーゼと組み合わせて使用される。
【0003】
ddIやddCといったジデオキシヌクレオシドとその誘導体は、HIVウイルスを抑える治療においてこれまで知られている最も効果的な阻害剤である。
【0004】
これら化合物を化学的に合成するには、保護、脱保護、精製のためのいくつかのステップが必要とされる。したがって、選択的かつ高度に特異的な酵素法を開発することによってこのタイプの化合物の合成手続きを簡略化できると望ましかろう。
【0005】
ラクトバシラス属の細菌が産生するN-デオキシリボシルトランスフェラーゼは、2つのプリン塩基またはピリミジン塩基の間のデオキシリボースを転移させる触媒となる酵素である。この酵素は、一般に、同じこれら塩基の間で2',3'-ジデオキシリボースを転移させることもできる(CarsonとWasson、1988年)。例えば2',3'-ジデオキシシチジンと対応する塩基から誘導されたいくつかのピラゾロ(3,4-d)ピリミジンとトリアゾロ(4,5-d)ピリミジンを、ラクトバシラス・リーシュマニイとラクトバシラス・ヘルヴェチカスから合成することができた(Fischer他、1990年)。しかし2',3'-ジデオキシリボースの転移反応は、2'-デオキシリボースを用いた反応よりも明らかに効率が悪い。
【0006】
本発明の範囲内で、発酵乳酸桿菌(ラクトバシラス・フェルメンタム:L. fermentum)のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼに突然変異を導入した後、選択的選別のために天然基質のアナログと接触させると、その新しい基質に対する強い活性を持った突然変異タンパク質を得ることができた。この操作を繰り返すことで、最初の天然基質からますます離れた基質に対して活性を示す酵素を得ることができるように思われる。
【0007】
発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdにランダムな突然変異を誘発するステップの後、機能的遺伝子篩を利用した選択ステップを実施することにより、特に2',3'-ジデオキシリボースの転移に関してより大きな比活性を有する突然変異体を単離できた。
【0008】
より活性を持つように変化した酵素を選択するこの方法では、遺伝子標的として大腸菌株PAK9(2002年6月27日に登録番号I-2902としてCNCMに寄託)を特に関与させる。この株は、遺伝子型がΔpyrC::Gm、ΔcodA::Km、Δcdd::Tn10である。
【0009】
この株により、ウラシルの産生を選択することができる。なぜならこの株は、アスパラギン酸カルバミルからジヒドロオロト酸カルバミルへの変換を指示する遺伝子pyrCと、シトシンと(デオキシ)シチジンの脱アミノ化をそれぞれ指示する遺伝子codAとcddが除去されているからである。したがってこの株はウラシル(U)を要求するが、この要求は、ウリジン(R-U)、デオキシウラシル(dR-U)、ジデオキシウラシル(ddR-U)のいずれかを供給することによってしか満たされない。しかしPAK9株の中でジデオキシウラシル(ddR-U)を利用することが選択される可能性があるのは、N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの変異体が以下に示す2つの反応のうちの1つを実現できるときだけである。
【0010】
【化1】

【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで発酵乳酸桿菌のランダムに突然変異した遺伝子ntdを発現するPAK9の形質転換体のクローンを、ジデオキシウラシル(ddR-U)とシトシン(C)を添加した無機物含有グルコース培地の中で選択した。いくつかの形質転換体が得られ、その形質転換体は、
【化2】


【化3】

という交換を実現することができる。
【0012】
発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdのさまざまな変異体のヌクレオチド配列は、野生型遺伝子とは1つの突然変異だけが異なっている可能性がある。これら変異体の酵素活性を、粗抽出液または精製したタンパク質から評価した。NTD*の比活性は、デオキシリボースの転移に関してはNTDの比活性の1/10になるが、ジデオキシリボースの転移に関しては7倍になることができる。
【0013】
選択された酵素は、天然の塩基または修飾された塩基(5-ハロゲノピリミジン)から2',3'-ジデオキシヌクレオシドと2',3'-ジデヒドロ-2',3'-ジデオキシヌクレオシドを合成するのに応用される。なお塩基には、放射性元素が含まれている場合と含まれていない場合がある。この方法を拡張し、2'-デオキシリボースまたは2',3'-ジデオキシリボースの誘導体を塩基間で転移させることのできる変異体(例えば3'-アミノ-2',3'-ジデオキシリボースまたは3'-アジド-2',3'-ジデオキシリボース)を選択することができる。
【0014】
さらに、本発明の方法では、代謝経路が不活性化された細胞を利用することができる。選択の目的は、細胞が要求する産物Pをタンパク質Xの天然基質のアナログから産生させてこの不足を補償することである。
【0015】
あるいは似たタンパク質Yを補足することによってタンパク質Xを変化させることもできる。ここにXとYは、どちらも酵素命名法ECの同じクラスまたは近いクラスに属する。
【0016】
そこで本発明は、全体として、発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdによってコードされているタンパク質Xを試験管内と生体内で人工的に変化させる方法に関する。この方法を利用すると、似たタンパク質によって、または不活性化された代謝経路を補足することによって、生体内でタンパク質Xを変化させることができる。
【0017】
このような方法を利用すると、以下のステップにより、発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdによってコードされているタンパク質Xの性質を変化させることができる。そのステップとは、
a)ランダムな突然変異誘発によって発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdの突然変異体を取得するステップ;
b)表現型[P-]を持つ細胞(ただしP-は、その細胞が栄養要求性であって物質Pを求めることを意味し、Pは、Xがその天然基質Sに作用して得られた産物である)を、ステップa)で得られて変化したタンパク質X*をコードするように突然変異した核酸を含むベクターを用いて形質転換するステップ;
c)上記細胞を、基質S*(S*は、上記タンパク質Xの天然基質Sのアナログである)を含む培地の中で培養するステップ;及び
d)細胞内でタンパク質X*が基質S*から産物Pの生合成を実現できるためにステップc)を生き延びた細胞[P-::X*]を選択するステップである。
【0018】
得られた突然変異タンパク質X*は、天然のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼXの活性に近い活性を有するタンパク質である。したがってタンパク質X*は、N-デオキシリボシルトランスフェラーゼと共通の酵素クラスまたは似た酵素クラスに属していて、少なくとも、4つの数字を持つ国際命名法のクラスECで最初の3つの数字が同じである。あるクラスから別のクラスに移るには、S*と表記した基質のアナログに1回ごとに補足的な修飾を追加しながら上記の手続きを繰り返すとよい。
【0019】
“基質のアナログ”とは、天然タンパク質Xの天然基質Sが1つの修飾または1つの変化部位を有するものを意味する。“基質の修飾”とは、少なくとも1つの原子、基、置換基を付加または除去すること、基質の空間的配置を変化させること(異性体、鏡像異性体、ジアステレオマー)を意味する。この修飾は、構造の観点から見て小さな場合も大きな場合もある。タンパク質(または酵素)の活性を実質的に変化させようとする場合には、新たな選択サイクルごとに基質S*をさらに変化させながら上記の手続きを繰り返すとよい。そのタンパク質は、活性を変化させる上で重要な突然変異を少しずつ蓄積する。
【0020】
この方法では、ステップb)で使用する細胞は、産物Pに至る天然の代謝経路に関与する少なくとも1つの遺伝子を不活性化させることによって得られる。
【0021】
そのため、得られたタンパク質X*が、基質S*を含む培地の中で産物Pに至る天然の代謝経路が欠けていることを補償する。
【0022】
“補償する”とは、遺伝子または代謝経路の不活性化によって生じる栄養要求性表現型を抑制することを意味する。
【0023】
あるいは細胞は、タンパク質Xと似たタンパク質をコードしている遺伝子をあらかじめ不活性化した細胞であってもよい。
【0024】
“不活性化”とは、全体または一部の削除、挿入、突然変異によって遺伝子が働かなくなることを意味する。不活性化としては、T型タイプ(温度感受性)の表現型にする修飾も可能である。この場合には、選択段階(ステップc)とd))で細胞を許容できない温度で培養する。
【0025】
上記の似たタンパク質Yは、4つの数字を持つ国際命名法EC(表1)で少なくとも最初の3つの数字(2.4.2)が同じであること、特にクラスEC2.4.2.6(N-デオキシリボシルトランスフェラーゼ)に属することが好ましい。
【0026】
【表1】

