説明

真珠貝の品位の非破壊検査法

【課題】本発明は、貝殻内部の真珠層におけるアラゴナイト結晶の配向性を、X線回折により測定することで、光沢のよい真珠を作ることができると思われる母貝の選別検査法を提供する。
【解決手段】
本発明によれば貝内部の真珠層を、X線回折法によって測定することにより、真珠層の結晶の配向性を検査し、その結果2種類の配向性(三軸配向とC軸のみの配向)を選別し光沢のよい真珠層を持つ三軸配向の貝を選別できるという効果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝殻内部の真珠層におけるアラゴナイト結晶の配向性を、X線回折により測定することで、光沢のよい真珠を作ることができると思われる母貝の選別検査法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生物が関与して生体内あるいは生体外に沈着した鉱物,すなわち石灰化により生じた鉱物を生体鉱物(biomineral)と呼ぶ。生体鉱物の中には,構成イオンや原子が規則正しく配列して結晶(crystal)になるものと,そうでない非晶質(amorphous)になるものとがある。結晶化した場合,個々の結晶(単結晶)はさらに集合して硬い生物組織に発達する。骨や歯,貝殻などは,このバイオミネラリゼーション(biomineralization)によって作られた典型的な硬組織である。
【0003】
骨や歯を構成する結晶はアパタイト(リン酸カルシウム)であるのに対し,貝殻は炭酸カルシウム結晶から成る。硬組織中のこれら結晶と結晶の間にはタンパク質層が存在し,バインダーの役割を果たしている。したがって生体硬組織は,生命活動によって合成された有機?無機ハイブリッド材料である。
【0004】
一般的に炭酸カルシウムには,方解石(calcite),アラレ石(aragonite),ファーテライト(varterite)などの多系が存在する。方解石は室温,常圧で安定相であり,結晶構造は三方晶である。アラレ石は低温,高圧で安定相となり,結晶構造は斜方晶である。
【0005】
ところが不思議なことに,貝殻は方解石による外殻(稜柱層)とアラレ石による内殻(真珠層)の2種類の炭酸カルシウム相で構成されている。貝は生命活動によって,見事に2種類の炭酸カルシウム相を作り分けている。図1に貝殻の断面構造の模式図を示す、貝殻は方解石からなる外側の稜柱層と,アラレ石からなる内側の真珠層の二層構造からなる。稜柱層の方解石結晶は,稜柱間壁と呼ばれるタンパク質によって結合しており,貝殻外表面に向かって成長した結晶の成長方向と三方晶のc軸が一致している。
【0006】
それに対して真珠層では,プレート状のアラレ石結晶がブロックを積み重ねたような構造になっており,各結晶はコンキオリンという複合タンパク質によって結合している。またプレート結晶の底面は斜方晶のc軸と一致している。真珠の光沢は,コンキオリンを媒介にブロックのように積み重なったアラレ石結晶の配列が鍵となっている。
【0007】
真珠層に入射してきた光iは,真珠の表面ならびにコンキオリンを透過し各結晶層で反射するため,反射光どうしの干渉が起こる。屈折角をθ,結晶層の厚さをd,結晶層での屈折率をμとすると,その光路差は2dμcosθである。したがって,白色光を入射した場合,光の波長をλとすると,2dμcosθ=nλ (n=1,2,・・・)に相当する光は強められ,2dμcosθ=(2n+1)λ/2 (n=1,2,・・・)に相当する光は弱められる。このことから,真珠の美しい光沢を発生させる1つの条件として,結晶層の厚さd(すなわちアラレ石結晶の厚さ)が可視光の波長領域(およそ400nm〜800nmの範囲)であることが挙げられる。
【0008】
事実,アコヤガイのアラレ石結晶の厚さは350〜500nm,クロチョウガイは500〜800nm,本発明の実施例で用いているマベ貝は300〜600nmと報告されている。しかし,例えばサザエの結晶層の厚さもおよそ400〜600nmと報告されており,結晶層の厚さは真珠光沢を与える必要十分条件では無い。また結晶層の厚さは,同じ貝殻の内部でも季節など貝の生息環境の変化によって一定ではない。この結晶層厚さの不均一さも,真珠層の光沢を損なう一つの原因となっている。
【0009】
養殖真珠などは長年にわたって厳選された優れた種の貝だけを,ほぼ同一の環境の中で育て真珠を生成させているわけだから,極めて歩留まりよく真珠が得られても良さそうなものである。ところが実際には,商品価値のある真珠は浜揚げの時点で全体の10%程度しかない。真珠養殖における歩留まり向上は大きな課題であるが、従来その為の測定方法は検討されてこなかった。わずかに、真珠の品質評価を超音波を用いて行う手法が提案されている程度である。(特許文献1)しかしながら、この手法は得られた真珠に対して行うもので、母貝を事前に選別し、歩留まりを向上させるものではない。
【0010】
このことは,真珠の光沢が単にアラゴナイト結晶による結晶層の厚さだけではなく,他の因子にも影響を受けていることに起因し、従来この種歩留まりが何に起因するか判らず、母貝の選別のため測定手法がなかった。
