説明

真空乾燥装置

【課題】 振動や騒音の発生を招くことなく、しかも潤滑油などが装置内部に入り込むこともなく、被加熱物Aに対する乾燥速度を速めることができる汎用性の高い真空乾燥装置を提供する。
【解決手段】 低圧室3と、低圧室3内に配置された加熱器1とを備え、加熱器1は、冷風を導入する冷風入口13と、被加熱物Aに対向する熱風出口12と、冷風入口13から熱風出口12に向かって延びる互いに平行に配置された複数の高温板14と、高温板14を加熱する加熱体16とを有し、高温板14は、冷風入口13側の端部にエッジ15が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品や医薬品などの被加熱物を真空乾燥する真空乾燥装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、凍結した食品や医薬品などの被加熱物を真空中で加熱器からの熱伝達および熱伝導により加熱して水分を昇華させ、この昇華水分を外部に排出して、被加熱物を乾燥するようにした真空乾燥装置が知られている( 特許文献1) 。真空(低圧)中では昇華温度が低いので、被加熱物を高温にさらすことで傷めるおそれなく、乾燥できる。
【特許文献1】特開2001―317869号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが、以上の真空乾燥装置は、被加熱物に対する水分の昇華速度、つまり乾燥速度が遅い。
【0004】
そこで、送風ポンプを介して加熱器からの熱風を被加熱物に積極的に供給することにより、被加熱物に対する乾燥速度を速めることが考えられる。
【0005】
しかし、通常の送風ポンプを用いると、その可動部分により振動や騒音が発生する。しかも可動部分に潤滑油として用いられる油が装置内部に入り込む恐れがあるため、特に食品や医薬品などの真空乾燥には不向きである。
【0006】
このような問題に対処するには、可動部分がないクヌッセンポンプを用いることが考えられる。このクヌッセンポンプは、熱勾配のある減圧環境下において発生する気体の熱遷移流を熱輸送に利用する。しかし、このクヌッセンポンプのように熱遷移流だけを利用する場合、被加熱物の乾燥速度を十分に高めることができないだけではなく、クヌッセンポンプの熱遷移流は比較的大きなクヌッセン数(Kn数)領域、つまり高真空領域において発生し、小さなクヌッセン数領域では発生しにくいので、汎用性に乏しい。
【0007】
そこで、本発明者は、クヌッセンポンプについての研究を重ねた結果、減圧環境下においてエッジを有する平板を配置し、平板に熱勾配を与えて、エッジを低温側(外部空間よりは高温)とすれば、そのエッジ効果により低温側から高温側に向かって気体の流れが発生し、この気体の流れは熱遷移流の場合に比べて小さなクヌッセン数(Kn数)領域においても発生することを見い出した。つまり、減圧環境下においてエッジ外部側空間の分子温度がエッジ内部側空間の分子温度よりも高いとき、エッジ内部側に向かう気体の流れが発生する。
【0008】
本発明は、このようなエッジ効果による気体の流れと前記熱遷移流による気体の流れとをともに熱輸送として利用することにより、振動や騒音の発生を招くことなく、しかも潤滑油などが装置内部に入り込むおそれもなく、食品や医薬品などの被加熱物に対する乾燥速度を速めることができる、汎用性の高い真空乾燥装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の真空乾燥装置は、低圧室と、前記低圧室内に配置された加熱器とを備え、前記加熱器は、冷風を導入する冷風入口と、被加熱物に対向する熱風出口と、前記冷風入口から熱風出口に向かって延びる互いに平行に配置された複数の高温板と、前記高温板を加熱する加熱体とを有し、前記高温板は、冷風入口側の端部にエッジが形成されている。ここで、エッジとは、板をその主面と直交する方向または斜め方向に沿って切断した場合に生じる、丸みのない角部であって、分子の平均自由行程よりも小さい曲率半径を持つものを言う。
【0010】
凍結された被加熱物を乾燥するときには、低圧室内に被加熱物が収容されて低圧状態に保持され、この被加熱物が加熱器からの熱風により加熱され、被加熱物中の水分が昇華されて、被加熱物は多孔質状態に乾燥される。この多孔質の被加熱物は、鮮度が落ちずに料理するようなときに戻りが早い。このとき、低圧室内には加熱器が配置され、この加熱器の内部には、その冷風入口から熱風出口に向かって延びる複数の高温板が配設されており、高温板の冷風入口側の端部にはエッジが形成されているので、減圧環境下におけるエッジ効果により、エッジ内部側に向かう、つまり冷風入口側から熱風出口側に向かう気体の流れが発生する。そのメカニズムについては後述する。これにより、加熱器の熱風出口から熱風が積極的に吹き出され、この熱風によって被加熱物の乾燥速度が速められる。