【0027】
基質Sに対するN-デオキシリボシルトランスフェラーゼXの活性は、基質S*に対する活性の少なくとも2倍、5倍、10倍、25倍、50倍、100倍、1000倍であることが望ましい。それと同時に、基質S*に対するタンパク質X*の活性は、基質Sに対する活性の少なくとも5倍、10倍、25倍、50倍、100倍、1000倍である。
【0028】
ステップa)のランダムな突然変異誘発は、PCR反応の際にマンガンの濃度を変化させることによって、または前変異原性ヌクレオチドのアナログを使用することによって、またはランダムな配列を含むイニシエータを利用することによって実行できる。さまざまな方法が、アメリカ合衆国特許第6,323,030号(選択と組み換えを繰り返すことにより、望む特性を有するポリヌクレオチドを生成させる方法)、アメリカ合衆国特許第6,177,263号(ランダム・プライマーまたは決められたプライマーを用いたポリヌクレオチド配列の組み換え)、WO 01/66798(核酸のランダムな切断と増幅)、ヨーロッパ特許第1205547号(ランダムな断片化と再構成によるDNAの突然変異誘発)に記載されている。
【0029】
本発明で使用する細胞は原核細胞または真核細胞であるが、特に大腸菌であることが好ましい。
【0030】
本発明の特別な一実施態様では、N-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)を変化させてN-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼを得るための上に説明したような方法であって、
a)ランダムな突然変異誘発により、N-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)をコードしている発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdの配列の突然変異体DTP*を取得するステップ;
b)表現型[N-]を持つ細胞(ただしN-は、その細胞が栄養要求性であって少なくとも1つのヌクレオシドを求めることを意味し、そのヌクレオシドは、DTPがその天然基質dR-Nに作用して得られた産物である)を、ステップa)で得られた、変化したタンパク質DTP*をコードするように突然変異した核酸を含むベクターを用いて形質転換するステップ;
c)上記細胞を、基質ddR-Nを含む培地の中で培養するステップ;及び
d)細胞内でタンパク質DTP*が、ジデオキシリボヌクレオシドのジデオキシリボース(ddR)を、細胞の生存に必要なヌクレオシドNの産生に至る別のヌクレオシドへと転移させることができるためにステップc)を生き延びた細胞[N-::DTP*]を選択するステップを含む方法を目的とする。
【0031】
“ヌクレオシドN”とは、天然のヌクレオシド、すなわちN-グリコシル結合によって複素環塩基に結合した糖からなる分子を意味する。なお塩基は、ピリミジン(チミン、ウラシル、シトシン)またはプリン(一般的な塩基の中のアデニン、グアニン)である。“N-”は、表現型(A-、T-、G-、C-、U-、I-のいずれか)を意味する。
【0032】
得られた酵素NTD*は、デオキシリボース(例えばジデオキシリボース)のアナログを認識して転移させることができるだけでなく、ヌクレオシドのアナログにも作用する。そこで使用する基質S*のアナログとしては、塩基上および/またはリボース上に少なくとも1つの化学的修飾を有するデオキシリボヌクレオシドまたはジデヒドロジデオキシリボヌクレオシドのアナログが可能である。
【0033】
特に、発酵乳酸桿菌のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)をコードしている配列(ntd)は、配列番号1に対応する。
【0034】
この方法では、ステップb)において、ウラシルへと至る代謝経路に欠陥を有する遺伝子型ΔpyrC、ΔcodA、Δcddの細菌を使用することができる。ここでの使用に特に適しているのは、2002年6月27日に登録番号I-2902としてCNCMに寄託した大腸菌株PAK9である。
【0035】
望ましいことに、本発明は、上記の方法に基づき、発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdによってコードされているタンパク質Xから、N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する、および/または変化した塩基を有するデオキシリボヌクレオシドまたはジデオキシリボヌクレオシドのアナログに対する活性を有する突然変異したタンパク質を得ることを目的とする。このように突然変異したタンパク質の配列は、一般に、配列番号2と少なくとも70%以上が一致、特に80%以上が一致している。この一致は90%以上であることが好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。さらに、配列番号2のいくつかの残基が保存されることで、その突然変異したタンパク質の酸素活性が最適になっていることが重要である。それは特に、残基Y13(位置13のチロシン)、D77(位置77のアスパラギン酸)、D97(位置97のアスパラギン酸)、E103(位置103のグルタミン酸)、M132(位置132のメチオニン)の場合である。そのためいくつかの突然変異体は、上記残基からなる酵素の触媒部位以外の領域では配列番号2と70%〜80%が一致する可能性がある。したがってこれら突然変異体は、配列番号2と少なくとも70%(少なくとも80%であることが好ましい)が一致していて、配列中でY13、D77、D97、E103、M132が保存されている。
【0036】
したがって本発明は、デオキシリボヌクレオシドまたはジデオキシリボヌクレオシドのアナログに対する活性を持ち、配列番号4と70%以上(75%であることが好ましく、80%、85%、90%、95%、98%と数値が大きくなるほど好ましい)が一致していて、配列番号4の突然変異点A15Tに対応するトレオニン残基を含むタンパク質にも関する。トレオニン残基と配列番号4の突然変異点A15Tの対応は、一般に、本出願の図3に示してあるようにそのタンパク質と配列番号4をアラインメントさせることによって確立する。