【特許文献1】特開2002−90347
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のようにこれまでの真珠養殖は、経験的に得られたノウハウの積み重ねで行われてきたが、良質真珠ができる歩留まりは全体の10%程度である。しかも、真珠が出来上がるまでには、核を挿入するまでに3、4年、真珠が出来上がるのに2年あまりの歳月を必要とし、良質真珠を得るためには膨大な時間と手間隙をかけているのが現状である。そこで本発明を使って、例えば挿核前にある程度の選別をすることができれば、真珠養殖の高効率化が図られる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、真珠貝の品位の非破壊検査法として、真珠貝の真珠層を構成するアラゴナイト結晶の配向特性を得て良否を判定する事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査法が得られる。
また、前記配向特性をX線回折法により得る事を特徴とする非破壊検査法、ならびに、前記良否の判定を斜方晶におけるa軸、b軸、c軸の各軸の配向の強さにより行う事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査法、
ならびに、極点図にて前記結晶の配向特性の良否を判定する事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査法が得られる。
【0013】
更に、X線源と、前記X線源より発せられるX線を集光させるモノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータと、被測定物となる真珠貝より構成される試料を載せるステージとにおいて、前記モノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータを通して得たX線を前記ステージ上の前記試料に照射するよう構成し、更に前記試料により反射されたX線を受けるよう配置された2次元検出器とで構成し、請求項1乃至4記載の真珠貝の品位の非破壊検査法を行う事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査装置が得られる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば貝内部の真珠層を、X線回折法によって測定するようにした。真珠層の結晶の配向性を検査し、その結果2種類の配向性(三軸配向とC軸のみの配向)を選別し光沢のよい真珠層を持つ三軸配向を持った椎貝を選別できるという効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
まず、養殖マベガイに対して貝殻の真珠層を構成するアラゴナイト結晶の結晶配向を,直径0.1mmの全反射モノキャピラリーコリメータと2次元検出器を使ったX線回折法によって測定し,真珠層の光沢が良好な貝殻と不良な貝殻におけるアラゴナイト結晶の組織と構造にどのような相違があるか説明する。
【0016】
図2は、本発明による真珠貝の品位の非破壊検査法の光学系模式図を示すものである。ステージ1には貝穀あるいは稚貝である試料2を載せてある。この試料2にX線源3よりモノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータ4を通してX線が照射される。試料2により反射、回折されたX線は2次元検出器5で測定される。光学顕微鏡6は試料2の観察用ならびに焦点補正用である。
本検査法を具体例にて次に述べる。
【0017】
実験には,田崎真珠(株)の奄美大島養殖場で6年間の養殖の後,真珠を採取し終わったマベガイの貝殻を用いた。真珠層の光沢が良好な貝殻と不良の貝殻の2種類について,Bruker AXSのX線回折装置D8DISCOVER with GADDSで直径0.1mmの全反射モノキャピラリーコリメータと2次元検出器Hi-STARを用いてアラゴナイト結晶の配向性を測定した。この方法を採用することにより,表面の曲率の影響をほとんど無視してアラゴナイト結晶の配向性を評価することができる。X線は40kV,40mAで発生させたCu Kα線を用いた。
【0018】
またアラゴナイト結晶の配向は,(111)面と(002)面の回折を利用し,Bragg角が15.56°で測定した。ちなみにアラゴナイト結晶板の大きさはおおよそ5μm以下である。この場合,直径0.1mmのコリメータを用いたことにより,入射X線のビーム径は入射方向に沿って少なくとも約0.373mmへ伸長する。その結果試料表面の照射領域は楕円形となり,その面積は約0.117mmである。したがって,照射領域内には少なくとも5×10個ほどのアラゴナイト結晶が存在することになる。
【0019】
図3に,上記の方法で測定された良質および不良真珠層中のアラゴナイト結晶の(002)面極点図と(111)面極点図を示す。極点図の中心方向は真珠層側貝殻表面の法線方向とほぼ一致させている。図3(a)および(c)で示すように,c軸に垂直な面である(002)面は,上述のように,貝殻表面の法線方向に対して強く配向していることがわかる。これについては良質,不良の間に明瞭な差異は見られない。