【0011】
しかも、本発明では、ポンプが不要であるから、振動や騒音の発生を招くことがなく、また、潤滑油などを低圧室内に入り込ませたりすることもなく、食品や医薬品などを汚染されることなく乾燥させることができる。さらに、前記エッジ効果による気体の流れは熱遷移流の場合に比べ広いクヌッセン数( Kn数) 領域において発生するので、真空乾燥装置の汎用性が高められる。
【0012】
前記高温板は、前記冷風入口から熱風出口に向かって温度が上昇する温度勾配を持つのが好ましい。この温度勾配により、減圧環境下で熱遷移流が発生して、冷風入口側から熱風出口側に向かう気体の流れが発生する。 そのメカニズムについては後述する。これにより、加熱器の熱風出口から吹き出される熱風の速度が高まり、被加熱物の乾燥速度がさらに速められる。
【0013】
前記熱風出口は冷風入口の上方に配置するのが好ましい。これにより、温度が高くなり密度が小さくなったことにより熱風に上昇力が付加されるので、被加熱物に向かう熱風の速度が大きくなって、被加熱物の乾燥速度を速めることができる。
【0014】
また、本発明の好ましい実施形態では、前記加熱体が前記高温板における熱風出口付近に装着されている。この構成によれば、高温板に、冷風入口から熱風出口に向かって温度が上昇する温度勾配を容易に与えて、前記熱遷移流を発生させることができる。また、前記加熱体が熱風出口付近に位置する被加熱物に接近するので、加熱体からの輻射熱によっても被加熱体を効果的に加熱できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の真空乾燥装置によれば、振動や騒音の発生を招くことなく、しかも潤滑油などを低圧室内に入り込ませたりすることなく、食品や医薬品などを安全に乾燥させることができる。また、真空乾燥装置の汎用性を高めることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下,本発明の好ましい実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は本発明の一実施形態である真空乾燥装置の簡略的な配置図である。この真空乾燥装置は、加熱器1と、その上部に対向状に設けられ、被加熱物Aを載せる多孔板からなるトレイ2とを内装した低圧室3を備え、この低圧室3の一側方に前記加熱器1の電源4を配置するとともに、低圧室3の他側方には排気室5と真空ポンプ6を前記低圧室3の内部と連通状に設けている。前記排気室5内には外部の冷却装置7に接続されたコールドトラップ8が設置されている。
【0017】
図2は前記加熱器1の拡大断面図である。この加熱器1は、内部に風道10を形成する鉛直方向に延びる2枚の平行な平板11,11を有し、これら平板11の上部側に前記トレイ2と対向する熱風出口12が、下部側に冷風を導入する冷風入口13が形成されている。両平板11,11に直交する2つの開口(図2の手前と奥の開口)は別の平板21,21で閉塞する。前記熱風出口12と冷風入口13との間には、後者13から前者12に向かって鉛直方向に延びる複数の高温板14が、互いに平行に配置されている。ただし、本発明が前提とする低圧状態では、温度が高く密度の低い分子が上方へ流動する「対流」による被加熱物Aへの熱伝達量は大きくないと考えられるので、高温板14は鉛直に設定する必要はなく、水平ないし傾斜していても、被加熱物Aへ向かう十分な熱風を形成できる。
【0018】
図3は前記高温板14を示す拡大断面図である。この高温板14は真鍮または銅のような金属板からなり、その冷風入口13側の下端部には、板の切断端縁のような、丸みのない直角部からなるエッジ15が形成されている。また、前記高温板14のエッジ15とは反対側の上端部には、ニクロム線などからなる加熱体16が取り付けられている。この実施形態では、前記高温板14の熱風出口12側の上端部を丸めてループ部14aを形成し、このループ部14aに前記加熱体16を挿通して保持させている。こうして、加熱体16を高温板14の熱風出口12付近に位置させている。前記エッジ15は、図5の断面図で示すように、板の角部を斜めに切断したような切断端面としてもよい。
【0019】