【0037】
このようなタンパク質は、一般に、優れた触媒活性を持つ上で必要とされる配列番号4のY13、D77、D97、E103、M132に対応する残基をさらに含んでいる。
【0038】
本発明のタンパク質は、N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有することが好ましい。それは一般に、デオキシリボースと、ジデオキリボースおよび/またはジデヒドロリボースを転移させる活性を有することを意味する。
【0039】
このようなタンパク質は、一般に、d4TとddTに対する触媒活性が、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒活性よりも少なくとも50%以上大きいことが好ましい。
【0040】
この触媒活性は、d4TとddTに対する触媒効率が、特に、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒効率よりも少なくとも5倍(少なくとも7倍であることが好ましい)大きいことに反映される。ddTに対する触媒効率は、一般に、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒効率よりも10倍大きいが、20倍大きいことが好ましく、50倍大きいことがより好ましい。
【0041】
触媒効率とは、比Kcat/Kmの値を意味する。この比は、ある酵素が反応する(対応する基質を変換する)回数を、その酵素がその基質と複合体を形成する回数と比較した結果を反映している。したがってある酵素がより効率的になるほど、比Kcat/Kmの値が大きくなる。
【0042】
本発明において特に好ましい突然変異タンパク質は、例えば配列番号4のタンパク質のように突然変異A15Tを含んでいる。
【0043】
本発明は、上記のような突然変異タンパク質をコードしている突然変異したntd(NTD*)配列を含んでいて、N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する核酸、および/または突然変異により変化した塩基を含むデオキシリボヌクレオシドまたはジデオキシリボヌクレオシドのアナログに対する活性を有する核酸にも関する。本発明において好ましい核酸は配列番号3を含んでおり、この配列は、配列番号4に対応するタンパク質をコードしている。
【0044】
本発明は、上記の核酸を含む発現ベクター、中でも配列番号3の配列を含む発現ベクターにも関する。この配列は、真核細胞および/または原核細胞の中で上記コード配列を発現させるのに有効なプロモータと融合させることができる。このベクターは、大腸菌における形質転換と維持を可能にするプラスミドにすることができる。このベクターは、細菌の中で安定に維持すること、または一時的に維持することができる。
【0045】
本発明は、上記のベクターを含む宿主細胞も目的とする。具体例として、後出のベクターpETLFA15Tを含む、2004年3月22日に登録番号I-3192としてCNCMに寄託された大腸菌株がある。
【0046】
本発明の別の1つの特徴は、特に2',3'-ジデオキシヌクレオシドと2',3'-ジデヒドロ-2',3'-ジデオキシヌクレオシドを合成するため、上記のN-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼを利用してジデオキシリボヌクレオシドのジデオキシリボース(ddR)を別のヌクレオシドに転移させる方法に関する。
【0047】
本発明の方法で得られたこの酵素は、抗腫瘍特性を有するヌクレオシドのアナログ(特にddIまたはddC)を調製する上で特に有用である。
【0048】
そこで本発明は、上記の突然変異タンパク質を実現するステップを含む化合物調製法にも関する。
【0049】
この方法は、がんまたは感染症の治療に役立つヌクレオシドまたはヌクレオチドのアナログ(特に、ジデオキシリボヌクレオシド(中でもddCまたはddI)と2',3'-ジデヒドロ-2',3'-ジデオキシヌクレオシド)を調製する上で特に有利である。
【0050】
以下の説明では、添付の図面に登場する記号の説明を参照する。
【実施例1】
【0051】
酵素を利用したヌクレオシドの合成
【0052】
大腸菌におけるヌクレオシドの合成は、2つの方法でなされる。[Agnete Munch-Petersen、1983年、『微生物におけるヌクレオチド、ヌクレオシド、ヌクレオ塩基の代謝』、アカデミック出版](図1aと図1bを参照のこと)。
【0053】
2-デオキシリボシルから窒化された塩基への転移に関与する触媒として2つのクラスの酵素が存在している。以下の記述と、Jane R. HanrahanとDavid W. Hutchinson、1992年、「酵素を用いた抗ウイルス剤の合成」、Journal of Biotechnology、第23巻、193〜210ページを参照のこと。これらの酵素は、ヌクレオシドのアナログを合成するのに用いられることがある。
【0054】
N-デオキシリボシルトランスフェラーゼは、2-デオキシヌクレオチドのグリコシド結合を開裂させる触媒であり、プリンホスホリラーゼまたはピリミジンホスホリラーゼを持たないか、ほとんど持たないいくつかの微生物(例えば乳酸菌)に存在している[参考文献6〜8]。N-デオキシリボシルトランスフェラーゼは、ヌクレオチドのリサイクルに関与する。
【0055】
酵素タイプに応じた触媒反応
【0056】
2つのタイプの触媒の特徴が明らかにされた[Jose HolguinとRobert Cardinaud、1975年、「トランス-N-デオキシリボシラーゼ:基質特異的研究」、European Journal of Biochemistry、第54巻、515〜520ページ]。
【0057】
プリンデオキシリボシルトランスフェラーゼまたはNTD I:
【0058】
この酵素は、プリン塩基(供与塩基)の糖と別のプリン(受容塩基)の間の可逆的な転移だけに関与する触媒である。
【0059】
【化4】