【0020】
ところが,(111)面の分布を見てみると(図3(b),(d)),良質真珠層では,ほぼ対称位置に6つの極が見られるのに対して,不良真珠層では明瞭な極は見られず,同心円で帯状の回折となった。このことは,良質真珠層ではアラゴナイト結晶はc軸に加えて,a,b軸も強く配向しているのに対し,不良真珠層ではa,b軸はc軸回りに分散していることを示している。この傾向は,貝殻の広い領域で,また複数の個体で確認されている。
【0021】
以上のことから,本真珠貝の品位の非破壊検査法によれば美しい真珠光沢を持つ良質真珠層では,a,b,c軸の3軸配向性が強まっていることを測定できることが明らかとなった。アラゴナイト結晶層の厚さに加えて,その強い配向性,もしくはこの配向性を与える原因となる層間基質が,反射光の干渉に影響を及ぼしている状況を計測している。
【0022】
なお、上記説明では、試料として用いたものが貝穀あるいは稚貝であることを述べた。貝穀とは、稚貝生長に害を与えない程度の切片を得て測定するものである。稚貝とは、生体であり、測定状態には、貝穀を開けた状態と閉じた状態がある。貝穀を開けた測定では短時間での測定が要求される。又、貝穀を閉じた状態では、貝穀の外側より内壁のアラゴナイト層をX線測定するものであり、S/Nの問題がある。しかしながら、いずれも実施は可能である。
【0023】
以上述べてきたように本発明による真珠貝の品位の非破壊検査法は、真珠の光沢が真珠層中のアラゴナイト結晶の配向性に強く依存することを発見した。アラゴナイト結晶は斜方晶構造の炭酸カルシウムであり、光沢に優れた良質の真珠層はアラゴナイト結晶のa、b、cの3軸がいずれも強く配向した三軸配向集合組織となっている。
【0024】
一方、不良質の真珠層はアラゴナイト結晶のc軸のみが配向した一軸配向集合組織となっている。そこで、X線回折法を用いて真珠層中のアラゴナイト結晶の配向性を測定することによって、それが良質真珠層なのか不良質真珠層なのかを非破壊で決定できる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
上述のように、真珠養殖では膨大な時間と手間隙をかけているわりには、良質真珠が得られる効率は高くない。本発明によれば、このような良質真珠を得る養殖技術の高効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】二枚貝の貝殻の断面構造の模式図
【図2】本発明による真珠貝の品位の非破壊検査法の光学系模式図
【図3】真珠層中のアラゴナイト結晶の配向性を示す(002)および(111)面極点 (a),(b)良質真珠層 (c),(d)不良質真珠層 (a),(c)(002)面極点図 (b),(d)(111)面極点図
【符号の説明】
【0027】
1 ステージ
2 試料
3 X線源
4 モノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータ
5 2次元検出器
6 光学顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真珠貝の品位の非破壊検査法として、真珠貝の真珠層を構成するアラゴナイト結晶の配向特性を得て良否を判定する事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査法。
【請求項2】
前記配向特性をX線回折法により得る事を特徴とする請求項1記載の真珠貝の品位の非破壊検査法。
【請求項3】
前記良否の判定を斜方晶におけるa軸、b軸、c軸の各軸の配向の強さにより行う事を特徴とする請求項1乃至2記載の真珠貝の品位の非破壊検査法。
【請求項4】
極点図にて前記結晶の配向特性の良否を判定する事を特徴とする請求項1乃至3記載の真珠貝の品位の非破壊検査法。
【請求項5】
X線源と、前記X線源より発せられるX線を集光させるモノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータと、被測定物となる真珠貝より構成される試料を載せるステージとにおいて、前記モノクロメータと全反射モノキャピラリーコリメータを通して得たX線を前記ステージ上の前記試料に照射するよう構成し、更に前記試料により反射されたX線を受けるよう配置された2次元検出器とで構成し、請求項1乃至4記載の真珠貝の品位の非破壊検査法を行う事を特徴とする真珠貝の品位の非破壊検査装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−118923(P2006−118923A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−305646(P2004−305646)
【出願日】平成16年10月20日(2004.10.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】