図2のように、高温板14の熱風出口12側の端部である上端部を加熱体16で加熱することにより、高温板14の全体を加熱器1の周囲の気体よりも高温に保つとともに、高温板14に冷風入口13から熱風出口12に向かって温度が上昇する温度勾配を与えている。これにより、冷風入口13から熱風出口12に向かう気体の流れFを発生させる。この流れFの発生メカニズムについて、以下に説明する。
【0020】
まず、エッジ効果について説明すると、図5において、高温板14が丸みのないエッジ15を持ち、外部の温度よりも高温である場合、等温線TEがエッジ15を取り囲む楕円に近い形状となる。そのために、エッジ付近での気体温度の違いから、エッジ15に入射する分子の速度Viに違いがあり、低温の外部気体の分子P1の入射速度Vi1は、高温板14の内側に存在する高温の内部気体の分子P2の入射速度Vi2よりも小さい。他方、高温板14におけるエッジ近傍から気体に跳ね返る分子は、高温板14の温度になじんで、ほぼ一様な速度Vr0で跳ね返る。これにより、気体はエッジ15に図5の右向きの運動量を与え、その反作用としてエッジ15は気体に左向きの運動量を与える。その結果、エッジ効果による左向きの流れF1が生じる。
【0021】
高温板14の端部が円弧状のように丸みを帯びている場合、二点鎖線で示すように等温線TE0が端部を中心とする同心円に近い形状となるために、端部近郷の高温板14に入射する分子の温度差が小さくなる結果、エッジ効果が発生しない。
【0022】
つぎに、熱遷移流について説明する。熱遷移流の発生原理は前記エッジ効果と同じである。図6において、概ね100Pa以下の希薄気体中に低温部と高温部を持つ、つまり温度勾配を持つ2枚の高温板14,14を対向させて配置したとき、等温線TEはほぼ高温板14と垂直な線状になる。低温部の気体分子P3の平均の分子速度Vi3が高温部の気体分子P4の平均の分子速度Vi4よりも小さい一方で、高温板14から跳ね返る分子は、高温板14の温度になじんで、ほぼ一様な速度Vr1で跳ね返る。これにより、気体は高温板14に図6の右向きの運動量を与え、その反作用として高温板14は気体に左向きの運動量を与える。その結果、左向きの流れF2(熱遷移流)が生じる。
【0023】
図7は、前記低圧室3の内部に次のような加熱器1を配置したときに、エッジ効果によって気体の流れF1が発生することについての確認試験の様子を示す模式図である。この試験では、加熱器1として、縦横の長さが2Dの正四角形の平板11,11を図7の表裏方向に対向させて並べ、これら平板11の間で中央位置に、上下長さがDで上下端部に直角のエッジ15が形成された高温板14を直交状に配置した。そして、前記低圧室3内を減圧したところ、図の矢印で示すように、高温板14の上下両側に形成されるエッジ15から高温板14に沿ってその中央位置へと向う気体の流れF1が発生した。この流れFはクヌッセン数Kn=0.002〜0.000242の広い領域において発生することが、可視化することによって確認された。高温板14と壁面11の絶対温度比は1.7対1であった。ここで、クヌッセン数はKn=λ/Dで算出され、λは分子の平均自由行程、Dは流れ場の代表長さである。前記クヌッセン数Knの領域は、Dが50mmである場合、圧力は70〜700Paに相当する。
【0024】
図8は前記高温板14にニクロム線などからなる加熱体16を取り付けたときに気体の流れFが発生することについて確認試験を行ったときの状態を示す模式図である。この試験では、概略L形に屈曲された2つの通路壁17の間に風道10を形成し、この風道10の内部で熱風出口12と冷風入口13との間に、互いに平行に2つの高温板14を、その加熱体16を熱風出口12側に向けて配置するとともに、前記風道10の熱風出口12側にピラニゲージ18を配置した。前記加熱体16を加熱しつつ低圧室3内を徐々に減圧したところ、図9で示す結果を得た。前記加熱体16の加熱温度は250℃、低圧室3内の減圧は90〜530(Pa(パスカル)) の範囲で行った。
【0025】
図9は、横軸に低圧室3内の圧力P0(Pa) を、縦軸に前記ピラニゲージ18で計測される風道出口側の圧力P1 の上昇P1−P0(Pa)をとった、低圧室3内の圧力変化に基づく風道出口側の圧力上昇を示すグラフである。図9のように、低圧室3内の圧力P0 の広い範囲にわたって、風道出口側の圧力P1 の上昇が見られた。このように低圧室3内の圧力P0 と風道出口側の圧力P1 との間に圧力差があれば、この圧力差により風道10の冷風入口13側から熱風出口12側に向かって気体の流れFが発生していることが理解できる。
【0026】