【0060】
ピリミジン/プリンデオキシリボシルトランスフェラーゼまたはNTD II:
【0061】
この酵素は、以下の可逆的な式に従って主としてプリンとピリミジンの間の転移をさせる触媒である。
【0062】
【化5】

【0063】
反応メカニズム(図2)
【0064】
ラクトバシラス・デルブルッキイに関する知見によれば、NTD IIは、2つの基質と2つの生成物が関与する“ピンポン-バイ-バイ”メカニズムに従って反応することになろう。[Jose HolguinとRobert Cardinaud、1975年、「トランス-N-デオキシリボシラーゼ:アフィニティ・クロマトグラフィによる精製とキャラクテリゼーション」、European Journal of Biochemistry、第54巻、505〜514ページ;C. DanzinとRobert Cardinaud、1974年、「トランス-N-デオキシリボシラーゼを用いたデオキシリボシル転移触媒反応:プリンからプリントランス-N-デオキシリボシラーゼへの動的研究」、European Journal of Biochemistry、第48巻、255〜252ページ;C. DanzinとRobert Cardinaud、1976年、「トランス-N-デオキシリボシラーゼを用いたデオキシリボシル転移触媒反応:プリン(ピリミジン)からプリン(ピリミジン)トランス-N-デオキシリボシラーゼへの動的研究」、European Journal of Biochemistry、第62巻、356〜372ページ]。
【0065】
供与ヌクレオシド(d塩基1)の糖が酵素と共有結合していると仮定する。この二元複合体における分子内反応により、β-グリコシド結合を開裂させ、E-デオキシリボシル-塩基1という三元複合体を形成した後、第1の生成物(塩基1)を放出することができる。すると受容塩基(塩基2)が二元中間体に固定され、酵素の活性部位での分子内反応の後、第2の生成物(d塩基2)が放出される。酵素は、その時点から別の触媒反応を行なうことができる。
【0066】
物理化学的性質
【0067】
ラクトバシラス・デルブルッキイでは、上記の2つの酵素は似た分子量(ほぼ100kDa)を持っているが、違いが、熱安定性(NTD Iでは45℃まで活性が観察され、NTD IIでは55℃まで活性が観察される)と最適なpH(NTD Iでは6.4、NTD IIでは6.0)に見られる。
【0068】
ラクトバシラス・デルブルッキイにおいてNTD IIをコードしている長さが471bpの遺伝子ntdは、157個のアミノ酸からなる全分子量が110kDaのタンパク質を合成させる[William J. Cook、Steven A. Short、Steven E. Ealick、1990年、「組み換えラクトバシラス・リーシュマニイのヌクレオシド2-デオキシリボシルトランスフェラーゼの結晶化とX線による予備的調査」、The Journal of Biological Chemistry、第265巻、第5号、2682〜2683ページ]。ラクトバシラス・デルブルッキイの酵素NTD IIの結晶構造は、2.5オングストロームの解像度で決定された。この酵素は、18kDaの同じサブユニット6個からなる六量体(二量体の三量体)である。それぞれのサブユニットは、中心部に、さまざまな長さの5本のアームからなり、非対称な配置の4つのα螺旋で囲まれた平行なβシートを備えている。それぞれのサブユニットは活性部位を1つ持っているが、その6つの触媒中心は2つずつペアになって約20オングストローム離れており、隣のサブユニットの側方鎖の関与を必要とする[Shelly R. Armstrong、William J. Cook、Steven A. Short、Steven E. Ealick、1996年、「元の型及びリガンド結合型のヌクレオシド2-デオキシリボシルトランスフェラーゼの結晶構造から活性部位の構造がわかる」、Structure、第4巻、第1号、97〜107ページ]。隣接したサブユニットが、触媒となるアミノ酸(グルタミン酸98)の位置決めに関与する[David J.T. Porter、Barbara M. Merril、Steven A. Short、1995年、「求核性ヌクレオシド2-デオキシリボシルトランスフェラーゼの活性部位がグルタミン酸98であることの特定」、The Journal of Biological Chemistry、第270巻、第26号、15551〜15556ページ]。
【0069】
酵素によるヌクレオシドのアナログの合成
【0070】
非常に立体特異的である転移反応をトランスフェラーゼNTD IまたはNTD IIの存在下において実施することにより、ヌクレオシドのβ-アノマーだけが生成する(このようにすると、α異性体とβ異性体を分離するステップが不要になる)。
【0071】
酵素は、2'-デオキシリボヌクレオチドに対する大きな特異性を有するが、糖または塩基が修飾された多数のアナログは許容する。チミジンとシトシンは、糖の最も有効な供与体であるように見える。他方、転移は、多数の受容塩基でも実行することができる。例えば6位が置換されたプリン[D. Betbeder、D.W. Hutchinson、A.O. Richards、1989年、「N(6)-置換されたプリンの9-β-D-2',3'-ジデオキシヌクレオシドを酵素を用いて立体選択的に合成する方法」、Antiviral Chem. Chemother、第17巻、4217〜4222ページ]とdYTPが挙げられる。
【0072】
dYTP
【0073】
Yと表記されるイミダゾール-4-カルボキサミドが単純化されたプリンとして提案された。このアナログは以下の一般式を持つ。
【0074】
【化6】

【0075】
DNAの複製時に突然変異が導入されるとき、ヌクレオチドdYTPがdATPまたはdGTPと置き換わる可能性のあることが報告されている。また、WO 01/96354(パスツール研究所)に記載されている以下の一般式を持つ化合物も挙げられる。
【0076】
【化7】

【0077】
酵素NTDは、2',3'-ジデオキシリボースと受容塩基の間の交換反応に関与する二次的な触媒になりうることがわかった。
【0078】
【化8】

【0079】
しかしこの転移速度は、デオキシリボースの交換を特徴づける速度と比べて非常に小さいままである。
【0080】
2',3'-ジデオキシリボヌクレオチドには明らかな利点があり、鎖伸長過程における鎖のターミネータとなる。さらに、2',3'-ジデオキシアデノシン(ddA)と2',3'-ジデオキシイノシン(ddI)は特にエイズ・ウイルスの場合に治療を目的として使用され、これらのアナログは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の複製を効果的に抑制する[H. MitsuyaとS. Broder、1987年、「エイズにおける抗ウイルス療法のための戦略」、Nature、第325巻、773〜778ページ]。
【0081】
そこで本発明は、2',3'-ジデオキシリボヌクレオシドに対する特異性が元の酵素よりも強い発酵乳酸桿菌の突然変異酵素の選択を目的として、酵素NTD IIの突然変異体を得る新しい方法を提供する。
【実施例2】
【0082】
本発明の方法を利用したNTD*の取得
【0083】
材料と方法
【0084】
大腸菌株PAK9をルリア-ベルタニ(LB)培地または最小MS培地の中で培養する(Richaud他、1993年)。抗生物質であるカナマイシン(Km)とクロラムフェニコール(Cm)を最終濃度25μg/mlで使用し、テトラサイクリン(Tc)とゲンタマイシン(Gm)を10μg/mlで使用する。ヌクレオシドと塩基を最終濃度が0.3mMの培地中で使用する。分子生物学の方法をSambrookら(1989年)に従って実施した。
【0085】
QIAクイックPCR精製(キアジェン社)を用いて増幅産物を精製する。
【0086】
ジェットソーブ・キット(ジェノメド社)またはQIAクイック・ゲル抽出キット(キアジェン社)を用い、アガロース・ゲル上で精製したDNAの断片を抽出する。QIAプレップ・スピン・ミニプレップ・キット(キアジェン社)を用いてプラスミドのDNAを精製する。
【0087】
PAK9株(MG1655 ΔpyrC::Gm、ΔcodA::Km、Δcdd::Tn10)は、パスツール研究所(ルー博士通り25〜28番地、75224 パリ、セデックス15)にあるCNCM(国立微生物培養物コレクション)からI-2902の番号で入手することができる。
【0088】
プラスミドpSU19に対する突然変異誘発によってベクターpSU19Nが得られた[B. Bartolome、J. Jubete、E. Martinez、F. de la Cruz、1991年、「pBR322およびその誘導体と適合性のあるpACYC184由来のクローニング・ベクター・ファミリーの構築と性質」、Gene、第102巻、75〜78ページ;E. Martinez、B. Bartolome、F. de la Cruz、1988年、「pUC8/9プラスミドおよびpUC18/19プラスミドの多数のクローニング部位とlacZαレポータ遺伝子を含むpACYC184由来のクローニング・ベクター」、Gene、第68巻(1)、159〜162ページ]。その際、以下のオリゴヌクレオチドを使用した。
【0089】
【化9】

【0090】
ここではDNAマトリックスとして使用したプラスミドpLF6から発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdをPCRによって増幅した。2001年5月2日にCNCMに参照番号I-2664として寄託された大腸菌PAK6株をもとにして増殖させたプラスミドpLF6は、発酵乳酸桿菌CIP102780T株に由来するII型N-デオキシリボシルトランスフェラーゼをコードしている遺伝子の1.36kbのAluI断片を含んでいる。このDNA断片を増幅するため、以下のオリゴヌクレオチド:
【化10】

を使用した後、増幅したその断片を制限酵素BamHIとNdeIを用いて消化させ、ベクターpSU19Nの中にクローニングした。このベクターでは、タンパク質の発現がlacプロモータの制御下にある。
【0091】
1)突然変異誘発
【0092】
イニシエータT7prom(5'-TTAATACGACTCACTATAGGGG)(配列番号9)とT7term(5'-GCTAGTTATTGCTCAGCGG)(配列番号10)を利用し、プラスミドpET24a(ノヴァジェン社)の中にクローニングした遺伝子ntdを増幅した。そのとき、標準的な増幅条件に従ってジーンモルフPCR突然変異誘発キット(ストラタジーン社、アメリカ合衆国)を用いた。増幅パラメータは、95℃で5分間を1サイクル実施し、95℃で30秒間、51.5℃で30秒間、72℃で1分間という3つのステップを30サイクル実施した後、72℃で10分間というサイクルを実施するというものである。使用したDNAマトリックスの量は10ngと10pgである。
【0093】
2)クローニングと選択
【0094】
制限酵素BamHIとNdeIを用い、精製した増幅産物を2時間にわたって37℃にて消化させる。得られた産物を150Vにて45分間にわたって移動させた後、QIAクイック・ゲル抽出キット(キアジェン社)を用いて1%アガロース・ゲルから抽出することによって精製する。
【0095】
プラスミドpSU19Nを同じ酵素を用いて消化させ、同じ手続きで精製する。
【0096】
20μlの体積に含まれる連結産物は、増幅産物を15ngと、BamHI-HindIIIによって消化された50ngのpSU19と、T4 DNAリガーゼの10倍濃縮反応緩衝液2μlと、6UのT4 DNAリガーゼを含んでいる。16℃にて18時間にわたって反応させる。
【0097】
次に連結産物をミリポア・フィルタ(0.05μm;13mm)で30分間にわたって透析した後、その連結産物を使用し、Dowerら(1987年)が記載しているプロトコルに従って調製したPAK9株を電気穿孔によって形質転換する。
【0098】
2mmのキュベット内で50μlのPAK9株と混合した1〜5μlのDNA連結産物に2.5kVの電荷をかける。ウラシル(0.3mM)を補足した1mlのLB培地内で37℃にて1時間にわたってインキュベートした後、1mlの1×MS培地で2回連続して洗浄する。
【0099】
Cm、ddU、Cを補足した無機物含有寒天グルコース培地の上に450μlの懸濁液を広げる。培地を入れた容器を37℃にて4日間にわたってインキュベートする。次に、選択されたコロニーを同じ培地上で単離する。
【0100】
CmとUを補足したLB培地中の培養物をもとにして、単離されたコロニーのプラスミドのDNAを調製する。そのプラスミドのシークエンシングは、MWG-バイオテック社が実施した。
【0101】
選択したPAK9の形質転換体に存在するプラスミドのシークエンシングにより、対応するタンパク質配列(配列番号2)において位置15の残基Aを残基Tで置換する効果を持つ突然変異(A15Tと表記する突然変異)を配列(ntd)中で同定することができた。
【0102】
3)さまざまな突然変異体の粗抽出液が持つ酵素活性の測定
【0103】
3.1 粗抽出液の調製
【0104】
PAK9株のためのCmとUを含む5mlのLB培地に単離したコロニーを接種した後、37℃にて撹拌しながら一晩にわたってインキュベートすると、予備培養物が得られる。
【0105】
翌日、CmとUを補足した15mlのLB培地をOD600=0.01となるように接種する。次に培養物を37℃にてODが0.8〜1になるまでインキュベートする。
【0106】
次に細胞を4℃にて4000rpmで30分間にわたって遠心分離し、残留物を10mlの50mMリン酸緩衝液(Na2HPO4+NaH2PO4)(pH=7.5)の中に再び懸濁させる。遠心分離後、残留物を1mlの同じ緩衝液の中に再び懸濁させる。氷の中に保管してある細胞に対して30秒間の超音波処理と30秒間の停止からなるサイクルを3回実施する。4℃にて12000rpmで2×15分間にわたって遠心分離した後、上清を回収し、-20℃で保管する。
【0107】
3.2 酵素反応
【0108】
PAK9株のために最終濃度3mMのddUまたはdUと最終濃度1mMのCを存在させた状態で、50μlの酵素抽出液を200μlの100mMクエン酸緩衝液(pH6.44)に添加し、全体を37℃にてインキュベートする。反応の進行をCCM(シリカ;溶離液:MeOH-CH2Cl2(20/80))で追跡する。生成物をUV下で明らかにし、糖をツッカー試薬によって明らかにする。基質の消失と生成物の形成をHPLC分析によって定量化する。流量を1ml/分にし、直線勾配の5〜25%CH3CNを含む10mMの酢酸トリエチルアンモニウム緩衝液(pH7.5)を用いることにより、逆相カラム(100-5C18)を使用した分析用HPLCによっていろいろな生成物を20分間かけて分離する。
【0109】
4)元のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼと突然変異体LFA15Tの過剰産生と精製
【0110】
標準的な条件での増幅反応においてオリゴヌクレオチド:
【化11】