以上の真空乾燥装置において,被加熱物Aの真空乾燥を行うときには、まず、図1のトレイ2上に被加熱物Aを載せて、真空ポンプ6により低圧室3内の真空引きを行うとともに、電源4のオン動作により、図2の加熱器1内に配置された高温板14の加熱体16を加熱する。このとき、高温板14の冷風入口13側にエッジ15が形成されているので、このエッジ効果により加熱器1内の風道10の内部に冷風入口13側から熱風出口12側に向かう気体の流れF1が発生する。さらに、高温板14の熱風出口12付近に加熱体14が設けられ、この高温板1 4が加熱体16で加熱されるので、減圧環境下で高温板14に熱勾配が生じる結果、高温側へ向かう熱遷移流F2が発生して、この熱遷移流F2と前記エッジ効果による気体の流れF1とにより、前記加熱体16による熱風Fが熱風出口12から被加熱物Aに向かって吹出される。このため、前記熱風出口12から吹き出される熱風Fと前記加熱体16による輻射熱とにより、トレイ2上に載せられた被加熱物Aが真空乾燥される。なお、図2の実施形態では、前記高温板14の上端部に加熱体16を設け、この加熱体16の輻射熱を利用して被加熱物Aの真空乾燥を行うようにしたが、本発明では前記加熱体16によることなく、低圧室3の外部に設けた別の熱源により被加熱物Aを加熱して真空乾燥を行うにしてもよい。
【0027】
また,前記真空ポンプ6により低圧室3内の真空引きを行うときには、排気室5に内装したコールドトラップ8が外部の冷却装置7で冷却されることにより、被加熱物Aか昇華した水分がコールドトラップ8で凝縮して除去され、水分の殆どない気体が真空ポンプ6により外部排出される。
【0028】
次に、図2に示す加熱器1を用いて、被加熱物Aの真空乾燥を一定時間行った場合のデータを表1に示す。このとき、比較例として加熱器1の内部にエッジ15を形成することなく、端部に丸みを持たせた、図10に示す高温板14Aを配置したもののデータを併せて示す。
【0029】
【表1】

【0030】
以上の表1から明らかなように、本発明を採用することにより被加熱物Aの時間あたりの昇華量、つまり乾燥量を増大させて、被加熱物Aに対する乾燥速度を速めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施形態にかかる真空乾燥装置の簡略配置図である。
【図2】加熱器の拡大断面図である。
【図3】高温板の拡大断面図である。
【図4】高温板の別の実施形態を示す断面図である。
【図5】エッジ効果を説明する高温板の側面図である。
【図6】熱遷移流を説明する高温板の要部の側面図である。
【図7】低圧室内に加熱器を配置したときに気体の流れが発生することについての確認試験を行ったときの模式図である。
【図8】高温板に加熱体を取り付けたときに気体の流れが発生することについての確認試験を行ったときの模式図である。
【図9】低圧室内の圧力変化に基づく風道出口側の圧力変化を示すグラフである。
【図10】端部に丸みを持つ高温板を含む比較例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1 加熱器
12 熱風出口
13 冷風入口
14 高温板
15 エッジ
16 加熱体
A 被加熱物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低圧室と、前記低圧室内に配置された加熱器とを備え、
前記加熱器は、冷風を導入する冷風入口と、被加熱物に対向する熱風出口と、前記冷風入口から熱風出口に向かって延びる互いに平行に配置された複数の高温板と、前記高温板を加熱する加熱体とを有し、
前記高温板は、冷風入口側の端部がエッジを形成している真空乾燥装置。
【請求項2】
請求項1において、前記高温板は、前記冷風入口から熱風出口に向かって温度が上昇している真空乾燥装置。
【請求項3】
請求項1または2において、前記熱風出口は冷風入口の上方に配置されている真空乾燥装置。
【請求項4】
請求項2または3において、前記加熱体は、前記高温板における熱風出口付近に装着されている真空乾燥装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−336924(P2006−336924A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−161065(P2005−161065)
【出願日】平成17年6月1日(2005.6.1)
【出願人】(592081427)
【出願人】(595111804)エム・テクニック株式会社 (38)
【Fターム(参考)】