をイニシエータとして利用した。pSU19(pLF6)中で、クローニングした発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdをDNAマトリックスとして利用し、増幅産物を制限酵素NdeIとBamHIを用いて37℃にて2時間にわたって消化させ、アガロース・ゲル上で精製し、同じ酵素によって消化させたプラスミドpET24aの中に挿入した後、連結産物の混合物を利用してβ2033株を形質転換した。コロニーのプラスミドDNAを調製し、酵素NdeIとBamHIを用いて消化させた。配列が正しいコロニーを利用し、BL21(DE3)/PlysS株(ノヴァジェン社)を形質転換した。あらかじめ選択した突然変異体pSU19NLFA15TのプラスミドDNAを調製した後、酵素NdeIとBamHIを用いて消化させた。次に、対応する断片NdeI-BamHIを、同じ酵素を用いて消化させたプラスミドpET24aに挿入し、突然変異したタンパク質の発現に役立つ発現プラスミドpETLFA15Tを得た。プラスミドpETLFA15Tを用いて形質転換した大腸菌株を、2004年3月22日に登録番号I-3192としてCNCMに寄託した。KmとCmを補足した500mlのLB培地中でのこの株の培養物から、元のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼと突然変異したN-デオキシリボシルトランスフェラーゼの2つが過剰に産生された。IPTG(0.4mM)を添加してこの培養物をOD600=0.6にした後、37℃にて2時間半にわたってインキュベートした。
【0111】
次に細胞を4℃にて4000rpmで15分間にわたって遠心分離し、50mlのリン酸緩衝液の中で洗浄した後、遠心分離後に得られた残留物を-20℃にて一晩保管する。次に、20mlのリン酸緩衝液に再び懸濁させた細菌残留物を14000psiにてフレンチ・プレスを通過させることによって溶離する。ライセートを50000rpmで90分間にわたって遠心分離する。次に、可溶性タンパク質を含む上清を硫酸アンモニウム(40%飽和)を用いて沈澱させる。4℃にて13900rpm(20000×g)で30分間にわたって遠心分離した後に得られた沈殿物を1mlの100mMリン酸緩衝液と1.5MのNaCl(pH7.5)の中に再び懸濁させた後、ゲル濾過カラム・セファクリルS200(アマーシャム-ファルマシア社)の上に置く。次に分画をゲルSDS-PAGEによって分析し、酵素活性を測定する。活性が最も大きくて最も純粋な分画を、4℃にて、pH=6.0の同じ緩衝液に対して一晩にわたって透析する。ODを280nmで測定することによってタンパク質の濃度を測定する。
【0112】
酵素活性は、4)の第2段落に記載したようにして測定する。
【0113】
5)結果
【0114】
ジデオキシウラシル(ddR-U)とシトシン(C)を添加した無機物含有グルコース培地の中で発酵乳酸桿菌の遺伝子htdの突然変異体による大腸菌株PAK9の形質転換クローンを選択した。
【0115】
いくつかの形質転換体が得られた。その形質転換体は、以下の交換:
【化12】

を実現することができる。
【0116】
ntdのさまざまな変異体のヌクレオチド配列は同じであり、野生型遺伝子とは1つの突然変異だけが異なっている(以下の表2に太字で表示)。2つの場合(ラクトバシラス・リーシュマニイと発酵乳酸桿菌)に中性アミノ酸(グリシンとアラニン)が求核性アミノ酸(それぞれセリンとトレオニン)によって置換される。したがってN-デオキシリボシルトランスフェラーゼからN-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼまたはN-ジデヒドロリボシルトランスフェラーゼへの変換には、中性アミノ酸が、触媒作用を促進する糖の位置決めに役立つ求核性アミノ酸で置換される必要があるように見える。表2では、すべてのN-デオキシリボシルトランスフェラーゼと(機能がわかっていない)ある数のホモログ・タンパク質がこの位置にグリシンまたはアラニンを有するのは注目に値する。
【0117】
【表2】

【0118】
交換反応:
【化13】

におけるラクトバシラス・リーシュマニイ(LLとLL G9S)と発酵乳酸桿菌(LFとLF A15T)の元のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼと突然変異したN-デオキシリボシルトランスフェラーゼの酵素活性を、粗抽出液または精製したタンパク質から評価した。
【0119】
以下の表3に示してある結果から、突然変異体LFA15Tの比活性は、デオキシリボースの転移に関しては元の酵素(LF)の比活性よりも小さいが、ジデオキシリボースまたはジデヒドロリボースの転移に関しては元の酵素(LF)の比活性よりも大きいことがわかる。デオキシリボースの転移に関しては、活性が1/7に低下するのに対し、ジデオキシリボースの転移では活性が3倍、ジデヒドロリボースの転移では活性が35倍になる。
【0120】
【表3】

【0121】
以下の表4には、dT+C、ddT+C、d4T+Cの反応それぞれについて、発酵乳酸桿菌の元の酵素と突然変異した酵素の酵素活性を調べた詳細な結果を示してある。表の第1欄には、親和定数(Km)の値を、第2欄には最大反応速度(Vmax)を、第3欄には触媒定数(Kcat)を、第4欄には、調べた酵素の効率を示す親和定数と触媒定数の比(Km/Kcat)を表示してある。これらの値は、文献に記載されているプロトコルに従って測定した[P.A. Kaminski、2002年、「ラクトバシラス・ヘルヴェチカスからの2つの異なるN-デオキシリボシルトランスフェラーゼの機能的クローニング、異種発現、精製」、J. Biol. Chem.、第277巻、14400〜14407ページ]。本発明の方法によって突然変異した酵素は、d4TとddTに対して元の酵素よりも優れた触媒活性を示す。活性は、それぞれ60%と54%増大する。さらに、突然変異した酵素LFA15Tは、元の酵素LFよりも交換ddT+Xにおいて60倍効率的であり、交換d4T+Xにおいて7.5倍効率的である。
【0122】
【表4】

【0123】
したがって選択された酵素は、酵素を利用して天然塩基からなる2',3'-ジデオキシヌクレオシドや2',3'-ジデオキシ-2',3'-ジデヒドロヌクレオシド(ddC、ddA、ddI、d4T、d4C、d4G)を合成したり(Ray他、2002年;Stuyver他、2002年)、修飾された塩基からなる2',3'-ジデオキシヌクレオシドや2',3'-ジデオキシ-2',3'-ジデヒドロヌクレオシド(Pokrovsky他、2001年;Chong他、2002年)(例えば、放射性元素を含む(または含んでいない)(1β-3'-フルオロ)2',3'-ジデオキシヌクレオシドや2',3'-ジデヒドロ-4'-チオ-ヌクレオシド)を合成したりするのに応用できる。
【0124】
6)酵素Ntdの触媒部位に関与する残基の決定
【0125】
図3のアラインメントからわかるように、残基Y(チロシン)13、D(アスパラギン酸)77、D(アスパラギン酸)97、E(グルタミン酸)103、M(メチオニン)132(発酵乳酸桿菌のNtdに関して確立されている番号 - 配列番号2)が、ここに示したさまざまな微生物のタンパク質Ntdにおいて特に保存されていることがわかる。これら残基を標的とした点突然変異誘発の実験により、これら残基が酵素の触媒部位に関与していることが確認された。実際、これら残基のうちの1つが突然変異すると、酵素の活性が約90%失われる。
【0126】
参考文献
【0127】
【化14】

【0128】
【化15】

【図面の簡単な説明】
【0129】
【図1a】生合成経路。図1aは、単純な前駆体からDNAを合成する“新規な”方法である。使用する略号は以下の通り。 ndk:ヌクレオシドジホスホキナーゼ pyrA:リン酸カルバモイルシンターゼ pyrB:アスパラギン酸カルバモイルトランスフェラーゼ pyrC:ジヒドロオロターゼ pyrD:ジヒドロオロト酸オキシダーゼ pyrE:オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ pyrF:オロチジン5'-リン酸デカルボキシラーゼ pyrG:CTPシンテターゼ pyrH:UMPキナーゼ
【図1b】図1bは、エネルギーがより少なくて済むバックアップ経路またはリサイクル経路であり、(アミノ酸とヌクレオチドの加水分解によって)あらかじめ形成された塩基をもとにした糖の転移反応に関与する。使用する略号は以下の通り(酵素は、対応する遺伝子で表示)。 cdd:シチジン/デオキシシチジンデアミナーゼ cmk:CMP/dCMPキナーゼホリラーゼ codA:シトシンデアミナーゼ deoA:チミジンホスホリラーゼ tdk:チミジンキナーゼ udk:ウリジン/シチジンキナーゼ udp:ウリジンホスホリラーゼ upp:ウリジンホスホリルトランスフェラーゼ thyA:チミジル酸シンターゼ
【図2】NTDの触媒サイクル。
【図3】Ntd配列のアラインメントであり、触媒部位の一部をなす残基Y(チロシン)13、D(アスパラギン酸)77、D(アスパラギン酸)97、E(グルタミン酸)103、M(メチオニン)132が示してある。Lh:ラクトバシラス・ヘルヴェチカス、La:ラクトバシラス・アシドフィルス、Lj:ラクトバシラス・ジョンソニイ、Ll:ラクトバシラス・リーシュマニイ、Lf:発酵乳酸桿菌、Lm:リューコノストック・メセンテロイデス、Promar:プロクロロコッカス・マリナス。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵乳酸桿菌(L. fermentum)の遺伝子ntdによってコードされているタンパク質Xの性質を変化させる方法であって、
a)ランダムな突然変異誘発によって発酵乳酸桿菌の遺伝子ntdの突然変異体を取得するステップ;
b)表現型[P-]を持つ細胞を、ステップa)で得られた、変化したタンパク質X*をコードするように突然変異した核酸を含むベクターを用いて形質転換するステップ、ここで、P-は、その細胞が栄養要求性であって物質Pを求めることを意味し、Pは、Xがその天然基質Sに作用して得られた産物であり;
c)上記細胞を、基質S*を含む培地の中で培養するステップ、ここで、S*は、上記タンパク質Xの天然基質Sのアナログであり;及び
d)細胞内でタンパク質X*が基質S*から産物Pの生合成を実現できるためにステップc)を生き延びた細胞[P-::X*]を選択するステップを含む、前記方法。
【請求項2】
得られた上記突然変異タンパク質X*が、上記タンパク質Xの活性に近い活性を有するタンパク質である、すなわち共通の酵素クラスまたは似た酵素クラスに属していて、少なくとも、4つの数字を持つ国際命名法のクラスECの最初の3つの数字が2.4.2である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップb)で使用する細胞が、産物Pに至る天然の代謝経路に関与する少なくとも1つの遺伝子を不活性化することによって得られる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記タンパク質X*が、基質S*を含む培地中で産物Pに至る天然の代謝経路が欠けていることを補償する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
基質Sに対する上記タンパク質Xの活性が、上記基質S*に対するそのタンパク質の活性の少なくとも2倍である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
上記基質S*に対する上記タンパク質X*の活性が、上記基質Sに対するそのタンパク質の活性の少なくとも10倍である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ステップa)のランダムな突然変異誘発を、PCR反応の際にマンガンの濃度を変化させることによって、または前変異原性ヌクレオチドのアナログを使用することによって、またはランダムな配列を含むイニシエータを利用することによって実行する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
上記細胞が原核細胞または真核細胞であり、特に大腸菌であることが好ましい、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
発酵乳酸桿菌のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)を変化させてN-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼというタンパク質を得る方法であって、
a)ランダムな突然変異誘発により、N-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)をコードしている配列の突然変異体DTP*を取得するステップ;
b)表現型[N-]を持つ細胞を、ステップa)で得られた、変化したタンパク質DTP*をコードするように突然変異した核酸を含むベクターを用いて形質転換するステップ、ここで、N-は、その細胞が栄養要求性であって少なくとも1つのヌクレオシドを求めることを意味し、そのヌクレオシドは、DTPがその天然基質dR-Nに作用して得られた産物であり;
c)上記細胞を、基質ddR-Nを含む培地の中で培養するステップ;及び
d)細胞内でタンパク質DTP*が、ジデオキシリボヌクレオシドのジデオキシリボース(ddR)を、細胞の生存に必要なヌクレオシドNを産生させる別のヌクレオシドへと転移させることができるためにステップc)を生き延びた細胞[N-::DTP*]を選択するステップを含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
発酵乳酸桿菌のN-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)をコードしている上記配列(ntd)が配列番号1に対応しており、その配列を変化させる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ステップb)で使用する細胞が、ウラシルへと至る代謝経路に欠陥を有する遺伝子型ΔpyrC、ΔcodA、Δcddの細菌である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
ウラシルへと至る代謝経路に欠陥を有する遺伝子型ΔpyrC、ΔcodA、Δcddの細菌として使用される上記細菌が大腸菌である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法によって得られた、変化した活性を有する、突然変異したN-デオキシリボシルトランスフェラーゼ(DTP)というタンパク質。
【請求項14】
N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する、および/または変化した塩基を有するデオキシリボヌクレオシドまたはジデオキシリボヌクレオシドのアナログに対する活性を有する、請求項13に記載のタンパク質。
【請求項15】
配列番号2と少なくとも70%が一致していて、残基Y13、D77、D97、E103、M132を含む配列を有する、請求項13または14に記載のタンパク質。
【請求項16】
配列番号2と80%以上が一致する配列を有する、請求項15に記載のタンパク質。
【請求項17】
配列に配列番号4を含むことを特徴とする、N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する請求項14〜16のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項18】
デオキシリボヌクレオシドまたはジデオキシリボヌクレオシドのアナログに対する活性を持ち、配列番号4と70%以上が一致していて、配列番号4の突然変異点A15Tに対応するトレオニン残基を含むタンパク質。
【請求項19】
配列番号4と80%以上が一致している、請求項18に記載のタンパク質。
【請求項20】
配列中に配列番号4のY13、D77、D97、E103、M132に対応する残基をさらに含む、請求項18または19に記載のタンパク質。
【請求項21】
N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する、請求項18〜20のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項22】
デオキシリボースと、ジデオキリボースおよび/またはジデヒドロリボースを転移させる活性を有する、請求項18〜21のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項23】
d4TとddTに対する触媒活性が、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒活性よりも大きい、請求項18〜22のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項24】
d4TとddTに対する上記触媒活性が、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒活性よりも50%以上大きい、請求項23に記載のタンパク質。
【請求項25】
d4TとddTに対する触媒効率が、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒効率よりも大きい、請求項18〜24のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項26】
d4TとddTに対する上記触媒効率が、配列番号2で表わされる発酵乳酸桿菌の元のタンパク質N-デオキシリボシルトランスフェラーゼの触媒効率よりも少なくとも5倍大きい、請求項25に記載のタンパク質。
【請求項27】
配列番号4のポリペプチドからなる、請求項19〜26のいずれか1項に記載のタンパク質。
【請求項28】
N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する請求項13〜27のいずれか1項に記載のタンパク質をコードしている配列番号3などの配列を含む核酸。
【請求項29】
請求項28に記載の核酸を含む発現ベクター。
【請求項30】
請求項28に記載の核酸が、真核細胞および/または原核細胞の中で上記コード配列を発現させるのに有効なプロモータと融合している、請求項29に記載のベクター。
【請求項31】
大腸菌における形質転換と維持を可能にするプラスミドである、請求項29または30に記載のベクター。
【請求項32】
請求項29〜31のいずれか1項に記載のベクターを含む宿主細胞。
【請求項33】
N-ジデオキシリボシルトランスフェラーゼ活性を有する請求項13〜27のいずれか1項に記載のタンパク質を利用してジデオキシリボヌクレオシドのジデオキシリボース(ddR)を別のヌクレオシドに転移させる方法。
【請求項34】
2',3'-ジデオキシヌクレオシドの合成に利用される、請求項33に記載の方法。
【請求項35】
2',3'-ジデヒドロ-2',3'-ジデオキシヌクレオシドの合成に利用される、請求項33に記載の方法。
【請求項36】
抗腫瘍特性を有するヌクレオシドまたはヌクレオチドのアナログの調製に利用される、請求項33〜35のいずれか1項に記載の方法。
【請求項37】
ddIまたはddCの調製に利用される、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
請求項13〜27のいずれか1項に記載の突然変異タンパク質を利用するステップを含む、化合物の調製方法。
【請求項39】
がんまたは感染症の治療に役立つヌクレオシドまたはヌクレオチドのアナログであるジデオキシリボヌクレオシド(例えばddCやddI)またはジデヒドロ-ジデオキシヌクレオシドを調製するための、請求項38に記載の方法。
【請求項40】
2004年3月22日に登録番号I-3192としてCNCMに寄託された大腸菌株。

【図1a】
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【図1b】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−530067(P2007−530067A)
【公表日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−505586(P2007−505586)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【国際出願番号】PCT/FR2005/000743
【国際公開番号】WO2005/095596
【国際公開日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(501173391)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT PASTEUR
【Fターム(参考)】